これは、スポーツに打ち込むとある少女の日常の一幕。

 歴史を細かに記録した博物館で、彼女は何を見、何を思うのか……。

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 この作品は以前、國學院大學主催の創作コンテストに出品したものを改稿したSF短編です。
 ホラー的な表現は意図していませんが、世界観や展開に不気味さ、恐ろしさを感じる方がいらっしゃる可能性を考えてR-15タグをつけさせて頂きました。別段気にすることなく楽しんで頂けると幸いです。


緑色の時代

 

 

 

 

 

 目覚まし時計が朝を知らせる。私は伸びをして、時計に起きたことを伝えた。

 

 

 時計は沈黙した。手早く身支度をして、階下にいる家族と朝食にする。

 

 行ってみれば、何やら騒がしい。妹が母と話しているのか。

 

 

「母さん、そろそろウチもガス使おうよ。いつまでも電気だけでお料理してると、時代遅れになっちゃうよ」

 

「ガスは安くても機械が高いのよ。それに電気キッチンは今時珍しいの。壊れるまで使うわ」

 

「えー」

 

 

 どうやら妹は友人宅の台所が相当うらやましいようだ。このところ、週に3回は母とこんなやり取りをしている。友人宅の食事が美味かったので、味をしめているのだろう。

 

 朝食の後、妹がテレビにチャンネルを指定し、ニュースを観始めた。それによると、また新種が見つかったようだ。

 

 私もしばらく観ていると、母の声が飛んできた。

 

 

「二人とも早く学校行きなさい、ほらアナタも!」

 

「お?おう」

 

 

 父は読みふけっていた新聞を放り、私たちと家を出た。

 

 

 30分ほど歩くとバス停に着く。父を乗せたバスは、私たちのバスより一足早く飛び去って行った。

 程なくして、やって来たバスに私たちも乗る。妹は途中で乗り換えるが、私は終点まで乗る。

 

 終点のバス停が、私が通う学校に一番近い。

 

 

「おはよー」「なあ、昨日テレビで……」「うま~」「汚いなぁ……」

 

 

 教室はいつも通りの騒がしさである。黒板の横の果実を食べている生徒もいる。チョークの粉が付いているのに。よくそんな事ができる。

 

 私が呆れていると、女子生徒が近づいてきた。同じ部活動に所属するチームメイトである。

 

「ね、今日の練習メニュー聞いてる?昨日休んじゃってさ」

 

 私はフォーメーションの確認とメンテナンス、部員への連絡と、後は個々人の自主練習の予定であると伝え、彼女にサボり癖があることも指摘した。

 

「いやあごめんね。でもさ、困るものでもないっしょ?」

 

 何の因果か、君と同じクラスである私がとばっちりを受けるのだ。真面目に参加してもらいたい。

 君の力不足故に居ても居なくても同じと言っているのなら、なおさらだ。

 

「堅いね~。たまには力抜いてみなよ」

 

 無理な相談だ。私は部活動が好きで、このスポーツを何年も続けている身。全力でやらずにどうすると言うのか。

 

「ま、主戦力サマに注文付けるもんでもないか。じゃ、また部活でね!」

 

 

 今日くらいは彼女も参加すべきだと、席へ戻る背中を見送りつつ考えていると担任の先生が現れ、ホームルームが始まった。

 

「えー。昨日、西の枝を歩いて校舎に入った生徒がいる。マナーが悪いし危険でもあるので、今後、このようなことのないように」

 

 先生の言葉に、クラス中で苦笑いが起こった。わざわざ登校のために不法侵入まがいの行為をする必要もないだろうに。昨年度中に1度だけ警察沙汰になったことがあったが、「とっとと枝を切れ」と学校側が指導を受けたことは記憶に新しい。

 

 

 ホームルームが終わり、1時限目は国語である。国語の先生は、今日は腕時計を忘れたようで、落ちていた細長い小枝で教室の時計にかかった葉をかき分け、慌てながら時刻を確認していた。

