始まるのはジャパンカップ。ダイワスカーレットとの最後の目標も目前となり、直前にジャパンカップと相なった。
レースが始まる。
出遅れはなし。位置は悪くない。外側で並んでいる。初手で六、七位ときている。この調子なら余裕はありそうだ。シンボリルドルフがやトウカイテイオーが怖いところだけど、位置はどうだろう。少し囲まれているような気もする。
スカーレット、頑張れ。頑張れ!そのまま駆け抜けて――――。
あぁ、まったく。本当にすごいな。秋二冠だ。あーもう。言葉が出ないや。
感無量で高揚した気分のまま、ダイワスカーレットを出迎える。
「おめでとうっ」
「はぁっ……はぁっ……アタシ、勝ったわよ!これで二冠ね!!!」
「うん、うん。おめでとう」
先ほどあれだけ流したというのに、またこぼれそうになる。本当にすごいよ、スカーレット。
「アンタ、それだけ――って、ふふ、なによもう。泣いてるの?」
「こ、これは目に砂が入っただけだから!」
「ほんと、アンタはずっとそうよね。アタシ以上にアタシのこと喜んじゃってさ。……ありがとね」
「う……うん。スカーレット、本当におめでとう」
「うふふ、ええ。ありがと。さ、ちょっと行ってくるわね。三冠挑戦のウマ娘として、みんなに手振ってくるから!」
「いってらっしゃいっ」
赤毛の少女は太陽よりも眩しく、潤んだ視界じゃ上手く見えなかった。
天を仰ぎ、呟く。
「次こそは、ちゃんと三冠を」
桜花賞に勝たせてあげられず二冠だったトリプルティアラ。大阪杯で勝ち、天皇賞春は二着と、春シニアは一冠のみだった。そして今、秋シニア三冠にようやく手が届きそうになっている。加えて有馬記念二連覇だ。一番を、行こう。
有馬記念。
人気投票は僕の予想通りダイワスカーレットが一位だった。
「ふふん、当然だね」
「……どうしてアンタがしたり顔で頷いてるのよ」
「そりゃ僕=ウマ娘=スカーレットみたいなものだし」
「アンタそれまだ……はぁ。いいわ。それより見て?ファンからいっぱいコメントも来てるのよ」
「お、見せて見せて」
彼女にちょいとどいてもらって、画面を見る。
『有馬記念頑張ってください!』
『ホープフルステークスのときから応援してました!』
『ずっと光るものを感じてました!応援しています!』
『ウオッカのライバルとして勝ってください!』
『ウオッカが出走しないみたいなので、ライバル投票です!』
『ウオッカの分まで勝ってほしいです!』
『三冠への挑戦、応援しています』
『ジャパンカップ、すごいかっこよかったです!頑張ってください!』
『ダイワスカーレットさんの走りが大好きです!有馬記念、勝ってください!』
これは、スカーレットまだちゃんと読んでなかったね。
気配を感じて振り向くと、後ろから画面を覗き込んでいるダイワスカーレットの姿があった。
「ウオッカ応援が多いけど、やっぱり三冠挑戦っていうのも大きいのかな」
「ふ、ふん。べつに誰がどんな応援していようと、アタシが勝つだけよ」
喜べばいいのか怒ればいいのかわからない、そんな顔をしている。
「……ウオッカを超えたスカーレットだから。ここで負けるだなんて許されないわ」
「スカーレット?」
「いえ、なんでもないわ。ほら、トレーニング行きましょ。有馬への最終調整するんでしょ?」
なんとなく固いダイワスカーレットとトレーニングを行っていく折、ウオッカが再び海外遠征に出発する、その日程が確定したとの噂を聞いた。それが、今日だということも同時に。
「……スカーレットちゃん」
「あら、トレーナー……ねえやっぱり流せないわ。無視しようとしたけど、どう考えてもおかしいじゃない。アンタにちゃん付けされるとか変でしかないの。やめて」
「……スカーレット」
「……なに?」
