ティアナ様は告らせたい~少女(一部女性含む)たちの恋愛頭脳戦~ 作:アルブレヒト・ミュンヒハウゼン
ヒヨリちゃんが協賛者を募ると称して騎士くんとデートしていた。絶許。
(ユイ主観)
いや……そうとも限らないだろ、落ち着けよユイ。確かにヒヨリは泥棒猫だけどよ?
(マコト主観)
ああ、マコト
(レイ察し)
狼獣人のマコトの実家はランドソルに古くからある居酒屋だ。少々荒っぽい常連に恵まれ、かなりの繁盛店だ。
とはいえ、それはあくまで日が落ちてからの話。営業前のこの時間帯はしん、と静まり返って
「マコトちゃん聞いて!! 騎士くんに浮気されたの!!」
「いいかユイ聞け!! 浮気どころか付き合ってねぇ!!」
……いなかった。
広々とした客席の、最も入口に近いところにある四人席。そこには三つの人影があった。
ユイとマコト、そしてレイだ。
先の絶叫はこのうちの二人、ユイとマコトによるものだ。
マコトはちらり、と正面に座るユイの隣、魔族のレイを見る。幼馴染のトンデモ発言の真意を説明してもらおうと考えたのだ。レイはユイとは同じギルドのメンバーであり、わざわざ同行してきた年長者だ。きちんと話を進めてくれるに違いない。
その視線に込められた意思を感じ取ったようで、レイは小さくうなずくのみ。
……え、説明は? それと、ユイが付き合ってる前提なの?
全然話が前に進まないどころか、ふたりとも進めようともしないことが分かったので、仕方なくマコトが口を開く。拳を使わずに人を説得することは得意ではないが、親友が勘違いしているなら頑張る。
そのためには、まず浮気の定義……ではなく、そもそもの前提がマコトの考えるものと同じかどうかを確かめる。
「まずさ、あいつはユイだけじゃなく、特定の誰かとつ、付き合ってるとか、そんなことはないだろ?」
……同時、マコトが知らないだけで本当にユウキが誰かと付き合い出したのかを問い正す。ユイではない。まず間違いなく。
すると、なぜか眉を立てたレイが答える。
「マコト。今はそういう段階じゃないんだ」
「そういう段階じゃないから言ってるんだろ!?」
何もかもすべてをすっ飛ばして話が進んでいる。
そして、内心で安堵する。よかった、ユイの勘違いだ。あたしにも……いや、なんでもない。
当のユイはというと、普段の明るい顔とは一転、無表情のまま。纏っている雰囲気も、普段では考えられないような寒々しいものだ。
その表情と雰囲気を維持したまま、口を開く。
「私、こんなこと初めてで迷っているの……」
その切り出し方に、思わずマコトは問い返す。
「……何に迷っているんだ?」
そこで、ゆっくりと笑みを作る。その笑みは、とてもユイが浮かべるものとは思えない。
目の当たりにしたマコトの体が勝手にぶるり、と震える。
「どっちを殺るか」
あのいつも優しげで人を害するような言葉を口にするどころか思いつきもしなさそうな印象のユイが、そんな冷淡で衝撃的かつ好戦的な発言ができると知って、
「怖っ!!」
思わず叫ぶ。
顔が歪むのを自覚するが、こればかりはどうしようもない。なんとか落ち着くべく、小さく息を吐き出す。まぁ、あまり意味はない。
流石にまずいと思ったのか、レイがたしなめる。
「いや、そこは逡巡なく一択だろう?」
「そうだったね、レイちゃん」
……つまり、ユウキではなく相手一択、と。
「……
もう出ていってもらえないだろうか。仕込みとか掃除とかあるし!!
それと同時、ため息が漏れ出そうになるのを堪える。
恋する乙女は盲目、とはよく聞くが、今のユイに限っては完全に周りが見えていない。
普段のユイは視野が広い。後方職として戦線を支える意識から、常に気を配っていることで視野が広がったのだろう。サポートに徹する性格もあって、いろいろなことが見えているし的確だ。そのおかげで助かったことなど数え切れない。
どうしても視野狭窄になりがちなマコトや冷静そうに見えて意外と血が昇りやすいレイ、深く考えずに体が動くヒヨリにしてみれば、しっかりと周りが見えている仲間がいることはとにかくありがたい。
ただ、ユウキに関することになるとまず自分ありきだ。恋愛に関してはそれが普通なのだが、普段からサポートをしてもらっている印象が強いため、前に出ようとしているユイの姿に違和感を覚えるのだ。
ここ最近はその風潮が強くなりつつあることもマコトにとっては悩ましい。穏やかにユウキへの思慕を募らせてくれれば振り回される機会は減る。あとは腹くくって、いい加減告白でもなんでもしてくれ。
別に、好きになった方が負けとか、そういうくくりでやっているわけじゃないんだから。
否。
(見えるようになったからこそ、見ようとしてないのかもな)
これも最近気がついたことなのだが、ユイがユウキへ思慕を向けている自分以外の人間を把握しはじめたような素振りがある。
これまで気が付かなかった、というよりは、自分が一番ユウキに親しい存在だとの考えがあったためだろう。事実、ユウキもそこはかとなくユイを意識している素振りを見せていたこともある。だからマコトは……いや、今あたしのことはいいから。
ただ、その優位が揺らいでいるようなのだ。
別に、他の女性からのアタックが強くなったとか、ストーカーの数が増えたとか、言い寄るやべーやつが増えたとか、そういう即物的な事象ではないだろう。それならユイより先に動く面々がいる。具体的にはコッコロを筆頭とする【美食殿】の面々、そして【サレンディア救護院】のサレンだ。同じギルドならともかく、同居はずるい……ではなく、変化にすぐ気付ける。
