兎は星乙女と共に   作:二ベル

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先に謝っときます。
ごめんなさい。
でも、大丈夫なんで、ちゃんとやるんで。
救いはあるんで。


悲劇の怪物

 

 

『――ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?』

 

全てのモンスター達が理性を失い、暴れ出す。

瞳を血走らせた蜥蜴人(リザードマン)が、壊れたように雄叫びを上げる石竜(ガーゴイル)も、大粒の唾液を散らしながら、まるで『獣』のように、双剣や爪を周囲に打ち付ける。

檻をひっくり返す轟音、砕ける石畳、耳をつんざかんばかりの狂騒。見境なく繰り出される攻撃はあっという間に同胞のもとへと及び、戦場の至るところで同士討ちが始まった。

 

「みんな、どうしたの・・・!?」

 

武装した異端児はもとより、虐げられ重傷を負っているモンスター達まで暴走の限りをつくす光景に、ベルは、アーディは、恐怖した。傷口から夥しい血を散らしながら、それでも周囲への攻撃を止めない。悲鳴と咆哮が、繰り広げられる獣の宴に、身の毛がよだつ。

 

「『呪詛(カース)』・・・!!」

 

放心する2人の側で、フェルズが苦渋の声を絞り出した。

 

呪詛(カース)

魔法と同じく詠唱を引き鉄にして放たれるそれは、炎や雷、氷の放出や能力上昇の付与魔法を始めとした通常魔法とは一線を画する。それこそ『呪い』と言うべき効果を発揮する。

混乱、金縛り、あるいは痛覚の付与。

厄介なのは、防ぐ手立てと治す術が限られているということ。防御も治癒も専用の道具を用いるしか他なく、耐異常をもってしても逃れる事ができない。無論、モンスターなど丸裸も同然で防ぐことなど不可能だ。

怪物が使用することのできない人類だけの業に、リド達異端児はなす術なく直撃を浴びた。

 

「あ・・あぁ・・・」

 

「あ~、大抵これを使っちまえば全部終わり・・・・の筈なんだが効いてねえ連中がいやがる――そのローブは魔道具かぁ、魔術師!?」

 

暴れまわるモンスター達を愉快げに眺めていたディックスの視線が、正面奥、戦場の端で立ち尽くすベル達とフェルズを捕まえ、声を張り上げて問うてくる。

 

「・・・ご明察だ。呪詛や異常魔法を防ぐ・・・もっとも、この(からだ)に呪詛が効くかどうか疑わしいところだが」

 

背後に庇ったベル達を呪詛から救ったのは身に纏う黒衣の力である。呟きをこぼしながら、フェルズは笑みを崩さない眼装(ゴーグル)の男を見返した。

 

「初見殺しの呪詛(カース)・・・おおかた、今までやつ等の狩りが明るみにならなかった原因は、これなのだろうな」

 

いかなる目撃者もこの呪詛(カース)にかかれば暴走し、自ら手を下さずともモンスターの胃袋の中、なまじ助かったとしても、惑乱とした後では前後の記憶もおぼつかないだろう。ゆえに、初見時にこそ最も効果を発揮する。

 

 

【フォベートール・ダイダロス】

幻惑、錯乱の『呪詛(カース)』。

長短文詠唱でなお、広範囲及び高威力を誇る必殺。

対策を持たぬ者を狂騒の渦に叩き込む、初見殺し。

あらゆる異端児をも捕獲してきた、ディックスの切り札。

 

「これを切るからには、仕留め損ねるなんてことはあっちゃならねえんだが・・・・」

 

大広間の戦場では、宣告なしに発動された『呪詛(カース)』から退避できなかった者、または希少な対呪の魔道具を持っていなかった者など、一部の狩猟者達も獣の咆哮を上げていた。人間同士やモンスター達に対し、折れた剣を振り回しながら狂態を演じている。目の色を変える人と怪物を他所に、ディックスは告げた。

 

「まぁ、いい――モンスターどもに喰われちまえ」

 

直後、ベル達のもとに複数のモンスターが吹き飛んでくる。

 

「えっ!?」

「!?」

 

争いあっていた異端児が、別の固体に殴り飛ばされ、目の前に転がる。

錯乱したモンスター達は立ち上がると同時、側にいたベル達に襲い掛かった。

 

