メガテン新作ゲーム……?   作:せとり

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初心者

 この世界に来て、早くも1週間が経つ。

 目まぐるしい日々で内容も濃く、時間はあっという間に感じられた。

 

 この世界の一般常識については大体把握して、集団生活も安定してきた。

 集団に馴染めていない人は今のところいないし、班長らもよく班員を纏めてくれる為、自分がいなくても大体回るようになっている。

 収入の目途が付いたので金銭的に締め付ける必要性が薄れ、何かにつけて甘い顔をできるようになったのも大きいだろう。

 大抵の不満はお金を渡すことで抑え込める。現ナマは正義だ。

 

 昼間の家はガランとしている。

 住民の殆どが出払っているからだ。

 ハロワに行って求人を探したり、バイトの面接に行ったり等、皆それぞれが職探し中だった。

 中には既にバイトを始めている人もそれなりにいる。

 もう1週間も経つ頃には、皆何かしらの収入源を得ている事だろう。

 そう仕向けている面もあるとはいえ、皆勤勉なようで何よりだ。

 

 霊的災害――悪魔に対抗するために不可欠な異能者を育てる為、政府が行っている政策の1つ。異能者給付金。

 霊視ができるだけの最低レベルの異能者ですら、月々10万円。レベルが上がれば更に額が増していくという、異能者にとって破格ともいえる制度だった。

 異能者限定ではあるが、ベーシックインカムのようなものだ。

 プレイヤーは全員LV1。霊視能力も有しており、この世界では異能者の端くれと言えるようで、受給資格を有していた。

 各種手続きや申請が必要な為、すぐに受け取れるものではないが、それでも将来的には毎月無条件に纏まった額の金が貰えると思うと気が楽になる。

 家の住民がストレスの多い集団生活でも明るい雰囲気を保てているのは、その影響もあるだろう。

 

 皆が職探しを頑張っている中、私としても遊んでいた訳ではない。

 住民の中で唯一身分証が手元にあったので、一足先に異能者登録を受けに行ってみたのが数日前だ。

 

 まず悪魔討伐隊――通称ヤタガラスの支部に行き、異能者登録を行って登録証を貰ってくる必要があるらしい。

 試験もあると言うので少し緊張していたが、やってみれば拍子抜けするほど簡単だった。

 

 ヤタガラスの支部は普通の役所とはかなり違った。

 大きなグラウンドと体育館が併設されており、何も知らなければ総合運動場と勘違いするような外観だった。

 部隊の駐屯地はまた別にあるようで、ここは民間に向けて開かれた施設らしい。軍隊の基地のような堅苦しい雰囲気は感じなかった。

 

 受付に行って用件を伝えると、まず赤外線体温計みたいな装置を体に向けられて、レベルを測定された。

 簡易的なアナライズの装置らしい。レベルだけしか測れないようだが、覚醒しているかどうかを判別するだけならそれで十分のようだ。

 更に霊視能力がなければ見えないという光で出来た電光板を見せられて、表示された数字を答えていった。

 それで異能者であるかどうかの確認は終わりらしい。

 

 その後、特別な能力の有無を聞かれたので、身体能力が普通よりも高いと話すと、体育館に移動してスポーツテストで受けるような体力測定をすることになった。

 握力、上体起こし、腕立て伏せ、懸垂、立ち幅跳び、シャトルラン、ハンドボール投げ、全身反応時間測定の8種目だ。

 自分の身体能力を測るいい機会でもあり全力でやってみると、驚きの結果が出た。

 前の世界であれば男性基準の10点満点を軽々と上回る記録を連発した。化け物みたいな身体能力に自分でも驚いた。

 

 この世界では異能者という例外が一般にも知れ渡っている為、職員にはそこまで引かれなかったもののやっぱり驚かれた。私の出した記録は、LV10のフィジカル系異能者が出す記録とほぼ同じだったらしい。

 とてもLV1が出していい数字ではなかったようで、レベル計測に間違いがあったのではないかと疑われた。

 装置を変えて何度計測してもレベル1なのは変わらなかったので、最終的には身体能力を増幅するような異能の持ち主なんだろうと判断されたのだが。

 

 飛び切りの才能の持ち主だと思われたのか、悪魔討伐隊への勧誘を熱心にされてしまった。

 選択肢の一つとしてはありだと思っていたので、今はまだ何とも言えないと断りつつも、とりあえずチラシと担当者の連絡先だけは受け取っておいた。

 

