兎は星乙女と共に   作:二ベル

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原作にはいないモンスターです


瓦解

 

 

「―――Arrrrr」

「この音は・・・?」

「なるほど。歌人鳥(セイレーン)の怪音波の反射か。これなら、ダンジョンの構造も人の位置も探れる(・・・・・・・)

「ベルにもできないか、今度やらせてみるか」

「ふふ、彼は歌えるのかい?」

「さぁ、だがしかし、存外可愛らしい悲鳴をあげるぞ?」

「――み、見つけた!右腕に1人!上腕部を落とせば、傷つきません!」

 

輝夜とフィンの会話に何故か顔を赤くするレイの情報を聞き入れ、フィンはアイズに指示を飛ばしてアイズもまた、その通りに上腕部を切り落とし冒険者を救出する。

 

「・・・あぁぁぁ」

「もう、大丈夫、ですよ?」

「左肩部に1人!右大腿部に3人!」

「では、私が右大腿部を。【勇者】様は左肩部でよろしいですか?」

「――わかった。譲ろう。」

「背後!腰部に1人!」

「オレっち達もやるぞ、グロス!」

 

結果的に言えば、順調どころか、楽な作業でしかなかった。

異端児達の中で、それこそ非戦闘員らしい者達は助け出した冒険者達を運び出していたし歌人鳥(セイレーン)のレイの指示も正確だったのだから。

 

「た、助かったぁぁぁ・・・恩に着るぜぇぇぇ・・・!」

「エ、エイナちゃぁぁぁん・・・!」

「ぐ、いい加減・・・諦めろ・・・このドワーフめ・・・!」

「おい、輝夜っち、こいつら元気すぎじゃねーか?」

「輝夜っちと呼ぶな、トカゲ。腐っても冒険者、ゴキブリ並みのしぶとい生命力くらいある」

「こ、こえぇぇ・・・」

 

しかし、妙な違和感を輝夜、そして、恐らくはフィンも感じていただろう。

 

「レイ、すごぉぉい!」

「・・・モンスターが、人を助けて・・・」

「リヴェリアは君たちのことを知らない。だから、僕たちが通ってきた通路には行くな。最悪殺されるぞ」

 

冒険者達を救出する傍ら、フィンは異端児達に使う通路を限定するように指示を出し、非戦闘員であるだろう者たちはそれに従っていく。

 

 

「モンスターと冒険者が、連携して・・・人命救助?・・・嘘でしょう?ありえないって!こんなの!」

「冒険者は全員回収したが・・・まだ遮二無二暴れまわるか!」

「【剣姫】、距離を取れ、私が止めを刺す」

 

『オォォォォォ―――ッ!!』

 

肉の盾(冒険者)』を失った怪物が、咆哮を上げ、異端児の数匹を吹き飛ばし暴れまわる。

アイズは近くにいた竜女を回収して下がり、輝夜は刀を鞘に戻し、姿勢を低く、構えをとる。

 

「その固体はモンスターだ!僕達、人類の敵だよぉ!見れば分かるよねぇ?青い肌に、腕の代わりに生えた翼!醜悪なモンスターの烙印以外のなんにでもない!いいのかい?冒険者が、ひいては天下の【ロキ・ファミリア】と都市の秩序を守る【アストレア・ファミリア】がモンスターなんか助けちゃってさ~?」

 

明らかな挑発だということくらい、全員が理解していた。

異端児達もまた、仲間割れをおこそうとしていることくらいはわかっていたし、そもそも警戒を解いたわけではないのも事実。その挑発は挑発たりえない。

 

「こんなことが知れたら、民衆はどう思うだろう?その名声まで地に落ちちゃうよ!?ねぇ、【勇者】!ねぇ、【大和竜胆】!」

 

その言葉に少し間を置いて、ふぅ・・・と息を吐いて、フィンは口を開いた。

 

