旧・兎は星乙女と共に   作:二ベル

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ベル君現在の装備

・兎鎧シリーズ(右手甲は赤帽子が持っているため無し)
・ディックスの赤槍(女神のナイフは手から零れ落ちてます。)
・女神のローブ


ロンリーラビット-2-

 

「見つけたわ――イケロス」

 

遥か下に広がる地下迷宮からかけ離れた、地上。

とある煉瓦造りの塔の屋上で、アストレアはその背中に呼びかけた。

 

「・・・アストレア」

「・・・ひひひっ、見つかっちまったなぁ」

 

無人の屋上にいた2柱の男神は、振り返る。

幅も安定しなければ高さもバラバラの雑多な建物が林立する、複雑怪奇な住宅街。

迷宮街『ダイダロス通り』の中心部に建つ塔の1つに、ヘルメスとイケロス、そしてアストレアはいた。

 

「ヘルメスといい、よくここがわかったなぁ、アストレアぁ?まさか、ヘルメスだけでなくお前にまでこうやって追い詰められるとは思ってなかった」

 

「苦労したよ・・・神威まで使って尾行を撒く神を探し出すのは。形骸化しているとはいえ、私心で乱発するのは下界に対する冒涜・・・規則違反だぜ?」

 

「あの子が・・・ベルがいたら、すぐに反応して襲ってきたでしょうね。」

 

「ひひっ、おー怖っ。まぁ、いいじゃねえか、この程度のこけおどし。階位が高え眷族どもには利きやしねぇんだしよー・・・それに俺が先に捕まっちまったら、それはそれで盛り上がらねえと思ったんだ」

 

手すりも存在しない屋上の端にイケロスはたたずんでいた。

オラリオの空に囲まれるここからは、『ダイダロス通り』の景色を見渡すことができる。

網のように張り巡らされる猥雑な小径に、階段が上に下に入り乱れる重層的な構造。この広域住宅街を手がけた設計者が混沌(なに)を求め、迷宮(なに)を模倣していたのか、真意に近づいた者だけが理解できる。

 

片手を添えた羽根突き帽子の下で、ヘルメスは橙黄色の瞳を細め、眼差しを射る。

同じく、眷族に支えられながらアストレアは藍色の瞳をイケロスに向ける。

それに対し、イケロスは遊戯を楽しむように笑った。

 

「・・・追いかけっこはお前らの勝ちだ、ヘルメス、アストレア」

「・・・・」

「俺の処遇はどうするんだぁ?」」

「・・・・」

 

紺色の髪に褐色肌の男神は、ふざけたように両手を上げ今も顔に軽薄な笑みを貼り付けながら、己もまた目を細めた。

神々のやりとりの最中、

 

『――ォオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

『――ァアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 

雄叫びと、轟音と、悲鳴が迷宮街に轟いた。

瞬く間に住民達は混乱し、逃げ惑う。

 

「ははっ、ロキとアストレアの眷族(ガキ)どもが来ちまった。」

 

迷宮街を一望できるこの場所から、3柱は騒ぎに気付き、成り行きを見守っていた。

見たこともない女体の竜種の化物、黒い雄牛、複数の武装したモンスター、そして、全身が真っ赤に染まった少女のような冒険者。建物に叩きつけられ、倒れ伏す、男。

 

「アレは何かしら、イケロス?」

「どういうことだい、アレは。」

「どうしたんですか、アストレア様?」

「どうして、あのモンスターに『子供』の気配を感じるのかしら?」

 

目を見開いて、その化物を見た女神と男神はイケロスに問いただす。

ネーゼにはわからない、神特有の勘のようなもの。それが、その未知の化物を見抜いた。

 

「フレイヤほどではないけれど・・・あれは、いくつ混ざっているのかしら?」

「ひひっ、さあなぁ・・・大方、ディックスがどっかから玩具を拾ってきたんじゃねえかぁ?」

「悪趣味すぎるぜ、イケロス」

 

ヘルメス達の眼下、アイズ達第一級冒険者の背後には、第二級以下の【ロキ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】の団員も展開している。過剰戦力ともいえる2つの派閥の登場によって全てが決したと、イケロスはつまらなそうに肩を竦めた。

アストレアに指摘された化物についても、知らないの一点張りで自分の眷族がしたことを笑っているだけだった。

 

「俺の眷族(ガキ)どもはほとんどくたばっちまったようだし・・・これで事件も解決か」

 

