ティアナ様は告らせたい~少女(一部女性含む)たちの恋愛頭脳戦~ 作:アルブレヒト・ミュンヒハウゼン
その日、珍しいことにランドソルの天気は大荒れだった。
ランドソルの郊外にあるサレンディア救護院の窓は、雨粒と突風によって激しく叩かれていた。補修はされていても古い建物のため突風が吹き荒れるたびに、がたがた、と揺れる。即座にどうにかなるような建て付けではないものの、子供達が住む建物なので心配しすぎて困ることはない。
ただ、子供達は現金なもので、非日常をどことなく楽しんでいるらしく、隣の部屋から時折はしゃぐ声が届いてくる。
久しぶりに救護院に戻ってこれたサレンは、そんな声を聞きながら苦笑を漏らす。
施設の維持、そして運用をする側としてはこの天候は悩みのタネだ。
そう簡単に壊れないとはいえ、だからといって無傷とは限らない。壁や窓の補修費だってバカにはならない。それに、災害が発生して流通網に被害が生じれば物価が上がる。
即座に干上がるものではないが、かといって予定していない出費はサレンの懐を寒くする。
どうか、なにもありませんように。
この言葉が利己的に聞こえるくらいには、今この状況に憂慮していた。
そして、今サレンを悩ませているのはもう一つ。
突如、歪な光の刃が空を切り裂くのが窓から見えた。それとほぼ同時に、甲高い破裂音が響き渡る。
それに付随するかのように、
「うへああああああ!!」
奇声を上げるのは【サレンディア救護院】に所属している人間のスズメだ。
やや布地の少ないメイド服を着込んだ彼女は、涙目になって自身の腹を押さえている。
そして、彼女の後ろに立ち、耳を覆っているのはサレンその人だ。
名目上は主従関係にあり、スズメも普段はそのように振る舞っている。ただ、サレン個人としては同年代の友人として見ているので、強制はしないまでもかしこまらなくてもいい、と伝えている。そう伝えていても、スズメ本人が常に使用人のように振る舞うため、サレンとしてはやはり悩ましく思っていた。
ただ今日こんな天候になり、雷が怖いから耳を押さえて欲しい、と言われた時は耳を疑った。普段から遠慮するな、と言っているので頼られたこと自体は嬉しい。とはいえ、そんな事で普段からの遠慮が消滅したとなると、流石のサレンも少々複雑だ。
そのため、まだ他の原因があるのではないか、と勘ぐってしまう。
雷が鳴ってしばらくしたことを確認し、少しだけスズメの耳から手を外す。
「あの……スズメ? なんで自分で耳を押さえないの?」
すると、前を向いたままでスズメが叫ぶ。
「おおおおおおおお嬢様!? だって耳塞いだらおへそ隠せないじゃないですか!! おへそ取られちゃいますよ!?」
溜息しか漏れ出ない。
「なんでよ……」
確かに、子供時分にはそんな話を親から聞かされたものだが、当時より生意気……こましゃくれた……聡い少女だったサレンは身を低くさせる方便であることを理解していた。そのため、同年代のスズメの口からそんな話を聞かされるとは思ってもみなかったのだ。
だが、
「……取られちゃうの?」
「……でございますか?」
ユウキとコッコロという、現役の子供がいた。
ふたりとも、言いながらスズメ同様にへそに手を当てる。
その姿を見て、サレンは再び溜息を漏らす。
「なんで真に受けてるのよ。そんなはずないでしょ。子供の身を低くさせるための方便。迷信よ、迷信」
だが、ユウキは少しだけ首を傾げる。
「でもこの前、ウマ獣人の子が雷が鳴るとしっぽを取られちゃう、って言ってたよ」
しっぽを押さえるためにしゃがむことになるので、恐らく理屈はへそと同じだろう。というか……ウマ? そんな獣人がいるのか? 聞いたことない。だからといって、ユウキに詳しく聞いても恐らく実にはならないだろう。
