兎は星乙女と共に   作:二ベル

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ロンリーラビット-8-

季節はずれの雪が降る。

その日、月に、満天の星々に見守れる中、たった1人の英雄が生まれた。

 

 

1人の美女と1人の少女、そして2体の()()()怪物が別たれ、2人は少年によって抱きとめられた。

 

 

 

『見事、見事、見事』

 

 

少年は、【悲劇の怪物】にされた少女達を誰もが見ている中、救って見せた。

誰にもできぬことを、英雄にもできなかったことをやってみせた。

救えぬものを、救って見せた。

 

 

おめでとう(コングラッチュレーション)、弱き子よ、汝は確かに成し遂げた。

 

神々が、拍手を上げて喝采する。

 

 

雲が月を隠さない限り、魔法の効果は都市全土を効果範囲とする。

 

ダンジョンにおいて、少年が認識できている範囲こそが効果範囲であるのに対して、地上――月下においてはその範囲は大きく変わる。その範囲は()()()()()()()すなわち、月を1つの目として見た範囲。故に、都市そのものを覆いつくす。

 

 

雪が降る中、ほぼ全ての魔力を使い尽くした少年がフラつきながら覆面を外し、女神のローブでアーディを包み、竜女(ヴィーヴル)の少女をケープで包み込む。2人とは別に、眠るように横たわる竜種の怪物達は、安らかな顔をしてその体を灰に変えていく。

 

「やっぱりな・・・おかしいと思ってたんだ」

「娘ノ腰カラ下・・・木竜カ、インファントドラゴン ダト思ッテイタガ」

「捕獲するメリットがねえもんな。デカすぎるしよ」

「ダガ、コノ者タチモ、救ワレタ・・・魔石ガ、浄化サレテイル」

 

灰へと変えていくその体から露出した魔石は、半分が極彩色、半分が紫色の魔石で雪が触れるたびに浄化されているのか徐々に透明な色へと変えていた。

 

 

少年は、集まってきた『武装した怪物』たちの姿を確認して、静まり返る舞台の上で、石竜(ガーゴイル)に眠っている少女を渡しす。

 

「コホン!【綴るぞ!英雄日誌!!英雄ベル・クラネルは、怪物に変えられた哀れなお姫様を助け出した。神々は今日この日起きた偉業を決して忘れることはないだろう】っと。」

「―――仮にも友人であるアーディに紅針(クリゼア)を使って暴走させるなど・・・一体何をお考えで?」

 

少年の偉業を見届けている神の1柱の元に、水色の髪の美女――アスフィがやってくる。彼女は命令とは言え、機嫌が悪かった。

 

「いや、なにも面白半分でやったわけじゃないんだ。あのまま時間をかけるとどっちにせよ暴走するしこっちにはゲストが待っている。これ以上待たせるとそれこそ面倒なことになりかねない」

 

橙黄色の髪のヘルメスが、旅行帽を摘みながら、アスフィに伝える。

こっちはまだ『舞台』が終わってない。時間もない。

無理やりでも早めてやる必要があった、と。

 

「だとしても、これは彼・・・いえ、【アストレア・ファミリア】の怒りを買いますよ?」

「ハハハ・・・だろうなぁ。」

「――――彼を、ベル・クラネルを英雄にしたかったのですか?」

 

もうどうにでもなーれっとアスフィは投げやりになり、別の質問に切り替える。

目下地上では、女神のローブで包まれたアーディをフラフラしながら神ガネーシャに渡す少年の姿が見え、異端児達はすれ違うようにバベルの方へと歩み寄って少年が振り向くのを待っていた。

 

 

「彼がその気なら・・・俺はそうするだろう。」

 

もしも、今回の騒動で、『ベル・クラネルが、問題を起こした』『【アストレア・ファミリア】に、女神アストレアの顔に泥を塗った』などと言われ、零落していたならば俺は彼等異端児にやられ役を見繕ってもらった舞台を用意していた、とヘルメスは語る。

 

「ですが、その必要性がなかった」

「ああ、その通り。これに関しては、運が良かったと言える。」

 

あの時の少年は、己の血、怪物の血、狩猟者の血で全身が真っ赤に染まって誰なのかもわからなかった。結果、この騒動の間、アーディと少年は2人とも行方不明者扱いとなっている。

 

