あなたの夢は誰でしょうか。私の夢はサトノダイヤモンドとキタサンブラックです。おかげでキャラとして登場するまでの期間ですがガチャが禁じられることとなりました。そんな愚かである私に、私にどうか彼女を、ミホノブルボンをください。
「ふう…よし、休憩おしまい。早く帰ってメニュー終わらせなくっちゃ。」
……そう遠くないだろう過去の記憶を思い出す。
今でもはっきりと覚えている…。
駅前から学園へと戻る途中に見つけてしまった紛うことなき本物、逸材を。
小柄な身体に目を向ければしっかりと鍛えられ引き締まった足が素人目からでもわかるほどに研ぎ澄まされており、纏う覇気は年相応のものではない。綺麗なフォームから発せられた彼女自身に向けての声援は、どことなく高く透き通っており、その奮起している彼女がウマ娘だという事を一目見て分かったのは言うまでもないだろう。
そして、そんな彼女に向けた第一印象は兎に角『運が悪い』だった。
恐るべき頻度で捕まる赤信号の数は十を超え、やっとこさ学園に戻ってきた頃には、辺りに聞こえる虫達のコンサートが夜の部へと変わり始めていた。こんなこともあるんだな、と何気なく思っていたが、まあ…特に気にすることもないか、と気持ちを切り替えて校門前へと歩いていく。
そんな時だ。耳を傾ければ背後からタッタッタッと小さいながらもしっかりと地面を蹴る音が聞こえてくる。後ろを振り向けば先程の彼女が、漆黒の髪を靡かせて足を学園へと運んでいた。これは別段不思議なことではない。学園に在籍しているであろう事は服装から見ても当然の事であったからだ。しかしながらどうも様子がおかしい。何故か困惑した表情と、漂う負のオーラを醸し出しながら、こちらへと歩みを近づけているのだ。どこか獲物を見つけたかの如く一歩、また一歩と詰め寄って…目線が若干下向きになる距離まで来た時、彼女から発せられた第一声が「ごめんなさい」だったのは驚愕の一文字しか表せないだろう。
なんでも、自分が近くに居たからこうなってしまったんです!…なんて涙目で言われたら誰だってそうなる。一体どんな思考回路なんだ、と正常な人間ならば考えてしまうだろう。一方的に謝られて去っていってしまったのは流石にどうも腑に落ちなかった為に、せめて気にしていない事を伝えようと後を追って見た光景はまさに見事なものだった。先程までの慌てふためく彼女は何処へ行ってしまったのか…必死に何かを思いながらもトレーニングを続けていた小さな背中に釘付けになっていたその気持ちを抑え、邪魔をするわけにもいかない、と勝手に理由をつけて去ったあの時から運命とやらは見逃してはくれなかったようだ。いや、仮にそうだとして本当に運命とやらがここから始まったのか?
泣きじゃくっていた彼女を慰めながら自然とスカウトしたあの時だろうか?
初めて大荷物を抱えてトレーニング場へと来た張り切った彼女を何処か心配しながらも、不運が訪れる事もなく日が暮れるまで没頭してトレーニングを行った時だろうか?
それともその後に、お互い腹がパンパンになるまでラーメンを食べあった時?
ドタバタしながらも努力が実ったデビュー戦の時?お兄さまと呼ばれた瞬間?
はたまた、しあわせの青いバラの舞台を2人で見に行った時?
