兎は星乙女と共に   作:二ベル

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主な流れは正史と変わりません。
目的がちょっと違うだけで。

人を動かすの難しくて、矛盾点があったりするかもしれませんがすいません。


ロンリーラビット-5-

その日、2つの柱が天を穿った。

1つは神イケロスの送還による光の柱だ。

 

【アストレア・ファミリア】を通してギルドに連行されたイケロスは、都市の密輸に関わる【ファミリア】の行いを認めた。そしてギルドの目を盗んでモンスターを捕獲していたことも。都市に衝撃を走らせたモンスターの地上出現は彼とその【ファミリア】が招いたことであると断定され、事件の翌日の晩に合わせて送還された。

もっとも、これは表向きの理由だがもう1つの理由としては公表するわけにはいかなかった。

自分達が住まう足元・・・『ダイダロス通り』の地下に人工的に作られた迷宮がある、そしてそこが闇派閥の住処(アジト)がある。ましてや、冒険者や一般人を怪物に変えることができるアイテムが存在するなど公表すればそれこそ大きな混乱になりかねなかったからだ。

 

【冒険者を、人を怪物に変える】という蛮行を見逃した。これが公表できない理由であり送還するに値する理由だった。

 

『神イケロス、あなたを()()として使わせてもらう』

 

それがフィン・ディムナが女神アストレア、男神ガネーシャと話し合った末の神の利用だった。

迷宮街の中でも外れ、並ぶ民家に囲まれた幅広の通りで、異端児達が現れた場所。

その場所を報せるための光の柱であり、刻限を報せるための合図。

 

「ちっ仕方ねえなあ・・・・せっかく面白いことが起こりそうなのに、それを直で見届けられないのが心残りだ」

 

日は落ち、闇が広がっていき住民もいない中、イケロスは【ロキ・ファミリア】が陣を移している中央地帯を見つめて笑う。

 

「ガネーシャ、大丈夫?」

「だ、大丈夫だ!ガネーシャだからな!大丈夫!痛いのは最初だけだ!!」

「うーん、その言い方は何か違う気がするのだけれど・・・」

「・・・シャクティだって己の役割を全うしているのだ。ならば俺もしっかりしなくてはな!」

「そう・・・」

「お前の眷族には、辛い思いをさせてしまったようだ。すまない」

「いいのよ、ガネーシャ。大丈夫、あの子は強い子だから」

 

アストレアは空を見上げて、刻限を告げる。

 

「ひひっ・・・うまくやれよぉ」

「・・・俺が!ガネーシャッ!!だぁっ!!」

 

ガネーシャはいつものように叫び声を上げて勢いよく、刃をイケロスの胸に差し込んだ。

アストレアは『やっぱり大丈夫じゃないじゃない!』と動揺。イケロスは『おいもうちょっと優しく・・・!』とこちらも動揺しながら衝天。天に帰った。

 

さらに別の方角では、雷の柱が天を穿った。

それが合図だった。

ともに光の柱が天を穿つと、数瞬、間を置いて獣達の鳴き声が鳴り響く。

 

「はじまったわね・・・行きましょうガネーシャ。いつまでもここにいると邪魔になるわ」

「・・・・ああ、そうだな。」

「大丈夫。2人はちゃんと帰って来るわ」

 

2柱の神は舞台から退場する。彼女達の役割は終わった。

次は眷族達の番だ。

 

 

■ □ ■

 

空に2本の光の柱が生まれる。

 

「団長」

「ン、動き出したか・・・。」

 

迷宮街の中心地の古城を彷彿とさせる大型の建物の屋上。場は広く、『ダイダロス通り』全域を見渡す事ができる。地面を挟んで真下に存在するのは『人造迷宮(クノッソス)』。ダイダロスの遺産を防衛するように団員が配置されていた。

 

「取りうる進路は、6つ。」

 

長机に広げられた地図の横に置かれた光り輝く眼晶(オクルス)を一瞥しながらフィンは呟く。

ディックス・ペルディクスの死体、その防具の中にあった『手記』を確かにフィンは回収し、出入り口の場所を確認する術がない異端児達へと通達する。これはあくまでも表向きでの攻防戦。実際に行われるのは地下から現れた『闇派閥』から『鍵』を奪い取るということ。

 