 そして異能者登録を行って証明書を貰い、それを持って役所に行き、給付金の申請をする。

 手続きとしてはそんな感じだった。

 受理されると、毎月15日に振り込みが行われるらしい。

 申請日がその2日前だったので、今月は間に合うかどうか微妙だったが、初月は受理したその日に満額を振り込んでくれるらしい。太っ腹で助かる。

 

 

 

 

 

 今の私は、ヤタガラスの管理する異界にやってきていた。

 民間にも開放されている低レベルの異界だ。

 場所は、先日もお世話になったヤタガラスの支部。その敷地内にある、窓のない頑丈そうな造りの高層ビル。そこが目的の異界だった。

 

 厳密にはビルの2階以上が低レベルの異界となっている。

 1階部分には受付、無料で貸し出してくれる装備の置き場や更衣室などがあり、天井一枚隔てた先には悪魔がいるとは思えない落ち着いた雰囲気だ。

 異界は結界で隔離されている上に、入り口には常に複数人の警備のデビルバスターが常駐しているので、万が一は起こらないという安心感があるのだろう。

 

「おや、継国さん。今日も悪魔狩りですか? 精が出ますね」

 

 入場登録を貰いに受付へ行くと、黒い制服を着た受付嬢が笑顔で話しかけてくる。

 私も愛想笑いを浮かべて答えた。

 

「どうも。今日もお世話になります」

「ふふ、私としてはどうでもいいんですけど、継国さんが来ると悪魔が一掃されちゃうから補充が大変だーって主任が嘆いていましたよ」

 

 言われた言葉に驚いた。

 一応初めてここを利用する際に簡単な講習を受けているが、そんなことは一度も言われなかった。

 倒していい悪魔の数には制限が無かったので、ここ3日間は毎日来てはビル内の全ての悪魔を倒して帰っていた。

 特に何も言われないし、翌日には悪魔も復活していたので気にしていなかったが……実は釣り堀のように悪魔は人の手によって補充されていたらしい。

 どうやら私の知らないところで苦労を掛けていたらしい。思わず謝罪する。

 

「ええ? すみません。もしかして自分、かなりマナーの悪いことをしていましたか?」

「いえ、別にそんな規則はないので謝ってもらう必要はないですよ。ただ初心者用の異界は卒業するように勧めてくれって主任に頼まれただけです」

「なるほど、そうでしたか」

 

 実は隣にはもう一棟、同じような訓練用の異界ビルがある。

 こっちがLV1-LV3程度の悪魔が出現する初心者用。向こうはLV4-LV6の悪魔が出現する、ある程度慣れた人向けの異界だ。

 私としても本当は向こうの異界に行きたかったのだが、どうやら立ち入りにはレベル制限があるようで、ソロの場合はLV8以上でないと入れないと断られてしまったのだ。

 

「しかし私はまだレベル4になったばかりですけど」

「ん-、でも継国さんってプラス10レベル分ぐらいの強さがあるんでしょう? 警備の人がレベル詐欺の子がいるって噂してましたよ」

 

 噂されてたのか。しかも変なあだ名までつけられてる。今更ながら背中がこそばゆくなってきた。

 

「警備の人も継国さんならあっちの異界でも大丈夫だろうと言っていたので、あちらに話は通しておきました。継国さんのご都合が良ければ向こうの異界に挑戦してもいいんですよ?」

 

 これ、遠回しに向こうの異界に行けって言われてるよな。

 施設は全て無料で使わせてくれるどころか、悪魔を倒してマグネタイトを持ってくれば結構な額で買取もしてくれる。

 行政の持ち出しで美味しい思いをさせてもらっているのだから、その職員になるべく面倒はかけたくない。素直に従おう。それに私としてももう少し手応えのある悪魔と戦いたかったので、断る理由がない。

 

「わかりました。ではそうします。わざわざありがとうございました」

 

 私が踵を返そうとすると、受付嬢は申し訳なさそうな顔を浮かべて声をかけてきた。

 

「ごめんなさいね。あまり早いペースで異界内の悪魔を殲滅されてしまうと、補充が追い付かなくて他の利用者の迷惑にもなってしまうから……」

「こちらこそ申し訳ないです。恥ずかしながらそこまで考えが及びませんでした」

 

