メガテン新作ゲーム……?   作:せとり

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支配 前

 なんだかんだで、上限にしていた10人の枠は埋まっていた。

 

 正直言って応募者が10人を超えるのは意外だった。

 自分でもかなり怪しいことを言っているという自覚があったし、実際『あの場では言えない裏』は存在した。

 それでもこれだけの数が応募してくれたのは、私の人徳の為せる業かな? ……冗談だ。

 不審を上回るほどの強い不安があったのだろう。

 

 それぞれに応募動機を一通り聞いた所、「Sランカーで頼りになりそうだったから」というのが最も多い理由だった。次に「信用できるように見えたから」と続く。

 掲示板を見た他のプレイヤーも、似たような感想を抱いてくれることだろう。ある程度のPRは成功しているようで一安心だ。

 これで私の事を「真っ先に人助けに動く善良なプレイヤー」だと印象付ける事ができただろう。

 消したい過去が消せないのと同じように、こうした実績もまた一生に渡って世に残り続けるものだ。

 もちろん失敗すればそれ以上の汚名が残ってしまう為、これから先も慎重に舵を取っていく必要がある。

 

 応募者の選定は、住居財産の自己申告とチュートリアルの推定死亡日数で判断した。

 何も持っていない、できるだけ困窮度の高そうな人を優先したが、ちらほらと能力ガチャで上振れした人も混じっていて嬉しい誤算だった。

 低レアとはいえ、特殊技能の潜在能力を持った人間を囲えるのは悪くない。

 

 忙しい合間にも各個人のプロフィールは収集済みだ。

 前世の職業・経歴・技能、特典の詳細等。

 一通り面接を行った印象としては、皆それなりに常識を弁えていそうな普通の人ばかりだった。

 

 応募者が強盗に変わるかもしれない。

 私はそういったリスクもきちんと認識した上で、他のプレイヤーを受け入れた。

 しかし彼ら・彼女らは皆、元は現代日本で普通に暮らしていた一般人だ。

 それも本人の過失によって財産を失い路頭に迷っている訳ではなく、半ば不可抗力のような形で全てを失った人達だ。

 チュートリアルで苦労したにしても、まだこの世界に来てからは1日も経ってない。何か月も路上生活を経験した後ならともかく、今はそこまで元の性格からの変化はない筈だ。

 助けた人に、そこまでの悪人が混じっているとは考え難い。

 

 スラム街の住民やその辺のホームレスを家に招き入れるのとは訳が違う。

 どちらかと言えば、突然の災害で家を失って困窮している人々を家に招く、というのが近いだろうか。

 まあそれだって大概危険な行為だが、それは招く側が一般人の場合だ。

 今の私の身体能力なら、ステータスに何のボーナスも受けていないプレイヤー程度、仮に襲ってきた所で返り討ちにできる。

 

 7日間のチュートリアルによって鍛えられた私の戦闘能力は、7日前とは比べ物にならないほど増していた。

 1対1なら、何の力も持たない一般人になど負ける気がしない。

 集団で襲われれば分からないかもしれないが、そんな状況は作らなければいい。

 

 普通の日本人であれば、助けられれば恩を感じて借りを返そうとするだろう。

 その借りが何年にも渡って返済が必要な、数百万から数千万円といった莫大な借金とかならともかく、たった十数万円の借金だ。

 何かしらの挫折があって途中で投げ出すことはあるかもしれないが、とりあえず最初は返済しようとする筈だ。

 

 恩で縛り、力でも逆らえない。そして逃げ出す場所もない。

 私はこの小集団に対して絶大な権力を握ることになる。

 彼らは全員面識のない人々の集まりだ。連帯を持った10人の集団ではなく、個人が10人集まっているだけの寄り合い世帯。横の繋がりなど全く無い。

 自分はその1人1人を分断しつつ、ゆっくりと自らの勢力に取り込んで行けばいい。

 

 仮に私を追い出してこの家を乗っ取ろうとするなら、当然抵抗する私と対決することになるため、それを打倒する戦力が必要だ。

 クーデターを成功させるためには仲間の存在が不可欠だが……この状況ではヒトラーだって扇動は無理だろう。そんな事を口にしたところで戯言として扱われて孤立し、追い出されるだけだ。

 

 突発的に訳の分からない犯行を起こしたり、外部と繋がって脅威を引き入れるという可能性も0ではないが、そんな低すぎる可能性を真面目に警戒していたら何もできなくなる。

 

 その辺のリスクを呑み込めるぐらいには、私は自らのマネジメント能力に自信があった。

 悪魔相手の切った張ったと違って、こちらは本職と言える。10人程度なら問題なく管理できるはずだ。

 

 人間というのは、複雑なようでいて単純だ。

 考える頭と自由意思を持った存在というのは支配しにくいように見えても、要点さえ押さえてしまえば人を服従させるのは意外と簡単なのだ。

 “この人に従った方が得だ”“逆らったら損をする”そう自分の頭で考えさせて、その人の自由意思によって服従させれば良い。

 

