旧・兎は星乙女と共に   作:二ベル

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ごめんヘルメス様、ちょっと悪い扱いされてて!特に意味はないんだ!


ロンリーラビット-7-

『ダイダロス通り』を出て、飛翔する石竜(ガーゴイル)の背に乗って銀の槍と赤い槍を持った『謎の冒険者』が都市中央に位置するバベルへと向かっていく頃、その真下にである『ダイダロス通り』から撤収する者、人造迷宮(クノッソス)へと乗り込む者、敷かれた警戒網に一般人が入り込まないよう警備する者がいた。

 

 

「騒々しいねぇ~。今日のダイダロス通りは」

「!」

 

アイズもまた、移動を開始しようとしたところ、老婆の声が耳朶を叩いた。

振り向くと、アイズの後方にある通路から1柱の神がゆっくりと現れる。

 

「辺りを見張ってるわ、神を堂々と追っかけてくるわ、まったく傍迷惑な連中さ」

「・・・・確か、ぺニア、様?」

 

白く長い、ぼさぼさの頭髪。

襤褸(ボロ)を始め、みすぼらしい格好。

まさしく貧乏を体現するような神物、ぺニアに、アイズは目を見張った。

まだ人造迷宮(クノッソス)の存在を知る前、『ダイダロス通り』に赴いた際に出会った女神。

 

司る事物は『貧窮』。

ロキが言うには『歩く貧の病』。

 

「今日はここには人っ子一人、いやしない。あんたら冒険者以外はね。何かの祭りかい?それとも、騒ぎを起こしてそれに乗じて盗みでも働きにやってきたのかい?だとしたらいい根性してるじゃないか」

 

「・・・・・・」

 

「何か喋んな!私自ら話しかけてあげてるんだよ!まったくぅ、人形みたいな綺麗な顔しちゃってさ!」

 

年老いて堕落した魔女を彷彿させる相貌に浮かんでいた笑みが一転、まるで義理の娘に文句を言う姑のようにキーキーと怒り出す。自己中心的な神にありがちなことだが、喜怒哀楽が激しい。

 

 

――たぶん、ベルが嫌いなタイプの神様だ。よかった、今、ベルがいなくて。

 

いたら土に埋めてたかもしれない・・・とアイズは何となく思った。

もっとも、今現在、【悲劇の怪物(アーディ)】が何故か暴走をしていてその近くにとある男神とその眷族の反応をキャッチしてしまった少年は今、とてもオコなのだが。

 

「・・・ペニア様、どうしてここに?今、ここ、立ち入り禁止・・・」

「はっ!知ったことじゃないね!私の住処だよ?居て何が悪いっていうのさ!あーやだやだ、ロキの教育はどうなってんだろうねぇ!こんな小娘がもし【ファミリア】にいたら、私はすぐに追い出すよ!だーれも私の眷族になんかなりたがらないけどねぇ!」

 

「・・・えっと、男の子と、お話・・・してました」

「はっ!こんなみすぼらしい所で逢瀬なんて、最近の子供は衛生管理もできないのかねぇ!私の方はただの散歩さ!」

「・・・・」

 

――何か、勘違い、されてる?

 

何と言うか、非常に、やりにくい。

自分が口下手なことを差し引いても目の前の神物とは相性が悪いかもしれないと、アイズは思ってしまった。

仮に、もし仮にここに魔法が使えるようになった少年が居たなら、

 

福音(おやすみなさい)

 

をしていたかもしれない。

もっとも今、その少年は、とある男神を今すぐに『福音(おやすみなさい)』させたい衝動にかられていたのだが!

 

 

ペニアはペニアでふんっと鼻を鳴らしてくる。

 

「おばーちゃん!!こんな時間に外を出歩いちゃ駄目っていってるでしょう!?というか、ここ、今立ち入り禁止だから!勝手に入らないでくださいよ!」

「誰が、いつ!あんたの!おばあちゃんになったっていうんだい!?」

「いやいや、そこまでは言ってませんよ」

「まったく!アストレアの眷族も眷族で・・・いったいどういう教育をしてるんだい!!」

「アストレア様は包容力がすごいのよ!!物理的にも!!」

「そんなことは聞いてないよ!!」

 

どうするべきか迷っていたら、案の定、救いの手が現れた。

少年に過保護なお姉さん、アリーゼ・ローヴェル。どこかから見ていたのか、建物をぴょんぴょんっと飛び越えてアイズとペニアの間に降り立った。

 

「いや、でもね、お婆ちゃん?ここっ、今、すっごい危ない人たちがいるから入らないようにって言ってるんだけど?どこから湧いて出てるんですか?」

「私を虫か何かと勘違いしてないかい!?」

「えーそんなことないですよ。ただ、そう思われても仕方ないくらい神出鬼没だから困ってるんですよ?」

「ふん!知らないね!自分の住処にいるだけさ!文句は言わせないよ!」

「お婆ちゃんの住処、とんでもない虫が湧いて出るのね。掃除したほうがいいわよ」

「おだまり!」

 

老婆であろうと目の前にいるのは、女神だ。

だというのに、アリーゼは態度1つ変えることなくペラペラと言葉を投げつけていた。

 

――す、すごい・・・!これが、ベルのお姉さん・・・!