「そして・・・彼等の中に、『適任者』がいた。だからこそ、俺が彼等に『死んでくれ』なんて言う必要がなかった」

 

「・・・私には適任とは思えません。アレは彼が勝てる相手ではないでしょう?」

「俺もそう思うぜ?・・・でも、ベル君なら立ち向かうだろう」

「何より、フェアとは思えません」

「全くその通りだ!今のベル君にダメージを与えることは不可能!あー痛み自体はあるのかな?まあいいさ。あとは魔力を大幅に消費したせいで今にも倒れそうだし、騒動が起きてから碌な休息もとってないのかスキルの負担なのかガタガタだ」

 

どっちにせよ、フェアじゃない。

それでも、ベル君は『アレ』の願いを叶えるぜ?アスフィ、と自信満々に言う。

 

「―――わかりました。では、私はもうこれ以上することはないと?」

「ああ、ない。見守るだけさ。・・・ああ、アスフィ、それから」

「?」

「ベル君は、英雄にはならないぜ」

「は?」

「だってそうだろう。あの子の英雄は【アストレア・ファミリア】だが、あの子にとっての英雄はザルドとアルフィアだ。その2人は悪に堕ち、彼の中では恐らくその2人が悪人として名を堕としたのに『どうして自分が英雄に』なんて思っちゃうはずだぜ?」

 

少年にとっての英雄は零落し、悪となった。

その2人をさしおいて、英雄になるなんておこがましい・・・そう思っているんだぜあの子はね、とヘルメスは肩を竦めて愛おしそうに少年の姿を眺める。

 

「―――ご自分の眷族にも、もう少しそういう目を向けてみては?」

「おや、嫉妬かい?なんなら今晩、ベッドの上で泣かしちゃうぜ?」

「すいません、少し【デメテル・ファミリア】に行ってきます」

「おや、何か必要なものでも?」

「首から下まで入る鉢植えと、肥料を」

「ア、アスフィーさーーーん!?」

 

 

 

そんな2人のやり取りを他所に、地上では神々が『英雄が生まれた』瞬間を、そして『面白いものを見た』喜びに沸く中、少年は腕を、指をまっすぐ東に向けて言葉を述べた。

 

 

「このまま・・・真っ直ぐ行って、壁を越えれば、貴方達の望んだ【世界】があります。」

 

少年は、いとも簡単に『英雄』の席を蹴り飛ばした。

その声は震えていた。

 

「満月が消えない限り、貴方達を傷つけることも、誰かが傷つくこともありません。」

 

なんて答えがくるかはわかっているから、震えていた。必死に、泣かないように震えていた。

 

「・・・だから、行ってください。地上の怪物は、貴方達からすればはるかに弱い。森にでも行けば、安息を得られるはずです。」

 

 

少年が指差す方角の先に何があるのかを知った者は目を見開く。その先にあるのは、【セオロの密林】。つまりそこに行けば彼等は少なくとも生きていける。ダンジョンに戻ってまた命を脅かされる危険性はグンと減る。

 

小人族(パルゥム)の少女が、その少年の考えを理解して『そこまでして・・・』と悲しそうに見つめる。

竈の神が、『君はやっぱり優しい、優しすぎる子だ』と慈しんで眺める。

正義を司る女神が、何も言わず少年と怪物達の行く末をただ、『貴方は何も間違っていない』と眺める。

狐人が、ヒューマンが、少年の知己が。

人々が、神々が、冒険者が、その行いを、愚行を見守ることしかできない。

誰も傷つかない。誰も傷つけられない。だから、何もできない。

民衆は、舞台を見るように、月明かりに照らされる少年と怪物達を見つめていた。

 

少年が、ベルの指す方角へ異端児達が言うとおりに進んだとして、その行いはたとえ美しいものであったとしても『怪物の地上進出を許した』という行為でありその時点でベル・クラネルは完全に『人類の敵』へと成り果てる。『英雄』の席を蹴り飛ばし、『人類の敵』を取ろうとしていた少年が、そこにはいた。

 

 

「小僧・・・何故、我ラニ、ソコマデスル?」

 

民衆も、神々も、目を見開いた。

怪物が、理性的に、自分達と同じように言葉を話したからだ。

 

「―――僕の家族は、悪に堕ちた。それはこれから先も変わらない。なら、その子供である僕が悪になったところで何も変わりません」

 

