「どうして春姫さんは、メイドさんの格好をしているんですか?」
それは、アストレア様が顔を赤くして悶絶した朝の、その後の朝食の出来事。
皆が起きてくる音がして、僕とアストレア様も部屋を出てリビングに向かうと、どういうわけかメイド服を着た春姫さんがいた。
いや、ファミリアに入ったときに『基本的にはホームにいてもらう』とかなんとか、そんな話をしていたのはなんとなく覚えていたし、春姫さんも『何かお仕事をやらせてください!』と言っていたから『星屑の庭』――つまりは、僕たちのファミリアのホームの掃除だとか給仕だとかの仕事をお姉さん達に教えてもらっていたのは知っていたけど、どうして着物ではなくその格好なのか、ふと、疑問に思ってしまった。
黒の
「い、いえ、その・・・アリーゼ様が『給仕なら、メイド服よね!』と仰っておりましたので・・・変でございますか?」
ゆらゆらと尻尾を揺らして、食器や料理を食卓に並べ終えた春姫さんが、お盆で口元を隠しながら聞いてくる春姫さんに、何人かが『これがあざといって言うやつ?』『アストレア様のメイド服姿、見てみたいなぁ』・・・僕も見てみたいかもしれない。
「似合ってると思いますよ?えっと、素敵です」
うん、とってもいいと思います。
その一言に春姫さんは尻尾をピン!と立てて、そして、大きくゆらゆらと揺らして
「あ、ありがとうございます・・・その、精一杯ご奉仕させていただきますので・・・」
「待って。春姫が言うと、何だかいやらしいわ」
「厭らしいですね」
「ベル、メイドだから何してもいいとか思ってたら、きついお仕置きが待ってるからな?」
「何もしない!!」
一体僕をなんだと思っているんだ、このお姉さん達は!!いつも先に手を出してくるのは、アリーゼさん達の方なのに!!
「メイドさんだから、さっきも起こしに来てくれたんですか?」
「い、いえ、その・・・ベル様とアストレア様だけが、いらっしゃらなかったので。その、勝手に扉を開けてしまって・・・」
「わぁぁぁ!?春姫!言わなくていいのよ!?」
「ノ、ノックもしたのですが、返事もありませんでしたので・・・」
「何々、朝っぱらから何してたんですか?」
「何もないわ!ほ、ほら、ご飯が冷めてしまうわ!」
赤面するアストレア様は必死に話題を変えようとするも、お姉さん達はニヤニヤとしていて、僕のことまで見てくる。春姫さんは僕の横に来て、『な、何かまずかったでしょうか?』と耳元で聞いてくるも、僕も思い当たるものがわからずに『さぁ?』と返してしまう。
「―――ベル」
「は、はい。何ですか、アストレア様」
「どうして私だけが動揺していて、貴方はへっちゃらなのかしら?」
「え・・・?だ、だって、春姫さんが来たとき、ただゴロゴロしていただけじゃないですか」
「・・・・それもそうね。」
別に恥ずかしいことではなかったわ。と急にしゅんっとしたアストレア様は黙々と朝食を食べだした。怒らせてしまっただろうか?春姫さんは申し訳なさそうにしているし。
「ベル、ベールー」
向かいに座るアリーゼさんが小声で僕を呼び出してきて、僕は立ち上がってアリーゼさんのところにいく。
「どうしたの、アリーゼさん?」
「こういうときは、『あーん』ってしてあげたら、アストレア様、機嫌良くしてくれるわよ!」
「・・・本当?」
「もちろん!お姉ちゃんは嘘つかないわ!」
「う、うーん・・・やってみる」
僕は再び、アストレア様の隣の席に戻る。なにやら背後で『よし!これでまたアストレア様の可愛いところが見れる!』とか手を叩き合う音が聞こえた気がしたけど・・・僕、玩具にされてないよね?大丈夫だよね?
