夜も更け…
地方都市霜ノ坂に、海底のような沈黙が訪れた。
等間隔で配置された街灯と月光以外には、明かりはほとんどない。
しかし、それだけではなかった。
深夜の地方都市にプラスアルファ、異端で奇妙で、そして
そのモノは宙高く、今にも月に追いつかんとした高さに浮かんでいる。
そのモノは大きく旋回し、霜ノ坂に帆の表を向けて対面する。
「さあウェンディ、君の夢を叶えよう。」
そのモノ、
***
朝日を浴びて、目を覚ましたのは何年ぶりだったか。
引きこもりを始めてからはカーテンを閉め切って、朝日なんて入ってこなかったから。
昨日窓を大破させられて、久しぶりに見た外を眺める余裕はなかったけど。
「…おはよう。」
「はい、おはよ〜」
誰かと挨拶を交わすのも久しぶり。
あの後フェルメールに連れられて、少女の取ったホテルの一室に逆に僕が転がり込むことになった。
フェルメールが人払いの結界を張ったらしく、暫くは壊れた窓が目立たなくなるらしい。
「しかし君童顔だし、見たところ学生じゃないか。お母さんとかお父さんとか心配しないかね?」
「自分から連れてきといて何言ってんだあんたは…親は海外出張で居ないんだ。」
「引きこもりの息子一人残して?」
「…その時は、まだ学校行ってたんだよ。言っとくけど、まあまあ優秀だったんだからな?」
これでも、内申点は40を超えていたんだ。
テストの点数もオールマイティーに取れてはいたし。
両親がその頃の僕に信頼を寄せていたから、僕は霜ノ坂に残らせてもらえていた。
「はいはいすごいすごい。」
「…信じてないだろ。」
棒読みで形だけは僕を褒めたフェルメールは、あからさまに信じてないのが伝わる。
「今のダイキがそんなんじゃあね〜」
「引きこもりですみませんねっ…と。」
フェルメールはこんなんだし、僕は自分で自分を慰めようと思う。
ベッドに寝っ転がりなおして、懐からスマホを取り出す。
慣れた手つきでパスワードを解除して、アイコンがたくさん並ぶ見慣れた画面をスマホは映し出す。
吹き出しマークのアイコンをタッチし、検索バーには#集まれオカルト好きと打つ。
すぐに僕御用達で、フェルメールを召喚するきっかけにもなったチャットが開かれた。
『サーヴァント見せ合おうのオフ会〜 』
僕が最後に見た文言からチャットの更新はなかったらしい。
日時は今日の正午らしいが、これでは誰が行くのか行かないのかは不明瞭だ。
もちろん僕は行けないけど、せめてどこか遠くから見てフェルメール以外のサーヴァントと、実際に会ったことは無いが話したことがあるマスターの姿を拝見してみたい。
あの時はフェルメールの力を分かってなかったから、意地を通そうとして右腕を失いかけたし、結局は要相談。
まあ、相談したとしてもフェルメールが拒否するのは目に見えている。
「な〜に見てんのよっ、と。」
「あっ!」
ふと、部屋の奥から声がかけられたと思うと、僕の手からスマホが発光し、そしてすっぽ抜けた。
僕の手からウナギのようにするりと抜けたスマホは、そのまま声の主の元へと引き寄せられていく。
そしてその僕のスマホをキャッチしたのは、昨日の少女だった。
「見ても、魔術師のあんたじゃ面白くもなんともないと思うんだけど。」
「そのあんたって呼ぶのやめて。あたしはルルシエ・ティーバティルンだから、何度も言わせないで。」
「分かったよ。でも本当にルルシエには面白く感じられないんじゃないかって…」
だって、そのチャットは名前通りオカルト系だ。
#集まれオカルト好きは、恐らくは尾ひれ背びれマシマシの、胡散臭い怖い噂話を垂れ流すだけに作られた会話スペースになっている。
7人だけのグルーブで、早朝から深夜まで大体1人はいる暇人チャット。
第一印象プライドエベレストお嬢様に見えるルルシエには、ダラダラした会合と、サーヴァント召喚儀式以外は神秘の欠けらもない、はっきりいって無意味なチャットをよく思わないと僕は思う。
「なによ。あたしは低レベルな人間だから、どうせこの面白さは理解できないだろ〜っみたいなことでも言いたいわけ?」
「なんでそう曲解するんだよ…」
「問答無用、見るから。」
スマホの画面を下から上にゆっくりスクロールするルルシエの顔は、1分も経たないうちにみるみる曇っていった。
心配だと何かを案ずる曇りではなく、今にも嵐が始まりそうな災害の方向性の曇りだ。
