「さて、掃除をして帰りましょうか」
「はぁい・・・アリーゼさん怒らないかな?」
「大丈夫よ、きっといつも通り接してくれるわ」
ベル・クラネルの1泊2日の女神との同居生活―――もとい、家出は、2日目の夕方に幕を閉じた。
使用した地下の隠し部屋を一通り掃除し、さらにアルフィアの墓を掃除しようと地下からヒョコっと顔を出すと、【ロキ・ファミリア】副団長、リヴェリア・リヨス・アールヴと目が合ってしまい、ベルは再び隠し部屋に逃走。慌てて『ここには誰もいません』という共通語を書いた板を隠し部屋からぽいっと投げ置いて無意味な居留守を敢行しようとした。
「ベル、そんなに慌てて何をしているの?」
「な、なな、何もありました!?」
「あったの!?なかったの!?」
「や、やっぱりもう1日ここにいましょう!?外は危険なんです!」
「だ、駄目よ!引きこもり生活なんて、認めないわ!そんなことをするのは『竈の女神』くらいよ!?」
どこかで、今日もせっせと孤児院の子供達のために【じゃが丸君】を売りまくっている、じゃがまる君の女神様は『な、なにをー!?僕だってなぁ、働けるんだぞぉ!?』と抗議している気がするが、女神アストレアは知っている。彼女が雨の中だろうと【ヘファイストス・ファミリア】の前で嫌がらせのように土下座して『ヘヴァイズドズゥゥゥゥ!!』などと言っていたあの珍事のことを。その原因も。だから、アストレアとしては全力で眷属が同じようなことにならないように反面教師にする。
『おい!なんだその目は!?じゃが丸君を買え、買うんだ!!』
『ヘスティアちゃん!うるさいよ!!』
『うひゃぁい!?すんませーん!!』
・・・反面教師にするのだ。
「いーい、ベル?人は日の光を浴びなくてはいけないの。じゃないと、不気味なほど白い肌になって不健康になっちゃうわよ?」
「い、いいい、一生幸せにします!?」
「きゃー!?・・・・って違うわ!?何を言っているの!?」
ベルは何故か混乱。女神は『一度は言われてみたいなー』などと考えていたかもしれないことを言われ歓喜。しかし、この子は何を言っているんだ!?と同じく混乱。もしここにデメテルがいたなら、それこそはしゃぎ回っている可能性が高い。
「お、落ち着きなさい。何かいたの?」
「え、えぇぇっと、何もいませんでしたよ!?」
「嘘ね!!」
「う、嘘じゃないですぅ!」
「神に嘘はつうじませーん!嘘をついた貴方にはデコピンですー!」
ペシン。
「うきゃぁ!?」
『神に嘘は通じない。』だというのに、何故か混乱している兎は嘘をついて女神に見抜かれ、お仕置きの
『哀れだな、少年。お前が女神に敵うはずがないだろうに』
などと心のどこかで、【黒い神様】がほくそ笑んだ気がして悔しかったが、確かに自分には勝ち目がないことはわかりきっているのだ!ベルは頭を垂れて両膝を付いて女神の腰に抱きついて懺悔した。
「リ、リリリ」
「リリ?リリルカ・アーデ?」
「リヴェリア・リヨス・アールヴさんが、いたんですぅ!!」
「―――――はぁ。」
拍子抜けである。
何故それで混乱しているの?と、当然の様に女神は真顔でベルの頭に手を置いて溜息をついた。
女神は地下から地上へと行くため、扉を開け、外に出た。
「―――――えっとぉ」
そこには変わらず、リヴェリアがおり、投げ置かれた板の方をジト目で見つめていたが女神が現れたことで余計に何とも言えない顔になっていた。
「何故、地下から女神アストレアが出てくる・・・?」
その当然の疑問に、女神はどう返答すればいいのかわからなかった。
『男の子が家出しちゃったから、追いかけて新婚気分を味わってました!テヘッ☆』
なんて言えるわけがないのだ。言ったら恥ずかしさのあまりベッドの上で少年を巻き込んで悶絶してしまう気がする。
ツーっと汗が流れ、谷間へと吸い込まれていった。
「―――そ、それより、そのぉ、どうしてここに?」
「―――はぁ、まあいい。いや、ただ単に墓参りに来ただけだ。」
強引に話題を変えたアストレアに、何も文句を言うことなく話題に付き合ってくれる。さすが、王族だとアストレアは心の中で感謝したし、何でリヴェリアがいるだけで混乱するのかとベルに抗議したくなった。
「お墓参りね。珍しいこともあるのね?」
「そうでもない。まぁ・・・墓があることを知ったのは、戦争遊戯があったころ辺りからだが・・・たまにだが、ここに来ている」
「なるほど。」
