時期が迫ってる。
いよいよ選ばれるんだ、私たちの誰がトレーナーに選ばれるのか…その選ばれし道はただ一つしかない。
ある小話をしよう。
この世界に奇妙とも呼べる逸話がある事をご存知だろうか。
ウマ娘のご先祖さまのお話…所謂歴史のお話である。
元々ウマ娘、と呼ばれる生物は太古から存在し…時に神話に登場する神様のように崇められることもあれば、悪魔のような強大な力を持ったものとして扱われることもあり古代壁画や文献にも残るほど数多く歴史として存在しており、今日に至るまでそれらは一般教養として語り継がれて来た。
しかしながら、元々は人間の言葉を理解はすれど…最近の研究でわかった事だが、人が話すであろう言語…というものはウマ娘と人間とでは違っていた、というのが主流になりつつある。
というのも、ある時期を境に人語を発するようになった…というのが近年、16〜17世紀ごろのトルコ、イギリスを含めたヨーロッパ諸国の文献から発見された。そしてその時期から突如としてウマ娘という生物が以前にもまして多く出現し始め今日に至る。その中でも一際異彩を放った項目が世界を震撼させた。なんと急に人の言葉を饒舌に語り出す、という記録がされていたのだ。この一件から様々な諸説が以前にもまして増加傾向にあるという。中にはウマ娘自身が学者となり研究に日夜奮闘している、との事もあって世間では注目度が高い。但し、こうも短期間の内に様々な説を唱えられてしまった我々を含め各国の研究チームは頭を悩ましているそうだが…どの界隈も出現場所と時系列を含む全ての説の源泉だけは一致しているらしい。この突拍子もない仮説も含めまとめて『始祖の誕生』、と学者たち含め人々は確信をしたそうだ。かつて、この『始祖の誕生』を記載した書物は中々存在しなかった為か貴重であると共に、始祖そのものが何であるのか…ここに踏み込める大きな第一歩となったのである。
だが、この始祖なるものに力を与えた存在…俗に言えば人智を超えた力を持つまさしく神様のような何か…これについては未だにわかっていないのだとか。
よってあくまでもこの説は現実的に見れば証明する方法も無ければただの物的証拠だけで収まっているため、定説とはなっていない。だがウマ娘に知恵の実なるものと繁栄を齎した現象は未だに命名出来ないまま今日に至る。中にはウマ娘側による策略的な捏造ものなのではないか、とも言われていることがあるそうだが…真相は未だに謎のままだ。
そしてこの話題を外せずしてウマ娘の研究と呼べない事柄がある。何故なのかは知らないが遺伝子配列状の問題上、絶対的に話題となるのが性別である。これまた奇妙な事にウマ娘という名からして皆、雌しか生まれてこない…というのも疑問の一つであり、かの旧ソアメリカ冷戦時代、はたまたヒトラー率いるナチスも実験をしていたそうだ。というのも、簡潔に述べるとウマ娘の雄…要するにウマ男を作り軍事目的に使用しようと目論んでいたようだ。が、それも全て失敗に終わる。否、雄の遺伝子配列にしようものならその胚が数分で死滅するという不思議な結果が繰り返され成功率は…0%を維持したままだったそうだ。そして何よりも人同士の交配からも生まれることもあれば人とウマ娘の交配を行ったとしても確実に生まれてくるわけでは無いことが明らかとされていたため公平性に欠ける、ということもあった。よって、世界人権宣言制定時に並行してウマ娘専用の教育方針とそれに見合った場、法整備を世界各地で実施したことは人類史の記録として新しい。
他にも徹底的に実験が行われたが…結果は乏しい、の一言であった。どれだけの精密検査を行っても人間と構造上は99%以上同じであるというのに、身体機能からそのエネルギー効率までの、何もかもが計算しても導くことが不可能であるそうだ。最早人智を超えた突然変異とも呼べないまさしく神のような生物…それがウマ娘であるとの声が上がるのも無理はない。
(中略)
