兎は星乙女と共に   作:二ベル

82 / 157
磯野、野球しようぜ!お前ボールな!!


神会

「・・・・・・」

「ベル・・・その、ムスッとするのをやめて欲しいのだけれど?」

「だって・・・」

 

 

『ステイタス更新』をしてからの2日後のこと、女神と少年は手を繋いで仲睦まじく歩いている・・・はずだった。しかし、少年は今不機嫌な顔をしていた。

 

 

「そ、それよりその・・・歩くスピードをもう少し緩めて頂戴。その、体がちょっと痛いのよ」

「・・・大丈夫ですか?」

「やっぱり、みんなで雑魚寝はよくなかったわ。床が固いし・・・」

 

その日の晩、食事中に眷族達による、『ベル・クラネルと添い寝』を誰とするかという謎の論争が勃発。その理由としては少年の家出と度重なるトラブルとはいえ『あれ、最後にあの子と寝たのいつだっけ?』などと思い『今日は私が一緒に寝るわ!』から始まり最終的に『じゃあみんなでリビングで雑魚寝でいいじゃない』に片付いたのだ。固い床で寝たのだから、体が痛むのは当然のこと。

朝食時には、皆、『ベル・クラネルを補給』できた事に嬉しさを滲ませながらも『体が・・・体が・・・』と年寄り臭いことを言い、『次するなら庭にテントでも立てた方がいいわね』という結論に至った。

 

「ベルはなんともない?」

「んー・・・気だるさみたいなのはありますけど」

「若いっていいわねぇ・・・」

「そんなこと言わないでくださいよお・・・」

 

綺麗で優しい女神様が中年みたいなことを言い出すのは人生の下り坂を歩き出した人間のようなことを言うのは、なんだか受け入れがたかった。神が『ン億歳』とかもうワケワカメな時を生きているのだから少年よりも遥かに年上なのは分かっていたが、それでも少年からしてみれば『お姉さんみたいな優しい女神様』であることに変わりはないのだ。

 

 

「・・・・はぁ」

「そ、そんなに落ち込まなくても・・・似合ってるわよ?それに、ほら、『アルゴノゥト』って言われなくていいじゃない。」

「それは・・・そうかもしれませんけど」

「それに貴方、羊皮紙見せに行ってアリーゼ達にお祝いされてたのに夕食時になったら葬式みたいにどんよりしているんだもの。」

「だ、だって・・・僕が出て行ったから迷惑をかけたわけで・・・」

「その『罪悪感』を何とかするためにこうして明確な『罰』を与えたんでしょう?ベルもそれを受け入れてたじゃない」

「うう・・・・でも、でもぉ」

 

 

少年はLv.4に昇格(ランクアップ)

羊皮紙を見せに浴衣を直さずに行ったがために姉達は謎に盛り上がり、お祝いと言う名のキスの雨。少年は赤面したのち気絶した。嫌ではない、嫌ではないのだ・・・少年にとって先生と呼ぶべきライラだけが『うわ、こいつらマジか・・・』という顔だったが、久しぶりにされたような気がして一気にそのキャパシティをオーバーして天元突破。少年は姉の腕に抱かれて昇天した。

 

『はふ・・・』

『あ、あれ?ベル?べるぅ?』

『ベ、ベルが死んだ!?』

『この人でなし!』

『ど、どうしよう!?』

『ア、アストレア様にキスしてもらえば生き返るんじゃないかしら!?』

 

姉達は大混乱であったそうな。

その後目を覚まし夕食時になると姉達は可愛い弟を気絶させてしまったことで御通夜のような空気に。少年はその空気から『自分のせいだ・・・』と家出したことやら諸々を思い出して罪悪感に押しつぶされ、ションボリ顔に。そのなんともいえない空気が化学反応を起こし【アストレア・ファミリア】団長が空気を明るくするためのイベントかつ、罪悪感で落ち込んでいる少年から罪悪感を払拭するために『罰』を与える事にした。

 

『ベル、貴方に罰を与えるわ・・・約束、してたものね?』

『・・・うん』

『罪悪感でそんな顔する貴方なんて見たくないわ。だから、罰がいると思ったの。いいかしら?』

『あい、まむ』

『・・・私、あなたのママじゃないわ。それは嫌。だってママはベルと婚姻できないじゃない』

『?』

『あ、ううん、なんでもない、こっちの話。』

『コ、コホン。それで・・・そうね、前に何をさせるかって言ってたの覚えてる?』

『・・・・女装』

『・・・ふひ』

『ふひ?』

『な、なんでもないわ!』

 

 

少年は『次、無断外泊したら女装』というのを覚えていた。

だから頭の中では『アリーゼさん達の服を着せられるんだろうなあ』ぐらいに思っていたのだ。

 

