「―――ベルテーンに行かれると。なるほど」
「はい、だからお手伝いは無理になるから伝えておこうと思って。」
「それは・・・まぁ、わかりました。何よりお手伝いに関してはこちらは頼んでいる立場ですので『行くな!』とは言えません。ええ、行ってらっしゃいませ」
「なんか冷たくないですか?」
「・・・気のせいですよ」
「うーん・・・わかりました。きゃぴるんパワーで頑張ってきますね?」
「そういうところです、ベルさん」
「へっ?」
【ディアンケヒト・ファミリア】治療院の団長室にて2人は
『犬におもちゃ投げたら、ああいう感じだよね』
という印象を少年に対して抱いていた。
「団長! ポイズンウェルミスの毒にやられた冒険者が来ました!」
「人数は?」
「5人パーティー全員ですぅ!」
「僕が行きましょうか?」
「ええ、お願いします」
「え、あ、はい!じゃあ、【
「【贖えぬ罪、あらゆる罪、我が義母の罪を、我は背負おう。】―――【
メインロビーに魔法が展開され運び込まれた冒険者達とメインロビーにいたその他の者達を巻き込んで少年が治療し、彼等は治療費を支払って出て行く。
『いくら治療費が支払われているからとはいえ、魔法を使う部屋を考えろ!!メインロビーのような広い空間で使われたらそれこそ治療院がなくなるわ!!』
これには聖女様と
『治療費が支払われているのであれば、まずつぶれないのでは?』
治療費に関しては少年は一切知らないが、直接魔法を受けた冒険者達はアミッドに治療された際と同じ額――場合によってはローンで支払っているし、たまたまそこにいた所謂『巻き込まれた』組は
「アミッドさんはベルテーンについて知ってますか?」
「ええまあ・・・直接訪れたことはありませんが・・・【生命の泉】という特殊な天然の
「その泉にモンスターがへばりついたとかで【毒沼】に変わっちゃったらしいんですけど、これって治せるんですか?」
「・・・・見てみない限りわかりませんが、考えられるのは『モンスターが常に回復し続けている』ということでしょう。」
「?」
「常に湧き続ける
「―――なる、ほど?」
魔法を展開し、精癒で魔力の回復をしつつ背中合わせで座り話の続きを再開。
「―――どうして、その土地を離れるっていう選択を取らなかったんでしょうか?」
「取らなかったのではなく、
「?」
「詳しいことを知らないので推測でしかありませんが『その土地でしか生きることができない』と考えたほうがよろしいかと。」
「例えば?」
「―――貴方のお義母様、【静寂】のアルフィア・・・でしたか。彼女は生まれつき不治の病を患っていたそうですね?」
「はい」
「では、その『症状』を【生命の泉】の水を飲むことで症状を軽減だとか抑え込むことができるとしたら?」
「そこに住み着く・・・?」
「『大聖樹の枝』を煎じたものとどちらが効果があるのかはわかりませんが、かの国の方々はその【生命の泉】があって生きることができる・・・『人種』なのでしょう」
少年からの質問に、自分の考えを伝えていく聖女。
そして、
「アミッドさんでも治せない?」
という何気なく放たれたその言葉に、一瞬、ムッと不機嫌そうな顔をしたアミッドは少年が座る椅子を回転させ自分と向き合わせた。
「―――
「ご、ごめんなさい?」
「
「ア、アイアイサー!?」
「・・・・はぁ、まあ無理しない程度に頑張ってきてください。
「いいんですか?」
「いつも手伝っていただいているお礼だと思っていただければ。あとは素材を譲ってくださっていますし」
アミッドは椅子から立ち上がり、薬品室から
「貴方の【
「お金は?」
「では、今回の分に関しては廃教会から譲っていただいた『素材』から。というのはどうですか?無論、素材のほうが高いでしょうからむしろこちらから貴方の派閥に代金は支払いますが」
「じゃあ、それで」
「わかりました。では、どうぞ・・・転んで落とさないように」
「ぼ、僕、子供じゃないんですよ!?転びませんよ!」
「そうでしたね、大人でしたね。申し訳ありません」
「だから下半身に視線を送らないでくださーい!? も、もう! 僕行きますからね!? 【生命の泉】っていうのが元に戻れば、きっとお義母さんも喜んでくれるはずなんだから!きゃっぴるーん☆」
「それをやめなさい!!」
バッグを肩にかけ、タタタタッ・・・と走り出す少年を、無表情でありながらも少し微笑んで聖女は見送る。見送るが、はて―――
「『
―――墓石がズレていたと言っていましたし・・・リヴェリア様とアストレア様に相談して調べてもらうべきでしょうか?
