兎は星乙女と共に   作:二ベル

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光よ!螺旋となりてっ!!






美神様、自分がいる真下の広場で戦うベル君を見て大はしゃぎ。侍女頭さん大困惑。


ロンリーラビット-10-

炎雷の槍(ファイア・ボルト)ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 

 

突貫。

発走した少年に、女神が、ファミリアが、誰もが彼の勝利を祈った。

両者共に石畳を爆砕し、熱波で焼き焦がし、冒険者と猛牛は己の身を最強の弾丸に変える。

轟き渡る咆哮に息を呑む人々、神々、冒険者。

疾駆と驀進が互いの間合いを一瞬で零へと変え、決着の一撃を解放させた。

 

炎雷の弾丸となった少年の槍が、敵の紅角にぶつかり合う。

 

 

「づぅぅああああああああああああッッ!!」

『ォオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 

瞬間。

少年の炎が、風が、雷が、敵の紅角に打ち砕かれるのを捉えた。

 

槍を使った、前方への直進に対し敵は直進からのすくい上げ。

直後。

 

 

「――――――」

『――――グゥ』

 

敗れた。

致命的な衝撃を被ると同時、少年の体と銀の槍が天高く舞い上がる。

猛牛もまた、右腕を切断され、その腕が少年の体と同じように宙を舞う。

 

 

『―――』

 

その一瞬、オラリオから一切の音が消えた。

口から、体から鮮血を撒き散らし、衝突点の真上を昇る少年の体。

誰もがその姿を仰ぎ、青ざめ、少年の体を覆っていた炎雷が消え去るのを見た。

 

「ベル―――ッ!!」

 

口元を両手で覆う女神の時が凍結する。

空から、少年の、猛牛の鮮血が雨となって降り注ぐ。

 

 

『――ォォ・・・ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 

対して、少年の必殺を打ち砕いた怪物は右腕を失った痛みに一瞬フラつくも、勝利の雄叫びとともに()()を行う。石畳を削る急制動を敢行した後、瞬時に反転しベルの落下点へ。まさに荒ぶる猛牛のように直進し、ベルが地に叩きつけられた瞬間、その体を再び襲った。

 

 

「があぁっ!?」

 

 

横に広げられた漆黒の左腕に打撃され、再び吐血するベル。少年の体をそのまま絡め取ったアステリオスは進路方向に猛進を続け、視界正面、天を衝く白亜の摩天楼(まてんろう)へと突撃する。

 

 

「た、退避ぃー!?逃げろおおおおっ!?」

「お前等ぁ!どけどけぇ!!巻き込まれるぞぉ!?」

 

 

周囲で戦いを見守っていた冒険者が、神々が、そして摩天楼施設(バベル)の門を防衛していた【ガネーシャ・ファミリア】の上級冒険者達は、その止めることのできない無敵の突進から住民達と神々を守るべく全力で逃れた。

次の瞬間、巨塔の門と壁を猛牛の突撃が爆砕する。

 

 

「~~~~~~~~~~~~~~っ!?」

 

 

ベルを巻き込んで塔内部に侵入したアステリオスの勢いは止まらず1階の大広間、巨大な花のステンドグラスを連想させる床に、左腕を絡め取ったベルごと両戦斧を叩き付ける。凄まじき怪力の一撃は少年と床に深刻な損害(ダメージ)を与え――次の瞬間、大広間の中央部分は崩れ落ちた。

 

床と天井を破られ、地下1階のフロアに落下してしまえば、下で口を開けて待っているのは『大穴』たるダンジョンの出入り口。

 

他の異端児達でさえこんな、こんな乱暴な『ただいま!』はしないというのに猛牛はお構いなしに飛び降りる。

 

落ちる。落ちる。落ちる。

血を撒き散らせながら浮遊感に包まれ、大量の瓦礫とともに地の底に吸い込まれていく。霞むベルの視界から地上の夜の光が遠のいていく中、間もなくその瞬間はやって来た。

 

 

