兎は星乙女と共に   作:二ベル

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考えてる展開で、『あー大丈夫かな、怒られそうだな』と思ってヒヤヒヤしてますが、安心してください許して


ダイダロス

 

「よしっ、押さえろ!」

「あと何匹だ!?」

 

暴れまわる半人半蛇(ラミア)を、【ガネーシャ・ファミリア】の冒険者が数人がかりで押さえ込む。

階層東部の大森林。

武装したモンスターとの交戦は、討伐隊の優勢で収束しつつあった。一部を残し、敵の群れの多くが森の奥へと姿を消したからだ。抵抗を続ける敵を無力化していくも、武装したモンスターは調教(テイム)をちっとも受け付けず、局所的な格闘がまだ起こっているが、それも僅かだ。拘束していない固体は残すところ数匹である。森のモンスターの屍や、灰の塊が辺り一帯に散らばっている中、戦闘はようやく一区切りを迎えようとしていた。

 

「ようやく一区切りか・・・」

 

戦場を見渡した団長のシャクティは息をつく。

 

調教(テイム)さえなければ苦戦することもなかっただろうが・・・主神(ガネーシャ)の神意だ、仕方あるまい」

 

気が付けばいつの間にか、【アストレア・ファミリア】の2人がいなくなっていたが、事前に少年(ベル)(アーディ)の捜索を優先すると聞いていたため、恐らくは言っていたとおり別行動をしていたのだろうと切り替え、シャクティは指示を飛ばそうとする。

 

「・・・?」

 

そこで、シャクティは振り返った。

かき分ける茂みの音と近づいてくる気配に、目を向ける。

 

――黒犬(ヘルハウンド)に、一角兎(アルミラージ)?

交戦するわけでもなく、己の前を二匹のモンスターが通り過ぎた瞬間。

 

「―――」

彼女は、ソレを見た。

直後、ドンッッと。

 

「・・・姉者?」

 

鳴り響いた鈍重な音に、交戦していた女戦士(アマゾネス)のイルタは振り返る。

視界の奥で、彼女の義姉は木の幹に寄りかかっていた。

何かに叩きつけられたのか、口から血を吐き、シャクティの体が、ずるっ、と音を立てて地に倒れこんだ。

 

「えっ・・・?」

 

彼女を受け止めた樹木もまたメキメキと嫌な亀裂音を奏で、轟然と倒壊する。

その場にいた、全てのモンスター、冒険者が、振り返り、固まる。

 

「姉者ぁ!?」

 

イルタの悲鳴が打ちあがり、団員達の瞳が見張られる。

止まることなく膨れ上がり続ける存在感の塊は、もはや気配を隠す気など更々なく、木の根ごと草地を踏み砕きながら前進してくる。

 

「え・・・?」

 

ソレは岩のような拳を有していた。

ソレは見上げるほどの巨躯を誇っていた。

ソレは強固な鎧を纏っていた。

ソレは、巨大な両刃斧(ラビュリス)を持っていた。

漆黒の皮膚を持つ黒き影は、声を失う冒険者達を睥睨する。

 

激怒する【ガネーシャ・ファミリア】の団員達は得物を構え突っ込む。

冒険者達の前に現れた黒き影は、笑い、咆哮した。

 

「ォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

そこから始まるのは、蹂躙。

暴風が、暴力が通り過ぎたかのように、木々は倒れ、冒険者達は血の海に沈んだ。

 

「違う・・・この者達でもない・・・どこだ・・・どこにいるのだ・・・?」

 

黒き影の主は、周囲を見渡し、己の瞼の裏に焼きついているあの光景を、()()()()()()()を、探す。あれか?これか?いいや、どれも違う。あの少年なら、こんなにも簡単に壊れはしないと、どうしてだか謎の信頼を抱いて冒険者達を見下ろす。

 

「キュー!!」

「む・・・すまない・・・行こう」

 

一角獣(アルミラージ)が『やりすぎ! 急いでるから早く!』と言わんばかりに、ジャンピング・ビンタをお見舞いし、黒き影の主はズン、ズンと音を立てて、その場を後にした。

 

 

それから暫くした後、リューとライラが街から戻ってきてその惨状を目の当たりにする。

 

像神の杖(アンクーシャ)、しっかり!何があったのですか!?」

「おいおい・・・死んでねえよな、こいつら」

「ライラ、一先ず手当てだ」

「わーってるよそんなことは!」

「【疾風】・・・・()()()()()()()()を見たか?」

「・・・いえ、我々は見ていませんが。あと、アーディもいませんでした」

 

 