「それより、貴方の眷属が地下に引きこもってしまったが大丈夫か?」
「―――ちょっと待っていて」
アストレアは再び地下に続く扉を開けて、ベルの腕を掴んで強引に地上に出した。
「ほら!ベル!!いつまでも隠れてないの!!」
「ゆ、許してくださいいい!【ロキ・ファミリア】は危ないんですぅ!」
「危なくないわよ!?」
「だ、だって、だって、異端児がぁ!!」
「ここにはいないでしょう!?」
よほど目の前で起きた出来事がつっかえてしまっているらしいが・・・だからと言って、いつまでも隠れていていいはずがないのだ。オラリオにいれば嫌でも嫌いな派閥の名を聞くし見もするのだから。地上に引きずり出したベルを座らせ、逃げられないように後ろから抱きしめて座り、とりあえず謝罪をさせる。
「ほら、ベル。いきなり逃げたりしたら失礼でしょう?謝罪しなさい」
「うぅ・・・ご、ごめんなさい。『みんなのママ』さん」
「おい、それはロキか?ロキから聞いたのか?」
「ベルぅ・・・お願いだから変なこと覚えてこないで頂戴・・・」
というか、何故この子はロキから余計なことを教えられているのだ?疑問でしかないのだが。
「ロ、ロキ様が、リヴェリアさんは『みんなのママなんやで!』って」
「――――あいつめ、帰ったら縛り上げてくれる。」
「あぁ・・・ロキ・・・」
「―――まぁいい。それより、何故、ここにいる?君の家は、【星屑の庭】だろう?」
「うっ・・・それはその・・・」
答えにくいのだろう。ベルは女神に抱きつかれながら、モジモジとして時折、チラチラと女神の顔を見てくる。
全力の『助けてください!』なのだろうと察しているが、正直説明しずらいのも確かだ。
だって、癇癪起こして、行き先がバレバレな家出をして、女神と1泊2日のイチャイチャ生活を送っていたなんて恥ずかしすぎて言えなかったのだ。
「リ、リヴェリア?その、あれよ、アイズちゃんと喧嘩してから例の行方不明者の一件で・・・」
「あぁ・・・私は直接は見ていないが、アイズがやけに落ち込んで塞ぎこんでしまっていたな。」
アストレアはベルから離れてススス・・・とリヴェリアに耳打ちをして事情を説明した。
地下で何をしていたのかなど詳しい話は決してしないが。
「それで、『冒険者』と『異端児』っていう喋るモンスターが、宝玉の胎児で、その、御伽噺に出てくる
「アイズとフィンが言っていたな。なんでも、もう助ける手段もなく危険だったために討伐せざるを得なかったとか。」
「そうなの。だけど、ベルには助けを求めてる声が聞こえてたみたいで・・・しかも、その御伽噺はベルの話で・・・」
「あぁ・・・わかった。もういい、なんとなくわかった。なるほど、アイズが『ベルの家族を殺しちゃった・・・』と言っていた意味が分かった。」
家出の大まかな理由を話し終えてアストレアは再び、ベルの横に座りなおしリヴェリアとお話を再開する。
「―――こほん。ベル、アイズはお前とちゃんと話ができなかったことを後悔していた。また会ってはもらえないだろうか?」
「・・・・」
「その場にいなかった私が言うのもなんだが・・・君だって、あれは助けられないことくらい理解しているんじゃないのか?」
「でも、『助けて』って言ってました。」
「しかし、助ける手段がなかったろう?私なら、自分が化物に変えられたなら下手に生かされるよりいっそ殺してもらうほうが良いと思うが?」
「・・・・」
「無論、そんな手段をとった闇派閥を許せるはずもないが、下手に動きを止めれば、命を落とすのは我々なんだぞ?」
「それは・・・でも・・・・じゃぁ・・・いつかあの■■■■■■さんも殺すの?」
リヴェリアもアストレアも、ベルの表情から、『理解』はできても、『納得』できなくて、受け入れたくないのだろうということは分かっていたが、ボソッと小さく呟いた声で2人は顔を見合わせて固まった。
今、この子はなんと言った?と。
「待てベル。今、君はなんと言ったんだ?」
「―――魔石が埋まっている人を、どうしてアイズさんは手こずるんですか?怪物を倒すのには躊躇なんてしないのに」
「ち、違う。そうじゃない!君は何の話をしているんだ!?」
「―――アイズさんは『怪物』に復讐できるのに、僕は何もできなくて、話を聞いてくれると思ったのに、あの時、いつもみたいにエルフさんと
『魔石』が埋まっていること=『怪物』なら、魔石が埋まった人間はどうして倒さないの?
