魔王軍に入るのも悪くない   作:アンダンテ

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今回の最後には、主人公の名前が決まります。


第11話 歓喜の涙

 ………………ん?

 ここはいったいどこだ?

 俺はいつも通り、夢の世界だろうと思ったがそうでもないみたいだ。

 周りは夢の世界の白い霧がかかったような世界とは対照的に、あたり一面が黒く、遠近感が全くない。

 しかも、あの少女までいないのだ。夢の世界というわけではないのだろう。

 ………全く、また面倒ごとに巻き込まれた。

 

 異世界憑依したからというもの、俺は厄介ごとに巻き込まれ続けている。

 最初は、訳も分からず奴隷にされて、ほとんど詰みの状態で、なぜか吹っ飛ばされて、魔王軍幹部に連れて行かれる。しばらくたったら、村に行こうとしたけれども、村に来たら北出ワープして、蠅に殺されかける。

 ………うん。改めて振り返ると酷すぎる人生歩んでるな。

 日本での生活がこの数日ですでに薄れてきている。

 

 ……それにしても俺はあの後どうなったのだろう?

 あの蠅たちに殺されたのだろうか?

 だとしたら、ここはおそらく死後の世界なのだろう。

 ………だが、それだけで片付けてはいけない。

 事実、俺自身が異世界憑依している身だし、夢の世界とかいうメルヘンチックな世界もある。

 

 ここが本当に死後の世界かどうかは分からないが、俺は自分が生きているだろうと思っている。

 理由は俺が蝿たちに襲われ、意識がなくなる瞬間に、レーシカの声がしたような気がするのだ。

 もしもその場にレーシカがいたとしたら、俺は確実に生きている。

 あのレーシカだ。魔王軍幹部のレーシカだ。馬車を木っ端みじんにしたレーシカだ。

 絶対に蠅なんかに負けるわけがない。

 

 ………改めて思うと、人間側にレーシカ以上の奴っているのか?

 事実、魔王軍幹部は、今のところレーシカと、物凄く睨んできたキューレとかいう人しか知らないが、おそらくキューレも強いのだろう。

 レーシカとキューレの間には険悪な雰囲気が漂っていたから、おそらく仲は悪いのだろう。

 次にキューレに会うときは気を付けなければな。

 

 ………魔王軍、か。

 魔王様直々に魔王軍に入ってほしいなんて言われたが、どうしようか。

 俺自身は魔王軍に入るのも悪くないない、と思っている。

 少なくとも、前までは奴隷だった俺なので、人間として生活しても、また奴隷として扱われる可能性が非常に高いのだ。

 だとしたら、死ぬ可能性はあるが、奴隷としてではなく、一人の魔王軍として生活するのも良いんじゃないか………というのが、俺の思惑だ。

 

 ………だが、魔王軍と夜ばれるからには、これまでに人間が魔王軍に入ったことがあるとは思えない。

 人間である俺がひどい扱いをされることも考えないといけない。

 事実、キューレに殺意しかこもっていない視線を浴びせられた俺が言っているのだ。

 人間に対してよく思っていない魔王軍も少なからず……いや、相当いるだろう。

 魔王軍として働いている間に、闇討ちなんてことも起こるかもしれない。

 

 レーシカも、俺がまだ魔王軍に入っていないから優しくしているだけで、俺が魔王軍に入ったら守ってくれなくなるかもしれない。

 俺を守ってくれているのは、単なる命令なのかもしれない。

 

 俺の思考はどんどんネガティブな方向に向かっている。

 それと並行して周りの暗闇もどんどん暗くなってきている。

 ………本当に、この世界はいったい何なのだろうか?

