オラリオ南方、繁華街の一角に存在する
諸外国、諸都市がこぞって出店した
楕円形の広場の随所には三階建て以上の建物が屹立し、南国のヤシの木が植えられている。広場の中央では驚くほど大きな噴水が、まるで巨大な海波のごとく水を吐き出している。
冒険者や市民を賑わう一般区とは隔たった、オラリオの別世界である。
「わぁ・・・えっと【見たまえ、人がゴミのようだ】・・・だっけ・・・?」
「ふふっ、誰に教えられたのですか? ですがやはり、沢山いますね。都市外の豪遊達を呼び寄せているだけのことはあります。」
そんな
「春姫さん、はぐれないでくださいね!」
「ほえ?その為にこうして腕を組んでるのでは?」
「はぐれたら、大変なんですからね!」
『僕、大人だからちゃんと春姫さんの事見てますから!』と謎に背を伸ばす少年に可愛いものを見る目をする少女。しかし春姫は知っている。
「怪物祭でアリーゼ様とはぐれてアストレア様に見つけてもらった際、抱きついて大泣きした
「さ、さぁ・・・そ、そそ、そんな子がいたんですネー」
「ふふふ、アストレア様から『ベルを1人にしないでね?』と言われておりますのでご安心を 」
「〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
高価な燕尾服とドレスに身を包み、ほぼ同じ背丈の腕を組む少年少女は異国の伯爵夫妻を演じていた。
「―――大丈夫でしょうか?その、年齢的な意味で・・・」
「『前当主が早くに亡くなってしまい、後を継ぐ者が僕しかいなかった。』で通しなさいって言われてます。」
「な、なるほど?」
「そ、それより・・・あの、当ってますよ?」
「わざとでございますっ」
「た、楽しそうだなぁ・・・」
燕尾服を着ているベルは、顔をほんのり赤くして肩をくっつけ寄り添う春姫に、同じく普段しないことをしていることもあって僅かな羞恥を誤魔化そうとして頬をかく。
緊張しているのはお互い様とわかったのか、3つ上の金髪の少女が少年の様子を見て面白そうに肩を揺らす。
「ベル様、アストレア様にその、もみくちゃにされていましたけれど・・・その髪型をするためですか?」
「そ、それもありますけど・・・燕尾服を着た僕を見て『か、かわっっ!?』ってまるで子供の晴れ舞台を見るような顔になったというか」
「輝夜様にでも見られたら『七五三か?』などと言われそうでございますね?」
「や、やめてください・・・」
ベルの髪型は、アストレアによってセットされており
『えっと、シニヨンの部分を仮止めして・・・ハーフアップにして・・・』
『い、痛いですっ痛いですっ!』
『ご、ごめんなさい!?で、でも我慢して!? ええっと三つ編みを2つ作って・・・ぐるぐるして・・・・』
『ふぎゅぅぅぅっ』
『あ、アホ毛も重要なのね?ふむふむ・・・』
『ひっく、えっぐ・・・』
『うっ・・・ほ、ほら、ベル、できたわよ! 格好いいわ!』
女神アストレア曰く、『昔読んだ物語に出てくる王様の髪型の再現の仕方を書店で見つけたの』ということらしい。
「その先端の『アホ毛』なるものはどうなっているのですか?」
「さ、さぁ・・・?特に意味はないんじゃ?」
「で、ではそのお団子?のようになっている部分は?」
「リボンを引っ張ったら解けて、振り回せば元に戻るらしいです。痛かったです。」
「で、でも、その、格好いいですよ?」
アホ毛をヒョコヒョコと揺らしながら、2人は歩いていく。
変装のためにベルは、それはもう、アストレアによってもみくちゃにされたのだ。
「ベル様は
「はい。アストレア様やアリーゼさんに『南には行くな』って言われてたので。・・・・えっと、『エルドラド・リゾート』は・・・」
「目の前の建物でございます。まるで、金塊のように豪華絢爛でございます。」
2人の視線の先には、広場の中でも一際目を引く建物があり、その豪華絢爛な外観は見る者の気分を高揚させる魔力があった。形だけの畏敬を表すためか、または祝福と恩恵にあやかるためか、入り口には富と成功を象徴する男神と女神の彫像が設置されている。
「えっと・・・『黄金郷』?」
魔石灯の輝きを放つ看板には、共通語でそう綴られていた。
「文字通り・・・でございますね」
「春姫さんは来た事は?」
「歓楽街は『南東』ですので・・・来ることはありませんでしたね。アイシャ様から聞きかじった程度ですが・・・アイシャ様も『あそこの何が楽しいんだい?』と言うような感じでしたので」
『エルドラド・リゾート』。
娯楽都市サントリオ・ベガが投資・建設した、オラリオ随一の賭博施設。
カレンとヒューイ、クレーズ夫婦の一人娘を奪った
「ここに、アンナ様が?」
「はい、いるはずです」
「それにしても・・・」
「しゅごい・・・」
「ベ、ベル様の語彙力が・・・」
開け放たれている玄関を経て、『エルドラド・リゾート』の支配人に出迎えられたベル達は巨大なホールに出る。途端、目の前に広がる始めての光景にベルは頬を上気させ春姫はもう危なかった。色々と。
まず視界を打つのは巨大なシャンデリア型の魔石灯、次いで色々と模様に富んだ大絨毯、そして様々な形状のテーブルの上で行われる華やかな
流れるようにカードが配られ、色鮮やかなダイスが宙を舞い、投げ込まれた球とともにルーレットの
「・・・・・」
「ベル様?急に立止まって、どうされたのですか?」
「だ、駄目だ・・・」
「へ?」
春姫が顔を覗き込めば、その顔は『やっべーマジやっべー』という顔だった。
―――やばいなんでどうして!?聞いてない!?