そんな疑問を、ベルはリヴェリアに投げつけた。
「魔石が埋まった人間?・・・赤髪の調教師、いや、『
「赤髪?・・・えっと、赤髪の人と白髪の人、仮面の人に・・・」
「ま、待って、待って、ベル。あなた、わかるの!?」
「―――?」
リヴェリアは頭の中で数える。アストレアも同じように。
赤髪の女――レヴィス。
白髪の男――オリヴァス・アクト。レヴィスによって殺されている。
仮面の人物――59階層に行くとき、そして前回のクノッソスでも遭遇している。
そして、もう1人・・・いる。
そんな風なことを、ベルはぽろっと喋ったのだ。
その上で、『どうしてそのヒト達は倒せないのに、姿が違うだけで、倒せるの?』と訴えてきた。
「すまないベル・・・頭が痛い」
「大丈夫ですか?」
「仮眠していく?」
「いや・・・結構。つまり、君には3,4人いることがわかっているのか?」
「わかってると思ってたんですけど・・・違和感というか・・・」
『わかるわけないだろう!!』と2人は叫びたかった。叫びたかったが、叫んだところでどうにもならないのだから、大きく溜息をつくしかなかった。
「あー・・・その、なんだ。とりあえず、また機会があれば、アイズと話してやってくれないか?君の事を心配している」
「でも・・・」
「ベル?話し合わないと、わかりあえないこともあるわよ?」
「うーん・・・わかりあえるのかなぁ。」
「それから、女神アストレア。ロキから伝言なのだが・・・」
「あら、ロキが?丁度、ベルのスキルのことで相談があったから会いにいこうかと思っていたのだけれど?」
「神ヘルメス、神ディオニュソスを含めた3柱で敵のことについて話し合いをしているのだから、参加しろ・・・と。」
「うーん・・・」
『でも、ベルが駄目だって言うのよねぇ』と濁して、アストレアは誘いを断った。
実際に動いているのは、その3つの派閥のうち【ロキ・ファミリア】のみだ。なら、わざわざ他の2派閥も含めた会合に行く必要はないのでは?ともアリーゼは言っていたし・・・と考えて、ベルを見つめてみれば、ブンブンと首を横に振るものだから、結局断ることにした。
「ごめんなさい、協力はするけれど、その会合には参加できないわ」
「―――わかった。では、そう伝えておこう」
「ごめんなさいね」
「いや、強制ではないのだから、気にしないで欲しい。では、私はこれで」
「ああ、ちょっと待って。丁度いいから、貴方に聞こうかしら」
■ ■ ■
「それで、聞きたいことというのは?」
「これなのだけれど・・・どう思う?私ではちょっと分かりきらなくって。ロキなら眷属も多いし、もしかしたら・・・と思って」
ベルを一度、地下室で待機させてベルのステイタスに現れた
□
・
・人型の敵に対し攻撃力、高域強化。
・人型の敵に対し敏捷、超域強化。
・追撃時、攻撃力、敏捷、超域強化。
・怒りの丈により効果向上。
・カウントダウン(Lvに依存)
カウントごとに威力、敏捷上昇。
カウントに応じ精神力、体力を大幅消費。
・精神疲弊
「ふむ・・・まず、女神アストレア、他派閥である私に彼の個人情報とも言えるスキルを教えていいのか?」
「あの子は気にしないわ。それに、奪わせもしない。むしろ、このスキルであの子が壊れるかどうかの方が問題よ?」
「全く・・・。はぁ、わかった。ならば、私も分かる範囲で答えよう」
「ええ、お願いね?みんなのママ?」
「ママじゃない」
「ふふふ」
□
・
・怪物種に対し攻撃力高域強化。
・竜種に対し攻撃力超域強化。
・憎悪の丈により効果向上。
リヴェリアはアストレアから受け取ったベルのスキルを移してある羊皮紙に、心当たりのあるスキルを書いた。
「これは?」
「アイズがロキから恩恵を受けた時点で発現していたスキルだ。そして、彼とは逆で『怪物』限定だ。」
「人間相手には発動しないの?」
「ああ、しない。」
「じゃあ・・・『憎悪の丈により効果向上』というのは?」
「そのままの意味だ。制御し切れなければ怒りに飲まれて我を失う・・・と考えている。」
「そこは、ベルと同じかしら?」
「恐らくは」
2人で2人のスキルについて、話し合う。
似通っている。けれど、相反した相手に対する特攻である。けれど、デメリットがわかっているのなら、対処法も同じなのではないかとアストレアは考えている。
「
「でしょう?あの子に人殺しなんてさせたくはないのよ」
「しかし、『人間』限定でもない。あくまでも『人型』というならば、ゴブリンでもオークでもいいわけだ。大雑把だな。」