時折、ウマ娘の身体に電気が流れたような痺れを訴える声が報告として上がっている。電気が流れたような感覚に法則性は無いようだが、一説には身体がある種の緊張状態…例えばレース直前や、身体的もしくは精神的負荷が一定の割合を超えた時に可能性として非常に高い確率で発生しやすいことが認知されつつある。これらを一部の間では『継承』と呼び、中には誰のものとも分からない記憶や誰かの意思などが遺伝子のように受け継がれ通ってくるそうだ。加えて『継承』を体験したウマ娘の能力及びその影響力は飛躍的に上昇する他、超能力じみた力を得ることもあるとも言われている。が、現実的に見てその可能性は科学的根拠が無いに等しく、ドーパミンの過剰分泌などの影響により幻覚症状に陥っている可能性が高いとのこと。真相は謎に包まれている。
このような歴史を歩んできた彼女らは時に奇跡を起こし、時に生涯語り継がれるほどの栄光を手にしてきた。
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今の地上は数こそ人類に比べれば圧倒的に少ないものの、彼女達ウマ娘が繁栄し歴史にも刻まれる最高の時代とも呼べるだろう。だが、いつ終わるかもしれないその輝かしい歴史をこれからも続けようとするだろう。
それが彼女達の意思なのかもしれない。
その先に待っている未来がどうであろうと、そんな彼女らを神格化することなく支えるべく人類の皆々様のご協力の下、どうか共にこれからも人類史を歩んでほしいと願うばかりである。
日本ウマ娘トレーニングセンター学園及び日本ウマ娘総合科学研究所より抜粋。
手渡された資料と過去に書き記していたノートをパラパラとめくる。小鳥は囀り、春の香りが芽吹くように桜色の花びらがチラチラと舞っている。キャッキャと騒いでいる子供達を前にこのような書物を読んでいる俺は異分子そのものなのかもしれないな、など思いながらベンチに背中を預け、寛ぐ。
んな厨二病みたいな設定があるのか?だとしたら神様なんて存在が居たならもうバ鹿じゃないのか?と、トレーナーを目指していた頃はそう思っていた。だが、こうもこの学説を真面目にそうだ、と感じているウマ娘も学者も多いそうで…この世界にはそういった不思議な力があるものなのか、と年頃だった俺はワクワクしながら夢を見ていたものだ。おかげで勉強が少しばかり楽しかった思い出があった。そんな高揚を感じていた頃がどこか遠い出来事のようで、俺は何処か少しばかり寂しい気持ちを味わってしまう。そんな俺を微笑むように心を表すかのような澄み切った青い空は何処までも何処までも遠くにあるようで、それでいて大きいものだと痛感する。案外、そんな過去なんてちっぽけなものだったのかもしれない。この空の大きさに比べたら俺なんてちっぽけなアリのようだ。きっと…トレーナーになるという夢を叶えた事で少しばかり憂鬱になっていたのかもしれない。胸のざわめきを誤魔化すようにこの気持ちをあの青いキャンバスにぶつけてめちゃめちゃにしてやりたい、と願っても叶わない事はとうの昔に知っているけれど、仮にウマ娘にそんな力があるのなら…俺にも多少なりともそうした力が欲しかった。…なんて醜い嫉妬があった。中高生を教えるんだ。いやでもその時の黒歴史が頭をよぎったので、そんなバ鹿げた妄想を頭から捨てて、俺はベンチに横たわる。風の音がサラサラと草木の音に合わさって…小並感で述べるが単に気持ちが良かった。もしも彼女らに力があったとして…俺に何かあるわけでもない。自意識過剰すぎる想定に思わず苦笑してしまう。変にくだらない事を思ったのも、ストレスかなんかの影響だろう。考えるだけなら自由だが…環境の変化というものは実に繊細だからな、とそう言い聞かせて目を瞑った。
いよいよ明日となった選抜レース…一体どんな子達が居ることやら。
「よぉし!無敵のテイオー様にまっかせなさい‼︎」
何処からか声が聞こえる。目を開ければその喧しさすら吹っ飛ばしそうな、生意気で強引で何処までもわがままなプライドの高い王様が間違いなく飛んだ…いや、翼を広げた。それほどまでに美しい飛翔力、そして柔軟な足とそれを支えるトモはいつ見ても綺麗で素晴らしいものだ。流石はトウカイテイオー、といったところか。
「わわわ、どいてどいてどいてぇー!!」
「!?」
ーおかしい。俺はベンチに居たはず。それなのにトウカイテイオーが飛び越えるであろう位置にいるわけない。なのに何故俺は…ここに突っ立っている?