その影響で小テストが次回に延期されたため、救われた生徒が何人かいたようだ。

 

 

 2時限目は体育。つまらない平面上競技だ。本当のバレーボールなら私の頭上にもう一人くらい配置するのに。

 

 単純な作業の繰り返しだが、汗だけは無駄にかく羽目になった。「相棒」もいないので、今一つやる気が出ない。

 

 今はすっかり夏であり、まだ朝のこの時間帯ですでに気温が26度もある。スポーツが得意な私でも、この気温は十分に高く感じた。

 

 

 しかし3時限目に受けた歴史の授業によれば、前世紀の夏、この国の至る所で気温が30度を超えることは普通だったとか。

 

 他にも、常に全くと言っていいほど雨が降らない地域が世界中にあったことや、この国に毎年複数、強力な台風が来ていたことなど、私の感覚では想像し難いことがたくさんあったようである。

 

 

 4時限目の数学を終え、昼休み。

 教室から少し離れた場所の根に座り、木漏れ日を浴びながら昼食を摂る。昨日の夜に作っておいたサンドイッチだ。

 雨の日でもここでは濡れることが無く、昼休みに騒がしい教室から出た屋外で、静かに過ごすことができる。

 

 ふと壁に目をやると、冬には枯れていた蔦が、再び屋上まで伸びているのがわかった。屋上へのドアは、校舎の西側から伸びる例の枝に塞がれており、普段は行けない。

 

 私は喜んで蔦を登り、久しぶりに屋上を散策した。サンドイッチ片手に周りを見てみれば他にも何人か、ここでのんびり昼休みを過ごす生徒がいる。

 

 茂った草を踏み分け、街が一望できる屋上の角へ向かってみる。

 

 

 1年前、私は初めてここから街を見渡したが、街はその時より少し緑が濃くなっている。

 しかし、バスやトラック、クルマが宙を行き交う光景は、昨年と全く変わらない。いつもより空が広く感じられ、清々しい気分になった。

 

 

 午後の授業は音楽。本日金曜日はここまでで早く終わるのだが、今日はそうもいかなかった。

 今朝と同じ生徒が、またもやピアノに生っている果実をつまみ食いしていたからである。

 

 音楽の先生が怒ると授業が長引き、面倒なことは皆が知っているのだから、いい加減にしろと言いたい。

 

 

 放課後の部活も早めに終わった。

 明後日には練習試合が行われるので、今日の活動はフォーメーション確認のために3キロほど飛び、「相棒」をメンテナンスしただけ。明日は学校も練習もなく、休養に充てられる。

 

 ちなみにクラスメイトでもある例の彼女も来ていたが、あまり真剣には見えなかった。練習試合には来てほしいが。

 

 

 家路につくと、バスの通り道でガス管の工事が行われており、普段なら止まらない場所でしばらく止まったため、いつもより遅い帰宅となった。

 

 妹も帰り道途中の工事で通行規制に捕まったようで、夕食の席での母との会話は必然的にこの話題になった。

 母がママ友との会話で入手した情報によると、今年は植物の生育がよく、ガス管の維持管理が大変になっているとのこと。

 

 父の帰宅がこの頃遅いのも、きっと同じ理由だろう。父は街の信号機や看板に張り付いた植物を取り除く仕事に就いており、今年の夏は手強いと言っていた。

 

 

 食事を終え部屋に戻ろうとすると、食卓の上に置かれた朝刊が目に留まった。今朝、父が読んでいたものだ。私は母と妹に断ってから、新聞を部屋に持ち帰った。

 

 

 大した意味もなく、パラパラとページをめくる。

 書かれているのは特に興味のないことばかり。旧世紀の軍事基地発掘調査、マングローブによる国土の浸食、バイオガス発電機の広告、などなど……。

 

 

 その中で少し目を引いたのが、新種の記事である。今朝のニュースで取り上げられていたことだが、新聞にも載っていたのだ。

 ニュースでは詳しく観れなかったので、読んでおこう。

 

