兎は星乙女と共に   作:二ベル

90 / 157
カジノに関しては詳しくないので悪しからず


幸運の白兎

 

扉をくぐった先は、騒がしいホールから一転して物静かであった。

証明である魔石灯の光は抑えられており薄暗い。ホールに見劣りしないほどの広間であるが人の数とテーブルは少なく、空間を贅沢に使っていた。

黒服の給仕と、華麗なドレスに身を包んだ美女達が、客に酒をそそいでいる。

 

「先程のホールとは段違いでございますね、貴方、大丈夫ですか?」

「―――ええ、問題ないですよ」

 

最大賭博場(グラン・カジノ)『エルドラド・リゾート』、その貴賓室(ビップルーム)

経営者のテリー・セルバンティスに連れられるベルと春姫は、広い室内を見渡した。

樫の大扉に隔たれたホールの騒音は当然の様に一切聞こえることはない。遮音性に優れた広間には小さな談笑の声がやけに響く。

 

桃花心木(マカボニー)(テーブル)・・・やはり高級だと感じますね」

招待客(ゲスト)も外と違って仕草も身嗜みも違いますね。」

 

貴賓室(ビップルーム)には招待客(ゲスト)以外にも、完璧な所作を身に付けている男性給仕、そしてドレス姿の見目麗しい美女、美少女が多くいる。テリーの背中を追いながら春姫と小声を交わすベルは、彼女たちの姿に違和感を感じていた。

 

―――この人たちもアンナさんと同じ?

 

「さぁ、こちらのテーブルへ」

 

テリーが案内したのは、カードゲームを楽しんでいる者達の席だった。

都合4人。席に着いているテリーと古くからの知り合いなのか、気兼ねなく話しかけてくる。

 

「今夜も楽しませてもらっていますぞ、経営者(オーナー)

「ところで、そちらの方は?」

「紹介します。今宵初めて我々どもの店に来られた、アリュード・マクシミリアン殿です。お隣におられるのは、そのご夫人のシレーネ殿」

「お初にお目にかかります、皆様」

経営者(オーナー)のご厚意でこちらへ来させて頂きました。よろしくおねがいします」

 

笑顔で迎える招待客(ゲスト)に春姫とベルが会釈を済ませると、間髪入れず男性給仕が椅子を引いた。黙って腰を下ろせば混酒(カクテル)を丁寧に置くエルフの少女が現れる。

 

―――飲まないぞ。僕は飲まない。

 

経営者(オーナー)、先程から見かけるこの麗しい方々は・・・?」

「彼女達は、まぁ聞こえが悪いかもしれませんが、私の愛人です。自分で言うのもなんですが、多情な私めの求愛に、真摯に応えてくれました」

 

「ベル様とは逆でございますね?」

「―――帰ったらお仕置きですよ春姫さん」

「こんっ!?」

 

貴賓室(ビップルーム)に入った時から感じていたベルの違和感からの問いに、椅子に座ったテリーは自尊心を隠さずに答えた。

 

「私の愛に応えてくれた美姫達ですが、これを独り占めしようものなら美の女神から小言が飛んでくることでしょう。そこで僭越ながら皆様の目を潤す一役になって頂ければと、こうして酌に協力して頂いているというわけです」

 

遠まわしに言っているが、つまり彼女達はベル達が助けに来たアンナ・クレーズと同じ境遇――見初めたテリーがあらゆる手段を講じて強引に手に入れた者なのだろう。

 

「―――そういえばご存知ですか?ここ迷宮都市(オラリオ)には、美の女神を引きずり回した怖いもの知らずがいるそうですよ?」

「ああ、そのような噂、聞いたことがございます。界隈では『女神殺し(テオタナシア)』と呼ばれているとか」

「―――ブフゥッ!?」

 

『美の女神から小言が・・・』に反応した春姫が、驚かしてやろうと思ったのかそんな発言をしたしベルも別に脅すくらいはいいだろうと気にしてはいなかったが、帰って来た言葉に咽て咳き込んでしまった。

 

―――ま、また変な二つ名が!?というか、殺してないよ!?