そう、変わらない。

英雄を喰らったオラリオは、何か変わったのか?それは少年にはわからない。

けれど、人の心を捨て、怪物の心をもった人間がいるのであれば、きっと、大した変化はなかったのだろう。

 

「―――僕は、悪でいい。貴方達、異端児を助ける・・・誰にも理解してもらえないことをしてる時点で、僕がやっていることは悪だ」

「・・・・」

 

 

 

まだ雲は月を隠さない。

静まる都市、舞台で少年と怪物たちのやり取りはなお行われる。

 

 

「さぁ・・・行ってください。」

「それは・・・駄目だ。ベルっち」

 

怪物達の中で、唯一リザードマンが一歩前に出て言葉を返す。

 

少年と怪物の間、眠るように逝った怪物の灰が、ある種、境界線のようになっていて、リザードマン達は決してその境界線を越えようとはしなかった。

真っ直ぐ、目を見つめていた。

その目は、2人の仲間を助けたことに対する充足感に満ちていた。

 

怪物達が、微笑んでいた。

 

 

「・・・・・なんで?」

 

少年は俯きながらも、口元に笑みを浮かべて言う。

 

「同胞達が別の場所からダンジョンに帰って行ってる。オレっち達だけ、そんなことできねぇよ」

「な、なら!ぼ、僕が、僕が、また走って・・!」

「そんな体でか?」

「・・・・っ!!」

 

 

少年の体は、ボロボロだった。

ディックスを地上に引きずりだし、そのまま、【悲劇の怪物】が死に絶えて、今日この時に至るまで、少年は心も体も傷つきすぎた。

中途半端な治療しかしていない状態。

魔法で回復していたとしても、そもそも受けているダメージが大きすぎて、無茶が続いて限界だった。

怪物達は、『これ以上、貴方を苦しめたくない』と首を横に振る。

 

「ぼ、僕は・・・苦しくなんか・・・痛くなんか、ない・・・!」

「それによ、オレっち達は、そんなズルするみたいなことで、夢を叶えたいわけじゃ、ねえんだ」

「・・・・・」

「それに、そのベルっちの指す場所にはベルっちみたいな人間はいるのか?」

「・・・わからない」

「だろう?なら、駄目だ」

 

ベルっちみたいな、アーディっちみたいな人間に出会った。

嬉しかった。

触れ合えた事が。

話し合えたことが。

だから、欲がでてしまった。

 

「・・・ちゃんと、認められて、地上に出たい。いつになるか、わからなねぇけどよ」

「・・・・ぐすっ。ダンジョンに戻ったら、死ぬかもしれないん・・・ですよ?」

「そんなの、ベルっち達だって一緒だろ?オレっち達と何らかわらねえよ」

 

断られることは、わかっていた。でも、断らずにそのまま、壁を越えて欲しかった。

耐え切れず、決壊する涙。

何度も何度も、嗚咽し、両腕で乱暴に涙を拭う少年。

たまらず、しゃがみ込んで、肩を揺らす。

それでも、怪物達は境界線を越えない。

雪と一緒に、涙が石畳に落ちては濡れて、消えていく。

 

「僕は、貴方達に・・・死んで欲しく・・・なっい・・・!もう、傷ついてほしく・・・ない・・・!」

「もう狩猟者に襲われるなんてことはねえさ」

「あの壁を・・・・越えて!僕は、僕は悪人でいい!」

「いいや、それは駄目だ。そんなのはズルだ。どれくらいの時間になるか分からねえ、それでも、オレっち達はちゃんと認められて夢を叶えたい」

「・・・ひっぐ・・・あ・・あぁ・・・!」

「泣かないでくれ、ベルっち。別れは笑顔でしようぜ。じゃねえと、もう会えないみたいじゃねえかよ」

 

怪物達は、二カッと笑って、『同胞』と別れを惜しむように、天に向かって吠える。

 

「ベルっちは、『英雄』ってやつみたいだよな・・・すげぇよ、ホント。」

「我等ノタメニ、狩猟者共ト戦ッテクレタ事、感謝シテイル」

「「ありがとう」」

「・・・う、あぁ・・・!」

 

イヤだ、イヤだ!!と家族と別れるのを嫌がる小さな子供のように駄々をこねるように首を何度も横に振る少年。何度も何度も、ポタポタと滴が落ちる。

また、またあんな辛い目にあうくらいなら、壁を越えた世界へと行って欲しかった。自分が悪人に、人類の敵と言われても構わないくらいには。

 

