エピソード・オブ・スカーレット   作:坂水木

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本編とは別ですが、物語としてはこれで終わりになります。今日は三話投稿しています。3/3。

単独取材中の話。



Epi. 緋色の追憶

 目の前で記者さんにアタシのことを話すトレーナーを見て、なんとも言えないむずがゆさがこみ上げてくる。

 アタシとの思い出を語る姿を見ながら、コイツあのときそんなこと考えてたんだと、アタシも当時のことを思い返す。

 

 正直、初めて会ったときはコイツ、トレーナーのことを変なヤツだなって思った。だって全然やる気感じられなかったんだもの。覇気がないって言えばいいのかしら。コイツほどぼんやりしてる人見たことなかったから。

 でも、その印象もすぐに覆ったわ。アタシが走り終えて、戻って顔見たらぜんっぜん違った。顔つきも、目の色も、雰囲気も。まるっきり別人みたいで、つい言っちゃった。"アンタほんとにトレーナー?"って。

 あのときはコイツもちょっぴり傷ついた顔してて、あぁ、ちゃんと生きてるんだなって、それでわかった。なんか本当に、それまでは人間じゃなくてロボットみたいに思えたのよ。おかしなことだけど。本当の話。

 

 結局そのときは謝れなくて、少し経ってから二人で話したときに謝らせてもらったわ。こっちは結構緊張してたって言うのに、トレーナーったら"そんなこともあったねー"とか軽く流してくれちゃって。意識してたアタシがばかみたいじゃないの。

 

 第一印象はそんなので、まだデビュー前だっていうのにファンが一人いるってわかっちゃった。実際コイツからも言われたし。君の走りはカッコいいとか綺麗とか眩しいとか。思い出すと恥ずかしいからあんまり考えない。本人がいる前でよ?恥ずかしいに決まってるでしょ。

 

 一緒にトレーニングするようになってからは、また変わったわね。そりゃ理事長が直々にスカウトしたって聞いてたからすごいのかなー程度には思ってたけど、すごいなんてものじゃなかった。

 アタシでも気づいてないトレーニングを課してくれて、自分でもはっきりわかるくらい成長していくの。それまでと違い過ぎて、いつもののほほんとした顔でよくこんなトレーニングの向き不向きわかるわねって、聞いちゃったくらいよ。そしたらステータスがどうとか変なこと言うし、今ならすこぉーしくらいは信じてあげるけど、あの頃はまったく信じられなかったわね。何よステータスって。やっぱり今でも意味わかんないわ。

 

 自分のことウマ娘だとか言うし、アタシが走ってるとこ好きすぎるし。アタシと違って三年経ってもまったく変わってないわね。コイツ。

 

 メイクデビュー戦のときからアタシより緊張してて、本当はアタシも緊張してたけど、トレーナーのおかげで気が楽になったのはよく覚えてる。コイツには言わないけど、ていうか言いたくないけど、たぶんわかってないんでしょうね。

 

「――スカーレット?なに?」

「なんでもない。さっさと続き話しちゃいなさい」

 

 アタシの視線に気づいて尋ねてくるトレーナーを促し、彼の横顔から目を逸らす。

 見つめていたのがばれて、妙に恥ずかしい。

 

 ずっと"一番"になりたいって思って、トレーナーにもそのことは伝えて。初めてのレースで一番になったとき、アタシがどれだけ嬉しかったか。"頑張ったね"って褒められて、嬉しくないはずがないのよ。

 まあ確かにアタシが素直に喜べない性格してるのは事実だけど、嬉しいものは嬉しい。アタシのために一生懸命になってるトレーナーはカッコいいし、勝ったことを目一杯喜んでくれたら、アタシだってもっと頑張りたくなる。

 

 レースに勝てなかったときは変に気遣ったりしないでくれて、勝ったときは大げさなくらい喜んでくれる。トレーナーはアタシのことわかりやすいとか言うけど、トレーナーだってアタシの話になったらすごくわかりやすいの、本人わかってるのかしらね。

 