「いいか愚者(フェルズ)、手記によれば『ダイダロス通り』の中央地帯・・・地下に存在する『人造迷宮(クノッソス)』には、北東、北西、西、南西、南東、東の6つの門がある」

 

指先で地図上にある6つの門をなぞっていき、ちょうど円を描く。

眼晶(オクルス)の向こう側では、異端児達が身じろぎせずに情報を頭に叩き込んでいた。

 

『我々はこの6つのうち、1つを突破してダンジョンへと向かう』

「そうだ。僕の団員も全員が君達異端児のことを理解しているわけじゃない。僕の判断だからと従う者もいるが、よく思っていない者もいる。だから、見せ付けてくれ、君達のあり方を。そのための攻防戦でもある」

 

水晶の向こうから生唾を飲み込む音を聞いて、フィンは続ける。

 

「無論、行動を開始するのは合図の後の()()が展開された後だ。君達も僕達も『共に傷つかない』状態で、守りを固める僕達にぶつかってくるんだ」

 

仲良く闇派閥探しなんてしていたら、それこそ敵に警戒されてしまうからね。だからこそ、交戦する。傷つかない戦闘を。

 

『・・・なら、まずは進路上のあんたら【ロキ・ファミリア】の守りをできるだけ引き剥がさないといけない、ってことか』

「その通りだ、リド。」

『そしてこちらの飛行できる異端児は、地上で戦闘する者が奪取した『鍵』を回収して門へと向かう』

「・・・そうだ。鍵を『回収したら頭上に投げろ』と団員達には伝えている。ただし」

『ただし、確実に入手できる保証はない。恐らく出てくるのは下っ端の信者達だろう』

「その通り。あえて他に警戒することがあるとするならば食人花や人造迷宮(クノッソス)にいた新種かな。」

『・・・了解だ。【勇者】』

「では異端児達、健闘を――」

『1つ、伝えておきたい』

「何かな、愚者(フェルズ)

『・・・アーディ・ヴァルマはバベル前の広場へと向かわせる。だから』

「ああ、彼女には手は出さないよ。威嚇程度で誘導する場合はあるかもしれないけれどね」

 

フィンは一通りの流れを確認した後、通信を切り上げる。

それと同時、『ダイダロス通り』一帯に魔法が広がった。

攻撃魔法が使える団員に、魔法が発生させられないことを確認し、これがベル・クラネルの魔法であることを通達させる。

 

 

「さあ、リリルカ・アーデ・・・・僕に師事したんだ、精々出し抜いてくれよ同胞。」

 

ただのサポーターだと卑下する彼女に、指揮官としての才を見たフィンは空いた時間とは言え、指導をしている。そして今回、この攻防戦で『出し抜いて見せろ』という課題を課していた。故に、ダイダロス通りの地図は渡しても、『門』の位置の記載は一切していない。

 

 

「各団員に通達。魔法が展開された。ただし、闇派閥に対しては攻撃は通じるだろうから臆せず戦え、遠くないうちに『こと』が起こる。部隊を作戦通り展開させろ」

 

「はい!」

 

今回、フィンの補佐を務めるのはアナキティ。

報告を持ってきた彼女にフィンは指示を飛ばす。猫人が走り去り、声を張って周囲の団員達に伝令していた。

 

フィンが団員達の前で『武装したモンスターと結託することにした』という言葉を発した際、団員達は騒然とした。その際、そのざわめきを断ち切るようにアナキティの細い腕が真っ直ぐ伸びフィンに問いかけた。

 

『体裁ではなく、建前でもなく、団長ご自身は『武装したモンスター』のことを、どうお思いになっているんですか?』

 

椅子からゆっくりと立ち上がった猫人の声は、試すような響きを帯びていた。

フィンは声音を変えるでもなく、返答する。

 

『利用、と言いたいが・・・あえて『信用』と言おう。僕はあのモンスター達が信じるに値する存在だと、そう捉えている。』

 

その『信用』という言葉に団員達の喧騒が膨らむ。

アナキティは表情を変えず、問いを重ねた。

 

『私達の中には、モンスターに仲間を殺された者もいます。家族や、恋人だって。それを知っていてなお、信じると、そうおっしゃるんですね?』

『そうだ』

 

もしも、ベル・クラネルならば、こう言うだろう。

 