「ぎっっっ!?」

 

 

ドンッッ!! と

轟然と音を立ててダンジョン1階層に激突する。

背骨を起点に電撃のような衝撃が走りぬけ、ベルは一瞬気を失った。

 

 

「ゴホッ、ゲハッ・・・ッ!!」

 

喉に詰まる血液の塊を咳き込みながら吐き出し、昇華していなければレベルブーストがなければ即刻死亡しているほどの苦痛に苛まれながら、うっすらと瞼を開ける。

ガラガラとベルとアステリオスが落ちてきた衝撃で崩れた壁が、降り注ぐ瓦礫が、いつかの戦いの時のようにベルを覆い始める。

 

「ヒュー・・・・ヒュー・・・」

 

仰向けの状態から視界に映るのは、ぼんやりとした夜の薄闇と塔の門から差し込んでいる月光。

崩落と言ってもいいこの落下劇によって魔石灯は全壊したのか、塔内部は闇に包まれていた。円筒形の『大穴』に設けられた螺旋階段も、一部が壊れている。

落下直下のこの1階層にも当然のように被害が出ているのか、亀裂が入ったダンジョンの壁面に灯る燐光は弱々しかった。それこそ洞窟に差し込む月明かりのように。

 

思考もままならず、ぼんやりとしながら空気を貪るベルのもとに・・・漆黒の影が覆いかぶさる。

 

 

「ベル・・・・」

「・・・ぅ、ぁ?」

 

 

怪物の咆哮ではなく人語の声音に、目だけでそれを見た。

そこに勝者のごとく立っているのは漆黒の猛牛。

静かにたたずむアステリオスは、右腕があった場所から血を流しながら、ぼろぼろのベルを見下ろしながら言う。

 

 

「これで、一勝一敗・・・」

 

 

その言葉に、ベルは目を剥いた。

 

「―――っ」

「次だ」

 

片腕を失い、片目を潰され、全身から血を流し続ける猛牛の戦士は隻腕が持つ両戦斧(ラビュリス)を胸元まで掲げ、告げた。

 

 

「次こそ―――決着を」

「―――次、こそ・・・僕、だけの・・・力で・・・」

 

 

その言葉にアステリオスは口端を裂いて笑う。

ベルは戦いの幕引きを受け入れ、最後に

 

 

「名前を・・」

「―――」

 

戦いの前にやったやり取りを思い返すように

 

 

「貴方の名前を―――聞かせて、ほしい」

「!」

 

その意味を理解したのか、アステリオスは笑いながら返す。

 

 

「自分の名は【アステリオス】」

 

それは『雷光』を意味する名。

猛牛が見た少年の輝きと猛牛が持つ雷の魔剣から取って少年が猛牛に与えた名。

 

 

「自分をこうも駆り立てる存在に、夢の住人に会うために、自分はここまで来た。」

「―――」

 

 

瓦礫からはもう顔が何とか見えるだけの猛牛は、それでも最後に告げた。

 

 

「この名は、忘れない。――――次こそ、決着を」

 

頭上を振り仰ぐアステリオスは

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

と凱歌のように怪物の大音声を打ち上げて、ベルの前からダンジョンの先へと姿を消して去っていった。

 

 

 

 

糸の切れた人形のように、動かない体で、ぼんやりとした視界の中で瓦礫に埋もれるベル。

それまでの戦いがまるで幻だったかのように、静寂が辺りを包んだ。

 

「・・・・」

 

おぼろげな意識の中で思い浮かべるのは、英雄であり憧憬(叔父)の姿。

本気で戦っている所すら見たこともないその人が言っていたことを何故か思い出す。

 

「【いっぱい喰らって大きくなれ。より強くあれ】・・・・」

 

糧。

そういえばあの人の作る料理は美味しかった。

豊穣の女主人のあの人とどっちが上なんだろうか・・・そんなことを考えてしまった。

 

 