 トリプルティアラは取れなかったし春シニア三冠も取れなかったけれど、秋シニア三冠にグランプリ連覇は取れた。コイツの言う通り、レースに出て出て勝って勝って勝ったら、気づいたらそうなっちゃってたわ。よく覚えてるのは……そうね、やっぱり有馬記念と天皇賞春かしら。

 ウオッカの話はトレーナーも今はあんまりするつもりないみたいだし、秋華賞とか天皇賞秋とかURAファイナルズ決勝とかは考えなくていいわね。あぁでも、ウオッカとトレーナーって変なところで仲良くなってたのよね。空港のときもわかり合ってる風な空気醸し出してたし……むぅ。

 

「わ、スカーレット?」

「なんでもない。なんでもないから気にしないで話してて」

「なんでもないわけないでしょ」

「なんでもないの」

 

 アタシの圧に屈してくれて、再び記者さんとの話に戻る。テーブルに置かれていたトレーナーの手を掴んで指で弾いたり遊んだりしてたって別に悪くないと思う。全部コイツが悪いのよ。勝手にアイツと仲良くなって、アタシ以外のウマ娘気にかけるなんて許さないんだからね。アンタはアタシのトレーナーなのよ。

 

 そんな思いを込めて彼の手で遊んでいても、あまり効いた様子はなかった。普通に記者さんとお喋りしてる。今はちょうど有馬記念の話みたい。一度目の方ね。

 

 自分で言うのもなんだけど、一度目の有馬記念はよくやった方だと思う。二年目のアタシにしては上出来。その後で目標を有馬記念にするとか言い出したトレーナーの正気を疑っちゃったのは別として、有馬記念一着で終えた後のことは本当によく覚えてる。

 

 アタシのこと、その……好き……とか。あぁもう!顔熱くなってきたっ。思い出すだけで恥ずかしくなってきちゃうじゃない。ほんっとうにずるいヤツなんだから。

 はぁぁ……。でも、好きって言われたのは嬉しかったな。コイツがアタシのこと好きなのは頭でわかってたけど、言葉にされると全然違った。すっごくドキドキしたもん。

 あと、憧れね。憧れ。カッコいいとかは言われていたけど、憧れっていうのはあのとき初めて言われた。アタシ"だから"よかったなんて言われちゃったら、やる気も上がるってものよ。後ろ向きでなんていられないわ。

 

 ちょうど今、アタシの考えていたことをトレーナーが話す。ダイワスカーレットで、アタシだからよかったって。恥ずかしがる様子もなくさらっと言っちゃってくれていた。

 こっちの羞恥なんて気にしない姿を見て、つ、っと彼の手を手のひらで押さえる。ぺたりと合わせたらずいぶんと温かかった。

 思えば、こうしてコイツと手を合わせたことはなかったかもしれない。不思議と照れくささはなくて、思ったより手、大きいくらいしか思わなかった。

 ただ……うん。悪い気分じゃないわね。

 

 それはそれとして。有馬記念以外だとほら、天皇賞春よね。天皇賞春。

 アタシ、よくやったわ。何度このレース見ても理解できないもの。そもそもアタシが出たこともそうだけど、レースの距離もそうよ。長すぎるでしょ。それに一番意味わかんないのはアタシが二着だったことよね。これに関しては一着じゃなかったことに不満はないわー―いえ、嘘。不満はあるわよ。あるに決まってるでしょ。ただその不満が小さいというか、よく二着取れたなって思っちゃったから。変な話よね。

 

 トレーナーに言われて出走して、結果は二着で。長距離にも自信がついたのは、これのおかげもあったと思うわ。一番じゃなくても、あの長いレースで他のみんなを振り切ったって思うと、少しはやれそうな気になったのよ。一番じゃなかったけど。有馬記念だって天皇賞春より短いわけだし。一番じゃなかったけど!