エルフに仲間を殺されたドワーフがいたとして。

ドワーフに同胞を奪われたエルフがいたとして。

神に家族を奪われた子供がいたとして。

その時、彼等は仇の種族を、神を全て恨むのか?と。

 

しかしフィンはそんな『愚策』は持ち出さない。

その言葉は、彼だからこそ言える言葉であるからだ。

モンスターは人類の敵。排除すべき下界最大の悪腫瘍。

それの意味を理解した上で、『毒』を呑むと明言する。

小細工なし、万の言葉ではなく、一の意志を示すことを選んだ。

でなければ、どうして『怪物』とともに戦う事ができるだろうか。

包み隠さず、偽りのない意志を宿すフィンの碧眼を、アナキティはじっと見据えた。

 

『・・・・わかりました。なら私は、これ以上なにも言いません』

 

2人の視線が交わること暫くして、彼女は静かに着席した。

 

『もっとも・・・・彼等の存在を見て知ったのは、ここにいるメンバーで言えば、僕、アイズ、リヴェリアだけだ。だから君達がそう簡単に納得しないことも理解している。』

『私は、竜女(ヴィーヴル)の・・・女の子に、助けられたよ』

 

静かに手を上げたアイズが、行方不明事件の際に竜女(ヴィーヴル)に助けられたことを語る。

彼女の目には、モンスターに向ける憎しみだけの感情はなかった。事実だけを伝える。己の中で、答えを出している。

 

『あれは、偶然なんかじゃない。あの子は、自分の意志で冒険者を盾にしたモンスターから、自分の身を挺して、守ってくれた。あの子の目は、私の知る怪物の目なんかじゃ、なかった。』

 

それだけ言って、アイズはそれ以上口を開かなかった。

その後、フィンは『武装したモンスター』を今後、『異端児』と呼称すること。

その知性の高さから、【イケロス・ファミリア】に何度も仲間を狩られていたこと。

敵の敵は味方などというつもりはないが、『利害』は一致している。そして、それは共通の敵である闇派閥、ひいては人造迷宮(クノッソス)の攻略に限り『御せる』と

 

『僕はそう、判断した』

『団長、それでは・・・』

『ああ。この御託は、あくまでも人造迷宮(クノッソス)を攻略するため・・・都市の存亡を賭けた戦いに、勝利するために。そして・・・1人の少年に借りを返すための茶番。それをやるためだ』

 

そして、フィンは団員達に脱退の志願者がいても止めはしない、そしてこのまま僕達と戦ってくれるなら・・・と退出する前に最後に述べた。

 

 

『どうか、『見極め』てくれ。異端児達を』

 

 

結果、団員達に脱退者はでなかった。

今も悶々としている者もいるが、前回の人造迷宮(クノッソス)で死者が少なくすんだのは、1人の少年のおかげだからと、それが頭から離れなかったからだ。その少年があちら側についているのならば、見極めなければ・・・と。それだけだった。

 

 

空が見下ろす広大な迷宮街。その中で、とある1つの影が人知れず無人の建物をよじ登り、その巨体に似合わぬ軽やかさで屋上へと躍り出た。覚悟を刻むように一瞬の間を挟んだ後、獣のように夜空を仰ぐ。

 

ォオォォォォォォォォ―――――・・・・・。

 

怪物の遠吠えが闇夜を震わせた。

低く長く続き啼き声は『ダイダロス通り』の隅々に響き渡り、都市の端にまで届く。

冒険者達は一斉に顔を振り上げた。誰もが動きを止め、その時が来たことを知った。

 

2つの光の柱が合図。

1つの魔法が、全ての冒険者と異端児達への行動開始を促す報せ。

1体の怪物の啼き声が、同胞への『号令』。

そして、いつかの大抗争で聞いたような、悪に堕ちた『英雄の男』の声で引っ張られる感覚に襲われた。

 

 

 

 

「き、きき、きやがるぞ・・・モンスターどもが!」

 

ダイダロス通りに入り込んでいたモルドが不細工な笑みを浮かべて震えた声を上げる。

 

「はじまったわね・・・頑張りなさい、ベル」

 

赤髪の女が、『ダイダロス通り』に一般市民が入らないように警戒網に居座る。

 

「フィルヴィス、【ロキ・ファミリア】の動向を追え」

「はい、ディオニュソス様」

 

金髪の男神は妖精の従者に指示を出し、『契機』となりうる一戦を見守る。

 