■ ■ ■
昇り始めた朝日が、未だ眠る者が多くいる
朝露と朝日に目を細め、冒険者4名と1柱の女神は馬車に乗り込み都市を出た。
「アリーゼさん、大丈夫かな。『べるぅぅぅ、元気でねぇぇぇ』って」
「う、うーん・・・今生の別れじゃないんだから大袈裟だと思うのだけれど・・・大丈夫かしら」
「あんなでもちゃんと切り替えができますので、大丈夫でございましょう」
「階層主に突撃したりしなければ良いのですが。ベルみたいに、ベルみたいに」
「ご、ごめんなさい!?」
ゴトゴトと揺れる馬車で未だ眠いのか瞼を擦る少年と狐人の少女、そして
「ベル、酔ってないかしら?」
「さすがにすぐには・・・」
「そうよね、でも気分が悪くなったらすぐに教えて頂戴。馬車に乗ることなんてそうそうないんだから」
「はぁい」
「ベル、アストレア様の膝枕は良いか?」
「うん。あったかいのとすべすべで良い匂い」
「恥ずかしいことを言わないで・・・」
ゴトゴト、ゴトゴト・・・ゆさゆさ、ゆさゆさ。
女神の膝はとても良かった。
これが所謂『
女神の顔を見ようと仰向けになってみれば、そのたわわに実った果実は馬車の揺れのせいで小さく揺れているようにも見えた。この光景はオラリオに来るときのアリーゼさん以来だろうか?なんて考えていると女神に目元を手で隠されてしまう。
「大人しくしていなさい。」
「暴れてないですよ?」
「ゴロゴロとさっきから体の向きを変えているでしょう?」
「違いますよアストレア様、その兎様は『大好きな女神様のお胸の揺れ』が目に入って仕方ないのでございますよ」
「ち、ちがっ!?」
「・・・・・神じゃなくてもわかりやすい嘘をつくのね。別にいいけれど」
「ベル、あまり不敬なことはしないように」
「うっ・・・ア、アストレア様? 怒りました?」
「怒ってないわよ。ベルも男の子だもの、気になるお年頃よね」
「なっ、なっ・・・!?」
「顔が真っ赤だぞ、ベル。」
女神の手で目元を隠されていながら、少年の顔は真っ赤に染め上げられた。
けれど仕方ないのだ、女神様とこうしてどこかへ出かけるなんてことは、オラリオの外に行くなんてことは滅多にないのだから!!
『ブェルゥよぉ・・・・お前ももう立派な漢じゃったか・・・!もうワシがお前に教えることは何もぬぁい!!貪れ!食らえ!女を味わえ!!その果てにワシの全てをそこに置いて来た!!探せ!!世はまさに、【酒池肉林世界】!!』
少年の熱は一気に冷めた。
―――そういうのじゃないんだ、お爺ちゃん。他所の人に手を出すようなことしちゃ駄目って言われてるし。それに、お爺ちゃんに教えてもらったことなんて『英雄譚』くらいか『叔父さんたちが死んだ』って言われたことくらいだよ。
少年は薄れ消えゆく祖父の顔に目を背けて、なんだか胸が痛くなり悲しくなり、横向きになって女神のお腹に顔を埋めるようにして抱きついた。女神はすぐに少年の体勢が変わると、頭を優しく撫で始める。
「あらあら、どうしたの?悲しいことでも思い出した?」
「・・・・お義母さんに会いたい」
「そう・・・そうねぇ・・・」
気まずくなってしまった空間をどうにかしろ、と輝夜がリューに言うも『わ、私に言われても困る!?』と困惑。春姫は夢現で戦力外。どうしたものかと思っていると、馬の手綱を握っている運転手が声を上げた。
『冒険者様、すいません!手を貸しては貰えませんか!?』
そこまで慌てた様子でもないが、近くに何か良くないものでもあるのだろうか?と顔を見合わせリューが代表して運転手に返事をした。
「どうされたのですか?」
「いや、その、怪物じゃねえんですけど・・・その、進路上にどこかの【ファミリア】が何かしているようでして・・・」
「ラキアでしょうか?」
「さ、さあ・・・・なんか、言い争いをしているようでして・・・避けることもできないこともできませんが、馬車が大きく揺れますし・・・できれば、そのまま進みたいんです」
「ふむ・・・春姫、起きなさい」
「すぅすぅ・・・・ベル様ぁ・・・春姫はもうお腹いっぱいでございますぅ・・・」
「何の夢を見ているのでございましょうか、このエロ狐様は?」
イラッ☆として輝夜によるデコピンで春姫は後ろに倒れこみ、起床。頭に星を浮かばせながらフラフラと起き上がった。