「【剣姫】ちゃんの『怪物種』限定ってのも、幅は広いと思うけれど?」
「カウントダウンとは何だ?」
「わからないのよ。」
「わからない?使ったことがないのか?」
「昨日・・・正確にはついさっき、発現したようなものだから。」
「なぜ、発現したばかりのスキルを見せたのだ・・・」
「仕方ないじゃない。できちゃったんだから。」
「デキ婚みたいに言うな!!」
使ってみないことには、スキルの詳細ははっきりしてこないぞ?とリヴェリアに言われ、隠すのは難しいか・・・と、アストレアはがっくりとした。
「それにデメリット効果とでも言うのか・・・精神力、体力を大幅消費。そして、精神疲弊とくるか。」
「何かわかる?」
「わからないが・・・このカウントが終わるまでに戦闘を終えなければ、彼は戦闘行為そのものができなくなるのではないか?」
「というと?」
「簡単に言えば、
「【剣姫】ちゃんの場合は?」
「基本的には使わせてはいない。昔、怪物が爆散したこともある。」
「隠れた効果とかは?」
『本当に何でも聞いてくるな』とジトーと見つめて、アストレアに上目使いをされ、また溜息をこぼして『彼までできるとは限らないぞ。』とだけ言って
「アイズの魔法と複合して起動することができる、通常とは違う詠唱がある。だが、危険すぎる」
「理由は?」
「力を暴走させるに等しい状態になるからだ。使用すれば使用するほど、破滅に向かうことになる。だから危険なんだ。」
「暴走・・・」
「彼にも同じ事ができるとは思わないが、できたとしてもやらないほうがいいに決まっている。」
あの子はまだLv.3だろう?まだまだこれからがあるのに、潰すようなことをしては駄目だろう。そういってこれ以上は話すことはないというのか、リヴェリアは目を閉じて深呼吸をして立ち上がり、地下室の扉を開けてベルを呼び出した。
「ねぇ、リヴェリア?」
「何だ?」
「どうして、教えてくれたの?」
「―――アルフィアの子だから、気にはかけている。それに、何度もこの子には助けられているし、アイズの件もある。それだけだ」
「やっぱりあなた、ママね。」
「ママと言うな」
■ ■ ■
「リヴェリアさんと何の話をしていたんですか?」
「んー・・・ベルは良い子ねーって話。ママ友トークよ」
「??」
あの後、3人で教会の掃除をして別れ、ベルとアストレアは【星屑の庭】に向けて歩いていた。
「僕の魔法、また使えるようになりますか?」
「そうねぇ・・・無くなった訳じゃないみたいだし、きっと、使えるようになるわよ」
「お義母さん、見ててくれるかな」
「そうねぇ・・・」
「僕・・・異端児達に何かあった時、みんなの敵になっちゃうのかな」
「―――貴方が正しいと思ったことをしなさい。私は貴方がどんな答えを出すのか、見届けてあげることしかできないの。」
こればっかりは、難しいことだから。
何とか力になってあげたいが、小さいことしか自分にはできないのだ。
だから、この子が道に迷ったなら、手を取って一緒に歩いてあげるとアストレアはベルに何度も告げる。
だからこそ、いっぱい考えていっぱい悩んで、答えを聞かせて、と。
「ほら・・・ホームが見えてきたわ。」
「――――。」
「私の後ろに隠れても仕方ないわよ?大丈夫、いつも通り接してくれるわ。さすがに家出を弄るようなことはないから」
「本当?」
「ええ、誓うわ」
昔、あのリューだって家出をしたことがあるのよ?と笑みを浮かべるアストレアに、ベルは少し目を丸くして家出少女なリューを想像するが、やっぱり想像できなかった。だって自分が知っているリュー・リオンは、凛々しく格好良く、スタイルが良くて、綺麗で、金髪で、時々ポンコツなお姉さんなのだから。家出ができるとはとても思えなかった。
ガチャリ。とアストレアが扉を開けて、中に入る。
中は変わらず、帰宅した眷属達が思い思いに寛いでいたり、春姫が夕食の準備をしていたり、それを手伝っていたりと過ごしていた。
「ただいま。今、帰ったわ」
「・・・・ただいま」
「お帰りなさい!ベル、アストレア様!昨晩はお楽しみでしたね!?」
「アリーゼェェエ!!」
「アストレアさまぁ!!やっぱり弄ってきましたよぉ!?」
台無しである。
アリーゼに小言を漏らしながら、ベルに荷物を片付けるように指示を出し、ベルが寝た後に深夜の眷属会議でベルのステイタスの話し合いをすることを、アストレアはアリーゼに伝えたのだった。