 

「―――だと思ってたのに」

「に、似合ってるわ。素敵よ?」

「僕を助けてくれると思ってたアストレア様までノリノリなんてひどいです!」

「ご、ごめんなさい!で、でも、ベル可愛いから・・・つい・・・」

「や、やっぱり筋肉なんだ・・・筋肉が全てなんだ・・」

「だ、だめ、それだけはダメ!」

 

 

少年は姉たちにあれこれ女物の衣類を着せられ、髪をセットさせられ・・・玩具にされ、最終的に女神がなぜか用意していた少年にピッタリなサイズの肩出しの白シャツに赤いスカート、紐のついたカチューシャをつけられ、髪を少しばかりウェーブさせられ【ベル子ちゃん】にされてしまっていた。眷族達も満場一致で女神のセンスを褒め称えた。

 

『きゃー!さすがアストレア様!』

『眷族になってよかった・・・!』

『来世でもついていきます!』

『いつから用意していたのでございましょうか?』

『ベル、とっても似合ってるわ!明日はそれで1日過ごす事!勿論、引きこもるのは禁止よ!』

『いや、まずギルドに昇格(ランクアップ)の報告があるだろ』

 

女神は自分のセンスを褒められてどこか誇らしげに。少年は『悪いことしたんだし、それで許してくれるなら・・・』と思ってはいたものの、実際やってみると内心ショックを受けていた。唯一味方してくれる女神が何なら割りとノリノリだったことに。

 

 

「叔父さんが言ってた・・・僕を背中に乗せて腕立てしながら『いいか、ベル・・・筋肉が全てを解決してくれる。筋肉だ、筋肉が全てだ。故に、肉を喰らい限界まで鍛え上げろ・・・』って」

 

女神は心の中で喚き散らした。

 

『純粋な子供に余計なことを教えないで!!』と。

案の定、その話を洗濯物を取り込んで通り過ぎようとしたアルフィアが聞いてしまい『ザルド、覚悟はできているな?』『い、いや待てアルフィア、こ、これはだな・・・』『【煩い(ゴスペル)】』と、まるで浮気現場が見つかったときの修羅場のような空気からの【福音(ゴスペル)】をお見舞いされたらしい。

 

 

「『体は筋肉で出来ている。血潮は鉄で心はマッスル。幾たびの筋トレを越えて不敗・・・・』」

「待って、待ってベル。ザルドに変な教育されてない!?ゼウス・ファミリア式の教育って筋肉ばかりなの!?ねぇ!?帰ってきて!?」

 

ブツブツと謎の呪文を唱えるベル子ちゃんを揺さぶる女神は相当焦っていた。

『ゼウス・ファミリア式の教育ってどうなっているのだろうか。この子の実母は預ける相手を本当に間違っていないだろうか』と。

 

「・・・だ、だって、アストレア様、僕のこと男として見てくれてないじゃないですか・・・」

「そ、そんなことないわ!? た、ただその・・・あれよ、ギャップがいいのよ」

「ぎゃっぷ?」

「そ、そう! 普段はそんなことないのに、たまーに見せる格好いいところがぐっとくるのよ!」

「で、でも・・・・」

「そ、それに、筋肉でゴツゴツしたら私、ベルのこと抱き枕にできないわ・・・今の貴方が丁度いいのよ」

「う、うーん・・・」

 

なんとしても『筋肉ゴリラ』を回避すべくアストレアは必死にベル子を言いくるめる。

ベル子は意外にも、いや、かなり・・・チョロかった。

 

 

「それに、みんなにも抱きしめてもらえなくなるわよ?」

「そ、それはいやです!」

「でしょう? 華奢な体格でも格好良さは引き出るものよ」

「そうなんですか?」

「そうよ?だから、今のままでいて頂戴?ね?」

「・・・・はいっ!」

 

 

よしっ。と女神はベル子に見えないようにガッツポーズ。これで心の平穏は守られたのだ。良かった、実に良かった。よく頑張ったわ私、さすが女神ね。謎の感動に女神アストレアは包まれベル子と繋ぐ手を自然と指を絡め所謂『恋人つなぎ』へと変えていた。

 

 

「・・・・それに、ほら、私が選んだのが一番だったでしょ?みんな、変なところを選びすぎなのよ」

「輝夜さんと春姫さんは着物とか浴衣とか甚平でマシでしたけど・・・リューさんが一番おかしくなかったですか?」

「そう思うわよね?私も意外だったわ。ああいうのってアリーゼが選ぶと思ったのだけれど」

「バニーって・・・」

「そうよねえ・・・どこに仕舞っていたのかしら」

「それにアリーゼさんは、どうしてお義母さんが着てたのと瓜二つのドレスを持ってたんだろう・・・。着て鏡見て思わず泣いちゃいましたよ」

 