「――――どこにモンスターがいるんだい?」

「・・・はっ?」

「・・・フィン?」

「生憎、僕の目には彼女達が少し変わった(・・・・・・)人にしか見えないな。」

「そもそもだ、仮に怪物と協力していたとして、私たちの敵が貴様等外道であることに変わりはない」

「なっ・・・!」

 

低い姿勢から体を前に傾け、怪物へと急接近し、輝夜は刀を抜く。

 

「――【居合の太刀・五光】」

 

真っ直ぐに刃は怪物を切り裂き、両断し、鮮血が花のように散る。

魔石は砕け、やがて爆散し、灰へと変わっていく。

 

「―――輝夜・・・さん?」

「―――どうだ、ベル。お前の姉は強いだろう?」

「―――うん、かっこ・・・いい」

「もっと惚れてくれてよいぞ?ほれほれ」

 

 

「だって、そうだろう?身を挺してアイズを庇った。力を尽くし、冒険者の救出に努めた。今もなお、危険を顧みず動けない彼等を18階層に移送さえしている。怪物にはできない芸当だと思うけど?」

 

フィンの言葉に、輝夜はすぐに切り替えて続く

「理性を持ち、」

「他者を想い、行動する。」

「「それは『怪物』ではなく、『人間(我々)』と同じ在り方だ。」」

「彼女達の献身に敬意を表さずして、どうして勇者を名乗ることができる?」

 

その2人の言葉は、異端児達の心を揺さぶった。

今まで言われたことのない言葉だったから。

少年(ベル)も変わっているが、こいつらはそれとは別で自分達の存在を認めたのだと、歓喜する。

『もっとも、地上で何か騒ぎが起きた場合は、対処しなくてはならないけどね』と釘を刺されて、がっくりとするのだが。

 

「っっ・・・!冒険者ってさぁ、本当にさぁ・・・!!」

「言うておきますが外道。『人の心を持った怪物』より『怪物の心を持った人間』のほうが、よほどおぞましい物はございません?」

「『人の心を持った怪物』・・・・」

「【剣姫】、貴様が何を考えているかなぞ、私にはわかりませんが・・・少なくとも、"私の"ベルは、頭のおかしい阿呆ではございません」

「えっと・・・?"私の"??」

 

揺れるアイズにさらに声をかける輝夜。

そして、ミュラーは怒り、最後の手に出る。

そこで、ふと、フィンは親指のうずきに気づき、輝夜もまた、違和感を思い出していた。

 

そう言えば・・・・やつはこの怪物を解き放つ前になんと言っていた?と、思考する。

 

『ははははははっ!食人花じゃなく巨大花を配合した特殊異形だ!今の僕の傑作の1つ・・かなぁ!』

 

ミュラーは何かボタンを操作し、叫びあがる。

 

「やれ、僕の作品!あの頭のイカれた冒険者どもを潰しちゃえぇぇ!!」

 

何かが開く音が鳴り――――歌声が聞こえた。

 

 

『Arrr―――ッ!!』

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

【小さな村に、小さな少年と翼を持った女がいた。彼女は少年に命を救われ、村人にその存在を許され、共に火を囲み、歌い、踊った。】

【その女は、青い翼に、青い髪を持った、空のように綺麗な女だった。その歌声は誰をも魅了するほど美しかった。】

【その女は少年に少年の知らない世界の話を聞かせた。自分と同じような存在が、少なからずいるのだと。自分の様に存在が認められるのは1つの奇跡なのだと。】

【少年は聞いた『お姉さんの願いは?』と翼を持った女は同じく聞いた『少年、あなたの願いは?』と。】

【女は答える『このどこまでも澄んだ青空を自由に、泳ぐように飛び回りたい。世界を知りたい』と。少年は答える『ずっと今日のような楽しい日々が続いて欲しい』と。2人は笑い、握れぬ翼を少年が握り踊るのだ。】

