メガテン新作ゲーム……?   作:せとり

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退魔省

 澄んだ空気の寒々しい冬の空。

 薄い青空に、貧相な白い雲がたなびいていた。

 

 地上には林立する摩天楼が広がっている。

 コンクリートジャングルの間を行き交う無数の人々や車。

 地球上でも一二を争うメガシティ。日本帝国の首都、東京だ。

 

 帝都の一等地、首都中枢に聳え立つ退魔省の高層ビル。その会議室。

 

 暗い色調の木目を基調とした内装に、ふわりとした踏み心地のカーペット。片側の横壁には壁一面を覆う程の巨大なモニターが設置されていた。

 広々とした室内には巨大な口の字型の円卓が配置され、それを取り囲むように並べられているのはグレードの高いオフィスチェア。

 そんな高級感溢れる高官用の会議室には、省内上層部の人間が集まっていた。

 

 居並ぶ面々の顔をよく見ると、白髪や顔の皴が目立つような年配の者が少なかった。

 40-50代の者が多いだろうか。年齢層の高い一般的な重役会議と比べれば顔ぶれが若々しい。

 討伐隊という組織の風通しが良く、若い人材が上に立っている……という訳ではない。

 単に年齢と比べて若く見えるというだけで、実年齢で言えば大半が老人だ。会議室の平均年齢は60歳を超えているだろう。

 

 見た目の若さは、異能者特有の現象だ。

 レベルが高くなるほど老化が遅くなり、寿命が延びるのはこの世界では誰もが知っている事象だった。

 異能者の平均寿命は、未覚醒の者と比べて10歳以上の差があると言われているが、それは少し古いデータで、国策として異能者を増やしている現在ではその差は徐々に縮まってきている。

 

 低レベルでは気休め程度の老化予防でしかないのだ。

 しかしLV10やLV20といった中堅~高レベルになってくると、一般人と比べて老け具合は目に見えて違ってくる。

 未覚醒の者とLV20異能者であれば同じ60歳でも、片や老人で片や中年と、まるで世代が違って見えるほどだ。

 俗説ではあるが、異能者はレベル×年程度の老化を抑えることができるとも言われている。

 

 彼ら彼女らは、現役時代は討伐隊のエース格である高レベル異能者が殆どだった。

 

 組織において出世の基準は、その者がどれだけ組織に貢献したか・するかだ。

 年間を通して悪魔と戦っている討伐隊では、本人が挙げた戦果は組織貢献の大きな指標となっている。

 異能者組織で出世するには、異能者としての実力が大いに影響した。

 貢献に報いるために報酬を渡し、出世を約束する。

 現場で活躍した異能者が、いずれ組織の幹部となる。

 そうやって回っているのが退魔省であり、ヤタガラスの時代から続く伝統であった。

 

 実戦を知らない人間が上に立つなど言語道断。自分よりも弱い、実績のない者の指示になど命は預けられない。

 実際に悪魔と戦っている自分達こそが、悪魔対策のプロフェッショナルであり、真に国を守護している護国の剣。後方でふんぞり返るだけのお偉方に指図される謂れはない。

 そうした尚武の気風が強いのだ。

 

 もちろん戦うだけしか能がない脳筋では、どこかで昇進は頭打ちになる。

 高官になれるのは、文武両道の一部のエリートだけだ。

 

 退魔省にも異能者ではない職員はいる。むしろ割合で言えばそちらの方が多数派だ。

 しかし幹部を占める割合では、異能者が圧倒的に多かった。

 非異能者が出世できない訳ではなかったが、相当頭が良くないと無理だ。

 例え有名大学出身でも、討伐隊からのたたき上げではない文官は戦場素人と目され、組織内では低く見られがちだった。

 

 会議は滞りなく進行していく。

 議題は、『1年間の総括と来年のビジョン形成』だ。

 