そうではなく、戦闘で活用している広い視野が一般生活、というよりはユウキ関連にも適用されるようになり、その結果としてユウキに対して信頼を置いている女性が数多く存在していることに気付いたのだろう。
好みのコスメや服を気にし出すとそれらへの注意力が高まり、増えたわけでもないのに目につきやすくなるのと同じだ。
ただ、精神的な繋がりとなると形として見えないだけに厄介だ。そして、これまでユイが築いてきた優位もまた精神的な部分が大きい。それ故、今回の浮気発言につながった、と捉えれば納得がいく。
いい傾向ではあるものの、マコトにしてみればはた迷惑な成長だ。
つけ加えると、というか、こちらの方がマコトのため息の主成分なのだが、そもそもの話、ユイの想いは重い。
その分ユウキへの想いは確かで、それ故マコトは……ま、まぁそれはいいとして、いい意味で一切ぶれていない。
だが、その想いを伝える術が圧倒的に足りていない。術、というよりは度胸か。
もちろん、ユイも頑張っている。それとなくユウキ本人に伝えているのも事実だ。ただ、受け手であるユウキが、男女の仲や生じる感情をきちんと理解できていないことも問題なのだ。
ユイの伝える『好き』は"男女"として末永く共にいたいという不確定要素てんこ盛りなくせに契約じみた希望なのに対し、ユウキの受け取る『好き』は"友人"として長期に渡り友好関係にありたいというゆるく関連を維持する努力目標程度の願望だと捉えているのだ。
ユウキに思慕を向けている女性の多くはそれを理解しつつも、諦めること無く想いを募らせ、いつか……と考えている。ユイもその一人だ。ただ、やはりユイの場合は人一倍想いが強く、そしてユウキ自身との関連も強い。
そのため、ユイの抱え込んだ想いは出口を失い、蓄積されていく一方だ。そうして熟成された想いは言わずもがな重苦しい。
本人としてはそうでもないのだろうが、振り回される側の筆頭であるマコトからすると重い。もっと近いはずのレイがしれっとしていることから、この重さに慣れてしまったようだ。
まぁ、そうなるだろう。マコトだって親友の一種の芸風と思って既に諦めている。
こればかりはユウキが進退を定めなければどうにもならない。だからこそ、マコトは自分の気持ちを押し込めているというのに…………今のナシ。
マコトがある程度取りなさないと話が進まないと分かった。まずは事実関係を把握し、本当にユイの言う通りなのかを確認。その通りなら頭を抱えるし、違うなら説教。
進め方の方針を決め、話を振る。
「ひとまず、その……浮気? が発覚した経緯を教えてくれよ」
とはいえ、なんとなく察しはつく。恐らく、ユウキと誰かが連れ立って歩いていたとか、仲良さそうに話をしていたとか、そんな程度のことだろう。
根が真面目なマコトとしては、付き合ってもいない相手との関連を浮気と称することに納得が行っていない。そんなことを言い出されたら、今後開店前にユウキが夕飯をたかりに来ることを禁止されかねない。せっかく二人きりの時間……いやなんでもない。
ユイは小さく震えながら口を開く。
「この前の、料理対決の前日」
「ああ……」
あの日のことを思い出すと少々憂鬱になる。評価そのものの話ではなく、単純にペコリーヌの奸計にハマった自分たちの不足を恥じている。
ただ、いい機会ではあったと納得はしている。
今後マコトがどういう進路、あるいは将来を進むかは決めていないものの、もしも実家を継ぐことを視野に入れた場合、ペコリーヌの指摘は正鵠を射ている。
技術があることは確かな強みであり、誰にも負けないイニシアチブだ。ただ、それに頼り切ってしまった。皆がマコトを警戒しているのは分かっていたが、それでも勝てるという自信があった。
だが、実際にマコトが他の参加者のものを試食してみたものの、味に大きな差はなかった。チャーハンという食品で露骨な差はつかないことは分かっていたとはいえ、だからこそマコトは衝撃を受けた。
お金を取れるだけの手腕を持つマコトの作ったチャーハンと、大きな差を見いだせない品質のチャーハンを素人が提供したのだ。その事実はあまりにも衝撃的だった。
それだけではない。
どこかしらで料理に関しては下、と見ていたユイのものだって決して不味いものではなかった。むしろ、食べ進めれば進めるほどほっこりとするような、心優しいユイらしいチャーハンだった。
ではマコトのものはどうだったかと問われると、お金を取れる商品、と言われれば正解だ。調理技術はもちろんのこと、使用した燃料費、素材の金額、そして提供速度。どれをとっても十分採算に乗せられる。
万人へ提供可能な"商品"としては正しい。
だが、先日の料理会で作り上げたチャーハンはあくまで商品であり、マコトらしいと到底言えるものではなかった。
誰かのために思いを込めた"料理"ではない。
それを、見抜かれた。そして、正しく評価された。
だからこそ、悩む。
何しろ、マコトにはマコトらしい、なんて味を思いつかない。マコトが作ったものがマコトの味だ。それ以上でもそれ以下でもない。
だが、その考え方ではダメなのだ。もっと、特徴というか、特色を求められているのは理解している。
ただ、ちょっとやそっとのことではペコリーヌに指摘された課題をこなせるとは思えない。なにしろ、店の手伝いとして厨房に立っているのだ。誰かのために作っては商売上がったりだ。かといって、専門とするかと言われると二の足を踏んでしまう。
やりたくないわけではない。やりたいか、と言われれば興味がある、と答える。自信も技術も十分だ。
それだけのものがあるのだ。