『ザルド、ベルをお前のような筋肉ゴリラに変えたら殺すぞ』

『待て待て待て!?俺はそんなことはしない!!体を大きくするにはどうしたらいいのか聞かれたから()()()()()()と言っただけだ!?』

『お前の食うは碌な物がないだろう』

『子供の前で怪物を食ったりはしない!?』

『叔父さんは怪物を食べるの?』

『い、いや・・・そのだな』

『?』

『いいかベル。【生】はやめておけ、いろいろとまz・・・』

『【福音(ゴスペル)】』

 

 

あの時、いったい何に対してお義母さんは怒ったんだろうか。

 

「―――ふふ」

 

今の僕を見たら、2人はどう思うだろう?なんと言うだろう?

 

『がんばったな』と言ってくれるだろうか。

『何を寝ている。まだやれるだろう、ほら、今から深層だ』なんて言うだろうか。

『この戦いを決して忘れるな』と言うだろうか。

 

それとも、一瞬でも人類の敵になろうとした僕を悲しい目で見るのだろうか。

そう思うと、胸が痛くなった。

瞼から流れるのは、涙なのか、血なのかわからないけれどそれを拭うことさえできない。

 

 

 

 

きっと、恐らく、今のダンジョンは壊れた組成の修復を優先させる。モンスターは生まれ落ちることはなく『ゴブリン』や『コボルト』など低級の怪物も音と衝撃に怯えて階層の奥に引っ込んでいるだろう。何より、自分のスキルで1階層程度の怪物なら気付くこともないだろう、とベルはまともに働かない頭の中でそんなことを考える。

 

 

「こんな僕でも・・・『好敵手』って言ってくれるヒトがいたんだ・・・よ・・・」

 

それは誰に対するメッセージなのかはわからないが。

 

迷宮都市(オラリオ)で・・・ダンジョンで、いっぱい、出会ったよ・・・」

 

ダンジョンに出会いを・・・とは言わないが、それでも、少年は出会った。それは善人も悪人も怪物も等しく。けれど、それと同じように寂しい思いが浮き上がってしまっていた。

 

「―――会いたい、なぁ」

 

あの群衆の中に、2人はいたのだろうか。

とっくに2人は死んでいるというのに、こうも『再会したい』という欲望が消えうせてはくれない。

少年は疲れ果てたのか、やがて、ゆっくりと瞼を閉じて意識を落とした。

 

 

■ ■ ■

 

 

複数の冒険者達が、ダンジョン1階層へと走ってやってくる。

虎人(ワータイガー)妖精(エルフ)人間(ヒューマン)、ドワーフ、小人族(パルゥム)・・・そして、1柱の女神。

 

 

「いた!ファルガー!エリリー!こっちに来てくれっ!瓦礫に埋もれてる!!」

「どこだローリエ!」

「こっち!こっちだ!」

「退かすわよー!!」

 

虎人(ワータイガー)のファルガーとドワーフのエリリーが少年が埋もれているであろう場所から瓦礫を退かすと見えてくるのは血で染まった特徴的な白髪。

 

 

「ごめんなさいね、アリーゼ。つれてきてもらって」

「いえ、いいんですよ。でも、内緒ですからね?まずいんですよ、ホント。神をダンジョンに入れるのは」

「わかってるわ・・・他の皆は?」

「とりあえず【ガネーシャ・ファミリア】と一緒に広場から人を掃ってます。アーディはシャクティとリオンが一緒に治療院に」

 

戦いの中、薄っすらとだけ意識を覚醒させたアーディもまたすぐに眠りにつき今は治療院に運び込まれている。『人間が怪物にされる』という前代未聞の事件は、冒険者達に動揺を与えはしたがこれもすぐに『病気のように怪物になるわけではない』と御触れが入ることだろう。【ヘルメス・ファミリア】が瓦礫から少年を救い出している中、そんな会話をする。

 

 