 

 「今年中発見された27番目の新種は、またも金属食のバクテリアと共存共栄し、光合成能力も高く……鉄材に根を回し栄養を……工業団地、ライフライン、鉱山などに影響……」

 

 

 なるほど、父が新聞を読みふけっていた理由がよくわかる。

 

 彼にとっては、新たな敵が世間に現れたことになるのだ。

 ここ数年間、父の仕事が増え続けているのは、私たち家族全員が知っている事実。今日の朝刊で、彼を忙しくする要因がまた増えたと言える。

 

 私は「やれやれ」と思いつつ新聞を食卓に戻した。

 

 もっとも、忙しい父でも明日は休日であり、母と私と妹の休日でもある。

 父の提案で、最近できた近代博物館へと家族皆で出掛けることになっている。

 

 遅めの時間に起こせと目覚まし時計に命じて、私は眠りについた。

 

 

 

 

 翌朝。

 食事を済ませると、私たちは母が運転するクルマで博物館へ向かった。

 

 

 完成したばかりの博物館には最新式の設備が整っており、わかりやすい案内板が入口付近に置かれていた。

 

 

 本館では産業と社会の変遷について、別館では動植物と環境の変遷についての展示が行われている。

 

 

 

 私たちは産業と社会の分野の展示から見ることにした。

 

 

 この展示は、蒸気機関の登場による産業革命から始まっていた。歴史の授業でも習ったことだが、より詳しく、様々な視点からの解説が行われていた。

 

 

 展示によれば、人々は産業革命以後、モノの生産を職人の手から工作機械に任せるようになり、その流れは現在まで続いている。

 蒸気機関により、鉄道や船舶など、交通、物流、軍事の分野も成長をとげた。

 

 

 その後、石炭を経て石油、天然ガスなどの化石燃料が新たなエネルギー資源として登場し、電気エネルギーの生産も増加を始め、人々は日常生活や移動に、石油を基盤にした電力を消費するようになったという。

 

 

 同じ空間に、当時の人々が使っていた「自動車」と呼ばれる乗り物が展示されていた。私は実物を見るのは初めてである。形は私たちが使っているクルマやトラックに似ている。

 

 自動車には石油を直接消費するもの以外にも、電力と組み合わせるもの、電力のみで動くものなど、様々なタイプがあったらしい。

 

 

 かつての街の映像を見ると、地面に平らにされた部分(当時はこれを道路と呼んでいたそうだ)があり、そこを自動車が移動しているが、当然現在の街にそんなものはなく、かつての平らな地面は植物の根で覆われている。

 

 車輪で移動できた当時は、交通が現在より安全だったと思われる。空を飛ぶ機械は、鳥のような翼がある「飛行機」が既に存在していたそうだが、映像を見ると広大な平面、空港なる施設を必要とする乗り物であった。

 

 

 本館の展示を最後まで見てわかったことは、21世紀初頭から化石燃料の枯渇が懸念され始め、気候変動をはじめとした多くの環境問題や、紛争、国際情勢の不安定化、コンピュータを使用した犯罪行為など社会問題も巻き起こり、これらの問題が、歯止めがかからないほど深刻化していったことだ。

 

 地球環境と人間社会は、20世紀末から21世紀後半にかけ、急激に変化したのである。

 

 

 

 展示を見た後、私はにわかに興奮していた。

 

 結局、これらの問題は、ある意味ほぼ解決されるのである。その詳しい説明は別館の展示にあるという。昼の休憩中、そこに行くのが楽しみになった。

 私は博物館の経営戦略にまんまと乗せられているのだ。

 

 

 

 別館に移動し、まずは動物についての展示から見ることにした。

 

 ここでは現在生きている動物ではなく、絶滅した種、希少になった種についての展示が主である。もっとも、それらの種はさほど多くはなく、私たちは早々に、植物についての展示を見に行った。パンフレットなどを見ると、ここが博物館の目玉であるらしい。

