「侵入者ぁ?」
気だるそうな男の声が響く
「えぇ、なんでぇ?今までうまーくやってたよねぇ?どうしてココが見つかっちゃったの?」
批難する白衣を着た男の声の後に、黒いローブを纏った報告員と思わしき男が隠せない動揺と共に報告を上げる。
「も、申し訳ありません、理由は定かではなく・・・」
「究明はしなくても解明くらいはしてほしいなぁ・・・はぁ~。まぁいいや。どうせ迷い込んできた冒険者でしょ、始末しちゃって。」
隠せない苛立ちを声に乗せ、指示を出す白衣の男に対して、報告員の男はさらに続ける。
「それが・・・侵入者は2組。しかもほぼ同時刻に別の場所からもここへ姿を現しており・・・」
「―――明確な目的をもった『誰か』がやって来た・・・あ~。なんで~。どうしてバレたの~。はぁぁ~~~。」
髪を掻き毟り、言葉にもその苛立ちがなおいっそう募って行く。
「2組全て、解き放った食人花を撃破しながら進んできます・・・ど、どうなさいますか?」
「排除しかないじゃん。」
大きく溜息を吐く
「失敗作の『アレ』、出しちゃってよ。」
男は指示をだして撤収作業を開始する。
「て、撤収されるのですか!?」
「当然でしょ、だって食人花を倒して向かってきてるんでしょ?ほら、研究資料、全部まとめてー。持ってけないものは処理しちゃって、完全撤収。急いでー。」
あっさりと拠点を捨てる判断を下した白衣の男に報告員は固まり、驚き声を上げる。
「お、お待ちください!我々にはこの領域を与えられた責務が・・・!?」
「侵入者を許してる時点で責務なんて笑わせないでよ。それに僕の頭が残ってれば研究は続けられるし。」
「っ!?」
「だからさ、必要なものを外に逃がす時間、稼いでよ。例の『研究成果』、全部使っちゃっていいからさぁ。」
白衣の男は笑顔を報告員に向け、さらに
「未完成だけど、ついてに情報もとっちゃおうよ。」
と言って締めくくる。
慌しく動き出すローブの男達と、同じく撤収作業を始める白衣の男。そして、その奥には『青い翼を持った怪物』がいた。
「うぅ・・・助け・・・助けてくれぇ・・・」
触手に絡まり、苦しむ冒険者と怪物達の呻き声が、木霊した。
さらにその奥には、4対の蒼い翼を持ち、蒼い長髪を持つ、背後から抱きしめあうような形で1つとなっている異形の怪物が静かに眠っていた。
「『怪人』を元にしてみたけど・・・あれかなぁ。知能を持った怪物と同じく人間を混ぜる異種混成を人為的に作ろうとしてみたけど、まぁ、別モノだけど結果的にはいいのかなぁ。」
■ ■ ■
「―――【
「―――はぁっ!」
音の暴風と、金髪少女の剣によって、食人花はあっけなく塵と化し、冒険者一行は難なく道を進んでいた。
「ベル、目を瞑って歩いているが平気か?顔色が悪いぞ」
「―――ここ、何ていうか、24階層の時のこと思い出しちゃって」
「
「―――少しだけ。怖かったからあんまり覚えてないけど・・・この壁そのものが生きてるっていうか・・・」
「『探知』し辛い・・・と?」
「うん」
「無理はするな。お前は私かアーディの手を握って歩け。【剣姫】がいれば大体片付く」
「―――うん」
ベルは、未開拓領域に入ってから先に進むにつれ気分を悪くしていた。食人花が現れればそれこそ魔法で対処していたが、探知がしにくいとそのペースは徐々に落ちていた。
「―――アイズさん、次、右から来ます」
「わかった」
「次・・・少し、大きいのが」
「えっと、変異種・・・かな?」
「フィン、どう思う?ここには確か、
「確か、アイズ、ベート、レフィーヤの報告によれば
「うん、ちょっと種類の違う食人花が寄生してた」
「でも、この辺りにそれはない・・・」
じゃぁ、一体何から養分を取ってこの空間を造っているんだ?という疑問が浮かび上がる冒険者達。そこで、またベルが足を止めて周囲を見渡すように首を回す。
「どうした、ベル?」
「―――いる。」
「いる?食人花かい?」
「えと・・・・その・・・」
フィン達に言いたくなさそうに口ごもるベル。その様子にアーディだけが、『もしかして』と気づき、輝夜に耳打ちをし、輝夜もその内容に納得した。言いづらいわけだ、と。
「ベル、『喋るモンスター』でもいるのかい?」
「―――ッ!」
「そう警戒しないでくれ。今すぐ事を起こすつもりはないよ。ここは【ダンジョン】だしね?」