良かったなぁヘルメス、アストレア、と軽薄な笑みを投げかけるイケロスに対し、2神は無言で、モンスター達の前に立つ槍を持った冒険者を見つめていた。

 

『―――』

 

「ひひっ、おいおい、あのガキ!俺たちの居場所がわかっててこっちを見たのかぁ?思いっきりこっちを睨んでるじゃねえか」

 

「アストレア、あれはベル君でいいのかい?」

「・・・ええ、そうね。」

「だとすれば、彼と一緒にいたはずのアーディちゃんがいないということは」

「あの新種は・・・」

 

2人は目を見開くネーゼの前で、少年の姿を見つめて宣言する。

その化物の正体を。

 

「「アーディ・ヴァルマ」」

 

ひっひひひひひ、と相変わらず軽薄な笑みを浮かべ笑い声を上げるイケロスにアストレアは冷たい目を向ける。

 

「だろうなぁ・・・。これから始まるのは『人間(ガキ)』どもによる『化物(ガキ)』退治だ。誰にも気付かれずに死ぬんだろうなあ」

 

「イケロス・・・これは、都市からの追放ではすまないわよ」

「だろうなぁ」

 

黒い雄牛は、倒れている男に止めを刺し、化物は苦しんで逃走。それを少年がフラ付きながら追いかけ魔法を放ち、全ての攻撃を無効化する。

蜥蜴人(リザードマン)が街に火を放ち、冒険者達は消火活動と避難誘導を優先せざるを得なくなる。

上空から投げ込まれるのは、黒い煙幕。

怪物達が咆哮し、煙が晴れた頃には姿を消していた。

 

3柱と、近くで目の当たりにした冒険者以外に気付かれることもなく、化物討伐が開始され、それを真っ赤に染まった誰かも気付かれることのない正体不明の冒険者が後を追う。

 

 

「――ひっ、ひひっ!?よかったなぁ、アストレア!あのガキの今の格好じゃあ全部終わった後にケロッと帰って来ても疑われることもねえだろうよ!」

「――黙って。それよりヘルメス、あの黒い煙は何かしら?」

「―――恐らくは、俺の眷族だ。ローリエ達にも『ダイダロス通り』を張らせていた」

 

少なくとも、異端児達は無事だろうとヘルメスは逃走劇をはじめた1体と1人を見つめて寂しそうに答える。

 

「アストレア様、私達はどうすれば・・・」

「住民達の安全が最優先。アレはもう・・・永くはもたないわ」

「え・・・?」

「当然さ、ネーゼちゃん。無理やりくっつけたチグハグだらけの怪物だぜ。拒絶反応やらで今にも体が崩れたっておかしくない。ベル君の魔法のお陰で維持されているにすぎない」

 

魔法の効果が切れたときが、あの子の終わりだ。

それは死刑宣告だった。

ネーゼはギリッと拳を握り、イケロスに詰め寄ろうとしてアストレアに止められる。

 

「止めないでください、アストレア様!これも娯楽のつもりですか!?アーディをあんな風にして、ベルを、ベルを傷つけて!」

「――それでも、駄目よ。貴方達地上の住人が神に手をかけるのは許されないの。」

「けど!」

「――ごめんなさい」

 

雨が冷たく降り注ぐ。

髪が張り付き、悲しげに、今にも泣きそうになりながらアストレアは前髪を掻き分けて、ネーゼを見つめて謝罪する。

 

「・・・・!」

 

ネーゼはそれ以上何も言えず、女神を責めることもできず俯いて女神に抱き寄せられる。

 

 

これは誰に真実を知られるでもない悲劇だ。

少年に喜劇は訪れなかった。

またも与えられたのは、失望と絶望を織り交ぜた、悪意ある悲劇だ。

良くしてくれた知己も、家族も、今の少年には恐怖の対象でしかない。

アーディもまた、誰に気付いてもらえるわけでもなく、少年に抱きしめられるわけでもなく、死滅する。

やがて魔法の効果を表す光は消えうせ、魔法の砲撃音が轟き、終わりを告げるように静まり返った。

 

 

「エレボスなら、こう言うのかしら・・・?」

 

 

お見事(おめでとう)お見事(おめでとう)お見事(おめでとう)。汝らはついに成し遂げた。ベル・クラネルの破壊という偉業を。』

 

もしくは

 