 周りがどんどん暗くなっていき、遂には俺の意識はこの世界から旅立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと俺は見なれない天井を見た。

 ……声に出すことはかなわなかったが。

 頭を横に傾け、あたりを見ようとすると、俺の顔を覗き込んでいる高校生ぐらいの女の子がいた。

 …………いや、滅茶苦茶近い。

 もう少し頭を出したら、目の前の子がかけている眼鏡にぶつかっていただろう。

 ……てか、誰だ。

 おそらくここは魔王城なんだろうから、この子も魔王軍だと思うが……

 

「あ、起きました?おはようございます!」

 

 目の前の子は無駄に元気がいい声で俺にあいさつを交わす。

 いったん目の前の子に視線を向けるのをやめ、首を左右に動かすと、この部屋が一種の病室のようなものであると分かった。

 ………良かった。俺の考え通り、俺は生きていたらしい。

 

「……………誰?」

「私ですか?私の名前はヒルムです。はじめましてですね!ちなみにここは魔王城の医療所です。レーシカさんが人間の子を担いでやってきたときはびっくりしましたけど、こんなにかわいい子だとは思いませんでしたよ!」

 

 目の前の子改め、ヒルムは顔を俺の方に近づけて、目をキラキラと輝かせていた。

 ………魔王軍とは思えないな。

 魔王軍にはこんな子も多いのだろうか?

 だとしたら俺の魔王軍への印象が、物凄い角度で変わるんだが……そういえば、あの黒い世界は何だったのだろうか?

 

 夢の世界とは程遠く違うし、ただの夢なのだろうか?

 夢の世界だけでも謎が多かったのに、またよく分からない世界に行ってしまった。

 ここに来てから、分かったことよりも、分からないことの方が多いのはあまりにも痛いのだが……いつか、あの黒い世界について知りたいものだ。

 

 ………おっと、現実逃避をするところだった。

 俺は改めて意識をヒルムの方へ持っていき、俺に何が起こったのか説明してもらうことにした。

 

「え?あなたに何が起こったのかはよく分からないけど、レーシカさんが、チスイバエとクライバエの猛攻にやられたみたいだから治療してくれ、って言ってたからしばらくここで休憩してたら身体の調子も整うと思うよ!」

 

 血吸い蠅と喰らい蠅?

 俺を襲ってきた蠅たちはそんな名前なのか。

 しかし、物騒な名前だ。よくそんなのに俺は耐えきれたな。

 俺の能力に感謝だ。

 ………そういえば、肝心のレーシカはどこへ行ったのだろうか?

 

「………レーシカは?」

「ん?レーシカさんはアレシア様に村で起こったことを伝えているらしいよ。そこまで時間はかからないと思うから、あと数分でここに戻ってくると思う。」

「…………そう。」

「レーシカさんに感謝したいた方がいいよ。私が見たこともないぐらいに焦った様子で、ここへ来てたし、私が命に別状はないって伝えたときなんて、びっくりするぐらい安心した表情であなたを眺めてたんだよ。」

 

 ………そう、なのか。

 黒い世界では、てっきり俺を守ってくれるのは、単に命令されただけだと思っていたが、少なくとも、俺が生きて安心はしていたみたいだ。

 俺が死んだら何か不都合がある命令だから、安心したのかもしれないが……

 

「大丈夫だよ!レーシカさんは本気であなたのことを心配していたし、命令だけだったらあそこまで安心したりするような性格じゃないから!」

 

 ………心を読んだのか?

 この無表情で何にもしゃべろうとしない俺の身体からどうやって俺の心を読んだんだ?

 読心術にでも長けているのだろうか?

 ………そこはまぁ、ひとまず置いておいて、どうやら、本気でレーシカは俺のことを心配してくれたらしい。

 

 …………みっともないなぁ、心の中で涙が出そうだ。

 俺の身体は泣くことが許されない。そして、表情を動かすことさえ容易ではないが、俺の心は日本にいたころと同じだ。

 レーシカからの優しさは、俺の心を温かい布団でくるむように、じわじわと伝わってきた。

 

 魔王軍。それは俺の心に必要なものなのかもしれない。

 俺はこの世界に来てから、日本の時の俺とは比べ物にならない程、救われた。

 特にレーシカには感謝の言葉も物足りないくらいだ。

 …………レーシカに恩返しをしないといけないな。

 

 俺はさっきの黒い世界のネガティブな思考から一転、希望を見出すことができるような小さくほのかな決意を抱いた。

 ────魔王軍に入ろう。

 レーシカに恩を返すのはこれが一番だ。

 さっきまで暗かった思考が嘘のように明るくなる。

 