「だからよ・・・そうだな、また、会おうぜ」

「我等ハ、我等ノ『家』ニ帰ルノダ」

「だから、レイから伝言だ。『また宴をしましょう』ってよ」

 

火を囲んで、宴をしよう。

小さい頃の光景が、思い浮かぶ。

ピクリと動きを止めて、怪物達に目を向ける。

 

「・・・・また、会える・・・?」

「ああ。だから、ベルっちも生きてくれ。死なないでくれ。ちゃんと、家族の元に帰らなきゃ駄目だ。」

 

リザードマンは、胡桃色の女神を指差す。

どうして、彼等が少年の女神を、家族を知っているのかはわからないが、指を刺して、『あそこがお前の帰る場所だ』と言う。

少年は、流れる涙を、嗚咽交じりに拭って女神を見つめれば、女神は優しく微笑んでいた。

勝手なことをして、怖くて怖くて、帰れなかった、帰れなくなってしまったのに、いつものように、微笑んでくれていた。

そして、リドはさらに胡桃色の女神と反対側を指差す。

そこには、竈の女神がいた。

 

「・・・ヘスティア、様?」

「ベル君!【怪物との友愛(モンスターフィリア)】は終わりだぜ?みんな帰る!君も帰るんだ!家族の元に!!」

 

怪物との友愛(モンスターフィリア)】、きっと人々の耳には、とっくの前に終わった【怪物祭(モンスターフィリア)】と聞こえていることだろう。これはその催しの1つに過ぎないのだと。

 

「アストレアのところに帰れないって言うんなら、君は僕の眷族(ファミリア)にするぞ!?」

「え」

「そしたら僕の派閥は将来安泰さ!稼ぎ頭ができるわけだからネ!」

「・・・タダ働き?」

「うぐっ・・・け、眷族になれば関係ないさ!」

「僕は・・・僕、は・・・」

 

帰っていいの?

その言葉が、詰って言えなかった。

何度も女神を、異端児達を見て迷子の子供のように迷う。

アストレアは何も言わず、ただ微笑んで見つめている。本当なら自分で言ってやるべきだと思うが、きっと、『ヘスティア』だからこそ少年に届く言葉があるのだろうと、適任という言葉はどうかと思うが自分が言うのと彼女が言うのとではどこか違う気がしたのだ。

 

――ベル、貴方は

 

「ベル君、君は・・・どうしたいんだい?」

 

どうしたいか?

決まってる。決まっている。そんなものは、決まっている。

 

5分経過。

雪が頬を伝っていく。

 

 

「・・・・帰りたい」

「聞こえない」

「帰りたい!」

「もっと、はっきり言えよ!!」

「アストレア様の所に、帰りたい!!僕は、家族のところに、帰りたい!!」

 

みっともなく泣きながら、自分の思いを、罪悪感だらけの胸を押さえて叫んだ。

 

「なら・・・帰るんだ。オレっち達も、『家』に帰るだけだ。」

「我々ハ、堂々トソコカラ『(ダンジョン)』ニ帰ル」

「自分の家に帰るのに裏口から入らきゃならない理由なんてねえからよ。だから、また会おうぜ」

「・・・・・」

 

涙を拭って、立ち上がって、空を見上げて、喉を引く付かせながら深呼吸をして、怪物達を見つめて

 

「・・・わかった。また、会いましょう」

 

そう、返す。

怪物達は鳴く。泣く。

少年もまた、泣く。

 

そして、リドは―――蜥蜴人(リザードマン)は、手を差し出した。それは、いつか少年からした『握手』。

こんどは、彼等の方から。

 

「ベルっち」

「?」

「握手」

「ん」

 

躊躇いなく、握手する。

境界線の上で、誰もが目を見開いてする『怪物と人間の握手』。

 

「じゃあな、冒険者。生きろよ」

「うん、またね・・・蜥蜴人(リザードマン)

「サラバダ・・・・異端の同胞(ベル・クラネル)。貴様ノ身ニ何カアッタノナラバ」

「今度はオレっち達が助けに行く」

「うん、わかり、ました・・・石竜(ガーゴイル)。さようなら」

 

 