冒険者(少年)は蹂躙された!より巨大な悪意によって!』

『告げてやろう。今の貴様に相応しき言葉を。』

『―――脆き者よ、汝の名は『弱者』なり。』

 

「エレボス・・・例えベルが貴方の神意を伝えたところで、理解なんて到底得られないわ」

 

女神は呟く、すでにもうこの下界にはいないその男神に対して。

貴方が壊した少年は、また深く傷つけられたと。

この状況でも、あの【はじまりの英雄】は笑えるだろうか。そんなことを考えて、頭を横に振って考えるのをやめる。

 

「イケロス、貴方を拘束して一先ずは【ガネーシャ・ファミリア】に受け渡すわ」

「へいへい」

「ネーゼ、悪いけれど・・・」

「わかってます。大丈夫です」

「アストレア、俺は行かせてもらうぜ」

「ベルに何かするつもり?」

「逆さ。きっとベル君は、君のもとに帰ろうとしないだろう?だから、助けをね」

 

相変わらず何を企んでいるのやらと思ったが、事実、今の少年は女神の元に帰ろうとはしないこともわかっていたし探そうとしてもスキルをもってして逃げられることもわかっていたために任せるしかなかった。

 

「殺されないようにね?」

「・・・が、頑張るさ」

 

 

それぞれが行動を開始しようとしたところで、光の柱が出現した。

 

 

「―――あれは」

「神の送還・・・?いや、違う」

 

 

■ ■ ■

 

 

その日、オラリオに『神の送還』に似通った光の柱が天を穿った。

人々は目を見張る。

神々は面白いことが起きていると口角を吊り上げて見守る。

 

『馬鹿なやつがいるぞ』

 

とでも言いたげに。

 

 

「【王の審判、断罪の雷霆(ひかり)(しゅ)の摂理に逆らい焼き尽くされるというのなら――】」

 

 

血溜まりの中、横たわる少年を囲うように広がるのは白の魔法円(マジックサークル)。放出されるのは人智を超えた『魔力』の輝き。

放心するベルの背後で、フェルズは高らかな呪文を紡いでいき地下通路に満ちる純白の魔力光は頭上の穴を越え、一条の光輝となって天へと上る。

雨が止み、黄昏の空に突き立つその光の柱を、オラリオにいる誰もが目撃した。

 

 

「この光――フェルズ!?」

 

足元から放たれる光に、ベルを運び、魔法から逃れていたレイ、遅れて追いかけてきたリドとフェルズを連れて来たグロスが瞠目する。

どこかで老神は瞑目し

巨塔から銀髪の美神が微笑み

道化の女神は屋上で胡坐をかき

少年の身を案じる女神は手を胸に当て光の柱を見つめ

旅行帽を被る男神は、瞳を細めながら、竈の女神の元へと向かう。

月の女神は少年の下へ今度こそと決意し

竈の女神は迷子の子供を家へと帰すために眷族に命ずる。

 

 

「【――自ら冥府へと赴こう】」

 

詠唱が加速する。

魔法円が更なる光を放ち、レイによって魔法円の外に運ばれたベルの顔とその戦闘衣装を染め上げた。

 

「レイ・・・さん?」

「はい、ベルさん。まだ・・・まだ、終わってません」

 

「【開け戒門(カロン)冥界(とき)(かわ)を越えて。聞きいれよ、冥王(おう)よ。狂おしきこの冀求(せんりつ)を】」

 

 

響く荘厳の調べ。神聖なる旋律。

それは、下界の理を捻じ曲げる悪業。

 

「【止まらぬ涙、散る慟哭(うたごえ)。代償は既に支払った】」

 

超長文詠唱からなる禁忌の『魔法』。

決定された運命を覆し、絶対の不可逆に叛逆する秘技。

 

レイの翼に包まれて項垂れる少年は、涙を流しながら前髪の間からそれをただ見つめる。

 

「【光の道よ。定められた過去を生贄に、愚かな願望(ねがい)を照らしてほしい】」

 

古の『賢者』にのみ許された、『蘇生魔法』。

 

――彼がこうなってしまった原因は、私にもあるのだろう。

 