 

何故かその姿に、アイズは尊敬の念を抱いてしまっていた。

それに気が付いたのか、アリーゼは胸を張ってドヤ顔をしていた。

 

「ペニア様って、数世紀以上も前からここにいるんですよね?」

「・・・それがどうしたんだい」

「いや、よくあの時代を生きぬけたなーって。」

「なんだい、私を疑ってかかってるってのかい?」

「んー・・・まあ、他の神様たちもそうですけど、何かされたら困りますし。知っておきたいとは思いますよ?」

 

ドヤ顔から一転、真面目な話をし始めた。

その目は疑いを持ってペニアに迫っているのか、ただの好奇心で聞いているのかはわからないが。

 

「だいたい、迷宮街(ここ)貧困街(スラム)で、都市中の肥溜めさ。狼藉を働く冒険者崩れとか、バカそうな連中とかそこら中にいるさ。何より、ここは迷路みたいに入り組んでる。隠れるぐらい、どうってことないさね」

 

「そういうもんですか?」

「そういうもんさ・・・。要は、運の問題。生き抜けた奴もいれば、そうでない奴もいる。神だって同じさ。」

 

道標(アリアドネ)を見失えば迷ってしまうようなこの場所で、隠れるぐらいはできる。そうペニアはいってのけた。アリーゼは肩を揺らして、これ以上何聞いても意味ないかーとまだ警戒網が解けたわけじゃないから注意するように言いアイズと立ち去ろうとした。

 

「ところで・・・・ねぇ、【剣姫】・・・」

「?」

 

そこで、ペニアが神々の笑みを浮かべた顔でアイズに声をかけてきた。

 

「お前さんはこの『ダイダロス通り』をどう思う?」

「・・・・?」

 

投げられた問いかけに、アイズは怪訝に思った。

一瞬黙ったものの、少し考え、今居る場所から複雑怪奇な迷宮街を思い浮かべる。

 

「・・・おかしな、ところ。複雑で、ダンジョンみたいで・・・都市の中で、一番変・・・」

「ほう、それで?」

「あとは・・・都市の中で・・・一番貧しい・・」

 

言いにくそうに口にすると、ペニアは確かに、嗤った。

 

「私からすれば、潤い過ぎてるよ」

「えっ?」

「こんな綺麗な貧困街(スラム)があるもんか。確かに通りにくい、段差が多くて足が疲れる。道標(アリアドネ)がないと迷っちまう、そんな不自由はあるけどね。そんなのは些細なことさ。」

 

吐き捨てるように、ペニアは言葉を続ける。

 

「親もいない孤児どもが、きったない身なりで、笑いながら走り回る。ヘスティアが最近、孤児院をやりはじめたらしいけどね・・・それでも、慈愛だの、助け合いだの、この肥溜めにもそんなものが蔓延ってるよ。オラリオ自体がそうだけどね、此処は『幸せすぎる』」

 

「幸せ・・・?」

 

「キラキラした連中が、もっとキラキラする。逆に美しく輝いていなければいけない。そんな空気がある。私みたいなやつは息がつまりそうで、生きにくいったら」

 

人々、神々、冒険者。

迷宮都市には豊かな夢と野望を胸に抱く連中が多すぎると、老婆の神は断じた。

 

「昔の方がよかったよ。モンスターどもが暴れる時代は、みんなみんな『不幸せ』で・・・そして今以上に輝いていた」

 

その言葉を聞いて、アイズの胸は途端にざわついた。その女神の言葉が許容することができなくて、アリーゼに肩に手を置かれてハッとした。

 

「幸せなのは、いいことですよ。少なくとも、私達にとっては」

「ふん!どうだかね!今の腐りきった輝きとは違う、そうだね・・・『清貧』。贅肉のない心はなんて尊いことか。下界の住人はね、『過酷』の中でこそ輝く。私が司る貧窮なんてのもその一端さ」

 