これにて、【怪物との友愛(モンスターフィリア)】は幕を閉じる。

手を離し、怪物達が立ち去るのを見守る迷子の少年もまた、彼等が帰ったならば帰るだろう。

今の家族の元に。

けれど、彼等は一向に動かなかった。不審に思っていると、彼等は少年の後ろを見るように指を指す。

それは、メインストリートの端を氷の壁で覆った1本の道ができていた。

 

 

 

『さぁ、舞台は整えたぜ愚者(フェルズ)

 

と神ヘルメスが、今は人造迷宮(クノッソス)の中にいるであろう愚者(フェルズ)に向かって言う。

愚者(フェルズ)からの依頼。それが、【名無しの異端児(ネームレス)】とベル・クラネルとの戦闘の舞台を整えることだった。だからこそ、わざわざ異端児から敵役を作り出す必要がなかった。

 

 

 

「あー・・・ただ、あれだ。」

「?」

「最後によ、ベルっちに、会いたいって奴がいてよ・・・・そいつの願いは、ベルっちにしか、叶えられないみたいだからよ、できるなら、叶えてやって欲しいんだ」

 

何かわからず、困惑していると、遠くから、ドスン、ドスンと音を鳴らして近づいてくる影が現れる。

それは、大きかった。

それは、屈強な肉体を持っていた。

それは、2本の角を有していた。

それは、1つの大戦斧と1つの魔剣を持っていた。

それは

 

 

「・・・ミノタウロス?」

 

目の前まで歩いてきたソレは少年にマジックポーションを投げ渡す。

そして、静謐な時間が流れる中、

 

「―――名前を」

 

漆黒の怪物は、ゆっくり口を開いた。

 

「名前を、つけてほしい」

 

10分経過。

 

発した人語も、外見に似合わぬその口振りも、ベルを驚きに染めるものだった。

低い声。

どこか『武人』というものを彷彿させる、静かな語調。

唖然とする少年が何も言い返せずにいると、怪物は言葉を続ける。

 

「夢を」

「?」

「ずっと、夢を見ている。」

 

疑問に首を傾げるベルを前に、独白するように言葉が紡がれる。

 

「たった一人の人間と戦う、夢」

「・・・」

「泣きながら恐怖と戦い無様に武器を振り回し、自分のことなど見てはいなかった。・・・それでも立ち上がり、血と肉が飛ぶ殺し合いの中、最後の最期に意志を交わした、あの瞳を、あの輝きが頭に焼きついて離れない・・・自分にとって最強の好敵手」

「!」

 

ベルは目を見開いた。

『夢』というその単語を聞いて真っ先に蘇るのはリドとの会話。

 

『今は1人で『深層』で武者修行してる。何ていうかよ、『今度こそ、ちゃんと戦いたい相手がいる』って言ってんだよ。そいつ』

『ちゃんと?』

『あぁ。あいつの前世って言えばいいのか・・・まぁ、記憶の中によ、怯えながら、泣きながら戦う奴がいたんだってよ。そいつは自分のことなんざ、ちっとも見てなくてよ。最後の最後にやっと目を合わせただけなんだとだから今度こそ、ちゃんと向き合って、戦いたいんだとよ。

叶うといいよな、あいつの夢。』

 

 

初めて1人で戦った、あの時の憧憬。

初めての『冒険』、命を賭した攻防、恐怖に飲まれ、無様に剣を振るってそれでも最後に互いの全てをぶつけ合った怪物との激戦。

 

「再戦を――自分をこうも駆り立てる存在が、いる」

「―――まさか」

「あの夢の住人と会うために、今、自分はここに立っている」

 

怪物は己の存在理由を語った。

胸に秘める想いを、生まれ変わるに至った強烈な『願望』を。

人類への羨望でもなく、地上への憧れでもない、たった一人の宿敵をもとめてやって来たと。

 

「自分は『名無しの異端児(ネームレス)』・・・」

「名前が・・・ない?」

「その存在と再開した時、その夢の住人に()()()()()()()()()を与えてもらいたかった」

 

だからこそ、自分で名を持たなかった。

 

「夢の住人は『炎』を持っていた。だから・・・というわけではないが、自分の手には『雷』が」

「―――魔剣?」

「どうか―――名を。そして、名を聞かせてほしい」

 

名を与え、少年の名を、好敵手の名を聞かせてほしい。

それに対して、少年は何度も目の前の雄牛を見てマジックポーションを飲みながら頭を回す。

 

