宝塚記念を終え、夏合宿を終え、ついに始まる天皇賞秋。
宝塚記念?それは六着でしたね。まあ稀によくある囲まれて動けなくなるやつだった。悲しいけど、スカーレットが落ち込んでなくてよかった。
ウオッカとの軽くも重いやり取りを経て、スカーレットと少しばかり話す時間ができた。
「すぅ……ふぅ……。もうすぐ始まるのね。『天皇賞(秋)』」
なんと答えようか迷い、すっと胸に浮かんだ言葉を彼女に送る。
「見てるよ」
「ふふ、なに言ってるのよ。アンタが見てるのなんていつものことじゃない」
落としていた視線を上げて、くすりと笑う。緊張した様子はない、柔らかな笑みだった。
「そうだったね。だからこそ、かな」
「どういうこと?」
問われ、僕も笑って答える。
「いつも見てたから。ずっと君の走りを見てきたから、だからいつも通りダイワスカーレットが一着で"一番"になる姿を見てるよ」
自然と言葉が出ていた。彼女の側で見てきた僕だから、ずっとずっと最初から見てきた僕だからこそ、彼女が勝つと信じて見ていられる。
「もう……またそうやって恥ずかしいこと言う」
恥ずかしそうに頬を朱色に染めて、それでもと綺麗に笑って言葉を続ける。
「でも、ありがとね。アタシのこと、見ててちょうだい」
「頑張れ、ダイワスカーレット」
「ええ、任せなさい!」
胸を張り真っ直ぐ歩いていくスカーレットを見送り、僕もまた彼女を見やる位置へと足を進めていく。
ただただ、彼女の勝利を想って。
天皇賞秋が、レースが始まる。
出遅れなし。近頃のダイワスカーレットはスタートで出遅れすることないので、そこは安心できる。
順位は五、六、七となんとも言えない位置取り。他のウマ娘がどう動くか悩む、けども。第四コーナー越えたぞ。スカーレット上がってくる上がってくる。そのまま抜けて真っ直ぐ直線過ぎて走って走って――――。
僕の緊張を他所に、ダイワスカーレットは堂々の一着で天皇賞秋を終えた。
一着で駆け抜けてきたダイワスカーレットの近くで、彼女の息が整うのを待つ。歓声が大きい。
「はぁっ、はぁ……あぁ、トレーナー……ねえ……どう、だった?アタシの走り、一番だった……っ!?」
文句なしにと、そう伝えようと思ってやめる。今の彼女には、もっとふさわしいものがあるから。
「声援を聞いてみな」
意識を周囲に向け、耳を傾けるスカーレットに対し観客からの声が届く。
『スカーレット!スカーレット!!』
『最高の走りだった!』
『こんな良いレースに立ち会えてよかった!』
『貴方の走りがまだ頭の中に残ってる!』
『一生忘れられない――忘れたくないレースだったよ!』
多くの人々から声を聞き、スカーレットは眩いくらいの笑顔を咲かせる。
「ふふ、ふふっ。そう……っ!そっかぁ…っ!」
こんなにも素敵な笑顔を見せる彼女はあまりない。僕が見たのも数える程度だ。見ているこちらまでも嬉しくなってくる。
「えへへっ、どうだ……っ!アタシ、勝ってやったわ!」
観客を見渡し、満面の笑みで声をあげる。
「アタシ、"一番"になってやったわよ!!」
天に向けて叫ぶダイワスカーレットの姿は、どこからどう見ても、誰よりも"一番"だった。
控え室に戻り、水分補給と彼女への労いをしているとウオッカが現れた。
「おーおー、ずいぶんと疲れ切ってやがるなー」
「なっ、ウオッカ!?アンタ何しにきたの?」
「あー、そう身構えんなよ。なんつーか、ねぎらいにきたっつーの?」
苦笑し、それから真面目な顔でスカーレットに向き合う。
「強かったな。お前、本当に強くなってる。今日の走りは確かにウマ娘イチだった」
「ふーん、そう」
軽く流すスカーレットだけれど、尻尾の揺れがすべてを物語っている。ふりふり揺れて、耳はぴこぴことして、ここは会ったときからまったく変わらない。
「だから、その……あのさ。お前が言う"一番"ってヤツ、なんとなくわかった気がする」
「あら、ようやくわかったの?」
「はぁ!?お前、なんでそんな上から――」
「ま、アタシもわかったのはこのレースが終わってからなんだけどさ。レースに勝って、歓声を浴びて。観客一人一人の表情を見て。アタシ、やっとみんなの一番になれた。そう思ったの。そして、気づいた」
ふふ、っと笑って彼女は続ける。