 汗顔の至りだった。

 ゲームやチュートリアル感覚で目につく悪魔を殺しまくってたからな。人の管理する異界だという事が抜け落ちていた。

 そうだよな。冷静に考えれば、放っておけば手頃な悪魔が無限に湧き続ける都合のいい異界なんてないよな。初心者に適したこの環境は、恐らくは職員達の丁寧な管理の賜物なのだろう。

 あくまでもこちらは使わせてもらうという立場だ。敬意もって利用しないと失礼だ。

 

 それに悪魔も自然の一部とも言えるかもしれない。

 大自然の恵みを頂くような感謝の気持ちを持って悪魔を狩る……必要はないか、別に。あいつらは積極的に人を襲ってくるし、お互い様だ。

 

「向こうの悪魔はここと比べて手強くなっているので注意してくださいね」

「はい、気を付けます」

 

 軽く頭を下げて感謝を示し、ビルを出て隣の棟に行く。

 受付にレベルの記された異能者カードを見せるが、少し確認されただけで入場許可を貰うことができた。本当に話は通っていたようだ。

 

 貸出装備の置かれているスペースに行くが、その質は向こうのビルと変化はなかった。

 更衣室で、防刃繊維で作られた上下の服に着替える。

 黒のコンバットシャツにパンツは、スマートなデザインで中々かっこいい。

 これは悪魔討伐隊でも正式採用されている本格的な戦闘服だという。

 足回りには頑丈なコンバットブーツを履き、軍用ヘルメットを頭にかぶり、防弾バイザーを装着。

 ウエストポーチに自販機で買った飲料水などを入れて、完全装備の出来上がりだ。

 

 本格的な防弾プレートの入ったボディーアーマーも借りることができるのだが、そこまでの重防御は必要ない。

 ある程度身軽な方が動きやすいからだ。

 あくまでも防具は保険に過ぎない。今までの戦闘でも敵からの攻撃は一度も受けていないし、回避力にはそこそこの自信があった。

 

 バットのようにスタンドに立てかけられた無数の刀剣の中から、無造作に一振りの刀を手に取る。

 生産性を重視したのか荒研ぎされただけの刀だ。芸術品のような美しさこそないが、切れ味は鋭く実用には何の問題もない。

 

 それら、自分で揃えようと思えば数十万は下らないだろう装備を無料で貸し出してくれるのだから、本当に気前がいい。異能者育成に国がどれだけ力を注いでいるのかが窺い知れた。

 

「……よし、準備完了」

 

 装備チェックを終えて、いよいよ異界へと向かう。

 異界へと続く2階の階段の前には警備員が二人立っており、横には詰所がある。中には更に数人の警備員が常駐していた。

 アサルトライフルをスリングで肩にかけ、戦闘用ヘルメットにボディアーマーの完全武装。どこかの特殊部隊みたいな物々しい恰好の彼らは、悪魔討伐隊の一員でもある。

 警備員というよりも、警備兵というべきかもしれない。

 

「……入場許可を」

「はい」

 

 階段の前で片方の警備兵に呼び止められる。

 あらかじめ手に持っていた許可証を見せると、その人は大して確認することもなく頷いた。

 

「よし、通っていいぞ。一人か?」

「はい、そうです」

「そうか、気をつけてな。おい佐上(さがみ)。付いていってやれ」

「了解です!」

 

 ビシッと敬礼してもう一人の警備兵が答える。若そうな男の声だ。

 

「んじゃ、後ろから見守ってるからよろしくね」

「はい、もしもの時はお願いします」

「おう、任せとけ」

 

 佐上と言われた兵士は、どこか軽い調子で言葉を交わしながら私の後ろに回り、付き添ってくる。

 

 一応異界内では何があっても自己責任ですよ的な、色んな免責事項の書かれた同意書にサインしているのだが、それでも責任のある国家機関。管理下の異界で人が死ぬのはまずいようで、こうして異界に挑む際は必ず1人の警備兵が付いて来てくれるのだった。

 それぞれレベル10以上はあるそうなので、彼らが初心者用の異界で手こずることもない。

 基本は見守っているだけだが、後ろから見てアドバイスをしてくれたり、危なくなったら助けてくれる。怪我をしても応急手当をしてくれるし、医務室も近くにある。本当に至れり尽くせりな異界だった。

 

 重々しい防護扉を開けて2階に上がると、ビル内の雰囲気はがらりと変わる。

 剥き出しのコンクリートの内装に、どこか重苦しさを感じるような淀んだ空気。

 建物には窓が無く自然の採光は一切無いが、LEDの人工的な白い光が室内を明るく照らしていた。

 