 その為の手法は、長い人類の歴史の中には多くの参考例が存在する。

 私自身、人を管理するという経験もある程度は積んできた。

 彼らを私のシンパとするまでの道筋は見えている。後は状況を注視しつつ、細かな対応を行っていけばいい。

 

 人間同士の不毛なマウントの取り合い。

 ああ、なんて平和なんだろう。人間社会に帰ってきた、という実感が湧いてくる。

 この和やかな日常がいつまでも続いていけばいいのだが……期待はできないだろう。

 だから、備えないと。

 

 与えられたリソースを余すところなく活用し、自身の持つ力を拡大させる。

 元より世界が崩壊して秩序が破壊されるようなことがあれば、住居も金も意味がなくなるものだ。使えるうちに使っておいた方がいい。

 とはいえ意味もなく平和な世界に送られたとは思えない。暫くはこの状況が続くと踏んで、回収が中長期に渡る投資を実行する賭けに出た。

 

 この判断が吉と出るか凶と出るかはまだ分からない。

 しかし状況に大きな変化が無ければ、きっと成功させてみせる。

 私は密かに決意した。

 

 

 

 

 

 多くの人の生活音が折り重なって、ざわめくリビングルーム。

 こうして11人が集まると、広かった空間も狭苦しく感じる。

 

 今はどうにか全ての希望者を回収して、最低限生活に必要な物資の買い出しを行い、ついでに買ってきた弁当をそれぞれが食べている所だった。

 自炊して節約したいところだが、何の体制も整っていない段階でいきなりは難しい。

 この後銭湯に行かせる必要もあるし、やることが目白押しだ。

 

 遠隔地のプレイヤーの迎え、荷物持ち等、先に回収した人に仕事を振ることである程度負担は軽減できたが、それでも中々大変な作業だった。

 ようやく落ち着けて人心地が付いた……。この部屋にいる大半の人はそう思っているだろうが、私にとってはここからが本番だ。

 

 まずは彼らを管理する為の組織を早急に作らなくてはならない。

 無秩序のままでは早晩崩壊する。この集団を維持していく為には、ルールという名の秩序が必要なのだ。

 自由放任。それぞれの良識に期待する。それらは言葉の響きこそ良いものの、その結果何が起きるのか想像できていない。無責任な態度そのものだ。

 こうして人を集めた以上、私は彼らに対して責任を負っている。まともな生活を提供して自立を手助けするためにも、そこら辺は曖昧にはしておけない。

 

「あちゃあ、駅のホームで飛び降り自殺があったみたい。可哀そうに……もしかしてお仲間かな」

「――え?」

 

 全員初対面ながらも今日一日でそれなりに打ち解け合い、歓談しながら食事をしている所に、私は爆弾を放り込んだ。10対の視線がこちらへと向き、空気がピシリと凍り付いた。

 

「今日の宿が見つけられなくて野宿の人もちらほらいるみたい。外は寒いのに、大変だぁ……」

 

 まず彼らには、今自分が置かれている状況は恵まれているのだと錯覚してもらう。

 人は自らよりも下の人間を見ると安心する生き物だ。

 彼らよりも更に下。今日1日を無駄にしてしまった底辺の悲惨な現状を知らせる事で、自分たちはまだマシなのだと認識させる。

 現状に一定の満足心を持たせて、今の暮らしが無くなることを恐れさせ、思考を保守的にさせる。

 自分たちが放り出される原因になるかもしれない、家主である私に対して失礼を働く者や、秩序を乱す者を排斥するように仕向けるのだ。

 その為に合間合間に収集していた、運の悪いプレイヤーの不幸エピソードを語っていく。

 影響は軽微かもしれないが、確実に楔は打ち込まれるだろう。

 

「あらら、この人は生活保護の窓口に行ったんだけど追い返されて野宿確定だって……。今日1日何も食べてないみたいだし……大丈夫かな、心配だ」

「それって……違法ですよね? その職員、とんでもなく酷い人ですね」

 

 美男美女の集団にいて若干浮いている、平凡な顔立ちの中年男性が口を開いた。

 名前は蒲生(がもう)次郎(じろう)。キャラクリを行っておらず、前世で築いていた財産を全て失い、容姿・年齢そのままでこの世界に飛ばされたという、かなり悲惨な身の上を持つ人物だった。

 

「そうだね。中にはそういう酷い職員や自治体もあるんだろうね……。申請を受け取って貰えなくて、体よく追い返された人も中にはいるみたいだけど、食料やアルミシートくらいは貰えたみたいだから。その人は運が悪かったんだろう」

 

 酷い、可哀そう。そういった声がちらほらと上がる。

 

「そう考えると、三千桂さんに拾われた僕達ってかなり恵まれてる方ですね……なんだか他の人に申し訳ない気持ちです」

「私としても、こうして掲示板越しに見ている事しかできないのは心苦しいかな」

「そんなことないですよ! 三千桂さんは私たちを助けてくれたんですから!」

 