無言でのやり直しにも付き合ってくれるスカーレットは優しいなぁ。視線が厳しいのはご愛嬌ってやつだろう。
「見送り、いいの?」
「…?ああ、ウオッカのこと?いいわよ別に。今さらね。散々話してきたんだし、わざわざ話すことなんてないわ。それよりも今日は午後から合同会見でしょ?さくっと調子整えて――」
「うう、どうしよぉ」
「――ん、トウカイテイオー?どうしたの?」
たまに現れるトウカイテイオーだ。この子もこの子で神出鬼没なんだよね。あと、レースで怖い。速いし。
「あのね。ウオッカがね、今日空港まで行ったのに、飛行機に乗るのやめたって!」
「――――っ!?」
そのときダイワスカーレットに電撃が走る!そんな吹き出しでもありそうな空気感だった。いや、ふざけてる場合じゃない。スカーレットにとっては結構深刻な話だ。
「なにしてんのよ。アイツ……!」
走り去るスカーレットを追いかけようと思い、場所がわからずにトウカイテイオーへ声をかける。
「ウオッカのいる空港は!?」
「え、ええーっと……」
教えられた空港へと到着した。いくらなんでもスカーレットには走って追いつけないので、車で向かわせてもらった。
空港に着くと、先に到着していたらしいスカーレットが息を整えようと深呼吸していた。
「スカーレット!」
「ええっ!?トレーナー!?なんでアンタまでこんなところに……ううん。アタシのこと追いかけてきたのよね」
「当たり前だよ。本当は見送りに行きたいって思ってたんでしょ。一緒にいれば、それくらいわかるさ」
「ふふ……ばか」
微苦笑をこぼし、すぐにスカーレットはきりりと顔を引き締める。
「ありがとね。それじゃ、アンタはあっちの方を探してもらえる?アタシはこっちの方を見てみるから!」
「任せて!」
何をするかなんて言うまでもない。ウオッカを探すんだ。こういうところは世話が焼ける。最初から素直になればいいものを…。でも、うん。これがスカーレットだ。僕の好きなダイワスカーレットは、そのままでいい。
そうして、二人で空港中を駆け巡り――。
「いた!!」
「うわ!なんでお前らがここにいるんだよ!?」
「ばか!それはこっちのセリフよ!海外行くって言ったくせに、なに行くのやめてんのよ!」
スカーレットの声が空港に響き渡る。幾人かが振り返り、そう大きな争いでもないとわかったのかすぐに戻っていった。
「アタシはアンタがいない有馬で走るのに!いないからこそ勝ってやるつもりなのに!たとえアンタが日本にいなくても、アンタが倒せない最大のライバルが!カッコよく一番を取り続ける姿を見せるって、そう決めたのに!アンタがそこでウロウロしてたら、覚悟を決めた意味がないじゃない!!」
彼女の熱量がこちらまで伝わってくるような、激烈な炎の色が見えた。真っ直ぐに一直線に、燃える想いを瞳に宿して言葉を放つスカーレットに対し、ウオッカは。
「……ぷ……ふふ、あははは!」
「な、なに笑ってるのよ!こっちは真剣なのよ!?」
「あー、わりーわりー。実はさ。今日行けないのは飛行機の機材トラブルがあったらしーんだよ。で、出発日を改めることになったと」
「はあ!?」
「はは、さっきから通知やまないのはそーゆーことか。みんな勘違いしてやがるな?」
くつくつと笑うウオッカを見て思う。
まあ、僕はわかってたけどね。と。
ふむふむと頷き、ダイワスカーレットの肩をぽんぽんと叩く。それからウオッカの隣に立った。
「トレーナー!アンタ知ってたのね!?」
「いや?知らないけど」
「え?ん?……じゃあ、なんでアンタそんなウオッカの隣でわかってますよ風な顔してるの?」
「なんとなく?」
「ばっっかじゃないの!?!?」
すっごい怒鳴られた。悲しい。
「お、おぉ。そんな目で俺のこと見られても困るぜ。ていうか、スカーレット。お前のトレーナー、色々トレーナーっぽくなさすぎねえか?」