ただ、やれるとも限らない。やれるか、と問われれば明言できない。たかだか店の手伝いをしてきた程度の自信と技術しかないのだ。
たったそれしかないのだ。
だからこそ、悩んでいる。
「一緒にクレープ食べてた!!」
ユイの叫びにも似た言葉に、我に返る。そうだった、ユイが浮気? の現場を目撃した、という話だった。
……あまり気乗りしないが、聞かないとそれはそれで面倒になる。
だが、
「……」
待てど暮らせどそれ以上の言葉、そして事実が出てこない。
どうやらその目撃情報だけで騒いでいると気付く。その事実に、思わず声が漏れる。
「えっ!? それだけ!? それだけで浮気だと騒いでんのか!?」
いやいや、そんなはずはないだろう。これだけ自信満々で騒いでいるのだ。もっと決定的な……いや待て。まさかとは思うが。
「うん」
素直に頷かれ、マコトは思わず天井を仰ぐ。
い、いやいや、そんな程度ではないだろう。そうだ、聞き方が悪い。もっとこう、直接的というか、話を引き出しやすいよう分かりやすい例示をしなければ。
「手ェつないでたとかキ、キ、キ、キスしてたとかじゃなく!?」
「そんなことしてたら後ろから魔法撃つ」
即座だ。そして、目が据わっている。本当にやりかねないので怖い。
というか、本当に連れ立って歩いていた姿を見ただけのようだ。
「ちょっと、それだけで浮気扱いってのは……そもそも浮気じゃねぇし」
ユイの隣に視線を移す。
「なぁ、レイさん。どう思」
「これは浮気だな」
「えーーーっ!!」
全てを言わせてもらえなかったどころか、想定とは異なる答えが帰ってきたことに驚愕する。
「
……既に口裏を合わせていたようだ。じゃああたしに話さなくてもいいよな。というかなんで来た? 帰ってもらっていいかな?
としても、どうにも奇妙だ。マコトの直感がそう告げる。
レイの思考が杓子定規になりがちで、かつ極端なのは今日に始まったことではないが、今回はあまりにも極端が過ぎる。ユイの暴走を諌めることができる数少ない人物が、こうもあっさりとユイ寄りの論調になっているのはなにかおかしい。
普段のレイなら、連れ立って歩いていただけで浮気だなどと断罪するはずもない。むしろ、マコトと協調して掛かり気味なユイを落ち着かせる側となる。
レイはレイでなにか抱えていることがある、と訝しむ。しかもこの
こうなると厄介だ。マコトの言うことなど聞いてくれないだろう。何しろ、既に結論が出ていて、それでいてマコトに話をしにきているのだから。となると、恐らくマコトは何事かに巻き込まれることは確定だろう。きっとマコトだけが苦労するような出来事に違いない。帰ってもらえないかな?
とはいえ、もう少し話を聞いてからでも判断はできる。明らかに偏った情報であふれるだろうが。
一応中立の立場で発言を、と思うが、どうしてもユウキが絡むとマコトも中立になりずらい。理由? 分かれよ。
そのため、詳しくないのを承知で法令に頼ることにする。法令なら見た目中立だ。マコトの主観だが。
「ええと、一応さ、ランドソルの法律でも配偶者以外の不貞行為、が事由になるわけだけど、そもそもユイとユウキはけ、け、け、ケッコンしてないわけだしぃ!?」
……思った以上に胸奥へガツンと来る言葉だ。分かってる。そんな事実はない。ないけどきつい。あと恥ずかしい。
なんとか言い切った渾身の一言に対し、
「法律がどうこうという話ではない」
レイはぴしゃり、と切り捨てる。その返す刀で、
「心の不貞行為だよ。
いいか、マコト。ユイが、ユイの心が許せるか許せないかの話をしているんだ」
それなら……確かにそうかもしれないが……いやいや、やっぱりおかしいだろ。完全に主観じゃねぇか。で、なんでそれに同調してるんだよ。その方が変な話だって。
「それとも、結婚してなければ浮気し放題なのか?」
いや、それも極端な論理展開だ。流石レイ。
だが、レイの突飛な理論を聞いていたユイは流石に反省をしたようだ。無表情だった顔に、普段の優しい色が少しだけ戻ってくる。
「そう……だよね」
声色も、柔らかさが含まれたものになる。
よかった。いつものユイに戻りつつある。
「確かにマコトちゃんの言う通り、浮気なんて私の思い過ごしだよね。
……騎士くんとヒヨリちゃんを信じてみることにしたよ」
……相手ヒヨリかぁ。
その名を聞き、ちょっと早まった、と率直に思う。
ユイ、そしてレイがやや感情的になっている原因がなんとなく理解できたのだ。
ヒヨリはユイ、そしてレイと同じギルドだ。
同じギルドの仲間が。
ユイの気持ちを知っているひとりが。
ユイの想い人にほのかな気持ちを抱いている恋敵が。
ユイの預かり知らぬところで一緒に歩いていれば。
ユイの気付かぬところで共に過ごしていれば。
仲間の抜け駆けを疑うのはある意味で自然なことだ。
それに対し、例え"同じ属性"を持っているとしても、少々距離があるマコトが勝手にあれこれ言うのはお門違いだろう。やりすぎた、とまでは言わないが、つっこみすぎたか、と反省する。
ただ、ユイもいつもの冷静さを取り戻せたようだ。そこだけは安心する。言ってよかった。
「だから」
ユイは笑顔を作る。
「二人を信じて、探偵を雇ったんだ」
マコトは叫ぶ。
「ちっとも信じれてねぇよ!!」
その言葉に、思い出したことがある。
「え、それであたしにカスミ紹介させたのか!?」
例の料理会の後。
今浮かべている笑顔と同じ表情をしたユイから、
ユイのことだから感謝を伝えるためだろうと快諾したのだが、そういうことだったとは。
思えば、その笑みは今のように企んでいるかのような含んだものだった。