「ヘルメスは?」

「えっと・・・」

「?」

「キレたアスフィがボコボコにして、輝夜の前に連れ出しました。『アーディを暴走させるように命令を出しました』って言って」

「それで?」

「今回の騒動で起きた損害・・・さっきの戦闘も含めて、その修繕費とベルとアーディの治療費はヘルメス様持ちです」

「そう・・・眷族達に申し訳ないわね」

「まあ・・・その辺はファミリア内でなんとかするでしょう」

 

 

ウラノスが慎重に扱っていた【異端児】達のことも、今回の一件で大いに明るみになってしまった。ベルの魔法は別に都市の中心である必要性は特にないはずで、恐らくは『見せ付ける』ということをしたかったのだろう、とアストレアは考えた。『ベル君の願いや夢は強引にでも押し通さないと叶わないぜ?』と言いそうだが、それでもせめて女の子の体を覆う布くらいは用意しておけと言いたくなった。

 

「異端児達については?」

「切断された腕は黒犬(ヘルハウンド)一角兎(アルミラージ)がいつの間にか回収してました。」

「いや、そうじゃなくて」

 

回収して帰るなら、せめて『ベルを瓦礫で埋めるな!死ぬだろう!!』と文句を言っておいてほしい・・・と今はもういない2匹にそんなことを思ってしまう。

 

「今回の異端児達の一件は、ヘスティア様が『モンスターフィリア』と発言したおかげでガネーシャ様もそれに乗っかって『前回は問題が起こってしまったからな!これはその焼き直しだ!!さすが、ガネーシャだっ!!』と言っていましたよ」

 

住民達は空気でも読んだのか『まーたガネーシャ様か』『ガネーシャなら仕方ない』『ガネーシャ様ならモンスターも喋るよな。』『だってガネーシャだし』なんてことを言っては酒場に行くもの、帰路につくもの、冷めぬ興奮で少年の真似事をする孤児院の子供達がいた。

 

 

「たぶん、ベルの魔法・・・の効果のおかげだと思います。『安心感を与える』とかよくわからない効果でしたし」

 

「『回復』『祓う』『精神状態を回復』『雷の付与』・・・『傷つかない』・・・複数の効果が1つの魔法にってことよね?」

 

「恐らく。なんていうか、魅了みたいですね。魔法を展開してなかったら混乱を起こしているはずなのに誰一人として混乱を起こさないんですもん。驚く程度ですし」

 

「ベルは・・・ああいう顔をするのね」

「男の子してましたね。【我が名はベル・クラネル】!って」

「やめてあげて・・・やめてあげて・・・」

 

 

間違いなく、イジられる。

酒の肴にされる。

少年にとっての黒歴史だ。

でも仕方ないのだ、少年はまだ13歳。そういう言動をしちゃってもおかしくはない。

 

「子供達が『ファイアボルトォォォォ』って叫んでました」

「やめてあげて・・・」

「―――かっこよかったですねぇ」

「そ、そうね」

「アストレア様、顔赤いですよ?」

「・・・・」

 

ようやく少年が瓦礫から救出され応急処置をされ始めた。

そこで女神が少年の元に歩み寄ろうとする。

 

「貴方達、色々とありがとう」

「アストレア様・・・いえ、自分達は恩人に借りを返しただけですので」

「あとはこちらでやるわ。貴方達も疲れてるでしょうし・・・」

「ですが・・・」

「アリーゼもいるし、大丈夫よ」

「・・・わかりました。では我々は【ガネーシャ・ファミリア】と一緒に事後処理にあたります」

「ええ、お願い」

 

地上へと帰って行く【ヘルメス・ファミリア】の冒険者達を一瞥して、少年の視界に入るように膝を折ってしゃがみ込み、ゆっくりと頭を撫でてやる。

 

 

「――――あす、とれあ、さま・・・?」

「ええ、そうよ。貴方のアストレア様よ」

「こ、こ・・・ダンジョン・・・?」

「ええ、ダンジョンよ。」

「来ちゃ・・・駄目・・・じゃない、ですか」

「中々帰ってこない眷族(こども)(おや)が迎えに来ただけよ。ちょっとだけなら平気よ」

 