 

 あとは――三年目の有馬記念とクリスマスかしら。

 

 クリスマス。トレーナーにプレゼント渡して、それで終わりだと思ってたのに。デートっぽく誘われて、プレゼントも渡されちゃって。コイツ、アタシが寮に帰って思い出してどれだけドキドキさせられてたか全然知らないんでしょうね。あんなの……ずるいわ。ばか。

 

「いつっ!?」

「ふんっ」

「理不尽!?」

 

 トレーナーの手をつねってあげた。少しはアタシのこと考えなさいよね。まったく。

 

 はー、そんなところかしら。あぁ、あと有馬記念。アタシの記念すべき秋シニア三冠とグランプリ連覇の三年目有馬記念。よく考えたら、ホープフルステークスも一着だったし、アタシって年末のレース三年分制覇してるのよね。そう考えると、あのレースの価値がまた上がった気がするわ。まあ、秋シニア三冠とか連覇ってだけで十分な気もするけれど。

 

 二回目の有馬記念はアタシたちの集大成だったわけだし、色々と泣いたり喜んだりしちゃったけど、順当な結果ってやつだと思うわ。一番人気で枠も一番で、もちろん着順も一番で。アタシたちの全部が一番だったのよ。トレーナーが世界一とか言ってくれたのもあったわね、一応だけど。

 

 ウイニングライブは……あー、恥ずかしくなってきた。いっつもアタシが一着だったときのライブで超ハイテンションなのはコイツにありがちだからいいんだけど、それにしたってURAファイナルズ優勝のときはひどかった。

 別に、曲そのものはいいのよ。アタシ、あの曲嫌いじゃないし。でも、僕のスカーレットってなによ、もう。ちゅーしてとか好きー!とか。全部合いの手完璧だし、いつ覚えたのよ。アタシはアンタの……ウマ娘だけど!!だからってアタシのライブのときだけ全開じゃなくてもいいのに!あと、アタシ、アンタだけのものじゃないんだからね!隙あれば恥ずかしいこと言うんだから、まったく。あんなのライブ以外で言われたら……や、やだもう!恥ずかしくなってきた、ばかっ。

 

「――乙名史さん。僕らの記事なんですけど、サブタイトルとかでいいので一つ入れてもらえませんか?」

「えっ?え、ええ!はい!もちろんです。ぜひお願いします!どのようなタイトルでしょうか?」

「はい。"エピソード・オブ・スカーレット"なんて、どうでしょうか?」

「っ!?」

 

 トレーナーの言葉で現実に引き戻され、変な声が出そうになった。いきなり何を言い出すかと思えば……まったく。

 

「乙名史さん、アタシからもお願いします」

「スカーレット?」

 

 アタシの名前を呼び、見つめてくる。トレーナーがいつもレース後のアタシを見るときの、きらきらとした眼差しだった。

 

「いいじゃない。"エピソード・オブ・スカーレット"。スカーレットのアタシと、スカーレットに憧れたアンタと。二人分のエピソードってことでしょ?よく思いついたわね」

 

 そう伝えると、驚いたように目を瞬かせ、くすりと笑う。

 

「ふふ、よくわかったね。そう、僕ら二人分のお話で"エピソード・オブ・スカーレット"なんだ。自分でも洒落てて悪くないと思ったんだけど……。でも、どうしてわかったの?」

 

 純粋に疑問に思ったのか、笑顔で聞いてきた。

 トレーナーと三年間も一緒にいて、二人で喜んで、悲しんで。笑って泣いて、濃厚すぎるくらいに濃い時間を過ごして。流れた時間の分、お互いにたくさんのことを知った。そして、たくさんのことがわかるようになった。それなのに――本当、こういうところは変わらないんだから。

 

「ふふんっ、アタシがトレーナーの考えたことくらい、わからないわけないじゃないの。ばーかっ」

 

 もう一度、トレーナーの手をぴっと弾いて手のひらを合わせる。ぎゅ、っと力を込めてみれば、びっくりするほど温かくて心地よかった。

 顔を赤くするトレーナーを見て、自然と口元が緩む。まだまだ取材は終わりそうになく、なんとなくこのまま続けて、もう少しだけこのままでいたいなと、そんなことを思った。

 

 

 




 映画で言う、ポストクレジットシーンです。
 ちょっぴり蛇足感あるのは、本編書き終えた後に別途で書いたからです。ダイワスカーレットはたぶんこんな感じでトレーナーのこと見て思ってました。

 以上、「緋色の追憶」含め「エピソード・オブ・スカーレット」、ご読了ありがとうございました。お気に入りついでに評価やら感想やらくれたら嬉しいです。それではまた、どこかで。
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