しかし呼び出されたのはアーサー王ではないようで…
一方、時計塔と何かが動き出す…
「君が、私のマスターかい。」
そう僕に問うたサーヴァントの膝は柔らかかった。
その声は僕より数段高かった。
その髪はつやつやとした長い茶色をポニーテールにしたもので、
もっと直接的に言えば、胸があった。
「あんたは…」
僕が今度は問うと、相変わらず僕を膝上で支えたままで
「クラスはキャスター、名をヤン・ファン・デル・メール…長いから略そう。画家としての名は、ヨハネス・フェルメール。よろしく頼むよ。」
と、これまたなんでもないように返してきた。
「画家…だって…?」
僕が呼ぼうとしたのは、かの有名な騎士王アーサーであって、名も知らぬ画家はお呼びでない。
そもそもフェイク動画を作るために行った儀式がサーヴァントを呼ぶなんて、一ミクロンも考えなかった訳だけど。
こう改まって思い返してみれば、僕の顔をニヤつきながら覗き込む奴がいることの異常性がまざまざと感じられた。
「…とりあえず、僕を膝から降ろしてくれ。」
サーヴァントが目の前にいることもそうだが、僕に膝枕を施す女性がいることも、充分異常だし落ち着かなかった。
✳︎✳︎✳︎
「へぇ、君は触媒としてアーサー王の絵画のコピーを使ったとね。」
僕が呼んだフェルメールは勝手にベッドに寝転がり、触媒に使ったコピーを電気に透かしている。
「ふーん…しかしよくもまあ正確に刷られているものだね。私の時代にこんなものがあったのなら、さぞかし日々の暮らしが楽だったろうな。」
たははとフェルメールは笑う。
対照的に僕はというと、お世辞にも笑顔とは言えない顔だ。
「…どうしてアーサー王じゃなくて、あんたが来たんだよ。」
そう問わずにはいられない。
来たはいいもののアーサー王ではなく、円卓の騎士ですらなく、画家。
あげて落とされた気分になる。
一瞬でもときめかせた僕のロマンを返してほしいという気にすらなった。
「触媒の効果だろうね。マスター、君が用意した…」
「このアーサー王の絵画は、贋作だ。」
「贋作だからって…」
「いいや、贋作だからこそさ。」
その先に言葉を紡ごうとした口を制してフェルメールは断言する。
「仮にこのアーサー王の絵画が本物だとしようか。その場合はこの絵画の作者なり、コピーしたから活版技術の開発に大きく貢献した人間なりが召喚される可能性が出てくるものの、前者2人プラスアーサー王で確率は三分の一。まあまあの確率でアーサー王が顕現する。」
「だがしかし、この絵画は贋作、偽物だ。そうすると、この大元の作者は確定として、贋作の方の作者は一体何人ピックアップされると思う?」
「贋作というのは、その贋作を作った作者というのがバレないようにして世に回るもの。当然これも例外ではないだろうね、そうでないならここまで大切に扱われるはずがない。では作者が割れていないのならば、どのような選定がされるか。」
「その絵画が描かれたであろう推定年代の画家全員が、対象になる。」
そこで、捲し立てるように話したフェルメールは一呼吸ついた。
「あとは多く語るまいよ。アーサー王伝説自体、時代を超えても有名なものだし、中世の画家とか一体何人いるのやら…アーサー王に会うのには余りにも豪運でなければいけないらしいね?」
役不足ですみませんね?とでも言いたげな視線を添えて、フェルメールは枕カバーの端っこをいじくり回している。
元々の事前の情報が最低限なのに、サーヴァントの召喚に成功した。
考えてもみろ、僕があんなにも欲した刺激が今ここにある。
これだけでも幸運だと考えるのが妥当なのだろう。
「それならしょうがないな…悪かった。」
「分かればいいんだよ、分かれば。む、悪いと思うなら少し質問に答えてくれるかな?」
なんの質問をするつもりなのだろう。
マスターである僕が何を命令しようとしているのか、それともアーサー王を呼びたがった理由だろうか。
後者だとすれば、僕は大変嬉しい。
アーサー王伝説のファンでなくとも、これからファンにしていけばいいだけだから。
期待する僕に向けて、そいつは指をさしてきた。
早くそう聞いてくれと急かすように早くなる心臓をではなく、畳んだビニールシートを持つ手をだ。
そしてついに問うた。
「君はどうして聖杯戦争に参加しようと思ったのかな?」
…聖杯、戦争?
