兎は星乙女と共に   作:二ベル

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アリュード・マクシミリアンの事件簿
飼兎


「ランクアップおめでとうございます、ベルさんっ!」

「ありがとうございます・・・シルさん?」

 

 

それは、神会から数日後のこと、迷宮(ダンジョン)に行かない期間、【ディアンケヒト・ファミリア】でベルがアミッドの手伝いをするようになってから

 

『たまには昼食にでも行きませんか?』

『いいですけど・・・どこに行くんです?』

『そうですね・・・薬膳・・・はベルさんの口に合わなさそうですし・・・』

『あれ、僕今、子ども扱いされました?』

『・・・・気のせいです』

『ぼ、僕もう大人なんですよ!』

『・・・・・・そうですね』

『僕の下半身に視線を移して言わないでくださいっ!!』

 

 

そんなやり取りがあった後に『アイズさん達がよく豊穣の女主人に行くと聞きました。行ってみましょう』という結論に至り、ベルとアミッド・・・そして、偶々鉢合わせしたアイズとは今、【豊穣の女主人】に来ていた。来て早々、ベルを見つけたシルが満開の花の如く笑顔になってベルの腕を取り、『英雄(アルゴノゥト)様、お席へご案内でーす!』と言い放ち、席に連行していった。

 

 

「シ、シルさん・・・・?」

「何ですか?ベルさん?」

「え、英雄って言うの、やめて欲しいんですけど・・・」

「大勢の方が見ている中で、あんなすごいことして・・・ですか?」

「い、いやなんです!お願いですからっ!!『アルゴノゥト』って言われたくないんです!」

「えぇー・・・格好いいのに・・・それに、美人な女の子を侍らせて・・・両手に花ですね、ベルさん?」

「怖い、顔が怖いですシルさん!!」

 

 

聞けばどうやら、街娘(シル)もあの人ごみの中で全部見ていたらしくその日の晩は興奮のあまり眠れなかったらしい。

 

 

「ベル・・・シルさんと知り合いだったの?」

「ふぇ・・・?えっと、リューさんとたまに来ますよ?」

 

「聞いてくださいアイズさん、ベルさんったら全然会いに来てくれないんですよ?月が綺麗な夜にベッドの上で『僕は必ず、貴方の元に帰ります・・・だから待っていてください、英雄の凱旋を!!』って格好いいこと言っていたのに・・・」

 

「言ってない!一言もそんなこと言ってません!!」

「ベルさん・・・そうやって年上の女性を口説いているのですか?」

「何で信じてるんですかアミッドさん!?」

「ベルは・・・不良・・・?」

「ちーがーいーまーすー!あと、シルさん抱きつくのやめてくださいっ!」

「ダメですか?」

「だ、ダメです!アリーゼさんに怒られます!」

「今、いませんよ?だからいいじゃないですか」

「えっと・・・なら、いいのかな・・・」

 

 

同伴者2名は『この兎、チョロすぎ』となんとも言えない目でイチャつかれる兎を見つめていたが、やがて痺れを切らしたドワーフの店主の鉄拳によってシルは仕事に戻っていった。

 

 

「うぅぅ・・・やっぱりシルさんはアリーゼさんが言ってた通り『こわい女』の人なんだ・・・」

「ベルもベルだと思う・・・よ?」

「ベルさん、貴方は『魅了』系のスキルや発展アビリティをお持ちなのですか?」

「僕のステイタスを知っているアミッドさんが何を言ってるんですか?」

「アミッド・・・ベルのステイタス、知ってる・・・の?」

「ええ、まあ・・・主治医?みたいなものと言いますか、ベルさんが『あ、どうぞ』と普通に渡してくるので」

「ベル・・・『個人情報』って知ってる?」

 

 

そこから数分間、アイズと・・・否、主にアミッドによる『こじんじょうほう』についてくどくど・・・くどくど・・・と語られたことで、ションボリと机に顎を置いてしまう兎が出来上がっていた。

 

 

「すいませんごめんなさい許してください・・・」

「アミッド・・・その辺に・・・」

「・・・そうでした、すいませんベルさん。」

「おはようございますこんにちわさようならおやすみなさい」

「ベ、ベル?ほ、ほら、スパゲティ・・来た、よ?」

「ええ、食べましょう・・・というか、多くありませんかこれ」

「これが、300ヴァリスの味・・・むぐむぐ」

「ベルさん、ちゃんと座りなさい。顎を机に置いたまま器用に兎のように食べないでください本当に飼兎(ペット)と言われてしまいますよ」

「あい・まむ」

「『まむ』じゃありません」

 

 