 

 

 この展示では、様々な資料と共に、地球の問題がどのように解決されたのかが詳しく説明されていた。

 

 

 

 

 始まりは人類史の大転換点……「超緑化現象」の幕開けである。

 

 

 

 これは、かつてない勢いで変化する地球環境に対応するため、植物が急激にして強引な進化を遂げ続け、今なお新たな種を生み出し、増殖を広げている世界規模の自然現象。

 

 

 

 多様な植物や微生物の特徴を取り込むこの進化により、本来ならば植物が適さない、痩せた土地や都市部、更には砂漠地帯、海面にまでも急速に緑が広がった。

 

 

そして……その浄化作用と繁殖力により、多くの環境問題や農業、食糧、エネルギー問題を、自然の力が解決してしまったのだ。

 

 

 世界中に植物が溢れたことにより、あらゆる土地が自然の田畑となって貧しい地域に食べ物をもたらし、農林業も復興した。

 

 進化した植物はあらゆる温室効果ガスを消費して増殖し、温暖化はいつしか終わりを告げた。

 

 環境を脅かす有害物質は植物の体内に蓄積され、容易く処分された。

 

 安全な植物から作るバイオエタノールやガスは、失われかけていた化石燃料に代わるエネルギー源となった。

 

 新たな雇用も生まれた。植物の管理や進化能力の研究、父が生業とする植物の駆除が、ビジネスとして急速に普及していったのだ。

 

 

 そして経済が活性化し、連鎖反応によってその他の社会問題も解決に向かい、その結果として今の世界がある、とのことだ。

 

 

 

 博物館は、植物の進化が、人類に都合のよい結果をもたらしたと主張しているようだ。

 

 だが、私にはいい側面ばかりではないように感じる。

 全ての展示を見れば、人々の生活が急激に変わったことがわかる。また、このような状況は過去の人々が想定していたものではない。完全に予想の埒外を向いている。

 

 

 そして植物の進化は現在も続いている。

 

 

 人類に自然が操れず、予測すらもできないことは、既に過去が証明した。

 これから、父の仕事はもっと忙しくなって、学校の屋上から眺める景色も、もっと緑が濃くなっていくに違いない。いずれはヒトが作ったあらゆるものを、緑が飲み込んでしまうのだろうか。

 

 

 超緑化現象によって人類は多くを手に入れた。しかし同時に、莫大な代償を払っているはずだ。

 

 実際、地面が植物に支配されて自動車の技術は過去の産物となった。飛行機は空港が植物に占拠されて飛べなくなり、誰もが飛行手段のクルマを入手する時代になって自然消滅。

 

 交通、物流は、バイオエタノールを基盤にしたものに急遽作り直さざるをえなかった。

 

 貧困が減り、紛争も減り、軍事力は無意味となった。そして金属からエネルギーを得るコケによってあらゆる兵器が使い物にならなくなり、大量に放棄された。

 基地はジャングルに埋もれて遺跡となった。

 

 それより昔の時代から遺跡と呼ばれていた場所は、そのほとんどが跡形もなくなっているらしい。

 

 

 失われたものには、無形の存在もあったはずだ。スポーツや文化は、超緑化現象という時代の変化に翻弄されて消滅、ないしは変化を強制されている。

 

 

 

 そして今。インターネットや電波を使った通信、電気、水道、ガスといったライフラインだけは昔のまま残されている。いや、人類の抵抗によって守られていると言うべきか。

 

 しかし、それもいつか終わる日が来るのだろう。植物の進化は止まらない。対して人類の科学技術は失われつつあるのだから。

 

 通信分野が特に顕著だ。ロケット発射場も植物に覆われ、宇宙開発は停止。通信用の人工衛星は次々と寿命を迎え、流れ星となって数を減らしている。

 

 

 

 いつしか地球が緑に覆われた時……果たして人々には、何が残っているのだろう。私にはわからない。

 

 

 

