エピソード・オブ・スカーレット   作:坂水木

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ジュニアメイクデビュー戦まで。


1. エピソード・オブ・スカーレット

 トレーナーという仕事はある意味でウマ娘と等しくあるのではないかと思う。

 僕のような極めて一般的な人間が彼女らのようなポテンシャルあふれる存在と同じとするには少々、いやかなりおこがましいと言う人もいるだろうが。僕自身もまたそう思っているわけだし。

 けれども。彼女らと時間を共にし、絆を育み、その脚を持って勝利を収める。これを行うのだからトレーナー=ウマ娘と考えてもおかしくはない。どのように脚力を伸ばしていくか、どのような鍛錬が必要か。日々考える必要があるのだ。それはつまり、僕がウマ娘であると言っても過言ではない。

 

「――そうは思わない?」

「はぁ?ぜんっぜん思わないけど?」

 

 完全無欠に否定されてしまった。

 ミーティングルームにて。指を一本立てて軽く否定してくれたのは新人トレーナーたる僕の未来の相棒、ダイワスカーレット。ふぁさふぁさと揺れる尻尾が魅惑的で、また髪の長さに定評がある。

 

「アンタがウマ娘ならアタシと一緒に走れるの?」

「いや無理だけど」

「ほらみなさい。無理じゃないの」

 

 ふん、と腰に手を当てばっさり切り捨てられる。

 まあ、彼女の言うことは正しいのでここは反論などしないでおこう。走れなくてもウマ娘なんだ!と声高に叫んだところで虚しいだけだ。いつか、僕もウマ娘なんだということを理解してもらえればそれでいい。

 固い決意を胸に、改めてダイワスカーレットへと向き直る。

 

「それはさておき」

 

 短く告げ、話を切り替える。

 僕の意識が変わったのを察してか、地味に緊張した様子のスカーレット。ピンと立つ耳がわかりやすく、表情もきりりとしてまたわかりやすい。きっと、話す内容がわかっているのだろう。僕が彼女の立場であっても同様に緊張するだろうから何も言わない。言えない。

 

「明日、君のデビュー戦だ」

「――ええ、わかってるわ」

 

 そう、彼女、ダイワスカーレットのデビュー戦が明日に控えている。

 

「緊張してる?」

「べ、べつにしてないわよ。緊張なんて…」

 

 そう言われると思っていなかったのか、驚きに顔を染めて声を震わせる。なんともわかりやすい少女だ。

 

「まあ、うん。君よりたぶん僕の方が緊張してるけどね」

 

 ほら、と手を差し出す。指先が震えていた。なんてことだ。当人以上に緊張しているなんておかしいよ。

 

「ぷ、ふふ、何よもう。どうしてアンタが緊張してるのよ」

「そりゃほら。トレーニングの成果が出るからね」

 

 僕の方針でトレーニングを進めてきたのだから、そりゃ緊張の一つもする。単純に勝てなかったらとか、もっと何かできたんじゃないかとか。

 そんな僕の顔を見てか、スカーレットは珍しく表情を崩し、柔らかく笑った。

 

「ばかね。アンタが間違えてたって、アタシがちゃんと一番になってあげるわよ。アンタの目の前にいるのは誰?」

「スカーレット」

「そ。スカーレットよ?ダイワスカーレット。アタシのトレーナーなんだから、もうちょっと自信持ちなさい。それに――」

 

 言葉を止め、スカーレットは挑戦的な眼差しで僕を見る。燃えるような紅の瞳がとてつもない熱を孕んでいた。何を言われるのかわかってしまう。この半年ほど、幾度も話をしてきたから。だから。

 

「"必ず君を一番にする"」

「――あら、わかってるじゃない」

 

 くすりと笑うスカーレットに、僕もやんわりと頬を緩める。

 燃える瞳に魅入られ、あふれる熱に焦がれたからこそ、僕は彼女を、スカーレットを一番にすると誓ったのだ。

 

 

 

 ジュニアメイクデビュー前。

 彼女――スカーレットのステータスはスピードが重点的に上げられていた。

 ステータスとはなんぞやと思うかもしれないが、これはトレーナーの持つ不思議能力の一つによるもの。人によって性質は違うらしいけれど、だいたいみんな謎能力を持っている……らしい。あまり他のトレーナーとかかわりがないので正確なことは言えない。

 ステータス。

 スピード、スタミナ、パワー、根性、賢さと、まるでゲームのようにパラメーターが表示される。意味不明である。僕もよくわかっていないので、あまり深く考える必要はない。とにかく、これを見ながら僕はどんなトレーニングをするか決めてきた。

 上手い具合に調整をしようと思ったが、これがなかなか難しいもので。スカーレットの調子によって個々のステータス伸び率が変わってくる。そのせいでスピードばかり伸びてしまった。いや、彼女は悪くない。僕がもう少しバランスを考えられればよかったのだろう。後悔先に立たずとはよく言ったものだ。

 

「…ふぅ」

 

 先の控え室で、"鮮烈なデビューを飾ってきてあげる"と自信満々に言っていたスカーレットだが、緊張している様子はまったくなかった。代わりに僕がめちゃくちゃに緊張している。どうしてこう、僕ばかり緊張するのか。

 そうこう考えているうちに、レース場に実況解説の声が響き渡る。レースが始まった。

 

 パンと、高く轟く音と共に、ウマ娘たちが走り出した。

 序盤から飛ばしていくスカーレットは、一位をキープしている。このまま行ってほしいものだけど……。

 やきもきしながら見ていたら、さらっと第四コーナーを越えてラストの直線まで入っていた。特にスタミナ切れの様子もなく、気づいたら普通に一着で普通に勝っていた。僕の心配よ。

 

『―――』

 

 ちらりと、一着で走り抜け手を振るスカーレットと目が合った気がする。

 へいへい!レース場の諸君。僕のスカーレットが一着だ。はは、いやー心配なんてする必要ありませんでしたね!ははは!!

 そんな頭の緩いことを考えていたのが悪かったのか、ダイワスカーレットがたったと観客席近くまで駆け寄ってくる。

 

「スカーレ」

「ちょっと!なんて締まりのない顔してるのよ!見てるこっちが恥ずかしくなってくるじゃない!!」

「あ、はい」

 

 薄っすらと頬を上気させながら僕に叫ぶスカーレットに反射的な返事が口からこぼれた。

 無言で数秒。見つめ合う僕ら。歓声やらなんやらで騒がしい会場。彼女の求めにすぐ気づいたのは、スカーレットの尻尾がふりふりと揺れていたからだ。相変わらずわかりやすい。つい笑ってしまった。

 

「はは、スカーレット!よく頑張ったね!!」

 

 叫ぶ僕に、ぱあっと表情を輝かせ、すぐに険しい顔つきへと戻る。

 

「ふ、ふんっ。そんな褒めなくたっていいわよ。これくらい、当然のことでしょ。アタシが目指すのは一番なんだから、最初から躓いてなんていられないわ」

「そうだったね」

「ええ。だからほら、次の準備を進めるわよ」

 

 急く彼女に頷く。ウイニングライブへと向かうスカーレットを見送りながらも、やはりどこか嬉しそうにしていた彼女の顔を思い出し笑った。

 幸先は良し。僕の心配が杞憂に済んでよかった。次、頑張ろう。

 どうでもいいんだけど、やっぱりトレーナー=ウマ娘説はありだと思う。

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