「アタシが目指してる"一番"って、みんなの記憶に残り続けるウマ娘なんだって。『天皇賞(秋)』って聞いたら、アタシが競り合ったこのレースをみんなが思い出せるような。ウマ娘って聞いたら、『ダイワスカーレット』って一番に名前が出る存在になりたかったんだって」
「……」
無言になるウオッカと同様、僕も黙る。
彼女の"一番"は大きくてカッコいい、太陽のように眩しい一番だった。
「それは、悪くないな」
「うふふ、でしょう?」
「はは、だけどな。次に勝つのはこの俺だ!次に勝負したときはゼッテー負けねぇ!!」
「はいはい、さっさと海外に行きなさい。まだ武者修行の途中なんでしょ?次こそ、アタシに勝てるように海外で修行してくるのね。ふふっ」
再びの喧嘩を始めた二人をなだめながら、帰路につく。
そしてトレセン学園まで戻り。
「さて、と。トレーナー」
「なに?」
「アタシの"一番"、どう思った?」
聞かれ、ふっと笑う。
「かっこいいと思った」
「そ。それで?」
「それで?」
「うん。それだけ?」
「ううん。スカーレットらしいなって思ったよ」
「ふふん、そう。あたしらしい、ね」
満足げに頷くスカーレットへ、言おうと思っていたことを伝える。
「僕さ、正直スカーレットの"一番"ってなんなのかわからなかったんだ」
「へぇー。でも、それは当然でしょ?あたしだってわからなかったんだから」
「そうなんだけどさ。ずっと一緒にいたんだし、少しくらいわかりたかったというか、ね」
「ふーん……」
どう伝えればいいか。あんまり上手く言葉が出ない。
「結局応援するだけで、もちろんトレーナーとして努力したつもりではあるけど、スカーレットのこと理解できてなかったって考えると。なんていうか――」
「――まったく、ばかね」
僕の拙い話を遮り、軽く息を吐いて言葉を投げかけてくる。
「あのね、アタシがここまで来られたのは誰のおかげ?」
「そりゃ、スカーレット自身」
「ええ、そうね。でも、それだけじゃないでしょ?」
まさかわからないわけないわよね?と目線で伝えてくる。
いくら僕でもこれくらいはわかるよ。
「僕、かな」
「そ。アンタよ。トレーナー」
真っ直ぐな眼差しが熱い。星空の下、トレセン学園の明かりを背景にして負けないくらいに明るく輝く赤の瞳が僕を見つめていた。
「アンタがいたから、アタシはここまで来られた。アタシたち、二人でここまで来たのよ。アタシのこと理解できてないなんて、他でもないアタシ自身がわかってなかったんだから、他の誰にもわかるわけないじゃない」
「…そう、かな」
「ええ、そう。アタシ以外で、アタシのこと一番にわかってるのはアンタなんだから、ちゃんと自信持ちなさいよね」
こつりと僕の胸に拳を当てながら言われ、緋色の瞳を見つめ返す。
僕が彼女のことを一番わかっているなんて、どうだろう。自信は、微妙だ。
「あ、今自信ないとか思ってるでしょ」
「うわ、よくわかったね」
「ふふん、アタシがアンタとどれだけ一緒にいると思ってるのよ」
微笑むスカーレットに釣られて、僕も薄く笑う。
なんとなく、彼女の言いたいことが理解できた。
「あぁ、そうだね。僕ら、結構な時間一緒に過ごしてきたんだ」
「ふふ、そう。アタシ以上にアンタのことわかってるヤツいないように、アンタ以上にアタシのことわかってるヤツもいないのよ」
「確かに、それだけは言えるや」
まったく、こうも恥ずかしいことを真正面から言われるとは。いつも僕は彼女にこんなセリフ言ってたのか。これは恥ずかしい。顔が熱い。
「それじゃ、トレーナーがアタシのことちゃんとわかってくれたところで、これからアタシが一番になるために必要なことを教えてもらえるかしら?」
にこやかに笑って、スカーレットを赤い髪を揺らし聞いてくる。彼女はその答えを知っていて、その上で尋ねてきているのだろう。なら僕も、ここはきっちり答えよう。
「『有馬記念』でみんなの一番になること、だね」
「正解!ふふ、ちゃんとわかってるじゃない」
「はは、これだけ一緒にやってきていればね」
僕の言葉にスカーレットは明るく笑い、指を立てて宣言する。
「当初の目的通り、"一番のウマ娘"になりにいくわよ!」
「行こう!!」
二人で誓い合い、最後の目標へと足を向けた。