 「どうかしたの?別館に行く前は元気だったのに……」

 

 妹が私に尋ねた。

 

 どうやら、楽しく帰宅する家族の中で、私だけが浮かない顔をしていたようだ。考えてみれば、私個人が地球の将来に不安を抱いたり、心配したりする必要はないかもしれない。

 

 どの道、私は私の日常を生きなければならないのだ。

 

 

 明日は部活のチームで、他校との練習試合に臨む。バイオエタノールを動力源とする飛行機能搭載型アシストスーツを着用し、木の根や枝を飛び回りながらゴムボールを奪い合うスポーツ「フォレストボール」。

 

 ボールを体のどこかで打ち、相手陣地の最奥に到達させればポイントを獲得できる。制限時間内に多くのポイントを得ていたチームが勝利する。相手選手に危害を加えることはペナルティの対象。

 

 これ以外に明確なルールは存在しない。

 試合が行われる場所は、どのように植物が繫茂しているのかわからないので、競技場の状態によって不利にも有利にもなり得る、不確定要素の強いゲームである。

 

 

 私は小学生時代からこのスポーツに明け暮れ、今のチームでは主力の座を保持している。

 

 試合ごとに条件の違う競技場で、常に最善と全力を尽くす。これがこのスポーツの醍醐味。選手も観客も、次はどんな試合になるだろうかと不安や期待が合わさって言いようのない気分を味わえる。

 

 この感覚は私の好みに合っており、普段の練習でも試合でも楽しんでいた。体の成長に合わせてパーツを交換しつつも、メインの動力装置は変更していない私のアシストスーツは、長年連れ添った「相棒」である。

 

 

 超緑化現象が起こる前、競技場の地面は平らであることが前提条件であったらしい。が、今の世界にそんな地面を求めることは馬鹿げている。何より、縦方向の動きがない旧世紀のスポーツは、映像を見ても何となくつまらないものだった。

 

 あらゆる地面が緑で埋め尽くされると、スポーツのルールも次々に変更され、最終的に消えていった。かつてと大幅にルールが変わっていても、名前だけは引き継いでいるものもあるが、全くルールが変わっていないスポーツは、もはや存在しないとされる。

 

 植物が増殖して行く背景で、スポーツは1度大量絶滅している、というわけだ。そんな世界に合わせて作られたのが、このフォレストボール。

 アシストスーツさえあれば世界のどこでも競技場になるため、世界各地で人気のスポーツとなっている。

 

 これは、超緑化現象の後から、新たに人類が生み出したものの一つ。

 

 

 

 植物によって世界は変化し、支配されながらも……多くを失いながらも、私たちはまだ生きていける。まだ世界に新たな価値を作ることができる。

 

 将来、何が残っているかはわからないが、だからこそ。

 

 私たちは、新たな何かを生み出し続ける必要がある。そうしなければ、植物に覆われた地球で、私たちは文明の全てを手放し、忘れ去ってしまうだろう。

 「今」を生きることだけに必死な、原始の時代に還ってしまうだろう。

 

 

 それだけは、必ず阻止してみせる。残らないなら創り続ける。

 

 

 それが私たちが未来のためにできる、数少ない役割ではないのか。

 

 

 考えている間に家に着いた。

 

 明日の練習試合、相手はフォレストボールの強豪校。おまけに家族皆が観戦しに来る。

 

 

 恥のないよう、頑張らなければ。

 

 

 

 家族と博物館での思い出や明日の予定について話したあと、私はテレビにチャンネルを伝えて夜のニュースを観て、朝刊を読んでから眠りについた。

 

 

 

 

そして今日もまた、目覚まし時計が朝を知らせる。

 

 

 

 

 

 





 「こんな未来もあり得るかも」と考えて執筆したこの作品。
 いかがでしたか?

 植物の氾濫は様々なSF作品で扱われるテーマですので、既視感があるかと思います。非現実的でありながら身近に感じられるので、私は結構好きな世界です。

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