兎は星乙女と共に   作:二ベル

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咆哮

 

 

「モンスター達には調教(テイム)を施す。殺さず、生け捕りにしろ!」

 

状況が分からずに取り乱す団員達を前に、【ガネーシャ・ファミリア】団長シャクティ・ヴァルマが落ち着くように言い渡した上で、これから行うことの指示を出す。

うなじの位置でばっさりと切った藍色の髪に、整った怜悧な顔立ち。170Cを優に超えようかと言う長身もあって麗人と呼ぶに相応しい。長い手足には肉弾戦を主眼に置く拳装(メタルフィスト)金属靴(メタルブーツ)を装着している。二つ名【像神の杖(アンクーシャ)】を冠する、彼の【剣姫】と同じヒューマンの第一級冒険者だ。

 

「姉者、いいのか!?」

「私達の主は、【群衆の主(ガネーシャ)】だ。彼を信じ、彼に付いていく。違うか、イルタ」

 

どういう訳か義姉妹の契りまで強引に交わしてきた、女戦士(アマゾネス)のイルタは、瞳を見開いて問いかけるが、シャクティの曇りのない眼差しを見て、顔を引き締め頷いた。

同じように、揺るがない主神への信頼と忠誠を喚起され、他の団員達も表情をあらためる。

 

「出発する。準備しろ!」

 

シャクティの命令に鬨の声が打ちあがった。

 

 

「相変わらず、すげぇな・・・」

「ええ。シャクティだからこそでしょう」

 

中央広場を震わせる喊声に、同行するライラとリューは呟いた。

迫る出撃に沸く民衆と【ガネーシャ・ファミリア】を隔てる境界の内側に入り込み、討伐隊の中に混じっていた。

 

「ところで、兎は私達よりも先に本拠(ホーム)を出たんだったよな?」

「ええ。アーディが迎えに来てました。」

「大方、ダンジョンに入ってる最中に、警鐘が鳴ったってところか?」

「恐らくは、そうでしょう。2人が心配です」

 

【ガネーシャ・ファミリア】とは別で、2人だけの会話。

ベルがアーディと出て行ったのは知っている。けれど、帰還した、見かけたという話は聞いていないため、恐らくはまだダンジョンの中だろうと考えていた。

 

『依頼した調教(テイム)の件といい、神ガネーシャは上手くやってくれたようだ』

「あん?誰だこの声」

「・・・フェルズ、ですか」

『ああ、【疾風】。私は表立って顔を出すわけにもいかないのでね。そのままで頼む。』

「何か、用ですか?」

『すまない、私も状況が読み込めていなくてね。どうやら移動続きの異端児達が、狩猟者達の罠にかかり、この騒動に繋がってしまっている』

 

目線はそのままに、声だけでやりとりをする。

姿が見えない声の主は、フェルズ。

透明状態(インビジリティ)』となる魔道具(ヴェール)を被って不可視の状態になってた黒衣の魔術師は、集結していた討伐隊に潜入して接触してきたのだ。

 

「・・・フェルズ、ベルとアーディを見ていませんか?」

『すまない・・・異端児達との連絡が取れなくなり、私も動き出した所で把握しきれていない。』

「把握しきれていない?どういうことです」

『ここ最近、彼等は頻繁に移動を繰り返している。そのせいもあって連絡の頻度も落ちていた。次の合流場所で落ち合うはずだったのだが、どうやら私達が思っている以上に彼等を逆上させる出来事が起きてしまったようだ』

「・・・はぁ。もっと上手くやれたのでは?」

『こちらもいっぱいいっぱいだったんだ・・・無理を言わないでくれ』

 

住処を追われた者が追い込まれ、逆上するのは当然のことだ。それが分からないはずではないでしょう?とリューは見えないはずのフェルズへと冷たい視線を向ける。

 