「ミノタウロス・・・『雷』・・・・『あの輝き』・・・輝き・・・『光』・・・ミノス将軍・・・」

「違う」

 

お気に召さなかったらしい。

 

「えっと・・・『雷』・・・『光』はコウとも読むから・・・『雷公(いかずちこう)』・・・」

「・・・はぁ」

 

溜息を疲れた。ちょっと悲しい。

 

「うーん・・・『雷公(いかずちこう)』・・・いかずち・・・らい・・・こう・・・『雷光』・・・」

「!」

 

何か、ピン!と来たらしい。

なら、やろう。

あの時のように。

 

少年は銀の槍の石突を地面に叩きつけ、音を響かせる。

周囲からは、『また何かが始まる』というどよめきが一掃高まる。

アマゾネスの少女が、『バーチェ、バーチェ、こっちこっち!』と言いながら何とか見える場所へと行こうとする。

 

少年は息を吸って、はじめる。

 

 

演じる演目は、『アルゴノゥト』。

不相応な望みを持ち、幾多の思惑に翻弄され、それでも愚者を貫いた、一人の道化の物語。

なし崩し的に雄牛から王女様を救った喜劇の英雄。

 

 

「スゥ―――【我が名はベル・クラネル!正義を司る女神の眷族が一翼!そして、ミノタウロスよ!その耳を澄ましてよく聞け!お前の名は【雷光(アステリオス)】!」

 

天から天啓が降りるように、雪が少年に触れると、【乙女ノ揺籠】のもう1つの効果である『雷』が付与される。

 

「―――ッ!」

 

この時を持って、【名無しの異端児(ネームレス)】は消え去った。

新たにこの場で生まれるは、【雷光】を冠する名【アステリオス】。

 

「【再戦を望むか我が敵よ】!」

「――ォオオオオオッ!」

「【私との再戦を望むか、我が敵よ】!!」

「――ォオオオオオッ!」

「【だがしかし!許してほしい!今の私はもはや限界!1対1で戦うだけの、1人で戦えるだけの力がない!やはり私は弱者(わたし)らしい。誰かに支えてもらわねば碌に戦えない!】」

 

今の少年に、全力で戦えるだけの体力はもうない。

マジックポーションを飲んだからと言って全快するわけでもない。

復讐者(スキル)による反動がある以上、ハンデをかけているも同然。

 

『【――どうか貴方へ祝福を。】』

 

だから、それでも、誰かに支えられるのが、今のベル・クラネル。

その祝詞を聞いて、1人と1体は笑みを浮かべる。

1人は来てくれたことに。

1体はそれでも構わないと。

 

「【本当に申し訳なく思う!――だから、約束しよう!次こそは、私1人の力で貴方と渡り合って見せると!我が宿命よ!我が好敵手よ!】」

「――ォオオオオオオオオオ!」

『【ウチデノコヅチ】!』

「【神々よ、とくとご覧あれ! 雄と雄の悲喜こもごも、笑いに満ちた勇壮なる戦いを!】」

 

冒険者は手を握り締め

英雄譚好きな少女は笑みを浮かべ

神々は胸を震わせる

 

 

少年は背から狩猟者から奪い取った赤い槍を左手に持ち、2本の槍を構える。

それは決して彼の喜劇の英雄とは違う形だが、そんなものは些事だ。

 

 

「再戦を!」

「――再戦を!」

「「再戦を!!」」

「【――さあ、冒険をしよう】!」

「ォオオオオオオオオッ!!」

 

 

雄牛は両戦斧を、魔剣を構える。

両者共に眦を決して、叫ぶ。

 

 

「【――勝負だ】ッ!!」




ベル君装備

アルテミスの戦闘衣装
リトルバリスタ(雷の魔剣)※オリオンの矢で使っていたもの。1発
直剣型魔剣(炎属性)
右手:狩人の矢(銀の槍)※オリオンの矢でアルテミスが出した槍のレプリカ。椿とヴェルフの合作でフロスヴィルトの槍版
左手:狩猟者の赤槍

登録魔法
・ライトバースト
・エアリアル

状態:復讐者の負担が消えてないので体が重い。魔力が枯渇寸前だった。

アステリオス
満身創痍じゃない。
修行帰還が短いので正史と比べると少し弱い。
それでもアステリオスが強いのと、無理を言っているのはわかってるのでサポート魔法をかけられるのも承知の上。




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