兎は星乙女と共に   作:二ベル

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エルドラド・リゾート

「あぁん・・・?」

 

酒場にいる者達が一斉にやってくる中、ベルは堂々と店内を突っ切った。

胡乱な視線を集めながら、店の奥、金貨の山と何枚ものカードを広げたテーブル席――賭博を行っている男たちの前で、立止まった。

 

 

「見ねえ顔だが・・・こんな場所に何の用だい、お嬢ちゃん?」

 

口を開いたのは、腰に剣を差した大柄なヒューマンの男だった。

フードから覗くベルの相貌を見上げ、にやけた顔を浮かべてくる。彼を取り巻くのは冒険者と思しき亜人(デミ・ヒューマン)の男女。手下を従える目の前の男が、この酒場の頭であることに間違いない。

 

 

「アンナ・クレーズという名前に、心当たりは?」

 

 

ベルは『豊穣の女主人』で事情を聞いている際、ヒューイから賭博を行った場所を聞いていた。

最初は表通りの酒場で飲んでいたという彼は、負けが重なり取り返しがつかなくなった後に路地裏の酒場に連れ込まれたと言っていた。

 

 

―――それが、この店・・・だよね?

 

 

「・・・何だ、あの娘の知り合いか、ん?」

 

 

面白いものを見つけたように、男の笑みが深まる。

それに伴って、手下の冒険者が酒場の出入り口に陣取り、ベルの帰路を塞いだ。

 

 

「本当に上玉だったぜ、あの娘は。ただの街娘ってのが信じられないくらいに。あぁ、味見の1つくらいしておきたかったってもんだ、はははは!」

 

「彼女は今、どこに?」

 

「あ~そうだなぁ・・・ただっていうわけには、なぁ?」

 

今や酒場の者達は全員、ベルのことを見つめ、卑しい笑みを浮かべていた。

やがて、男は体を預けていた椅子の背もたれから身を乗り出す。

 

―――お義母さんの顔って、今でも知られてるのかな?アストレア様は『抑止力的にはいいんじゃないかしら?』とか言ってたけど、どういう意味だろ?

 

「お嬢ちゃん、カードはできるかい?」

 

そして、卓上の山札(デッキ)からカードを一枚めくって、告げた。

 

「ここに一人で来たってことは、ちょっとは腕に自信があるんだろ、ん?俺は暴力は好かねえ、だからちょっとした賭博(ゲーム)をやろうってわけだ。俺はお嬢ちゃんの欲しい情報を賭ける。嬢ちゃんは金か・・・何だったら、自分を賭金(チップ)にしてもいい」

 

「・・・・」

 

「あの時も、冴えねえ親父にこうやって勝負をして、()()()()()()()()()()()

 

男はベルが冒険者か、それに近しい腕の人物であると気付いているのだろう。予防線を引きつつ、同時に賭博という自分達の領域に引き込もうとしている。こちらを見てくる男と視線を交わしていたベルは、頷いた。

 

 

「わかりました」

 

金貨の詰った小袋を卓上に置き、男の対面の椅子に座る。

次の瞬間、どっと周囲の喧騒が膨れ上がった。

見ものとばかりに冒険者達が囃し立てる。

 

 

「ただし、ぼ・・・コホン。私が勝ったら全て話してもらいます」

「ああ、いいぜぇ。嬢ちゃんが勝ったら、な。ところで、何で目を瞑ってんだ?」

「生まれつき、良く見えないだけですよ」

 

何か違和感を感じながらも、あっという間にベルと男のテーブルを他の者が取り囲む。賭博(ゲーム)を見物するように、美しい少女を取り逃がさないように。人垣という名の檻を閉じ込められながら、ベルは泰然とゴロツキ達の頭目と対峙する。

 

 

「行う賭博(ゲーム)は?」

「ポーカーでどうだい?」

 

カードを混合(シャッフル)する男の提案を、ベルは異議を唱えることなく呑んだ。

一般的に、下界における種族共通の札遊戯(プレイング・カード)は『切札(トランプ)』のことを指す。

 