「・・・!」

「似たような話を(だれか)としたような気がしたが・・・どこのどいつだったかねぇ」

「なら、私達は問題ないですね!」

「・・・なんだって?」

 

老婆の神が訝しげに眉を吊り上げると、アリーゼは腕を組んでまたドヤ顔をしながら言う。

 

迷宮進行(ダンジョンアタック)で大赤字を喫して、野草と塩のひっどい汁を『いいのよ』と微笑む主神に七日七晩飲ませた時と比べれば、何てことないわ!それに、清貧の心は『正義』の基本!【ファミリア】が小さかった頃の節約殺法よ!」

 

「え・・・?」

 

「あんた・・・アストレアにそんなことさせてたのかい?」

「どうして2人ともドン引きしてるのよ・・・」

「ベルが聞いたら、きっと引くと思う・・・」

「な、内緒にしてて・・・!」

 

心の中で、『野草をモシャモシャ食べるアストレア様なんて見たくない!!』そんなことを涙目で叫び散らす少年がいた気がしたが・・・アリーゼは『昔の話よ!』と一蹴。何もなかった事にした。

 

「・・・まあいいさ。所詮は神と人の価値観の相違ってやつさ。今を必死に生きる子供(おまえ)達からすれば、見当違いにも、理不尽にも聞こえるだろうよ」

 

それでいいさ。

それがいい。

ペニアはそう言って、ムスっとしているアイズを愛おしそうに眺める。

そして最後に、ペニアの手に収まっている物に目がいったアリーゼが声を投げる。

 

「ペニア様?そのワイン、どこで手に入れたんですか?」

「・・・やらないよ」

「いや、別にいいですよ。ただ、どこのなのかなって」

「さぁ、知らないね。子供達がくれたものの1つさね」

「アストレア様と一緒に飲みたいから~ラベルだけでももらえません?」

「お・こ・と・わ・り・だよ!!もうあっちに行きな!!しっしっ!!」

 

 

ペニアに追い出されるように、2人は背を向けて駆け出す。

そんな背中に

 

「必死に生きな。何が待ち受けていようとも。それが神には真似できない、お前達『下界の住人』の在り方なんだから」

 

という言葉が言い残された。

 

 

 

「あの、アリーゼさん、ありがとう、ございます」

「ああ、いいのいいの。ああいう神様って絡まれると面倒だし」

 

2人はそのまま歩いて『ダイダロス通り』の外へと向かっていた。

もう騒動は治まったのか、闇派閥の残党に襲い掛かっていた冒険者達の姿も今はない。

 

「えっと、リヴェリア達は大丈夫かな?」

「大丈夫よ。妖精部隊だっけ?その中にうちの妖精もいて、今頃暴れまわってるわ」

「そう、ですね」

「それよりも・・・」

「?」

 

アリーゼは立止まって、アイズを見つめる。

何かまずいことでもしてしまっただろうか・・・と思わずアイズは冷や汗を流してしまう。

 

「まさか、ベルと戦い合うとは思わなかったわ」

「え、と、ロキがそうするのが一番だって・・・」

「あんまり、鵜呑みにするのは良くないわ。」

「えっ」

「きっと、貴方達2人が喧嘩する光景を見て、どこかで笑っていたと思うわ」

「・・・騙され、た?」

「うーん、どっちかというと、踊らされた、かしら」

「ロキィ・・・」

 

帰ったら縛り上げよう。そうしよう。アイズは決めた。

私はあの子と仲直りがしたかっただけなのに、余計に私の立場が悪くなっただけじゃないのか?と思ったが、やはりロキに言いくるめられていただけだと気付いて、まずはリヴェリアにチクることを心に誓った。

 

「・・・あれ?」

「どうしたの?」

 

アイズは、壁に見えたものを指差して『こんなのありましたっけ?』とアリーゼに問うた。

それは、壁に書かれた共通語の落書き。複雑怪奇な『ダイダロス通り』だ、あったとしてもおかしくはないのだが・・・まるで猫が肉球でも押したかのように文字の最後に手の跡がついていた。

 

 

「えっと・・・何々」

 

 

【オレっち、参上!!】

 

 

そう、書かれていた。

アリーゼは目を見開いて近づいて、その落書きに触れる。

塗料がたまたま近くにあったのだろうか、まだ完全には乾ききっていなかった。

 

「こ、これ・・・もしかしたら、私達が掃除することになるのかも」

「えっ」

「たぶんこれ、あの異端児達のうちの1人がやったんだと思う・・・」

「えぇっ」

「わ、私、しーらないっ!」

 