街で見てきたことを、リューはシャクティに報告し手当てをした後、動ける【ガネーシャ・ファミリア】の団員達は、死体の上で拘束された上裸の男を地上に運んだ。

それによって、今回の騒動の原因であるだろうとされる派閥の名があげられる。

 

「やはり、【イケロス・ファミリア】か」

「ええ、ベルとアーディも、おそらくは人工迷宮の中かと。」

「つまり、この阿呆どものおかげで、武装したモンスター達は激怒しこのような騒ぎになった・・・と」

「ええ。現在この場に『鍵』を持っている者はいないため、我々にできることは・・・」

「いや、わかっている。潜り込んだ2人が気になるが・・・入れないのであれば、我々は地上に行くしかない。」

 

一通りの治療をすませ、動ける団員の半数に怪我人を任せ、残りは【イケロス・ファミリア】の男を連行、リュー達もこれ以上、18階層にいても何もないために地上へと帰還することにした。

 

 

「ベルは、大丈夫でしょうか」

「なんつーか、嫌な予感がするな。【勇者】みたいに疼くってわけじゃねえけどよ」

 

 

■ ■ ■

 

 

「ごめんなさいね、リリルカちゃん一緒に来てもらって」

「いえ、気になさらないでくださいアストレア様。これもベル様に日々、稼いでいただいているお礼だと思っていただければ」

 

【ガネーシャ・ファミリア】

その派閥が管理する犯罪者を収監している牢に、女神アストレアと護衛として同行しているネーゼ、そして、リリルカ・アーデの3人が足を踏み入れていた。

 

「派閥内の違反者を取り締まる『牢屋』なら、【ソーマ・ファミリア】にもあるのですが・・・チャンドラ様がいうには、派閥の運営の見直しをするようになって牢屋にまで手を回せないとのことで」

「ウチの団長が、【ガネーシャ・ファミリア】に連絡して、収監させたんだろう?」

「ええ、その通りです。そこにいる前団長のザニス様は、リリの魔法のことを知っており、何かさせようとしているのを聞いたことがあります。」

 

おそらくは、この騒動と何か関係があるのでは?とリリが女神を見つめて言うと、女神は否定することなく頷いた。

リリルカ・アーデの魔法、それは『変身魔法(シンダー・エラ)』。

【ソーマ・ファミリア】との一件が片付いた後も、パーティを組んでいるリリルカは、女神アストレアに自分のスキル、魔法を公開していた。

その魔法の効果は体格が大体同じなら、どんな姿にでも変身できる変身魔法というもので、以前、アストレアから直接『モンスターの密輸について、心当たりがあったりする?』と聞かれたことがあり、【異端児】の竜女が生まれる瞬間をベルと一緒に目撃したリリルカは、ザニスがさせようとしたことがこれと関係がある・・・と感じ取ってしまっていた。

 

 

「おいっ・・・飯はっ、飯はまだかぁ!?腹が減ったぞ、早く出せぇ!」

 

石の通路の奥から、野太い男の声が残響してくる。

頼りない魔石灯の光が揺らめく冷え冷えとした地下牢。【ガネーシャ・ファミリア】の団員、【喋る火炎魔法】こと、イブリが案内する。

 

「灯りが少ないため、足元にお気をつけくださいアストレア様!なんなら、手をつなぎましょうか!?そういえば、白髪の少女と同衾していると噂を聞いたのですが!?羨ましいです!ガネーシャ様がもし、女だったらどんなに・・・げふんげふん!!というか、何故、このような場所に!?いえ、自分としては美しい女神様にあえて――」

「うるせぇぇぇぇ!!」

「この方、絶対、ここにいるべき人材じゃないでしょう!?」

「仕方ないわ。【ガネーシャ・ファミリア】だもの・・・」

「あぁ、困り果てた顔のアストレア様も尊い・・・無理・・・ごめん、ベル。アストレア様とデートして。埋め合わせしてあげるから、許して」

「ネーゼ様は何を言っているのですか?」

 

地下牢に響く、イブリの声に、囚人達は激怒。

女神とリリルカとネーゼは耳を塞いで、『だって、ガネーシャだもの』と諦め。

狼人のネーゼは、リリルカが見えていないのか数に数えていないのか、尊い、美しい、可愛い、優しい女神様を独占していることを、今騒動の渦中にどっぷり浸かり始めている女神大好き少年(ベル・クラネル)に謝罪するカオスっぷり。

リリルカは思った。『埋め合わせってなんだよ』と。

 

 