都合53枚。

闘争を表す剣、豊穣を表す果実、富を模する貨幣、祝福を象る聖杯、四組各13枚と道化師の札を加えたものが全容となる。起源は『古代』の時代から既に原型の遊戯が存在していたとも、降臨した神々が伝えたとも諸説ある。

 

ポーカーは切札(トランプ)の代表的な遊戯の1つだ。

切札(トランプ)からカードを受け取り、手役(ハンド)を作って役の強さを競い合う。

 

「嬢ちゃん、袋の中身は?」

「50万ヴァリス」

 

ベルの返答に、男は口笛を吹く。

そのままなれた手つきでカードを切り混ぜながら、目元に醜い皺を寄せた。

 

「先に言っておくが、もし金を失っても賭博(ゲーム)を続けたいんだったら・・・その時は、さっきも言ったとおり、体を張ってもらうぜ」

「・・・」

「俺は嬢ちゃんみたいな女を何人も歓楽街に売ってきた。おっと、変な勘繰りは止してくれよ?負けて金を払えなくなった以上、その体で何とかするしかないだろう?」

 

男の視線がベルの細い首筋、白い肌の上を這い回り、舌舐めずりをする。周囲からは下卑た笑声が上がり、ベルの耳を撫でていく。

 

 

―――これは脅し。動揺の誘発。ライラ先生が言ってた通り、ゲームが始まる前に心理戦は既に始まってる。アリーゼさん達もこういう目を向けられるのかな、いやだな、なんか。

 

もう『福音(ゴスペル)』しちゃおうか、気持ち悪いし・・・と思うも必死に我慢する少年。

ポーカーは作る手役(ハンド)以上に騙欺(ブラフ)が重要になってくる遊戯だ。

ただのハッタリが、相手を殺す武器になりうる。

ゴロツキ達の主は、顔に笑みを貼り付けながらカードを配り始めた。

 

 

「ふぅ――では私からも1つ、いいでしょうか?」

「へへっ、何だい?」

 

カードを配り終えようとする相手に対し、ベルはほんの少しだけ目を開いて男を見つめる。

 

 

「―――不正は許さない」

 

直後、ベルは腰からナイフを抜刀しゴロツキどもが視認できない速度で、刃をテーブルに振り下ろした。

 

「―――はっ?」

 

ドンッ!! という激しい音の後、酒場中が静まり返る。

指と指の間、皮一枚すれすれのところで卓に突き立つ刃に、目を丸くしていた男は、すぐにどっと汗を流し始めた。彼の腕が震え、手の平に忍ばせていたカードがこぼれ落ちる。

 

 

「一々やかましい雑音を掻き鳴らすな―――次は指を落とす。」

 

恐ろしいことを宣告し、ナイフを引き抜くベルに、男は青ざめた。

 

「まさか・・・賭博(ゲーム)を仕掛けておいて放棄して逃げるような無様を晒すとは思わないが・・・仮にも冒険者だ。加減はしないぞ」

 

先ほどとは別人のような圧に、周りの者達も一斉に息を呑み、動きを封じられた。

 

「気を付けた方がいい――冒険者相手なら、()()()()()()()()()()

 

これもまた、ハッタリ。

流石にこんな遊戯で手酷い手打ちを行うほど、ベルは凶暴でも残忍でもない。

ましてやこんなところで騒ぎを起こしたら、それこそお説教ものだ。

 

『おい兎、お前はリオンか? やりすぎちまうリオンなのか?え?』

 

―――でも先生は、こういうヤツにはとことん脅せって言ってたし、まだ大丈夫なはず。

 

おかげで効果は覿面(てきめん)。男も、ゴロツキ達も、それまでの余裕を失って冷や汗をかいている。

相手の平静は奪った。後は普通に遊戯に興ずればいい。

周囲の者に手札を見られぬよう、自分だけの手役(ハンド)を温めながら淡々と。

賭博(ギャンブル)の中で、一度視界を揺さぶられた人間が疑心暗鬼に囚われやすいことを、ベルは教え込まれていた。

 

『アルフィアが賭博する所とか見てみてぇわwww』なんて邪悪に笑うライラが心の中にいた気がしたがベルからしてみれば

 