それは、かつての賢者、今を愚者(フェルズ)と名乗る魔術師(メイジ)の懺悔。

異端児と少年が出会った際、リュー・リオンから少年の身に起きていることを『黒い魔道書』のことを聞き女神アストレアと接触してわかったことだった。

『賢者の石』を砕かれ、不死の秘法を編み出そうとした際、『別の肉体に記憶を移せば、それはある種の不死なのではないか』との考えから作り出された魔道具。

己の血液を媒介に、取り込ませたい肉体へと流し込むというもの。

もっとも作り上げられたものは碌に機能せず、成功したと思えば作り出した肉体の脳が焼き切れ死亡してしまい、以降、魔道具そのものはフェルズの手によって処分されたはずだった。

それをどういうわけか、どこかから拾い上げた馬鹿者がいたのだろう。

使えもしないというのに、それに手を加え、()()()()()を相手に焼き付けるという手法をとり、作り出されたのが黒い魔道書そのものだった。

 

記憶継承(ディアドゴス・メモリア)】などと名づけられていた時は、どう反応するべきか困惑した。

 

――()悪神(エレボス)は、一体どこでこれを拾い上げたのやら。

 

それは誰も知ることのない話しだ。

恐らくは意図して手に入れたのではなく、偶然だったのだろう。

 

 

「【嗚呼、私は振り返らない―――】」

 

 

――結果として私が作り出してしまったものが、あの少年を壊すきっかけとなっているならば。

 

 

この魔法を使わない理由などなかった。

謝罪をしてもしきれない、業だ。

少年は今でさえ、必死に最後の一線を越えないようにこらえて苦しんでいる。

もし一線を越えたのであれば、それは即ち、愚者(フェルズ)の罪にも成り得るだろう。

何より、彼女と少年をこのようなことに巻き込んでしまっては女神にどう説明すればいいのかもわからない。

 

 

――私は本当に、愚者(フェルズ)だな。

 

 

詠唱の完成、『魔力』の臨界。

フェルズの全精神力と引き換えに、その求めの歌は捧げられた。

 

――運の神がいるのならば、どうか。

 

 

どうか、幸運を。

 

()の少年に―――幸あらんことを。

 

 

 

 

「―――【ディア・オルフェウス】」

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

光の柱が砕け散る。

代わりに、地下空間が無数の白光に包まれた。

雪のごとき光の宝玉。

瞳を見開くベルとレイの眼前に集まり、螺旋をなし、甲高い清音とともに収束する。

 

最後に魔法円(マジックサークル)の下から生まれた青白い光が、血溜まりに吸い込まれた。

次の瞬間、硝子が砕け散るかのような音響が閃光とともに弾ける。

 

一瞬眩い光に世界が白く染まり、反射的に目を瞑ったベルは、目の前で崩れ去ったその影を見て、体を震わした。ポロポロと何度も何度も涙を流しながら、その光に手を伸ばそうとするも体は動かない。

 

「―――っ」

 

視界はぼやけ、頬から涙が伝い、前髪で隠れた目で見つめ、微笑を浮かべる。それを追随するように少年を抱きとめている歌人鳥(セイレーン)から涙が零れ落ち、少年の顔を濡らす。

 

細く美しい成熟した女体、その体には不釣合いな翼、本来彼女が持っているはずのない巨竜の体。

彼女だった血溜まりは少なくなっていて、彼女の肉体を形作っている。

目を覚ますこともなく、彼女の胸は確かに、生きていることを証明するように上下する。

 

【悲劇の怪物】は、1つの肉体に4つの魂を宿している。

されど、それは1種の怪物であり、1つの命として換算される。

故に、蘇生されたのは1体の【悲劇の怪物】である。

 

 

「・・・・初めて、成功したよ。まさか、このような状態でも成功するとは思わなかったが。」

 

 

どしゃっ、と鈍い音を立てて。

ベルとレイの背後で、黒衣の魔術師(メイジ)が精も根も尽き果てたように、尻餅をつく。

 

 

「無駄な希望(まほう)だと、恨んでさえいたが・・・」

 

フードの奥で微笑むような気配を漏らしながら。

フェルズは虚空を仰いだ。

 

 

「少なくとも・・・君を助けられた・・・八百年成功しなかった甲斐があったというものだ」

 

 

■ ■ ■

 

 

日が西に沈んでいく。

先ほどまでの雨が嘘だったように、雲は晴れていく。

天に突き立った光の柱は跡形もなく消えていた。

 

一時は白く塗りつぶされた世界が鳴動することもない。

人々の混乱と神々のざわめきだけを残し、都市には黄昏の空が戻っている。

 