「はぁああ!?それ、アタシのことバカにしてる!?」
「どうしてそうなんだよ!!意味わかんねえよ!」
スカーレットが僕のことをかばってくれたのはなんとなくわかる。トレーナーっぽくないのは自覚してるし、ウオッカの言うことも正しい。だからまあ。
「やれやれ、喧嘩はよくないよ?二人とも」
「アンタが言うな!」
「お前が言うなよな!」
二人に怒られてしまった。やれやれ、だね。
「しかし、まー。俺の最大のライバルとして……とは、すいぶんな立場からの宣言だな。けど、スカーレット。お前の本当の目標は違うだろ?俺に勝つことじゃねえ。ウマ娘って聞いたら"ダイワスカーレット"って一番に思い浮かぶ存在になることだよな?」
「……っ」
「でも今みたいにピーピー泣くんだったら一番なんか到底無理なんじゃねーの?なあ、トレーナーさんよ」
おっと、ここで僕に振るか。
ニヤリと笑うウオッカに、不安に揺れていそうなスカーレット。僕がどうするかは、あんまり深く考えなくていいね。スカーレットのためになることを言うだけだ。
「そうだね。ウオッカの言う通りだ」
「っ」
「僕の知ってるダイワスカーレットは、みんなの記憶に残るウマ娘として、最高のレースで最高のウマ娘として世界に名前を残すって高らかに宣言するくらいカッコよくて眩しい、世界一のウマ娘だから」
「はは、だよなぁ。しょーがねー。海外やめて有馬に出てやるか。そしたら変に気負う必要なくなるよな?その代わり"一番"になるのは俺だけど!ま、構わねぇよなー?」
ぐっと拳を握って軽く言うウオッカに、頬を緩める。本当に、スカーレットは良いライバルを持った。
「…………なにいってんのよ!」
発破をかけられ、ばっと顔を上げてウオッカに向けて指をさす。瞳の熱は曇ることなく、眩しく輝いていた。
「誰が"一番"をアンタに渡すもんですか!アタシこそ一番のウマ娘なんだから!!」
「へへっ、それでこそスカーレットだ。んじゃ、頑張って来いよ。……また、いつかな」
「アンタこそ、アタシ以外のヤツに負けてくんじゃないわよ。ばか」
そして、ウオッカを置いて僕らは空港を後にした。会見に行こうと話しかけようと思ったところで、スカーレットから声がかかる。
「ねえ、トレーナー」
「なに?」
「アンタ、あたしのことカッコいいとか眩しいとか言ってたわね」
「うわ、覚えてたの?」
「ばか。忘れるわけないじゃない」
ふん、と鼻を鳴らして言う。何を言おうかと迷っていたら、先にスカーレットの方が口を開いた。
「――ありがと、ね」
「うん?」
「アンタ、ウオッカと一緒に元気づけようとしてくれたんでしょ?」
「あー」
照れ気味か、くるくると髪をいじりながら聞いてくる。目を合わせないところを見るに、結構照れているらしい。
「まあ、ね。うん」
「アタシの調子が変なこと、気づいてた?」
「そりゃ、一緒にいれば気づくよ」
「そう、よね。心配かけたわね。ごめん」
珍しく謝るスカーレットに驚き、足を止める。有馬記念直前だったからか、全部言ってしまおうと思ったのだろうか。ウオッカには感謝しかない。
どう返事をしようか迷い、ふと思った。
「スカーレット」
「……なに?」
「有馬記念、一番になってよ」
は、っと顔を上げ、僕を見つめる。紅玉のような瞳が瞬き、口元が弧を描く。
「ふふん、ええ。任せなさい!一番になってあげる!!」
自信満々に、強気に胸を張るダイワスカーレットはカッコよく、心配などかけらもいらない様子に見え――いや、実際に、今の彼女に心配なんてかけらも必要ない。それだけ、スカーレットは太陽みたいに輝いているから。
ゲーム中だと前年度に有馬記念一着だとこの時点で三冠になりますが、この作品では"今年度"という意味合いでの三冠にしています。