 

リューは何故かバニー衣装。

アリーゼはどこから調達したのか、アルフィアが着用していたのとほぼ同じデザインのドレスを用意していた。

ドレスを着たベルは鏡を見て崩れ落ちて泣いた。

 

『僕は・・・こんな再会を望んでない・・・っ!』と。

 

そこまでショックを受けると思ってなかったアリーゼはそれはもう謝りまくった。

ちなみにリューはベルがおねだりをしまくって逆にバニー衣装を着せられていた。しかし悲しいかな。アリーゼ達ほどないその胸部パーツから果実の先端がチラリと見えてしまっていた。

 

 

「さて・・・ギルドに着いたしベル、報告してらっしゃい」

「ついて来てくれないんですか?」

「いくわよ?でも、報告するのはベルの口で。わかった?」

「はーい」

 

 

本日は神会(デナトゥス)

その土壇場での『昇格(ランクアップ)の報告』、つまりは、ギルド職員を泣かせに来ていた。

 

 

■ ■ ■

 

 

「エイナさーん」

「はいはい・・・アルゴノ・・・・って、ベル・・・君?ちゃん?あ、あれ?」

「・・・・エイナさん、『昇格(ランクアップ)の報告』に来ました。どうぞ、お納めください。」

「ご、ごめん!ごめんね!?お、怒らないで!?」

「いいですよいいですよ、どうせ・・・どうせ・・・」

「ごめんってばぁぁぁあ!?」

 

 

アストレアに見守られながら、ベルはエイナに昇格(ランクアップ)の報告をする。

後ろでエイナの同僚のミィシャが書類をひっくり返していたが、誰もが周知の事実。『ああ、うん、してるよねそりゃ。あんなことしてたら』ということである。

 

 

「いーい、ベル君?死んだら全部お仕舞いなんだから、命を大切にしないとダメだよ?」

「はあい」

「君はただでさえ危なっかしいんだから・・・あんまり、アストレア様に心配かけちゃダメだよ?」

「・・・反省してます。この姿を見てください」

「う、うん・・・似合ってる・・・すごく。それ、罰だったり?」

「はい・・・僕、もうお嫁にいけないです」

「大丈夫、君のファミリアのお姉さんが貰ってくれるから、うん」

 

 

アリーゼが胸を張りながら『安心しなさいベル!私がもらってあげるから!ばちこーん☆』と言っている姿が当然のように浮かんでいた。まあそもそも君は男の子だから、嫁じゃないけどね?と言いたかったが黙っておくことにした。

 

「うん、うん・・・なるほどなるほど・・・うん。今回も君の情報はお蔵入りかな?見ている人が大勢いたとはいえ、書けないよさすがに」

「ごめんなさいね、いつもギリギリで」

「い、いえ!?気にしないでください! みんな今回に関しては察してくれるでしょうから・・・!」

「じゃあ、よろしくおねがい。ベル、私はそろそろ行かないとだから・・・貴方は鍛冶師君のところに行くでもいいし、迷宮(ダンジョン)に行かないなら自由にしてくれて構わないわ」

 

『こんな格好で、ヴェルフのところに行ったら笑われますよ』と口を膨らませて女神に反論する少年の頭を一頻り撫で回して、女神はバベルの30階へと向かって行った。

 

 

 

「と、ところでエイナさん・・・」

「どうしたのベル君?まだ何かある?」

「えっと・・・その・・・外の広場・・・」

「?」

 

やけに煮え切らない。

何かあったのだろうか?とエイナは首を傾げてベルが言いきるのを待っていると、プルプルと震えだして口を開いた。

 

 

「僕の槍・・・何か、記念碑みたいに突き刺さってるんですけどぉ!?」

「・・・・あ」

「きっと!ヴェルフあたりが回収してくれてるんだろうなあって思ってたのに!!ここに来る途中、見ちゃったんです!なんですかあれ!?あれじゃまるで『選ばれし者だけが抜ける剣』みたいじゃないですか!?」

 

 

ベルはギルドに入る前に、見てしまったのだ。

アステリオスとの最後の攻撃の後、槍がどこかへ飛んでいったと思っていたのに、ギルド前の広場に記念碑のように突き刺さっているのを。人だかりができていないのが救いだが、それで目立つために、抜くに抜けなかったのだ。

 

 