長年ユイの笑顔を見てきたマコトだというのに、その笑顔を見分けることができなかった。
(あたしってほんとバカ)
そして、当のカスミ。
【
探偵業にはそれなりにニーズがあったようだ。その際に培った伝手は幅広く、王宮の一部にも届くという。
【
それを理由に、日々の警ら巡回をサボるのが悩みだ。探偵業っぽいことは嬉々としてやるくせに。
恐らく、ユイからの依頼も二つ返事だっただろう。
内心で嘆息する。
ユイはその笑顔のまま続ける。
「何言ってるの? 信じてるからこそ、潔白を証明しようとしているんだよ」
怪しくないなら証拠を見せろ、ってやつか。
……うん。それはトートロジーというか、悪魔の証明だと思うんだ。魔族が横にいるから指摘しないけど。
「マコト。身辺調査は結構勇気がいるんだ。
あー……言っちゃった。
それいつか誰かが言うと思ってた。今回かぁ~……。
ー某所。
「っくし!!」
「……どーした? 寝冷えか? へそ出して寝てるからだぞ?」
「見るなスケベ。いや見られて困る体はしてないけど。
『戻ってる』時、この体はスリープモードになってて、生体機能そのものが機能していないからそんなことはないよ……にしても、なんだろうね?」
「誰かに噂されているんじゃありませんか? あなたは有名人ですからね」
「君たちもね。
うー……ん、別件というか……末世で活躍する政治家的な声の関係?」
「あん? よくわかんねぇな。
……そんなこと言われたらなんか、マヨネーズ食いたくなってきたな」
「なんでさ!!」
……木苺んまい。
(ナレーション:青山 穣)
ユイは背もたれと背中の間から円柱に巻かれた書類と、片方を紐で閉じられた書類とを取り出す。
「調査書だよ」
その言葉に、マコトは眉をひそめる。
……カスミにしては仕事が早い。そりゃあれだけサボっていれば当然か。というか『シャドウ』はどうした?
ユイは当然のように巻かれた方から広げ始める。
その手の中を覗き込もうとして、気付く。
「……え、見んのか? ここで? プライバシーの侵害じゃねぇか?」
すると、ユイはにこやかに、
「彼女だからいいでしょ?」
……ついに記憶を捏造し始めた。ユイにそういうケがあるのは知っていたが、どこかで修正しないと不味いかもしれない。
そんなマコトの焦りとは無縁のレイは眉を立てて言い放つ。
「先に浮気をしたのはヒヨリだ」
……あれ? なんか論点違わなくないか? ユウキが浮気したことが争点で、ヒヨリはその相手だっただけだよな? ヒヨリに罪、なくない?
眉が顔の中央に寄るのを自覚しつつ、マコトは押し黙る。
ユイは……まぁ? 彼女? らしいのでともかくとして、ヒヨリにはなんだか悪い気がする。何しろ、勝手に罪状をでっち上げられているのだ。同じギルドの二人はともかくとして、マコトは見てはいけない気がする。
とはいえ、ヒヨリが何をしてユイの逆鱗に触れたのかは知っておきたい気がする。後学のために。
加えて、あのカスミの探偵業の成果を目にしたことがないので見てみたい、という好奇心もある。もちろん依頼者がいることなので第三者であるマコトが見る機会はなかった。流石にそれだけの分別はある。
もし、きちんと活動しているならギルドの仕事の代わりとして認めるのもやぶさかではない。小言を減らし、マホに提案ベースで進言する程度だが。
カスミは動くことを嫌っているものの、調査能力の高さ、そして思考の精確さは優れている。探偵業を専業とさせることはできなくとも、その能力を活かした活動ができるならなにかと便利だ。
葛藤の末。
「……まぁ、ここだけの話、ってことで」
根負けした。具体的にはマコトのややゲスい好奇心によって。
ただ、やはり少しは罪悪感がある。見た内容はここだけに留め、あとは記憶を封印……まぁ、思い出さないようにしよう、と固く誓う。
(すまんヒヨリ。今度タマ姐んとこの鯛焼きおごるから)
胸中で、実家ではなく安上がりかつ揉めた時の仲裁もしてくれるだろう相手のところで補償を誓い、ユイが手にしていない束の方を手に取る。
調査項目:
浮気・行動調査
調査時期:
"監禁"前日
対象者情報
氏名:ユウキ、以下、対象者と記す
……随分と手慣れている書き方、そしてそれっぽい書式に舌を巻く。
そういえば昔はソロで探偵をしていたんだったか、と思い出す。
続きを読み進める。
調査内容:
対象者の行動調査
行動調査結果:
ランドソルの目抜き通りにおける行動を示す
詳細は以下
ユイが巻き取られていた方を広げる。横にではなく、マコトの方へと伸ばす。どうやらマコトにも見やすく、という配慮のようだ。ありがたいが、そんなことを気にするならその冷静さを他のことに使用してほしい。具体的にはこの調査書を依頼する前あたり。
マコトが目を落としたそこには、長い先が二本並行して走っている。これがランドソルの目抜き通り、ということらしい。
大幅に簡略化された地図には矢印がいくつか、そして丸で囲まれた数字が複数並んでいる。
……ところどころに"凸"と、出っ張った部分から矢印が引っ張って描かれているがこれは……
マコト側の方が数字が若く、ユイ達の側に向かうと数字が増えていく。どうやらユイ側は街の外につながる正門側で、マコト側は王城側、ということらしい。ということは南北が逆転していることになる。ちょっとややこしいが、今は正しさよりは事実把握の方が重要だ。
……王城側から数字付きの"凸"が出てきている……しかも矢印の具合から他の"凸"と濃厚接触してるんだけど……き、気付かなかった!! あたしは何も知らない!! 姫さんスマン!!
