「―――誘われているね」
「うん。モンスターの攻勢が止んでる。」
「ええ、明らかに相手様が手を緩めていらっしゃいますねぇ。」
迷宮を進みながら、襲ってくる食人花を殲滅していく冒険者達。しかし、先ほどまでの怪物の勢いがパタリと止んでいた。
「ここにきてモンスターを出し惜しみする理由・・・罠が待っているか、あるいは別の『算段』がついたのか。」
「どっちもでしょうかねぇ。」
「ンー、まぁ、どちらにせよ、罠だろうと行くしかないだろうね。」
怪物の攻勢が止み、誘いに乗るように迷宮を進んでいくと、広い空間に出た。
いくつものパイプがいたるところに走り、液体の入った巨大なガラス張りの筒が柱の様にあちこちに立てられていて、それはさながら研究室のような光景であった。
「ここが最奥・・・でいいのかな?ベル君、何か感じる?」
「うん・・・人の反応と怪物の反応が、同じ場所にいるよ。あと・・・すぐ近くに誰かいる」
ベルの返答に周囲を警戒する冒険者達。そして、近づいてくる人物は、苛立ちながら声を上げた。
「来るのが早いよぉ~。まだ準備が終わってないんだけど?」
「――誰っ!?」
「誰、と聞かれても、名前はミュラーとしか答えられないなぁ。ついでに言うなら、所属は闇派閥の残党。」
コツコツと足音を鳴らせて見える位置までやって来た白衣の男――ミュラーは侵入者である冒険者達を見渡す。
「2組の侵入者のうち、1番乗りは君たちかぁ。【勇者】に【剣姫】、【大和竜胆】【象神の詩】・・・そしてぇ・・・あぁ、君か。君が【涙兎】かぁ。『裏切り者のアルフィア』とか聞いたけど、僕知らなくてさぁ。」
有名どころが多くて困るよ、もう詰んでるじゃんこれ、止められないわけだ。とミュラーは言いながらベルを見て笑みを浮かべる。
「・・・お義母さん?」
「あぁ、母親のことなんだ。じゃぁ、何でその子供が、そっち側にいるわけ?こっち側じゃないの?」
『裏切り者』って言われてるんだけど、君、知らない?母親なんでしょ?と、わざと刺激するようにミュラーはベラベラと口を動かす。アーディは目を見開いて固まっているベルの手を引っ張り、自分の背後に隠す。
「悪いけど、この子から何か聞こうとしても無駄だよ。」
「第一、貴様等の所に行かせるわけがないだろう、戯けが」
「いやさぁ、そこの子、『クノッソス』で暴れまわったとかでかなり有名でさぁ。それに・・・」
まだ懲りずにベラベラと口を動かそうとするミュラーを遮るように今度はフィンが口を開く。
「・・・ミュラーと言ったね。この領域は、何なのかな?苗花ではないようだけど?」
「あー・・・苗花を知ってるんだ。なら、話は早い。ここは、そうだなぁ・・・『
「『
「そ。苗花が生産工場だとすれば、『
腰に手を当てて、自信ありげに素晴らしいものを見せるようにミュラーは実験所の説明をする。目はチラチラと相変わらずベルを見ているが。
「それでは貴方が、異端児にも見つからない領域を築いた張本人・・・?」
そこで、冒険者達とは違う通路からやってくる一団が現れる。
それは、武装したモンスターだった。
それは、人語を解するモンスターだった。
それは、ベルの言う『喋るモンスター』だった。
冒険者達は目を見開き、その一団をしっかりと目撃してしまう。
「『喋るモンスター』・・・あれが、か。ティオナの言っていたものは。」
「―――レイさん?どうして・・・?」
「――ベルさん!?ど、どうして貴方こそこんな所ニ!?」
「ベルだ!おーい!ベールーベルーベルー!」
「冒険者の・・・行方不明者を探してて」
「エエイ!落チ着ケ、ウィーネ!状況ヲ考エロ!!」
「わ、私達モ・・・同じく・・・同胞を探していまシタ。」
『キュキュー!』
「ここに来る途中に、植物に取り付かれてる冒険者がいて、さっきまでフォー達に18階層まで運ぶように指示してたんだ。ベルっち」
「アルル!貴様モカ!」
リザードマンのその言葉に、アーディはリドに向かって親指を立て、初めて異端児を見た輝夜、フィン、アイズは驚愕を浮かべる。
「・・・ベルから聞いてはいたが、本当にいたとはな。確かに、これは今までの常識が覆りかねん」