「い、いったい、いったい誰があんなことを!?」

「い、いや、違うんだよベル君!?あれは誰かが刺したとかじゃなくって奇跡的にああいう風に空から落ちて突き刺さってたの!」

「回収してくれてもいいじゃないですか!?」

「じ、自分の武器でしょう!?自分で管理なさい!」

「そ、そんなぁ!?」

「ほら、行った行った!お姉さん、これでも忙しいんだからね!?」

「うぅぅぅ・・・・」

 

トボトボと白髪とスカートを揺らして歩いていく少年(?)を、『ごめんね・・・本当にああなってるだけなんだよ』という眼差しで見送ることしかできないエイナであった。

 

 

■ ■ ■

 

 

トボトボと、女装しているせいかからかわれないことに複雑な気持ちで安堵する少年はどうやって槍を持ち帰るかを考えていた。猛スピードで抜き取って走り去るか、堂々と抜き取るか・・・はたまた『選ばれし者』のように・・・と考えて、そんなことしたら余計、泣かされる!!と思い至り悶絶。

 

 

「・・・・ベル?」

「!」

 

しかし、救いは現れた。

槍に近づいていくベルの後ろに金髪、金眼の少女――アイズ・ヴァレンシュタインがいた。

 

「えっと・・・大丈夫?誰かに苛められたの?」

「僕は今、オラリオと戦ってるんです・・・」

「て、敵が・・・大きい、ね?」

「これがもしかしたら、ラキアの気持ちなのかもしれません」

「う、うーん・・・?」

「アイズさん、見ててください・・・僕はやりとげなきゃいけないんです」

「わ、わかった・・・!勝利の暁には、じゃが丸君を食べに、行こう・・・!奢って、あげる・・・!」

 

謎の臨場感を持って話す2人を邪魔するものは何故かいなかった。

ダンジョン帰りのアイズは槍を手に掴み取ろうとするベルの後ろで真剣な眼差しで見つめていた。それはさながら、御伽噺の『選定の剣』を抜くワンシーンを彷彿とさせていた。しかし、そこに天誅を下すべき怨敵が現れる。

 

 

「やぁやぁベル君じゃないか!」

「・・・ッ!」

「って、何をしているんだい?」

「あ、ヘルメス、様・・・えっと、神会(デナトゥス)ですか?」

「ああ、そうだぜ?ベル君の二つ名がどうなるか気になってね」

「・・・・」

 

 

メキメキ・・・バキバキ・・・と地面から槍を引き抜こうとする力を出すベルを他所にヘルメスはアイズとお喋り。ふと、ヘルメスの後ろにいるアスフィと目があったベルはアイコンタクトで『危ないので離れててください』『・・・殺すのだけはご勘弁を』『任せてください・・・痛いのは最初だけです』『そういうことではなく!』とやり取りをかわし、アスフィがスススッ・・・と離れたところで

 

 

「――ヘルメス様、野球しませんか?」

「お、タケミカヅチに教えられたのかい?極東の遊びだったかな?いや、別の名前もあったな?まあいいさ、孤児院の子供達とするのかい?いいぜ、付き合うとも」

 

「ヘルメス様がボールですよ!」

「・・・へ?」

 

バキッ!!とついに石畳を割り槍を引き抜き!そのままヘルメスへとフルスイング!!

ヘルメスの腹に槍の太刀打ち部分が食い込んだ!!

 

 

「ぐっほああああああああああああああああああっ!?」

 

 

奇妙な悲鳴を上げたヘルメスは、そのまま空高く飛ぶわけでもなく石畳を転がり去っていった。

アスフィは眼鏡をクイっと上げ、ベルはやりきった様に汗を拭い揃って言う。

 

 

「「悪は去った」」

 

「・・・え!?」

 

アイズだけが、状況についていけなかった。

2人は向かい合い良い顔をして握手。

 

「ナイス、バッティングです。ベル・クラネル・・・それと、今回の件は申し訳ありませんでした」

「アスフィさんは悪くないです!悪いのはヘルメス様です!ローリエさん達にもアスフィさんを悪く言わないでほしいと言われてたので!」

「そうですか・・・体の具合は?」

「ばっちりとは言えないですけど・・・普通に生活する分には。」

「それは何より。ああ、そうだ。これを渡そうかと思っていたのです」

「・・・・これは?」

 

 

アスフィがポーチから取り出したのは手の平に収まるサイズの木箱。

その中には透明な硝子のような水晶のような物が入っていた。

 

 

「貴方がアーディを助けた時に、灰になった怪物が2体いたでしょう?」

「・・・・はい。えっと、リドさんがあの2体は異端児じゃないって言ってましたよ?」

「ええ。それで、その魔石が貴方の魔法の影響なのか浄化されてしまっていて・・・調べさせてもらったんですよ」

「?」

 

 

