チューリップ賞。
ティアラ路線の第一歩としてスカーレットが選んだレースだ。
同じくティアラ路線のウオッカと言い争いになり、より気合が入ったことは悪くなかったと思う。ただ、少し気合を入れすぎじゃないかとも思う。あと、またスタミナへのステータス振りが少なかったせいで心配だ。
スピードへの振りすぎ問題が著しい。全部スピードの伸びの良さが悪いよ。スピードの伸びが。
レースが始まった。
初手出遅れ。つい前のめりになってしまった。心配だ。いつもと違って中盤を走っている。流れに乗れず、そのまま押され中位を並走。
前に出られず、結果ダイワスカーレットは三着。対してウオッカは一着だった。
入退場口の通路にて、僕はスカーレットを待っていた。心配だった。今日はずっと心配ばかりしているような気もするけれど、心配なものは心配なんだ。本当、我ながらスカーレットのこととなると心配性が過ぎる。
「トレーナー!もう!なんでアタシ負けてるのよ!!」
開口一番のセリフがこれだった。とりあえず落ち込んでいる様子はなく、肩に入っていた力を抜く。変に疲れてしまった。スカーレットが落ち込んでなくてよかった。
「そりゃ、あれだよ。最初の出遅れじゃないかな」
「う、ううー!仕方ないじゃない!気づいたら出遅れてたのよ!」
「……」
そういうこともあるよね、と言おうと思ってやめた。どう返せばいいかわからず、言葉に詰まる。
落ち込んでいる様子はなくとも、三着であり、ウオッカに一着を取られたことを気にしているのは事実だ。それなら。それなら……。
「…『桜花賞』でリベンジだ」
「ふんっ!当然でしょ!?次は絶対一番になってやるんだから!ウオッカよりアタシの方がぜええーったい上なんだからね!」
ふんすと鼻息荒く告げるダイワスカーレットに、僕も密かに気合を入れる。
「勝とう」
「ええ、勝つわ!」
彼女に一番をあげたい。いや、彼女に一番になってほしい。スカーレットの熱に僕は焦がれたのだ。燃えるような瞳に憧れた僕だからこそ、今はできることを全力でやっていこう。
力強く両拳を握るスカーレットを見ながら、こくりと頷いた。
三女神像からの摩訶不思議な力を授かったダイワスカーレットと二人で、進むのは桜花賞。トリプルティアラに向けた一戦目。
「……ふぅ」
控え室では、珍しくダイワスカーレットが深く息を吐いていた。
「緊張してる?」
「ふん、してるわけ……ううん。少しだけ」
「そっか」
さすがに、いつものようにとはいかないか。
「僕もいつも通り緊張してるから、これでようやくお揃いだね」
「はぁ!?何言ってるのよ!ほんとアンタは……ふふ」
途中で何かに気づいたのか、こちらに目を合わせて微笑んでくる。
「まったく、不器用なやつね。ありがと」
「あー、うん。どういたしまして」
適当な物言いでどうにか緊張を解せないかと思ったけど、どうやら軽く見破られてしまったらしい。でも、さっきより表情から固さが抜けたからよかったかな。うん、これでいい。僕の緊張は変わらないけどね。
「アタシが勝って、最初のティアラ――桜の女王の座はいただくわ」
「うん。頑張って」
「ふふ、本当に。アンタ緊張しすぎでしょ」
くすくすと笑うスカーレットに、彼女の緊張が解けてよかったと思いながらも、僕の緊張もどうにかしてほしいと切に思った。
桜花賞。レース開始。
ものすごいどうでもいいことだけど、桜花賞のロゴはすごい綺麗だと思う。桜っていいよね。
くだらないことを考えていたら、ゲートインが終わりレースが始まった。
出遅れはなし。作戦は逃げから先行に変えさせてもらった。これが功を奏すか仇となるか。
結論、二着。いやー、いい勝負でしたね!一着?ウオッカだ!…………なるほど。
「スカーレット!二着おめでとう!!」
「はぁあああ!?アタシのことバカにしてる!?」
「ごめんごめん……なんて言えばいいかわからなくてさ」
入退場口でスカーレットに会い、正直に告げると彼女はため息をつき僕を見る。
「もう。なんでアタシよりアンタが落ち込んでんのよ」
「だって、桜の女王が」
「べつにいいわよ。もう終わったことじゃない」
「悔しくないの?」
「悔しくないわけないじゃない!ただでさえ一着じゃないのに、負けた相手がウオッカだなんて!」
「そうだよね…悔しいよね」
ぐぐぐと眉を寄せるダイワスカーレット。僕の呟きを拾ってか、さっと顔を上げる。
「だから、今すぐにでも帰って早くトレーニングするわよ!」
「トレーニング?」
「ええ。こんなままじゃいられないわ!次のティアラ戦――オークスはすぐそこよ。遊んでなんかいられないんだから」
「あぁ、そうだね」
悔しさをばねにできるスカーレットは熱く、瞳の太陽は煌々と輝いている。
彼女に負けていられないな。僕も、頑張らないと。決意を胸に、スカーレットと歩き出す。まだ見ぬ明日を夢見て――。
「ねえ、変なこと考えてない?」
「え、ど、どうして?」
「なんかそんなこと考えてそうな顔してたから」
「……さ、てと。トレーニングトレーニング」
「あーー!ちょっと誤魔化さないでよ!待ちなさいこら!!」
足早に歩く僕を追いかけてくるスカーレットは、一緒にいる時間が増えた分とても察しがよくなった。これだけはあんまり嬉しくない変化だと思う。
無論のこと、僕がスカーレットから逃げ切れるはずもなく当たり前に捕まり当たり前に吐かされたことは、言うまでもない。