【アストレア・ファミリア】団長。アリーゼ・ローヴェルは、現実逃避し現場から立ち去ろうと走り出した。そしてこの時、壁に触れていたのは、アイズもだった。そのため、『あれ、これひょっとして私のせいにされる?』と悟ったアイズもまた、アリーゼを追って走り出した。

 

「ア、アリーゼ、さん?」

「何かしら、【剣姫】ちゃん!?」

「あ、あれ、いいんですか?」

「何のことかしら!?お、ほほほほほ!」

 

走り出して現場から立ち去ったのちに、空から光が降り注ぎ2人は大急ぎで、バベルへと向かうのだった。

 

 

■ ■ ■

 

「小僧、貴様・・・何ヲシテイルノダ」

「ご、ごめ、んなさい・・・くひゅぅ・・・」

 

グロスは困惑していた。

何故か予定より遅れていた少年は、眼晶(オクルス)にも反応せず、迎えに行ってみれば何故か金髪の少女と戦っていたのだ。まるで意味がわからなかった。

 

「小僧、眼晶(オクルス)ハドウシタ」

「・・・・」

「小僧・・・?」

 

ゴソゴソと眼晶(オクルス)を仕舞っているであろう場所をまさぐり、取り出してみれば、綺麗に割れていた。

 

「どうしよう・・・高いんですかね」

「知ルカ!!」

「アイズさんのせいだ・・・フェルズさんに言われたら【ロキ・ファミリア】に襲われたって言おう」

「貴様ハ、敵ガ多イノカ味方ガ多イノカ・・・」

 

2人して溜息をつきながら飛行してると、リドから通信が入る。何か、やたらと慌てた声で早く来いと言っている。

 

「リド、何ガアッタ」

『アーディっちが急に暴走しやがった!このままじゃベルっちが来る前にバベルについちまう!』

「・・・暴走?理性があったんですか?」

「アア、作戦ノ少シ前ニ意識ヲ取リ戻シテナ・・・シカシ、何故ダ?」

『わからねぇ!さっぱりだ!急に黙っちまったと思ったら・・・!』

 

その通信の後、グロスはスピードを上げていくと前方にリド達を確認。

ベルはその際、すれ違うように高台の1つに立っていた1柱の男神を視界に入れてしまう。

 

「まさか・・・」

「ム、ドウシタ、小僧」

「ヘ・・・」

「へ?」

「ヘエエエエルメスウウウウ様ァアアアア!?」

「ナ、何ッ!?」

 

旅行帽を胸の位置で抑えて手を振る橙黄色の髪の男神、ヘルメスがいた。

そして、地上、リド達が通ってきたであろう位置には透明化している何者かの反応を感じ取ってしまった。

 

『やぁ、ベル君!君もいよいよ英雄だ!俺は応援するぜ!?』

「ぜぇったいに埋めてやりますからぁぁぁぁ!?」

「ア、アノ神ハ何ヲ考エテイルノダ!?」

『ごめんよー!でも、時間が押してるんだ!許してくれ!』

「グロスさん!アーディさんの前まで飛ばしてください!」

「ム・・・仕方アルマイ・・・!」

 

事が終わったら神ガネーシャと女神アストレアに絶対にチクろう!そして埋めよう!と心に強く誓った。

だいたい時間が押してるって何だよ!と疑問に思った。

徐々に、何故だか人が集まっているバベル前の広場に近づき、ベルはグロスの背から飛び降りる。

 

 

『モ、モンスター!?』

『どうなってんだ!?』

『あれって調教師でいいの!?』

『ここに来いって言われたから来たのに、どういうことだ!?』

 

――なんで、人がこんなに・・・?

 

混乱して騒ぎ出す一般市民の前には冒険者が盾になるように立っていた。

それが不思議で仕方がなかったが、暴走して突っ込んでくるアーディを優先するのが先決だった。

銀の槍を構え、アーディとぶつかる。

 

『―――ァアアアアアアアッ!!』

「ふぅー・・・いくよ、アーディさん」

 

アーディが右腕を振り下ろす。

ベルが槍で左に払う。左腕を振り下ろせば右に払う。

槍術に心得があるわけでもないベルなりに、アーディの攻撃を払うことだけを考えた行動。

そして、詠唱を開始する。

 

「――【贖えぬ罪、あらゆる罪、我が義母の罪を、我は背負おう。】」

 

 

冒険者が、神々が、人々が見守る中、覆面の謎の冒険者が詠唱を歌う。

 

「【凍える夜には共に手を繋ぎ傍にいよう。道に迷ったときは共に歩もう。】」

 