「でも・・・」
「僕たちの目的は『行方不明となっている冒険者の捜索』だ。だから、今だけは、もし仮にモンスターが喋ったとしても君の様に目を瞑ることにする」
そのフィンの言葉に、思わずベルは目を見開いて見つめた。
分かっていた上で殲滅すると思っていたから。アイズが見逃すはずがないとわかっていたから。
アイズは変わらず、黙っているのだから。
「信用できないことくらい、わかっているさ。でも、そういう状況ではないだろう?」
だから、さっさと終わらせて帰ろう。僕たちとしては、関わらないにこしたことはないんだ。悪いけどね。そう言ったフィンは前えと進んでいった。
「輝夜さん・・・」
「何だ?」
「僕は、どうしたらいいの・・・?」
「―――お前はどうしたいんだ?」
「―――わからない。怖い」
ぎゅっと繋いでいる手に力を入れる。
道を示して欲しい。どうしたらいいのか、教えて欲しい。そう懇願するように。
「はぁ・・・お前がどうしたいのかわからないなら、私たちがわかるわけないだろうに。私達は【都市の秩序】を守る側だ。仮に異端児共が地上に現れて騒ぎを起こせば、対処しなくてはならなくなる。」
第一、これは、お前の問題だろう。私達はお前の決めたことを見守って、支えてやることしかできん。
そう言われてベルは、歯をギリっと噛み締めて、
「そんなの・・・わかってるよ!!」
繋いでいた手を乱暴に振り払って走り出していってしまった。
八つ当たりをするように鐘の音を鳴らして。
「はぁ・・・また、泣かせてしまったか」
「難しい問題だもんねぇ。どうして異端児達がここにいるのかはわからないけどさ。」
「あぁ。なぁ、アーディ、お前たち【ガネーシャ・ファミリア】はどうするんだ?地上で騒ぎになった場合は」
「多分、ガネーシャ様は市民の安全を優先すると思うよ?」
「・・・だろうな。」
「『人類と怪物の共存』・・・可能、なのかなぁ」
「それも難しいだろうな。ベルの場合は、ただ運が良かっただけだ。」
『運よく異端児が生きていた』『運よくベルがそれを誰よりも早く行動した』『運よく女神がその行いを認めた』運よく・・・それが重なっただけ。小さな村だったというだけ。
それが巨大な都市となれば、そういうわけにはいかない。確実に大きな爆弾として騒動になる。それだけはわかる。
【アストレア・ファミリア】だろうと【ガネーシャ・ファミリア】だろうと、きっと対処しなくてはいけなくなる。
「・・・・・ベルを冒険者にしたのは、やはり、無理があったんじゃないか?団長?」
何かと動き回っている、赤髪の団長のことを思い浮かべながら遠い目をして、輝夜は呟いた。
「大丈夫?」
「あぁ・・・こればっかりは、仕方ない。たとえ、あの子がオラリオに来るまでの期間があったとしても、無理だ。」
「うん、そうだね」
「ベルの場合が、特殊だったんだ」
「うん、そうだね」
「怪物は絶対悪。それが常識だ。」
「ベル君の場合は、『一種族』。」
「怪物を憎む人類と、神を憎んでもどうすることもできないベル。表にこそ出さないが、そうとう溜まっているんだろうな」
「今のベル君に『正義は巡る』なんて言って通じると思う?」
「さぁ、どうだろうな」
本当に地上で騒ぎになったとき、あの子はどうなってしまうんだろうかと考えを巡らせながらも、やはり答えなんて出ず、2人もまた、先を歩くフィン達の後を追っていった。
■ ■ ■
「おいおい、何だよこりゃぁ・・・・!?」
「ぐ・・・うぅ・・・」
「冒険者が、植物ノ根に取り込まれてイル・・・!?」
それは異様な光景だった。
行方不明となった同胞の匂いを見つけたヘルハウンドのヘルガに導かれ、ベル達とは別の場所から謎の未開拓領域に踏み込んだ異端児達は、その光景を見て息を飲んだ。
「ウィーネが声がすると言うから来てみりゃぁ・・・」
「た・・・・助け・・・」
「助けないと!」
「待テ。冒険者ヲ助ケテ、ドウスル?助ケタトコロデ、我々ニ剣ヲ向ケテクルヤモシレンノダゾ」
「で、でも!」
ベルは私を、生まれたばかりの私を、みんなの元に送り届けてくれたよ?
だから、助けないと。そんなことを言うウィーネの言葉にガーゴイルのグロスは無言となり、リドとレイの判断に任せることにした。
「――このまま、放っテおく訳にはいきまセン。」
「あぁ、助けよう。レット!