「ど、どうされたのでございますか!?」
「・・・・あなたの耳で、前方の集団が何をしているか聞こえませんか?」
「はぇ?ええと・・・・・」
馬車は何とか会話が聞こえるところで停止し、春姫は耳を澄ませる。
そして、聞こえてきた声を復唱しはじめる。
「『ねぇ、アルテミスぅ~男ができたって聞いたんだけど、本当なのぉ~?ねぇねぇ~』」
「『大方、獣みたいな子なんでしょう? 天界じゃ獣と狩猟をしているくらいだったものね?』」
「『は?』」
「『どこの蛮族なの?それとも葉っぱで下半身を隠してるだけの野人?』」
「『は?』」
次第に真顔になって聞こえてくる会話を復唱する春姫。
その会話の内容にピクリっと肩を揺らす少年。
『あ、やばい』と嫌な予感がする女神。
『獣人ってそんなに耳がいいのか?』と話し合う姉2人。
「『あーこんな子が同じ女神だなんて恥ずかしー!』」
「『は?』」
「『そんなんだから男神どもに『グリグリ踏まれたい
「『は?』」
「『それで? 超絶最強の美の女神たる私、アフロディーテが聞いてあげます。 『初夜』はすんだの?』」
「『は?』」
少年はすっかり起き上がり、馬車から体を乗り出して前方の光景を何とか見ようと目を細めた。
女神は少年が飛び出さないように腰にしがみついた。
姉2人は『今日は良い天気です。ダンジョン日和、というやつですね輝夜』『ぶぁーかめ、ダンジョンの中に天気なんぞ関係あるか!』と現実逃避。
「あ、あのぉ・・・拳が届く距離で弓を構えていらっしゃるのですが・・・・」
「つ、続けて、春姫」
「は、はぁ・・・」
え、いいの?一触即発ムードだけど?止めなくて?と春姫は思ったし何なら、馬車の運転手も同じくそんなことを思った。
「『あれ、まさか・・・まだなの?もしかして未だに、貞潔を尊ぶとか永遠の純潔とかそんなこと言ってるのぉ?そんなんだから私より不細工なのよ、この処女神め!』」
「『は?』」
「『この鉄壁処女! もしかして膜まで鉄でできてんの?
「『はぁ?』」
「『究極至高の美を司る私が宣言します!アンタは女神失格一直線!』」
「あ、あのぉ・・・さすがにこれ以上は・・・」
「アストレア様、アフロディーテ様ってどんな神様なんですか?」
「え?ええと・・・美の女神だけd―――」
言い終わる前に少年は飛び出した!
やばい!面倒くさいことになる!!そんな気がしてならなかった!!
女神の心の中では旅行帽でパタパタ呷りながら『あっちゃー、アフロちゃんベル君に見つかっちゃったかー。まあ美の女神には気をつけろみたいな?ことを教えられてるみたいだし?殺しはしなくても吹き飛ばされるだろうなー。今のところ無事なのってフレイヤ様くらいじゃないかな?アハハハハ!ま、【美の女神四天王最弱】だし、仕方ないよネ!!』とヘルメスが笑っているがそれどころではないのだ。一々面倒なのだ。
『ねぇねぇ、あんたの男に会わせなさいよぉ~。それともやっぱり、いないのぉ~?親にお見合いしろって言われたからとりあえず付き合ってる人がいますって言っちゃったパターンなのぉ?』
タタタ・・・
『・・・・』
タタタタ・・・
「! オリオン!?」
タタタタタ・・・・!
「は?オリオン?何を言って――」
「【
「ふぎゃっ――――!?」
美の女神は大車輪よろしく大回転!!
尻は上に、顔は下に!まるででんぐり返しを途中で止めたかのような女神がしていい格好とは言えない格好で目を回して気絶した!!
アルテミスはオラリオにいるはずの少年が目の前に現れたことに歓喜!
数M先で女神にあるまじき格好で気絶している友神など知ったことではないと大喜び!
美の女神の眷族達が大慌てで駆け寄るも、月女神の眷族達もまた知らん顔だった!!
「よくやったオリオン!!だが、なぜこんなところにいる!?アストレアに苛められて家出か!?」
「ち、違いますぅ!!
「アフロディーテは・・・うん、死んでないな!加減が上手いな!」
「えへへへ」
馬車から降りてスタスタと近づき、少年をアルテミスから奪い取ったアストレアは叫んだ。
「『よくやった!』じゃないわ!! 道のど真ん中で言い争いをしないで頂戴!?」
「す、すまない!?」
特に意味はないんです。道中に出くわしたってだけで