「ベル、食事中に立ち上がるのはあまりよくないわ」
「はぃ・・・あ、あの、アストレア様、怒ってますか?」
「・・・怒ってないわ」
「じゃ、じゃぁ、こっち向いて欲しいです」
「・・・どうしたの?」
少し不満そうにしているアストレア様は、渋々僕の方へ体を向けてくれる。だから、僕は朝食のパンをちぎって、口に近づけた。
「え・・・と、【あーん】。」
「・・・・あーん」
一瞬、固まって、目を点にしたアストレア様は、目でアリーゼさん達を見て、もう一度僕をみて、食べてくれた。手で口元を隠すようにして、モグモグと。
「お、美味しいですか?」
「え、えぇ・・・ベーコンエッグも美味しいわ。ほら、ベル。あーん」
「あ、あーん」
さっきまでの膨れっ面はどこへやら、アストレア様もお返しとばかりに、僕に食べ物を近づけてきて、僕はそれを食べる。目が合って、自然と笑い声が上がってしまって、僕の横に座る春姫さんは微笑ましいものを見る目をしていて、だけど、言いだしっぺのアリーゼさんは『く、尊い・・でも、何かしら、私は一体なにを見せられているのかしら!?』と若干後悔していた。
アストレア様は、コーヒーを口に入れて、カップから口を離して、アリーゼさんに目を向けて話し出す。
「アリーゼ?」
「ベル様ベル様」
「は、はい、何ですか、アストレア様?」
「どうしたんですか、春姫さん?」
「貴方達、最近、私とベルを玩具にしすぎよ。どうかと思うわよ?」
「その・・・もしよろしければ、私にも『あーん』をしていただけないでしょうか?」
「うっ・・・で、でも、2人ともとっても可愛いですし・・・あの・・・ええっとぉ・・・すいませぇん」
「?別にいいですよ。はい、あーん」
「あと、今度時間が取れたら、ベルと2人で遊びにいかせてもらうわ。構わないわよね?」
「――ッ!!あ、あーん!でございますぅ!!」
「えぇ!?ま、まぁ、それは構わないですけど・・・護衛は!?」
「ベ、ベル様、こ、こちらもどうぞ!あーんっでございます!」
「ベルがいれば問題ないと思うけれど・・・?というより、まだそこまで決めてないわよ?」
「あーん。美味しいですね?」
「「そこ、イチャイチャしない!」」
「コ、コン!?」
「ひゃぃ!?」
「ふぅ・・・ベル様は今日は、ダンジョンに行かれるのですか?」
「そのつもり・・・ですけど?」
朝食が終わり、各々が出かけていった頃、特に巡回に参加するように言われていない僕は春姫さんと一緒に後片付けをしていた。アストレア様はアリーゼさんと一緒に、用事があるとかでギルドに行ってしまった。アリーゼさんが言うには
『ベルは実際に現場で動いたほうがいいと思うんだけど、情報収集って苦手そうなのよね。だから、ダンジョンで異変を感じ取ったら教えて頂戴!』
ということらしく、例のフェルズさんが言っていた『上級冒険者連続失踪事件』の情報が何かないか、調べてくるということらしい。
「どうかしたんですか、春姫さん?」
「い、いえ!で、ではその・・・バベルまでご一緒しても?」
「別に構わないですよ?」
「で、では、お見送りさせて頂きますね」
「そ、そこまでしなくても・・・」
「その・・・今はまだ、生活に慣れるので精一杯なのでございまして、そのうち、一緒にダンジョンに行かせていただきますので。」
だから、それまではそうさせて欲しい。とお願いされてしまった。
輝夜さん達にも『強力な魔法を放っておくわけにはいかん。戦える云々は置いておくとして、サポーターとしての知識を身につけるのは悪いことではない。少なくとも同行するのは、私達やベルだ。』と言われているらしい。確かに、僕と一緒なら、18階層までは襲われることなくダンジョンを進めるから問題はないけど。
「その、春姫さんはいいんですか?ダンジョンに行くのがいやなら、無理しなくても・・・」
そうだ。無理をしてダンジョンに行く必要なんてない。アリーゼさんも僕が冒険者になるって言ったときに何度も聞いてきていた。別に冒険者じゃなくたって家族として迎え入れるから、無理はしないで欲しいと。そんな僕に、春姫さんは微笑を浮かべて、回答する。
「いいえ、ベル様。無理はしておりません。何より、私も眷属の1人にならせて頂いたのです。皆様のお力になりとうございます・・・それに、わ、私達は
と最後は俯きながら、赤面しながらもじもじと狐の耳と尾を揺らして、か細い声で告げてきた。
もちろん、魔法は使用場面や頻度、隠蔽方法などを考える必要がありますが・・・アイシャさんも力になってくれると仰ってくれましたので、ですから、大丈夫です。とつけたして、洗い物を終わらせて、出かける仕度をして、僕と春姫さんはホームを後にした。