 

ベルの引きつった笑みにテリーと招待客(ゲスト)が『どうかされましたか?』と声をかけてくるのを、お構いなくと返して給仕に水を貰って飲み込み、流し込んだ。

 

―――でも、リューさんが言ってたことは本当だったみたいだ。

 

『好色の経営者(オーナー)が囲う美女美少女を客に見せびらかす』。リューが貴賓室(ビップルーム)について触れた情報は本当でテリーが財力にものを言わせ集めた『収集品(コレクション)』である。

美麗かつ大胆な作りのドレスを纏う彼女達は誰も彼も美しく、本当に人形のようだった。自身の意思に関係なく、それぞれ理不尽な理由でここにいるのだろう。(アンナ)と同様、都市内外から卑劣な方法でここに連れて来られたのだ。

 

まるで男の所有物であえることを示すかのごとく、様々な色の首飾り(チョーカー)をはめている。

この部屋はオラリオの真の『治外法権』。このような光景もまかり通る。

傲岸な経営者(オーナー)を咎める者もいなければ、招待客(ゲスト)もまた彼の『収集品(コレクション)』を楽しみ、褒め称え、甘い蜜をすすろうとする。

 

―――アンナさんも、ここにいるはずだけど・・・

 

自慢げな経営者(オーナー)、更に美姫等に粘りついた視線を送る招待客(ゲスト)に不快感を感じながら、(アンナ)の姿を確認したいベルは、次の言葉を発した。

 

「そういえば・・・ここに来る途中、経営者(オーナー)は傾国の美女を手に入れたと耳にしました」

 

ベルがそう切り出すと、途端、他の者達も前情報があったのか色めき立ち始める。

 

「おおっ、私も聞きましたぞ! 何でも遠い異邦の国から娶ったのだとか!」

「どうか我々にも見せて頂きたい!」

 

周囲の富豪達の唱和。これも吐き気を催す光景だった。

一方でテリーは大笑する。

 

「がははははっ!! 皆さんも耳が早い! ええ、おっしゃる通り、新しい愛人として迎えたのです。せっかくですので紹介しましょう! おい!」

 

彼等の反応に気を良くしたのか、はたまた最初から見せる気でいたのか、ドワーフの経営者(オーナー)は一人の青年給仕に向かって手を叩いた。給仕が恭しく礼を取った後、貴賓室(ビップルーム)の更に奥から呼び出されたのは、純白のドレスを着たヒューマンの少女である。

 

「初め、まして・・・アンナと申します」

 

スカートの裾を持ち上げ、少女は自らのことをアンナと名乗った。

間違いない。隠し切れない怯えを言動の端々に滲ませる彼女が、クレーズの夫妻の娘だ。

 

―――母親(カレン)さんの言葉は誇張じゃなかったんだ。

 

大金の質としても十分に頷けるほど、彼女の細面は整っている。純朴そうな碧眼に白い肌、ほっそりとした顎や項、慎ましい胸の膨らみ。少女と女の間で揺れ動いている容姿は客観的に見ても女神とも張り合えることだろう。その首には他の者達と同じ首飾り(チョーカー)がある。

 

―――髪の色は母親譲り・・・けど聞こえてくる波長は周りの女の人と・・・いや、それよりも怯えてる。たぶん、他の人達とはいる期間が違うからかな。

 

街娘としての明るさは鳴りをひそめ、長い睫毛とともに目を伏せるその姿はただただ庇護欲をそそる。同時に、男の嗜虐心までも。見惚れていた富豪達は感嘆の息をつきながら、少女の剥き出しの肩に不躾な視線を送った。

 

 

「これはまた・・・器量良い」

「ええ、麗しい。女神が地に賜った美とはまさにこのこと。よく見つけましたな、経営者(オーナー)

「実は異国の地で巡り会いましてな。きっと神のお導きだったのでしょう。この愛らしさと美しさに私めもすぐ虜になってしまったのです」

 

嘘を並べるテリーの言葉を横に、ベルはアンナの方へ顔を向けていた。

好色の目に晒される中で唯一異なるその雰囲気に気付いたのだろう、顔を上げたアンナは不思議そうに、あるいは戸惑うようにベルの閉じられた瞼を見つめた。

それに、テリーが気付く。

 

「マクシミリアン殿、彼女の顔が見えているので?」

「いえ・・・暗さもあってハッキリとは見えていませんが・・・ですが、彼女と似ている娘を知っていまして」

 

ベルは雰囲気を事無く静かに微笑を浮かべで相手の懐に踏み込んだ。

 

「とある知人の話なのですが、彼は悪漢達の誘いに乗って賭博に手を染めてしまい・・・財産を奪われた挙句、自慢の一人娘も攫われてしまったのです」

「!」

 

アンナとテリー、ともに目の色を変える。

 