『アアアァアアアァァアアアアァアアアアアッッ!!」

「不味い!?」

 

呪術の魔の手がとうとうベル達にも及んだ。

遮二無二に、だが一切の躊躇もなく振るわれる爪牙を避ける。石畳に叩き込まれた一撃がたちまち破砕と炸裂音を生み、理性なき眼差しがベルやフェルズ、アーディを穿つ。重傷を負いながら、それでも我を失い攻撃し続ける狩猟者達暴徒も加わり、あっという間にベル達を中心に乱闘が起きる。

 

『―――ォオオッ!?』

「――っ!!」

「フェルズさん!どうしたらいいんですか!?」

 

ベルにとっては、このような光景は初めてだ。

故に、怒りによって復讐者(スキル)によって戦う以前に、恐怖によって萎縮してしまっていた。

【乙女ノ揺籠】を使おうにも、並行詠唱を習得していない以上、不可能だった。

 

異端児を攻撃するわけにもいかず、防御と回避しか許されない中、動揺の隙をつかれたベルは鷹獅子(グリフォン)に掴みかかられた。そのまま相手の嘴が食らいつこうとしたところを、大型級(トロール)の棍棒がベル達をまとめて殴り飛ばす。

 

「――がっ!?」

「ベル君っ!?」

 

視界に映るものが凄まじい勢いで横に流れ、戦場の中心へ。

殴り飛ばされたせいで、フェルズ達のもとから遠ざかり、ベルは、孤立した。

緩衝材代わりになっていた鷹獅子(グリフォン)の下から何とか脱出し、顔を振り上げた瞬間

 

「――リドさん?」

 

得物を振り上げた蜥蜴人(リザードマン)が、目の前に立っていた。

血走った恐ろしい眼光。天井を突く曲刀(シミター)。忌避感をもたらす怪物の貌。

己を屠ろうとしている蜥蜴人(リザードマン)には、あの日、握手して笑いあったはずの優しさなど感じず、ベルの頭の中が真っ白になる。

 

その激しくも醜い形相を見上げ、放たれる本物の殺意を受けて、ベルは、左腕の手甲で曲刀(シミター)を受け、咄嗟に魔法を詠唱した。

 

 

 

「―――【天秤は振り切れ、断罪の刃は振り下ろされた。さあ、汝等に問おう。暗黒より至れ、ディア・エレボス】」

 

 

無意識に、右腕を伸ばし、人差し指を突き出し、追加詠唱であるはずの魔法が発動する。

漆黒の魔力があふれ出し、大広間を呑み込み、ベル達3人と、フェルズの後ろにいたことで呪詛(カース)の影響を免れていた異端児以外が、それの影響を受けた。強制的にその大広間には、静けさが生まれ暴走していた怪物達と狩猟者達が、倒れ気絶する者、顔色を悪くして膝をつく者とディックスの呪詛(カース)の効果を抑え込んでいた。

 

 

「―――なっ」

「ベル・クラネル・・・君は、呪詛(カース)が使えるのか・・・・?」

「違う、これ、呪詛(カース)じゃないよ、フェルズさん・・・!呪詛(カース)自体は消えてない・・・っ!」

 

呪詛(カース)そのものは消えていない。

その証拠に、呪詛(カース)の影響を受けた者たちは瞳を明滅させていた。

 

『グッ!?』

「はぁ、はぁ、はぁ・・・ごめんなさい、リドさん・・・!」

 

口元を抑え、膝を突いて何とか立ち上がろうとするリドに謝罪し、曲刀を左手に装備するベル。

先程までの獣の雄叫びは、今は呻き声へと変わり、ディックスは何が起きたか理解できずに立ち尽くしていた。

 

「何しやがった・・・クソガキ・・・!?」

「【暴蛮者(ヘイザー)】を止めろ、ベル・クラネル!!この手の『呪詛(カース)』は、術者が倒れれば解ける!リド達も正気を取り戻す!抑え込まれている今のうちだ!」

 

フェルズの声にはっとして、ディックスを見据える。

互いを隔てる距離は短く、戦場の中心へと放り込まれたベルが最も近く、その手の届く距離にいる。

眼装(ゴーグル)の奥に浮かび上がる赤い瞳と視線をかち合わせたベルは――全身を発火させ、駆け出す。

フェルズとアーディは、抑え込まれているうちに、気絶させようと動き出す。

 