「いよいよやなぁ」

「そうねぇ」

「心配か?」

「それはまあ・・・もちろん」

「『一般人』だけはあそこには入られへん。いるんは全員、冒険者や。まあ、警告を無視して居座る阿呆がいるっちゅう可能性は捨て切れへんけどな」

 

朱髪の女神が、胡桃色の髪の女神に少年のことを聞き、別の高台でダイダロス通りを見守る。

 

 

■ ■ ■

 

 

ダイダロス通りに到着した途端、周囲の冒険者達の存在を確認する。ここが『臭い』と睨んでいる同業者達はそろそろ事態が動くと直感しているのかピリピリとしていた。僕はそれを見て、空に向けて、少年は手を上げて魔法を詠唱する。

ダンジョンで襲ってきた仮面の人物から奪った魔法を。

 

「―――【一掃せよ、破邪の聖杖(いかずち)】」

 

精霊の魔法では、目立ちすぎるから。

使うなら、人造迷宮(クノッソス)か、それこそ、ダンジョンで何かが起きたときに。そんな気がして、ずっと使わずにいる。

 

「【ディオ・テュルソス】ッ!!」

 

1つの雷の光をもった魔法が空を穿つ。それによって、周囲の冒険者達はいきなり『謎の冒険者』が現れたとざわめき始める。

ほぼ同時、別の場所で神が送還されたことを知る。

さらに、魔法を詠唱。

 

「―――【乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)】!!」

 

魔法を展開し、マジックポーションを飲んで『誘引』し行動開始。

魔法の効果時間は15分。

15分間の戦闘の幕が上がる。

 

「・・・・貴方達を、使わせてもらいます」

 

少年よりも階位が低い冒険者は、何の違和感も抱くことなく『誘引』に引っ張られて武器を取り出して追いかけてくる。

それを追いかけられる形で、少年は走り出す。

気配を探知し、そこへ真っ直ぐ。

先ほど聞こえた咆哮へと向かうように、突き進む。

 

 

「―――氷の、壁?・・・・魔剣?」

 

後方から追ってくる冒険者を確認しながら、地下から現れる存在をすぐさま察知するために集中していると、あちこちで氷の山ができていた。

それと同時。それに便乗するかのように、突然、反応が増えていく。

 

「誰が?・・・でも、あそこに行かないと・・・・!」

 

一瞬、赤髪の兄貴分の顔が浮かんだが、そんなはずがないと、少年は目を瞑って再度『誘引』して加速する。

氷山の壁の中には、【ロキ・ファミリア】のドワーフがいた。

 

「ぬぅぅうううううううう!?」

 

少年は、ベルはその光景を見て、ドン引きした。

半身を凍らされているのに、力ずくで氷を壊そうとしていたから。

けれど、次々とドワーフは魔剣を連射されていく。

冷気の煙でベルからは見えにくいが、増えていく反応はモンスターと闇派閥だと推測し、その中に突っ込んでいく。

 

 

「『氷鷹(ひよう)』!」

「このドワーフさえ消せばあああああああ!」

「『氷鷹(ひよう)』!」

「こっ、この化物を押さえろおおおおおおおおお!?」

「『氷鷹(ひよう)』!」

「だ、騙まし討ち御免!」

「『氷鷹(ひよう)』!」

『シャアアアアアアアアアア!』

「『氷鷹(ひよう)』!」

「あのドワーフはちょっとやそっとじゃ死なん!全員でかかれぇー!」

「「「うおおおおおおおおおおおお・・・おおお!?」」」

 

弾ける吹雪の余波を目印にして群がっていく闇派閥の残党、何発も放たれる魔剣名と思しき雄叫び、極東人らしき少女の奇襲、襲いかかってくる極彩色のモンスター、おまけに愉快犯ばかりに周囲を扇動する腐れ最上級鍛冶師のかけ声。全ての勢力がドワーフを狙った。

そこに、冷気の煙を割って、突っ込んでくる『謎の冒険者』を確認した白法衣の者達は唖然とした顔をして・・・次第に凍りつく。

『謎の冒険者』が右腕に持っている銀の槍は、冷気を・・・魔力を吸収していた。

そして、その後ろには10を超える冒険者が怒りの形相で向かってきていた。

 

「『鍵』を貰う・・・!」

 