アスフィはベルがアステリオスと戦っている最中に透明になった魔石2つを回収しそれを解析。

結果は

 

・魔石製品としての利用は不可能。

・↑のため換金しても1ヴァリスにもならない。

・貴重な資料としては価値はあるため交渉次第でその手の分野に高値で交換できる。

・魔石そのものはベルの魔法の影響なのか、『破邪』の効果を付与した状態になっていた。

 

 

「えっと、つまり?」

「まあ・・・ちょっとした『お守り』のような魔道具化してしまっている。ということです」

「?」

「これを身につけていれば恐らく、呪詛や状態異常の影響など受けないのでは?」

「おお・・・」

「まあ、そういう類の魔法よりも劣るのであくまでも『お守り』程度だと思ってもらえれば。当事者であるアーディと貴方にお渡ししておきます。処分するなり加工するなりはご自分で判断してください。」

 

 

魔石を渡して話すことも話したアスフィは『昇格(ランクアップ)おめでとうございます』とだけ言って、ヘルメスが吹き飛んだ場所へと歩いていった。

取り残されたベルとアイズは、2人でその魔石を眺めてはじゃが丸君の屋台に向かって食べ歩きを始めていた。

 

 

「えっと、ベル・・・体はもういいの?」

「はい、もう大丈夫ですよ・・・すこしだるいですけど」

「そっか。良かった、ね。その魔石、どうするの?」

「うーん・・・どうしたらいいんだろ。」

「小指の・・・えっと第2関節くらいまでの長さだし身につけるなら、ネックレスみたいに穴あけて紐通してもらったらいいと思う」

「うーん・・・アストレア様にあげたら喜ぶかな」

「ベルは、本当にアストレア様が好き、なんだね?」

「・・・・えへへ」

 

 

 

■ ■ ■

 

 

オラリオ中央にそびえる摩天楼施設『バベル』。

その30階の大広間は、いつにない喧騒に包まれていた。

神会(デナトゥス)』である。

暇を持て余した老若男女の神々がこぞって出席し、名ばかりの諮問機関を開催させようとしていた。

 

「前回の神会(デナトゥス)から結構間あったなー」

「ちょうど開催時期にイケロスがやらかしたからなー」

「ドタバタしてて神会(デナトゥス)どころじゃなかったじゃーん」

 

3ヶ月周期で行われる神会(デナトゥス)もまた『異端児』を巡る事件によって割を食っていた。都市の事情によって延期を重ねていた神の会合に、出席者達は待ちわびたとばかりに声を弾ませている。何故か意味のない柔軟運動をする神々もいるほどだった。

 

 

 

「おい大変だ!女装したアルゴノゥトが突き刺さった槍でヘルメスを吹き飛ばしたぞっ!!」

「「「な、なんだってぇぇぇ!?」」」

 

ゴンッ!!

 

女神アストレアはさっき離れたばかりのベルがやらかしたのだと気付いて思わず机に突っ伏してしまった。

 

―――あ、あの子は何をしているの!?いや、ヘルメスに対して思うところがあるのはわかるけども!?殺してないわよね!?そうよね!?

 

 

女装していればからかわれない。それは確かに周りにはたぶんバレていない。しかし神々は別だった。あっさりとバレていた。

50人掛けは可能な巨大な円卓の一角で、アストレアはダラダラと変な汗を流しては微笑を引くつかせていた。ロキのやらかしについては、アイズからリヴェリアに報告が行き、Lv.6の力を持って『お尻ぺんぺん』を喰らわせられたらしくロキ本人は生まれた小鹿のように足を震えさせて神会(デナトゥス)に来ていた。また、ヘルメスのしでかしたことについては思うところはもちろんあるから、今回問い詰めてやろうかと思っていたらまさかのさっき別れたばかりのベルが吹き飛ばしたと走ってきた神が大声で報告してきていた。

 

 

―――アルフィア、どうしよう・・・優しいベルが最近苛烈さを持ち始めている気がするの・・・

 

 

天にいるであろう彼の義母たるアルフィアは『ふっ、よくやったベル』なんて微笑んでいそうだが、そうじゃないのだ。本当に神殺しになってしまったら困るのだ。

 

 

「こんにちは、アストレア・・・あんたの子がやらかしたみたいね、さっそく」

「ふ、ふえぇぇ・・・」

「しっかりしなさいよアストレア・・・」

 

微笑みをピクピクさせるアストレアを気にかけたのか、隣に座るのはヘファイストス。けれど今のアストレアは彼女の名前を呼ぶ前に『ふえぇぇ』が出てしまっていた。ヘファイストスには槍のことでお礼を言わないと・・・と思っていたのに、それどころじゃなくなってしまった。

 

 