 

「ハッ、来るかよクソガキ!! 俺は、Lv.5だぜ?」

「・・・!!」

「ハッタリなんかじゃねえ。喋るモンスターどもの中にはやべえ固体もいた。こんなことを続けている内に『冒険』なんてものを繰り返しちまってな」

 

ナイフと槍がぶつかり合う音を鳴らしながら、眼を見張る少年を面白そうに眺めるディックスは嘘のない言葉を投じる。

 

「『呪詛(カース)』は強力な反面、見返りを伴う! その男は今、何かしらの代償を負っている筈だ!」

「ちっ、バラすなよ」

 

ディックスは側にいる、かろうじて動ける手下に魔術師達を始末するように顎をしゃくり、そのまま口角を吊り上げ甲高い金属音と舞い散る火花の中で、ベルとディックスは斬り結んだ。

 

 

 

「本当にLv.3か、てめえ。どういう『敏捷』をしてやがる。それに、さっきの妙な魔法は何だ?ええ?余計なことをしてくれやがる、つくづくてめえは鬱陶しいガキだ」

「・・・っ!」

 

2Mを超す紅の長槍を回転させ、ディックスは容易くベルの斬撃を弾く。

ディックスも魔法の影響を受けているはずなのに、その影響をものともしないような動きに、ベルは疑問を覚えた。

 

【アポロン・ファミリア】との戦争遊戯では、屋外にいた団員が再起不能に陥った。

歓楽街で襲ってきた【イシュタル・ファミリア】のフリュネ・ジャミールは、魔法を受けた途端、ぴたりと動かなくなり、こちらもまた再起不能に陥った。

しかし、目の前の眼装(ゴーグル)の男は、ディックスは違った。影響を受けているはずなのに、ベルの攻撃はディックスの体にかすりもしない。ここまでの猛攻が全て往なされてしまっている。

動揺し焦りが募っていくそんなベルを、眼装(ゴーグル)の男は勢いよく槍を薙ぐことで後退させ、互いの間合いを開かせた。

 

「あの魔術師の言っていたことは本当だ。俺の『呪詛(カース)』は【ステイタス】を一気に落とす。今も体がだるくてしょうがねえ。」

「・・・・」

「お前が考えてることは、わかるぜ?大方、『魔法の影響を受けているのに、まともに動ける』のが不思議でしょうがねえんだろ?」

「・・・!」

 

ディックスは迷暴呪詛(フォベートール・ダイダロス)の代償をあっさりと語った上で、ベルの疑問を指摘した。

相手の実力は第一級冒険者並み。もしLv.が一段階降下すると仮定したとしてもLv.4.

ベルは冷や汗が流れるのを感じながら、ナイフの柄を握り締め、再度突っ込んだ。

 

「ちょっと遊んでやるつもりだったが、やるじゃねえか。だが、飽きた。お前の魔法も大したことはねえ」

 

淡々とした口振りで、眼装(ゴーグル)の男は笑う。

 

「じゃあ、攻めるぞ」

 

遊んでいた槍の穂先が一転して、殺気を宿して襲い掛かってきた。

 

「!?」

 

凄まじい槍の一振りによって、リドの曲刀が左手の中から弾き飛ばされる。

曲刀が宙を舞う最中、捻じ曲がった紅の穂先が立て続けに急迫した。

 

「ぐっ!?」

 

間一髪、避ける。

白髪を何本か持っていかれながら、上体をひねったベルは、そのまま回転し、逆手に持った【星の刃(アストラル・ナイフ)】をディックスに叩き込む。

 

「よく動くなぁ、てめえは」

「づっっ!?」

 

連続して繰り出される突きを、ナイフで弾き、交わすも、対応しきれなくなるベル。

 

「まず!てめえがさっき使ったあの魔法は、『対象が恐怖するもの』を見せ付けるってだけの魔法だ!それがトラウマだろうが何だろうが構いやしねえ!!『呪詛(カース)』じゃねえのに、てめえに負担がかかってるのは、てめえ自身の恐怖が呼び起こされてるからに他ならねえ!!」

 

まるで蛇のようにうねり牙を剥く長槍。【星の刃(アストラル・ナイフ)】一振りと体捌きのみで凌ぐベルを容赦なく攻め立て、ベルの魔法を解説するだけの余裕さえ見せ付けてくる。

