兎は星乙女と共に   作:二ベル

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フィンさんの扱い?が難しい。



怪物

 

激情に任せて、何かに引っ張られるように、体が動く。視界は狭まり、周りのことなど見えなかった。

 

「【おやおや、逃げるのですか?亡骸を置いて?本当に?それでよろしいので?】」

 

苦しい。胸が痛い。頭がどうにかなりそうで、自分が誰なのかもわからなくなるようで、怖い。

 

「【そこは戦うべきでしょう!『英雄』とまでは言わなくとも!せめて『冒険者』の名に恥じぬように!】」

 

違う、目の前の人間(怪物)達は、冒険者ですらない。

こんな、こんな言葉を―――僕は知らない。

いつからだっけ・・・僕が知らない言葉を口にするようになったのは。――よく、わからない。

ただただ、許せなくて、許せなくて仕方なくて、そして――すごく、悲しかった。

 

怪物(モンスター)のせいで誰かが泣くのなら――私は怪物(モンスター)を、殺す・・・!』

 

アイズさん―――それなら、目の前のアレは、どうするんですか?

 

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

止まらない、止まれない。

優しく手を引いてくれるアストレア様の温もりとは違っていて、すごく怖い何かに引っ張られていく。

瞼からは涙がこぼれて、どうして僕はこんなに自棄になっているんだろう。どうしてこんなに、苦しいんだろう。

 

 

「嗚呼、まいったなぁ・・・欲をかかないで、さっさと逃げ出しておくんだった。」

 

 

コボルトを灰に変え、ローブの男達の手足を焼き切り、暴力の限りを尽くす。

苦しい苦しい苦しい。

 

 

「【福■(ゴス■■)】」

どうしようもないほどの違和感がより強くなっていく。

 

「捕まっちゃうのはちょっとなぁ・・・まだ、やりたいことが沢山あるんだ・・・。あぁ、『コア』、ここに出して」

「・・・!あ、あれはこの実験場と繋がっています!接続を解除すれば・・・!」

「今ここで一網打尽にされるよりマシでしょぉ?もとからこの施設は破棄するつもりだったんだし。だからさ、やってよ。早く」

 

 

「【■■(■■■■)】――ぁ。」

 

うねり、歪み、捻じ曲がり、ギチギチと、ゲラゲラと、縛るように、嗤うように、その漆黒の眼差しで僕の身を貫く。

いるはずのない存在が、待っていたと言わんばかりに、僕のことを見つめているように感じた。

気が付けば、息もままならず、魔法は―――唱えることもできなくなっていた。

怒りの激情の果てに生まれたのは深い深い、恐怖。

ミノタウロスの時とはまた違う、恐怖。

街が燃えていた。光の柱が何本も上っていた。

僕が知るはずのない光景が、瞳に、脳裏に焼きついて離れない。

 

怖くて怖くて、怖くて僕は、不意に縋りつく。

――お義母さんに会いたい。

――叔父さんに会いたい。

――寂しい。

――悲しい。

――どこにいるの?

――置いていかないで。

 

 

「―――助けて」

 

やっとの思いで自分の言葉が出た頃には、僕の体は、動かなくなっていた。

 

 

■ ■ ■

 

 

「ねぇ、冒険者諸君!僕を捕まえる前に、残りの行方不明者の居場所、知りたくなーい?」

「――アーディ、ベルを頼む」

「だ、大丈夫なの!?」

「――峰打ちだ。ナイフも取り上げておけ。」

「そうじゃなくって!ベル君!!どうなってるの!?」

「知らん!!私が聞きたいくらいだ!!」

 

ああ、腹が立つ。

「お義・・・母・・・さん?」

時々、誰もいない場所を見ているかと思えば、教えてもいない誰かの言葉を話したりするし、てっきりそれは子供のする『真似っこ遊び』だとばかり思っていた!

「――ぶぁーかめ、誰がお前の母親だ。私を誰と勘違いしておるのだ。後で説教だ。覚悟していろ」

だというのに・・・・

 

『【おやおや、逃げるのですか?亡骸を置いて?本当に?それでよろしいので?】』

 

何故、あの時代にいなかったはずの人間(ベル)が、ヤツの言葉で話すのだ!?

一体、どこまであの邪神は子供を追い詰めれば気がすむのだ!!

 

「君を捕まえた後でも、いくらでも吐かせることはできる。だから聞くに値しない。時間稼ぎもさせない。」

「さっすが【勇者】、暗黒期を終わらせた光の象徴の1人・・・小細工もきかないかぁ。でもさ、本当にちょっとだけ聞いてよ。もう大体わかってると思うけど、この実験場は冒険者の『魔力』で成り立ってるわけ」

 

アーディにベルを任せて刀を抜き、【勇者】に並ぶ。

少し振り向いてみれば、異端児・・・あれは、アルミラージか?何やら『赤い液体』の入った小瓶をアーディに渡しているが・・・薬か?