―――帰ったら、あの子に膝枕してもらおうかしら・・・。

 

 

「俺がガネーシャだ!!もといっ、俺が今回の進行役だ!」

「いぇー」

「アーディちゃんは大丈夫なのかよ、ガネーシャ」

「うわ、ガネーシャ司会かよ、オレ帰ろうかな・・・」

「まぁ待て待て、そう早まるなって」

「よーし!このガネーシャ、色々あった都市の近況を自ら報告しよう!」

 

 

3柱の女神がやり取りをしていると、ガネーシャの声によっていよいよ神会(デナトゥス)が始まる。

もっぱらメインで話題になったのは、今回の異端児騒動。

どの神も『ええもん見せてもらいました』と・・・ほぼ男神が両手を合わせて拝んでいた。

 

 

「お母さんおめでとうございます!元気な女の子ですよ!」

「お前ふざけたことぬかすなや!ぶっ殺すぞ!?」

「あそこには神がいたんだなぁ・・・神ってあんな感じなのか。オレ、はじめて見た」

「お前も神だけどな」

「そういうお前もな」

「「ぐへへっへへ」」

 

アーディが救われたあの瞬間については、ガネーシャは号泣して何度もアストレアに『ガネーシャ超感激!!抱いて!!』と言い他の女神に物を投げられていた。

 

『冒険者が怪物に変えられる』という話題については『病気ではなく、魔道具のようなものによって変質させらえる』という形で周知し眷族達には怪しい連中を見かけたら近づかないように伝えることを忠告。

 

「にしてもあの広範囲・・・いったいどこまであったんだ?」

「都市全域だろ。月を見たか?魔法円がうっすら見えたぞ」

「発展アビリティなしでか?」

「【戦場の聖女(デア・セイント)】ができるんだ。可能性は0じゃないだろ」

「それでも広すぎるだろ。攻撃魔法じゃなくてよかったわ」

 

 

異端児については、まだ扱いに慎重にならざるを得ないのか『今回の騒動はあくまでも【怪物祭】のやり直し』を押し通していた。アストレアもベルには悪いが変に神々が面白がるよりかは、その方がいい気がしたため黙って聞いていた。もっともその件を掘り返すような神はどうしてかいなかったのだが。

 

 

「はい、では昇格(ランクアップ)した冒険者の命名式に移るゾー!」

 

ガネーシャがそう告げた瞬間、神々の目の色が変わる。

俄然うきうきし始めた彼等は、熱気を爆発させた。

 

 

「来た来たぁ!」

「待ってましたぁ~」

「今日はこれだけのために顔出した!」

 

卓上に配られるギルド作成の資料を引っ掴み、神々はぱらぱらと素早くめくり始めた。

多くの神々が手を止めて見下ろすのは最終の貢。以前の神会(デナトゥス)と同じように土壇場で情報が更新され、ギルド職員が大急ぎで資料内容を修正した、白髪のヒューマンの項目。

涙兎(ダクリ・ラビット)】ベル・クラネルである。

 

 

「連続で神会(デナトゥス)に食い込んだ眷族、初めて見たぜ」

「しかもLv.2から3,4・・・2回【ランクアップ】してるぅぅぅぅ」

「【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】も早かったよなあ。アストレア様のとこぶっ壊れてんなー」

 

さざ波のような声が円卓の随所から上がる。その全てが愉悦や喝采、そして歓喜であった。美の神は嫣然とした笑みを浮かべ、道化の神は尻を撫でては『ホンマ、すんません・・・』とアストレアに謝罪を告げる。

急成長の秘訣などと野暮な問いを発する神はこの場にはいなかった。彼等彼女等もまた、『怪物にされた冒険者』を救う光景を、あの猛牛との決戦を見せ付けられ、少年は『英雄(うつわ)』に足るとそう断じたのである。

 

 

―――本人が望む望まないに関わらず、英雄と呼ばれる事になる・・・ベルには重かったりするかしら・・・

 

 

少年は『英雄になりたい』とは言わない。むしろ大衆の前で『人類の敵になる』とさえ言って見せた所謂大馬鹿者だ。それを指差して笑うものは今更いないが、それは異端児達のおかげ・・・ヘスティアのおかげとしか言いようがない。

 

 

―――まだ、2人がいなくなってしまったことがあの子の中で膿のようになっているのかしら。

 

 

だとしたら、どうしてやるべきなのだろうか。あの子の目指す場所はどこなのだろうかと悶々としていると間もなく命名式は本格的に始動する。

 

 

「あ、タケミカヅチのところも昇格(ランクアップ)したの2人いる」

「極東っ子だ」

「やっぱ黒髪だよなー」

「ヒタチ・千草ちゃんは・・・内気だけど良妻になる香りがプンプンする」

「【比翼少女】とかどう、タケミカヅチ?」

「まあ【絶†影】よりはマシだな・・・」

 

それから命名式はつづがなく進んでいき、あっという間にベルの番を迎えた。

アストレアはいやな予感がしつつも、新参派閥じゃないのだから、と深呼吸をした。

ニヤニヤと笑う神々が誰が口火を切るか視線で牽制し合っていると、麗しの『美の神』がその瑞々しい片腕を上げた。

 

「意見、いいかしら?」

『!?』

 

―――フレイヤ?