「ベルもアーディも恐らく、18階層だ。この事態に【異端児】が関わっているなら」

「兎が大人しく、本拠(ホーム)に戻ってくるわけがねぇ」

愚者(フェルズ)。覚えておきなさい。2人の身に何かあれば・・・私達はあなたを()()()。煮込んでスープにします」

「おい、リオン。そのフェルズってのは豚か?鳥なのか?」

「・・・・人だったかと」

「じゃあ、駄目だろ。人骨スープなんて私はごめんだぜ?」

「それもそうですね・・・・私はいつもやりすぎてしまう。」

「「はっはははは」」

 

【アストレア・ファミリア】やべぇ・・・そう思ってフェルズはそそくさとダンジョンに飛び込んだ。

スープにされる前に、いち早く!なんとしても!!2人を危険から回避させねばと!!

 

『こ、殺される・・・!?』

 

 

今度から、少年(ベル)にも眼晶(オクルス)を渡しておこう・・・と強く決意した。

 

 

 

「出るぞ!!」

 

シャクティの号令に、一際膨れ上がる民衆の声援。

 

「・・・行きましたか」

「何者だったんだ?」

「古の賢者だそうです」

「・・・私達も行くか」

「ええ、行きましょう。地上はアリーゼ達が守ってくれます」

 

神意を受ける討伐隊が、少年と知己の身を案じる2人が、黒き魔術師が、それぞれの思惑を携えて巨塔の門をくぐっていく。

蒼穹と人々に見送られる彼等は、一気に走り出し、ダンジョンの中へ突入した。

 

■ ■ ■

 

罅割れた青水晶の柱が、音を立てて倒壊した。

ことごとくが破壊された天幕や木造の商店、引火した魔石製品によって発生する火の手。ならず者達の喧騒が消え去った街から、膨大な砂塵とともに黒い煙が立ち上がっている。

少年は、初めて見る『変わり果てた街』の光景を前に、立ち尽くしていた。

 

 

「リヴィラが・・・・」

「こういうことは、異端児に関係なく、決して起こらないわけじゃないんだよ。ベル君」

 

安心させようと、アーディはベルの手を握って言葉をかける。

かつてアリーゼ達とリヴィラに訪れた際、説明されていた言葉

『何度もモンスターに襲われて壊滅しかけることもある』というのを思い出すも、少年としては、それで納得できるものではなかった。

初めて見る、街が燃えているという、破壊されているという光景だったのだから。

 

「これを・・・リドさん達が・・・?」

「とにかく、誰かいないか調べよう?」

「う、うん」

 

ダンジョン18階層、『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』。その西部、湖畔の巨島に気づかれたリヴィラの街は壊滅状態にあった。

北門を始め、街を囲う水晶と岩の街壁には巨大な破砕跡が刻まれており、雪崩れ込んできた存在の進撃の威力を物語っている。地面から生えている白と青の水晶の残骸があちこちに飛び散っており、他にも折れた剣身や粉々となった斧の刃、飛び散った血液の跡など、街の住人と冒険者が抗おうと繰り広げた攻防の激しさが散見される。

あちこちから砂煙を吐いているダンジョンの宿場街は、今や廃墟と化していた。

 

「ベル君、ちなみにスキルで察知できてたりしない?」

「・・・・東の方に。でも、数までは」

「ううん、いいよ。とりあえず、怪我人がいないかを確認しよう。その後、東に行く。それでいいね?」

「・・・・うん」

「いい、ベル君?焦っちゃうと、余計に失敗しやすくなるから、こういうときこそ、冷静にならないと駄目」

「・・・・うん」

 

アーディに気遣われてベルは、変わり果てた街を歩き、やがて倒れ伏した冒険者の男を見つけた。

怪我でもしているのか、一行に動こうとせず呻き声をあげていた。

 

「大丈夫?何があったの?」

「ば、化物がぁ・・・襲ってきやがったぁ・・・!」

 