……切り替える。そうしないと頭抱えて叫びそうになる。
そして、マコトが手にした束の方。こちらにはその数字と、何が起きたかが箇条書きの要領でまとめられている。
目抜き通りを上空から見下ろしているように描かれているので、ユウキ達の動きが、そしてポイントとなる箇所に数字が入っているため、その場所で報告すべき出来事があったのだとすんなりと分かる。
しかも、簡略化した地図の書類と、出来事の時系列をまとめた書類とを別々にすることで、何度もページをめくって、戻して、という作業を必要としない。
なるほど、と内心で感心する。枚数と冊子はかさむが、とにかく見やすさを重視していることは高評価だ。
感心しながら読み進める。
ヒヨリ、以下、甲と記す
(……なんか、契約書みたいに見えてきたな)
1302時
甲、所属ギルドを出立
1313時
甲、対象者を連れ出す
1316時
甲、対象者に今回の目的を共有
対象者、移動を開始
(細かいな……)
探偵とはそこまで細かく聞き込みをして情報収集をする必要があるのかもしれない。マコトには難しい職業のようだ。
否。
……ユウキの近辺にはストーカーが多い、とは聞いたことがあるが、たぶんその連中に聞いたのだろう。あまり社交性が高くはないカスミが、よく連中から情報を聞き出せたものだ。
機密に近い情報は基本的にギブアンドテイク、もらったら与える、の考え方でないと拒絶される。だというのによく得られ……まさかカスミもその一人に含まれているのだろうか? だとしたらちょっと見方が変わりそうだ。
1318時
①目抜き通りにて
①と書かれた箇所に指を置く。
位置としては、【美食殿】ギルドハウス正面の道を抜け、目抜き通りに接続する付近だろうか。
出来事を確認しようにも、今はマコトが手にしているのでユイ達からは文字が逆に見えている。かといって机に置くと、同じ箇所を皆で見ることになる。それでは逆に見にくい。
……そもそも一人で見ることを想定していることは覚えている。
少し考え、数字の箇所に指を置いて、その箇所をマコトが朗読することにした。
「 対象者、複数名の女性の名前を連呼 ※女性名は後述
甲、女性ばかりだと事実を述べる
対象者、列挙した女性とは懇意であると回答 」
端的な文言だが、なんとなく当時の状況が見える。
要するにいつも通り、ユウキの知り合いが女性ばかり、という問題が表面化しただけだ。
ただ、ユイはそう捉えなかったようだ。
「懇意って……どういう意味かな?」
マコトはなんの含みもなく、玉虫色の回答を口にする。
「……親しい間柄、はたまた遠慮なく親しく付き合う、ってところだな」
「そうだね。この書き方としては、男女として交際している、という意味ではないようだ」
そりゃそうだろ。あのユウキだぞ? 男女の仲てのはちょっと厳しいだろ? ここにいる面々以外で。
まだ続きがあった。
「 甲、一人に絞るよう指示
対象者、移動を開始 」
移動先である②はユイ側。①からは少し遠く、細い道をいくつか経由して、少しだけ開けた場所と接続する場所だ。
……その道すがらに"凸"がいくつも並び、激t……の、濃厚接触しているが気にしない。王宮側の"凸"もそこで激とts……ご、合流している。時系列は先だ。気にしない。気にしたら負けだ。
マコトは気を取り直し、その場所の通称を口にする。
「獣人街の入口あたり、か……」
思い出す。
「ああ、カヤんところか。協賛してもらってたな、そういや」
すると、ユイが言葉を拾う。
「カヤ?」
そういや面識はなかったか。マコトは端的にカヤを説明する。
「ドラゴン族で、たまに獣人街の広場入口で屋台の店番してたり、喧嘩屋やってたり」
なるべく客観的な情報で紹介文を構成したつもりだが、どうしても最後は少々問題を感じさせる単語にならざるを得ない。
だが、
「ふむ」
レイは小さく息を吐き出したのみだ。そこになにかの感情が乗っているとは思えない。あまり興味を持っていないようだ。
……最も、ユイ達にとって一番重要となるだろうカヤの性別を告げていない。なので気にしなかったようだ。
1324時
②広場入口、ケバブサンド屋台にて
「 カヤ、以下、乙と記す
甲、乙に協賛を依頼
対象者、乙を説得
乙、許諾
乙、甲に金2,141ルピを協賛金として譲渡
対象者、乙に謝意を示す
乙、対象者に接触 」
ユイが露骨な反応を示した。
「接触!? つまり、カヤって子から騎士くんに触れたってことだよね!?」
いや知らん。なぜあたしに聞く?
というか、この口調だとカヤが女性だと確信している。ユウキの伝手、ということでお察しのようだ。成長したな、ユイ。
「……書いてある通りだろ」
そうとしか答えられない。
「意図は!?」
いや知らん。なぜあたしに聞く?
「……書いてあると思うか」
名探偵といえど、人の心までは暴けないだろう。できるとすれば、たぶんそれは違う職業か、あるいは種族だ。
というか……なんでだろ? そういや、あたしもたまによくやった、みたいな感じでユウキの肩に触れることあるな。それなのか? それなら……やべぇな、カヤも要警戒、ってことか?