 

――見切れない。

 

アリーゼ達との稽古はしているが、それでも、対人戦を嫌うベルを相手にかなり加減したものだった。いわば、そのツケがきた。

敵の攻撃が読みきれず、間断ない槍撃の中に織り交ぜられる粗暴な蹴りがしたたかに体を捉え、尚更判断を惑わせる。洗練さの欠片もない、ひたすら暴力的な男の槍術に、ベルは追い詰められていった。

 

「じゃあ何で俺が普通に動けてるかってのが、てめえの疑問だろうがなあ!?『呪詛(カース)』も入れりゃ、まともに動けてるわけじゃねえ!周りの手下どもも『なんとか動ける』レベルで戦闘も碌にできやしねえ!けどなあ、こちとら、そもそも『恐怖』以前の問題なんだよ!!」

 

 

とうとう体勢を崩した瞬間を放たれる、止めとばかりの一撃。

向かってくる槍の突きに対し――ベルの瞳が鋭く光った。

 

『いいベル? 止めの一撃はね、油断しやすいの。だから、気をつけなさい』

 

姉の教えの通り、低く踏み込んでディックスの槍を勢いよく切り払った。

煙水晶(スモーキークオーツ)色鏡(レンズ)の奥で男の両目が見張られる。

ベルは霞む速度で体を翻す。ぎりぎりのところで槍を往なし、上半身が泳いだ相手の懐へ体をねじ込んだ。

長柄武器の急所、同時にナイフの間合い。己の得物の性能を爆発させようとする。

 

だが、

 

「――恐怖以前によお・・・『始祖』の血の呪縛の方が、勝ってんだよなあ!!」

 

目を見張っていた筈のディックスの顔が、不敵な笑みを描く。

ベルの死角、男の背中に隠れていた右手が持つのは、短剣に相当する大型のバトルナイフ。

まるでこちらの行動を真似るかのように、ディックスは腰から引き抜いた得物を、凍りつくベルの腹目がけ繰り出した。完璧な罠返し(カウンター)。すくい上げるかのような、ナイフの刺突。

 

それをとっさに左手の手甲で、ベルは、全力で弾いた。

 

「てめえの魔法は、必ずしも相手を活動不能にするわけじゃねえ!! 試しに【フレイヤ・ファミリア】にでも試してみろよ!!即効で潰されるだろうぜ!!」

 

【恐怖】とは、乗り越えるもの。

【トラウマ】とは、超克するもの。

なら、それに対して、打ち勝つ――【冒険】をして乗り越えることができないのであれば、ベルの魔法には打ち勝てない。ディックスの場合は、血の呪縛の方が、恐怖以上に勝っていた。だから、動けた。それだけだった。

 

 

手甲から走る衝撃に悲鳴を上げる暇もなく、前蹴りによって押し飛ばされる。

 

魔法の影響が受けていようが、能力が下がろうが、ディックスの『技』と『駆け引き』は消えない。

当然だ。彼の戦闘技術は、培ってきた経験は本物なのだから。

たとえベルが、他人の技術を真似しようが、能力が、速さという最大の武器が伯仲に迫ろうとも、場数という名の『経験値』はかけ離れている。狩猟者ディックス・ペルディクスは、強力な『呪詛(カース)』がなくとも、掛け値なしに強い。

 

「がっ!?」

 

地面に転がった自分へすかさず降ってくる槍を何とか回避するものの、紅の穂先に頬を削られてしまう。

すぐに立ち上がり一度距離を取るベルだったが、

 

「熱っ・・・!?」

 

頬を犯す激しい痛みに、堪らず体をくの字に折った。

頬に触れてみれば、手にどっぷりと血がついていた。

 

「気をつけろよ? この槍を迂闊にもらうと・・・あっさり死ぬぜ?」

 

ディックスは笑いながら、捻じ曲がった禍々しい槍を目の前に持ち上げる。

 

「魔術師に作らせた特注品だ。これにも『呪詛(カース)』がかかってくる。一度傷をつけられたら回復薬だろうが『魔法』だろうが塞がりはしねえ。解呪しない限りな」

 

「!」

 