「ええっと、5本ほど!あとは、マリィの血が・・・!」
「血は取ってオイテくださイ。ベルさんガ、いるような気がシマス」
「何か感じたのか?」
「エエ・・・ほんの少しデスガ鐘の音ガ」
判断を下した異端児たちは手当たり次第に植物の根を切り裂き、噛み契り、冒険者達を助け出した。
「怪我してるって訳じゃねぇみたいだ。俺っち達じゃ人間の状態なんてわからねぇからなぁ・・・」
「とりあえず、この空間の外ニ出すべきでショウ?フォー、お願いします。外デ待機していル同胞達にも協力してもらって『18階層』ニ、運んであげてくだサイ」
『ウォ・・・!』
異端児達は、冒険者とは、人間とは違う容姿―――怪物としての体を持つが故、巨体のものや細い通路を通れないものと行動が制限されることがあるため、外で待機している者たちが少なからずいた。彼等に冒険者を安全階層である18階層に運べば、とりあえずは大丈夫だろうと判断したのだ。さすがに冒険者たちのいる場所にまで行くことはできないが。
「しっかり、こりゃぁ、何なんだ?気色悪いぜ」
「フェルズの話でハ、24階層では『食料庫』の石英に寄生して食人花を生産してイタと聞いてイマスが」
「ドウ考エテモ、違ウダロウ、コレハ」
「おい、フェルズ、聞こえるか!?」
リザードマンのリドは、手に持っている
『何かあったのか、リド』
「くっそ気持ち悪ぃ植物に冒険者たちが取り付かれてやがった!」
『植物?』
「あぁ、それで冒険者達に怪我はねぇ。ただ、開放しても動けないみたいだ。お前ならわかるか?」
『顔色はわかるか?』
「何色が正常なんだ?」
『レイと同じ肌の色だ』
「あー・・・いや、異常はなさそうだ」
『ふむ・・・』
フェルズは黙り込み、会話に間ができる。
その間にも、ウィーネと
「おい、フェルズ。さっさと言えよ」
『あぁ・・・すまない。恐らく、
「ってことは?」
『その植物は、冒険者の魔力を吸っている・・・ということだろう』
■ ■ ■
「冒険者達が・・・迷宮に取り込まれてる!」
「ガレイル・アラン、マリッサ・スゥ・・・『失踪事件』の被害者達!この領域、まさか・・・!」
「ああ。この迷宮の『供給源』――それは冒険者の『魔力』だ。」
ベル達冒険者一行もまた、ベルの探知に引っかかった別の場所で同じように取り込まれていた冒険者―――行方不明者を発見していた。
「・・・!ダンジョンの養分の代わりに、冒険者の『魔力』を?」
「間違いないでしょうねぇ。ここに囚われている冒険者達、残らず
「彼等は生かさず殺さず、まさしく『餌』にされていた。冒険者が誘拐されていた理由は、このためだ。」
「人が・・・こんなことをするの?」
「人を人と思わないやり方を彼らは平気でやってくる。・・・・やはり実行犯は闇派閥の残党か」
「・・・・・」
謎の迷宮に入ってから、顔色を悪くしていたベルが目の前に広がる光景を見て、さらに顔色を悪くし自分が口にした言葉にフィンが出した言葉に、閉じていた瞼をさらに強く閉じて黙り込む。思わず何かを言ってしまいそうになっていたのを輝夜とリヴェリアは見ていたが、必死に堪えているベルを見て、首を横に振り、ベルの背中を摩るアーディに任せるしかなかった。
「食料庫に頼らず苗花を運用することで、迷宮内での異常事態を限りなく起きにくくしている。計画は隠匿しやすい。」
「それに、冒険者の中で行方不明者が出るのは日常茶飯事ですし、いくら失踪者が出ても疑問を覚える者は少ないでしょうしねぇ。」
「それを逆手にとっての、犯行・・・?私たちが苗花を潰したから、慎重になった?」
「おそらくそうでしょうねぇ。しかし、上手くいきすぎて、阿呆共は少々調子に乗り、手がかりを残し、無様にも私たちが付け入る隙を見せた。」
輝夜は悪態をつきながら、刀を抜き、冒険者達を解放していく。
それに続いてベルとアーディも植物を切り裂いていく。
「リヴェリア」
「分かっている。結界を張って保護しよう。お前たちは先へ進め」
「ベル、お前は無理に行かなくてもいいんだぞ?」
「・・・え?」
「顔色も悪い。魔法の威力も落ちている。お前が見たくないものまで見ることになるかもしれない。そう言っているのだ」
それなら、【九魔姫】と一緒にここに残っていた方がいいんじゃないか?と輝夜に言われたベルは一度リヴェリアを見て、俯く。
「―――行く」
「いいのか?」
「うん。異端児達が・・・レイさん達がいる気がするから。何かあるなら、助けたい」
「そうか・・・。わかった。なら、なるべくアーディの近くにいろ」
「うん。」
冒険者は、ベルは先へ進む。