 低位の異界は局所的にGPが高くなっているだけで、環境は現実と同じだ。

 内部空間が拡張したり、入り組んだり、はたまた全く別の異世界に迷い込んだかのような不思議空間になるのは、より上位の異界からだった。

 

 早速悪魔がいた。

 細い手足にぽっこりと膨らんだ腹。深い紫の黒に近い体色をした小人。恐らくはガキだ。

 

『■■? ■■ー!』

 

 あちらも私たちに気づいたのか、薄気味悪い笑みを浮かべながら戦意を昂らせているようだ。

 

 私は鞘に納められたままの刀を腰だめに構えた。居合の姿勢だ。

 

「すう、ほおお……」

 

 大きく吸い込んだ呼吸によって、取り込んだ酸素を血中に取り込み、体の隅々にまで行き渡らせるイメージ。

 血の巡りによって徐々に体が熱くなり、身体機能が向上するのを感じる。

 レベルが上がったことで、自然と使えるようになっていた技法。全集中の呼吸の力だ。

 

 足に溜めた力を解放し、ガキに向かって私は音もなく踏み込んだ。

 風になったと錯覚するような速さ。間合いを詰めるのは一瞬だった。

 

 ――月の呼吸 (いち)の型 闇月(やみづき)宵の宮(よいのみや)

 

 抜刀。目にも止まらぬ速さで振りぬかれた居合の一閃は、何の抵抗も受けることなくガキの胴体を両断していた。

 流麗な剣技のそれは、傍から見ていたら刀の軌道に沿って三日月のようなエフェクトが幻視できたかもしれない。

 

「ふう……」

 

 なにが起きたのか分かっていないような顔をして消えていくガキの体を確認して、私は残心しながら納刀した。

 堂に入った振る舞いだ。とても刀を握って数日の人間とは思えない振る舞いだろう。

 たった数日でこれほどの剣技を身に着けることができるほど、私が剣の才能に優れていたという訳ではない。レベルアップによって、特典能力である『黒死牟』の技量が徐々に引き出されているのだ。

 

 呼吸の常中ができるほどではないが、血鬼術抜きの型なら一通りできる。

 恐らく今の私の呼吸の剣士としての技量は、最終選別に挑んで合格できた一般隊士ぐらいはあるんじゃないだろうか。

 それに加えてステータスで強化された肉体があるので、今の状態でもこのレベル帯なら無双する事ができた。

 

 光の粒子となって消える悪魔の体。幻想的な光が私に纏わりつくように吸収されていくのを尻目に、床に落ちた結晶化したマグネタイトを拾い上げる。

 赤いような青いような、不思議な色合いをした鉱石のような物質だ。

 マグネタイトは本来有形物質ではないのだが、悪魔を討伐するとまるでドロップアイテムのように、結晶化したそれが残されるのだった。

 マグネタイトには様々な利用法があるようで、国が結構な値段で買い取ってくれる。優秀な換金アイテムだった。

 

「おおー、お見事」

 

 ポンポンと、くぐもったような何かを叩く音。

 後ろを振り向くと、佐上と呼ばれていた警備兵がグローブに包まれた手で拍手をしていた。

 

「凄いね君。何歳? 異能者になって結構長いの?」

「え? ……確か18です。異能者になったのは……最近ですね」

「マジで? 剣術の方は昔からやってたの? 凄い綺麗な居合だったけど」

「えっと……そうですね。子供の頃から習ってました」

 

 私ではなく、黒死牟さんの幼少期の話だが。

 あまり正直に話し過ぎても嘘だと思われそうだし、それっぽく言っておいた方がいいだろう。

 

「そっか、下積みがしっかりしてるタイプか。やるね、若いし将来有望だ」

「ありがとうございます」

 

 そこで一区切りかと思って歩き出したが、まだ話しかけてくる。

 今までの警備兵は必要な事しか話さない寡黙な人ばかりだったので、意外な行動に少し戸惑う。

 

「18歳って事は高校生か大学生?」

「いえ、高校は卒業して今は何もしていません」

「なるほど、デビルバスター志望かな?」

「……そうですね、そうなります」

 

