「・・・・・・」
大量の灰粉が撒き散らされた広間に、一体の
風穴の空いた見覚えのある
大型の
千切られたローブの切れ端に、両断された武装。
大量の灰にまみれた鎧の数々を見て、その石でできた体が揺れ出し、がちがちと鈍い音を立て始める。
「見ロ、
震える指が掴むのは、蹂躙者達の目を盗んで投げ込まれた、赤い水晶だった。
もう一方の手の中にある同質の水晶を握り締めた
『ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
彼等はもう、我慢の限界だった。
巣を追われ、耐えて耐えて耐えて耐えて・・・逃げて、逃げて、逃げてきた。
気が付けばいなくなっている者がいた。
付き合いきれずに孤立を選んだのかもしれない。
耐え切れず、自死を選んだのかもしれない。
運悪く、狩猟者に見つかり、捕まったのかもしれない。
彼等はすでに、疲労困憊。ろくな休息も取れずに、追い込まれ続けた。
一瞬、あの少年がこの惨状を見れば、
失望した。失望した。絶望した。怒り狂った。
瞋恚の炎を宿す『怪物』の叫喚が、地下迷宮に響き渡った。
遅れてやってきた
「――何しやがる、グロス!!」
種族がバラバラの怪物が広間に集まり、その集団の中で、
「どうして水晶を壊した!? これじゃあフェルズ達と連絡が・・・!」
「
彼等はもう『耐えろ』と言われて耐えることなど、できない。
リドの抗議の声を上回る声音で叫ぶ。
【異端児】の存在をひた隠そうとするフェルズ達、地上の思惑などもう関係ない。
これまでも同胞を攫われ、その度に行動の自重を促されてきたグロスは激昂した声を放つ。
「全テ聞カサレタ!!人間ドモノ所業ヲ、ラーニェ達ノ死ニ様ヲ!! ソレヲ、マダ耐エロト言ウツモリカ!?」
「・・・っ!!」
ラーニェと分けて持っていた赤の双子水晶。
フェルズが譲った
悪しき狩猟者達が引き起こした惨劇を見せ付けられ、聞かされ、彼の感情はとうに制御不能に陥っていた。
それはグロスだけではなく、リドとグロスを取り巻く【異端児】達の輪もまた、興奮の一途を辿っていた。
あの時の怒り狂った少年の気持ちを、初めて、理解してやれた。そんな気さえしていた。
リド側についていた筈の温厚な異端児達まで、憤怒と憎悪に支配されていて、リドを除けばまともな理性を保っているのは、
「
人間共に報復を。
涙を流せないそのグロスは赤い石眼を見開いて怒りの絶叫をあげる。
報復を!! 報復を!! 報復を!!
広間にて、異端児達の激情が爆発する。
もう、リド達には止められない、止まらない。
あの心優しい少年でさえ、きっとこの光景を見れば、グロスのように怒り狂い涙を流すのだろうとレイは唇を噛み締める。
翼を広げ広間を飛び出したグロスに続いて、三十半ばのモンスターが、1つの目標に向かって進軍を開始した。
リドはレイとレットに一緒に来るように言い
「アルル、お前は『あいつ』を迎えに行け。おそらく、深層には行ってないはずだ。合流する予定の里に到着しているはずだ。訳を話して、連れて来い」
黙っていた兎のモンスターは長い耳を揺らして、こくりと頷いた。
グロス達の行動に追従するため、リド達もまた、駆け出した。
■ ■ ■
「アーディさん」
「んー?なぁに、ベル君」
「どうして、アーディさんは最近、僕と一緒にいてくれるの?」
「えっ、もしかして、イヤだった!?」
最近、なにかと一緒に行動してくれるアーディさんとまた、僕はダンジョンにいる。
だけどふと、そんなことを思ってしまったのだ。
「だって、アーディさんは【ガネーシャ・ファミリア】で、憲兵で、お仕事だって・・・」
「あー・・・まぁ、あるけどね。でも、アリーゼ達も最近一緒にいてやれなくて、だから私が一緒に行くって言ってるだけなんだよ」
別に、アリーゼさん達が毎日忙しいわけでもないけど、最近は、アーディさんとよくいることが多い。
「毎日、私と一緒にいるわけじゃないでしょ? あくまて、空いてる時間でってこと」
「空いてる時間・・・。」