「今年は有望な新隊員の加入が多く、極めて豊作の年でした。A級・B級の認定合格者は前年の10倍以上であり、また教育隊からも優秀者の数が増えているとの報告を受けております。戦力増強はすこぶる順調であります」

「これは凄い。一気にA級とB級の数が増えたぞ」

「しかしあまりにも突然だ。何が起きたんだ?」

「異能者の裾野を広げ、優秀な人材を発掘して育て上げる。我々の政策が効いてきたのでしょう」

「きっとそうだろう。素晴らしい成果だ」

 

 喜ばしい報告を聞いて、会議室の面々は口々に感嘆の声を上げた。

 細かい数字の書かれた報告書に目を落としながら、ある者が発言する。

 

「今年だけでB級相当の実力を持つ人間を40名もスカウトし、そのうち10名がA級に昇級したと。……にわかには信じがたい数字です」

「ですが、事実です」

「そういえば噂はあったな。今年はとんでもなく豊作だと」

「最近はあちこちでB級の新人を見つけただの、A級に昇級した者が出たという話を聞きましたからな」

「彼らが配属された部隊では例年より成果が増しており、死傷者も減っています。こうした情報からも、何かの間違いという事は考えにくいかと」

 

 出席者の中でも年若い報告者の男は、そこで言葉を切り、分かりやすく資料を提示することにした。

 

「……少々お待ちください。今1人1人のプロフィールを表示します」

 

 ノートパソコンを操作して、会議室のモニターに目当ての情報を表示させる。

 大きな画面にデカデカと、それぞれの調査書がゆっくりと順々に公開されていく。

 

「ふむ……皆若いな」

「垢抜けているというかなんというか……顔立ちが整っている者が多いな」

「しかし、奇抜な髪色が多い。最近の流行りなのか?」

「名前も……かなり個性的だ」

「日本人的な顔立ちの者が少ないが……大丈夫なのかね?」

「はい。国籍が日本であることは確認済みです」

「ならばいいのだが」

「むしろ気になるのは、そうした有望株の入隊日が11月12月に偏っている事ですね」

 

 その言葉に、幾人かが同意して声を上げる。

 

「確かに。いささか奇妙な偏り方だ」

「これほどまでに才能のある者たちが今まで埋もれていたのか? スカウトは何をしていた?」

 

 度重なる質問に疲弊しているのか、額に浮かんだ汗をハンカチで拭いながら、生真面目そうな官僚が答える。

 

「その点は経歴を見ていただければわかる通り、皆つい最近覚醒した者ばかりです。異能者登録を行い、初心者用異界を利用し始めた時点で広報官が粉をかけ、大半の勧誘に成功しているので、むしろよくやった方かと思われます」

「なるほどな」

「……しかし不思議だな。これほどの才能の持ち主たちが、まるで示し合わせたかのように時期を同じくして覚醒するか。偶然にしては出来過ぎのような気もするが」

「偶々だろう。100年に1度や1000年に1度起こるような稀な出来事が今起きたというだけのこと。そう難しく考えずともいいだろう」

「しかしだな、この者たちの容姿、経歴、家族構成、才能、覚醒時期……。どうにも奇妙な点が多すぎる。何かの作為を感じないか?」

 

 その言葉に、会議室は一瞬、シンと静まり返る。

 普通と違うというのは、誰もが薄々は感じている事ではあった。

 

「……何かとは何だ。まさか神とは言うまいな」

 

 しかしだからといって、その理由を超常存在に求めたりはしない。常識で考えれば、それらは只の偶然でしかありえないからだ。

 

「いや、それは……」

「これほどの才能を秘めた異能者を秘密裏に他国へ送り込むなど、地球上のどの勢力にも不可能だ。大体仕込みに何年かかるんだ」

「しかりしかり。仮にこの者たちが我が国に送り込まれた手の者だったとして、それを我々が見抜けないはずがない。日本で生まれ育っていることは間違いないのだろう?」

「一体誰が、どんな方法で、何のためにこんなことをする必要がある」

「……いや、失礼。戯言だった」

 