 ニートをしていることに関しては特に何もないらしい。

 まだこの世界に来て日が浅いが、悪魔討伐隊が優遇されているのはハッキリと感じていた。

 他の選択肢が思いつかない程に待遇はよさそうだし、本格的に入り方やその後の詳細な待遇を後で調べよう。

 

 2体の悪魔と遭遇し、何かさせる間もなく切り捨てる。

 敵の攻撃力も侮れないが、行動を許すことなく殲滅できれば問題はない。それをできるだけの能力差があった。

 

「あー、もしかして君が噂のレベル詐欺の子? ここ数日、初心者用の異界を荒し回ったっていう」

 

 戦闘ともいえない蹂躙の様子を眺めていた佐上が、そんなことを聞いてくる。

 事実とはいえ名乗り出たくなくなる悪評めいた表現だ。私は微妙な顔をして答えた。

 

「……恐らく、それは私のことだと思います」

「そうか、なるほどね。向こうの奴らが噂してたよ。すげー奴が現れたって。覚醒したばかりのLV1なのに身体能力は俺らに匹敵するとか言ってたけど……今何レベルなの?」

「レベル4です」

「……マジで?」

 

 正直に答えるが佐上は半信半疑という反応だったので、ポーチからレベルの書かれた異能者カードを取り出して証拠を見せる。

 バイザー越しにじっと食い入るようにカードを見つめること数秒。やがて佐上は驚きを吐き出すように大きく溜息をついた。

 

「はあー、マジだ。やべーなこれ。本物の天才って奴だ。俺らなんてあっという間に追い抜かれそうだって話をしてたけど、いやー、間違いなさそうだ。つーか俺はもう既に負けてそうだな。ハハハ!」

 

 そして彼はテンション高めに笑い出した。

 

(……一応ここ、悪魔の出る異界なんですけど)

 

 大丈夫かこの人。

 目の前の警備兵のあまりの緊張感の無さに、私は呆れを通り越して心配になった。この調子でデビルバスターとしてやっていけるのだろうか。

 

 話し声を聞いてやって来たのか、新手の悪魔が3体、姿を見せる。

 黒い肌の小人、赤い肌色の小妖精、壺から顔を出した青い悪魔――。それぞれガキ、カハク、アガシオンだろう。

 どいつも既に臨戦態勢で、今すぐにでも攻撃を仕掛けてきそうな雰囲気だった。

 

 私は悪魔達の機先を制するように、呼吸を使って集団の中へと飛び込んだ。

 

 ――(いち)の型 闇月(やみづき)宵の宮(よいのみや)

 

 前衛にいたガキの脇を素早く駆け抜け、今にも魔法を放とうとしていたアガシオンを素早く横薙ぎにして壺ごと一刀両断する。

 

「■ッ!? ■■!」

 

 私の素早い接近に驚いたのか、カハクは焦った様子を見せつつも、それでも正確に照準を合わせて魔法を放ってくる。

 カハクの翳した両手から魔力が迸り、それが強力な熱量を伴う火球へと変換される。魔法によって生み出された炎の玉が、私に向かって勢いよく迫ってくる。

 私は冷静に射線を見切ると、退くことなくカハクとの対角線上に向かってさらに前へと足を踏み出した。

 

 アギと思われる炎の玉は追尾してくるように進路を変えて私へと飛翔してくるものの、ホーミング性能が足りずにすれ違うように背後へと流れ、意味もなくコンクリートの壁を焦がすだけに終わった。

 

 ――()ノ型 珠華ノ弄月(しゅかのろうげつ)

 

 カハクに接近した私は、正面へと切り上げるような3連撃を放ち、空中に浮かぶ妖精の小さな体を切り裂いた。

 

「■■――!」」

 

 最後に残されたガキが背後から襲って来ようとするが、それは予測済みだ。

 刃物のような切れ味の爪から繰り出される鋭い攻撃を、後ろ向きの状態でひらりと躱し、体を反転させて構えを取る。

 一瞬、ガキと目と目が合う。攻撃を外して焦りを浮かべる表情だ。私は少し得意げな気分になって頬を緩ませた。

 

(お返しだ)

 

 ――(さん)ノ型 厭忌月(えんきづき)(つが)

 

 左右交互に断ち切る2連撃。

 腕がぶれるような速さで行われたそれは、互い違いに噛み合った2つの三日月が幻視できる程に流麗な太刀筋だった。

 

「うわあ……すっご。あの数の悪魔を無傷で瞬殺か。これでレベル4? レベル詐欺って言われるのも納得だ」

 