「ほっ!…っとと。はい、これ帽子だよ。今度からは気をつけるんだよ?」
「わぁ!お姉ちゃんありがとー!すっごいジャンプだったね、かっこいい〜!」
「ちっちっち。お姉ちゃんじゃなくて無敵のテイオー様ってこれからは呼ぶように!」
「無敵の…?よくわかんないけど、わかった!」
「わっはっはっは!もっと僕を褒め称えると良いぞよ〜‼︎」
俺は今…それどころでは無かった。だ、だれか…助けてくれ。この違和感を説明してくれる人はいないのか…?まず第一に、何故俺はミホノブルボンと同様に、この子がトウカイテイオーだと知っている。そして何故周りは何事もなかったかのように平然としすぎているんだ。人が経験してはならないようなありえない出来事を何事もなかったかのように修正されていっている。俺の身体は確かにそこにあったはずなのに…何が起きた?
「あ、そうだ。
そう言って唐突に手を握ってきた彼女の手は暖かくてそれでいて女の子らしい小さな手をしていたが、ピリピリと電気のようなものが走っていた。それが自分の目にははっきりと見えている。幼き可愛らしいその手は何処か震えており少しばかり湿っていて、今にも壊れてしまいそうだった。振り解こうにも解けない。力を入れても逃れられない。仕方がないので諦めてそのまま会話を続けようとする。頭が痛い。胸が痛い。体の節々が痛い。呼吸が浅くなる。倒れそうになるのをグッと堪えて踏ん張らなければならない、と身体がそう言っている。ここで負ければ良からぬ事がまた起きるだろうという根拠のない考えがそうさせていた。
「…あ、ああ。そういうキミこそ大丈夫だった?怪我とかしていないか?」
「そんな他人行儀に言わなくてもいいって。ボクとトレーナーの仲じゃん!」
…う、なんだよぉ。
ズキンッと頭を釘で思いっきり刺されたような傷みが俺を襲う。
なんだよぉ…そんな顔しないでよぉ。
誰かが泣いている。その顔に見覚えがある。傷みはさらに深くなる。
ホント鈍いなぁ…そんなことじゃ、ボクのトレーナーは務まらないぞ!
困ったような笑顔をしながらも何処か嬉しそうな女の子がいる。
そんなキミにはお返ししないとね!
そんな彼女といる時が楽しくて仕方がないと感じている俺がいる。
ボクのトレーナーになってくれて本当にありがとう。あのさ、今だから言えるけど…走るのはボクだから誰でもいいや、って正直思っていたところがさ…昔はあったんだ。でも、3年も一緒に居たら…そりゃ少しはボクも大人になるっていうか…ボクにはキミじゃなきゃダメだったって感じるようになって…その…だからね、ホントのホントに…ありがとっ!それでね…これからもボクにはキミが。
「こちらこそ…ありがとうテイオー。これからも…。」
「「共に頑張ろう!」」
えっ…。な、なんでトレーナー…。ボ、ボクだよ!トウカイテイオーだよ!