「怪物が・・・人を助けた?嘘・・・」
「アイズ、今はあの男が優先だ。間違っても勝手に動き出すな」
異端児達が見つけた冒険者達は既に開放済み。あとは18階層に運び終われば、後はその辺の冒険者が見つけてくれるだろうぜ。とリドは堂々と言ってのけ、フィン達から視線を外してミュラーを睨んだ。他の異端児達も同じく。
「リ、リドさん・・・」
「ベルっち。悪いけどよ、後だ。同胞がここにいるはずなんだ。俺っち達は、それを助けてぇ・・・」
「ふっ、うふふ・・・はははははははっ!まさか、まさかさまかこんなところで会えるなんて!実験台の方から来てくれるなんて!」
ミュラーは歓喜する。喜びのあまり実験所に響き渡るほどの大声で笑い上げる。
「【イケロス・ファミリア】に融通してもらったけど、一々高くついちゃってさぁ!ずっと欲しかったんだよ、最高の『実験台』」
「実験台・・・?」
「やっぱり、君達、喋るモンスターってのは違うのかな?色々と、遊ばせて貰ったよ」
「あそ・・・ぶ・・・?」
「・・・気色の悪い奴だ。大方、外道な行いでもしていたか?怪物趣味め」
「・・・ああ、失敬失敬。興奮したりすると、いつも周りが見えなくなるんだ。お客さんの前ではしたないなぁ。あと、僕は実験するのが好きなだけだよ」
怪物趣味だなんて・・・ひどいこと言わないで欲しいなぁ。と言うと今度は真面目な顔付きに変えて
「まぁとにかく、君たち招かれざる客が来てヤバイ状況になっていてね。僕は慌てて逃げ出す準備をしている最中なんだ。」
などと言う。
「逃がすと思っているのかい?できれば、闇派閥の情報も置いていってくれると助かるんだけどね」
「いやいや、それは無理だって僕だって命は惜しいしね。まぁ君達・・・特に美しい『異端』の君と別れるのはとても残念なんだけど・・・見逃してくれないかなぁ?」
「わかりきっている答えを聞かないで欲しいかな。君は拘束して【ガネーシャ・ファミリア】に連行させてもらうよ。」
「寸秒も待たず交渉決裂ー。嗚呼、悲しいー。」
「・・・君は無意味にペラペラ事情を話しすぎだ。口では危機って言うけど、余裕は崩れないまま。」
「この手の輩は愉快犯か、狂ってるか――あるいは『薄汚い策』を仕込んでる!!」
フィンに続いて出た輝夜の言葉を聞いて、ミュラーは両手を上げて笑顔を浮かべたまま、『バレた?まぁ、時間稼ぎだよ。駒を用意するためのね』と言う。すると、複数の獣の唸り声が鳴り響いた。
「・・・コボルトに食人花が混ざってる?」
「これが僕の『研究成果』・・・作って、産み出したんだよ。怪人の情報提供も受けてね。で、さ?手頃な冒険者がなかなか捕まらなくって、困ってたんだ。戦闘記録が足りないって。」
せっかくだから、戦闘記録、取らせてよ。思う存分、殺し合いをしてさ。
ミュラーが手を下げるとほぼ同時に、獣達が襲いかかろうと向かってくる。それに合わせるように、白い影が獣達へと走り出す。
「ベ、ベル君!?」
「あんの・・・馬鹿が!」
この迷宮に踏み込んだ時から調子の悪かったベルが、ミュラーの言葉を聞いてから徐々に怒りを露にして体を震わせていた。そして、とうとう走り出してしまった。
「【
迷宮にはじめての高威力のベルの魔法が襲い掛かってきた獣達を一斉に灰へと変えていく。それでも絶えずやってくる獣を【星ノ刃】で焼き切っていく。
「ちょっとちょっと、それ、
「――ぁあああああっ!!」
「アイズ!彼に続け!」
「――うん!」
怒りの砲声を上げながら、何度も魔法で獣を殺し、ナイフで焼き切り、自分の下へと『誘引』する。
「魔力に引き寄せられてるのか、よくわからないなぁ・・・!だーめだ、うん、撤収させてもらおう。ああ、もうあるだけ一気に投入しちゃおう」
「な、待て!同胞を帰せ!」
「逃がしません!」
「へぇ、さすがモンスター。大した脚力に加え、随分と身軽だ。しまってある翼も使わずにここまで飛び越えてくるなんて。」
異端児達はレイに続くように、ミュラーの下へと駆け出すもミュラーの不適な笑みは消えなかった。