その言葉を証明するように、拭っても拭っても傷口から血が止まらない。頬を伝って肌や鎧を紅く汚していく。一度でも攻撃をもらってしまえば、治すことのできない、まさに『呪いの武具』だ。

傷口を苛む真紅の呪いに、ベルは歯を食い縛る。

 

 

――【乙女ノ揺籠(魔法)】を詠唱する暇さえあれば・・・

 

 

「ところでよお・・・・」

 

 

驚きに固まるベルに、ディックスは冷たく口を開く。

 

 

「てめぇ・・・なんで・・・」

 

 

ドロドロと血が流れる感触が、頬を伝う。

 

 

「あの音の魔法、使わねえんだ・・・・?」

 

 

その言葉と共に、紅の槍が、脇腹を抉った。

 

 

「――――づぁっ!?」

 

脇腹を抉り、槍を回転させて、右足の腿を斬りつけられ、ベルは体勢を崩し膝を突いた。

 

 

「なあ、教えてくれよ。なんで使わないんだ?超短文だろ?あれ使えば、ここまで追い詰められることもなかったじゃねえか、ええ?」

 

 

【クノッソス】を破壊して回れるほどの威力を持った魔法を使わない意味がわからねえと、今の今まで黙ってたように、その答えを知っているように、ディックスは聞いてくる。

 

 

「バルカの野郎からてめえのことは聞いてんだよ。確実に殺せ、もしくは壊せってよ。てめえ・・・・」

 

 

口角を吊り上げ、笑みを浮かべて、その答えを突きつけた。

 

 

「魔法が使えねえのか?」

 

 

ベルは、何も答えられず、ただ、目を見開いていた。

 

「はっ、図星か。おかげさまで、この惨状だ。ありがとうよ、【涙兎(ダクリ・ラビット)】。てめえが魔法を使って、魔術師と女が化物共を大人しくさせてくれたお陰で、楽に大金を稼げる」

 

 

ベルは、目の前で喉を鳴らして笑う人物が、迷宮より、怪物より、とても恐ろしい存在に見えた。

『悪』とはこのような存在なのではないか。

言いようのない薄ら寒さがベルの体を抱きしめる。

【黒い神様】とはまた別の、例えようもない恐怖がベルを襲う。

 

 

「・・・どうして」

「あん?」

「どうして、モンスター達を、あのヒト達を、傷つけるんですか・・・・?」

 

気付けば、ベルは尋ねていた。

後ろにいるはずの、フェルズ達の声など、耳に入らなかった。

 

「金だよ、金。このクノッソスを造り上げるための金だ」

「本当に、それだけのために・・・!?」

 

金のために、異端児達を傷つけることが、どうしてできるのか、ベルは身を乗り出し、問いただした。そのベルの言葉に、ディックスは一度口を閉じた。

片手で眼装(ゴーグル)を押さえたかと思うと・・・にっ、とこれまでとは異なった笑みを見せる。

 

 

「どうしてダイダロスの系譜が、イカれた先祖の遺言なんぞに従ってきたか・・・千年も人造迷宮に付き合ってきたか、わかるか?」

 

その不意の質問に、ベルが答えるのを待たず、ディックスは告げた。

 

()が、そうさせるんだ」

「え・・・?」

()がよぉ、言ってくるんだよ」

 

眼装(ゴーグル)の上から、その赤い瞳をあらん限りの力で押さえつけながら。

熱の帯びた声で、男は言い放つ。

 

「ざわつきやがるんだっ、この馬鹿みてえな迷宮を完成させろってなぁ!!居ても立ってもいられねえ!!ダイダロスの血が駆り立てやがる!!」

 

男の始めての感情的な声音。

反射的に後退しかけるベルを、ディックスは蹴り倒し、踏みつけ、言い募った。

 

「このゴミみてえな薄汚え場所で生まれた時からそうだ!人造迷宮が、『手記』に書かれた『設計図』が、俺達を引きずり込んでドロドロに溶かしやがる!!誰も逃れられねえ、この()()()()からは!!」

 

ディックスは、笑っていた。

笑いながら、激憤と怨嗟に満ち溢れていた。

千年前から連綿と続く、奇人ダイダロスの執念・・・血の呪縛。

神をも超えて、地下迷宮に勝る『作品』を創造しようとした男の果てしない妄執。

 

