金属を打ち鳴らす、ぶつけ合う音が、迷宮内で響き渡る。
魔法が轟き、大樹を焼いて、魔剣が炎を吐き出す光景が支配する。
「ぐぅぅぅっ!?」
「またっ、貴方ですか・・・!?」
ガラスが割れたように、直剣型の魔剣は砕け散る。
焼ける大樹の迷宮、視線の先には、人工迷宮で襲ってきた仮面の人物。
「貴様ハ、邪魔ナノダ・・・ッ!!始末セネバナラナイッ!!」
仮面の人物は、少年を見つけては執拗に攻撃をけしかけてきていた。
人工迷宮を破壊して回った脅威として、闇派閥は確かに認識し、狙いをつけていた。
故に、仮面の人物もまた、指示に従って動かざるを得なかった。
少年を孤立させ、襲い掛かる。前回もいいように逃げられたというのに。
「貴様ノ存在ガ・・・我々ノ、障害ニナル・・・!命令ヲ果タサナケレバ、ナラナイッ!!」
「何の話ですか!?」
突き出されるメタルグローブ。
突きつけるは【
2人は空けていた距離をつめるように飛び掛りぶつかり合う。
甲高い金属音がまた、迷宮にて轟いていた。
「ダイタイ・・・ソノ、フザケタ格好ハ、ナンダ」
「こ、ここ、これは、僕、実は、
「見エ見エノ嘘ヲ、付クナ!」
少年は触れて欲しくないところに、触れられ、顔を赤くする。
だって仕方がないのだ。これは、姉からのお仕置きで、着けたくて着けているわけじゃないのだから。
仮面の人物は声音を変えるわけでもなく、淡々とくぐもった声で喋り、攻撃を止めない。
「―――フッ!!」
「エエイ!!マタ、魔剣カ!?」
砕けた炎属性の魔剣から、さらに氷属性の小太刀型の魔剣を使用。
身動きが封じられた所で、少年は仮面の人物の頭を横から掴みかかり、そのまま走り出した。
「ナッ・・・!?―――ガッ、ギィッ!?」
大樹に、壁に擦りつけて、そのまま走り出す。
決してその足を止めるつもりもないのか、少年はスイッチが入ったように冷たい目になって仮面の人物に徹底的に容赦なくダメージを与えていく。
「―――ぁぁあああああああ!!」
ゴーン、ゴーン
「――グッガアアアアア!?」
ドガ、ドガガガッ!!と大樹は抉れ、壁は砕け、進路上にいた怪物達もまた、巻き込まれて爆散した。
「貴方達、闇派閥には絶対、容赦しない!」
ゴーン、ゴーン
「グゥゥゥウゥッ!?」
急停止。
少年は右足を軸にそのまま仮面の人物を自分が進んできた方向へと投げる。
そしてまた、スピードを上げて、襲い掛かる。
――ナンダ!?急ニ、速度ガ・・・イヤ、攻撃ソノモノガ、威力ヲ増シテイル!?コレガ、Lv.3!?アリエナイ!!
空中で体勢を整え、緊急回避しようにも、投げられた力が早かったのか、上手く行かない。
気が付けば、真正面に少年がいて、仮面ごと顔面をつかまれ、真下へと投げられ地面へと叩きつけられた。
「―――グフッゴパッ!?」
――何ガ、起キテイル!?ソレニ、コノ音ハ、魔法デハナイノカ!?
仮面の人物は知らない。
目の前の少年に起こった変化など。
仮面の人物はむしろ警戒していた。
音の魔法を。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・!!」
少年は、頭を掴まれた仮面の人物がもがいている際に掴んでいたであろう腕から血を流しながら、なお、迫ってくる。瞳は冷たく、確実に、容赦なく、慈悲もなく、徹底的に倒さんとすべく、迫ってくる。
□
そのスキルの存在を、少年は、件の
自分の意思で発動させるスキル。
人型の敵に対する特攻性。
追撃する際に、さらに飛躍。
カウントダウン。
逃げ場など与えないと、行く先々を塞ぐように蹴りを入れられ、背後から殴られ、仰け反るように前にいけば腹に膝。仮面の人物が知っている前回の戦闘とは明らかに違う。対応しきれない。
「グウゥゥゥッ!!【一掃せよ、破邪の
ゴーン!ゴーン!
