【デート・ア・ライブ】 デート・ア・ガンダム -武×士道×グラハム- 【機動戦士ガンダム00】 作:LN58
●五河 琴里の三角関係
原作では司令の立場もあって必ずいるけど 空気のようにいるのが当たり前で 影が薄い存在になっていた 五河 琴里であったが、
今作においては打って変わって、五河 士道と守護天使:グラハムの関係を語る上で欠かせない要素となっている。
というより、今作の五河 士道がASTのエース:鳶一 折紙よりも強くなれたのは、
守護天使:グラハム・エーカー直伝の血を吐くほどの無茶を可能とする【グラハム・スペシャル】と、
【グラハム・スペシャル】による身体の故障を〈イフリート〉の自己再生能力で回復していたからであり、
とある型月作品の正義の味方のように 毎晩の稽古で死にかけるような ブレーキが壊れた状態で あの日から5年間を駆け抜けていった成果であった。
また、5年前のあの日から精霊を斃すために普通の女の子の日々を捨ててASTに入隊した鳶一 折紙よりも、
それよりもずっと前に、五河家の“家族”になった時から“武士道”を志して【グラハム・スペシャル】を習得した五河 士道の方が鍛錬を多く積んでもいる。
それにより、5年前のあの日から〈ラタトスク〉に庇護されることになった時点で、
来る〈デート・ア・ライブ〉に備えて 元AST隊長の神無月 恭平が訓練をつけることにもなり、
質と量ともに鳶一 折紙よりも五河 士道の方が強くなれる背景がちゃんとあるのである。
――――――「世界一 強くて 格好良くて 可愛い おにーちゃん」の呼び名に違わぬ強者ぶりである。
しかし、それと同時に“家族”になって以降の“五河 士道”の変貌も妹は間近で目の当たりにしてきており、
急に大人っぽくなって大胆不敵で珍奇な台詞回しをして左手で箸を握る“五河 士道”の存在をいつしか“兄貴”と呼び慕うようになった。
普段の“おにーちゃん”の一面と たまに現れる“兄貴”の一面のどちらも“五河 士道”であり、
2人の頼れる兄が同時にいるみたいで 物凄い安心感とお得感を覚えていたようである。
ところが、5年前のあの日に“兄貴”の正体を知ることとなる。
それと同時に、安全のために2週間〈ラタトスク〉で拘束されることになり、
人類が初めて捕獲に成功した精霊ということでデータをとるために非人道的な実験を受けることになってしまった。
自分が精霊という人ならざる存在になってしまっていた恐怖に怯え、それを“兄貴”が慰め励ましてくれるものの、
普段の“おにーちゃん”がいないことに違和感と寂しさを覚え、“兄貴”に対して憎まれ口を叩いてしまう。
五河 琴里にとって“五河 士道”とは“おにーちゃん”でもあり “兄貴”でもある存在だったのである。2人揃っていないと意味がないのだ。
しかし、2週間の監禁生活の間に“兄貴”――――――、五河 士道の守護天使:グラハム・エーカーと対話を重ね、
グラハムが士道のことを“もう一人のグラハム・エーカー”と評し、琴里を“守るべき妹君”と見ていることを知り、
五河 琴里も次第に“おにーちゃん”と“兄貴”をそれぞれ独立した存在だと認識できるようになった。
ところが、“五河 士道”に対する好感度をそのまま“おにーちゃん”と“兄貴”に適応させてしまっており、
その結果、琴里の方が二人の男性を異性として意識することになってしまった。
――――――それだけならよかったかもしれない。
そんな妹の切ない恋心を尻目に“おにーちゃん”と“兄貴”は“五河 士道”として一心同体であることから、
互いを“もう一人の自分”と称して信頼度がMAXであるため、常に二人は二人だけの世界にいたことになり、
思い返すと、“現代のサムライ”を目指して一人で一生懸命に頑張っている時――――――、
つまりは、“もう一人の自分”と二人だけの世界にいる時とでは、明らかに妹と一緒にいるより楽しそうだったのである。
傍から見れば、一人で何か困難なことに挑戦している時の方が一番イキイキしているのが“五河 士道”という男の子であったのである。
つまり、妹は二人の仲に踏み込むことができずにずっと遠くから少年の成長を眺め続けていたことになり、
だからこそ、“兄貴”の正体を知ったことには驚きと喜びがあり、それと同じぐらいに二人の仲に入り込めないことの実感と疎外感もあった。