ディックスは憎んでいた。

けれど、壊すことができない。

己の血が、それをさせないのだ。

むしろ、作品を完成させるように促してくる。

てめえが破壊して回ってくれて、どこかスカッとした。

けど、余計に、それが、作品を完成させろという血の呪縛が強まったような錯覚を生んだ。

一時期、ダンジョンに八つ当たりをしにモンスターを殺して、殺して、殺して、殺して、殺しまくった。

けれど、満たされない。

ディックスは淡々と語る。

 

 

「・・・・」

 

そしてディックスは、魔法の効果時間が終わったのかフラフラと立ち上がり始めた異端児達を見やった。

 

「どうすれば俺は満たされるのか・・・迷宮を作りながらずっと考えていた、その時だったなぁ、喋る化物どもを見つけて、狩りを始めたのは。確か・・・あぁそうだ、威張りしらしていた男神(ゼウス)女神(ヘラ)の連中が消えた後だ」

 

ディックスはそれから、うつむき、くつくつと喉を鳴らして笑う。

その嫌な嗤い声に、ベルは寒気を覚える。

 

「普通のモンスターとは違う。泣きやがる、命乞いをしやがる。・・・ははっ、堪らねえ。そして俺は見つけた!『呪い』に代わる『欲望』を!!」

 

この上ない禍々しい笑みに、ベルは言葉を失った。

グツグツと腸が煮えくり返る感覚に襲われた。

 

「あの化物どもを辱め、泣かせ、絶望させて、ゴミクズみたいに扱ったところで、俺は初めて満たされる!!血の飢えを鎮めることができる!!ご先祖様の言葉通り、俺は()()()()()()()()()()()()!」

 

男の声は止まらない。

男は逸脱した狂気を溢れさせる。

 

「快感だぜぇ!血に勝るってことはよぉ!?それは自分を超えるってことだ!!酒でも薬でも満たされねえ、最高の快楽だ!!」

 

つまり、ディックスが異端児達に犯していることは既に過程に過ぎず、その本当の目的は、己の欲求とその獰猛な加虐性を充足させることにあった。

 

血の呪いさえ一蹴する、凶暴な『欲望』を。

 

彼は自分の求めを、何よりも代え難き嗜虐心という名の『我意』を満たすために、行動しているのだ。

 

 

――そんなことのために?

 

そんなことのために、異端児達を?

じゃあ、僕の村に現れた、僕が初めて助けた異端児は、お姉さんは、同じように、ここで・・・?

 

 

「そんなことのために・・・!!」

 

地に伏しながら、立ち上がろうと怒りを力に代えようと吠えた。

 

「そんなこと?」

 

途端、ディックスから表情が消えた。

 

「取り消せよ、ガキ」

「――がっ!?」

「わからねえだろう、逆らえねえ血の衝動ってものが!」

 

片足で顎を蹴り上げられ、それを利用して無理やり立ち上がるも、片手で何度も突き込まれる槍が、必死に躱そうとするベルを傷つけていく。

 

「目玉の奥が焼き切れちまうほど、自分じゃどうにもならねえ『呪い』ってやつがなぁ!! 第一、てめえも、化物で楽しんだんだろうが!! 街で広まりやがったあの御伽噺が何よりの証拠じゃねえか!!ええ!?」

「ぎっ、がぁっ!?」

 

 

男の激情が込められた薙ぎ払いの一撃を、ベルは受け止める事ができず、吹き飛ばされた。

ベルの体は、ぼろぼろに傷つき、血塗れだった。

それでも動けていたのは、一重に復讐者(スキル)のおかげで、痛みに鈍くなっているからだ。

 

「ベル君・・・!」

 

異端児達を気絶ないし行動不能にしたアーディが駆け寄り、ポーションをかけるも、塞がった傷がすぐに開いて、命の滴がこぼれ出していた。ベルは、アーディが見えていないかのように歯をギリギリと軋ませ、ディックスへと歩み出す。

 

「そんなに俺が許せねえか、【涙兎(ダクリ・ラビット)】。ただ喋るだけだ。モンスターであることは変わらねえ。」

「づ、ぁあ・・!!」

 

ぐぐっと足を引きずるように、前に、前に、進む。

 

「それとも、【アストレア・ファミリア】――正義の派閥様は、モンスターの保護まで正義の名のもとにやってんのか?それとも、あいつらも含めて、それこそ『怪物趣味』だったりするのか?」