男はモンスターの強襲から逃げ遅れた数少ない冒険者の1人だった。全身に走る激痛、更にひしゃげた脚から今も止めどなく流れる血液によって呼吸困難に陥りかけている。両目に涙を溜めながら、必死に助けを求めてきていた。

 

「た、助けてくれぇ・・・!」

「うわ、両足が潰されてる・・・」

「・・・・あなたの派閥は?」

「・・・・はぁ?な、何言ってんだ!?こ、こっちは・・・っ」

「助けても、派閥が分からなかったら、困るじゃないですか」

 

だから、さあ、あなたの派閥を教えてください。と男の状態を見るアーディの後ろで立っているベルは、冷たく言葉を投げつけた。ベルは、一切、倒れている冒険者の心配等していなかった。

その冒険者の顔は、何か毒液でも浴びたのか、ただれていたからだ。

何より、あの知性を、理性を持った彼等が、無差別に襲うなんて考えられなかったから、目の前の男の方が怪しく見えて仕方がなかった。

男は、ベルの質問に口篭るだけで答えなかった。

 

 

「アーディさん、開錠薬(ステイタスシーフ)っていうの、持ってますか?」

「えっ・・・・?」

「ひ、ひぃ・・・!?」

「どうして、怯えているんですか?」

 

首をこてん。と傾げて、男を見下ろす。

アーディは、自分の後ろに立っているのが、本当に自分の知っているベルなのか疑いたくなるほど、ヒヤっとして汗を流す。けれど、ベルが言うことも最もで、派閥を聞いているのに答えられないのは何かやましいことがあるからとしか思えなかった。

 

「お、俺はけ、怪我をしてるんだぞ・・・!?こ、こんなときに・・・!?」

「・・・万能薬(エリクサー)なら、ありますよ」

「な、なら、さきに・・・!」

「教えてくれますよね?」

「・・・・っ!」

「アーディさん、開錠薬(ステイタスシーフ)・・・」

「ご、ごめん。さすがに持ち歩いてないよ。非合法だし」

 

ベルは、アーディに開錠薬(ステイタスシーフ)がないことを告げられると諦めて万能薬(エリクサー)を取り出した。

 

「は、はぁ、はぁ、はぁ・・・た、たすかっ・・・」

「まだ、終わってないですよ」

「・・・・は?」

 

万能薬(エリクサー)を振り掛ける前に、冷たい眼でベルは男に目線を合わせるようにしゃがみ込んで、近くに倒れていた2名の冒険者の死体を指差して質問をした。

その冒険者の死体は、牙と爪にでもやられたのか、八つ裂きになり、赤い肉の塊となって散乱し転がっていた。

 

「あそこにある死体は?」

「お、俺の、俺の仲間だ・・・!ば、化物共にやられた!!か、仇を、仇をとってくれぇ!!」

「・・・何故?」

「・・・はぁ!?同じ冒険者だろうg・・・!」

「これ、何かわかりますか?」

 

男が言い終わる前に、ベルは手甲に填め込まれていた『眼球型の魔道具』を男に見せ付けた。

男は、目を見開いて口をパクパクとして、頬を痙攣させて青ざめていく。

それが決定的となったのか、アーディも厳しい目つきになり、縛りつけようとすると、ベルが男の襟首を引っつかんで、仲間の死体の上に男を転がして、上半身に装着している装備を剥ぎ取り身動きが取れないように縛り上げた。

 

「なっ・・・お、おい・・・!?ど、どうするつもりだ!?死体ごと焼くつもりか!?」

「・・・どうして?」

「な、何がしてえんだよ!!」

「・・・僕がやらなくても、その内ここに冒険者が来るはず。特に、【ガネーシャ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】が。」

 

 

だから、僕がやる必要なんてどこにもない。それだけ言って、ベルは男の顔を蹴りつけ気絶させ、万能薬(エリクサー)をふりかけ、東へと足を動かした。

 