だから、ミスを犯した。
「【ディオ・テュルソス】ッ!!」
「【天秤よ――】。」
突き出したメタルグローブから魔法が発動せず、むしろ。
ぐしゃり。と握りつぶされた。
「グッ!?ガァァァァ!?」
ガッと再び頭をつかまれ、今度は仮面ごと地面に引きずるように走り出す。
「―――カウント、停止。終わり。」
「―――ッ!?」
カウントが終わりを報せるように、ナイフからキィィィィンと音が鳴り、仮面の人物は投げ出され、斬撃を胸に叩き込まれ吹き飛んだ。
■ ■ ■
「はぁ、はぁ―――はぁ。」
肩肘、両膝を付いて、右手で胸を押さえて呼吸を必死に整えようともがく。
それにあわせるように、頭の兎耳はゆさゆさと揺れる。
そこに、背中を摩る暖かな存在が現れる。
「大丈夫ですか、ベル?急にいなくなるものだから、心配しましたよ。」
「リュ、リューさん・・・その、この間の迷宮にいた仮面の人に襲われて・・・
「危険だから、安易に使うなと言ったでしょうに・・・」
「だ、だって・・・魔法、使えないから、決め手がなくって。それで」
「はぁ、まあいい。それで、体は?」
「ちょっと苦しい。今日はもう、帰りたい・・・」
「あまり、長く潜っていたわけではありませんが・・・仕方ありません。一度、18階層で休息してから戻りましょう。あなたの体の負荷を調べておきたい」
「う、ん。あ、待って」
ベルはリューに支えられて立ち上がり、仮面の人物が吹き飛んだ場所まで足を進める。
確認をしておきたかったのだ。その中身を。
「倒したのですか?」
「うーん・・・変な感じだった」
「・・・というと?」
「最後の一撃、懐に入ったはずなんだけど、こう、なんていうか・・・」
「手ごたえがなかったと?」
「うん、それ」
2人の目の前には、ボロボロになった血塗れのローブが。そして、砕けた仮面だったものが、落ちていた。
「――遠征の時にも、襲ってきましたね」
「59階層に行く時の?」
「ええ。ベルは、何か感じましたか?」
「うーん・・・『割れてた』かな」
「割れている?仮面が?」
「ううん、波長が」
この子の例えというか、表現はどうも、わかりにくい。
溜息をついたリューは、ベルを背負い敵だったものを回収して大樹の迷宮を立ち去った。
「んふふふ、リューさん良い匂い」
「こ、こら、首元に顔を埋めないでください!くすぐったい!落ちますよ!?」
「お、落とさないで!?」
「な、なら、大人しくしていなさい!」
「で、でも、良い匂いなのは、本当っ!」
「そ、それは、ど、どうも、貴方も良い匂いですよ。アストレア様が選んでいるんでしたね」
「うん、デメテル様の所に行って買ってるんだって。この間、すごい真面目な顔で交渉してた」
「あの方は何をしているんですか・・・」
ベルと出会ってから、あの方も変な趣味に目覚めてしまった。と嘆くリューに顔を傾ける
女神アストレアの趣味、それは、
よりモフモフに。よりさらさらに。そのさわり心地を求めて、彼女もまた、冒険していた。
「そんなに変?」
「なんといいましょうか・・・元々は、ボサボサに痛んでいた貴方の髪を治すためにしていたのですが、いつのまにか、嵌ってしまったようで・・・」
「でも僕、アストレア様に頭触ってもらうの、好きだよ」
「でしょうね。とてもウットリしているのをよく見ます」
ところで。と再び話を戻す。
少なくとも、自分より各上で止めてくれる者がいない場合はなるべく使わないようにと。
「それを、破りましたね?」
「や、破ってない!?"なるべく"だから!さっきのは、仕方なかった!セーフなんです!」
「ジー・・・・」
「うっ・・・な、内緒にしてください」
「はぁ・・・まったく貴方は。使って早々、体が疲労でろくに動けなくなっているではないですか。私がいなければ、怪物に食べられてますよ?」
「うぐ・・・ごめんなさい」
「持ってきているシルの弁当を食べてもらいましょうか。それで手を打ちます」
「え゛っ」
ベルに見せ付けるように弁当の入っているバスケットをブラブラとする。それに怯えるように、ベルは再びリューの首元に顔を埋めた。