適当に流す。
「それは……そっちの世界線の話。こっちに来たら考えましょう?」
「来るの?」
「……さぁね。それこそ
「サレンさま、ルビがおかしくありませんか……?」
物議を醸しそうな話題を打ち切らせるかのように、雷の音が再び轟く。
「ひにょわあああ!!」
スズメの悲鳴は相変わらずだが、
「ひゃん!?」
小さな悲鳴が追加される。
声の主はコッコロだ。声の通りに恐怖を感じているようで、小さな体がことさら小さく見えてしまう。
サレンの視線に気付いたのか、少しだけ俯きながら口を開く。
「お恥ずかしながら、わたくしも突然の大きな音は苦手でございます……」
別に、天災に対して恐怖を抱くのは自然のことでは……と思うが、そういえばさっきスズメの言動を軽く諌めた。それを受けてのことだろう。
サレンとスズメのやり取りから、雷を怖がるのは幼い証拠だ、と捉えたのだろう。まぁ、確かにコッコロは外見上幼いが、その内はかなり
サレンにしてみれば、コッコロは自身が定めた規範に則って自己を律しているように見える。そのため、年相応の反応や思考が見られない。
その代わりに、これ以上ない正しさを求める。自身に正しさを見出すのではなく、自分を取り巻く環境に正しさを求めるのだ。
だから、簡単に他者を否定しない。自身と異なる思考を持っているということは、自身の持たない答えを持っていることだと気付いているためだ。
他人の言動を慮り、好意的に捉える根底も同じ思考から発生している。
ただ、恐怖に関しては比較的年相応の反応を示す。これは単純に、これまでに恐怖に触れた回数が少ないこと、そして恐怖に対しての正しさは我慢しないことだと理解しているからだろう。我慢しても怖いものは怖い。恐怖とは理解の対局にある感情だ、などと言われるが、そんなもんは頭でっかちの理屈だ。怖がることの何が悪い、と開き直る。
理解して克服できるというなら、ユウキなど恐れるに足らな……いや怖いでしょ? ここまで女の子に囲まれているのに情動のひとつも生じさせないなんて。え、小学生だって水着姿の女の子を見たら……おっと、淑女らしからぬ発想を。知りませーん男の子の生理現象なんて知りませーん。
そこまで他者を手放しで肯定することができない程度に社会で揉まれてきたサレンにとって、コッコロの高潔さには敬意を抱くと同時、危うさを多分に感じている。
磨き抜かれたガラスは美しいが、当然脆い。ほんの少しの振動でも壊れかねない。
振動を生じさせる社会について、コッコロはあまりにも知らなさ過ぎる。教えようにも、コッコロに入る余地がない。狭量なのではなく、誰でも認める心の広さは、同時に自身に入り込んだ毒すら拡散させ、薄れさせてしまうのだ。
結果として、十分には伝わらない。それどころか、拡散されすぎて誤った解釈をしかねない。だから、不用意に触れることができない。
サレンにとって、コッコロはある種の理想の体現だ。
否。
全ての大人にとって、と言い換えてもいい。それだけ眩しくもあり、壊れてほしくない。
とはいえ。
現実は非情だ。そんなに甘くない。
小さく身を縮こまらせたコッコロの背後に、ユウキが立つ。
それはまるで、スズメの耳を塞いでいるサレンと同じような立ち位置だ。
……まさか。
サレンの危惧した通り、ユウキは何の躊躇もなく、
「大丈夫?」
コッコロの耳を塞ぐ。
すると、
「お、およしください主さま、皆様が見ております」
痛がるのではなく、羞恥を訴える。
だが、残念ながらユウキはその辺に疎い。
「怖いんでしょ?」
自分は怖くないから、相手を慮る……
「……お優しい、主さま」
のではなく、
「これでおヘソ、隠せるね」
羞恥をはじめとした情緒の欠片もなく、本気でそう思っているからこその行動だ。
「……恐ろしい、主さま」