 一応何かあったら介入しようと思っていたのか、突撃銃に手をかけていた佐上が感心したように呟いた。

 この程度の悪魔は脅威に感じていないらしい。相変わらずの調子で話しかけてくる。

 神経が太いというかなんというか。戦士向きの性格ではあるのかもしれない。

 

 その後も雑談を交わしながら悪魔を狩っていく。

 といっても殆どは佐上が一方的に喋り、私は時折相槌を打って疑問に思った事を聞き返す程度だったが、戦闘以外で会話が途切れることは無かった。

 

 彼の私生活についてはともかく、悪魔討伐隊の仕事内容については私としても興味のあることだ。

 そこら辺を重点的に聞いていると、次第に悪魔討伐隊の給料について話がシフトしていった。

 

「三千桂ちゃんも知ってると思うけど、討伐隊は命の危険もあるけど給料と福利厚生は滅茶苦茶いいよ。何より腕っぷしさえあればのし上がっていけるからな。俺みたいな脳筋には最高の職場さ」

 

 若い頃はやんちゃをしていて高校中退、その後異能者となり悪魔討伐隊に入隊。それから数年を勤めて、今では同級生の中でも1番の高給取りだと、佐上は自慢げな様子で語る。

 

「入ったばかりの頃は訓練漬けの日々だったけど、それでも月50万は貰ってたな。2年目以降からは実戦にも出るようになって、給料もどんどん上がってさ。LV10未満の新米の頃でも年収1000万以上は余裕で貰ってたね。それに加えてボーナスとかもあったし、休みもかなりあってブラックでもなかったし」

「わー、まるで大企業みたいですね」

 

 中卒で十代のうちから年収1000万とか凄まじい。異能者は本当に稼げるんだな。

 

「もっと上に行くと普通に就職するのが馬鹿らしくなるぐらい貰ってるぞ。今の俺はLV14で中堅ぐらいだけど、もう年収3000万を超えてるからな。もうちょい上の先輩だと4000万とか5000万とか普通に貰ってるよ」

「はえー、凄いですね」

 

 凄まじい給料のインフレっぷりだ。トップ層になると億を超えてそうな勢いだ。

 

「LV20を超えてくると給料も青天井でさ。そのレベルになると平気で何億とか何十億って額を貰ってて、トップクラスにもなると100億を超えてるらしいぜ。すげーよな。憧れるよ」

「ひゃ、100億ですか」

 

 もう公務員というよりも、メジャースポーツのトッププロ選手みたいな年俸だった。

 

「……それ、全部国庫から出てるんですよね?」

「? そうじゃないか? 当然っしょ」

「……ですよね」

 

 なんかもうカルチャーギャップが凄まじい。前の世界では考えられない大盤振る舞いだった。

 積極財政に舵を切れば色んな事が出来るようになるのは確かだが……異能者に対する金の掛け方が尋常ではない。

 それだけ悪魔が脅威というのもあるだろうが、ヤタガラスの政治力の強さも関係していそうだ。

 

「しかもさ、悪魔と戦ってる俺らは税金を払わなくていいんだぜ。凄いだろ?」

「……え? どういうことですか?」

「あれ、知らない? 命懸けで国防に貢献した人は課税が免除されるみたいな法律があってさ、実戦に参加するとその年の給料は全部非課税になるんだよ。年がら年中悪魔と戦ってる俺らは常に税金を払わなくていいってわけ」

「そ、そうだったんですか? 始めて知りました」

 

 つまり所得税の最高税率が適用される高額所得でも、その年に実戦を経験していれば引かれることなく丸っと貰えると……?

 めちゃくちゃ美味しいじゃん。

 節税とか言うレベルじゃない。合法的な脱税だ。

 

 動揺しすぎて、遭遇した悪魔の攻撃を食らいそうになった。危ない。

 作業のように悪魔を片付けて、会話を再開する。

 

「悪魔討伐隊にはどうすれば入隊できるんでしょうか?」

「お、興味出てきた? まあ三千桂ちゃんならテストを受ければ速攻で採用されると思うよ。……一応聞くけど日本国籍は持ってるよね?」

「はい、日本生まれの日本育ちです」

「なら大丈夫だよ。討伐隊は即戦力を放っておかないから。むしろ何もしなければそのうち向こうからスカウトが来るかもね」

「スカウトですか?」

「ああ、強力な異能の持ち主には裏方が直接勧誘しに行くこともあるらしい」

「なるほど……」

「その場合は結構金を貰えるらしいぞ。小遣いとかくれたり、家族や親戚に金を配って外堀を埋めにかかったりとか。……まあ噂だけどな、噂」

 

 そういう裏金? もあるのか。もしかしたら合法的な接待かもしれないけど。

 

 悪魔討伐隊(ヤタガラス)、金周りが良すぎるな。思った以上に華やかな世界のようだ。

 これだけ羽振りがいいのに、どうして討伐隊は人集めに必死になっているんだろう。勝手に志願者が集まりそうなものだが……それほどまでに人気がないのか?