 口々に否定の言葉が投げかけられて、発端となった言葉を発した男はばつが悪そうに謝罪した。

 そう、普通に考えれば、これが何者かの仕業だというのはありえない。

 どんなに引っかかりがあろうと、論理的に説明できないのであれば妄想に過ぎなかった。

 これが得体の知れない何かの仕業であると解釈するには、非現実的な仮定を幾つも重ねる必要がある。

 その中に正解に近い発想が混じっていたとしても、正気であれば信じる者はまずいない。

 

「大いに戦力が増したのだ。素直に喜べばいい」

「そうだな。若い世代が育つのは良い事だ」

「物資の備蓄も順調だ。来年の攻略は確実に成功するだろう」

「10年前の雪辱を果たす日は、もう目前ですな」

「石巻異界。あそこさえ潰してしまえば、集中させている最精鋭たちを全国に散らばらせることが可能だ。そうなれば帝国の守りは万全となる」

「世界に冠たる我が国の姿を世界中に知らしめる日は近いでしょう」

「ああ、もうアメリカにも中国にも大きな顔はさせん」

「圧倒的な勝利を飾れば支持率も鰻上りだろう。広報に関する準備も抜かりはないな?」

「ええ、既に関係各所に話はついています。後は実際に勝利した絵を撮るだけです」

「うむ、まったくもって順調だ」

「かねてからの計画通り、いやそれ以上の進捗だ。失敗する事はないだろう。後はどれだけ損害を減らし、勝利を有効活用できるかの段階にある」

 

 10年前の作戦失敗の衝撃と、以降の屈辱はこの場の全ての人間の心に刻まれているものだった。

 あの敗北によって、この国を牛耳っていたと言っても過言ではなかった退魔省の勢力は、大きく後退した。

 それでも主導権を手放すことは無かったものの、代償として幾つもの妥協を強いられ、非常に歯がゆい思いをしていた。

 

「この計画が成功すれば、政府に今まで以上の影響力を発揮できる。予算増額も思いのままだ」

「あのふざけた法律……異能者特別法も廃止させたいところだが」

 

 異能者特別法とは、簡単に説明すれば、異能者が犯罪を行えば一般人よりも罪が重くなるという法律だ。

 日本の異能者勢力の大本である退魔省が、そんな自らを縛る法律に賛成するわけがない。

 

 一般人には察知しにくく防ぎようのない異能者による犯罪行為は昔から問題視されており、罰則を強めて抑止効果を高めようという声は常にあった。

 しかしそれに反対の立場をとってきた退魔省は、そうした声を封殺してきた。

 だが勢力が弱まり手綱が緩んだ隙をつかれ、味方だったはずの与党内からも裏切りがあり、法案を通過させられてしまったのだ。

 

 肝心の捜査能力は大して進歩が無い為あまり効果があったとは言えないが、異能者からすれば存在するだけで鬱陶しい法律だった。

 多少なりとも後ろ暗いことを抱えた者にとっては尚更である。

 

「国防貢献による免税特権の条件も緩和させよう。前線だけではなく、後方にも適用できるようにしたいものだ」

「そうですな、非課税になるのは国からの給与だけなどとケチ臭い事は言わず、全ての収入を免税にしたいですな」

「ははは、それはいい。後方勤務の者も喜ぶでしょうて」

「そこまでは難しくとも、その場合は給与増額でも求めれば良いでしょう」

「いやぁ、来年が待ち遠しいものです」

 

 ハッハッハ、と会場内に笑い声が木霊する。

 

 日本の政治におけるパワーバランスにおいて、退魔省は最も影響力のある勢力だった。

 政官財民の上に立つ、この国の支配者と言っても決して大げさな表現ではない。

 