そのため、〈ラタトスク〉の精霊への対抗策〈デート・ア・ライブ〉には 本来 存在しない、
五河 士道の守護天使:グラハム・エーカーとのコミュニケーションツールの製作を無理を言って実現させており、
それから“兄貴”との再会と計画始動まで数年の時を待つことになった。
その間、“おにーちゃん”は成長期に合わせてどんどん逞しくなっていき、 “現代のサムライ”としての風格を持ち始めるようになった。
そして、満を持して復活を果たした守護天使:グラハムと 早速 コミュニケーションをとっており、
5年の時が経っても相変わらずの様子であったことに 憎まれ口を叩きながらも 内心は飛び上がるほどに歓喜に満ちていた。
ところが、そんな妹と“兄貴”の様子を面白くなさそうに無意識に思っていたのが“おにーちゃん”であり、
“おにーちゃん”には妹と“兄貴”が仲良くなった2週間の記憶がまったくないため、会ったことがないはずの二人の仲には違和感しかなかった。
また、“兄貴”の存在を自分だけの特別な存在とずっと思ってもいたことから、
自分だけの守護天使がこうして自分以外の誰かと話をしている光景が面白くないように思えていたのである。
もちろん、客観的に考えて守護天使の存在が知られて認められることは良いことだと理性ではわかっていても、
守護天使が自分の知らないところで誰かと仲良くしていることを知る度に普段の表情から少し目元が歪むので、妹にはすぐにわかってしまうのだ。、
“おにーちゃん”は別に妹のことが嫌いというわけではない。むしろ、大好きである。
しかし、自身に守護天使が宿っていることにある種の神聖さとアイデンティティを覚えているため、
そうやって気軽に他の誰かがその存在に触れられるようになったことがなんとなく嫌なのだ。
なぜなら、本当の意味で“五河 士道”になった時に守護天使:グラハム・エーカーが宿ったのだから。
守護天使が自分のものじゃなくなったら、自分は“五河 士道”ではなくなってしまうのでは――――――?
そのため、様々な要因が重なった結果、炎の精霊〈イフリート〉との戦争〈デート〉では大いに取り乱すことになった。
この辺りが、原作よりもはるかに能力は高いはずなのにメンタルが不安定となっているところであり、
因果律の観点で言えば、これもまた世界の修正力が働いた結果なのだろう。
俺の守護天使
――――――→
五河 士道 グラハム・エーカー
←――――――
もう一人の自分
最愛の家族
――――――→
五河 士道 五河 琴里
←――――――
大好きなおにーちゃん
守るべき妹君
――――――→
グラハム 五河 琴里
←――――――
大好きな兄貴
五河 琴里の三角関係は1対1の繋がりでは一切の悪感情はないものの、
自分だけの守護天使が他の誰かと知らないところで仲良くしていることがなんとなく気に食わない“おにーちゃん”の様子を見て、
妹:五河 琴里は“兄貴”とのふれあいに遠慮するようになってしまっていた。
本来は素直な感性の少女であるため、どこかギクシャクとしてしまっている様子はなんとなく“おにーちゃん”にも伝わっており、
しかし、そのことに関してはっきりと対話をしてこなかったことが今回の〈イフリート〉暴走の一因となっていた。
その一方で、未来人の幽霊である“兄貴”としては兄妹に対して負い目を持っているため、
兄妹の仲が悪くなるようならば、再び封印されることも覚悟していたために、かなり消極的になっていた。
結論から言えば、“おにーちゃん”の無意識の苛立ちが原因で三角関係がギクシャクすることになっていた。
しかし、5年前のあの日に精霊となった自分のせいで 5年間 守護天使と会えなくした負い目やら何やらいろいろと複雑に絡み合って、
妹には素直に“おにーちゃん”と“兄貴”と一緒に混ざりたいことを告白する勇気がなかった。
グラハムもまた、死者である自分が存在し続けることに迷いを抱いていたため、兄妹のことに関して積極的になれなかったところがあった。
最初から【好感度】がMAXの精霊〈イフリート〉ではあったものの、5年前のあの日から変わり果てた“家族”の繋がりが尾を引いて、
“身近な相手ほどよくわかっていない”隔たりがあることを意識させることになる。
だからこそ、対話が誰にとっても重要であることを更に強く認識させる一件となったのであった。