ドドドドド・・・!!と音を立てて近づいていく。

ドワーフが溜息をついて、団員達に下がるように指示を出す。

 

「な、なぁ・・・!?」

「冒険者が一斉に・・・!?」

「ガ、ガレスさん、これ、どこかで見たことがあるような・・・?」

「馬鹿者、ダンジョンで見たことくらいあるじゃろう。巻き込まれるぞ、さがっとれ」

 

そして『謎の冒険者』は、冷気を纏った槍を振り回しながら、食人花を一掃、地面に突き刺して闇派閥の残党達の身動きを封じて偶然にも手に『鍵』を持っていたのを確認して奪い去ろうとして

 

「おーい、ベル!」

「ベル殿!」

 

声をかけられた。声をかけられて、目を見開き、肩を揺らして、声のする方へと振り向いた。

 

「・・・なんで」

 

なんで、いるの?と言えなかった。

いるはずがないのに、何も言わなかったのに。

建物から降りてきたのか、ガレスを凍らせている氷山の向こう側に、兄貴分のヴェルフと極東の少女の命がいた。

 

 

後ろで巻き起こるのは、冒険者の波。

それは図らずも『行方不明事件』の被害者が紛れ込んでいた。

 

「パ・・・怪物進呈(パスパレード)ォ!?」

「冒険者を使った怪物進呈(パスパレード)って・・・」

 

唖然とする【ロキ・ファミリア】の団員達を他所に、闇派閥の残党へとボキボキと拳を鳴らしながら近づいていく荒くれ者達。

 

「おうおめえら、世話になったな!借りを返させてもらうぜぇ!!」

 

モルドが、その仲間達が、荒波の様に押し寄せ傷つかないのを言い事に暴行を開始する。

中には『経験値ヒャッハー!』なんて言いながら、身繰り身を剥ぎ始めていた。

 

「おい、『鍵』ねえぞ!?」

「ハズレか!?」

「おいゴラ!『鍵』はどこだ!?」

「ゲ、ゲフッ」

 

哀れモルド、当りは幸運にも少年が奪い去っていってしまっていた。

荒くれ者達は、あの時の腹いせをするように、暴行を加え、縛り上げていく。

 

「モ、モルド!モンスターがでやがったぞ!?」

「ああん!?怖がんじゃねえ!俺達は今、ダメージなんて負わねえよ!ぶっ殺せ!」

 

魔法の効果で守られている冒険者達は、果敢にも攻めていく。

食人花を、水蜘蛛のようなモンスターもお構いなしに。

 

 

ガレスと椿が氷山を砕き、ベルはいるはずのない知己と再会を果たした。

 

「・・・・・」

「よ、ベル。その槍・・・どうだ?」

「・・・え?」

 

怒られると思ったのに。いつもの様に、笑っていた。

ベルの顔を見ても、特に何を言うでもない顔だった。

 

「アルテミス様が急に来てよ、『槍を作れ』って言われてよ。それ、【ロキ・ファミリア】の【凶狼(ヴァナルガンド)】のブーツと同じ仕様なんだぞ?注文がうるさくて、椿と合作する羽目になった」

 

それは、鍛冶師としての武器の解説だった。

 

「・・・な、なんで、いるの?」

「友だからだ。」

「――――!」

「派閥は違う、けど、もう何度もダンジョンに行ってる。俺達は、信用できないか?」

 

少年は、泣きそうな顔でブンブンと頭を横に振る。その勢いで、顔を隠していたフードが落ちて覆面だけの素顔が露になる。

 

「もっと、迷惑をかけろ。俺の立つ瀬がないだろう?お前がいなくなったら、誰が俺の鍛えた作品を宣伝するんだ?」

 

ワシャワシャと雑に頭を撫でて笑いながら、そんなことを言って、最後に、拳骨を落とした。

 

「ひぎっ!?」

「これは、相談の1つもしなかったことに対してだ。一緒に異端児達の里に行ったのに、何で何も言わねえんだよ」

「――ぼ、僕のせい、で・・・アーディさんが・・・あんなことになった・・・言えるわけない・・・怖くて、怖くて」

「んなもん、お前が何とかするんだろ?その手助けくらい、させろ。」

「ベル殿。自分は異端児のことは会っていないのでよくわかりませんが・・・貴方は、何も間違っていないことくらいはわかります!」

 