―――怖がりすぎでしょ・・・いや、フードのお陰でまだ気付かれてない・・・はずだよね

 

というものだった。

 

 

■ ■ ■

 

 

「フルハウス」

「・・・・っ!?」

 

卓上で開かれるベルの手役(ハンド)に、目を見開く男は自分の手役を握りつぶした。

ベルの8連勝。一方的な展開に、今や酒場には沈黙の帷が落ちていた。

賭金代わりにしていた男の数十枚という金貨は既に底をつき、代わりにベルの横手には奪ったヴァリス金貨の山が築かれている。

 

「イ、イカサマだ!? そうに決まって・・!?」

「心外です。貴方が下りなければ勝てた勝負もあった筈でしょう」

 

喚いて椅子から立ち上がる男に、ベルは淡々と事実を告げる。

ベルは警告や威圧を別とすれば、騙欺(ブラフ)は苦手なほうだ。

ライラには『分かりやすすぎる』『下手すぎる』『手からこぼすな』『見え見えだ馬鹿』と散々言われる程度には。

 

ならどうするか――それはゲームに対し、当たり前の様に挑むだけ。

配られる手札を真摯に受け止め、真摯に手役(ハンド)を作り、勝負に挑む。

 

『お前は脅しをやった後は普通に遊んでリャいいんだよ。お前が目を閉じていりゃあ、あの時代を生きたヤツは嫌でも思い出す。それだけで下手なことできなくなっちまうだろうぜ』

 

 

―――ライラ先生の言っていた通り、これが・・・『顔パス』ッ!!

 

 

ぴくりとも動かない瞼を閉じたままのベルの表情を前に、大抵の相手は勘違いをする。

自分達の騙欺(ブラフ)にベルは全く持って相手にせず、更にベルが「上乗せ(レイズ)」と一言唱えれば、彼等はナイフを首もとに突き付けられたような表情を浮かべる。

 

―――リューさん曰く、賭博(ギャンブル)は冒険者の『技』と『駆け引き』に似てるって言ってたけど、どうなんだろ

 

 

 

―――これも発展アビリティのおかげなのかな

 

不正を見抜かれた一件から男はずっと動揺し続けていて、ベルはただただ遊んでいるだけだった。

 

「てめえ、何者だ・・・!?」

「名乗るほどの者ではありません。・・・ただ、手解きをしてくれた師がいるだけです。」

 

【アストレア・ファミリア】では、違法行為を行う賭博場に潜入捜査することもよくあったらしく時には一般人を苦しめる胴元を取り締まるため、ある時は敵対組織の幹部の情報を掴むため。ただの客を装うか、あるいは胴元の懐にもぐり込むには、標準以上の信用――『技』と『駆け引き』が必須だったらしい。あくどい笑みを浮かべる小人族(パルゥム)の話を聞いては、『冒険者やべぇ』みたいなことを小さいながらに思っていたが。

 

「私の勝ちです。話してもらいます」

 

椅子に座りながら見上げてくるベルに、男は真っ赤になって歯を食い縛った。

うろたえていた周囲の手下に目配せした彼は、次の瞬間、怒号を放つ。

 

「てめえ等、この小娘をやっちまえ!!」

 

勝負を有耶無耶にせんとする男の指示に、冒険者達は刃を解き放った。

 

―――こういう場合は、『やってよし』でいいんだよね。

 

 

『穏便にね?』と言われていたベルは吐息をつきながら、襲い掛かるゴロツキ達を迎え撃った。

 

 

「―――【福音(ゴスペル)】」

 

 

数秒後。

ポーカー勝負が決した以上の速さで、酒場の床には音の暴風でコテンパンにのされた亜人(デミ・ヒューマン)が転がっていた。

 

「ひ、ひげぇ・・・!?」

「私の主神に報告してみれば、『最初からアンナさんが狙われていた』と言っていました。彼女は今、どこに?教えてください」

 

いくつもの木卓が破壊され、椅子の山や長台(カウンター)に冒険者達が顔を突っ込んでいる中、ベルは倒れている男にしゃがみ込んで問いかける。小汚い床に突っ伏しているゴロツキの主は、痛む頭を押さえながら、魚の様にパクパクと口を開いた。