白亜の巨塔の影が掠める迷宮街の一角。

夕暮れの光に、その黄金色の髪を照らされながら、フィンは報告を聞いていた。

 

 

「フィン、私・・・」

「ン、アイズ、君は君の思うようにやればいい。彼と話がしたいんだろう?」

「うん・・・」

「力になってやればいいさ。幸いにも、『謎の調教師』としか噂されていないからね」

「いいの?」

「言ったはずだよ。僕は彼等異端児の有用性をあの事件で見出している。あとは団員達の・・・各々の目で見極めて欲しいと。」

「フィン、あの煙の後、黒いミノタウロス含め、武装したモンスター達は行方不明だ。来た道を逆に戻っている可能性もあるが・・・」

「いや、それはない。それより、ベル・クラネルとアーディ・ヴァルマは?」

「今はまだ、行方不明だ。ティオナとアリーゼ・ローヴェルが見た最後、崩落した広場の地下には血痕しか残っていなかったらしい」

 

アイズと話していたフィンがリヴェリアの報告を聞き、親指を舐めた。

あの事件の際に会話した異端児の1体から彼等が基本、温厚な性格であることはわかっていた。

だからこそ、今回の一件、ディックス・ペルディクスが地下迷宮から引きずり出されたことに対しては、『異端児達の怒りを買った』という結論に至っていた。

 

ならば、地上に現れた彼等が、仲間思いな彼等が次にとる行動は―――

 

「ベル・クラネルか」

 

損傷や焼け跡が残る街並みを見渡しながら呟く。

行われているのは、壊れた建物などの撤去作業。

幸いというべきか、少年が発動させた魔法で怪我人は誰一人でなかった。

少年を除いて。

 

「それよりフィン、本当にいいのか?以前にも聞いたが『武装したモンスターと結託』など・・・積み上げてきた名声を失う可能性さえあるのだぞ?」

 

リヴェリアのそんな声に、『確かに』と笑いながら呟いて、

 

「その時は、その時だ。また一からやり直すさ。」

 

と返した。

 

「それに・・・・」

「それに?」

「彼は、恩恵もない時に既に、『怪物との共存』という偉業を成し遂げている。なら、恩恵を持っている僕等がそれ以上のことができないはずがないだろう。何より、僕は【小賢しい小人(パルゥム)】だからね」

 

どこかへと走り去ったアイズを見送り、フィンはリヴェリアを見つめながらかつて最強の女魔術師に言われた言葉を言う。

 

「なら、あとは団員達がどう判断するかだが・・・。これからどうすると?地上にはまだ、いるのだろう?」

「そうだね・・・・1つ、茶番でも演じようか。」

「茶番?」

「『ダイダロス攻防戦』・・・なんて名目でどうだい?異端児達はベル・クラネルを助けようとするだろうし、ベル・クラネルも異端児達を助けようとするだろう。団員達をクノッソスの各所を張らせる。そこが位置だと」

 

ティオナもアイズも彼を助けると言っているし、好きにさせるよ。

ロキだって言うだろう『見極めろ』とね。

もっとも、スキルを使われてしまえば、僕の作戦なんて意味をなさないけどね。

と困ったように笑うフィン。

 

「【アストレア・ファミリア】はどうすると?」

「彼女達はまず、彼に接触する事ができないはずだ。」

「それもスキルか?」

「彼女達の場合は、個人で特定されてしまうせいで逃げられてしまう可能性が高い。それに、今の彼が女神に会うのは危険すぎるからね。彼女達は碌に動けないってわけさ」

「では何もしないと?」

「いや、【紅の正花(スカーレットハーネル)】が『あの子から受けた借りを返してもらいましょうか』とか言っていたよ。」

「・・・・?」

「まあ、その内わかるさ」

 

頬を掻いて笑いながら、フィンはディックスの死体を確認しに足を動かした。

 

「――全く、これをあの少年が知らないというのだから、困ったものだ」

 

 

■ ■ ■

 

 

「さぁ、ベルっち、大人しく飲むんだ」

「―――むぐぅ、ごきゅ、ごきゅっ」

「フェルズは搾りかすになって、骨しか残ってねえからな。『人魚(マーメイド)の生き血』だ」

「骨言うなリド」

 