「賭博に応じてしまった娘の父親が間違いなく愚かだったのでしょうが・・・ただ、詳しく調べてみると、どうやらその一件は()()()()の差し金であったらしく」

 

「・・・・」

 

「その者は麗しき娘を手に入れるためにならず者達をけしかけ、全てが終わった後は悠々と彼女を懐に囲っているそうです・・・少女の身の上を知る者として、心を痛めるばかりです。」

 

言葉に鋭い語気を発しながら、ベルはテリーの方へと顔を向けた。

 

「私は早くに親を亡くした身・・・別れを交わす事もできませんでした。しかしそんな私とは違い、生きているのであれば親子は一緒にいるべきだと思い今でも彼女の身を案じ・・・その行方を追いかけています」

 

全ての事柄を、アンナにまつわる経緯を何もかも知っていることを、言外に告げる。

愛想の良かったドワーフの経営者(オーナー)は今や仮面を脱ぎ去り、剣呑な視線をこちらに叩きつけていた。ならず者にも劣らない、その道の者だけが持つ凶暴な目つきだ。

空気の変化を感じ取ったのだろう、テーブルにつく富豪達はうろたえ、聡い者は今何が起こっているのかも理解した。話の渦中にいるアンナもただただ呆然とするばかり。

 

―――生きているなら、一緒にいるべきだ。だから母親の話を聞いて引き受けたんだ。

 

アンナを取り戻しに来たという、ベルの事実上の宣戦布告であった。

 

「・・・興味深いですなぁ、マクシミリアン殿? ちなみに、今更ではありますが、貴殿は彼のフェルナスの伯爵と聞いておりますが・・・」

 

「ええ、ただの田舎貴族です。親を亡くしたことを未だに引きずり過去に固執する・・・愚かなヒューマンです」

 

テリーの探っている視線を、ベルは真っ向から受け止めた。

他のテーブルの招待客(ゲスト)達も、給仕や美姫達も、様子がおかしい彼等のもとに視線を引き寄せられる。貴賓室(ビップルーム)に張り詰めた静けさが訪れた。

 

「どこのどなたと勘違いされているのかは存じませんが・・・どうやらマクシミリアン殿は奥様を差し置いて、このアンナにご執心の様子」

 

やがて口を開いたテリーは、剣呑な目付きをそのままに蓄えた髭の奥で笑みを作る。

 

「ならば、賭博(ゲーム)をしませんか?」

賭博(ゲーム)・・・・?」

「そうです。賭博(ゲーム)に勝った者は敗者に願いを聞き入れてもらう。勝者は求めるものを手に入れることができるのです。更に、賭博(ゲーム)に用いるのは全て最高額の賭札(チップ)

 

パチンッ、とテリーが指を弾くと、男性給仕が大量の最高額賭札(チップ)を積んだ荷車(カート)を押して現れる。

 

「お貸ししましょう。これでなければ我々の求む賭博(ゲーム)は成り立たない。」

 

「どうします?借りなくてもいいと思うんですけど」

「頂いておきましょう、その方が良い気がします」

「わかりました。貰っておきましょう。全部」

 

借りなくてもいいような気がしたが、大賭博場(カジノ)初経験の2人は賭札(チップ)の額などよくわからず、『貰える物は全部貰おう』という結論へと至った。

 

「恐らくですが・・・敗者は願いを聞き入れるという代償(ペナルティ)だけでなく」

「大量の借金も背負うというわけでしょう。もとより、逃がすつもりはない・・・と。」

「実力行使はどうでしょうか?」

「問題ないですけど、巻き込みかねないので流れに任せます」

 

荷車(カート)を運んできた者以外にも、ベルと春姫がついたテーブルの周りを何人もの男達が取り囲む。この貴賓室(ビップルーム)の扉を守っていた者達と同様に屈強そうだ。

 

 

―――リューさん達に比べれば、大したことないや。

 

娯楽都市(サントリオ・ベガ)に突出した力を持つ【ファミリア】がいるとは聞いてない。恐らくはテリー個人が雇っている無所属(フリー)の派閥を抜け出した野良の用心棒。【ガネーシャ・ファミリア】の幹部までは流石にないだろうが、彼等がいれば経営者(オーナー)の身内だけでも十分荒事には対応できるということだ。

 

「富や地位、名声も勝ち得た私達に真に欲するもの・・・それは命懸けの緊張感。違いますかな?」

 

黒い礼服を纏う用心棒達に圧力をかけさせながら、テリーは挑発のように語りかけてくる。

自分に楯突く輩を痛めつけるつもりか、またはアンナの一件をこの賭博(ゲーム)で有耶無耶にする腹積もりか。とにもかくにも相手の提案は単純であった。

 