「ひゃぁっ!?こ、こら、ベル!やめなさいと言っている!?」
「だ、だってぇぇ!」
「シルは貴方のために作っているんです!食べなくては、【黒拳】と【黒猫】が苦しむことになる」
「2人がその呼び方やめろって言ってたよ。あと、さらっと僕を身代わりにしないで!」
「―――春姫が今日の晩は、シチューだと言ってましたよ」
「わぁい、春姫さんの料理、大好きー!」
「ふっ」
「い、今、鼻で笑った!?」
「コホン。失礼、それより、その呼び方をやめろ。とは?」
「だから、もう足を洗ったんだから、やめてくれって。捕まえた後、アリーゼさんが事情を聞いて、働き口を与えたんでしょ?」
「いえ、彼女だけの働きではありませんが・・・。アストレア様も掛け合ってくれていましたし」
「だから、もうやめてくれって。」
「ふむ・・・気をつけましょう」
【
殺し屋と賞金稼ぎ。
どういうわけか、豊穣の女主人の店主を標的とした依頼を押し付けられ、どうしたものかと困り果てて2人で愚痴っていた。
『いや、マジでなんでこんな無理ゲー寄越してきたの?阿呆じゃない?』
『わかる。無理でしょ、あんなの』
『ていうか、依頼つきつけるだけつきつけて』
『金だけ置いていくの』
『『なんなの!?』』
『しかも、標的の料理、くっそ美味しいし』
『下呂吐くかと思ったわ。上手すぎて』
『『わかる』』
『けど、まじでどうする?』
『トンズラ扱きたいけど、無理だろうしニャァ』
『『はぁー足洗いたい』』
などと途方に暮れているところ。
『貴方達、
と言って会話に乱入してきた赤髪の女。何故か自信満々に豊満な胸を張り、ドヤ顔をしてくる。
『うぜぇ!』
『無職じゃないニャ!いや、定職でもねーけど!』
『なら、無職じゃない!大丈夫、まかせて!貴方達の働き口くらいすぐに用意してあげる!!』
そんなこんなで強引に、強制的に、無理やり、有無を言わさず、連れて行かれたのがまさかまさかの豊穣の女主人。
『ミアさん、この2人、ここで働きたいって!』
『へぇ。ま、人手は欲しかったがね。使えるのかい?』
『問題ないわ!貴方の命、狙ってたくらい、元気よ!』
『『ゲッ!?』』
『へぇ~そりゃぁ、いい。いつでも狙ってきな。失敗するたびに借金増やしていくよ』
『『はぁ!?』』
ガシャン!!
『きゃぁっ!?』
『『あ』』
2人は動揺のあまり、近くを歩いていた
『大丈夫かニャ!?』
『ご、ごめんよ!?』
『あ、あはは、こちらこそ、ごめんなさい?』
2人は慌てて
『とりあえず、たった今、【1億ヴァリス】ができたね。完済するまで、逃がさないよ!』
『おめでとう、2人とも!じゃぁ、ミアさん、私、行くわね!』
『『ふっざけんなぁぁぁぁ!?』』
『アリーゼさん、例の男の子、私にも会わせてくださいよー』
『き、気が向いたらね』
ということがあったのだと、ベルは本人たちから聞かされていたのだ。
『少年、
『いやいや、少年、ほんっとうに気をつけなよ?あいつ頭のネジ数本ぶっとんでるってマジで!』
『え、えぇぇ』
散々な物言いだったのを、
■ ■ ■
「さぁ、とりあえず、腕を見せなさい。怪我、していたでしょう?」
「
「痛みを感じなかったと?」
「うん。それよりも、相手を倒すのを優先しちゃってた」
「ふむ・・・筋肉はどうです?」
「痛くはないけど、疲れてる。」
ベルを座らせて、仮面の人物が掴んで食い込んでいた腕の手当てをしつつ、
「視野はどうですか?」
「えっと、行方不明事件の時、暴走したみたいに狭まってて、仮面の人意外、ほとんど見えてなかったと思う」
「他には?」
「何ていうか、視界にノイズが走るって言うか・・・あと、【黒い神様】みたいに、真っ黒になってた」
「音、いえ、聴覚は?」
「んーなんか、篭った感じ」
「では、何か音がなっていたようですが?」
「多分、カウントダウンだと思う。アストレア様が『カウント0だけは避けなさい』って言ってたから、途中で止めた。」
「どんな感じだったのですか?」