 

 

「こ、交易所・・・!!あそこに、連れて行った・・・!」

「交易所・・・?」

「あそこの連中に頼まれて・・・!金もやるからっ、ことを荒立てないように娘をかっさらってこいって・・・!?」

「つまり?依頼主は?」

「・・・・」

「【(ゴス)】」

「しょ、商会だぁ!!商会が依頼主だ!!」

 

男はこれ以上あの見えない暴力で叩きのめされるのは勘弁してくれとでも言うように叫びあがった。けれど依頼してきた商会の詳しい情報を追及しても男は「わからない」の一点張りであった。壁の隅でがたがたと震える魔法に巻き込まれなかった涙目の女達に怯えられながら、ベルは口を閉ざす。

 

 

「加減はしてますよ。その内動けるようになります」

「て、てめえ・・・まさか、【静寂】の・・・」

「・・・・・気のせいですよ」

 

ややあって、ベルは背後から死人を目にしたような声を聞きながら、酒場を後にした。

 

―――僕のこと、知らないはずじゃないよね?

 

夜気に身を隠しながら街を行く少年は、ファミリアの本拠に戻るのだった。

帰還後、ライラと女神アストレアに報告したところ

 

「まあアルフィアの存在の方が大きくて貴方が隠れちゃったのよ」

「そういうものですか?」

「第一、女装してんだから余計だろ。その胸どうしたよ」

「春姫さんにやられました・・・」

「ぶっふぉwwww」

「本物みたいね・・・ちょっと触らせてくれないかしら」

「や、やめてくださーい!!」

 

と、ライラにからかわれ、女神には玩具にされたのだった。

 

 

■ ■ ■

 

 

翌日。

【アストレア・ファミリア】の本拠に1人の客が訪れていた。

 

「こんにちわ、ベル・クラネル」

「こ、こんにちわ・・・アスフィさん?」

「えっと紅茶でよろしかったでしょうか?」

「ああ、どうも。【アストレア・ファミリア】はメイドを雇うようになったのですか?」

「いや、春姫さんも団員ですよ。活動してないってだけで」

「ああ、貴方と同じですか」

「似たようなものです」

 

品の良い物腰で椅子に座るのは、眼鏡をかけた水色(アクアブルー)の髪の美女だった。

アスフィ・アル・アンドロメダ。

オラリオの勢力図の中でも中立を標榜し、どこよりも広い情報網を持つ【ヘルメス・ファミリア】の団長。ベルが裏路地の酒場へと出かけている間、春姫からの依頼を受けて『アンナ・クレーズ』の捜索を行っていた。

 

 

「アスフィ様、すぐに依頼を引き受けてくださいましたけど・・・その、早くありませんか?もう見つけたのですか?」

「ふ、ふふふ・・・伊達に【ブラック企業(ヘルメス・ファミリア)】の団長なんてしていませんよ・・・ふふふ」

「すいません」

「ごめんなさい」

 

アスフィは心底疲れたような、どころかもう暗黒面に堕ちそうな危ない目をして微笑んでいて、ベルと春姫は思わず謝ってしまった。

 

「ベル・クラネルには借りがありますし・・・。何より、前回の異端児の件で主神(ヘルメス)様が迷惑をかけましたから・・・無視するわけにもいきません」

 

「あ、ありがとうございます?」

 

『ああ、貴方とアーディの入院費やら損害費やら・・・そのおかげでこちらの資金も赤字。ふふ、楽しいですよ、我々の派閥は』とやばい顔になる美女に恐れおののいた少年少女は

 

『春姫さん、空き部屋ってありましたっけ?』

『ええっと・・・どうでしょうか?』

『仮眠させてあげたほうが・・・』

『は、春姫の部屋であれば・・・か、片付けてまいります!』

『お願いします!』

 

と目だけでやり取りを行い、少女は行動を開始した。

2人は共通して『この人、このままにしたらマジでやヴぁい』という結論に至り、今すぐ休ませよう・・・そうしようと何故だか居た堪れなくなってしまっていた。

 

「コホン。・・・話を進めますよ」

 

