兎は星乙女と共に   作:二ベル

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温度差

 

 

迷執に支配された男がいた。

 

男は聡明であり、至妙であり、そして偉大な工匠であった。

彼はありとあらゆる工芸品や建築物を作り上げることができた。文化や文明にさえ貢献する彼の技は神々の称賛をほしいままにし、白亜の巨塔をもその手で完成させた。優美にして荘厳、あらゆる建築物より天に迫るその塔は神々に相応しいものとして後に【神の塔】と名づけられることになる。

 

その男は過去と未来にかけて、他の追随を許さぬほどの絶世の天才であった。

あらゆる発明など造作もなく、自分に作れぬものなどない。自分こそが、己こそが世界一であると疑っていなかった。

 

だが、その男は世界の最果で魅せられてしまった。

大陸の片隅で口を開ける【大穴】。

己の足元に広がっていた、地上とは異なるもう1つの世界。

 

その地下深く、深く、深く続くその迷宮は、彼の目には【作品】として映った。

 

己の【器】を昇華させ、迷宮の奥へ奥へともぐり、そして知れば知るほど、【ダンジョンの神秘】を思い知らされ、そして、男は

 

―――男は、壊れた。

 

壊れた男の喉から迸った絶叫は、まさしく人を止めた『怪物』の産声であった。そこから男は執念に取り付かれた。

 

己の技術の粋をもってして、何ものにも代え難い妄念の力をもってして、彼の地下迷宮を上回るもう1つの『世界』を創造せんとし、ある日を境に男は歴史から姿を消した。

 

 

『人の手にあまる領分であろうが、知ったことか。』

 

『必ずやそれを超克してみせる』

 

『神ですら至らぬ領域であるというのなら、まずは神をも超えてやろう』

 

皮が破れ、肉を剥き出しにし、血がいくら流れようとも、杭と槌を握るその両手は止まることはなく、誰に知られることもないまま、男は妄執の道をひた走った。

 

だがしかし、寿命という人間の限界により、彼の野望は志半ばで潰えることになった。

 

男は人の身である己を憎み、動かなくなっていく手足に絶望を覚え、燃え尽きようとする命の期限に慟哭し、そして、【呪いの言葉】をとある手記に残した。

彼が思い描いた、『設計図』とともに。

 

『作れ、作るのだ!

あれに勝る創造物を、我が願望を!!

使命を遂げるのだ!!名も顔も知らぬ末裔等よ!

ひと度この手記に目を通したならば、血の呪縛からは逃れられない!

狂おしい飢えと乾きは癒せまい!臓腑を焼き焦がす衝動の言いなりとなれ!!

欲望を貫くのだ! 血の訴えに従順であれ、渇望に忠純であれ、求めることに純粋であれ!

大望を、大望を、大望を!!

呪われし我等の宿願を果たすのだ!!』

 

 

手記には記されている。

男の迷執が、綴られている。

 

「『求めることに純粋であれ』・・・あぁ、至言だぜ」

 

ぼろぼろになったその手記を、長椅子に背を預けている煙水晶(スモーキークオーツ)色鏡(レンズ)を装着する男は片手に持ち、読み進めていた。変色し、掠れて読めない文字もあるページを魔石灯の下でめくっていると、騒がしい声が聞こえてくる。

 

 

「くそったれめ!!」

 

がんっ、と檻を蹴り付ける大音が響き渡る。

四肢を拘束する鎖の音とともに散らされていた甲高い喚き声が、ぴたり、と止まる。

 

「いたい」

「だして」

「ここから、だして」

 

人語が交じっていた悲鳴は怒る声の主に怯えるかのように途絶えた。荒い男の息が石の空間に響いていく。

 

「グラン、うるせーぞ。化物どもの餌にされてえのか」

「うっ・・・す、すまねえ、ディックス。でもよ、あともう少しで化物どもの『巣』がわかったかもしれねぇってのに・・・!!」

 

グランと呼ばれたヒューマンの大男が両手を握り締め唸る。

声の元にやって来た眼装(ゴーグル)の男、ディックスは赤い槍の柄でとんとんと肩を叩いた。

 