都市の地下通路、そこから進んだ先に辿りついた、用水路の入り口。

隠し扉の先にあったこの場所は隋道を描き、存外に広く、橋の下の空間を彷彿させた。

ベルとフェルズ、【悲劇の怪物(アーディ、ウィーネ)】、そして広場にたどり着くことができた異端児達は、冒険者の手がまだ広がっていないこの用水路に身をひそめた。

【悲劇の怪物】は相変わらず眠ったままで目を覚まさないが、暴れられるよりかはマシだとフェルズは言う。

復讐者(スキル)の反動でろくに動けないベルに、リドが無理やり血の詰った瓶を突っ込んで飲ませていく。

 

「リ、リド!?も、もう少し優しくしてあげてください!」

「なんだよレイ、『はいあーん』ができなくて妬いてんのか?」

「や、妬いてなど!?」

「エエイ、静カニシロ!!」

 

異端児達がてんやわんやと騒がしくしているのを、ようやく持って落ち着きを取り戻し始めたベルは微笑んで見つめていた。

 

「ベル・クラネル・・・・」

 

行使した『魔法』のために消耗し、壁に寄りかかっているフェルズは、神妙な声で名を呼ぶ。

 

「―――君に、謝罪を。」

 

壁に寄りかかりながら、頭を下げる。

『黒い魔道書』の件、『行方不明事件』の件、そして今回の一件。

 

「君には、謝罪しきれないほどの呪いをかけてしまった原因でもある。ましてや、異端児達の件でさらに君を傷つける結果となってしまった。」

 

「ベルっち、オレっち達も・・・謝らせてくれ」

「・・・・・」

「巻き込んじまって、すまなかった」

 

異端児達もまた、ベルに頭を下げる。

声にならない鳴き声で謝罪の意を示すように、小さく鳴いていた。

 

「アーディっちだって、オレっち達によくしてくれたのにこんなことになって」

「僕は・・・・謝ってほしい・・・わけじゃない・・・です」

 

ベルは、謝罪を受け取らない。

 

異端児(あなた)達を助けない理由が、僕にはありません・・・貴方達は、『ヒト』だから。」

 

だから、謝ってほしくなんかない、と。

よろよろと立ち上がって、ディックスから奪った槍を杖のようにして異端児達を見据える。

 

「アーディさんも・・・僕が弱かったから、僕が悪いから・・・だから・・・何とかします・・・」

「―――ベル・クラネル、どこに行くつもりだ?」

 

カツン、カツン、と槍を鳴らして、歩き出す。

 

「今の君が、ファミリアに帰るとは思えない。どこに、行こうというのだ?」

「ベルさん、まだ動かないホウガ・・・」

「・・・・お義母さんのところ」

「そうか。・・・なら、これを持っていってくれ」

 

フェルズは懐から水晶を投げ渡す。

それを受け取って首を傾げてフェルズを見つめる。

 

魔道具(マジックアイテム)だ。それがあれば、離れていても我々と会話が可能となる。持っていてほしい」

「・・・・いつ、動くんですか?」

回復薬(ポーション)と魔法で、彼女の体を修復し続けるにしても限界がある。もって明日だ。」

「・・・明日」

 

わかりました、それだけ言って再びヨロヨロと動き出す。

 

「冒険者達は・・・全員、僕が・・・相手します・・・・」

「・・・・何故、ソコマデスル、小僧」

歌人鳥(セイレーン)のお姉さんは僕の・・・僕にとって家族だったから・・・貴方達だって一緒なんだ」

 

少年は振り返らずに歩いていく。

フェルズと異端児達はその背中を見て、ポツリ、と呟いた。

 

 

「――ベル・クラネル。明日は、()()()()()らしい」

 

 

ピクリ。と揺れたような気がしたが、やがて闇の中に少年は姿を消していった。

 

 

 

■ ■ ■

 

曖昧な意識で槍を杖代わりにして、歩く少年。

未だに体は血で赤黒く染まっていて、いつも冒険者や女神達がみかける『ベンチに座る少年』の綺麗な白髪はなかった。

 

「・・・・・」

 

心が静かだった。

いつもなら、ファミリアの人たちがいて、寂しいとさえ感じることもなかったのに。

こんなに心細くなったのはいつ振りだろうか。

ふと、ファミリアの姉たちの顔を、女神の顔を思い浮かべてすぐに頭を横に振って霧散させる。

 

「・・・今は、会いたくない」

 