「あとは、そうだね。前の事件から君、あんまり元気なさげっていうかさ、家出までしたみたいだし一緒にいてあげたいなって。」
「・・・ごめんなさい」
「何で謝るの?別に君くらいの歳なら、仕方ないんじゃないかな。それに、今日は前よりかは幾分か顔がマシになってるよ」
何かあったの?と聞かれて、ヘスティア様に話し相手になってもらったことを話したら、妙に納得された。
「『自分が正しいと思ったことをしなさい』って。あとはその、もっと周りを見なさいって言われた」
「周りを?」
「うん。『君が忘れているだけで、君に助けられた人はたくさんいる。だから、君が転んだときにはそういう人達がきっと手をかしてくれるはずだ』って」
「へぇ~ヘスティア様、良いこと言うじゃん。」
「うん。・・・別に、解決したわけじゃないけど、少しだけ頑張ってみようかなって」
偉い偉い。そう言いながら、アーディさんは僕の頭を撫でてくる。
僕は何故か恥ずかしくなって、俯いてしまうけれど、その手から逃げようとはしなかった。
そんな時
「―――っ?」
僕は、足元を見下ろした。
ダンジョン3階層。
モンスターがいても、僕達に気づくこともなく、素通りしては、たまに呼び寄せて一掃する。
「どうかした?」
アーディさんもまた、モンスターを時に攻撃しては僕の様子を伺ってきては、知り合いに合えば手を振って挨拶をしている。
「何か・・・・違和感が。ダンジョン?じゃなくって・・・なんだか、胸がムカムカするというか」
「変なの食べた?」
「ち、違いますよっ。・・・すごく、モヤモヤするんです」
まるで、虫の報せのような、そんな嫌な予感を感じてしまっていた。
「こういうときは、一度地上に戻るべきだよ?」
「・・・?」
「いーい、ベル君。
「う、うん・・・じゃ、じゃぁ・・・」
何か起きても怖いし、地上に出れば先に戻ってきた冒険者達が何か情報を出して公開されているかもしれない。そう思っていると、前方・・・正確に言えば、下層域へ向かう通路から大勢の冒険者が、慌てて地上へと走っていくのに出くわす。
僕はとっさにアーディさんの手を取って、通路の脇に身を寄せて衝突しないように避ける。
「ベ、ベル君・・・そういうことできるんだ・・・えっへへぇ」
「な、なんでデレっとしてるの?」
「な、なんでもないよ!?そ、それより、何事?今の」
「さ、さぁ・・・?」
『こんな緊急時に、イチャついてんじゃねえ!!』と抗議された気がするけれど、彼等はそのまま走り去って行ってしまった。そして、少し遅れて、怪我をした見覚えのある人物に出くわす。
「ボールスさん?」
全身に傷を負った眼帯をつけた男性冒険者であり、リヴィラの大頭、ボールスさんだ。
「ダ、【
「へっ?」
「ど、どうしたの?それにその傷・・・」
「いいから、戻れ!!」
冷静さを欠いた様に、ボールスさんは血の粒を飛ばして、僕達に地上に戻るよう注意してくる。
その意味がわからず、理由を聞けば、彼は、ボールスさんはこう言ったのだ。
『18階層に
『連中は中央樹から現れたっ、下の階層からだ!種族の統一も何もねえが、とにかく恐ろしく強え!』
『大半の野郎どもは何とか逃れてきたが・・・逃げ遅れた連中もいる。』
眉間にシワを刻むボールスさんの言葉に、僕は、咄嗟に下層へと足を向けて走り出していた。
「あっ、おい!?待ちやがれ、
「ベル君!? ~~~~~っ!!わ、私があの子を連れて戻るから、あなたは地上に報告して!!」
街が、壊滅?
武装したモンスター?
「リドさん達のことだ・・・何か、何か起きたんだ・・・!」
凄まじい勢いで空転する思考が全身に発熱をもたらす。動揺と混乱が隅々まで駆け巡り、ぶわっと汗腺という汗腺が開いて嫌な汗が流れる。
僕の頭には、【アストレア・ファミリア】【ロキ・ファミリア】【ガネーシャ・ファミリア】が同じように言った言葉が浮かんでいた。
【
「イヤだ・・・いやだいやだいやだいやだっ!」
もう、あんな、あの時みたいなのは、見たくない・・・!!