涙ぐんでいる彼女を俺は知らない。目が濁った彼女を知らない。そもそも彼女自体を知らない。
「…あ…う。」
「思い出したかな?これまで…どれだけボク達のことを見捨ててきたのか。」
どうしたんだろう。おかしな声が聞こえる。ええっと、ここは何処だ?ここは公園だ。俺はトレセン学園に初めて来て、ルドルフと初めて会ったのはそこ。他の皆ともあったのもそこ。たづなさん、やよいさんと会ったのもトレセン学園で、ミホノブルボンと会った時だけ商店街なはずだ。そして公園で初めてトウカイテイオーと会って今こうしてこの場にいる。そうだ。俺は俺で俺は新人のトレーナーだ。何も問題はない。大丈夫だ。俺はここに居る。俺は今日ここに初めて来てここに居るんだ。
「…しぶといね。しょうがない…キミが悪いんだから。とっとと楽にしてあげる。」
何も聞きたくない。何も。何も。何も聞きたくないったら聞きたくない。俺は新人トレーナーで…そう。俺はここでトウカイテイオーと出会って選抜レースを見てそれからそれから…それから?それからなんてあったっけ?いや、あったはずだ。意味があったはずだ。無冠の三冠ウマ娘の夢を叶える、という夢が…あれ?俺はなんでテイオーの夢なんかを知って…い、いやルドルフか誰かから聞いたんだ。そうに違いない。きっとそうなのだ。
「誤魔化せないよ…というよりやっぱり覚えているよね?ねえ、トレーナー?」
「て、ていおー?」
じっと見つめているテイオーの瞳。ああ、トウカイテイオーと会ったのは商店街だったよね。そこで俺はお兄ちゃんと呼ばれるんだ。そして有馬記念にボロボロに負けてそれで今度こそ勝ってやるって意気込んでURA優勝してそこからまたメイクデビューに戻るんだ。お兄さまと呼ばれて始まるんだ。たこ焼きを食べに行くんだ。ママにでちゅねしてもらうんだ。過激ファンを宥めに行くんだ。変な薬とコーヒーを飲みに行くんだ。バクシンしに行くんだ。演歌を歌いに行くんだ。昼寝をしに行くんだ。ゲームをしに行くんだ。カレーを作りに行くんだ。海外遠征、海外遠征。先頭の景色は譲りません。花を育てないといけませんわ!このスキルはあげません!全身全霊はあげません!パクパクですわ!チョコといえばこれですわ!ストゼロですわ!美味いに決まってますわ!これで勝ちですわ!しあわせの青いバラですわ!手が止まりませんわ!失敗率99%夜更かしですわ!なんなんですの、なんなんですの‼︎緑の悪魔がこちらを覗いている。俺はせっせとジェルを集めて知恵をしぼって、そうかお前が敵なのか。わかったぞ。これがオセアニアの常識なんだな!進め、集まれ、我こそが!本当の敵だ!
「ボクと温泉に行ったことも、ボクと遊園地に行ったことも。」
でも、現実は非情で残酷で許してはくれない。
「…ちょ、や。やめてくれテイオー。」
「ボクとはちみーを一緒に食べに行ったりカラオケに行ったり。」
本当にやめてくれテイオー。
「ああ、そうそう。ボクとうまぴょいしたこともあったよね?ムードとか考えて欲しいけどさ。トレーナーらしくないというか…やけくそだったじゃん。まあどうせ戻るから…偶にはそういう強引なのも…んん。…もう、素直に認めちゃえばいいのに。ボク達からは逃れられないって。大体…力で敵うはずないのに。勝ち目なんてないってわかっているはずなのに。ボク達の力が何なのかわかっているはずなのに。なんで諦めないの?」
やめろ。
「大体さあ、確かに繰り返しているのはボク達のせいかもしれないけど…そう願ったのは他でもない『トレーナー』じゃん!」
………………………。ってかうまぴょいというよりあれ逆うまぴょいだったじゃん、なんて言える体力も無く言いくるめられる。
「…また黙って逃げるんだ。そうやって狂ったフリをして嘘を重ねて逃げるんだ。でも逃げたら逃げたらで…もうみんな、耐えられないと思うから…それだけは伝えておいておきたかったんだけどボクの時間はここまでしか与えられていないみたい。じゃあまたね…覚悟しといてよ、トレーナー。」
聞きたくない。
逃げろ。
おかしい。
何だこの記憶は。
おかしい。
おかしいのは俺。
俺は何だ?
逃げろ。
どこへ。
逃げろ。
何処か遠くに。
逃げろ。
逃げろ。
逃げろ。
逃げろ。
誰が。
俺が?
何処へ?
逃げろ。
今すぐに。
逃げろ。
逃げろ。
また奇跡が起こる前に。
「…大丈夫だよ。トレーナー。大丈夫…大丈夫だから。ボクが、ボク達が今度は支えるから。ボク達がずぅっとトレーナーと一緒に居てあげるから。」
俺はその台詞を聞き終える前に逃げた。逃げた先に地獄が待っていたとしても。逃げなければならなかった。そんな俺を見てテイオーはただただ笑っていた。
しっとりテイオーなんてさせない…させてなるものか。勝負だあああ!!