 

体は相変わらず動かないのか、目だけでアストレアを見るベルを微笑みを浮かべながら変わらず頭を撫で続ける。血で汚れていようが汚れようがお構いなしに。

 

「汚れ・・・ます・・・よ」

「構わないわ」

「でも・・・」

「貴方から流れる血と、私の汗、あるいは涙は何が違うというの?」

「・・・・・」

 

明滅する瞳。

またいつ意識を飛ばすかわからない。だから、これで終わりにして少年を治療院に運ぼう、そう思ってアストレアはベルの目を見て問うた。

 

 

「ベル」

「は、い」

「『正義』とは?」

「・・・・」

 

少年にはわざと『正義』について問うことはしなかったし、するつもりもなかった。ただ自由に幸せになってくれるのなら、と。今の少年にはとても難しいことだから、と。間違った行いをすればその時は、めいいっぱい叱ってやればいいと思ったから。だけど、今なら答えてくれるようなそんな気がした。

 

 

「いきなり・・・どうした、んですか・・・?何を言ってるのか、わかり、ません」

「ダメよ、ベル。誤魔化すのはダメ。じゃないと、ここから貴方を引きずって、みんなの前で問いただすわ。」

「怖いこと、いわないで・・・ください。アルテミス様じゃないんだから・・・」

「あら、アルテミスは私なんかより純真で、優しいんだから」

「優しい人は・・・お仕置きで『サソリを食わせるぞ』なんて言わない・・・ですよ」

「・・・・・食べたの?」

「食べてません」

 

 

後に『アルテミス様が、僕に【じゃが丸君アンタレス味】を作って食べさせるとか言ってたんです』なんて言葉を聞いてひっくり返りそうになるなんて、この時のアストレアは全く持って思わなかった。

 

 

――怖い脅しをしないで、アルテミスっ!!

 

もう都市から出て行ってしまった女神に文句を言いたくなった。

 

 

 

「こ、こほん。それで、ベル。【アストレア・ファミリアの眷族が一翼】って言ってくれたのだから・・・答えてくれると嬉しいのだけれど」

「変に、格好つけたのが失敗だった・・・かな・・・」

「あら、そうでもないわ。それに、私は貴方を困らせることができて、ちょっとだけ嬉しい。だって貴方ったら、寂しいくせに自分勝手にいなくなるんですもの。」

 

 

その言葉に、逃げられそうにないと察したのか少しの深呼吸の後に口を開いた。

 

 

「正義とは―――『理想(わがまま)』・・・で、『掴み取る』もの・・・だと思い、ます」

「わがまま?」

「『トロッコ問題』って・・・知ってますか?」

「ええ」

「選択は二つだけ、じゃないんです。三つに変えればいい・・・数多の答えを生み出し、手を伸ばせばいい。僕は異端児をモンスターだからと殺すことも、モンスターにされたから冒険者を殺すことも受け入れられませんでした。定められている規則を受け入れられませんでした。だから・・・えっと・・・その・・・ごめ、なさい・・・」

 

「いいのよ」

 

 

自分でも何を言っているのかわからなくなってしまったのか、少年はヘタクソな笑みを浮かべて謝罪した。けれど女神はそれを笑うことも咎める事もしなかった。

 

「誰かに、教えられたの?」

「わかり・・・ません、でも、夢を・・見たような・・・?」

「そう。」

「アス・・・トレア様」

「何かしら?」

「ごめん、なさい・・・勝手なこと、して・・・」

「いいのよ、貴方は何も間違ってないわ。謝るのは私の方。碌に助けてやることもできなかった」

「アストレア様は、悪くない・・・悪いのは、ぼ、くで、人類の、敵、だから」

 

その言葉に目を見開いてアストレアはベルを抱き上げ膝の上に座らせるように横抱きにして頬ずりをして遮る。

 