 

「生かさず殺さずで捕らえてある上級冒険者の『檻』・・・そして魔力を吸い上げる、この領域の『発生機関』・・・そんな大掛かりで場所を取る『装置』、一体何処に据えてあると思う?」

「―――まさか」

「アハッ!そう、施設の最奥部、つまりココ!――君たちの足元だ!!」

 

ミュラーの声と共に、足元から爆発させるように、新手が現れる。

 

「――超大型級か。」

 

コボルトと同じように巨大なモンスターに、『触手の鎧』が絡み付いて―――いや、あれは・・・

 

「――ベル君、動いちゃ駄目だよ!」

「駄目・・・駄目、駄目・・・!」

 

「ははははははっ!食人花じゃなく巨大花を配合した特殊異形だ!今の僕の傑作の1つ(・・)かなぁ!戦闘能力は勿論、冒険者の『魔力』も吸い取る!何とか量産にこぎつけたかったよ!」

 

周囲からは食人花まで現れ始めた。

「あの中・・・に・・・人が・・・!」

しかし、嗚呼、まったく・・・

 

 

「何処まで外道なのだ貴様等は・・・!」

「アイズ、君は超大型級を足止めしろ!先に食人花を片付ける!」

 

駄目だ、それでは駄目なのだ【勇者】様よ。異端児で揺らいだか?らしくないぞ。

しかし、確かに、先に食人花を片付けるしかないのも事実。

 

 

「グロス!オレっち達もあの花を倒すぞ!」

「・・・仕方アルマイ!」

「アルル、ヘルガ!貴方達はベルさんとアーディさんをお願いしマス!ウィーネは離れないでください!」

 

この状況だ。異端児達も戦うしかない・・・というより、奴らの同胞とやらは一体どこにいるのだ?

図らずも異端児達との共闘。連携とまではいかないが、本当にやつらの動きを見ていると『冒険者』のようだ。

お陰で加速度的に屠られていく。

 

 

「――援護、いらない。倒せる!」

「――なっ!?」

「言い忘れてたけどさぁ」

「駄目だ【剣姫】、止まれ!」

 

 

ここに来るまでの道中に何があったかを私達は見てきただろうに、何故気が付かないのだ!?

 

「そのモンスターの中には、『魔力』の『供給源』がわんさか取り込まれてるよぉ?」

 

聞こえてくるのは、複数の冒険者達の呻き声。

無理やり魔力を吸い取られ、常に精神枯渇状態なのだろう。

 

「っ!?」

「よく見ろ、【剣姫】、触手の鎧の下に冒険者が繋がれているだろう?・・・さながら、『肉の盾』だな」

 

「た、助けてくれぇぇぇ・・・!」

 

「うふふふふふふっ!!捕らえた冒険者の大部分は直接この『コア』と接続されてる!」

 

ミュラーとやらは、糞ガキのように笑いこけて悦に浸っていて、こればかりはベルが暴走するのも仕方ないとしか言えなかった。

 

「あれを相手に【剣姫】、貴様の攻撃なんぞ当ててみろ、冒険者共々死ぬぞ」

「・・・っ!!」

 

そして、【剣姫】が足を止め動揺したところで、ミュラーは声を荒げて怪物に命令した。

 

「今だ、やっちまえ!!」

 

 

「―――!!」

「――【剣姫】、避けろ!」

 

超大型級の怪物は、雄たけびを上げて私よりも前に出ていた【剣姫】へと襲い掛かる。

動けずにいる【剣姫】に向かうように、怪物と、そしてまた別の影が、接近していた。

 

 

 

「だめぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」

 

飛びつき・・・というより、どちらかと言えば、タックルのような形で攻撃から【剣姫】を救ったのは、竜女(ヴィーヴル)の異端児だった。

 

 

■ ■ ■

 

 

「だい・・・じょうぶ・・・・?」

 

恐る恐る聞いてくる、幼い女の子の声がした。

 

「・・・・・・え?」

 

私は、思わず固まってしまった。

私を助けてくれた女の子は、人間ではなく、倒すべき『怪物』だったのだから。

 

 

「―――ウィーネ!?」

「た、助けたのか!?」

 

どこか少し離れた場所から、私を助けた『怪物』を呼ぶ声がした。

見ないようにしていた、それらが、名を呼んでいた。

それが酷く、私の心を、揺さぶってくる。

 

 

「・・・・どうして、私を、助けるの?」

 