少年とヴェルフのやり取りを見守っていた命が口を開く。

ここには、貴方が助けた人たちがいる、と。

今回、直接手を貸してやれない【アストレア・ファミリア】が助けてくれる人材を用意した、と。

 

「アリーゼさん達が・・・?」

「ええ、私達も、そして【ヘルメス・ファミリア】もいます。あなたに助けられた恩を返すために。」

「僕が・・・助けた・・・?」

「だから、もっと迷惑をかけろ。もっと頼れ。」

「・・・・・ぐすっ」

「貴方は自分達を18階層に連れて行くどころか、春姫殿まで助けてくれた。なら、動く理由には十分です!」

 

命はベルの手を握って、微笑を向ける。

ベルは気が付けば涙を流していた。

振り返ってみれば、荒くれ者達は戦いを終えていた。

そこには、知っている顔があった。

 

「・・・モルドさん、いつから?」

「おめえのスキルに巻き込まれたんだよ」

「・・・・」

「あのモンスター共に助けられたしな」

「覚えてたんですか?」

「フォモールにお姫様抱っこされたら、忘れられるわけねえだろ。せめてもっとこう、美人なやつだったらよお・・・」

 

何言ってんだこいつ、と同業者達にそんな目を向けられ『こいつ怪物趣味に目覚めかけてるんじゃね?』『殴れ!殴れ!!』と魔法の効果で守られているのをいいことに意味のないリンチをはじめていた。唖然としているベルにヴェルフが状況を説明してくる。

 

「ベル。お前はダイダロス通りから出て、バベルに向かえ。」

「え?」

「ベル殿。ここで行われている戦闘は【ロキ・ファミリア】に対してではありません。」

「いや、でも、ガレスさんが」

「【重傑(エルガルム)】がそう簡単にくたばるわけねえだろ」

「ワシは頑丈なのが取り得なドワーフらしいからの」

 

肩をゴキゴキと鳴らしたガレスが『しかし威力が高すぎるぞ。死人が出たらどうするつもりじゃ』と愚痴を入れるも椿が『いやいや、それくらいが丁度いいであろう?』と笑ってのけていた。

 

「これはまあ・・・闇派閥の奴等をおびき出すためのものでよ、あとはリリ助の試験らしい」

「試験?」

「なんか、【勇者】に課題をだされたらしくてな。ついさっき、『【超凡夫(ハイノービス)】、チョロすぎますううう!!これで『門』の位置は全て把握できました!!いえーい!』てはしゃいでたな」

 

「まあ、その後・・・『【貴猫(アルシャー)】に捕まりました・・・囮をさせられました・・・フィン様に『僕の団員に捕まるようじゃ、まだまだだね。』なんて言われてしまいました・・・トホホ・・・』とやけに落ち込んだ声が聞こえてきましたが」

 

つまりは、【ロキ・ファミリア】サイドはフィンが。他の冒険者勢力をリリルカが指揮して、『鍵』の奪い合いをしていた。

 

「それも、ベル、お前が魔法を使うことを前提にな」

「・・・・」

「お主の考えなんぞ、フィンからしてみれば『わかりやすすぎる』ということじゃ坊主。」

「うっ」

「まあ、ベルは頭が良いわけじゃねえからな」

「はぅっ」

「暴れまわって『鍵』を奪い取るなんて・・・それも【冒険者進呈(パスパレード)】なんて滅茶苦茶もいいところですが。」

 

次々と駄目だしされていく内容に、ベルはついに膝を抱えて小さくなってしまった。

大人って怖い・・・そう思った。

 

「だから・・・ここは放っておいて大丈夫だ。」

「異端児は?」

「俺達がちゃんと返してやる」

「【ロキ・ファミリア】が殺すんじゃ?」

「その件なら、もう話はついとる」

「・・・・?」

「坊主、お主は何も気にせず、娘を助けることだけを考えよ」

 

ドン!と背中をガレスに叩かれて、咳き込みながら歩き出す。

振り返って、ヴェルフ達を見て

 

「ヴェルフ、命さん・・・ありがとう!」

「おう!」

「頑張ってください、ベル殿!」

「おお、そうじゃ坊主。ちとお主に伝えておく言葉があるんじゃった」

「伝えておく言葉?」

「そうじゃ。お主のファミリアの者に伝えておいてほしいと言われての。」

 