「貴方は人類の敵になんてなれないわ。」

「でも・・・」

「貴方は大勢の前でアーディちゃんを助けて見せた。救えない者を救った。怪物でさえも。」

「・・・・」

「誰にもできない偉業を貴方は成し遂げた。望む望まないに関わらず、貴方は誰にもできないことをした。少なくともそれを見ていた人たちとアーディちゃんは貴方のことを『英雄』と呼ぶわ」

 

 

本人が望もうが望まなかろうが、人々が、神々が、冒険者が、たった1人の冒険者の誰にもできない偉業を認めざるをえない。そして救われた張本人にとっては少年は間違いなく『英雄』なのだ。

 

「だから、そんな寂しいこと言わないで頂戴」

「でも、お義母さん達は、悪なのに」

「貴方はアルフィアなの?ザルドなの?」

「・・・ベルです」

「2人のことを気にする気持ちはわかるけれど、貴方は貴方よ、残念ながら」

 

唇を噛み締めて震えながら女神を見つめて涙を流し始める。

それを優しく微笑んで頭を撫でてなお、言葉を続ける。

 

 

「お腹・・・空いたでしょう?」

「―――え?」

 

それは、怪物祭でベルと再会したときに言った言葉。

 

 

「一緒に帰りましょう。ああ、でも治療院に行かないと・・・【戦場の聖女(デア・セイント)】に怒られないかしら・・・」

 

少年の体を見たあの聖女はきっと、激怒するだろう。

『ミノタウロスと殺し合い!?いったい、何をっ考えているのですかああああああああ!?』

と女神の頭の中で燃え盛る聖女様が浮かび上がる。

 

 

「帰る・・・帰って、いいんですか?」

 

少年は焦る女神を他所にそんなことを言うものだから、女神は思わず笑ってしまった。

 

「他に帰るところがあるの?言っておくけれど、ヘスティアのところになんて改宗させないわよ?」

「・・・・」

「ベルがいないと私、ベッドが広くなっちゃって良く眠れないのよ」

「え」

「みんな、騒動が起きてからベルがいなくて碌に眠れてないの」

「・・・」

「寂しいわ。寂しくて仕方ない。だから、帰って来てくれないかしら?」

「う・・・あ・・・」

 

抱きしめ返してくる少年の手が女神の衣服をぎゅっと掴む。

事実、騒動が起きてから『ダイダロス通り』の封鎖やらなにやらで動き回っていたし、本拠に帰って来ても少年がいないものだから『癒しは!?私達の癒しはどこ!?』と謎の禁断症状を出す眷族(主にアリーゼ)が出始めるほどだ。何より、女神の部屋のベッドに少年がいないものだから広く感じて抱き枕にもできず、安眠ができていないのだ。

 

 

「寂しいのは嫌でしょう?私達も、寂しいのは嫌なのよ?」

「・・・・・」

 

言葉を上手く出せないのか、パクパクさせる少年の唇に人差し指をつけてニッコリとしてやる。

少年は目を点にして、すぐに赤面する。

 

「帰りましょう?」

 

その言葉に、少年は『無理に喋らなくてもいいわ』という人差し指の意味がわかったのか、コクリと頷いた。

それを離れて見守っていたアリーゼが近寄ってきて、背におぶられ地上へと向かう階段を昇り始める。

 

 

「アリーゼさん・・・・」

「ん?」

「ごめん、なさい」

「・・・もう二度と、『僕は悪でいい』なんて言わないで頂戴。悲しいわ、そんなの」

「う、ん・・・」

 

 

それを最後に再びベルは意識を飛ばし治療院へと運ばれた。

治療院では、一時の安息を得て妙に笑顔になって喜んでいるアミッドがいたがベルの体を見て激怒した。




【アチーブメント】

・ベル君の知らないところで子供達が『ふぁいあぼるとおおおお!!』を叫ぶ光景がオラリオに加わりました。

・ティオナと一緒にいたアマゾネスに興味をもたれました。

・美の女神様が『これ、記録できないかしら!?ねぇ、オッタル!!』と無茶振りをしました。

戦績

アステリオスの右腕を切り落とした

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