なんとなく醒めた表情のコッコロは、情操教育の重要さを理解したようだ。
ひとまず、やるなら参加する。主に男女の友情について担当する。間違わない。最初から愛だの恋だのを論じる気はない。それをやるとコッコロがマジな顔になりそうだから。
それに、幼馴染のみが友情が愛情にクラスチェンジできる特性を持っている……と、スズメが貰ってきたマンガで学んだ。
……買ってないでしょうね? 娯楽品は経費で落とせないんだからね。
サレンの葛藤をよそに、コッコロは軽く身じろぎする。
理由は単純だ。
「コッコロちゃんの、僕のと違う」
ユウキが耳を塞ぎつつ、無遠慮に触っているのだ。
エルフの耳は長いため、人間と同様に横から塞ぐと隙間ができてしまうし、外耳だけが内側に押し込まれるのでちょっと痛い。
だが、ユウキはそれを理解しているかのように、下からすくい上げるようにして塞ぐ。外耳を親指と人差し指で挟み込めば、親指がクッションとなって外耳が押し込まれずに済むし、手のひら全体で耳の穴を塞ぐことになる。
確実に初めてではない手つきに戦慄するが、ユウキは気にした様子もない。少しは気にしなさいよ。え、誰? 全然良くないから。誰と?
その動きをこそばゆそうにしつつ、コッコロが解説する。
「わたくしはエルフですから、外耳が少し長く、外側に出っ張っているのでございます」
「ふぅん」
生返事を返すユウキはやめるどころか、
「なんか、柔らかい?」
耳を挟んだ親指と人差指を動かして触れ続ける。
「で、ですので刺激に弱く……ひゃふ!? お、お戯れを、主さ、まぁ!?」
それでも解説するコッコロは健気としか言いようがない。そしていいかげんにしなさいユウキ。流石にセクハラよ。あしまった、そっち関係一切ダメだったこの男。
「あ、あの、お嬢様……痛いです……力を込めないでいただけると……」
「あ、今ピカッと」
「ふにゅああああ!!」
よし静かになった。
「ほ、ほんとに!? 本当に今ピカってしました!?」
……うるさいけど。
「怖いなら目も隠しましょうか」
手のひらで耳を、指先で目元を覆う。
「く、暗いです!! でもちょっと楽しいー!!」
大変結構。そのまま静かにしててね。
その間にも、ユウキはコッコロの耳をいじり続ける。そのたびに、耳の持ち主からは熱のこもった吐息が漏れる。
「あふ……ゃあ……っ」
同性のサレンですら赤面を自覚しているというのに、異性であるユウキの顔には笑みすらない。むしろ目がマジだ。
「ひひゃいひひゃい!!」
本当に、自分とコッコロの耳の違いのみを追求しているらしい。こいつ……どんな情緒してるんだ。
いやいや。
家主として、これは流石に注意しなければならない。
耳を強調するように、少しだけ顔を横にして叫ぶ。
「ちょっと!? あたしだってエルフよ!!」
……違った。欲望がダダ漏れてしまった。
「あだだだだっ!? で、出る!! なにか出ちゃいけないものが出るぅぅぅぅっ!?」
……どうしよう。どうやって修正しよう? このままではユウキに誤解……いや、誤解ではないんだが、こういう形で伝えたくないというか、もっとこう、メイドの耳と目を塞いだ状態は全然ふさわしくないというか。
だが。
きょとん、とした表情のユウキは、コッコロの耳から手を離すことなく、小さく首を傾げる。
「知ってるよ?」
表情と動きは、それがなにか、と言わんばかりだ。
即座に、やらかしたことを自覚する
ユウキに対して、ではない。
スズメは……
「うきゃあああっ!! お、お嬢様!! お嬢様!! ピカって!! 今ピカって!!」
しまった、思わず興奮して手を離してしまった。
「ごめんねースズメ」
そっと耳、そして目を塞ぐ。
……こっちは大丈夫そうだ。
問題はもうひとり。ユウキの前にいる、コッコロだ。