 

ざわっっ、とたちまち神々の間で喧騒が膨らむ。

嫌な予感その1が動き出してしまった。とアストレアは緊張しつつも表情を崩さずにフレイヤを見る。

 

「なになにっ、フレイヤ様もやっぱり気になる?」

「ベル君の応援者(ファン)になっちゃった?」

「ええ、そうね。あの1件を見て、つい胸を高鳴らせてしまったわ」

 

 

―――あの1件より前からでしょう!?

 

と言いたかったが、一々荒立ててはそれこそ面倒だ。アストレアは警戒心を最大にしつつフレイヤに声を投げた。

 

 

「フレイヤ・・・貴方のことだから、私のベルにさぞ素晴らしい二つ名を用意してくれるのよね?」

「あらアストレア、そんな風に言われたら私も緊張してしまうわ。ふふっ」

 

微笑みと微笑みがぶつかり合う。その光景に男神達も女神達も気圧された。

来るか終末戦争(ラグナロク)・・・!

頬に片手を添えるフレイヤは「そうねぇ」と散々もったいぶった後、にこやかに微笑んだ。

 

「【美神の伴侶(ヴァナティース・オーズ)】なんてd「却下」・・・むっ」

 

手でしっしっと払うようにして即答で却下を投げるアストレア。

むっと頬を膨らませるフレイヤ。

 

「伴侶ですって?あの子は私のよ。あげないわ。」

「あら、ダメなの?これでもあの子とは面識はあるのだけれど」

「知ってるわよ?ベンチに座っているあの子に近づいて手を振って頭を撫でていたでしょう?まさか貴方まで混じっているとは思わなかったけれど」

「デメテル印のシャンプー・・・いいわよね」

「そうね、それは認めるわ。でも、ダメ」

「じゃあ・・・【美神の抱き枕(ヴァナティース・ピロー)】。」

「却下よ却下。だいたい貴方が抱いたら大抵の子供達は枕じゃない。何が違うのかしら」

 

フレイヤの多情はみなが知るところ、これが彼女の本気なのか冗談なのか、はたまた牽制なのかはさておき、やんややんやと円卓は盛り上がる。フレイヤの信者達は今回も神会(デナトゥス)に姿を現した美神の女王振りを見られて大いに賑わったし、なんなら2人の胸部を見ては『来るか、キャット・ファイト!』『ポロリもあるよ!?』なんてふざける男神達がいるほどだ。

 

少年の主神に即答で否定されたフレイヤは、頬を膨らませて「残念」と引き下がる。

 

 

―――引き下がらなかったら、あの子がアルフィアに伝えられたっていうこと言うわよ。ほんと。

 

アストレアは寝る前にベルと話している際に2人に何を聞かされていたのか聞いており、その中に『美の女神には近づくな』『フレイヤとかいうほぼ全裸みたいな女神がいたら、そいつに【婚活女神】って言ってやれ。万年男を捜して股を開いているらしい』とか下手したら少年の命が刈り取られかねないことを教育されていたのだ。

 

 

「ぶふっ、さすが色ボケ、警戒されまくっとるなー!!」

「あらロキ、生まれた小鹿みたいに震えて・・・痔なの?」

「ちゃうわ!」

「それで、そういう貴方は?」

「んー・・・そうやなぁ・・・」

 

嫌な予感その2。ロキだ。

ゲラゲラと笑っていたロキが、フレイヤに促され人差し指を立ち上げた。

 

 

「【演者(アルゴノゥト)】」

「ロキ、【九魔姫(ナイン・ヘル)】に言うわよ?『お宅の娘さんにうちの子が乱暴されたの。押し倒されて汚されたの』って」

「ひっ、許して!許してぇなぁ、もうお尻ぺんぺんは嫌やねん!!頼むからぁ!!」

 

『アルゴノゥト』という二つ名。それだけは何としても回避せねば・・・と思っていた。

そして、彼の英雄は『喜劇の英雄』であり『道化』を貫いた英雄だ。ならば、ロキが言うに決まっていると思ったのだ。

間もなく、先陣を切ったフレイヤとロキに続けとばかりに『アストレアママに叱られたい!』と悪乗りする神々の宴が始まった。

 