賭博(ゲーム)に勝てばいい』。それだけだ。

 

ここで今すぐ実力行使に出ても負ける気はしないが、アンナのいる位置がテリーと用心棒に近過ぎることと他の女性達や春姫を巻き込みかねない。最終確認も兼ねて春姫を一瞥すると、こくり、と頷きを返してくれた。

 

「・・・わかりました。その賭博(ゲーム)を受けます」

 

了承するベルに、テリーは口端を上げた。

そのまま同じテーブルにいる面々を見回す。

 

「皆様もどうですかな! ここは最大賭博場(グラン・カジノ)、私とマクシミリアン殿との一騎打ちでは実に味気ない! 条件はみな一緒です、勝者の願いは私が叶えましょう! おっと、流石にお前の命が欲しいなどと物騒な望みは御免こうむりますがな、がっはっはっはっは!」

 

 

両手を広げたテリーの提案に、うろたえる素振りを見せていた招待客(ゲスト)達は顔を見合わせる。

羽振りの良さを示しつつ冗談を忘れない経営者(オーナー)の台詞に笑みを漏らしながら、やがて彼等は賛同した。それは栄光と破滅を紙一重にする緊張感に飢えている証左なのか、他の者達を巻き込んだ賭博(ゲーム)が準備される。

 

賭博(ゲーム)に何かご希望はありますかな? なければポーカーを行おうと思いますが」

「ええ、それで構いません」

「では勝敗は賭札(チップ)の有無・・・元手の賭札(チップ)が全て無くなった時点で、その者は敗者です」

 

了承し頷いたベルに、テリーは愉快げに目を細めた。

間もなく用意された莫大な最高額賭札(チップ)が卓上に重ねられる。

表情を崩さない給仕達、不安と諦観の念を纏う美姫等、そして瞳を揺らす(アンナ)の視線のもと、賭博(ゲーム)は開始された。

 

「マクシミリアン殿は、そのままで賭博(ゲーム)を?」

「―――ああ、いえ、妻のシレーネが目の代わりをしてくれるので問題ありませんよ」

「なるほど。では、手始めに賭札(チップ)20枚から賭けるとしましょうか」

「私はその倍を」

 

賭博(ゲーム)の種類はフロップポーカー。自分の手札以外に、全ての賭博者(プレイヤー)が使用できる共通カードが卓上中央に配置される。この共通カードと手札で手役(ハンド)を作るのだ。弱い手役(ハンド)でも騙欺(ブラフ)の如何によっては容易く勝利をもぎ取ることができる。周りにいる用心棒達はベルが小細工を働かせないか目を光らせていて、特にテリーの側にいるヒューマンと猫人(キャットピープル)の男は、鋭い眼差しでこちらを凝視している。

 

ベル、春姫とテリーを除けば他の賭博者(プレイヤー)は4名。

ヒューマンが2人に、小人族(パルゥム)の富豪、獣人の老紳士。

ベルと彼等は一喜一憂もしなければ騒ぐこともせず、静かにカードをめくる音と賭札(チップ)の鳴る音を響かせていた。

 

■ ■ ■

 

「貴方、同じカードが4枚です! 『ふぉーかーど』でございます!」

 

ベルの持つ手札を横から春姫が見つめて歓呼する。喜ぶ伯爵夫人のその姿に、テリーも招待客(ゲスト)も、周りで見守る用心棒や給仕も、(アンナ)や美姫達でさえも唖然とした。

 

「・・・ふふ、なるほど。それは何より」

 

春姫の口によって自分の手役(ハンド)を堂々と明かす真似をさせる。

動きを止めていたテリーと招待客(ゲスト)達は、ややあって、失笑した。

明らかな騙欺(ブラフ)である。

 

―――全くの子供騙しだ。世間知らずの貴婦人を装ったのだろうが・・・規則も知らないド素人め。所詮は子供か。

 

大方、この騙欺(ブラフ)で機制を制するつもりだったのだろう。

引っかかるものか、と心中で嘲弄しながらテリーはひそかに目配せを行った。

招待客(ゲスト)達が視線を受け止め、互いも見交わした後、獣人の老紳士が間を置いてから給仕を呼び止めた。

 

「あぁ君、アルテナワインの30年ものを頼む」

 