 今度は豊満な体形のピンク髪の美女が声を上げた。

 丹生(にゅう)ルーシー。持ち前のガチャ運で覚醒能力でRを引いており、その潜在能力に密かな期待をかけている人物だ。

 ちなみに私と同じくTSしているらしい。

 

「そうそう。俺らも三千桂さんに助けて貰えなきゃ今頃どうなっていたことか。ホント感謝です!」

「そうですよ! やれることはやってるんですから、負い目を感じる必要なんて一つもないです!」

「拾ってくれてありがとうございます、三千桂さん」

「そうだね、ありがとうございます!」

 

 誰かが感謝の言葉を口にしたのを皮切りに、彼らは口々にお礼の言葉を言い始めた。

 助けられて感謝する。一見和やかな光景にも見えるが、10人全員の行動が統一されるのも少し異様だろう。

 “ここで黙っていたら恩を感じていないように思われるかもしれない”そういう場の雰囲気が、彼らの発言を後押ししていた。

 

 暇を見て私の思想を語ることで、軽く洗脳――げふんげふん、説得したことにより、意志が弱そうな人から良い感じにイエスマンも湧いている。

 この雰囲気の中で反対意見を言い出すのは、なかなか難しいだろう。

 

「ありがとう皆。私もささやかながらこうして皆を手助けできてよかったよ」

 

 これは本心だ。

 自分が手を差し伸べなかったら、もしかしたらこの人達の中から先ほど挙げたような不幸な状況に陥る者や、ともすれば自殺者すら出ていたかもしれない。

 それを未然に防ぐことができて本当に良かった。

 たった10人とはいえ、確かに私は気の毒な目に遭うかもしれない人々を救ったのだ。その点は誇らしく感じる。

 

「これから先も大変だろうけど、皆で協力し合って生活して行きましょう!」

 

 おおー! と若い男女の声が唱和する。

 見た感じ、私の言葉に否定的な人間はいなさそうだった。程度の差はあれど、皆この集団に馴染もうと努めているようだ。

 

 いい傾向だ。

 やはり元は普通の日本人だけあって、扱いやすそうな人が多いようで何よりだ。

 掲示板上では言葉の強い人は印象に残りやすく、実数以上に多く見えるが、実際のところああいった人物は本当に少数だ。特にリアルでも掲示板上のような振る舞いをする社会不適合者は殆どいないだろう。

 

(これは案外穏便に済みそうかな)

 

 考え無しに動くような輩が混じっていることも織り込み済みではあった。その際のプランについてもある程度決めてある。

 手荒な手段を使うことになるため、あまり使いたくはなかったが……どうやら出番はなさそうでホッとする。

 

「さて、これから共同生活を送るにあたって、いくつかルールを決めようと思います。とはいえ細かい決め事は後々作っていくとして、まずは大まかな枠組みです」

 

 一呼吸置いて全員に言葉の意味が浸透するのを待つ。皆が神妙な顔つきになったのを確認して、再び口を開く。

 

「まず大前提として、公序良俗に反する行為……つまり『常識的に考えて駄目だと思う事』はしないでください。もし何か問題が発覚した場合は、全員を集めて事情を聴いた上で、多数決を取って『問題を起こした人物を追い出すかどうか』を決めたいと思っています。この件について、何か疑問や意見のある方はいらっしゃいますか?」

「いや、特には……」

「まあ、問題を起こすなって当たり前の話だしね……」

「あの、少し質問よろしいですか?」

 

 そう言って、見た目では最年長の次郎が手を上げた。私はにこりと笑って発言を促した。

 

「ええもちろんです。どうぞ」

「その、細かい質問で恐縮なのですが、問題の提起はどのように行われるのでしょうか……? もしかして、そのぉ、に、臭い等で嫌われて追い出される可能性も……?」

「ぷっ」

 

 誰かが笑って噴き出す音がした。

 

「ご、ごめんなさい……なんでもないですっ。失礼しました」

「い、いえ。こちらこそ変なことを言ってすいません……」

 

 その人はすぐに謝罪し、次郎もそれを受け入れたが、結構心に来ている様子だった。

 私は何とか表情を動かさずに堪えた。危なかった。仕事モードでなければ笑っていたかもしれない。

 前世では子供がいたと言っていたし、もしかしたら年頃の娘さんに『パパ臭い』とか言われた経験があるのかもしれない。そう考えると色々と不憫で笑えない話だ。

 

「次郎さんが懸念する事は伝わりました。つまり多数派に嫌われてしまった場合、悪いことをしていないにも拘らず追い出される人が出るかもしれないと危惧している訳ですね?」

「そ、その通りです」

「ご安心ください。そうした細かな諍いは話し合いで解決したいと思っています。追放決議は最終手段です。会議を開くかどうかも私が決めます。下らないことで追い出すような真似は絶対にしませんので、どうぞご安心を」

「わ、わかりました……」

「まあ三千桂さんに任せておけば大丈夫でしょ」

「うん、そうだね」

 

 それぞれに1票の権利を与えた上で、自身は堂々と最高権力を主張しておく。

 異論は出なかった。

 

 

 

 


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