「はいはーい!【多妻兎(ハーレムラビット)】!」

「ベルくーんっ、オレだー!結婚してくれー!【祝婚兎嫁(ウェディング・ベル)】!!」

「お前今フレイヤ様とアストレア様を敵に回したぞ」「お、お2人の満面の笑みからかつてない殺気が迸っているぅぅぅぅぅぅ!!」

「うるせぇ俺の賛歌を聞け!【年上殺し兎(おねショタ・ラビット)】!!」

「年上どころか大概女神まで打ち抜かれてるんだよなあ・・・」

「【乙女の飼兎(アストレア様のぺっと)】」

「まんまじゃねーか」

「やめろよ、ベルきゅんが泣くだろ」「アストレア様が泣くだろ」

「他に何か特徴とかないのかー。別の冒険者情報とか噂とかー」

「そういえばあのガキ、あの一件の時、ギリのギリまで正体わからないようにローブ着込んでたよな。」

「【救済者(メシア)】」

「きっつ」

「【静謐(せいひつ)】とかどうよ、【静寂】のアルフィアと同じ魔法を使うんだろ?」

「ダメだろっていうか、あの子は別に静かじゃないとダメってわけじゃねーよ。割と賑やかだぞ」

「じゃあじゃあ、俺達を痺れさせた【炎雷の槍(ふぁいあぼると)】はどうよ!?」

「必殺技だから、なし。しかもあれ、合体必殺技っぽいぞ」

「まじか。コマンドは?」

「知らん。わ○っぷに聞け」

「怪物助けるためだけに『人類の敵になる、僕は悪で良い・・・』って言っちゃってたもんな」

「つまり?」

「ベル君は・・・人でもモンスターでも・・・さらには神々でもイける・・・?」

「【総受け(オール・オッケー)】」

「・・・・・貴方達の眷族、『じゃが丸君万引き』やら『魔石のチョロまかし』『カジノでの不正行為』『怪物進呈による他派閥への攻撃』とか・・・・色々と上がってるみたいだけれど?」

「「「さーせんっしたぁぁぁぁ!?」」」

 

そんなに叱られたいのか・・・と青筋が立ち始めて、『各派閥の眷族のやらかし』をポツリポツリと発言して黙らせたアストレア。けれど『じゃが丸君を万引きするってどういうことだよ!?そんなに高くないだろう!?』とどこかの神が言った。

 

『いやその・・・、やられたのは俺のところだ』

『タ、タケミカヅチ・・・!?そんな、お前という神がありながら何ていう失態を・・・!』

『いやな、娘共と話していたら・・・』

『ああ、絶†影にチクっとくね』

『お、おい!?』

 

少年曰く、【じゃが丸君の神様】のやり取りをゲラゲラと笑いを上げて一頻り満足したのか「さて真面目にやるか」と神々の悪ふざけが収まった後

 

 

「ねえ、アストレア・・・貴方がつけたりはしないの?」

「へ、私?」

「ええ、フレイヤだって自分でつけたりするんだし」

「う、うーん・・・・」

 

今まで見守るだけのヘファイストスがアストレアに希望は無いのか?と言う。

ロキやフレイヤが自分の眷属に付けることもあるんだから別にいいのでは?、と。

 

 

「うーん・・・・あの子がやったこと、やろうとしてることは異端だし・・・」

 

腕を組んで親指の先を咥えるアストレア。

 

 

「えっと・・・【異端の英雄(エレティコス・イロアス)】は、」

「長いし重いわね」

「そうよね。わかってるわかってる、あの子には重いわ。なら・・・うーん・・・あ、こういうのはどうかしら?」

「?」

「あの子の夢や願いは重いし、生きている間に叶うかも怪しい。だから、別に兎呼びは入れずに・・・『夢』という意味をもって」

 

 

 

そうして正義を司る女神によってその二つ名が決められる。

 

 

 

「【夢想兎(トロイメライ)】」




トロイメライは、ロベルト・シューマンのピアノ曲集『子供の情景』の第7曲の楽曲で『夢』、『夢想』を意味するそうです。

音楽については全く持って詳しく無いですが、『トロイメライ』という響きが離れなくて着けたくなりました。

また、トロイメライの元となった単語はドイツ語で夢をあらわす「トラウム」でギリシャ語でトラウマ。もともとは関係なかったみたいなんですが、フロイトという方が
「物理的な外傷同様、過去の強い心理的な傷が、その後も精神的後遺症をもたらす」として、"精神的外傷" の意味で、用いて定着していったらしいです。


間違いがあったらすいません。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。