 日本の異能者を束ねる圧倒的な力は、ただそこにあるだけでも存在感を放っている。

 生身の人間では対応できない、強力かつ種類も豊富な様々な異能を有しているのが退魔省だ。

 それが大人しくしているのは、理性の力によるところが大きかった。

 自分たちで権力を握り、自分たちに有利な政策を行うことができる環境にあるからこそ、その力を周囲に向けることはない。

 だが、その権力を失い、追い落とされるようなことがあったらどうなるだろう。

 我を忘れるような事があれば、なりふり構っているだろうか。暴れ始めたら手が付けられないだろう。

 彼らを怒らせてしまい、非合法な手段に出られたらどうしようもないという怖さがある。

 自衛手段を持たない人には、退魔省に喧嘩を売るのは非常に勇気のいる行為だった。

 

 恐怖だけでは人心は離れていくばかり。それを繋ぎとめる役割を果たしているのが、現実世界では入手不可能な、異界から得られる希少素材だ。

 異界の対処は退魔省の管轄であり、そこから得られる産物もまた、退魔省の独占下にある。

 どこに素材を流すかは退魔省の胸先三寸であり、当然、それによって作られる製品の流通にも影響力を有していた。

 どんな怪我でも治す回復薬や、万病に効く万能薬、若返り効果すらある霊薬など、欲のある人間であれば喉から手が出るほど欲しい品々を、従順に従う権力者に優先的に回すことで、退魔省は絶大な権勢を維持していた。

 

 その権力の源泉である高レベル異能者を多数失い、高位異界でしか手に入らない希少資源の供給も先細りしてしまい、強権政治に反感を持っていた勢力に反抗を許してしまったのが10年前の出来事だった。

 

 おおよそ議題を消化して、雑談交じりの悪だくみを始めていた面々だったが、突如として会議室の扉が空けられたことで静まり返る。

 全員の視線が集まる先には、慌てた様子で入室してきた職員の姿があった。

 

「君、今は重要な会議中で……」

「いや、それを知らずにここに来ることはないだろう。どうした? 急を要する報告か?」

「は、はい。緊急事態です! 中国武漢にてGPが急上昇! 高位異界が出現し、大規模な悪魔災害(デビルハザード)が発生しました!」

「なに!?」

 

 ざわめく会議室。

 行動が素早い人間は、電源を切っていた端末を起動して何か報告が届いていないかと調べ始めた。

 

「中国か。国内ではないんだな?」

「はい」

「ふむ、ならばそう慌てる必要はなさそうだな」

「そうですな。何が起きたか知りませんが、中国のことなら彼奴らが自分達で何とかするでしょう」

「いっそうまい具合に弱ってくれたら嬉しいのですがな」

「はっはっは、まあ、お手並み拝見と行きますか」

 

 悪魔災害と聞いて身構えたものの、発生場所が友好国でもない国外だと分かり、一気に緊張感は和らいだ。

 姿勢を正していた者も背もたれに体を預け直したりと、会議室にはどこか弛緩した空気が流れていた。

 

「それで、規模は?」

「中心地のGPは25を超えています。それに影響を受け周辺のGPも上昇中。各地で小中規模の異界が発生している模様です」

「GP25? 石巻並みじゃないか」

「おかしいな。それほど高位の異界ができる際は何かしら予兆があるはずだが……何も聞いてないぞ?」

「そうだな。中国で災害があったともGPが上昇しているとも、そんな報告は無かったぞ」

「はい、予兆はありませんでした。30分ほど前に突然GPが上がり始め、急速に事態が進行したとの事です」

「何? ……異常事態ではないか」

 

 観測史上でも上位に入る規模の最上位異界が、これほどまで急速に発生するなど前例のない事だった。

 他人事でいた者たちも、徐々に事の重大さを理解し始めて、真剣な顔つきに戻りつつあった。

 