アーディの目からは必死に体を制御しようとしているのか、涙が流れていた。

 

「【(わたし)はもう何も失いたくない。】

 

この魔法の効果を地上で、月下条件化で試したことは一度もない。

 

「【箱庭に愛された我が運命はとうに引き裂かれた。我は貴方(おまえ)を憎んでいる。】!」

 

けれど、何故か、できるような気がしていた。

 

「【我から温もりを奪いし悪神(エレボス)よ、我を見守りし父神(ゼウス)よ、我が歩む道を照らし示す月女神(アルテミス)よ、

我が義母の想いを認め赦し背を押す星乙女(アストレア)ら四柱よ、どうかご照覧あれ。】」

 

 

――きっと、この人だかりの中で見ててくれてるはず・・・怖くない。怖くない。

 

傷つきながら、受け止めきれずに血を流しながら魔法を紡ぎ続ける。

初めての並行詠唱を慎重に、けれど、確実に歌う。

 

「【我が凍り付いた心はとうに温もりを得た。ならば同胞達に温もりを分け与えよう】」

 

これは、治す魔法じゃない。

きっと、これは『奪わせない魔法』で少年の『わがまま』を叶える魔法。

 

「【我は望む、誰も傷つかぬ世界をと。我は願う、涙を流し彷徨う子が生まれぬ世界をと。我は誓おう、次は我こそが手を差し伸べると】」

 

これは、2人を失ったことに対するトラウマと、新しい家族を失いたくなくて、その怯えから発現した魔法。

 

「【我は拒む、傷つくことを。我は拒む、奪われることを。我は、故に、拒絶する】!」

 

月下条件化において、この魔法は詠唱式が変異する。

 

「【今こそ、(おまえたち)が奪ったモノを返してもらおう】」

 

雲が月を隠せば、その時点で効果は通常通りに戻る。

しかし、効果時間である15分間においてこの魔法の効果範囲内のモノが傷つくことは絶対にない。

 

「【だから大丈夫、今はただ眠るがいい。】」

 

それは慈愛をもった声で。

 

これは、捻じ曲げられた理を正す魔法。

 

「【目が覚めれば汝を苛む悪夢は消えている。】」

 

それは冷たい瞳を持った何かの声で。

 

死滅していないのであれば、『失わせない』『奪わせない』ことを絶対としてあるべきものへと正す。

 

「【大丈夫、その心を許し、我が手を取りなさい。それだけでいい。】」

 

それは、いつか少年に言ってくれた優しさをもった声で。

 

 

「【汝が歩むべき道を照らし示そう。】」

 

それは、不安を消し去るような声で。

 

 

「【たとえ闇が空を塞ごうとも、天上の星光が常に我等の帰るべき道標となるだろう。】」

 

道を迷っても、きっとちゃんと家路に帰れるように。

 

少年の素顔を隠していたローブが、ケープが溢れる魔力でなびき、外れ、露になる。

そこでようやく、『謎の冒険者』が何者なのかが知れ渡る。驚愕に染まる、何が起こっているのかも理解できない者達を他所に魔法は完成されていく。

 

「【故に、その温もりに身を委ね、あるべき場所へと帰りなさい。】」

 

胸に灯る温もりを抱きしめながら。

目の前の怪物を抱きとめるように少年は槍を手放し、両腕を広げる。

 

そして、魔法は完成する。

 

「【乙女ノ揺籠(アストライアー・クレイドル)】」

 

 

魔力が弾け、月の輝きが増し、夜空を彩る星々が輝き、空から一条の光の柱が【悲劇の怪物(アーディとウィーネ)】を飲み込み、その柱は徐々に広がっていき迷宮都市全土を覆いつくしたところで光の柱は霧散し光の粒となって振り注いだ。

 

 

それは、少年の髪の色と同じ処女雪のような白さで

傷ついた者達を癒し

不安に駆られる者を安心させ

どこかの治療院では、患者が減ったことに神が悲鳴を上げ

どこかでは黒髪のエルフが胸を抑えて蹲る

少年の『奪われたくない』というわがままを叶え

1体の怪物が、1人の美女と1人の少女、2体のただの怪物へと別たれ、2人は少年に抱きとめられる。

 

 

その日、その場所、多くの者達が見守る中で、少年は偉業を成し遂げた。

【救えないもの】を【救った】瞬間である。

 

 

この日、迷宮都市には、季節はずれの雪が降った。




アーディさん、大衆の面前で全裸を晒される。(モンスターだからね、何も着てないです)


ヘルメス様はアスフィさんに殴られました。(何させてんだ!と)


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