 

戦闘において優位に立つ男の手で、碌に以前のように全力で戦えないベルは手酷く痛めつけられている。あの処女雪のような髪が、今や真っ赤に染まりかけているほどだった。

それでも、その瞳だけが光を失っていなかった。

それだけは、許せないと。

 

――僕には、正義なんて、わからない・・・

 

けれど、目の前の男だけは、許してはいけないと。

同胞(異端児)を傷つける目の前の男を、家族(ファミリア)を侮辱したこの男を、許せない、許さないと。

 

瞋恚の炎が、燃え滾る。

 

 

「惨たらしくブッ殺してやることの、何がいけない?」

「・・・っ!?」

「今までお前もそうしてきただろう?モンスターを仕留めて、金に変える。一緒じゃねえか」

「きゃぁっ・・・!?」

 

赤槍の柄で、満足に動けない少年を、それを庇おうとする女を殴り飛ばす。

ベルは、【星の刃(アストラル・ナイフ)】で弾き返すものの、早い斜線となって走る鈍器をアーディが防ぐも、全ては防ぎきれず、2人とも足を、腕を、顔を何度も打たれた。

 

笑みを浮かべるディックスは遊ぶように、いたぶるように2人を打ちのめしていく。

最早行動不能になっている異端児が多くいるなら、呪詛を使うまでもなく能力は元に戻っている。故に、満身創痍の1人と後からやってきた女の2人がかりだろうが、相手にもならない。

 

 

「それ・・・でも・・・っ・・・あのヒト達は、異端児達は・・・笑うことが・・・できる・・・!僕達と何も変わらない!涙を流すことも、手を、握ることだって・・・!」

 

 

ふら付く体で、ベルはナイフを鞘に納め、倒れるように構えて、深紅の瞳で、ディックスを睨みつける。

 

 

「・・・【居合の太刀】・・・」

 

笑みが益々深まるディックスに、嗜虐心に火がついたように、眼装(ゴーグル)の奥の赤い瞳がギラギラと輝き始めた。

 

「けほっ・・・【一閃】・・・っ!」

 

カツーン!とディックスの槍を弾き飛ばす音が鳴り、ベルの手から、【星の刃(アストラル・ナイフ)】が滑り落ちた。

 

「・・・・てめえ」

「ベル・・・君・・・?」

 

そのまま、ベルは宙を回転する槍を掴み取り、ディックスの胸倉を掴む。

ベルはそのまま、ディックスを睨みつけると眼を見開いていたディックスは、悪寒を感じ取ったのか舌打ちをした。

 

「グラン!もういい!! アレを使え!」

「い、いいのかよ!?」

「こうなりゃ、仕方ねえだろ!!早くしろ!!」

「まだ、何かするつもりか!?」

「取り押さえるよ、ベル君!」

「ははっ、遅えよ」

 

ディックスは、高らかに笑い出す。

ディックスが槍とは別に持っていたナイフが辛うじて、ベルが手に取った槍から身を守っていた。

 

「てめえ・・・スキルか?ここに来て、また力が増しやがった。【死に瀕する】と補正が入るのか?けどよ、何か忘れてねえか?」

「何を・・・言って・・・」

 

口角を上げるディックス、周囲を見渡すアーディ、警戒し、怪我をした異端児の側から離れられないフェルズ。

 

周囲には、檻があった。

檻の中には、未だに救出されていないモンスターがいた。

木竜

飛竜

巨体を誇る異端児まで?と、そこでアーディは疑問に思った。

何かがおかしいと。

 

「馬鹿でけえ化物なんざ売れるわけがねえ。それに、俺達は闇派閥とも少なからず関係はあるんだぜ?」

 

ベルに掴みかかられているのに、まだ余裕が消えない。

ヒヤリ、と汗が頬を伝う。

アーディは嫌な予感がして、ベルの手を引こうとして

 

 

 

「―――お前等、【竜女(ヴィーヴル)】と【宝玉】って知ってるか?」

 

 

程なくして、モンスターが入っていた檻の1つから、悲鳴が響いた。

女の悲鳴だった。

グランと呼ばれる大男は、慌てて走って逃げ出し、その檻は内側から破壊された。

 

 