「いいのぉ?僕は我が身大事なヤツだけど――もらえるものはもらっておく主義だよ?僕よりも、同胞を探したほうがいいんじゃないかなぁ?」
ミュラーの言葉に合わせるように、さらに現れたコボルトの一体が触手を放ち、レイを捕らえる。
「うあぁ・・!?」
「レ、レイ!?って―――何か、絵面がえっちだよ!?レイ!?」
「おいアーディっち、状況考えてくれ!こっちは真面目にやってんだよ!」
「わ、わかってるけどさぁ!!ベ、ベルくーん!?」
「ははははっ!なんて幸運!実験場はもう駄目だけど、こんなお土産が手に入るなんて!いい『被検体』が手に入った!色々しよう!沢山実験しよう!皮を剥いで、爪と牙を埋め込んでみて、壊れたら直して!」
「っ・・・!」
「大丈夫、大切に使うよ!約束する!君が喋れなくなっても、泣き叫んで笑えなくなっても、隅々まで使い切る!可愛い『道具』として、命も尊厳も、何もかも奪ってあげるから!」
「その人を―――放せ」
■ ■ ■
迷宮に入ってから、周囲から蠢く気持ちの悪い反応に、僕は怯え、その心は冷え付いていた。
怖くて、姉の手に縋りついて、怖いものから目を瞑って。
だけど、それでも逃げてはいけないと思ったから、足を進めたのに、その光景を見て、男達を見て、冷えついていた心は耐え難い激情があふれ出した。
お義母さんが悪く言われるのが許せなかった。
人なのに、人間なのに、同族の命を玩具のように扱っている目の前の
レイさん達を、異端児達を遊び道具としてみていることが、許せなった。
「―――奪われてたまるか」
僕は、優しい鈍色髪の姉の影から飛び出して、怒りのままに力を振るった。
憎くて、許せなくて、腹立たしくて、仕方がなかったから。
お義母さんも叔父さんも、こんなことをさせるために僕を置いてオラリオに行った訳じゃないことくらいはわかる。
一体――
『【一体、貴様等『雑音』は、どこまで
英雄なんてオラリオにはいなかった!
泣いていた僕の手を取ってくれた
だけど、お爺ちゃんが!ヘルメス様が、よく言っていた『最後の英雄』じゃないことくらい僕にだってわかる!!
酒のために他者を陥れ苦しめる者がいた!!
己の欲のために家族から引き離そうと死んだ家族の墓を荒そう等と眷属に指示する神がいた!!
一体どうしてそんな奴らを英雄と呼べばいいんだ!!
「――【
行き場のない怒りが、僕の知らないはずのお義母さんの『言葉』が、僕の心をざわつかせ、冷えついていた心を沸騰させる。
アリーゼさん達とお義母さん達の戦いを・・・僕の知らない物語を、汚すのは許せない!!
アストレア様が赦してくれた、お義母さんの想いを踏みにじられるのだけは、許せない!!
「【
作られた怪物の悲鳴も、ローブの男たちの悲鳴も、知ったことじゃない!!
僕を止めようとする人間の言葉なんて、何も聞こえない!!
憎い憎い憎い!!
「大丈夫、大切に使うよ!約束する!君が喋れなくなっても、泣き叫んで笑えなくなっても、隅々まで使い切る!可愛い『道具』として、命も尊厳も、何もかも奪ってあげるから!」
「うぁっ・・・!」
僕の大切な
「その人を―――
「人?何を言ってるのぉ?これは『怪物』で――『
五月蝿い五月蝿い!五月蝿い!!
僕は怪物を引き寄せて全て灰に変えていく。ローブを着た男達の手足を切って捨てていく。
「ぎゃっ!?」
「う、腕がぁ!?足がぁ!?」
「やめろ・・・やめてくれ、ベル!」
腕も足もなければ、何もできない――何もさせない!!
作られた怪物達も全て灰に変えてやる!
「次はその舌を切り落とせば、耳障りな『雑音』が消えるのか!?」
「ひ、ひぃぃ!?」
「ベル君、駄目、やめて!止まって!!」
「な、何なんだこいつはぁ!?」
鐘の音が鳴り響く。
悲鳴をかき消すほどの鐘の音が鳴り響いては、灰が雪の様に降りそそいでいく。
「待って待って待ってぇ!?なにソレェェェェェ!?」
「【
「ベルさん・・・!?」
「あんなのがLv.3?冗談やめてよ!!Lv.4・・・!いやそれ以上の――!!」
動揺している。だけど、だけど!!そんなこともどうでもいい!!