時折、「何コレ…」「信じられない!」「矛盾してるわ…」と呟きながらもスクロールするルルシエは、息子の悪い出来だったテストの答案を見ている母親のように僕には見える。
やがて質の悪い情報にお腹いっぱいになったのか、ため息をつきながらスマホの電源を落とした。
「不可解だわ、サーヴァント召喚方法以外全部デタラメの嘘っぱちじゃないの。こんなにも作り話が多いなんて、ここは作家の会合か何かかしら…?」
僕が、サーヴァント召喚方法の方がよほど作家製のものだと思っていたことは、そっと胸にしまっておこう。
「あたし、魔術にはオカルトの知識も必要とするからちょっとだけなら知識はあるのよ。そのちょっとだけ、かじっただけ、にわかの人間も分かるほど薄っぺらい情報ばかりなのね。ちょっと期待したあたしがバカみたい。」
「だからつまんないだろって言ったじゃないか。」
「つまらないものですがって言われて渡された物が、まさか鼻かんだティッシュ以下の価値のものだとは思わないじゃない。」
「そうかな〜?私は結構楽しめたけどね。」
風呂上がりだから髪が濡れて、余計にしんなりしているようなルルシエに対し、椅子に座ってアメニティのお茶菓子を摘んでいるフェルメールは笑っていた。
フェルメールの方は一度、僕のパソコンを使ってチャットを読んだことがある事実を思い出す。
「キャスター、あなた本当に芸術家?」
「そこは私のアイデンティティなんだぞ、気安く疑ってはくれるなよ?それにこういう人が匿名で集まるところっていうのは、多かれ少なかれ必ず嘘はあるんだ。ハナからエンターテインメントやコメディの類として考えれば楽しいってことだよ。」
「そういうものなのかしら…」
うんうん唸るルルシエを後目に、フェルメールはテレビをつけた。
画面には、生真面目そうなメガネのニュースキャスターと私腹を肥やしていそうな白髪の老人が討論している。
社会情勢がどうのこうのと、僕には全く理解できない次元の会話を彼女は興味深そうに見始めた。
「それも、エンターテインメントやコメディ?」
心底区別がつかないといった顔で質問するルルシエ。
質問にもルルシエにも苦笑しながらフェルメールはチャンネルを変えた。
「や、少なくともコメディではないかな。この番組とかはエンターテインメントと言えるけど。」
しばらくテレビを切り替えて、止めた先の番組は地方のもののようだった。
リポーターが桜の花の形をした和菓子の食レポをしている。
その背景には木々、遠くに公園、たびたび後ろを通る親子連れの姿、一部が外に晒された自宅。
「あれっ、もしかしてこの番組霜ノ坂の?」
「それも自宅の近く…っていうか自宅!」
「ねえキャスター、人払いの結界はまだ張ってあるんでしょうねぇ!?」
「大丈夫だって、3日は持つ。」
「そんなに大丈夫じゃないのよ!あ〜もう…」
髪の毛を大きく震わせ、ルルシエは頭を抱える。
抱えるだけでは飽き足らず、半乾きの金髪をぐしゃぐしゃ掻き回して体全体から悲痛さが伝わってきてしまう。
僕も僕とてネットで何か言われてやしないか気になって探し回ってしまっている。
世界は広いし特定班は怖い。
特に目立ったことや誰かに喧嘩を売ったことは無いけれど、快楽主義の特定班に気まぐれで暴かれてしまっていたらと思うと悪寒が走る。
…とりあえずスレはまだ無い。
「マズイわ、この番組を見た魔力探知に特化している魔術師がいたら、辿ってこられるわね…契約しているサーヴァントによってはサーヴァントが独断でなぶり殺しに来るって可能性も出ちゃった…」
「少しは安心したまえ、この部屋は簡易的な工房になっているからね。」
「どうして本格的な工房にしないの?」
「そりゃあ、私にそこまでの技量がないからだよ。継続して結界を張るのと平行に陣地作成はちとキツい。」
「嘘でしょキャスター!」
パニックになってフェルメールに飛びかかったルルシエと宥めにかかるフェルメールの取っ組み合い。
そこで、僕は見た。
見てしまった、という表現の方が正しかったか。
どうしようもなくなって、ふとテレビを見た僕だけしか気づかなかったのだろう。
どこにでもいる普通の子供。
そんな形の影法師が、遠くで蠢いているところを。
すみませんめっちゃ遅れました。
ウマ娘、アグネスタキオン、それ以上は多く語りません。
前がきも略して本当に申し訳ないというか示しがつかない。
気を取り直させて頂いて、新しくサーヴァントの情報を出しました。
これ結構察した人多いと思うんですよ、有名だし。
はやく他のサーヴァントの設定も考えないと…