2人の優しさに『主神(ヘルメス)様もこういうところがあれば・・・いや、駄目です。なんだか鳥肌が』と小言をもらし、けれど気遣いのできる主神を想像して鳥肌を立たせ眼鏡の位置を片手で弄って捜索結果を報告してくる。

 

 

「そこの彼女に依頼された通り、アンナ・クレーズが交易所・・・商会に引き取られたことは間違っていませんでした。ですが、私が調査した時には既に彼女は売られた後だった」

 

「それは・・・えっと、歓楽街でございましょうか?」

 

都市物流の玄関口でもある交易所には様々な輸出入品が集まる。歓楽街への人身売買も極秘かつ、頻繁に取引されており、管理機関(ギルド)もそれに目を瞑っていた。元【イシュタル・ファミリア】にいた似たような経緯の春姫に対し、アスフィは声を低くして囁く。

 

 

「残念ながら歓楽街ではありません。・・・・というより、歓楽街は暫く行かないほうがいいですよ」

「・・・というと?」

「貴方が異端児の一件で迷宮内であれこれと騒動に巻き込まれ始めた頃でしょうか・・・闇派閥(イヴィルス)による『アマゾネス狩り』がありまして、【イシュタル・ファミリア】が解散後、無人となっている元本拠を拠点として使っていた殺帝(アラクニラ)と【セクメト・ファミリア】の暗殺者を含めて凶狼(ヴァナルガンド)が殺したのですが・・・」

 

そのアスフィの言葉に『自分が知らない間にそんなことが!?』と春姫は『ア、アイシャ様が外に出るなと言っていたのはこういうことでございますか!?』と震え上がり

 

「で、ですが・・・?」

 

言葉の続きを尋ねると溜息をついたアスフィが今の歓楽街について語った。

 

 

「えっと・・・その際の戦闘によって全壊あるいは半壊となりまして・・・・」

「えぇぇぇ!?」

「そ、そこで働いている方々は無事なのですか!?」

「ええ、というか『アマゾネス狩り』が起き始めた際に歓楽街からは人は払っていたので問題ありません。」

「その損害って【ロキ・ファミリア】に?」

「いえ、闇派閥によるものなので・・・【ロキ・ファミリア】には特に何もないそうです。」

 

何故、ベート・ローガが?と聞けば『レナ・タリーと交流を深めていたところを狙われた』とかで結果、彼の逆鱗に触れ焼き殺されたのだとか。

 

 

「ほら、やっぱりベートさんはハーレムを!!」

「やめなさいベル・クラネル!彼がハーレムなど想像できませんよ!?」

「格好いいじゃないですか!!『ふっ、雑魚が!』って」

「やめなさい!彼の真似をしたら、リオンたちにチクリますよ!?」

「ご、ごめんなさいっ!?」

 

 

やんややんやと言い合いながらも、『歓楽街は今、瓦礫も含めて危険なため近づかないほうがいい』と言われ本題に戻された。

 

「コ、コホン・・・・ベル・クラネル。この件はあなた1人でやるには経験不足かと。」

「え?」

「―――アンナ・クレーズを買い取ったのは、『大賭博場(カジノ)』の人間です」

「?」

「都市外・・・外国資本によって発展し過ぎた、魔石製品貿易に次ぐ巨大産業。ギルドも運営には口出しできない、迷宮都市(オラリオ)()()()()

 

過去、『世界の中心』とまで言われるようになった迷宮都市(オラリオ)に1つだけ欠けていたものがあった。

それが娯楽施設だ。

当時の管理機関(ギルド)はしつこく突き上げてくる神々の要望にも応える形で、外貨及び専門知識(ノウハウ)を導入することにした。歌劇の国メイルストラ、娯楽都市サントリオ・ベガなど、名だたる各国と大都市の協力を誘致したのである。

結果、いくつもの娯楽施設が繁華街に築かれることとなった。中でも有名なのが大劇場、そして大賭博場(カジノ)である。世界中から人と物が集まるオラリオの環境によって、この二大娯楽施設はそれぞれのもととなる本国、本都市を上回るほどの発展を遂げたのだ。オラリオが誇る魔石製品業に追随するほどの産業成果は、今やギルドでさえ蔑ろにできない。