「最近見かけたとかいう竜女(ヴィーヴル)の化物を尾行していたんだろう?」

「あ、あぁ。そうだ。」

「はぁ・・・どんなヘマをしやがった?」

 

周囲に集まる獣人やヒューマン、アマゾネスを中心の無法者達を見回しながら、聞こえよがしに溜息をつく。

偶然だ。偶然だった、人型の竜女(ヴィーヴル)を見つけたのは。故に、『巣』の場所を特定しようと尾行させた。それが、失敗した。

 

「どこかの派閥に二重尾行されてたかぁ?」

「いや、ちげぇよ。」

 

自分達をつけていた他派閥の存在かと思えば、否定される。

 

「じゃぁ、何だ。他派閥じゃねぇなら、何処の誰だ」

「―――【顔無し】が竜女(ヴィーヴル)を襲ってやがった。それだけじゃねぇ、他の化物まで後からウヨウヨでやがって、被害がでかすぎて・・・」

「あぁ?【顔無し】だぁ?」

「あ、あぁ!あんなのに巻き込まれたら『巣』を探すどころじゃねぇ!!」

「何で、【顔無し】がいやがる・・・?クノッソスにも来やしねえのによぉ」

「さ、最近、ギルドで噂になりはじめてる・・・らしい・・・」

 

『笑いながら、血を見せろと襲い掛かってくる糸目の男がいた』

 

ディックスはゴーグルを外して、その噂話を話したアマゾネスを見て『なんだそりゃ』と声を漏らす。

 

「結局のところ、竜女(ヴィーヴル)と化物どもは死んだのか?」

「い、いや、たぶん、生きてる・・・はずだ」

「ならいい。で、他には何かねえのか?俺達の他に化物に接触していた冒険者とかよ」

 

生まれるのは、沈黙。

しかし、またしても、大男のグランが口を開けた。

 

「か、確証はねえが・・・【象神の詩(ヴィヤーサ)】と【涙兎(ダクリ・ラビット)】を、何度か、見かけた」

「あぁ?【象神の詩(ヴィヤーサ)】と【涙兎(ダクリ・ラビット)】だぁ?」

 

グランは数回ほど、同じ階層域ですれ違っただの、見かけただの、と説明するも、『化物と会っていたかまではわからねぇ。ただ、竜女(ヴィーヴル)を見失ったあたりで見たんだ』と言って殴り飛ばされる。

 

「―――ガハッ!?」

「てめぇ、グラン。テメェ、もっと早く言いやがれ!」

「す、すまねぇ・・・!」

「にしても、【ガネーシャ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】ねぇ。それに、【涙兎(ダクリ・ラビット)】はバルカの野郎が随分、キレてやがったからなぁ。」

 

ディックスは後ろを振り返り、石台の上で胡坐をかいて座っている一柱の男神に声をかける。

 

「イケロス様、力を貸して頂けませんかねぇ」

「――ひひっ、それが主神にものを頼む態度かよ、生意気な糞ガキめ」

 

紺色の髪、褐色の肌、黒を基調とした衣装。神であることを証明する端麗な相貌には、軽薄な笑みが刻まれており、ディックスに声をかけられるまで、面白そうに男達の動向を見守っていた。

 

「神には子供(おれ)達の嘘がお見通しだ。怪しい奴が見つかったら、探りを入れてきてほしいんですが。」

「面倒くせえなぁ~。だいたいよお、【ガネーシャ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】だろぉ?俺が真っ先に捕まっちまうぜ?」

「スリルがあっていいんじゃないですかね。それに、【涙兎(ダクリ・ラビット)】のガキは派閥の団員として活動しているわけじゃあねえ。」

「ほぉ~。それで?」

「【象神の詩(ヴィヤーサ)】はともかく、【涙兎(ダクリ・ラビット)】なら、まだ探りを入れやすいでしょう?何より、あいつは真っ先に潰さなきゃならねえらしいですし」

 

