エピソード・オブ・スカーレット   作:坂水木

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桜花賞終わりから夏合宿まで。


4. エピソード・オブ・スカーレット

 ダイワスカーレットにとっての"一番"がなんなのか、ウオッカに指摘されたそれを、僕もまた答えられずにいた。

 彼女が一番に執着していることは知っている。褒められたいというのもわかる。けれど、どこまでも一番を追い求める理由を彼女自身と同じく、僕も知らなかった。

 ウオッカが言った、"スカーレットの一番が適当で空っぽ"だというもの。

 唇を嚙み締めて考える彼女はどこか泣きそうで。それに対する答えを持ち合わせていない僕自身が不甲斐なく、そして歯がゆかった。

 

 調子の戻らない彼女と過ごす日々。ついにオークス本番が迫ってきていた。

 走り込むスカーレットと、ウオッカの二人を心配していたフジキセキ。少しだけ彼女と話し、戻ってきたスカーレットに問われる。

 

「…?ねえ、今フジさん来てなかった?なんか用でも――」

「スカーレット」

「な、なに?」

 

 彼女の言葉を遮り、静かに伝える。

 怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもない。僕が僕自身に対して、ただ虚しいだけだ。何かできないかと思っているだけ。余計なお節介でも、求められていないものでも、伝えておきたいと思う。

 

「まだ、ケンカ中?」

「……べつに、どうでもいいでしょ。ウオッカとのケンカなんていっつもしてたことよ。アイツがダービーに出ようと、アタシには関係ないわ。アタシはティアラ路線を走ればきっと一番に……っ」

「"一番"に?」

「……ふん、アンタには、関係ない話だわ!」

 

 タイム測定の準備を、と言うスカーレットに従っていくが、やはり彼女のフォームは固くタイムもまた…普段の彼女の物とは違う形となっていた。

 『走りはウマ娘の心を映し出す鏡』。

 フジキセキの言葉通りだろう。今のスカーレットの心は真っ直ぐじゃない。曲がりくねって、それだけ走りにも迷いが生まれている。

 

 僕に何ができるのか。彼女のためになるのはなんなのだろう。わからない。わからないけれど――。

 

 

 

 迎えたのはティアラ路線の第二戦目。樫(かし)――オークスの舞台で頂点を目指す。

 控え室で、ダイワスカーレットはやはりまだ調子が戻っていないように見えた。

 

「スカーレット、緊張してる?」

 

 同じことしか聞けないのは僕の語彙力のなさのせいか。いつもと違ってなぜか緊張はしていない。それ以上に、彼女のことが心配だからかもしれない。

 

「ふん、平気よ。アンタはどうなの?」

「僕も大丈夫。珍しくね」

「ふーん」

 

 苦笑して肩をすくめて見せても反応は薄く、それだけスカーレットの精神状況がよく読み取れる。

 

「応援してるから」

「ええ、わかってる。いつも通り走ってくるわ……アイツがいない、このレースでも」

 

 自分に言い聞かせるように呟くスカーレットにどんな言葉をかければいいのかわからなくて、僕はただ静かに頷いた。

 

 レースの始まり。樫の女王は誰になるのか。そんな実況が始まる。

 ゲートが開く。出遅れはなし。スカーレットの走りは上々だ。

 見た限り位置も悪くない。このままいけばと願う。今さらというか、今になってというか。結構な緊張が襲い掛かってきた。手が汗にぬるみ、ドキドキと鼓動が弾む。

 最終コーナー手前で三位。ここまで変わらない順位だ。あげてあげて、スカーレットが上がってきた。抜け出した!前に出た!!先頭だ!!!

 そのままそのまま突っ切って――スカーレットが一着だ!!!!!

 

 息を荒げるスカーレットに観客から声が飛ぶ。あと僕の歓声も。いつもだったら笑顔満載なはずなのに、彼女の顔に浮かぶのは渋く重い表情。

 ウオッカがいれば、という声に視線を落とす彼女を見ていられず声をかける。

 

「スカーレット、気にしないで」

「無理よ!だって、一番なのになにかが足りないって、アタシも思っちゃったんだもの!」

 

 吠えるような声は歓声に紛れ、空高くに消えていく。

 樫の女王の座に輝いたダイワスカーレット。彼女の抱いた違和感は、明確な形を得てきているらしかった。

 彼女が求めているものがなんなのか、フジキセキの言葉もあって僕にもわかるものがある。今ならきっと、スカーレットと"彼女"は話をできるんじゃないだろうか。

 

 ちなみに、ウイニングライブでその辺のファンの一人になり切った僕のことを、むずがゆさそうに見ていたスカーレットがいたとかいなかったとか。少しでもスカーレットが元気になってくれて僕はとっても嬉しかった。

 喜びすぎてぺちぺちと頭を叩かれたのは、また別の話。

 

 

 

 スカーレットの目指す一番の手がかりが、ダービーを勝ち抜いたウオッカを見て得られたようだった。

 僕にはわからないことだけど、彼女の瞳が赤く朱く紅くきらめく熱を持っていたから大丈夫だと思う。手探りでも、ダイワスカーレットなら大丈夫だ。根拠などなし。信頼感というやつである。

 

 

 いつの間にか夏がやってきていた。夏合宿の始まりだ。

 どうにかステータスを上手い具合にしようと四苦八苦しながら上げていく中で、スカーレットがカレー作りをしているのを偶然目にした。

 

「料理できるんだね」

「まあね、ママもパパも家にいなかった時多かったし、アタシなんでもできるようになったのよ。その方がママたちも安心するでしょ?」

「そうかもね」

 

 カレー鍋に目を落とすスカーレットは疲労と安心を顔に浮かべていて、僕の視線に気づいてか首を傾げて問いかけてきた。

 

「なに?」

 

 なんでも、と言おうと思って留まる。この場にとどまる言い訳を探し、結局思いついたのはこれだけだった。

 

「まあ、うん。僕も味見していい?」

「え?ふふ、ええ。いいわよ」

 

 にこやかに微笑むスカーレットは普段より優し気な笑みを見せる。

 準備を進める彼女に対して、僕は静かに佇む。合宿中ではあまりない、この穏やかな時間がなんとなく、なんとなく嬉しかった。

 また、味見させてもらったカレーはものすごい美味しかった。世界一と褒め称えていたらスカーレットがまんざらでもなさそうにしていて、ずいぶん可愛かった。特に尻尾の揺れ具合がよかった。いつか、スカーレットの尻尾を触らせてもらいたいと思う。いつかね。

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