話題を変えるために、視線を次の箇所へと動かす。
「 1349時
対象者および甲、ケバブサンド屋台を辞す 」
再び指をユイ達の方へと動かす。
だが、③はすぐそこだった。
1351時
③ケバブサンド屋台付近にて
「 シズル、以下、丙と記す
……シズル? あぁ、【ラビリンス】のか」
その名に、思わず頬が歪む。
ユウキを弟と呼ぶ、長身・長髪・巨乳と三拍子? 揃った剣士だ。いや胸は関係ない。あたしだって……いや論点が違う。
それに、マコトにとっても因縁浅からぬ相手だ。
「……誰?」
ユイが心配そうな顔で聞いてくる。マコトが顔を歪めたことを気にかけてくれたのだろう。ありがたいが、そんなことを気にするならその冷静さを他のことに使用してほしい。具体的には【以下略】
ただ、
「あー……」
カヤ以上に説明に困る人物であることは確かだ。それ以上にマコト個人の思惑もある。先輩であるオクトーにハメられたのはマコトの迂闊だったが、それ以前に彼女とリノによって依頼不達成となったことの方が心残りだ。
マコトの感情はともかく、その点は正確に伝えなくてはならない。ただ、あまり強い言葉は使わないことにする。
「テr……不穏分子の一人だよ。秘密結社【ラビリンス】のメンバー。で、このケバブサンドの屋台近くでクレープの屋台やってる」
「……済まないマコト、ちょっと言いたいことがあるんだが」
レイの言わんとしていることは分かる。というか気にしていたようだ。だから先んじて否定する。
「い、いや違うから!! そういう側面があるってだけだから!!
……いきなり店を持てない連中が自分の実力を図るために出店することもあるんだよ。ランドソルは地価が高いからな。
で、そういうところってなかなか人が集まりにくいんだ。売れるかわからないから給料も不安定で」
「……今更なんだが、なぜユウキとヒヨリは、反社会あいや……そういうところに協賛を募ったんだろう」
それは知らない。ヒヨリは良くも悪くも素直だから、誰かからそういう連中を狙って、とか、ユウキがカヤなら大丈夫、とかなんとか言ったからそのまま頼んだんじゃないだろうか。
それと、シズルは多分関係ない。【ラビリンス】でも、そしてシズル名義でも協賛をもらっていないから。
それを確認するためにも、
「先、進めるぞ」
視線を手元に落とす。
少しユイ側に視線を移すと、すぐそこに④がある。
1355時
④クレープ屋台前にて
そこで何があったか気になるが、
「 対象者および甲、丙から利益供与を受ける 」
この一文のみだ。
……この下にはまだいろいろと書かれているが、"魔法による爆発"だの"巨大な武器による斬撃"だの、明らかにユウキとヒヨリには関わりのない内容だ。しかも、これまでよりも枚数が多い。どっちをメインにしているんだか。依頼の件、分かっているんだろうな?
とにかく本筋だ。
ふたりがシズルから何をもらったのかが分からない。そして、なぜシズルが関連してくるのか、加えてどういう経緯があって利益供与を受けることとなったのかも分からない。
利益、というのは分かる。クレープ屋台の前ということはシズルがクレープをごちそうしたのだろう。お金を払っていないから、利益供与、というわけだ。
ただ、状況を含めてそれ以外の情報がなく、理解もできない。これでは調査書の意味がない。
否。
ここまで調べ上げることができたカスミの手腕を褒めこそすれ、誹るのは違うと思い直す。
冒頭を見てなんとなく分かっていたが、これはカスミ自身が調べ上げたものではない。何しろ、カスミはあの料理会の前日からジュンが持ち込んだ妙な棺のような装置に叩き込まれていた。
依頼を受けたカスミは目抜き通りにある店や通行人に片っ端から目撃情報を募ったのだろう。そして、地道にマッピングや時系列の整理をし、これを書き上げたのだ。
この調査書にかけた時間、そして労力はマコトが想像できるものではない。例えカスミが片手間にこなしたものだとしても、マコトにここまでの調査ができるとは思えないし、まとめ方も見る側のことを考えられている。
だから、否定することはできない。たまには警ら巡回の仕事しろ、と非難はできるが。
……後半の方がボリューミーなのは、きっと飽きたからだろう。あるいは目撃者が語った戦闘の様子をまとめていたら超大作になってしまったのかもしれない。そう考えておこう。あたしは関係ない。法廷ではそう証言する。
ともあれ、経緯は分かった。ただ、結論を出せるほどの情報が集まっていないのは確かだ。
ひとまず、カスミはどう考えているのかを確認するため、後半を一気に飛ばす。
構成上、マコトの目的とするページは一番最後だろうと考えたためだ。
一番最後のページ、そこには。
所見
当方の所見として、本件は好感度の上昇につながりかねない交遊ではあるものの、懸案とされている、男女間の逢瀬には程遠い。
よって、交際、あるいは逢瀬とは異なると結論する。
の部分全てに二本線が引かれ、やや丸っこい文字で、
デートだった絶許
と、書き殴られていた。
「……」
思わず無言になる。そして、ゆっくりと息を吐き出す。
この、やや丸っこい文字は見慣れている。その主は目の前にいる。
「ユイ……ホント何しに来たんだ?」
ユイは先んじてこの調査書を見て、余計な一言を付け加えた上でマコトのところに来た、ということになる。
カスミの集めた、それなりに客観的な情報から導出された結論を否定したいだけならここに来る必要はない。それこそ内容を見て、捨てるなりしまうなりして存在を忘れてしまえばいい。
わざわざ絶許、なんて書く必要はない。
これは明らかにマコトに見せるためにやったことだ。
だから、追求する。
「探偵を頼んで。結果が出て。それでいいじゃねぇか。気持ちは分かるけどさ、これ以上やるとヒヨリとひと悶着、なんてことになるんじゃないか?」
レイがここにいるということは、ユイに肩入れしているのは間違いない。なのでくくってしまうが、ユイ達とヒヨリは同じ【トゥインクルウィッシュ】の仲間だ。ギルドの仲間がお互いに疑心暗鬼になってもいいことなど一つもない。一枚岩とまではいかなくとも、ある程度強固な関連を築いておかないとギルド活動の意義、ユイ達の場合はソルの塔攻略が困難になりかねない。
マコトはそれを危惧した。
明らかに余計なことだろう。他人のギルドのことなど気にかけても疲れるだけだ。
だが、これは親友と同胞のことを慮ってのことだ。流石に顔見知り以上の相手がぎこちなくなることを黙って見ていられるほど、マコトは薄情ではない。
できることがあるなら、例え疎まれてもやるべきだ。
だからこそ、ここで突き放してはダメだと確信する。
強い視線でねめつけると、ユイはあちらこちらへと視線を動かす。落ち着きがないというよりは、悩んでいるような素振りだ。マコトのところに来る前に何事かを決めていたようだが、それを言うための心構えができていないようだ。
「あのね、マコトちゃん」
そこで言葉を切ると、顔を俯かせる。
……いやそこで止まるなよ!!