「おいっ、さっきから五月蝿いぞぉ・・・っ!さっさと飯をよこせぇっ・・・!」

「お爺ちゃん、さっき食べたでしょう!?」

「俺はまだそんな歳じゃねえ・・・!」

 

やがて辿りついたその牢屋の中には、ヒューマンの男がいた。

頬がこけた男は、イブリに『お爺ちゃん、さっき食べたでしょう』と言われてキレて、女神を見て、最後にリリルカを見つけたところで唇を上げた。

 

「これはこれは女神様に・・・まさか、お前がここに来るとはなぁ、みじめな俺を笑いに来たのかぁ、アーデ?」

 

じっと直視してくる男に、リリルカは努めて表情を消す。

男の名は、ザニス・ルストラ。【ソーマ・ファミリア】の現団長のチャンドラと同じくLv.2の上級冒険者であり、以前まで団長の地位に立っていたヒューマンだ。

かつての姿は今や見る影もなく、理知人を気取っていた面影は消えうせ、かけていた眼鏡も失っており、みすぼらしいの一言につきる。

都市に少なからず被害をもたらしていた派閥の扇動はもとより、致命的だったのが主神の『神酒』を無断で使用し、私利私欲のために売り払っていたことだ。

牢にいれられる前に、ソーマによってステイタスを封印された彼は、今もなおこの牢獄に閉じ込められる日々を過ごしている。

 

「お久しぶりです、ザニス様。」

「あの時から、すっかり立場が入れ替わったなぁ・・・」

 

無精髭を生やす元団長の男は、暗い笑みを湛えてこちらの顔を覗きこんでくる。

 

「貴方に、聞きたいことがあるのだけれど?」

「私にぃ?全て奪っておいて、これ以上何を聞き出そうというのですか、女神様?」

 

ザニスの言葉を無視し、アストレアは尋ねる。

 

「喋るモンスターについて、貴方がリリルカちゃんにさせようとしていた『商売』に、何か心当たりは?」

 

その言葉に、ザニスは一度動きを止めた。

だがそれも一瞬のことで、纏っていた薄笑いが愉悦を孕む高笑いへと変貌する。

 

「ハハハハハッ、お会いになったのですか、女神様!?アーデ!?あの喋る化物どもに!!」

 

地下牢に男の笑い声が鳴り響いていく。

片眉を上げるネーゼを脇に、アストレアとリリルカは、やはり、とザニスの反応を見て確信した。

 

モンスターに商品価値などない、されど、見目麗しい理知を備えた異端児という存在がいるのであれば、知っていたのであれば、悪趣味な好事家どもに高く売り払う異端児の密輸に少なからず、加担していたのだろう。ザニスは異端児の密輸経路と、彼等を捉えておく『住処(アジト)』の存在に、リリルカより近い場所にいる。

 

「教えてくれないかしら?」

「ふふふふっ・・・!そうですねぇ、『ダイダロス通り』にでも行けば、何かわかるかもしれませんよぉ?」

「詳しい場所は?」

「後はご自分で探してみては?おてんばな貴女なら、できるでしょう?」

「お前、アストレア様を侮辱しているのか!?」

「ネーゼ、いいから。喋ってくれそうにないし・・・仕方ないわ、行きましょう。」

「せいぜい、頑張ってくださいよぉ・・・はっははははははははっ!」

 

牢屋から視線を切り、男の暗い笑い声を背中で聞きながら、3人は次に神イケロスを探すべく、『ダイダロス通り』へと向かうのだった。

 

 

■ ■ ■

 

 

「ここか、ベル・クラネル?」

「―――はい、前に【ロキ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】が遠征の帰還の時に、僕とレフィーヤさんが見つけた場所です」

「反応はある?」

「――うん。奥の方にいる」

 

18階層の東端の壁に、3人はいた。

未開拓領域への道を隠す群晶は、異端児達に破壊されたのか徐々に自己修復しており、その場所に到達したところ、ベルの手甲に嵌めこまれている眼球型の精製金属が発光。

フェルズが目の前の岩壁をじっと見据え、黒衣を払い、己の右腕を突き出し無色の衝撃波が発生した。

 

「・・・・!!」

「今のは?」

「私の魔道具(マジックアイテム)の一つさ。」

 

衝撃波の轟音と岩壁を粉砕し、破壊された岩壁の奥から現れたのは、一本の通路で大型級のモンスターでさえ通行可能な、無数の石材を用いられた横穴。

 

「いったい、何階層まであるのかなここ・・・」

「以前は確か、【ロキ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】が入ったと聞いていたが・・・少なくとも中層・・・いや、他にもあるのか?」