ニヤニヤとした眼差しのイケロスに、ディックスも喉を鳴らしながら、話す。眷族のその言葉に、イケロスは『娯楽』に飢えた神特有の笑みを浮かべている。

 

「―――仕方ねぇなぁ~。今度も俺を笑わせろよぉ、ディックス?」

「神の仰せのままに」

「グラン!【象神の詩(ヴィヤーサ)】の動きも探っとけ!」

「お、おう、わかった」

 

魔石灯の光によって、2人の影が伸びる。

石材の香りが漂う広大な空間に、依然として獣のごとき吠声が途切れない中、人と神は鏡合わせのように薄い笑みを交し合う。

ディックスは懐から拳大の宝玉を取り出して、眺める。

 

 

「こいつでどんな化物を・・・あいつの身内で作ってやるかねぇ」

 

それは、胎児の宝玉でありながら、失敗作の、未熟児の宝玉。

寄生させ、怪物達を巻き込み、最後に『冒険者』を巻き込んで産み出す悲劇の化物の種。

失敗作ではある宝玉は、確かに、ベル・クラネルの心を破壊するには十分な機能を持っていた。

 

 

■ ■ ■

 

もふもふ。もふもふ。もふもふもふ。

 

「はぅ、べ、ベルっ、さまぁ・・・」

 

もふもふもふもふもふ。

 

「・・・・・」

「うぅぅぅ、春姫は、切のうございますぅ・・・し、尻尾だけだなんてぇ・・・」

「・・・これは、罰なんです。裸で僕の上で眠っていた春姫さんのせいで、アストレア様に勘違いされるし、僕だけが罰を受けた。その、罰なんです」

 

もふっもふもふもふっ。

 

「はぅぅぅぅむしろご褒美なのでは?

「何か言いました?」

「あ、ありがとうございます!?」

「えぇー」

 

 

ダンジョン探索・・・探索できなかったけれど、地上に帰るまでリューさんにおぶってもらって、仲良く帰って来たその帰り道。今日はやけに視線が強いな、何か騒ぎがあったのかな。なんて思って【豊穣の女主人】のシルさんにお弁当の入っていたバスケットを渡したところ、シルさんに抱きつかれ頭を撫で回されたのだ。

 

『シ、シルさん・・・?』

『うーん、ベルさんっ、とぉってもお似合いですね!可愛いです!!』

『へ?』

『ねぇ、リュー?どうして今日のベルさんは()()()なんですか?』

『・・・・・』

『あ、あれ?ベルさん?どうしたんですか、ベルさーん?プルプルしてどうしたんですかぁー?』

『じ、じじ、実家に帰らせていただきますぅぅぅ!?』

『えぇぇ!?ベルさん!?ベルさぁぁぁん!?』

 

辛い、悲しい・・・事件だった。

これはもしかしたら、ランクアップしているかもしれないくらいには、辛く厳しい戦いだった。

だがしかし、まだ1日は終わっておらず、今もなお【悲しいお仕置き(ウサ耳つけて1日生活)】は継続中なのだ。

シルさんの元から、全力疾走で帰宅。アストレア様の部屋に行き、ダイブしようと思ったのに、まさかのお出かけ中。

 

後から帰って来たリューさんは出かけようとしていたアリーゼさんにダンジョンで起きた出来事と回収した物を見せて、【ロキ・ファミリア】に向かっていったために、ホームには無人ではないけれど、静かで、少し寂しくなったためにリビングの長椅子(カウチ)にダイブ。

 

伸びて眠っていたら、一通りの家事が終わったのか、メイドさん姿の今朝裸で僕の上にいた春姫さんがやってきて、眠っている僕の頭のところに座って、自然な動きで膝枕をしてきたところで僕は起きたのだ。

春姫さんは僕が風邪を引かないように気を使ってなのか、それともそうしたかっただけなのか、尻尾で僕を包み込むようにして乗っけてきたところで、グワッ!!と尻尾に掴みかかったのだ。

そこから始まったのが、僕の、僕による僕のための、春姫さんに対するお仕置きなのである。

 

もふもふ。もふもふもふ。もふもふもふもふ。

 