疑問を浮かべて首を傾げるベルにガレスが言葉を投げる。

それは、ベルが今まで聞いたことがなかった言葉。

 

 

 

 

「―――【正義は巡る】。ここにおるのは、お主達に助けられた者達じゃ」

 

 

その言葉を聞いたあと、ベルはもう振り返ることはなかった。

ダイダロス通りを真っ直ぐ突っ切り、向かうのは、迷宮都市の中央。

道中、冒険者達が頭上に何かを投げては、異端児がキャッチして飛び去っていくのを見かけたが、それでも足を動かし続けた。

 

 

 

「行ったな」

「ええ、行きました」

「ふむ・・・しかし、よく泣く坊主じゃ。ちと軟弱すぎはせんか?」

「いえいえ、ベル殿はあれくらいが丁度良いかと」

「リリ助、ベルはバベルに向かったぞ」

『・・・・そうですか』

「なんだ、落ち込んでんのか?」

『べ、別にぃ?フィン様に負けて?悔しがってなんて?いませんしぃ?』

「年季の問題じゃ、小娘」

『ぐぬぬ・・・まぁヴェルフ様が拳骨してくれたので、よしとします』

 

その後、少年がいなくなったダイダロス通りでは魔法の効果が切れるまで、地上に出てきた闇派閥の残党を襲う冒険者と頭上に投げ上げられた『鍵』をキャッチして飛び去る異端児の姿があった。

 

「他の【ロキ・ファミリア】はどうしてるんだ?」

「リヴェリア達がアナキティから回収した『鍵』で人造迷宮(クノッソス)に殴り込みをしているはずじゃ」

「なら、俺達の役割はここで適当にやって異端児達を帰してやればいいわけか」

「そういうことじゃな・・・・まったく、まさかモンスターを助けるとはの」

 

■ ■ ■

 

 

走る、走る、走る。

この胸のざわめきが、思わずニヤけてしまうこの気持ちが何かわからず、走る。

 

「僕は・・・・」

 

少年は、もうすでに、充分救われていた。

奪われて奪われて、少年が覚えていないだけで多くの縁に恵まれて、救われた。

 

 

「アリーゼさん達も・・・見てるのかな」

 

槍を握る拳に力を入れて、真っ直ぐ走る。

そして、ダイダロス通りのその中央でまた、足を止めた。

そこにいたのは

 

 

「―――アイズさん」

「―――ベル」

 

 

行方不明事件から避ける様になっていた金髪の少女がいた。

彼女は、鞘のついたままの剣をベルに向けた。

 

「―――っ!」

 

少女の目は、けれど、優しい目で怖い目をしてはいなかった。

 

「ぼ、僕、急いでる・・・・んです・・・邪魔、しないで」

「駄目。君のやりたいことはちゃんとさせる。けど、その前に少しだけ、時間、あるよ、ね?」

「な、ないです」

「む・・・あずきクリーム味あげるから」

「い、いらない・・・です」

 

ジャガ丸君のよさがわからないの!?とプンスカしそうな顔をして頬を膨らませた少女はベルに構えるように言う。

 

「――ロキがね、言ってたんだ」

「・・・ロキ様が?」

「うん。話を聞いてくれない相手と話し合う方法」

「・・・・」

 

絶対、ぜーったいロクでもないことだ!

なんなら今もどこかでほくそ笑んでるに違いない!とベルは思わず周囲をキョロキョロと警戒する。少女は、時間がないから、はじめよっか、と攻撃を開始。ベルはそれを槍で防御する。

 

「なっ・・・!?」

「ロキが、【そういう時はな、雨の中、殴りあうねん。青春の王道やで!】って。青春っていうのがよくわからないけど・・・」

 

「なんなら、雨も降ってませんけどぉ!?」

 

 

どこかで、道化の神が腹を抱えて笑い出していた。

それを、正義の女神が困ったような顔をして見つめていた。

 

 

「えっと・・・殴り合い(話し合い)、しよっか」

「助けてぇ・・・アリーゼさぁん・・・」

「アリーゼさん達は、来ないよ。君が逃げるんだもん」

「くふっ」

「私に一撃入れたら、私の魔法、貸してあげるね」

 

 

かくして少年と少女の短い喧嘩が始まった。


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