「ベル君、わかっててあんなことしたの?」

「・・・・わかってたわけじゃないよ。ただ、リドさん達が、無差別に襲う分けないって思っただけで」

「君、怒るとすっごく怖いんだね」

「・・・ごめんなさい。自分でも、もう、分からなくって」

「お願いだから、別人になったりしないでよ・・・?それで、東に何があるの?」

 

そこで、以前18階層でレフィーヤと発見した18階層のもう1つの入り口のことを説明し、思い当たる異端児達の行き先はそこしかないと2人は駆け出そうとした。したところで、ベルが咄嗟に後ろを振り返った。

 

「どうしたの?」

「・・・冒険者」

「え?」

「リューさんがいる・・・たぶん、【ガネーシャ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】だと思う」

「・・・・ねえ、ベル君」

「?」

 

アーディに聞かれたことに対して返答したら、今度はアーディがベルを呼び、アーディに視線を向けると、アーディは空に指を向けていた。眩しい水晶の光を放つ天井付近で、翼を持った一体の怪物が飛行していた。

 

「まさか、レイ・・・?」

「後からやってきた反応が、東に向かってる・・・?」

 

ベルもアーディも、感じていた胸騒ぎからか、東に向けて走り出そうとして、また声をかけられる。

 

『ベル・クラネル! 【象神の詩(ヴィヤーサ)】!よかった、まだいてくれたか!』

 

透明状態(インビジリティ)を解除した、フェルズだった。

その黒衣の魔術師の表情は伺えないが、声音からは焦りがあるのを感じとれた。

 

「フェルズさん?」

「ねぇ、フェルズさん、これ、どういうこと!?何が起きてるの!?」

『・・・彼等が、襲撃されたのだろう。彼等は怒り、今、囚われた仲間を取り返そうと・・・』

「それで、この騒ぎに?」

『そうだ。【ガネーシャ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】も、もうここに着くころだ。』

 

その声を同じくして、冒険者達の雄叫びと、モンスターの雄叫びが、ぶつかり合うのを3人は感じ取った。ベルはすぐさま、そこへ行こうとしたが、アーディに手を掴まれて止められる。

 

「お願いだから、落ち着いて!」

「でも、でも!!」

『落ち着け、ベル・クラネル。【ガネーシャ・ファミリア】は調教(テイム)せよと極秘に伝えられている。間違っても討伐されることはない!』

「・・・・・っ」

「たぶん、お姉ちゃんがいると思うから、大丈夫だよ。私達は東に行こう、ね?」

『東・・・そうか、『扉』があるのだったな。しかし、鍵は?』

 

問題ないよ。とアーディはベルの手甲を指差して、フェルズと2人は東へと向かっていった。

ベルは何度も振り返っては、アーディに「大丈夫」と言われながら。

 

 

■ ■ ■

 

人とモンスターの激しい交戦が繰り広げられる。

冒険者達は調教(テイム)という枷を嵌めながら、モンスター達は怒りの感情を解き放って。

異端児の中でも、人型のモンスターは血化粧をしていた。整った容姿を隠すため、何より身に宿る怒りを表すため、醜いモンスターの貌を象っている。裂けた眦や返り血に塗れたかのようなその姿は、確かに冒険者達を威圧した。

 

『―――――――ァッ!!』

「ぐぅっ・・・・!」

 

 

金髪の歌人鳥(セイレーン)から放たれる殺人的な怪音波を、耳を塞いで堪える冒険者達。

木々の間を連続で飛び跳ねるように行われる高速飛行。こちらの攻撃はことごとく空を切り、対する相手の高周波は広範囲に及び味方もろとも損害を与えてくる代物だ。繰り返される厄介な遠距離武器に、とうとう第一級冒険者の足が捕まった。

すかさず歌人鳥(セイレーン)の翼が振るわれ、無数の羽根の弾丸が冒険者に殺到するが、

 

「―――はぁっ!」

『!』

 

横から割り込んだ木刀が、全段まとめて斬り払った。

 