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「やあ、ロードエルメロイ君。」
「II世をつけて呼んでくれませんか。」
「すまないね、ロードエルメロイII世君。」
洋風の厳格な模様が彫られた木の扉が開かれた。
そこには扉と同じ作者を思わせる作りの木机と、その後ろに隙間を開けずに本が詰められた本棚。
そしてそれら二つの間にある椅子に座りながら書類を捌く、年齢に釣り合わない眉間の皺を携えた、長髪黒髪黒縁メガネの成人男性が存在している。
ロードエルメロイII世と改まって呼びなおされたその成人男性は、扉を開いた老年の来客よりも書類の方が大事なのか、ペンを走らせたまま応対を済ませるらしい。
「Ⅱ世君、目上の人間と話す時にはまず作業を中断するべきではないかな。」
「…すみません。あのバカ…失礼、フラット・エスカルドスの今月の不始末の書類が溜まっていまして、期限も近く量も多いので今書かねば間に合わないかと。」
「…君も、苦労するね。」
「本当ですよ。」
話している最中にもその今月の不始末の数々を思い出したのか、親の仇を見るような目でⅡ世は書類を睨んだ。
老人は話していたときよりさらに申し訳なさそうな顔をするも、Ⅱ世に向けての語りはやめない。
「君は、今聖杯がどこにあるか知っているかい?」
「…どういうことですか。」
第四次聖杯戦争のライダー陣営のマスター、ウェイバー・ベルベットもといロードエルメロイⅡ世。
若かりし頃の彼が参加した聖杯戦争は、冬木の地で執り行われたものであった。
聖杯戦争の当事者である彼は、ほかの魔術師よりも聖杯戦争、聖杯については人一倍知識がある。
当然聖杯の顕現する周期も10年から50年と、最短でも10年の間隔を置いていることは既に把握済だ。
「今は、第五次聖杯戦争が終わって5年も経ってないでしょう…?」
だからこそ、彼は老人のまるで「聖杯が既に今顕現している」かのような口ぶりに強烈な違和感を覚えたのだった。
Ⅱ世は思わずペンを止め老人の方を見やる。
視線を向けられた老人は、下げた眉をさらに下げながらまたここで気苦労を負わせる発言をする。
「実はね、君の他のお弟子さんが先に場所をリークして、聖杯戦争に参加しようと行ってしまったらしいんだよ…」
その言葉を聞いた途端、Ⅱ世のペンは真っ二つに折れた。
「ファック…」
「まあ、その、なんだ。…ペンのインクの後始末くらいは手伝うよ。」
Ⅱ世の手からダラダラとペンのインクが垂れる。
老人は心底バツが悪そうな顔をしながら初級の除染魔術を行使した。
ひとつ大きいため息をついたあと、Ⅱ世はやつれた顔で老人に聞く。
「場所と、弟子の名前は…」
「場所は日本の地方都市霜ノ坂。弟子は…」
老人は少し思い出すような素振りをすると、
「ルルシエ・ティーバティルンといったかな?」
フラットとは別の意味で問題児の名前を呟いた。
***
現在、何かをひた隠すというのは大変難しい世の中だ。
隠す労力はたくさん必要なのに、いざ一度、どんなに小さな情報でも染み出てしまえば大問題。
爆発的にというのはものによるが、それでも着実にじわじわと水溜まりが大きくなるようにして広がるのが情報というもの。
だからこのようにして、この身がサーヴァントの情報を暴いてやれば…
「…他愛もないことだ。」
それはやがて7人のマスターとサーヴァント自身によって、聖杯戦争の存在が広く知れるだろう。
もし、そうなったら?
もし、世界が聖杯の存在を認知するとしたら?
「聖杯戦争は、本当の噂話になってしまうかもね?」
「…心を読むな。」
「それこそ、私の本意なのだが。」
実はこれ見切り発車なんですよね。
フラット君とロードエルメロイⅡ世は他のFate作品を見ていただいてほしいといいますかなんと言いますか。
時空は一応第五次聖杯戦争が終わった何年か後です。