『【英雄羨望】と同じでチャージ?だった』とベルは言い、リューとしては、処刑前のようだ。とか、そんな危険なものが力を増しながら追いかけてくるのだから、恐怖でしかないと、どうしてだか仮面の人物に同情の念を抱いた。
もみもみ。もみもみ。
「リュ、リューさん?」
「どうしました?」」
「どうして、足を揉んでるの?」
「疲労しているでしょうから。いいですか、風呂上りにもちゃんとすることです」
「う、うん」
「食事をした後、上層を目指して帰りましょう。早いですが、仕方ありません。無理は禁物だ」
「はぁい」
どうして、サンドイッチなのに、バリバリと音がなるのか疑問でしかなかったが、何とか食べた。リューだけ、じゃが丸君を食べていたことに恨めしく思いながら。
「むぅ・・・」
「うっ・・・ほ、ほら、ベル。1口、上げますから。あーん」
「いいですよっ、僕はシルさんが作ったの食べるからっ」
「も、申し訳ありません・・・どうも、シルの弁当を食べると調子が悪くなる・・・」
「これ、ちゃんと味見してるのかな?」
「・・・・味見で人が倒れたそうです」
「は?」
「い、いえ、何も言ってませんよ?」
何か、とんでもないことが聞こえた気がするけれど、あっれーどうして目をそらすのかな、リューおねえちゃーん!とベルは全力で訴えたが、リューは目を合わせないようにするのに必死だった。
「そ、それよりも!ベル、ギルドの掲示板は見ましたか!?」
「人が多くて、僕、いつも見れないんだよ!」
「そ、そうでした・・・!?」
「何か、あったの?」
「いえ、最近、不穏な噂や情報が掲示板に張られているのです。」
曰く『笑いながら、血を見せろと襲い掛かってくる糸目の男がいた』だの『雄叫びを上げて戦いを求めてくる雄牛がいた』だの『武装したモンスター』だの・・・と。
「――――異端児たち、なんで噂になってるの・・・」
「ええ。それなのです。いつ見つかったのやら」
「冒険者が基本通らない場所を通ってるって言ってたのに・・・」
「それに、『笑いながら血を見せろ』と言う男・・・いつか、どこかで・・・」
「リュー、さん?」
「ああ、いえ、すいません。少し、昔を思い返していました」
まさか、そんな。奴の主神は当に天界に送還されている。
生きていたとして、ダンジョンにいるはずがナイナイ。とリューは頭を横に振った。
「ゲフッ。ごちそうさまでした」
「はい、よく食べました。お水です」
「コクコク・・・。これで、春姫さんのシチューがより美味しくなる・・・」
「春姫の料理、いつの間にあそこまで腕を上げたのやら・・・」
「命さんに教えてもらったんだって」
「ああ、あの【タケミカヅチ・ファミリア】の?」
「うん、あの人も料理が上手いらしいよ」
ベルとしては、命は土下座をしている印象が強く残ってるのでなんとも言えないが。
故郷の友人、知己に再会できたのは、とてもいいことだと強く思う。自分にはそれが叶えられないから、余計に。
「羨ましいですか?」
「ん?」
「いえ、少し、寂しそうな顔をしていたので」
「今は、リューさん達がいるから、平気。でも、たまに、お義母さんに会いたいなって思うよ」
「そうですか・・・オラリオに来たこと、後悔していませんか?」
「・・・・わかんない」
「そうですか・・・」
辛いこともある。けれど、良くしてくれる人達にも会えたことは、嬉しく思う。
一方的だが、心の中で関係に亀裂が入った人もいるが、それでも、故郷で閉じこもってるよりかはマシだとは思った。
「―――帰りましょうか」
「うん」
「歩けそうですか?」
「んー・・・背負ってほしい!」
「はぁ、仕方ないですね。地上についたら、歩いてもらいますよ?」
「はーい」
帰ったら、回収した仮面の人物だったものを調べてもらおう。そう決めリューはバックにつめて、ベルを背負い地上を目指す。ベルもまた、疲れが残っていたのか、地上までの道中、誘われる様に眠りにつき、リューの首元に顔を埋めた。地上に戻って、兎耳をつけていることも忘れ、注目され、さらに顔を真っ赤にして走って帰ることになることを、2人はすっかり、忘れていた。