怖くて仕方がない。

異端児達が地上に現れて騒ぎになれば対処しなくてはならない。そう聞いてはいたが、実際、あの短い時間の中で見た少年の瞳には姉達の存在が怖いものとして映ってしまっていたし何より、好きだと言ってくれていたアーディをあんなことにさせてしまった、街に火を放させたことで、胸が痛んで会うのが怖くて仕方がなかった。

 

 

「お義母さん・・・僕のこと、怒るのかな」

 

ヨロヨロ、フラフラとして、カツン、カツンと音を鳴らして目的地へと歩く。

 

「・・・・ベル」

「・・・・・」

 

金髪の少女が、あの時からまともに会話ができなくなっていて、それでも力になろうとして声をかけるも少年の耳には入らずすれ違う。少女は悲しそうにして振り返って肩に触れようとして、女神に止められた。

 

「ヴァレンシュタイン君」

「・・・ヘスティア様?」

「ちょっと、手伝ってほしいんだけど、いいかい?」

「えっと・・・?」

「異端児って子たちに会わせてほしいんだ」

「おーい、ヘスティア、待ってくれー!」

「げっ、ヘルメス」

「えっと・・・?」

「ベル君は放っておいて大丈夫だ。あの子にはついていてくれる女神がいるからね」

 

何のことかわからず、遅れてアイズを探していた褐色の少女が合流し、2人と2柱は異端児の元へと向かっていく。何となくの勘で少年が歩いてきた跡を辿るように。

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

家出をして以来の、廃教会。

また、家出をする。

義母の墓前で横たわって瞼を閉じて涙をこぼす。

 

 

「無断外泊だから、またお仕置きかな・・・」

 

 

笑いながら、少年にお仕置きを言い渡す姉の顔を思い出す。

 

『まぁ、次、破ったら『女装』させるけど』

 

復讐者(スキル)でまた無理をしたら・・・という話と姉が言っていたことを思い出して、口が笑う。

 

 

「・・・・やだなぁ」

 

 

心にぽっかり穴が空いたような感覚がしていた。

義母と叔父がいなくなって、女神に出会って埋まっていた穴が、また空いてしまって喪失感と虚無感だけがあった。

少年は瞼を閉じて、眠りにつく。

 

「いた!いたっすよ!」

「リーネ!早くこっちきて!」

「ま、待ってくださーい!」

 

そこに、ヒューマンの青年と猫人の美女と、眼鏡の少女が現れる。

 

「血塗れっすよ!?」

「あ、あれ!?でも、治療されてるみたいです・・・!?疲労みたいなのが溜まってるってだけで」

「え、えぇ・・・。と、とりあえず回復薬(ポーション)は置いておきましょう!?」

「死なないでくださいっすよ・・・・団長に『彼を死なせるな』って言われてるんすから」

「それに、『命の恩人を見捨てる人間が、まさかこのファミリアにはいないだろうね?』なんて言われたらねえ」

 

忙しなく3人の冒険者がバタバタとして、回復薬やら治療道具を置いて少年の状態を確認して去っていった。

少しして少年が再び目を覚まして、ぼんやりと義母の墓を横たわって見つめていると、

 

 

「アストレアが言っていたとおり、ここにいたな、オリオン」

 

 

いない筈の女神の声がふと、聞こえた気がした。

オラリオの外にいるはずの女神の声が聞こえた気がした。

 

 

「・・・・アルテミス、様?」

 

寝転がりながら首だけを声のする方へと向ける。

見えた姿を見て、涙をまた、こぼす。

 

 

「相変わらず、泣き虫だな、オリオン」

「・・・・なんで」

 

なんでいるんですか。

そんな声が、出なかった。

 

 

「あの時は、お前がいてほしいときにいてやれなかったからな。あの優男(ヘルメス)に呼ばれて・・・今度は、来てやれたぞ」

 

少し遅れてしまったが。と言って、女神は廃教会に入り込む。

少年は汚らしい自分を見られたくなくて、慌ててローブで自分を隠そうとする。

 

「見えているぞ?」

「僕は・・・いないです」

「いや、いるじゃないか。ほら、こっちを向け」

 

女神はしゃがみ込んで、ローブを覆っている少年に触れる。

ピクリと震える。

 

 

「騒ぎがあったらしいな。ランテ達から聞いたぞ。大変だったな」

「・・・・・」

「今、アストレアはお前には会いたくても会えない。理由はわかるな?」

「・・・僕が、アストレア様を殺すかもしれないから」

「そうだ。だから・・・私が来たんだ。」

 