海でびしょ濡れになりながらも…いやそれ以前に初めて目に写ってしまった時だったのかもしれない。
そんな彼女、ライスシャワーと送る日々は意外にも退屈を感じていなかった。トレーナーとして出来るだけのことをしようと奮闘した。
偶には自分も走ってみようと河川敷でランニングをするようになった。それがバレた時には言い訳に苦労をしたものだ。研究の一環だ、と言うことでなんとか収まったがその後はライスも共に走るようになり、時折無邪気に笑いながらも引っ張って先導されることがあった。
またある時、練習を休みにしてお互いに似顔絵を描いたりして息抜きをしたり、ゲーセンに行けばクレーンゲームをした。その帰りに寄った神社では必勝祈願をしたりおみくじを引いて運勢を占ったものだ。
激しいトレーニングを行ってしまい無茶をさせた時には、お互いに謝罪の嵐が巻き起こって苦笑し合った。
初めて強力なライバルとも呼ぶべき相手、ミホノブルボンと戦って惨敗した時は、涙を流しながらも前へ進むと決めて…リベンジを果たすことを心に誓い、慣れない山籠りを共にしつつも特訓を共にした。
お兄さま、と呼ばれることに違和感も無くなった頃にはいつしか家族のように接し始めて、それでも慕ってくる彼女に期待を込めて、一番になって幸せになれ、と願った。どうだ!自慢の家族だ!ここまでやる子なんだ!幸せにするって夢を叶えられる子なんだ!凄いだろ!と、証明したくて…その熱意に応じて彼女も結果を果たすようになっていった。そして成し遂げた完璧なる勝利は圧巻そのもの。あのミホノブルボンから見事に一位を捥ぎ取り、みんなを幸せにするという夢を背負い完璧な仕上がりへと成長を遂げ…彼女が見事優勝を果たした時…精神が肉体を越えて逸脱し、結果が実った時に映った光景は悲惨だった。
称賛の声もあったかもしれない。ライバルであった子達は総じて強さを体感したであろう。多かれ少なかれ、彼女の強さの全てではないが把握ぐらいはしていただろう。だからこそ拍手を贈ったものは自然と居た。しかし他者、特に彼女をよく知らないものにはどう映るだろうか。
夢を与えると言う事は其れすなわち、他者の夢をも奪う事。
悪役。
求められていた夢がたった一つの試合で崩れ去った音が聞こえた。ぶつかるであろう壁を甘くみていた。理解力も人一倍ある彼女のことだ。優しいライスシャワーにぶつけられたものは決して柔なものでは無いことなど彼女自身が知ってしまった。返ってきた言葉の多くは…罵声であった。
不器用ながらも必死に慰めようとした。トレーナーとしてあるまじき失態を犯してしまった罪は償わなければならない。そう思ってもありきたりな言葉しか頭からは出てこない。口に出そうとしても出てこないことに、もどかしさが俺を襲う。ましてや挫折してしまった、だから夢は諦めろ…なんてとてもじゃないが言えない事は最もだが、それ以前に俺自身が諦めたくない。彼女の夢を叶えるために俺自身が出来ることをするという役目を果たさずして何がトレーナーと言えるのだろうか。だが、それにはどうしても他者を振り向かせるほどの力が必要になる…しかし大切な夢を叶えるためのメンタルがここでポッキリ、と折れてしまったであろう今…どうする事もできなかった。
彼女の顔をまっすぐ見ることが出来ないまま無言で居座ってしまう俺が情けない。勝つことにのみ拘った結果がこれか…これではトレーナーと呼べるのか?俺は彼女からお兄さま、と呼ばれる資格があるのか?
あの日、本当に俺が彼女のトレーナーとなって良かったのだろうか?
葛藤が続く。…その日を境に彼女自身の調整も上手くいかず有馬記念で負けたことも重なり、GⅡに出場しながらどうにかこうにか調整も兼ねて様子を見ていたそんな頃である。
「お兄さま、これ…何?」
しとしとと降る雨音を遮るように自室の扉を開けてきたライスシャワー。しかしどことなく声色が低くなっている普段からは考えられないような彼女を見るに何があったのか、と声をかける。そんなことはお構いなし、と言わんばかりにコツ、コツと音を鳴らし、バッと唐突に突きつけられた彼女自身のスマホに映るのはアプリの…ウマ娘用の公式垢のようだ。アカウントからしてミホノブルボンからのもので『ご報告』、とだけ書かれた一文と画像…それだけでここまで憤怒の表情になるものなのか、と疑問に思いつつも確認のために覗き見る。
『【ご報告】
私、ミホノブルボンは菊花賞の後に発覚した故障を治癒するために無期限の休養を取る事となりました。ですが、私の夢であった三冠を取ることを諦めたわけではありません。あの場では叶いませんでしたが必ず戻ります。』
まさかあのブルボンが故障を…。実に残念だ、と思うや否や何故かライスの表情はどこかサイボーグのような笑みを浮かべてこちらを見ている。
「最後まで読んで、お兄さま。」
どうやら続きがあるようで、言われるがままに下へと目を通していく…というかそうしなければならない雰囲気だ。紛うことなき黒いオーラを放つ彼女を前に成す術もなくスクロールしていく。
『余談ではありますが、菊花賞にて私を破ったライスシャワーとは良いライバル関係であり、尚且つ現時点での彼女を支えているトレーナーは、私の夢である三冠を叶えるきっかけを作って頂いた元マスターとも呼ぶべき存在であり、私にとってとても大切な恩人であると同時に…私自身の走る意味でもありました。彼と彼の育てあげた彼女と共に走ったあの激闘の3分を私は光栄に思います。』
「お兄さま…説明。」
一先ず置いてあったコーヒーを一口含ませる。どうしてだか、とてつもなく苦く感じたのは気の所為であると信じたい。
やべ、マックイーンどう入れりゃいいんだこれ。