「おい、リオン!これが、異端児だって言うのか!?聞いてたのと違うぞ!?」

「お、恐らく戦化粧の類でしょう!」

「ちょっと挨拶してみろよ!」

「この状況で!?」

 

『ッ!!』

 

自らの攻撃を迎撃した冒険者の顔が、あの少年と共にいた妖精だと気づいた歌人鳥(セイレーン)はやりにくそうに、唇を噛み締めていた。

次第に態勢を立て直していく冒険者達に、押さえ込まれていくモンスター達。

入り乱れる森のモンスターと異端児との混戦。

そこに、一匹の蜥蜴人(リザードマン)が、争うモンスターと冒険者の間に割って現れた。

 

『ガアアアアアアアアアッ!!』

 

動きが刹那停止するベルに向かって、蜥蜴人(リザードマン)はまっしぐらに突っ込む。

装備している曲刀(シミター)長直剣(ロングソード)を用いて、リューの木刀へと叩き込み、つばぜり合いを演じる。

 

「――どうしてここにいる、リオンっち!!」

「―――それが、我々の派閥の役割だからです!」

 

自分の倍以上の体重がのしかかり、踏ん張りながら、眼前にある蜥蜴の相貌が理性ある言葉を放つ。目を見張りながら返答するリューを他所にリドは怪物の形相のまま、傍から見れば激しくもつれ合うようにしながら混戦の場を離れていく。

森の奥に飛び込みガキィン!と音を鳴らし、距離をとって戦場の外へと離脱する。

 

「リド。何があったのです」

 

木々が列柱のように伸びた戦場から、大きく離れた一角。

長い樹木と青の水晶が取り囲む開けた空間で、リューとライラ、リドは相対していた。

 

「同胞が・・・ウィーネが・・・罠に嵌められた・・・殺されちまった。捕まっちまった・・・!」

 

石竜(グロス)達を止めきれない、何より、自分の怒りを抑えられない!とリドが設けた話し合いの場で、リドは自分達の身に起きたことを苦痛を堪えるように話した。

 

「街が武装したモンスターに破壊されたってのは、お前達がやったのか?」

「・・・そうだ、オレっち達・・・先に敵を追っていった奴らが襲った」

 

返ってきた答えに、リューは口を噤む。

 

「死に掛けの同胞を餌に、釣られたんだろうな・・・いいように殺されたんだ。街にいた冒険者に。いや、密猟者に」

 

動きを止めた2人に更にリドは続く言葉を吐き出す。

 

「なあ、リオンっち・・・・ベルっちは、オレっち達を、怒るか?それとも、一緒に怒ってくれるか?」

「・・・・ベルなら、とうにここに来ているはずです」

「おい、リオン!」

 

胸騒ぎが収まらない、けれど、彼等に隠すこともできない。リューは、ベルがとっくにこの階層にいるはずだと正直に話した。

 

「――あの子が、今起きている事を知ってしまったなら、私達には、止められない・・・・あの子は、止まらない・・・!」

「・・・っ!」

「すまねえ、リオンっち。それに・・・」

「ライラだ。よろしく、蜥蜴」

「ああ、ライラっち。すまねえ、本当に。ベルっちはオレっち達の手を取ってくれたのに・・・やっぱりオレっち達は、あんた達人間が言う『怪物』なんだ」

「・・・・・」

「説得したんだっ、グロス達を。でも、駄目だった!」

 

同胞を奪われたこと、止められなかったこと。

己の不甲斐なさを詫びるリドの声は、だがすぐに、苛烈な響きを帯びだす。

 

「あいつ等だけじゃない、オレっちもそうだ!!怒りを、抑えられねえ・・・!」

 

瞳孔が割れ、血走った双眼を晒す蜥蜴人(リザードマン)に、2人は息を呑んだ。

 

「あの時のベルっちも、こんな気持ちだったのかなあ・・・!同胞を殺した連中を、殺したくてしょうがねえ・・・!!」

 