 そう言った事を聞いてみると、佐上は苦笑いを浮かべて口を開いた。

 

「いや、人気は結構あるぞ? 子供のなりたい職業ランキングでも常に上位にランクインしてるしな。ただ、やっぱ死傷者数がな……。平和な世の中で討伐隊だけ戦時中みたいなもんだからな。志願する奴は中々いないし、半端な気持ちや実力で志願してもすぐに辞めるか、死んじまうのが現実だよ」

「……討伐隊の戦力事情ってそんなに酷いんですか?」

「あー、まあ、普段は暇なぐらいなんだけどな。現場戦力で対応するのが難しい規模の修羅場があると、そん時はバタバタ人が死ぬんだよ。国民の盾になるべき俺らが逃げる訳にもいかないからな」

「なるほど……大変ですね」

「そうなんだよ。……ちくしょう、石巻異界さえなければ戦力配置にも余裕ができて、多少は楽になんだろうけどな」

 

 ……石巻異界? また初耳のワードだ。

 正直に聞いてみると、バイザー越しに「え? 知らないの? 俺より馬鹿じゃねこいつ?」みたいな顔をされたが、名誉と引き換えに情報を得る事はできた。

 

 佐上の話によると、現在の戦力不足は10年前の東日本大震災が大本の原因となっているらしい。

 あの時の地震と津波の被害によって、被災地のGPが急上昇。

 大量の異界が発生し、中でも最も被害が大きかった石巻市には高位異界が出現。

 対応に当たる討伐隊の被害は続出し、震災復興もなかなか進まず、当時は日本が終わるんじゃないかという不安が国中に漂っていたという。

 

 それでもどうにか大半の異界を潰し終え、後は石巻異界だけとなり、満を持して攻略作戦を実行。そして……。

 

「え! 失敗したんですか!?」

「そう、主力を集めた攻略作戦はものの見事に失敗。多数の精鋭を失う大惨事になったらしい。当時は凄いニュースとかで騒がれてたけど、覚えてない?」

「えーと、よく覚えてないです……」

「そうか、もう10年近く前のことだしな。三千桂ちゃんぐらいの年代だとあんま印象に残ってないのかもな」

「……そうかもしれないです」

 

 10年前と言えばそれなりに最近の出来事だ。そこで主力が壊滅したって? 大事件じゃないか。

 

 そんな石巻異界は未だ現存中。

 封鎖と間引きの為に討伐隊の主力を張りつけていて、少なくない出血を強要されているとか。

 

「高レベル連中はそっちに集められてるからさ。他の所で突発的に中位以上の異界が発生しちゃうと、俺らみたいな中堅じゃ手に余るんで、命懸けで封鎖して応援が来るまで時間を稼ぐデスマーチが始まるってわけ」

「凄まじいですね……。佐上さんも経験されたことが?」

「いや、俺はまだないよ。5年ぐらい前に群馬でもあったみたいだけど、その時は俺はまだ入隊してなかったから」

「そうなんですか」

 

 今までの話は全て先輩から伝え聞いた話だったらしい。

 

「まあ最近はなんだかんだで戦力は回復してきてるみたいだし、来年には石巻異界の攻略も予定されてるから。その問題が片付けば一気に楽になる筈さ」

 

 佐上はそう言って気楽そうに笑った。

 

 国は随分と頼りになりそうだが、悪魔もまた一筋縄ではいかないようだ。

 メタ視点で情勢を眺めると、言葉では言い表せない不穏な気配が漂っているように感じる。

 事が起こるのはまだ先だと思っていたが、意外とその時期は早いのかもしれない。

 いつ事態が急変してもいいように、しっかりと準備していこう。

 

 

 




悪魔対策部隊→悪魔討伐隊
に修正しました

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