「あぅぅぅぅ」

「えへへぇ・・・ネーゼさんの尻尾もいいけど・・・春姫さんのもまた・・・」

「べ、ベル様?そのぉ・・・・」

 

すんすん。すんすん。もふっもふ。

 

「な、何故、匂いを・・・」

「良い匂い・・・アストレア様の使ってるのに似てる?」

「あ、お分かりになりますか?アストレア様が、私の尻尾をお触りになった際に、譲ってくださったのです!」

「さすが、アストレア様ぁ・・・毛並みも前よりもよくなってます?」

 

そうだ、春姫さんの尻尾は、ファミリアに入った頃に比べれば、遥かに良くなっているのだ。癖になる毛並み。

 

「あ、あのぉ、ベル様ぁ?」

「ふぁい?」

あぅ、眠たいのか眼がトロンとしてらっしゃる・・・そ、そのぉ、風邪を引くといけませんし、春姫のお部屋に行きませんか?」

「春姫さんの部屋ぁ?」

「は、はぃぃ・・・そ、添い寝しますのでぇ」

「うーん・・・」

 

窓から入ってくる日差しと、微風が心地よく、春姫さんの頭を優しく撫でてくるその手。そして、もふもふな尻尾―――僕はもう、一歩も動きたくないのだ。

 

「お、お運びしましょうか?」

「んー・・・」

「ゆ、夕飯までお時間もありますし・・・」

「んー・・・」

「は、春姫もお昼寝しとうございますので・・・」

「んー・・・」

 

ぎゅぅぅぅ。

 

「あふぅ・・・。お、お運びしますので、一度、尻尾を離しては頂けませんか?」

「―――嫌ですぅ」

「コーン!?」

「―――これはぁ、裸で僕の上に眠っていたせいでぇ」

「コ、コフッ」

「―――アストレア様に、『場所は選びましょうね?私の部屋で他の女の子とするのはやめましょうね?』なんて優しい眼差しで注意されたことに対する罰なんですぅ」

「ゴフッ!?」

「―――だからぁ、僕はぁ、ぜぇったいに、動きません!」

「そんなぁ・・・」

 

 

『せっかくの2人きりだというのにぃ・・・』という、お狐様の嘆きが聞こえた気がするけれど、僕はしーらない。

 

「きっと、また、お昼寝と言って、起きたら裸になってるに違いないんです」

「な、なりません!?メイド服でございますよ!?」

「――――あ、あれ?」

「―――どうされました?」

 

おかしい。今気づいたけれど、おかしい。

いつものメイド服じゃなくて、いや、スカートの丈は変わらないんだけど、胸元が違うのだ。

 

『いい?ベル。お胸の上乳のことを【北半球】、下乳のことを【南半球】と言うのよ!覚えておきなさい!』

 

とかアリーゼさんが言っていた。そう、北半球が若干、鎖骨が確実に見えているタイプの?メイド服なのだ。そこまで種類について僕は詳しくはないけれど。

 

「いつもと違うメイド服・・・?」

「は、はい!アリーゼ様が『毎日同じのは、味気ないと思うのよ。だから、コレ、あげるわ。胸元が涼しいわよ』と」

「な、なるほど?―――つまり、脱ぎやすいと?」

「ベル様、許してくださーい!!」

「本当に、脱ぎませんか?」

「は、はい!で、ですので・・・」

 

そんなに春姫さんは添い寝がしたいのかなぁ。僕はリビングでも十分だけど。

みんなが帰って来たらすぐにわかるし・・・。

 

「じゃぁ・・・ちょっとだけ」

「で、では、その、春姫の背にお乗りください」

 

今のこの、悲しい姿(ウサ耳)を見られるくらいなら、布団で寝るのがいいよね。まぁ、いっか。そんなことを思って僕は春姫さんに体を預け、みんなが帰るまでの間、仲良く昼寝をするのだった。

 

 

 

2人の姿が見えないことを気にした、姉達は、幸せそうな顔で兎を抱き枕にする狐と、体を丸くするように大人しく抱き枕にされて眠る兎の姿を見たそうな。


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