■ ■ ■
バベル前のベンチで、またいつもの様に座って人を待つ。
2人で座って、右隣にいる春姫さんの膝の上で開かれた御伽噺を読みあって時間を潰し、時に子供達や冒険者の人たちに手を振られては、振り替えす。そんな時間。
「つ、つまり、この『翼を持ったお姉さん』は、村にやってきたのではなく」
「はい、どこかから、攫われてきたんです。それで、嵐で荷馬車が壊れて、その中に、ボロボロの状態で見つかったのが『翼を持ったお姉さん』との出会いなんです」
僕は最近知った御伽噺を春姫さんが買ってきてくれて、それを僕の記憶と照らし合わせていると、『あ、これ、僕の話だ』とすぐにわかってしまった。
「最後のページには、『どこかへ旅立っていった』と書かれているのですが・・・どこへ行かれたのです?」
「死はある意味、『旅立ち』って言われることがありますよね?」
「あっ・・そ、その、すいません!」
「謝らないでくださいよ!?」
「その、怖くはなかったのですか?」
「全然?村の人たちは最初は警戒してたけど、子供の僕が世話をしているのを見て『大人がビビッてどうする!』ってなったらしいですよ?」
「その、何故、助けようと思ったのでございますか?」
「うーん・・・助けを求めていたから?」
どうして?と言われても、きっとたぶん、体が先に動いてしまっていたんだと思う。でも、後悔はしていない。
「ベル様は・・・その、またその方の家族?という言い方が正しいのでしょうか、会いたいと思っておられるのですか?」
「・・・はい。もし、そのヒト達が困っていたら、きっと僕は助けると思います」
きっと、オラリオの人たちには理解されないことだ。でも、僕は、見捨てられない。『お姉さんに命を救われてる』から。でも、アリーゼさん達やアストレア様は、どう思うんだろう・・・。
思わず俯いてしまう僕に、春姫さんはオロオロとして、意を決して手を握ってくる。
「は、春姫はベル様に助けて頂きました。ですから、その・・・困っていることがあれば、春姫はお手伝いしますので!」
派閥に入ったばかりの私です、追い出されたって痛くありません!と冗談交じりに春姫さんはそんなことを言うものだから、僕は思わず、笑ってしまった。
「ベ、ベル様?何か、おかしかったでしょうか?」
「ご、ごめんなさい。そういうわけじゃなくて・・・ははは」
「お待たせ、ベル君。・・・と、あれ?メイドさん?」
「あ、アーディさん、こんにちわ。この人は新しくファミリアに入った春姫さんです」
「あぁーリオンが言ってた子か。」
「は、はじめまして。よろしくお願いいたします!?」
待ち合わせの場所に、アーディさんと、どういうわけか、レフィーヤさんが来ていた。
「アーディさん、どうしてレフィーヤさんが?」
「うーん、何か、着いてきちゃった」
てへっと舌をペロッと出すアーディお姉さん。
レフィーヤさんの方を見てみたら、何だかなんとも言えない微妙な顔をしていた。
「こ、こんにちわ。レフィーヤさん?」
「・・・こんにちわ、ベル・クラネル。先日、ダンジョンで何かあったみたいですね」
「うっ・・・」
「アイズさんとも、前に揉めたとか」
「ぐふっ・・・!?」
「ベ、ベル様!?」
怒ってるような、怒ってないようなそんな顔で、聞いてくる。
アーディさんは自然と僕の左隣に座って、『あ、これ読んでたんだー。見せて見せてー』なんて言って僕の膝に御伽噺を移動させている。レフィーヤさんは、切り替えようと咳払いをして
「きょ、今日は、私も同行させてもらいます!」
と言ってきた。
「えっ?」
「何があったかはその・・・さすがにこんなところでは聞きにくいし話しづらいでしょうから。いきなり襲うようなことはありませんから、安心してください!」
「ベル様、他派閥の方にも襲われたのでございますか!?」
「春姫さん、違います!!それ、たぶん、意味が違いますから!?」
「襲うって何を言っているんですか、あなたは!?というか、やめてください!気にしてるんですから!!」
「もうその話は忘れようって約束したじゃないですか、レフィーヤさん!!」
「そ、そうですよね・・・コ、コホン!はい、忘れました!!」
で、では、ダ、ダダダ、ダンジョンに行きましょう!!なんて未だ動揺を隠せないレフィーヤさんは僕の手を取って立ち上がらせて引っ張っていく。その後ろをアーディさんがニコニコしながら、付いてきて、僕は振り返って春姫さんに『行ってきます』を伝えた。
「は、春姫さん!行ってきます!!」
「はい、行ってらっしゃいませ!」