止まったような時間の中で、何故かそんな言葉が出ていた。

目の前の怪物は、『怪物』ではなく、人のような瞳で、『守る者』の眼差しで・・・だから、私の仮面が崩れ動揺に震えてしまう。

 

その爪は誰かを傷つける。

その翼は多くの人を恐れさせる。

何より、貴方の額にある紅石は、沢山の人を殺してしまう。

 

糾弾を、嫌悪を、拒絶を、この世界の自明を、『怪物』に叩き付けたい。なのに、その言葉が口から出てこない。

『背中』から噴き上がるは黒い炎に促されたままに言葉を連ねたかったのに、言葉が出ない。

 

崩壊する大地。

溢れ出し無数の『怪物』。

降り積もる、紅く染まった雪。

蹂躙が、雄叫びが、破壊が。

絶叫が、痛哭が、喪失が。

そして、あの禍々しい『漆黒の終焉』が――。

 

 

「だって・・・・」

 

 

好きだった居場所は壊れた!

好きだった日々は砕け散った!

愛していたあの人たちは、奪われた!

母(義母)が!

父(叔父)が!

 

全部、全部、全部!!

全部、『怪物(神)(おまえたち)』のせいだ!!

 

 

目の前の存在を見逃すことなんてできないはずなのに。

 

 

「ベ、ベルは・・・きっとこうすると思ったから。」

「――っ」

 

 

またあの子だ。

 

ベルは・・・私と一緒だ。

『怪物に奪われた私』と『神に奪われたベル』

視点が違うだけなんだ・・・。

 

 

違う点を上げるなら、ベルには『女神』が現れて。

私には誰も現れてくれなくて。

ベルには、女神の手が差し伸べられて。

私の手は、誰も取ってくれなくて。

そんなベルが女神のことを『好き』だと言うのは、きっと私の知らない何かがあって、だから全部を憎みきれなくて。

 

『あなたも素敵な相手に出会えるといいね』

『いつか、お前だけの英雄にめぐり逢えるといいな』

母と父の言葉が蘇る。

 

私には――『英雄』は現れてくれなかった!

そうだ、だから私は、自分で剣を取ったんだ。

目の前の『怪物』を見て、もう一度、ベルを見て・・・。

あの子は失いたくない一身で必死で・・・ああ、駄目だ。駄目だ。

決別した筈の『弱い少女()』の嗚咽が、反響する。

 

ああ、駄目だ・・・私がこの『怪物』を斬れば、ベルはきっと・・・。

復讐できないあの子がいるのに、私がそれをねじ伏せるような事、でき・・・ない・・。

 

 

「私が・・・怖くないの・・・?」

「・・・・怖い・・・よ。でも、でも・・・ベルが泣いてる・・・貴方がいなくなっても、きっと泣くって思って、だから、助けないとって思って」

 

「また援軍?侵入者の最後の組か。でもさぁ、この『コア』を傷つけられないのは一緒だよねぇ!」

 

男の人の叫び声と、怪物の雄叫びと、冒険者達の呻き声が聞こえてきて、私は目の前の『怪物』――竜女(ヴィーヴル)の子に手を引かれる様に立ち上がる。

ふと、フィンの方を見れば、フィンは目を閉じていた。

 

フィンも・・・迷ってる?

 

 

「ねぇ・・・」

「・・・え?」

 

ベルのスキルは、怪物や動物の能力と似てるって前にフィンが言ってたのを思い出して、聞いてみる。

 

「取り込まれた人達の、正確な居場所がわかれば・・・なんとかなる気がするんだけど・・・わかる?」

「え、えっと・・・」

「地上の方、私ならわかります!私の能力なら・・・!」

 

歌人鳥が背後から近づいてきて、私に『可能』だと言った。

まだ、揺れている・・・だけど、だけど今だけは・・・。

 

 

「やるぞ、【剣姫】」

「輝夜さん?」

「時には『怪物』だろうがなんだろうが、手を借りなくてはならん時もあるということだ。『猫の手も借りたい』ならぬ『怪物の爪も借りたい』というやつだな。いいなぁ、【勇者】!!」

 

輝夜さんは、あの怪物達に、何ら動揺していない・・・?

ベルが教えていたから?でも、なんで受け入れられるの?

 

 

「はぁ・・・やれやれ、仕方ない。人命優先だからね」

「ということだ、やれ、鳥!」

「ト、トトトト、鳥ぃ!?」

「ベルに抱きつかれて顔を紅くしたらしいな。鳥」

「な、ななななな!?レ、レイです!レイとお呼びください!!」

 

 

輝夜さんと歌人鳥のやり取りで・・・なんだか、思わず、笑ってしまった。

 

「・・・ふふっ」

 

「い、いきます!」

 


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