走る、走る、走る。
進路上の邪魔なモンスターだけを倒して、縦穴を飛び降りて、18階層へと向かっていく。
心当たりはある。きっと、きっとあの場所だ。
レフィーヤさんと一度だけ踏み込んだ、あの場所にきっといるはずだ・・・と。
「ベル君! 待って!!」
ガシッと僕の腕を掴まれる感触に思わず足を止めてしまう。
咄嗟に走り出したから、置き去りにしてしまった人が、僕の後ろにいた。
「な、なんで・・・?」
「はぁ、はぁ、はぁ・・・早すぎ・・・はぁ。ふぅー・・・・」
アーディさんも無茶をして追いついてきたのか、すごい汗をかいていた。
そして僕にも深呼吸をしなさいと言ってくる。
「ア、アーディ・・・さん・・・?なんで?」
「君、1人じゃポンコツなんだから!!1人で動かないの!!お姉さん困るんだよ!?」
「うっ・・・」
「異端児達が心配なんでしょ?ほら、行くよ!!」
「えっ・・・?」
てっきり止められると思っていたのに、アーディさんは僕の前を少し歩いて、振り返った。
「あの子たちのことで、君1人に任せられるわけないでしょ? とことん、つきあうよ」
だから、行こう。
そう言われて、僕とアーディさんはまた走り出した。
「あ・・・で、でも、か、鍵は!?」
「そんなの、【
あ、でも、君が【ロキ・ファミリア】を避けてるのも原因だからね!?とお説教されながら、アーディさんは僕に鍵が填め込まれたままの手甲を手渡してくる。
「ア、アーディさん、大好きー!」
「わーい、私も大好きー!!」
それが悲劇の幕開けとも知らずに。
僕を追い詰めるためのものであるとも知らずに。
僕達は、『なんとかなる』なんて動揺する心を落ち着かせながら、走っていた。
■ ■ ■
ガラァン、ガラァン!!と空を震わせる、けたたましい鐘楼の音が鳴り響く。
「何事かしら・・・?」
「何でございましょうか・・・?」
女神アストレアと、春姫は鐘楼の音を聞いて窓の外を見つめる。
それは正午を告げ大鐘の音ではない。
音は普段聞こえてくる東端からではなく、北部の方角から。何より打ち鳴らされる音の激しさが尋常ではなかった。
「方角的に・・・ギルド本部・・・都市の警鐘?」
女神アストレアは呟く。
これは、
それから遅れて、慌しく、眷属達がホームに帰還してくる。
「アストレア様!」
「ベルは!?」
「ベルはどこですか!?」
アリーゼ達が、息を切らせて
女神と春姫は、お互い見詰め合って、帰って来た者達を見て、告げる。
「ベル様なら・・・」
「アーディちゃんとダンジョンに行ったけれど・・・。あなたたちだって知っているでしょう?」
そうだ、知っている。
知っていたが、もしかしたら・・・なんて思って帰って来たのだ。
落ち着くように女神に言われ、一度深呼吸をして、この鐘の意味を団長であるアリーゼが伝える。
「18階層リヴィラが
目を見開いて固まる女神。
「市民、及び全冒険者のダンジョンの侵入を
これが、今、ギルド本部から出されている警報です。とアリーゼは言う。
女神は
朝食を食べてすぐとかではなく、割とさっきだ。下手をしたら・・・
「もう既に、警報がなってしまっている時にダンジョンにいた・・・?」
静まり返る【星屑の庭】。
『武装したモンスター』が何を指すかなど知っている。
それが関わったトラブルであるなら、それが丁度
「じゅ、18階層に・・・行った・・・?」
「アストレア様、リオンとライラは【ガネーシャ・ファミリア】と共に18階層に向かうことになっております。」
「ガネーシャのところと?」
「討伐ではなく、あくまで『調教』しろ・・・ということでございます」
アリーゼに代わり、輝夜がアストレアに報告する。
「【ガネーシャ・ファミリア】と私共の派閥の残りは、都市内で警戒。そして、ダイダロス通りにて待機とのことでございます」
既に知られている出入り口。
もう1つのダンジョン。恐らくは、そこも関係しているため、そこに住まう民間人も避難させよ。と輝夜は報告を終わらせる。一通り聞いたアストレアは立ち上がり、出かける準備をする。
「ネーゼ、護衛をお願いできるかしら?」
「えっ、も、もちろん・・・何をするおつもりですか?」
「―――そうね・・・イケロスを捕まえましょうか」
ヘルメスもきっと見つけているでしょうしね。そう言って、各々が行動を開始する。