「どう・・・なんでしょう。僕も、そこまで詳しく聞いてるわけじゃないので」

「というか、前回は罠とかフィンさんが死に掛けたとかで脱出が優先だったみたいだし、仕方ないよ」

 

オリハルコンで作られた通路に、アーディは驚きの声をあげ、3人は金属扉の前まで進み、ベルは手甲を突き出す。

すると、金属扉に埋め込まれた紅の宝玉が反応し、ゴゴゴゴゴ、と重厚な音響とともに上へと動き、扉は開かれた。

 

「地上からここまで到達させるのに、どれくらいかかったんだろう・・・」

 

扉の先には魔石灯がぽつぽつと灯り、薄暗に支配される通路が奥まで続いている。

アーディの呟きを脇に、フェルズは周囲を見渡しながら進む。

 

石工の匠が築き上げたかのような石造の通路。

彫刻を始めとした凝らされた意匠の数々。

自然修復するダンジョンの組成、モンスターが産まれない安全階層という条件を踏まえれば、確かに壁面内部に誰も気取られない人工物を作り上げることは理論上可能だ。

 

扉を越えた壁の一角に近づくと、その石壁には、ただ1つ共通語を崩した符合が刻まれていた。

 

「・・・『ダイダロス』」

 

1つの名を、フェルズは呆然と読み上げる。

ダンジョンにはない冷気に包まれながらベルとアーディは、深淵に続こうかという闇の先を見つめた。

 

「ふむ・・・・この迷宮を利用して、我々に気づかれること無く異端児を地上に運び出し、オラリオから密輸する・・・ここが地上につながっているとしたら、全ての辻褄が合う。恐らく、都市門の検問を素通りする都市外への地下経路も備わっている筈だ」

 

「ということは・・・ええと、メレンに食人花がいたとか聞いたし・・・少なくとも、そっちにも通路があるってことだよね」

「ああ、間違いない。広すぎて全体を把握できないが」

 

2人と並走するフェルズは自身の考えを語る。

石造りの通路は錯綜しており、別れ道や十字路など、ダンジョン以上に規則正しい形状と整然とした秩序をもってまさに人工の迷宮のごとき様相を呈している。戦闘で傷を負ったモンスター達の血痕とベルのスキルがなければ、あっという間に迷っていただろう。

 

「奇人ダイダロス・・・神々が降臨を果たした時代の転換期、バベルを始め迷宮都市の礎となる建造物の数々を築き上げた名工・・・」

 

約千年前に活躍したヒューマン、賢者が生まれる前より過去の人物であると自分とはまた別の、歴史上の偉人についてフェルズは語る。

 

「下界に初めて、『神の恩恵』をもたらしたウラノスの、数少ない眷族だったと聞く」

「えっ、ウラノス様に眷族がいたの!?フェルズさんは?」

「私は違うさ。・・・ウラノスの神意を受け、オラリオに貢献を果たしていたが、ダンジョンに足を踏み入れてからというもの、次第に言動がおかしくなっていったようだ。それこそ『奇人』と称されるまでに・・・そして、ある日を境に、ウラノスの前から、いやオラリオから完全に姿を消した」

 

自らも己の知識と現状を照らし合わせるかのように、フェルズは説明していく。

 

「我々は以前から、バベル以外のダンジョンの出入り口が存在することを可能性として考慮していた。そして、以前、【アストレア・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】が突入したことで、それが確信へと変わっていたのだが・・・」

「どうしたの?」

「・・・はっきり言おう。この領域は我々の想像を遥かに超えている。超硬金属(アダマンタイト)の通路や最硬金属(オリハルコン)の扉。君が持っている鍵がなければ、よしんば発見できたとしても進入も脱出も困難だ」

 

一度言葉を切ったフェルズは、先に続く闇を睨みつける。

 

「我々が探し求めていた負の根源は、確かにここにある。【闇派閥】の住処も、おそらくは」

 

人工的に設けられたダンジョンのもう1つの出入り口。

ここが、【イケロス・ファミリア】の『住処(アジト)』である。

 

やがて、何か感じ取ったのか、目を閉じて走っていたベルが、反応する。

 

「どうしたの、ベル君」

「・・・足音と、翼の羽音・・・たぶん、もうすぐです」

 

そのベルの言葉に、アーディもフェルズも気を引き締めていく。

 

 

 

 

やがて

 

「檻ヲ壊セ!! 同胞達ヲ解放シロ!!」

 

聞き覚えのある怪物の声が聞こえた後、金属を破壊していく音と、鎖の音、そして捉えられている同胞の姿を見て怒りの咆哮を上げる怪物達の声が、聞こえた。


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