聖女によって躾けられるように注意される白兎。早くも店内では『おいおいおい、最近聖女様が飼兎(ペット)を飼い始めたって聞いたけど本当かよ』『くそ、俺もああなりてぇ・・・!』『来世のオレ、嫌、今のオレ!!全遺伝子達よ唸れ!!願わくばショタに!!』などという声がチラホラと聞こえ、女性陣からは『あの飼兎(ペット)ってどこに売ってるの?』『迷宮(ダンジョン)で生まれるのかしら』『あれでしょ、無害な一角兎(アルミラージ)の一種でしょ?』『無害じゃないわよ、私見たんだから、神会の日、ヘルメス様を吹き飛ばしているところ』という声がチラホラと。この日の豊穣の女主人はいつものように繁盛していた。

 

 

「・・・僕、実は迷宮(ダンジョン)で生まれたんでしょうか。だとしたら一体何階層で・・・」

「だとしたらアストレア様は『ダンジョンに入ってはいけない』というルールを破って貴方を拾いに行った・・・ということになりますが」

「アストレア様は『おてんば』って聞いたこと、あるよ?」

「僕の胸の中に、魔石があったりするのかなぁ・・・」

「あとで調べましょうか?まぁ、ありませんが」

「はい、お願いします・・・え、ないんですか?あるんですか?」

「ご安心を、貴方はちゃんと人間です」

 

 

チラホラと聞こえてくる声を何故か割りとガチで胸の辺りを触りながら信じている少年を、聖女が強引に話題を変える。

 

「そ、そうですベルさん、新しい二つ名はアストレア様が直々につけて頂いたとお聞きしましたよ?」

「よかった、ね?」

「【夢想兎(トロイメライ)】・・・良い響きではないですか」

「はい、『アルゴノゥト』じゃなくて良かったです」

「噂では神会の前日にヘスティア様と二つ名について相談していたとか・・・」

「へぇ・・・僕もこの響き、好きですよ」

「ちゃんとお礼、した?」

「はい!『疲れたから膝枕をしてちょうだい』って言われたので、してあげました!頭を撫でてあげたら顔を赤くしてましたよ?」

「それは・・・まぁ、仲の良いことで」

 

『女神アストレアが膝枕をされる・・・だと!?』『俺だってされたことないのに・・・!』『どうやったら女神とお近づきになれるんだ・・・』『あの子に膝枕されるにはいくら払えばいいのかしら・・・』と嘆く男性陣と女性陣の声が聞こえた気がしたが、知らない知らない。話題はさらに変わる。

 

 

「あのアミッドさん、最近治療院の受付でやたら僕の頭を触ってからお金を置いていくのは何なんですか?」

「・・・・・・気のせいです」

「いやいや、僕、両手で『お触り500ヴァリス。ハグ8,700ヴァリス』って立て札持たされてるんですから。」

「えっと、ポーションが500ヴァリスでマジックポーションが8,700ヴァリスだっけ?」

「・・・・給金は団員よりもお高めにしています。」

「主犯は?」

「・・・ディアンケヒト様です」

「・・・・有罪(ギルティ)

「申し訳ありません・・・!いえ、アストレア様も知っているようでしたし『交渉済みだ!!』と言っておられましたので・・・」

「いや、アストレア様も混じってお金置いていってましたよ、律儀に。」

「ちなみにアミッド、ベルの報酬は?」

「それで得た金額の8割を。ごねるディアンケヒト様に『でなければさせません』と言ってやりまして・・・とは言っても、まだ2日ほどしか来ていただいていませんが」

 

 

『もちろん、それとは別で手伝って頂いた報酬はちゃんと用意します』とアミッドは頭を抱えてアイズに答えた。アイズがベルに『それでいいの?』と聞くも『いいんじゃないですか?』と意外にも軽かった。

 

 

「ベル、もしかして・・・その・・・」

「はい、ベルさんは『お金』にあまり興味がないようです。さすが元【アポロン・ファミリア】の本拠を、ヘスティア様にぽんっと差し上げられる人です」

 

「えへへ」

「褒めていませんよ」

「はい、スイマセン」

「ベルって・・・アミッドと仲、いいね?好き、なの?」

「・・・?好きですよ、えっと体を触られるくらいには」

「触診です!!勘違いを誘発させる発言をおやめなさい!!あと、普通に『好き』と言わない!」

「言わずに気が付いたらいなくなってたら嫌じゃないですか」

「・・・・すいません」

「いえ・・・」

 

 