マコトの胸中ツッコミが届いたのか、ユイが再び顔を上げ、言葉を作る。
「ええとね、私はこの結果に納得がいってないの。特に、シズルさんのくだり」
まぁ、そうだろう。それまでは情景が浮かぶくらい細かく調べられていたのに、急にここだけ端的かつ中途半端だ。
恐らく、目撃者が少ないのと、近くでなければ聞き取れないような小声の会話が主体だったのだろう。逆に、それだけ内密な話をしていた、と邪推することもできる。ユイの場合、その邪推が結果を疑う理由だろう。
とはいえ、
「おいおい、調べたいのはヒヨリの件じゃないのかよ?」
正確にはシズルとの一件も、大枠でみればヒヨリ案件には該当する。ただ、今のユイにそこまで冷静に分析できているかが分からない。そのため、追求することを絞らせるようにそれとなく伝えてみた。
すると、ユイは小さくうなずきを見せる。
「だから、これから騎士くんに会ってくる」
「……は?」
うなずきは何だったのか。それに、何がどう『だから』なのかが分からない。あたしの労力を返せ。
ただ、ユイが言いたいことが分かった。表と、裏の両方が。
「つまり、あたしに同行しろ、と?」
こちらは表側だ。ユウキに会って追求するには、ユイだけだといつものように目をぐるぐるさせて逃げてしまうと考えてのことだろう。自分を見つめられることは素晴らしい成長だ。このまま頑張って、一人でもできるようになってもらいたい。
それと同時、裏側というか、異なる思惑があることにも気付く。
その思惑とは、見せしめだ。
(……いや違うな、ええと、優位を見せつけたい、かな?)
先程マコトが思考していたように、ユイはユウキに想いを寄せている他の女性の存在を認めつつある。今回はヒヨリがターゲットだが、その女性の中にはレイ、そしてマコトも含まれているだろう。
そこで、ユイとしてはユウキのために動いていることを印象つける必要がある。しかも、正面から堂々とユウキにアプローチしていることを明らかにしながら、だ。
他の女性に黙って会っていてはコソコソしていると見られてしまう。そこで、関連を疑う他の女性の前で宣言してユウキと会うことで、自分がユウキに気があること、そして正面からぶつかるだけの度胸があることを示せる。そして、優位にあると思わせることができれば、相手への圧力、そして牽制にもなる。
加えて、今回の探偵への依頼もその優位をひけらかす方策の一部だろう。探偵に調査を依頼するくらい気にかけている、と喧伝できるし、依頼したカスミにも、自分はそこまで気にかけているんだぞ、という威嚇にもなる。
それに、他の女性の存在を確認もしたいのだろう。
思った以上に多いことに驚き、あるいは危機を覚えたのかは定かではないが、ある程度の数、そしてどういう関連なのかを把握しておけば、今後の対策も立てやすくなる
まさに、敵を知り己を知れば百戦殆うからず、というわけだ。
思惑が分かれば対策が練れるのはマコトも同じだ。それに、そんな工作をしたところでマコトの気は変わらないし、ユイの優位も理解している。
つまり、マコトにとって行こうが行くまいが状況に変化は生じないのだ。
ただ、ここで断って角を立てる必要もないのも事実だ。なら、雲行きが怪しくなったなら修正できるよう、同行しておいた方がいい。
そこまで考え、
「わーったよ。一緒に行くぜ」
重い腰を上げる。
「で? 今日はユウキ、どこにいるんだ?」
居場所も分からず、街中を歩き回るのは面倒だし、これから実家の手伝いをしなくてはならないマコトが自由に動ける時間は限られる。
すると、ユイは小さなメモ帳を取り出し、数枚めくる。
「今日は【
詳しいな……ユイこそストーカーなんじゃないか?