【火はいつまでも暖かく燃える。村人は歌う。女もその美しい声を持って歌う。いつまでもいつまでも】

【少年はその姉のような存在を、きっと忘れることはないだろう。】

【何故ならば、それが少年だけの物語だからだ。】

 

 

 

歌声が、響いていた。

とても美しい、歌声だった。

透き通り、魅了するように美しかった。

そして、ソレが近づいてくるにつれて、異形であると本能が知らせて来る。

その体には、4対の青い翼があった。

元は2つの体だったのか、背後から抱きしめるように腕が組まれていた。

 

「嘘・・・」

「おいおい・・・まさか、全然見つからねぇと思ったら、まさか!」

「人間メ・・・!」

 

1つはエルフの女だった。

1つは歌人鳥(セイレーン)だった。

目は閉じられ、既に理性と呼ばれるものは喪失していた。

首には赤い魔道具(マジックアイテム)らしきものがつけられていた。

 

「僕の傑作の1つ!!僕はこれは便宜上【合成獣(ミックス)】って名づけてる!どこからか変な御伽噺の本を寄越されてさぁ、アイデアを貰ったんだ!ねぇ、【勇者】ぁ、助けてあげなよぉ!!」

「――、――ッ!」

「ベル君、落ち着いて、駄目だよ!」

 

それは少年をさらに追い詰めるものだった。

大切な思い出を汚された瞬間だった。

歌人鳥(セイレーン)に翼など4つもない。だから明らかに違うことくらいはわかっているが、理性で理解できても本能がそれを許さなかった。

 

 

「【イケロス・ファミリア】から融通してもらってさ、完成したら"ジュラ"に渡す手はずだったんだけど・・・まぁ、また作ればいいよね。目の前に歌人鳥(サンプル)がいるんだし」

「―――なっ!?」

 

落ち着きを取り戻していた心が、沸騰する。

ガラガラと、思い出が罅割れていく。心が、割れていく。

 

「【胎児】の宝玉だっけ・・・?あれの失敗作、未熟児みたいなのが渡されてさぁ、試しに作ってみたんだ。そこの『喋るモンスター』と!冒険者の掛け合わせ!!魔法は撃てないけど、すごいでしょ?これを君たちは『怪物』と呼ぶ?それとも『人間』?」

「―――悪趣味な」

「ドコマデ、我々ヲ、同胞ヲ辱メレバ気ガスムノダ、人間!!」

「君達怪物に何をしようが問題ないでしょ、だって、『怪物は殺すべき存在』なんだから!」

「――、――ッ!!」

「ベル君、ベル君!」

 

鈍色髪の姉が必死に、暴れだそうとする少年を取り押さえるも、もう遅い。

落ち着きを取り戻して消えかけていた黒い炎は再び燃え上がり、動けない体を無理やり動かそうともがく。

歯はギリギリと、爪はガリガリと地面を引っ搔く。

 

「やれ、合成獣(ミックス)ッッ!!」

 

 

「Arrrrr―――ッッ!!」

 

 

その妖艶とも言える異形の化け物が歌声を上げる。

その歌声に呼応するように、緑肉の雨が、天井の管から降り注いだ。

ボタボタ、ビチャビチャと。肉を叩きつけるように、汚らしく。

地面に、怪物の死体に触れるやいなや、じゅぅぅぅっと音を立てて煙を吐き出す。

 

「―――ッ!溶解液か!?総員、あの肉に触れるな、焼かれるぞ!!」

「ウィーネ、アルル、ヘルガ、逃げろ!」

「【勇者】、あれはどうする!?」

「・・・・歌人鳥(セイレーン)、念のために聞くけど・・・アレはさっきと同じかい?」

 

 

歌人鳥(セイレーン)のレイは、目を瞑り、そして、悲しそうな顔をして顔を横に振る。

 

「あれは・・・既に手遅れです。分離なんて、できないでしょう」

 

