秋華賞にウオッカが出ると聞き、再び気合の入ったダイワスカーレット。夏合宿も終わり、ステータスは悪くない伸びを見せていた。スピードに加えてパワーを伸ばし、スタミナも一定まで伸ばすことができた。
スキルというよくわからない概念はぼんやりとしかわからないので、スタミナ重視で考えさせてもらっている。おそらく、スタミナ補完は大丈夫だろう。
そして、秋華賞当日。
初めにウオッカの控え室を訪れたスカーレットは、ウオッカに負けられないと告げていた。"カッコ悪くない"と伝え、その上でアタシが勝つと、一番になると言っていた。
自分の控え室に戻ったダイワスカーレットに、僕はぽつりと言う。
「なんか、これで負けたら悲しいね」
「はぁあ!?なんでここでアンタはそういうこと言うのよ!!もっとこう、言うことあるでしょ!?」
なかなかの剣幕で迫られた。ごめんて。
「それもそうだね。頑張れスカーレット。応援してるよ!勝ちに行こう!ウオッカにね!」
「んん…もう、最初からそれ言いなさいよね。ばか」
満足そうなスカーレットが可愛い。割と適当な勢いだけの応援なのに、嬉しそうで申し訳なくなってくる。せめて心の中ではちゃんと応援しておこう。
「ふふ、ええ。行ってくるわね。ちゃんと応援して見ておきなさい!」
「うん。しっかり見ておく」
ゲートに向かうスカーレットの背中は頼もしく、自信に満ち力強い。僕の知っている、最高のダイワスカーレットだった。
レースが始まる。
ゲートインが終わり、秋の舞台が始まる。
出遅れはなし。位置取りも悪くない。序盤は三位についている。走りも悪くないように見える。かかりもなく、今のところ問題はなさそうだ。位置取りがどうなるか。最終コーナー手前でどうなるかといったところ。
上がった上がった。上がったぞ。スカーレットが上がった!!差し切ったぁぁああ!!!よしよし!勝ったぞ!!スカーレットが勝った!!!
途中心配だったけど、よく勝ち抜いてくれた。あー緊張した。手に汗握るってまさにこのことだね。まだ心臓バクバク言ってるよ。
入退場口でダイワスカーレットを待つ。まだ数回目だというのに、既に何度も何度も出迎えたような気がする。
呼吸荒く走ってきたスカーレットに声をかける。
「一番、だね」
「ええ。一番よ。勝てたわ…勝てたっ」
胸に手を当て拳を作り、ぎゅっと勝利を嚙み締めるスカーレットは眩しかった。
「アイツ、また強くなってた。一つタイミングを間違えてたら、かなわなかった」
「よく勝てたね」
「ふんっ、アタシの判断よ?できて当然に決まってるじゃない」
"当然"と言いながらも、その顔に慢心はない。真面目な顔で、真剣な声で続ける。
「ねえ、トレーナー」
何を言うのかと耳を傾ける。しっかりと向き合い、彼女の言葉を待つ。
「アタシ、一番になれてた?……アイツに負けない、"一番のウマ娘"に」
僕にはまだ、一番がわからない。だけど、答えは決まってる。
「さあね。僕にとっての"一番"じゃだめなんでしょ?」
「…もう。ずるい言い方するわね。別にアンタの一番が嫌なわけじゃないのよ。でも――」
「まだ足りない?」
彼女の続きを言うように、言葉を繋いだ。
スカーレットは薄く微笑んで頷く。
「ええ、アタシはまだ満足してないわ。だから、次の目標を決めましょう。できれば、この勢いのまま走り続けたいの」
頷き、答えようと思ったところで横から声が聞こえてくる。
「――なら、『エリザベス女王杯』はどうだ?」
「ウオッカ……!」
「俺は今日、一着を取るよりお前に勝ちてぇって思った。負けっばなしは性に合わねぇ。さっさと次のレースに行こうぜ。『エリザベス女王杯』はすぐそこだ。……そこで待ってる」
言うだけ言って去っていったウオッカに、ダイワスカーレットは小さく呟く。
「『エリザベス女王杯』……」
「出走登録しようか」
「ええ、お願い。次も必ず、勝ってみせるわ!」
熱の灯るスカーレットの瞳に応え、急ぎ『エリザベス女王杯』への出走登録を進めようと決める。と、その前に。
「それはそれとして、ウイニングライブ頑張ってね。超可愛いスカーレットを待ってるから」
「~~っ!もう、いきなりそういうこと言わないでよね!待たなくていいわよ!ばかぁー!!」
顔を綺麗な朱色に染めたダイワスカーレットは、レースで走っているときに次いで魅力的だった。
『エリザベス女王杯』当日。ウオッカは不調で出走取消。
「ごめんだけど、ちょっと面白い」
「もう!そんな笑いごとじゃないでしょ!?」
「ふふ、それもそうだね。でもほら、ウオッカ言ってたから。"『エリザベス女王杯』はすぐそこだ。……そこで待ってる"って」
「ぷ、ふふ、ちょ、ちょっとそれアイツの真似?ぜんっぜん似てないんだけど」
そりゃ僕は男でウオッカは女だからね。声帯違うし真似はできないよ。
「はー、もう。アンタのせいで変に笑わせられたわ」
「緊張は?」
「してないわよ。アンタの方こそどうなの?」
「そこそこ」
「そ。じゃあ行ってくるわね。誰がこのエリザベス女王杯で走ってるのか、アタシの走りでみんなに知らしめてやるわ」
「うん。いってらっしゃい。頑張れ」
「ええ。ちゃんと見ておきなさいよね」
自信満々に笑って言うスカーレットを、こくりと頷いて見送った。さあ、レースが始まる。
ゲートインが終わり、『エリザベス女王杯』が始まる。
スタート。出遅れはなし。位置取りは悪く……はないか。五位、六位と。そう悪い位置じゃないと思う。後はこのままの流れで終盤に抜き去ってほしいところ。
最終コーナーに入った。ここから後ろが怖いけども、も!一位で抜け出してくる!スカーレットいいぞ!そのままいけいけ!!いけいけいけ!!!よっし!よっしぃ!勝ったぞ!