アルテナワイン、30年もの―――手役(ハンド)は同じカード3枚上位のフルハウス。

あらかじめ決められている暗号を交わしたテリー達は上辺だけの騙欺(ブラフ)をかけ合い勝負を降りていく。残ったのは獣人の老紳士と、ベルのみだ。

 

「どうやらこの老いぼれと一騎打ちのようですが・・・どうなさいますかな?」

「ええっと・・・そうですね、上乗せ(レイズ)で」

「ふふふっ、随分強気でいらっしゃる。ならば私も上乗せ(レイズ)とさせて頂きましょう」

 

老紳士の唇がつり上がる。

さぁどうだ、下りてもいいんだぞ、という体で獣人の招待客(ゲスト)が目を細めると

 

上乗せ(レイズ)

 

更に賭札(チップ)を上乗せ。

 

「・・・!?」

 

再三にわたる宣言。小揺るぎもしない微笑。

これには老紳士ともども、あざ笑っていたテリーや他の招待客(ゲスト)達も動きを止めた。

 

「は、はははっ・・・よろしい、では勝負といきましょう」

 

周囲が静かに見守る中、手役(ハンド)が公開される。

老紳士の役は当然、フルハウス。

対してベルは

 

「フォーカード」

 

予告通り、4枚の『女王(クイーン)』を叩き付けた。

 

「っ!?」

 

テリー達が一斉に驚愕する。

老紳士の役を上回る手役(ハンド)を見せ付けられ、しばらく言葉を失ってしまう。

 

「さぁ、どんどん行きましょう」

 

引きつった笑みで取り繕っているものの、老紳士の顔は屈辱に燃えていたが、すぐにその怒りは別の感情に取って代わる。

 

「すごいです貴方! 今度は全部同じ紋標(マーク)でございます!」

「・・・!!」

 

またか、と。

再び手役(ハンド)を打ち明ける真似をする春姫の笑顔に、招待客(ゲスト)は顔色を変えた。

『もう一度などありえるものか』という怒りと『まさかまた』という疑念。呈する半信半疑の様相。押し黙るテリー達が様子見で勝負を下り、合図を送られた最も強い手役(ハンド)招待客(ゲスト)が勝負を仕掛ける。

 

「また私の勝ちのようですね」

「・・・!!」

 

だが、やはり宣言どおりベルの手役(ハンド)賭札(チップ)を押収した。

 

「ストレート」

 

春姫はベルの運の良さにいっそ吹っ切れて出てきた手役(ハンド)に喜んでは宣言していく。

 

「・・・お、下りる」

「わ、私もだっ」

 

宣言された手役(ハンド)に恐れをなし、全ての招待客(ゲスト)が勝負を回避した。ベルの一人勝ち。

そこからは止まらない。

 

「スリーカード」

 

作業をこなすように

 

「フラッシュ」

 

静かに、粛々と、大胆に。

 

「フルハウス」

 

重なっていくベルの連勝。2人のもとで積み上げられていく最高額賭札(チップ)

愕然とするテリーがまず疑ったのはベルと、隣にいる春姫の不正(イカサマ)。視線を前と後ろに飛ばすと、息を呑んでいる進行役(ディーラー)は慌てて首を横に振り、ヒューマンの用心棒も無言のままそれに倣った。

 

 

おかしい、強過ぎる、とテリー達が心の声を1つにする。

間もなくして1人目の脱落者が出た。

 

「そん、な・・・」

 

青ざめるのは先程の獣人の老紳士。

あれほどあった賭札(チップ)の山がかき消えてしまい、魂を抜かれたかのように放心した。

テリーや招待客(ゲスト)が衝撃に打ち抜かれる最中、淡々と賭博(ゲーム)を続けるベルは、おもむろに口を開いた。

 

 

「皆さん、ご存知ですか? 知り合いの街娘から聞いた話なんですが・・・神様達の中には『魂』の色を見抜いてしまう女神がいるそうです。何でも彼女の瞳は、『魂』の揺らぎを見て、子供達の心まで暴いてしまうのだとか」

 

頬付きをし細い指で配られたカードの輪郭をなぞりながら、静かに語る。

 

「勿論、私はそのような瞳は持ってはいませんが・・・ただ、」

 

招待客(ゲスト)達の視線を一手に引き寄せるベルは一笑する。

 

「私は、耳がいいんです。街中などの人が多い場所ではただ疲れるだけですが・・・こういう場所であれば、周りの人間の心音を聞き取ってどういう心情かくらいは読み取れるようになりました。ほら、聞いたことありませんか?失った機能を補うように別の機能が強化される・・・みたいなこと。あとはそうですね・・・」