それは、緑肉の濁流だった。

近くにあった2つの檻の中に入り込み、2体の竜を呑み込み、檻を破壊した。

 

耳をつんざくほどの悲鳴と轟音。

それはモンスターの悲鳴であり、それはモンスターの肉体が無理やり作りかえられていく轟音だった。

その濁流はそのまま、ベルへと迫った。

 

 

「あばよっ、クソガキ共。冒険者に討伐されな」

 

ディックスはナイフでベルの手首を切ろうとして、それを回避しようとベルは手を離してしまう。

一瞬、迫り来る濁流に反応が遅れて、ベルは体が硬直する。

 

 

「避けろ! ベル・クラネル!!アーディ・ヴァルマ!!」

 

フェルズの大声も虚しく、ベルはその限界を迎えた体では動けなかった。

だから、悲劇が始まる。

 

「ごめんね、ベル君――私じゃ、何もできなかった・・・ほんと、ごめんね・・・」

 

優しく謝る女の声がして、その後

トンっと両手で押し飛ばされた。

 

 

女が

 

アーディが、濁流に飲み込まれた。

 

 

「―――アーディさんっ!!!!」

 

それを見ていたディックスの笑い声と、ベルの悲鳴が大広間に響き渡る。

都合4つの命を飲み込んだソレは、とぐろを巻くように丸くなり、花が咲くように中央が開き、覆っていた肉が破裂するとともに、溶解液の雨が降り注ぐ。

 

 

ザァァァアァ・・・と雨が降る。

 

歌が、聞こえだした。

ただただ、リズムを噛むだけの歌。

意味などない、歌。

 

 

『大樹の中にて、異形の同胞との再会が果たされる。覚悟せよ、緑肉は降り注ぎ少女の歌が響き渡る、それなるは汝に降りかかる試練なり』

 

 

「カサンドラ・・・・さん?」

 

 

いつか知己の少女が言っていた予知夢のお告げ。

それが、実験所でのことではないと初めて、この時、ベルは知る。

 

 

肉が花開き、雨が降り、女体が露になった。

 

鈍色の髪。

美しい女体に、所々に生えた鱗。

美しい体には不釣合いな、飛竜の翼。

腰から下は、アラクネを彷彿とさせる、されど、それは竜種の体。

 

生まれて間もなく、自身を覆っていた緑肉がはじけ、溶解液に焼かれていく。

 

 

「ハッハハハハハ!こうなるのか!!傑作だなぁ!!さあ、殺せガキぃ!!ぶっ殺して、こっち側にこいっ!!」

 

 

閉じていた瞳が、徐々に開いていく。

水色の右眼。

琥珀色の左眼。

吐息を漏らし、口を開く。

 

 

【悲劇の怪物】が、生まれた。

 

 

「――――ぁ。あぁ。ぁああああああああああああああっ!!」

「アーディさんっ!アーディさんっっ!!」

「まさか、ウィーネか・・・!?」

 

さらに、止めとばかりに、ディックスは仕上げる。

 

「【迷い込め、果てなき悪夢(げんそう)】――フォベートール・ダイダロス!!」

 

「ィヤアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

良くしてくれる優しい姉が、同胞の元に送り届けた少女が、化物に変えられ、呪詛をかけられ、頭を抑えて暴れまわりながら、走り出す。

走り出した化物は、開いた扉へと入り何度も体を打ちつけながら、上って行く。

 

「さあ、クソガキ。てめえの終わりだ。バルカの野郎からは、「殺す」か「壊す」かのどっちでもいいって言われてるからな。――この先は、地上への直通だ!」

 

ディックスは笑う。

目を覚ました異端児達は怒り狂う。

そして、ズン、ズンと足音が大広間の奥から、ベル達が入ってきた所から鳴り響く。

 

 

 

「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 

赤い槍を持った少年が、両戦斧を持った黒い巨躯が、ディックスに襲い掛かった。




【乙女ノ揺籠】を使わない理由:並行詠唱習得してない。
【ディア・エレボス】が使えた理由:追加詠唱なのに、何故かエレボス様がでしゃばってる。

【ディア・エレボス】をオッタルにかけても、むしろ乗り越えて解除しちゃいます。
アレンにかけても、ブチギレられて解除してくると思います。
アイズは多分、動けなくなるか、発狂して暴れます。


戦闘描写は難しくて苦手です

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