 

「そういう経緯もあって、あくまで運営を主導するのは外資を投じた他国の施設側。迷宮都市(オラリオ)の中で唯一と言っていい治外法権といわれるのは、そのためです。さらには大賭博場(カジノ)はギルドに協力を取り付け、都市大派閥(ガネーシャ・ファミリア)の守衛を施設に張り巡らせています」

 

「うーん・・・・」

「侵入はどうなのですか?」

 

「まず不可能。よしんばできたとしても、必ず拿捕されるでしょう。まあ【アストレア・ファミリア】なら、『お前何してんの?』と追い出されるくらいかもしれませんが・・・リオン達に迷惑がかかるかもしれません。貴方が表立って活動していない弊害とも言えますね。戦争遊戯で貴方の存在は知られてしまっていますが、前回の黒いミノタウロスとの戦闘で『アルゴノゥト』だなどと言われて違う方向で目立ってしまっていますから」

 

「助けてください!アスえもん!!」

「誰が、アスえもんですか!?」

「そのポーチの中に、何か、こう、ないんですか!?」

「んな無茶な!」

 

大賭博場(カジノ)には上級冒険者や神々、都市外の大富豪が足を運んで揃って金を落としていく。

そんな中でも後者の長者達に何かあれば都市の威信と風評に関わる。認められた者以外入れない賭博の楽園には、屈強な冒険者達が配備されているのだ。

 

「Lv.4でかつ、他者との位置を把握できるようなスキルがあるので隠密となれば有効かもしれませんが・・・人の多い場所では意味がないのでしょう?」

「はい・・・・」

「そんなに落ち込まないでくださいよ・・・」

「それと、そもそも騒動を起こしたなら、外交問題に発展するかもしれません。オラリオがいくら強気に出れる立場にあるとはいえ・・・まぁ、ギルドの問題なんて知ったこっちゃないと言ってしまえば、それまでですが」

「ふぐ・・・」

 

微妙な顔になるベルに、『その顔をやめなさい』と目をそらすアスフィ。

 

「ちなみに、彼女を買い取った者の店は『エルドラド・リゾート』。娯楽都市(サントリオ・ベガ)最大賭博場(グラン・カジノ)です。」

 

それが何なのかわからないベルに補足するように『オラリオで最も力を持つ大賭博場(カジノ)』と説明する。

 

 

「アンナ様を買い取られた方の名は?」

「ドワーフの経営者、テリー・セルバンティス。どうやら商会もゴロツキ達も、全てが彼が裏で糸を引いていたようです」

「つ、つまり、アンナ様を見初めたのはその経営者であり、自分の存在を気取られないように手を回していた・・・と?」

「ご名答」

「『エルドラド・リゾート』・・・・テリー・セルバンティス」

 

ベルは静かに、その2つの名を呟いた。

 

「リオン達に相談することをお勧めします。貴方一人では経験も含めて難しいかと思いますよ?」

「むー・・・でも・・・うーん・・・」

「まあ、アストレア様が貴方に任せているのであれば、私の言えることではありませんが・・・」

 

それでは、と言って帰ろうとするアスフィに春姫が『仮眠でもされては?』と言うと『いえ、まだ仕事がありますので。お気持ちだけ受け取っておきます』と言って去っていく。長椅子(カウチ)に座るベルは、どこか哀愁漂うアスフィの後ろを黙って見送った。

 

 

「・・・ベル様、どうなされるのですか?」

「うーん・・・アストレア様に相談してみます」

「そうでございますか・・・・ところで」

「? どうしたんですか?」

「今日は・・・その、女の子のお召し物を着てはくださらないので?」

「いーやーでーすー!」

「似合っておりましたのに・・・」

「もう添い寝されてあげませんよ!?」

「そ、そんな!?そんなことされては、春姫はもう、ベル様無しに生きていけません!」

「いや、そもそも、そこまでのことしてないですよ!?」

「ベル様が退院した後にお口でお世話を・・・」

「わー!わー!聞こえませーん!!」


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