 

周りの美女達が全員、アンナと同じ手口で捕らえたのだろうと言外に伝えながら最後に言う。

 

「【運】がいいんですよ、かなり。もしかしたら・・・ここも出禁になるかもしれませんね」

 

その言葉を聞いて、招待客(ゲスト)だけではなく、貴賓室(ビップルーム)にいる全ての人間が耳を疑った。

 

「さあ・・・続きを」

 

終盤にさしかかり一気に加速する賭博(ゲーム)に1人、また1人と茫然自失とする招待客(ゲスト)が脱落していく。

今や用心棒や美姫達が固唾を呑んで見守る。

 

―――このままでは負ける・・・

 

掌の上で遊ばれるかのように、勝敗が支配されテリー自身は最低限の勝ちを拾うことしかできない。彼自身も賭札(チップ)も既に半分を切ろうとしていた。

そして、最後の瞬間が訪れた。

 

 

「ロイヤルストレートフラッシュでございます」

 

春姫の口から手役(ハンド)が宣言され、

――ガタンッ!!と獣人の老紳士が勢いよく椅子を飛ばし、腰から床に倒れた。

衝撃によってテリーの賭札(チップ)の山が滝のように崩れていく。いくつもの白金(プラチナ)の輝きが音を立てて散らばる最中、口を両手で覆う美姫達も、顔中から汗を垂れ流す招待客(ゲスト)達も、立ち尽くすアンナも、その表情を驚倒一色に染めた。

 

眼球が飛び出そうかというほど見開いたテリーは、勢いよく背後を振り返る。

 

「ファウスト!?」

「―――ファウスト?」

 

―――ルノアさんの名前だっけ?

 

ドワーフの凄まじい怒号に対し、呻きながら首を横に振るヒューマンの用心棒。

不正(イカサマ)はしていないという護衛の姿に、テリーはあらん限りに歯を食い縛る。

うずたかく詰まれた賭札(チップ)の山。手元から全ての賭札(チップ)を失ったテリーは目の前の光景に凍りつく。

 

「さあ、僕達の勝ちだ。」

 

 

勝った者の願いをかなえるというのが賭博(ゲーム)前の口約。招待客(ゲスト)の衆目がある手前、ごねて敗北を受け入れないのはただの恥晒しである。側にいる亜麻色の髪の少女、アンナ・クレーズを一瞥したテリーは、屈辱を噛み締めながら返答した。

 

「よろしい・・・彼女にはしばらく暇を出すことにしましょう。思えば、異国から来たばかりで疲れているでしょうからなぁ」

 

(アンナ)を探しに来たと言うベルのもとに、少女を返す。

まだ困惑しているアンナが恐る恐る去っていく光景にテリーは腸が煮え返る思いだった。

事実上の手放しだ。まだ買ったばかりで愉しんでさえいないというのに。

 

「これでよろしいですか、マクシミリアン殿?」

 

席から立ち上がるベル、そしてやって来た(アンナ)を己のもとに置くヒューマンを睨んで吐き捨てる。

 

――この小僧、青二才めっ。今に見ていろ。俺に恥をかかせたことを後悔させてやる。

 

心の中でテリーが憎悪をたぎらせていると、ベルが口を開いた。

 

「いや、まだだ」

 

その言葉に、テリーは更なる怒りで自分の目もとが痙攣するのがわかった。

 

「・・・何ですかな。このアンナだけでは、ご満足して頂けないと?」

 

思い返せば、確かにベルは『(アンナ)を連れ帰る』といった願いをはっきり口にしていたわけではない。しかし、この期に及んで要求を上乗せしようという態度は業腹以外のなにものでもなかった。テリーの胸中を他所に、瞼を閉じたヒューマンは静かに水を飲み込む。

 

「いやはや、マクシミリアン殿はお若いというのにこうも強欲でいらっしゃる。私はどれほど愛する者達を手放せばいいのでしょう?」

 

テリーの皮肉たっぷりの言葉を無視し、ベルは次の一言を告げた。

 

()()

 

その発言に、数瞬、貴賓室(ビップルーム)から一切の音が消えた。

 

「貴方が金にものを言わせて奪い取った、全てを・・・解放してもらう。」

 

静寂を破るのは、ベルの宣告である。




theos(テオス)はギリシア語で「神」
thanasia(タナシア)はギリシア語で「死」
繋げてtheothanasia(テオタナシア)となるそうです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。