今にも仇と同じ人間である自分達に飛びかかろうとしている。

そんな考えを2人に与えるほど眼前のリドは鬼気迫り、『怪物』の本性を垣間見せていた。

 

 

 

――私達と同じだ。

 

 

仲間にもしものことがあれば、人間もまた瞋恚の炎に身を焼かれる。

今のリド達の感情は決して『怪物』のものだけではない。

リューはもう、彼等を止めることは不可能だと判断して、腕を伸ばし、人差し指で東を指す。

ライラもまた、それを咎めることはできなかった。

 

「恐らく・・・この森の」

「・・・・東にいるんだろう?」

「・・・!」

「先に飛び出した同胞が密猟者から聞きだしたんだ。そこに『扉』があるって。」

「リド、ベルを・・・」

「・・・オレっち達は、もう終わりだ。こんな騒ぎになっちまった。悲願なんてもう叶わねえ」

 

二振りの刀剣を握り締めながら、蜥蜴人(リザードマン)は言う。希望は潰えたのだと。

 

「だけど、同胞達は絶対に取り返す。ベルっちも、引き返させる・・・!怪我させてでも!」

 

だから、帰ってくれ。

リドはそう突き放す。

せめて、せめて良くしてくれた、手を握ってくれた少年だけは、巻き込まないようにすると言って。

 

 

『ォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

「「!」」

 

突如、遠くから雄叫びが響き渡り、リューとライラは、先ほど自分達がいた戦場の方へ視線を移す。

空からは、金髪の歌人鳥(セイレーン)がやってきて、リドの横に降り立つ。

 

「・・・リド、彼が来まシタ。」

「わかった。リオンっち、ライラっち。地上に逃げろ。」

「・・・は?」

「あいつは、オレっち達より断然強い。2人もきっと負ける。加減なんてあいつはしねえぞ」

「すいません、お二方・・・こんなことにナッテ。どうか、逃げてくダサイ」

「ベルっちだけは・・・何とかする」

 

それだけ言って、歌人鳥(セイレーン)蜥蜴人(リザードマン)は反転し、2人の前から姿を消した。

 

 

「・・・いいのかよ、リオン」

「我々では、彼等を止められない。それよりも、先ほどの咆哮の方が危険だ」

「はぁ・・・・わかった。とりあえず、念のためだ。リヴィラに行くぞ」

「リヴィラに?何故?」

「もしかしたら、いるかもしれねえだろ?生き残りが」

「・・・・わかりました」

 

 

先ほどの咆哮が気になるが、2人はリヴィラに向かうことにし走っていく。

その咆哮の主もまた、【ガネーシャ・ファミリア】との戦闘ののち、一角兎(アルミラージ)黒犬(ヘルハウンド)に導かれ、東端へと向かっていった。

 

 

 

■ ■ ■

 

「ディックス、モンスターどもが住処(ここ)に近づいてるらしい」

 

大男(グラン)の報告に、宝玉を見つめていたディックスは石板で塞がれた天井を仰ぐ。

 

「パロイ達が(リヴィラ)で吐きやがったか・・・殴り殺してやりてえが、あぁ、もうくたばっちまってそうだなぁ」

 

小さな空の黒檻に腰掛けるディックスは、どこまでも愉快げに声を紡ぐ。

彼は顔を正面に戻すと、立っている大男(グラン)にあるものを放り投げた。

手の平に収まるほどの、加工された精製金属(インゴット)

 

「グラン。『扉』を開けて来い」

「ディ、ディックスッ?いいのか?モンスターをここに入れちまったら・・・」

「ガネーシャの連中まで近くまで来てんだろう?モンスターどもがうろついているのを見られて、変に怪しまれる方が面倒くせえ」

 

ディックスは笑う。

 

「招待してやろうじゃねえか、化物どもを」

 

喉を鳴らして、悪辣なまでに。

 

「ここで狩りつくして、『素材』にしてやる」

 

 


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