「武漢というと……湖北省、内陸か。台湾や半島に影響は?」

「今のところ、特に影響はありません」

「現地の様子は? 冷静に対処できているのか?」

「詳細な情報はまだ届いておりませんが、中国側にこの事態を事前に予想していた節はなく、大変混乱していることは間違いないかと」

「避難までの猶予は一切無かったのか?」

「初期のGPの異変を確認した時点で避難指示を行っていれば、或いは間に合っているかもしれません」

「最悪の場合、避難も封鎖も間に合っておらず、大量の民間人がいる都市に悪魔が溢れ出している可能性もある訳か」

「ふむ……中々難しそうな状況だな」

 

 悪魔災害において、住民の避難と異界の封鎖は初動が命だ。

 素早く異変を察知して、事前に住民の避難を完了させた上で部隊を展開させることができれば、異界のランクにもよるが余計な事を考える必要もなく、スムーズに対処できる。

 しかし何らかの理由で初動が遅れてしまい、異界周辺の避難が完了しておらず、部隊の展開も間に合っていない場合、その代償は命によって購う事となる。

 

 異界から離れて安全地帯に向かいたい民間人と、封鎖の為に現場に急行したい部隊とでは進行方向が正反対となる。

 輸送路は限られている為、どちらかを通すならどちらかを待たせなければならない。

 日本の場合は、人命優先で避難を最優先とするので、道路や交通機関は全て民間人の為に使われることになる。

 

 討伐隊はヘリや垂直離着陸機を使い、空路にて現場に急行する。

 装甲車も運んでいけるが、近くに降ろす場所が無ければ結局は現場に持っていくことができない。そういった場合は諦めて歩兵だけで異界周辺に直接降下し、封鎖に乗り出すことになる。

 万全の状態で迎え撃てるわけではないので、当然通常と比べて被害は嵩むことになる。

 

 それが人口1000万人以上の大都市で起こっていると考えると、その混乱ぶりは想像に難くない。

 

「異界発生の原因は分からないのか?」

「はい。これといった災害もなく、大事件が起きたとも聞いていません。今のところ全くの不明です。突発的にGPが跳ね上がった事しか把握しておりません」

「その辺は続報待ちか」

 

 状況を咀嚼するように、静かに腕を組んで俯いたり、うなりを上げる面々の中、ふと気が付いたように誰かが声を上げた。

 

「そういえば現地に邦人はいるのかね?」

「あ……そうですね、細かい数は分かりませんが、武漢は大都市です。最低でも数百人、下手をすれば1000人を超える邦人がいるのではないかと思われます」

 

 どこか他人事で高みの見物のつもりでいた面々だったが、その言葉によって一気に当事者意識が芽生えた。

 そして状況の悪さに顔を顰める。

 

「……まずいな」

「放置する……訳にはいかんよな」

「ああ、それは論外だ。せめて形だけでも助ける素振りを見せなければ外聞が悪すぎる」

「全員帰国させるのか?」

「まあそうなるだろう」

「全く、手間のかかる……」

「どうしてそんな場所にそれほど日本人がいるんだ」

 

 現状では国内だけで手いっぱいで、来年には大規模作戦も控えている。

 本音で言えば何の手出しもせずに静観していたかったが、現地に自国民がいるとなればそうもいかない。

 

 自分達から公開するつもりはないし、開示請求がかかっても不都合な箇所には黒塗りして提出するとはいえ、一応議事録は残るので誰も直接的な言葉は口にしなかったが、不機嫌そうな顔を見れば内心の感情は明らかだった。

 

「規模はどうあれ、何かしら部隊を派遣する必要があるな」

「と言ってもどこの部隊を送る。GPが25を超えているとなると、生半可な戦力では役に立たんぞ」

「激戦区に近寄らせなければいいのでは? 適当な部隊を送ってお茶を濁せばよろしいかと」

「うむ、そのあたりが無難か?」

 

 そんな結論で話が纏まりかけた頃、おもむろに高官の一人が口を開いた。

 