自分が自分じゃなくなるようなそんな感覚さえあるけれど、それもどうだっていい!!
「僕は
「馬鹿者・・・母親の名を騙るな、阿呆めが・・・!お前が苦しくなるだけだろうに・・・!」
レイさんを捕まえているコボルトを灰に変え、抱きかかえて救出する。
「ベ、ベルさん・・・っ!?」
「この人を、異端児達を傷つけるなんて、させない。誰にも奪わせない!貴方達【闇派閥】にも!【冒険者】にも!!――
「ベル・・・さん・・・?」
やがて怪物は全滅し、白衣の男を残して、ローブの男達もまた、身動きが取れなくなっていた。
■ ■ ■
私がいた。
昔、ラウルさん達が怖がっていた『血まみれになりながら、ボロボロになりながら怪物を殺戮していく』私がいた。
「―――奪われてたまるか」
だけど、あの子は私とは少し、いや、きっと、似ているけど、違うんだと思った。
目の前の男の子は、大切なモノを奪われないようにしようと必死になっているだけの子だった。
あの子の後に続いていたはずの私は、気がつけば足を止めていた。
「――【
一緒にダンジョンに行くようになった時は、少し、原因は知っていたけど、怯えていて、だけど、手を繋いでくれるようになったときの笑顔に、その真っ白な心に、洗われた私がいた。
でも、目の前の男の子は、私とは相容れないと思ってしまった。
だって、あの子は『怪物』と共存できるような世界が欲しいというのだから。
喧嘩をした。エダスの村で、黒竜の鱗の前で、小さい子供みたいに喧嘩をした。ベルを・・・年下の子を泣かせてしまった。
『怪物は、人を殺す、沢山の人を殺せる。・・・沢山の人が泣く』
『神様は、娯楽とか言って、沢山の人を苦しめる。・・・玩具みたいに扱う!家族を奪う!』
『神様は、みんなそんな
『それは怪物だってそうでしょう!?』
『ベルのわからずや!』『アイズさんのわからずや!』
どうして、ベルがあそこまで怪物を味方するのか、わからなかった。
だって、あの子はダンジョンに行けば普通に怪物を倒していたから。だから、矛盾にしか感じなかった。
あの日以降、ベルは私といると、目を開けなくなった。
『なら、神様に家族を奪われた僕は、どうしたらいいんですか?』
目を閉じて、俯いて、そんなことを言われた私は、何も言えなかった。
そこからだろうか、私の中でがらがらと音を立てて何かが崩れていくような感覚を覚えたのは。
一緒だけど・・・一緒じゃないんだ。
「大丈夫、大切に使うよ!約束する!君が喋れなくなっても、泣き叫んで笑えなくなっても、隅々まで使い切る!可愛い『道具』として、命も尊厳も、何もかも奪ってあげるから!」
「うぁっ・・・!」
好きだった居場所は壊れた!
好きだった日々は砕け散った!
愛していたあの人たちは、奪われた!
母(義母)が!
父(叔父)が!
全部、全部、全部!!
全部、『
「アイズ」
「―――フィン?」
「――何を思っているのか、わからないけれど・・・今、泣くのはやめろ。やめてくれ」
気が付けば、私は泣いていたらしい。
目の前で暴れる
「ねぇ、フィン」
「なんだい、アイズ」
「復讐相手がいるのと、いないの・・・どっちが辛い?」
「―――比べるものではないよ、アイズ」
「不幸比べなど、話にもならんぞ、小娘」
「輝夜・・・さん?」
「その人を―――
「人?何を言ってるのぉ?これは『怪物』で――『
「不幸自慢をするなと言っているのだ、戯けが」
「―――っ!ごめん、なさい」
ベルのお姉さんは、私に怒りをぶつけていたけど、その顔はとても悲しそうだった。
「やめろ・・・やめてくれ、ベル!」
癇癪を起こした子供のように、暴れて暴れて、
『怪物』は殺さなくちゃいけない、私は間違っていない。
なのに、なのに、どうしてこんなにも、目を背けたくなるような『怪物を助ける少年』の姿を見て、こんなにも胸が痛むのだろう。
幼いもう1人の
「ベル・・・・黒くなっちゃ・・・駄目だよ・・・」
私はぽつり。とそんなことしか、言えなかった。