襲い来る化け物を、アイズが、輝夜が攻防し時間を稼ぐも、分離は不可能、救助も不可能。

そもそも、絡めとられている『肉の盾』とは違いもうすでにアレは1つの怪物なのだと言う。

 

「レイ、避けろ、飛んでるお前が一番あぶねぇ!」

「――っ!」

 

雨が降り注ぎ、女の歌声が響き渡る異様な空間。

雨を防ぐ場などなく、碌に戦闘衣装を着ている訳でもない異端児達は攻めあぐね始める。

 

 

「―――ア。アハ、アハハハハ!」

 

化け物は歌い、嗤う。爪で2人の剣と刀を弾き、羽の弾丸をばら撒く。

視界に入ったのは、金色の歌人鳥(セイレーン)

同族に、同胞に出会ったように、歓喜するように、笑い声を上げて接近する。

その体はすでに溶解液を浴び、全身が毒の体と言ってもいいほどだった。

避け場もなく、硬直してしまうレイに、白い影が覆いかぶさり、横に飛ばされる。

 

「―――うぐ、ぅあぁぁぁぁ!?」

「え・・・?ベ、ベルさん!?」

 

無理やり走り出し、レイを化け物から庇ったベルは、溶解液を浴びていた。

頭からたっぷりと浴びた溶解液によって、全身が焼かれる。

 

「ど、どうして!?何故、ローブを私にかぶせたのですか!?」

「―――そう、しなきゃ、レイさんが死ぬと思ったから」

「ベル君!君って子は・・・・どこまで無茶なの!?」

「アーディ・・・・さん!」

「レイさん、とりあえずこの子と一緒にローブで身を守って!今、ふき取るからね、ベル君!」

 

 

歌声は笑い声へと変わり、化け物は飛び回る。

 

「アソビマショ、アソビマショ、ドコマデモ、ドコマデモ、アハハハハハ!大聖樹ハウツクシイ、ウツクシイ!!」

 

『どうしようもない。』『これは人ではなく、怪物ですらない』

それが全員の見解だった。

それが胎児の意思なのか、異端児の意思なのか、エルフの意思なのかも既にわからない。

気が付けば、暴れまわる化け物に翻弄されたせいで、ミュラーの姿は消えていた。

 

「―――がぁっ!」

 

輝夜の刀が、その爪によって折られ、羽の弾丸を喰らい、倒れ伏す。

 

「リド、輝夜をお願い!」

「ああ、くそ!やりづれぇ!!おい、生きてるか!?」

「勝手に・・・殺すな・・・!」

 

「あ・・・あぁぁ・・・」

 

また、皹が入っていく。

 

 

「フィン・・・!」

「―――アイズ」

 

アイズはフィンに、『これ以上、時間をかけられない』と判断を仰ぐ。

フィンもまた、アイズに命令を下す。

 

「いやだ・・・いやだいやだ・・・!」

 

それが愚考だとも知らずに。

 

 

 

「―――アイズ、やれ。」

 

フィンも、アイズも気づかない。約2名を除いて、誰も気づけない。

レイは目を瞑り、ベルが飛び出さないように抱きとめる。自分と同じだと気づいたから。

ベルは焼ける体の痛みを他所に、涙を流しながら手を伸ばす。

だって、聞こえていたのだから。

 

 

「「助けて」」

 

と。

 

「―――ごめんね」

 

 

 

いっそ、焼ける痛みで気を失っていた方が、幸せだったかもしれないというのに、それに気づけずに犯してしまう。

ベルにとって異端児が『家族同然』の存在であることも忘れて、犯してしまう。

そして、それを『仕方ない』で受け入れられるほどの心の余裕が今のベルにはない。

 

その剣で、ベルとレイにしか聞こえない声ごと、ベルの目の前で、斬って殺してしまうという、過ちを犯す。

 

 

 

「―――【目覚めよ(テンペスト)、リル・ラファーガ】」

「Arrrrr―――!」

 

 

「―――ぁ・・あぁぁ・・・あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


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