変な空気で盛り上がるも、その空気はベルの『いなくなったら嫌』発言で急降下。御通夜ムードである。静かにパスタをフォークでクルクルと巻いては頬張り、いつの間にか増えていた『から揚げ』やら『サラダ』やらをパクパク、モシャモシャと無言で食べる3人がそこにはいた。そんなとき、その3人の微妙な空気から脱却すべく兎に餌付けを始めた光景を引き裂く声が店内に響いた。

 

 

「―――じゃあ何かい、アンナを売ったっていうのかい!?」

 

 

賑わう店内で唐突に静穏は破られた。

店内の客や店員達が振り向いた先には、2人がけの卓で向き合うヒューマンの男女がいた。

 

 

「売ったんじゃねぇ・・・取られたんだ」

「同じことじゃないか!! このっ、駄目男! だから賭博なんて止めろっていつも言っていたのに・・・!」

 

亜麻色の髪を結んだ姥桜(うばざくら)の女性が、一方的に大声を振り上げている。

無精髭を生やした対面の男は椅子に背を預け、返す声に覇気もなく項垂れていた。

 

 

「ほらベルさん、貴方は血が足りていないんですから・・・お肉も食べてください。あーん」

「あーん・・・ミアさんの料理、美味しいですね」

「ベルとアミッドは・・・その、付き合っているの?」

「「いや、別に」」

「・・・ずるい。ベル、口、あけて。私も、やる」

「へ・・・むぐぅ!?」

「ア、アイズさん!?入れすぎです!大きすぎです!ベルさんの口が裂けてしまいます!?」

「Lv.4なら・・・いける!」

 

 

そんな夫婦の会話など耳に入っていないのか3人は相変わらず、昼食を頬張りつづける。

やがて聞こえてくるのは女性の泣き声。

そこでようやく『揉め事でしょうか・・・?』とアミッドが反応し、振り向いてみれば女性が顔を両手で覆い、おいおいと泣いていた。

せっせと動き回っていた店員や料理長が厨房から声を出す程度には、その泣き声は大きくなっていきただならぬ雰囲気が漂いシル達も足を止めて顔を見合わせていた。

 

それまで首を垂らしていた中年の男は、自分達を窺う視線に気付いたのか目を吊り上げ、椅子を蹴飛ばして立ち上がった。

 

 

「なに見てやがる! 見世物じゃねえぞっ、てめえ等は不味い飯でも食ってろ!!」

「ちょっと、止めなよ!」

 

逆上する男は女性の制止も聞かず、テーブルの上に置かれていたグラスを鷲掴み、周囲に水をばら撒いた。

 

その水がアミッドにかかり衣服の中にでも入ったのか『ひやぁん!?』と変な悲鳴を上げ、ベルが食べていた料理を濡らしそれにショックを受け、アイズが器用にコップで受け止め、客たちの悲鳴が上がる中、

 

 

「―――【困りますお客様(ゴスペル)】」

 

 

 

ゴーン。

 

という鐘の音と共に中年の男は店の外、絶叫を上げる前にメインストリートへ吹き飛ばされた。

突如通りの真ん中に吹き飛んできた男に、馬が嘶きを上げ、馬車が急停止する。

周囲の雑踏も一度はぎょっとしたが、男の飛んできた店が【豊穣の女主人】だとわかると、何事もなかったかのように彼を避けて歩みを再開させた。

 

 

「や・・・やったニャー!少年!!人様んちの食べ物や水を粗末にする不届き者を成敗したニャー!!ああいうヤツは神様に呪われて地獄に落ちればいいニャ!お礼にミャーがオミャーの尻を揉んでやるニャー!」

 

「よくやったよ、少年・・・まあ掃除するの私達なんだけどさ」

 

「褒めてやるニャ、白髪頭。ナイスニャ」

 

「ミアお母さん、いいんですか?」

 

 

中年の男を殴り飛ばそうとしていたミアの前に、ベルがやっちゃったため、ミアは固まっていたがシルによって再起動。溜息をついて

 

「濡れた分はマケといてやるよ」

 

と言って立ち去っていった。

けれど、お説教をする2人の姉がいた。

 

 

「ベルさん」

「ベル」

「?―――ひっ!?」

 

ゴゴゴゴ・・・・っと音が鳴ってそうな2人の雰囲気に、兎は悲鳴を上げる。

 

 

「街中で、魔法は使っちゃ駄目!」

「街中で魔法を使ってはいけないと言われているでしょう!?」

「ご、ごめんなさあああああい!?」

「殺して、ない、よね!?」

「ちゃんと、ちゃんと加減してます!!前より扱いやすくなったんですから!軽く小突いたレベルですよ!!」

「リヴェリアの拳骨とどっちが痛い?」

「リ、リヴェリアさんです」

「・・・・なら、大丈夫」

 


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