「ア、アストレアさまぁ・・・」
「い、いったいどうされたのです?」
「えと・・・リューさんと輝夜さんがいます」
「ふぇ!?」
「こ、ここにいることがバレたら怒られる・・・!?」
「そ、そんな!?」
「だ、だって、南には行くなって・・・」
人の邪魔にならないように2人は隅に行くと小声で慌てふためいた。
ベルは『言いつけを破った』ことに対して怒られると思って。
春姫は『そ、そんなに!?』というベルの反応に対して。
「ど、どど、どうしよう・・・夫婦になってるなんて知られたら・・・あわわわ」
「だ、大丈夫!大丈夫でございます!私達は『お勤め』でここにいるのですから!堂々としていれば良いのです!」
「う、うぐぅ」
「お、お姉様達だって何も話を聞かずに実力行使になど出ないはずです!」
「―――春姫さんなら、どうしますか?」
「とりあえず押し倒します」
「ほらぁ」
熱狂するドワーフと共に肩を組む神々、そしてさり気なく詰れた
ベルは春姫に背中を摩られて、深呼吸をして諦める事にした。
「も、もう・・・どうにでもなーれっ」
「ベ、ベル様ぁ・・・」
「は、春姫さ・・・いや、『シレーネ』ここからは仕事に入ります。僕は目を瞑ります。いつも通りの名で呼ぶときは小声でお願いします。」
「は、はい。盲目ではなく」
「『母の生まれつきの病が私にも』あり視力が良くない、ということに。そして必要性があるかはわかりませんが、この杖は『仕込み』引き抜けば剣になります。まあ、念のためです」
女性
彼女たちの微笑に見守られながら、客は声を上げて一喜一憂をする。
持っていかれる
何だかんだと、姉の存在にビクビクしながら2人は
「えと・・・コホン。あ、貴方?」
「なんですか、シレーネ」
「まずはどうするのですか?」
「目立ちます。」
「?」
「羽振りがいいところを見せつけるんです。『この客は上客になりうる』そう思わせるようにしていれば、あちらから接触をしてくる・・・ってライラ先生が」
『お前にも分かるように言うには、要は金を大量に落とすやつ。それが
勝敗に関係なく店側の目に適えば、
「僕達が変装している伯爵夫妻は
一田舎貴族程度に思い込んでいた客が意外に金を持っていて、意外に金をばらまいてくれるなら、
「えっと、つまり・・・お金を沢山使うということでしょうか?」
「はい。けれど、僕達が使える資金は無限じゃない。なのでこれからやるのは、
「ちなみに、今ある資金は?」
「100万ヴァリスです。どれくらいいるのかわからないので、そこから増やしていきます。そして、僕達が目指すべき場所――つまり、目標はあの扉の奥です」
「―――
「恐らくは」
いくつものテーブルを越えた先、ホールの奥。
特定の
扉の左右には屈強な護衛が2人、門番の様にたたずんでいた。
と、そこへ。
「おぉ、また勝った! 今日はついていますな、ギルド長殿!」
「がっはっはっはっはっ!! なに、日頃の行いを見て幸運の女神が祝福してくれているのでしょう!私は日夜、オラリオのために身を粉にしていますからな!」
大きな笑い声が、ホールの一角から聞こえてきた。
「べ、ベル様・・・あのエルフの方は・・・まさか」
「・・・現ギルド長です。オラリオに住まうエルフさん達からは『ギルドの豚』と言われています。」
「ぶ、豚・・・」
「春姫さんはああなっちゃ駄目ですよ」
「な、なりません!?」
「ほら、笑うたびに贅肉がたぷたぷ揺れてます。揺れるのはお胸だけでいいんです」
「ベ、ベル様、怒っていますか?」
「さ、行きましょう。僕、やってみたいのがあるんです!」
『僕、春姫さん達はずっと綺麗なままでいてほしいです!』と純真無垢な笑顔で言ってくるベルに春姫は『ああなるつもりなどございません!?』と抗議しながらも、腕を組んで進んで行く。
「ねえ、ウスカリ!私、これやりたいわ!」
「ま、待ってください姫様!資金が!資金がもう赤字です!!」
「だったら【かきょーいんの魂】も