ランドソルの荷物集積所。
一大消費地である
受け入れ側は慣れもあるし、大量の荷物が来ると分かっていて待ち構えているので大きな混乱はない。ただ、受け入れることができることと、即座に使えるよう物資ごとに整頓されていることは異なる。
何しろ次から次へと運び込まれていく荷物は膨大で、しかも順番も決まっているわけではない。おおまかな分類はあっても、ひとつの馬車が一品目だけ運んでくるなんてことは稀だ。そして、わざわざ分別のために動き、所定の場所に置いていく業者も稀だ。
そうなると、生鮮食品の隣に匂いの強い嗜好品を置いては匂い移りや変色、湿気などで双方がだめになってしまうこともあり得る。それを回避するため、逐一並び替えや移動など、整理を行う必要があるというわけだ。
その現場に、ユウキはいた。
とはいえ、見た目からしても華奢な印象を与えるユウキが、荷運びを専門とする屈強な男どもに囲まれて仕事をしているはずもない。
その代わり、彼は整理された物資の管理の一貫として、物資の種類と数量を数える、という係に就いているという。
文字と数字、記帳のまとめ方の練習になるとペコリーヌに推薦されたのだという。
それに、急にお金が必要になった時にもすぐにシフトに入ることができる。夜でも入ってくる荷物もあるため、どんな時間帯でも人手を求めているのだ。
とはいえ、王都を支える物資を扱うため、誰でも構わないというわけには行かない。最低限の身元保証がされている必要がある。具体的にはギルド管理協会から実績ありと認められたギルドに参入していること、ギルドマスターが身元保証人になることや推薦状を提出すること、などなど。人手不足ゆえにアバウトに見えてけっこう厳格なのだ。
……と、いう詳細をユイから聞いた。どんだけ調べてるんだよ。そしてそこまでの行動力を示しておきながら、なぜ告白ができない。
……それは別の次元の話だった。悪いユイ。でもいい加減踏ん切りをつけてくれ。
それと。
わざわざ集積所の出入り口の真ん前でユウキを捕まえることはなかったとマコトは思うのだが、出待ちしていた鬼気迫るユイに進言することができなかった。レイも同様だったようで、少しだけバツの悪そうな表情を浮かべている。まぁ、このくらいはいつも通り、むしろまだ軽い方だ。
ただ、なんかホラ……男どもに睨まれているじゃねぇか。もうちょっと道の端の方に。
マコトが言い出そうとすると、唐突にユウキが手の平を見せるように前に出し、小さく押すような仕草を見せる。動いてほしい、というジェスチャーだ。
言葉は足りないが、こういう体を使った意思の伝え方は的確だ。言葉が出てこなかっただけかもしれないが。
言われるままに皆が動き、仕切り直しが済むやユウキが口を開く。
「みんな、どうしたの?」
「あのね、騎士くん。わた」
「うん」
……いや、ユイの発言の途中だろ。合いの手入れるなよ。
だが、今のユイはへこたれない。
「私ね、騎士くんに正したいことがあるの」
眉を立てたユイの顔には、普段の優しい柔らかさではなく、貪欲に真実を求める必死さが滲んでいる。
対する仕事上がりのユウキは、小さなタオルで額の汗を拭いながらゆっくりと微笑む。
……あ、この表情。今の状況理解できてないな?
ただ、マコトはそこまでフォローする気はない。それは今のところユイの仕事だ。そこまで面倒を見る気はない。
ユウキはというと、遅ればせながらユイの気迫に気付いたようで、少しだけ表情を真剣なものへと変える。
「……なに?」
今まで見たことのない意外な表情に、マコトは小さく息を漏らす。こんな顔ができるようになっていたことに、なんとなく落ち着かない気分になる。
出会った頃は頼りなくて、マコトが目をかけなくてはならないと思わせた。ただ、それが面倒とは思わなかった。なんだかんだで楽しかったし、ユウキが本来持ち合わせている優しさや性根の正しさを感じ取り、徐々に気になっていった。
そんなユウキが、少しだけ頼もしく振る舞うようになったことに、少しだけ胸の奥が暖かくなるのを感じる。
……などと、少し感慨にふけっていたマコトだが、ユイがその後を続けないことを訝しむ。
当のユイを見ると、いつものぐるぐる目になっていた。
「き、騎士くんが……騎士くんがかっこいい……」
「いや早ぇよ!! 言い切ってから浸れよ!!」
あたし? あたしは……ノーカンで。言うことないし?
はっ、と我に返ったユイは小さくうなずき、
「おっと、悪いなあんちゃん」
どん、という鈍い音が響き、ユウキの体がユイの方へと倒れ掛かる。ただ、なんとか踏みとどまったようで、ユウキとユイには何もなかったようだ。声も上げていないことから、怪我などなさそうだ。
マコトが声の主を見ると、その主は大きな荷物を抱えた髭面のおっさんだ。その荷物はおっさんの手からはみ出るほどの大きさで、目測を誤ってユウキの背中にぶつかってしまったようだ。
「おい、気をつけてくれよ」
ユウキとユイの代わりにおっさんに文句を言う。
「ったく……大丈夫か、ユウキ?」
マコトがユイとユウキの方を向く。
そこで。
ユイが声を出せない理由を理解した。
ユイの唇が、ユウキの頬に接触していたのだ。
……落ち着け。大丈夫。
きっとアレだ、ユウキが押されてユイにぶつかりそうになって、とっさに顔を逸したはいいけど、ユイからはユウキの後ろが見えていないから対応できず、そのまま口がユウキの頬にくっついた、と。
「そんな偶然あるかぁ!?」
マコトの叫びに、レイも正気を取り戻す。
「は、離れるんだユウキ!! 君というやつは!! まだユイとはそんな段階じゃないだろう!!」
……さっきは段階など関係ない、みたいなこと言ってなかった? やっぱりユイに言いくるめられてたんじゃ……ではなく。
「ユ、ユウキも早く離れろよ!! 公衆の面前でそんなことしてたら学校で噂されちまうぞ!!」
ぐい、と無理やりユウキの腕を取り、引き剥がす。
すると、頬に手を当てたユウキが小さな声で、
「やわらかい」
ぬぐあぁーーーそんな感想はいらん!!
「き、きききききききき騎士くんに、ち、ち、ち、チュー」
「違うぞユイ!! 犬に噛まれたと思って忘れるんだ!!」
いや多分、ユイは絶対忘れないと思う。そして夜な夜な思い出して……そっちのフォローは任せた。あたしは関係ない。ないったらない。巻き込むな!!
「きょ、今日の勝利の女神は私!?」
「どっから出てきたそんな発想!?」
勝たせない!! 勝たせたくない!! なのに……あーもう!!
「コメくいてーっ!!」
こうして。
マコトは先に誓った通り、この日の記憶を封印することにした。