 レーシカは俺が魔王軍に入ったら、俺を守ってくれないかもしれない。

 だが、それでも俺はレーシカに恩を返したいという思いが勝った。

 日本で生活した時とは、比べ物にならないぐらいのやる気で、俺は満ち溢れている。

 さっきまでの身体の気だるさがなくなって、俺はベッドから立ち上がり、レーシカの下へ行こうとした。

 それを見てか、ヒルムも満足げな表情で見守り、頑張ってと声をかけてくれた。

 ………そういえば

 

「………心を………読んだ?」

「何となくだけどね!でも、あなたはほかの人とは違って、全然感情を読み取れないみたいだけどね。」

 

 何となくで当たるのか………恐ろしいな。だが、やはり感情は読み取れないのか。

 俺は聞きたかったことを聞き、レーシカの下へ歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 私はアレシア様に村で起こったことを伝えて、あの子がいる医療室へ向かおうとした。

 早くあの子の安否が知りたい。その気持ちが強いのか、私はいつもよりも足早に歩を進めている。

 曲がり角を曲がろうとしたその時、私は誰かにぶつかってしまった。

 

「おっと、すまないな…………っ!!!」

 

 危うく叫びそうになった。

 目の前に病室にいるはずのあの子がいるのだから。

 私は驚愕の感情を抑え、冷静に声をかけた。

 

「………どうしてお前がここにいるんだ?病室から抜け出してきたのか?」

 

 目の前の子は表情を変えることはないが、どこか晴れやかな顔でこう言ってきた。

 

「…………伝えたいことがあるの………聞いてくれる?」

「………あぁ、良いぞ。言ってみてくれ。」

 

 私はどこか期待をしていたのかもしれない。

 この子と一緒に仕事が出来たら、どれだけ楽しいのだろう、と。

 叶わない夢だとも思った。だが、私は確かにそれを望んでいたのかもしれない。

 この子が危険にさらされても、私はこの子を守っていきたい。例え目の前の子が魔王軍に入ったとしても。

 そのような決意じみたものを私は自分の中に押さえ込んでいたのかもしれない。

 ………だからこそ、私は目の前の子により一層、意識を傾ける。

 あの言葉を言ってくれたら、どれだけ嬉しいかを感じながら………

 

「私は………魔王軍に───」

 

 あぁ、とてつもない嬉しさがどんどんこみ上げてくる。

 言ってほしい。この子自身の口から、あの言葉を。

 

「───入りたい。」

 

 私は嬉しさで胸がはじけ飛んでしまうかと思った。

 この子との時間はあまりにも短く、そして、あまりにも充実していた。

 だが、私は怖かった。いずれこの子と離れてしまうその時が。

 魔王軍からこの子が離れてしまい、また奴隷として扱われ、朽ちていく姿が夢の中で、何度も何度も何度も映し出された。

 だからこそ、私はこの子を守りたかった。

 私はしゃがみ、目の前の子と同じ目の位置になって、そっと抱いた。

 

「……………そうか。ありがとうな。決意してくれて………本当に、嬉しいよ。」

 

 私は純粋な本心でそう囁く。

 この子に見せていない私の顔には、一滴の涙が顔を伝っていった。

 そして、私はこの子が魔王軍に入ると決意した時に与えるものがあった。

 

「………魔王軍に入るからには、お前にも名前をあげないとな…………今日からお前の名前は──」

 

 そう、名前だ。

 この子には名前がない。そして、一人の人として、扱われたことなんて一度もないだろう。

 だからこそ、魔王軍として生きる名前がこの子には必要なのだ。

 私は私なりに考えたこの子にふさわしい名前を囁いた。

 

「──アグノ。これからアグノと名乗ってくれ。私なりにお前にふさわしい名前にしたつもりだが………どうだ?」

 

 この名前、『アグノ』を気に入ってくれるだろうか?

 私は静かにこの子の答えを待った。

 

「……………うん。アグノ。とってもいい名前だと思う………本当に、ありがとう。」

 

 私は()()()の前で、涙を止めることはできなかった。

 この世で最も暖かい──歓喜の涙を。

 




アグノという名前は、unknownのギリシャ語『άγνωστος 』から来ました。
今回で1章は終わりです。ここまで見てきてくださった方々。本当にありがとうございます。

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