「そんなものはございません!!」
「はぁ・・・・ウスカリ殿、もう
「護衛を依頼しておいて申し訳ありませぬリオン殿!姫様が『どうしても』と言うもので・・・!」
なんだかやたらめったら騒がしい人物達と、護衛をしているであろう頭を痛めるリューの声が聞こえた気がして、ふとベルは目線を向けてしまった。
「何でございましょうか?オラリオの外からのお客様・・・でしょうか?」
「さぁ・・・?なんだが、リューさんが困ったような声を・・し・・・て・・・」
「・・・・」
「・・・・」
目線を向けて、目と目が合ってしまった。
リューは目を見開いて固まり、ベルはダラダラと冷や汗を流す。
リューは護衛をしている人物達に『すいません、すぐに戻りますのでここにいるように』と伝えるとスタスタと『動くな』とでも言うような圧を向けて近づいてきた。
「あばばばば」
「はうぅぅぅ」
「何故、ここにいる?」
「き、綺麗ですね・・・リューさん」
「何故、ここにいる?」
「え、えとえと・・・」
「何故、ここにいる?」
「こ、怖いです!?」
今すぐにでも『ルミノス・ウィンド』しかねないような目を向けてくる姉に2人は涙目になって下呂らされた。『アンナ・クレーズ』の奪還を依頼されたこと。女神アストレアも了承済みということ。全部。説明を終えると、リューはくらっと頭を押さえて仰け反って溜息をついた。
「はぁ・・・ベルにはまだ早いというのに・・・」
「うぅ・・・ごめんなさい」
「考えはあるのですか?」
「えっと、アストレア様とライラ先生が『【幸運】があるんだから、ルーレットでもやれば簡単に稼げるだろう』って。」
「目的地は?」
「あ、あの奥の扉の
リューは『アストレア様が認めているなら・・・』と渋々ながらも納得し、
扉の前に立っている者、開けた先に立っている者は【ガネーシャ・ファミリア】ではないこと。
【ガネーシャ・ファミリア】でさえ
「あそここそが、本当の治外法権。中で何が起ころうと、口も挟めなければ知ることもできません」
さらに付け足すように
「好色の経営者が囲っている愛人達を、客に見せびらかしているそうです。もし貴方達が接触しようとしている少女がいるとするならば、やはりあの扉の奥でしょう。私としては不安です。あそこに行く新参者は『洗礼』を受けるとも聞きますし、あまりいい話を聞かない」
「ちなみに、リューさんは何でここに?」
その質問にリューはまたしても溜息。
そして、どっと疲れたような顔をしてベルの頭に手を置いた。
「?」
「とある国からの客人の護衛です。何でもその国の姫様がオラリオに行ってみたいと聞かなかったそうで・・・」
「へぇ・・・」
「あとは
「
「まぁ、今は自分達の務めを果たしなさい。心配・・・すごく心配ですが、貴方達も私達と同じように活動してくれるのはどこか嬉しくもある。頑張りなさい」
優しく微笑む妖精の姉はベルの頭を撫でて、護衛の仕事に戻ろうとする。
戻る前に立止まり
「ちなみに輝夜さんは?」
「今言った経営者云々で
「そっか。」
「・・・・私からも聞きたいのですが、2人は実名で来たわけではありませんね?」
「えっと、夫婦です」
「・・・・」
リューは頭を抱えてフラフラと護衛へと戻っていった。
心なしか小声でブツブツと『こ、これが・・・・神々の言うネトラレ・・・?いや、まさか・・・そんな・・・』と言っていたが、ベルには聞こえていなかった。
「ベル様・・・」
「はい?」
しかし春姫には聞こえていたので、それとなく言っておくことにした。
「帰ったら、覚悟をなされたほうがよろしいかと」
「えっ」
哀れ兎、変に勘違いをさせる言動をしたせいで『O・HA・NA・SI』が決定した瞬間である。
ベル君の格好
・燕尾服
・仕込み杖
・どこかの騎士王様の髪型(アストレア様がやった)
春姫の格好
・特に思いつかなかったので正史でシルが着ている『伯爵夫人のドレス』ということにしてます。うんきっと大丈夫大丈夫
リューさん
心労で吐きそう