ふぅ……。今回はそこまで緊張感なかったな。割と余裕があってくれた。一瞬スペシャルウィークが怖かったけども、それも引き離しての圧勝だった。さすがダイワスカーレット。二冠ウマ娘の実力は伊達じゃない。
カメラマンに応えてとびきりの笑顔を見せるダイワスカーレットが可愛いと思ったのは僕だけじゃないはず。
控え室に戻り、ウイニングライブ前に二人で少し話をする。彼女の次の目標は大阪杯だそう。
「大阪杯かー。いい目標だね」
「ふふん、目標だけで終わらせないわよ。ちゃんと実現させるんだから」
「うん。頑張れ」
「……ねえ、なんか他人事じゃない?」
「え?そんなことないよ」
「ふん、まあいいけど。アンタも一緒に頑張るのよ。アタシのトレーナーなんだから」
「はは、僕も一緒に走ろうかな。ウマ娘みたいなものだし」
「……まだそれ諦めてなかったの?」
じっとりとした目で見られる。ふ、甘いね。僕はまだ諦めてなんかいないよ。
「あ、僕がスカーレットに勝ったらいいんじゃない?割と完璧かもしれないよ、この案」
「全然完璧じゃないから。ていうかアンタ、アタシに勝てるの?」
「……ハンデをください」
腰に手を当てて呆れながら聞いてくるスカーレットにお願いしてみる。当たり前に拒否されるかと思ったら、これが案外ちゃんと聞いてくれていたようで、笑いながらも頷いてくれた。
「ふふ、どれくらい?」
「とりあえず二〇〇〇メートルで一九〇〇メートルのハンデを」
「ばっかじゃないの!?ハンデどころかアンタただの百メートル走じゃない!」
怒られてしまった。何がよくなかったのだろうか。僕にはわからないよ。
「もう、くだらないこと言ってないで帰って今日の分析を――」
「はー、完璧主義の優等生は言うことが違うねー」
唐突に現れたるは我らが宿敵ウオッカ。
「ウオッカ!?なんでここに!アンタ、体ちょ」
「ウオッカ、体調は大丈夫なの?」
スカーレットを遮って尋ねる。地味に心配だったのだ。
「お、おう。トレーナーさん。大丈夫だぜ。走れねーだけでよ、外に出るくらい問題ねえ」
突然話しかけた僕に戸惑いながらも、笑って答えてくれる。安心だ。
僕から視線を逸らしたウオッカはダイワスカーレットを見て、改めて口を開く。
「しかし……まあなんだ。スカーレット、今日のお前の走りは……」
「走りは?」
言葉を止めたウオッカが言いたいことはなんとなくわかった。たまにあるんだ。言おうと思って、恥ずかしくなって言えなくなること。よくわかるよ、その気持ち。スカーレットがわかってくれるかは別だけどね。
「へっ、こんなんだったぜ。"はぁ……はぁ……もうむりぃ~"って」
「はぁああ!?ばっかじゃないの!勝手な想像はやめてよね!」
彼女がそのまま言い募ろうとしたところで、スタッフからライブの準備をとお願いが入る。
ささっとライブ会場へ向かうスカーレットを尻目に、ウオッカは一人落ち込んでいた。どうしてわかるかというと、もちろん尻尾と耳のへにゃり具合から。
「……はぁ、ダッセェな俺。ここまで来て言えねえなんてよ」
僕がいることを忘れているのか、それともそこまで頭が回らないのか、独り言を続ける。
「たった一言じゃねえか。"カッコよかった"って」
「伝えておく?」
「うおぁ!?ああ!アンタがいたんだった!!」
「伝えておこうかな」
「うおお!待て待て!アイツにはぜってぇ言うなよ!」
「伝えておくね」
「やめろお!くそぉ、アンタわざと言ってんだろ!ぜってえ言うなよな!」
「はは、おーけー。いつか、直接言ってあげてよ」
「…おう、そうするわ。じゃあな!!」
頬をかき、なんとも気恥ずかしげに頷いてウオッカは走り去って行った。
そして、ウイニングライブが始まる。ライブのスカーレットはライブのスカーレットでまためちゃくちゃに可愛いので、ぜひ一ファンとして熱烈に見させてもらいたいと思う。