「大した犠牲が出なければそれでいいかもしれんが、犠牲者が多くなった場合、おざなりな対応では国民からバッシングを受けるのではないか」

「ではどうする?」

「隙は無くした方がいい。最悪の場合が起きても、我々は最善を尽くしたが、しかし我々以外の誰かの所為で犠牲者が出てしまった。そう言い訳できる状況を作るべきだ」

「一理ある。しかし自国の安全を考えれば国内から戦力を割くことはできない。無理せず派遣できるのは出涸らしぐらいだ。具体的にどうやって最善を尽くすと言うんだね」

「そうだ。手の空いている精鋭などいないぞ」

 

 平時の討伐隊は完全ホワイトであるため、素人目線では戦力に余裕があるように見えるが、当事者や専門家からすれはまだまだ不十分で万全とは程遠い。

 そうした認識の差異は、両者の知識量の違いから生じる視点の差によって生まれる。

 平時が基準で最悪を想定せず、外野から口出しするだけの素人と、常日頃から最悪を想定し、国を守るという責任感を持って仕事をしている本職の違いだ。

 

 十分な戦力を抽出して有力な部隊を派遣する事は、できると言えばできる。

 1人1人が多少忙しくなる程度で、業務を回すことはできるだろう。

 しかしそれは“平時が続けば”の話だ。

 

 万が一、有事が起きてしまった場合、常と比べて対応力は格段に下がってしまう。

 平時で暇な時の討伐隊を殊更に大きく取り上げて、人員過剰で無駄な戦力だと批判する人もいるが、平時の無駄は有事の備えだ。

 普段から忙しくしている組織が、更なる有事に対応できるはずもない。

 

 楽観や慢心はタブーだ。それで失敗したのが10年前だった。

 その記憶はまだ新しい。国内に大規模異界という爆弾を抱えているのもあって、慎重に成らざるを得ない。

 精鋭の派遣には大多数が否定的だった。

 

「いや、いるではないか。最近大量に出てきた若い芽が」

「さっき話していた奴らか? 確かにぽっと出の戦力で配置転換しやすくはあるが……」

「確か石巻に送る予定だったな。B級A級を多数派遣したとなれば、言い訳は立つか」

「新人を送るのか? 経験の浅い者ではどうなる事か。1人でも失えば大損だぞ」

「ある程度補充可能な中堅ならともかく、最精鋭の卵を失うのはいかん」

「ならばベテランを引き抜いて、新人はその穴埋めに使うか?」

「それはそれで国内の防備が不安だ。やはり優先すべきは国内だろう」

 

 暫く議論を重ねた末に、大まかな結論は出たようだった。

 

「では、邦人救出には新進気鋭の精鋭たち中心に、臨時部隊を編成するということで」

「うむ、それがいい」

「出し渋ればやる気がないと批判されるし、僅かな邦人の為に戦力を割きすぎれば、それはそれで顰蹙を買うだろうからな。そのあたりが妥当だろう」

「無理のない範囲で数と質を両立させた良いバランスだ」

 

 異議なしという事か、特に反対意見は出てこない。

 

「派遣部隊の精鋭には自らの安全を第一に考えるように厳命しましょう。一兵たりとも損なってはならぬと」

「そうだな。矢面に立たせるならC級だ」

「邦人に犠牲者が出てしまったとしても、全ては悪魔と中国の所為ということにすればいい。我々はできる限りのことをしたとな」

「どうせなら部隊派遣をあちらから断って欲しい所だが……」

「確かにな。その段階で失敗すれば外務省の責任にできる。できるだけ高圧的に交渉させよう」

「報道陣に対する根回しも必要だな」

「救出部隊に記者を同伴させますか?」

「そうだな、御用記者を連れて行くのもいいだろう」

 

 ある程度方針が定まったところで、各々がそれぞれの役割を受け持ち、会議は解散となった。

 

 ここで決められた方針に沿って、内閣は動かされるだろう。

 日本を牛耳る組織の方針は、政府の決定と同じ。

 まさに影の政府そのものだった。

 

 

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