 

いい加減顔を見せろと女神に言われ、少年はよろよろと女神に支えられながら上体を起こして、女神に抱きしめられた。

 

「・・・・ぐすっ」

「何があったかは、正直知らん。でも、まだ終わっていないのだろう?」

「・・・あい」

「なら、いつまでも泣いていて良いはずがないだろう?」

「・・・・ひっく」

「ほら、ここの地下に風呂があるのだろう?その汚い体を洗え。」

 

女神に手を引かれて、地下の部屋へと連行されていく。

 

「・・・ちなみに今日は『じゃが丸君パーティ』だ。ふふっ、今夜は寝かせないぞ?」

「・・・・それ、ヘスティア様に教わったんですか?」

「なんだ、駄目だったか?」

「・・・・ううん」

 

 

少年は少しだけ微笑んで、女神に頭を撫でられて地下の部屋に入って行った。

 

それを遠くから魔道具で見ている金髪妖精がいた。

 

 

『こ、こちら、【生娘妖精】!月女神が目標と接触。どうぞ』

『こちら【灰鼠】、金髪妖精様はそのまま監視をお願いします。けど、気付かれないでくださいよ面倒くさいので』

『む、無茶を言わないでくれ!?だいたいこの水晶はなんだ!?』

『ヘスティア様が拾ってきたんですよ!!キー、ただでさえ忙しいっていうのに!』

『おい、うるさいぞ2人とも!』

 

水晶を介して、会話する小人族、ヒューマン、妖精がいた。

小人は忙しいのにーと文句を垂れながら。

ヒューマンは鎚を打ちながら。

妖精は魔道具でストーカーのように監視しながら。

 

『【落ちぶれ貴族】様は、魔剣は用意できてるんですか!?』

『おい!その【落ちぶれ貴族】ってのは俺か!?喧嘩うってんのか!?・・・魔剣はまだ製作中だ。どっかの月女神がいきなりやってきてから作ってる』

『10本はありますか?』

『ああ、なんとか。非殺傷性の魔剣だ』

『必要なのか?』

『ええ、必要になります。というか、闇派閥が出てくる可能性があるので』

『・・・・一先ずあれだな、俺達に相談しなかったことに対しては全部終わった後、拳骨の1つはやらねえとな』

 

一緒にダンジョンに行っているのに、専属契約までしているのに相談1つしなかったことに少し怒って言葉を投げる。

 

『まったくです。ヘスティアファミリアの団員の候補もヘスティア様に教えたらしいですけど、誰なのか教えてくれませんし』

『特徴は?聞いていないのか?』

『確か・・・黒髪に、赤い瞳に、妖精だとか』

『うーん・・・同胞とは言え、わからん』

 

 

お悩み相談の時に、『・・・っていう人がいるんですけど』なんて形で候補としてあげていた少年の言葉をヘスティアから聞いていた小人族の少女は、せめて名前を言えと愚痴った。

 

 

『恐らく動くのは、明日の晩です。それまで、様子を見ていてください。でなければ、我々も動けません』

『わ、わかった』

 

 

少年のために動く、派閥違いの眷族達がいた。




フィンが異端児と結託する――関連は、行方不明事件で異端児のことを知っているために前倒しみたいな形になってます。けれど団員達が全員それを見たわけでもないため見極めろと正史でロキに言われた言葉を言った上で、リーネたちに『恩人を死なせるな』と治療するように伝えてます。
また、『ダイダロス攻防戦』と言っていますが、鍵が1つでも多くほしいため、という考えもあります。


ヘルメスは正史だと、ベル君の英雄回帰させようと異端児をけしかけますが、この話のベル君はそもそも恩恵のない幼少の時に『怪物との共存』を実現させてしまっているために、その考えが無いです。
まあ、雄牛イベはありますが。
まあヘスティアが横にいて、『死んでくれ!』なんて言えないはずですけど。


アルテミスは、アルフィア達がいなくなって拠り所を失ったベルに対して『いて欲しい時にいてやれなかった』負い目を持ってるため、ヘルメスから呼ばれてすぐに駆けつけました。

【星ノ刃】は【居合いの太刀 一閃】をやった際に零れ落ちてます。
・・・正史であの後、穴を掘って入り込んだ2人がいましたね。
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