コッコロはこの場にいる誰よりも若い。成熟度はそう高くないものの、一般的な感性を持っている。というか年相応だ。
恐らく、ここでサレンが憤りを見せた意味を理解している。
となれば厄介だ。
ユウキへの思慕は自覚しているので、できるだけ他人には悟られないように気をつけている。それはスズメだけでなくアヤメ、クルミなど孤児院の子供たちに対してもだ。
身近な人間にこそバレると厄介になることを理解している。その対象が一つ屋根の下に存在している、となればその厄介さは段違いだ。
それに、
(あの子達も、ユウキに執心しているきらいがあるのよね……)
孤児院の子供たちのうち、年長組、アヤメとクルミはユウキを年上の男性として見ているのが丸わかりだ。
年長組くらいになれば、自我が発達してくる。好みの男性に対して思いをぶつけることもあれば、他に狙っている相手がいると知れるや、様々な形で妨害工作を仕掛けてくることもあり得る。
ふたりともいい子だが、そんなことをするはずはない、とは断言できないし、しない。
サレンとしてはきれいに育ってほしいとは思うが、世の中はいいことだけで構成されているわけではない。だから、悪いことを知るのも成長だ。それを否定はできないし、むしろ喜ばしいとは思う。
思うが、それとこれとは話が違う。
とはいえ、コッコロはそんな妨害工作には加担しない。付き合いは短いながら、そんなことをする子ではないと理解できている。生真面目でまっすぐ故、そんな小細工を必要としない。
コッコロの厄介は彼女の持つ、本物の母性だ。
それは、
(ユウキに聞かれたら懇切丁寧に教えちゃうことよーッ!!)
ぐ、と息を飲み込む。
サレンの目の前で、サレンの思慕について、懇切丁寧に年下の子が解説するのだ。
そんなことをされれば、サレンは死ぬ。
それだけで終わるならまだいい。コッコロもユウキも、それを言いふらすことはしないだろう。
だが、サレンの想いを知ったことで困ったユウキが他の人間に相談でもしたら?
……それが、アキノさんだったら?
だが。
サレンは考えを改める。
ここはあえて、強く出るべきだ。
これは嫉妬だ、と。
あたし以外の女の子に優しくしてほしくない、と。
あたしがこれだけ強く想っていることにいい加減気付け、この唐変木が、と。
ユウキがコッコロに聞くのであれば、答える前にサレンからそう答えてしまう。
巡り巡って、アキノに知られたら?
否。ちょうどいい。
そして、正面から迎え撃つ。
壮絶な決意を固めたサレンの目の前。
のほほんとした笑顔を浮かべたユウキが口を開く。
「サレンちゃんも、雷怖いんだ」
思考が飛ぶ。
…………うん?
あ、そうきたかー……いや、いいんじゃない? 無理やり告白みたいな事にはならなかったのだ……いやダメでしょ!? そうやって後回しにしてるから、いつまで経っても状況が横ばいのままなんでしょ!?
ここは無理矢理にでも、ある程度そういう流れにしてしまうべきだ。
決意し、口を開く。
だが、出たのは、
「そんなわけないでしょ?」
即座の否定だ。
しかも、軽く頭を振るというわかりやすい否定を表現しながら。
途端にじわり、と汗が浮かぶのを自覚する。
……やってしまった。
つい、負けん気が強く出てしまった。
否。
つい、決意に反比例した冷静さが今後を描いた。
この流れで怖い、と答えたなら、サレンの後ろに回り込んだユウキに耳を塞がれるのだ。
コッコロにやったように、親指と人差指で長い耳を挟み込み、そしてゆるゆる、と触れられてしまう。
そのくすぐったさと丁寧さに、思わず身悶えしてしまい、
「きゃ!?」
バランスを崩してしまう。そのまま後ろに倒れそうになるが、それを胸で支えるユウキ。
「大丈夫、サレンちゃん」
後ろから肩を抱かれる。
その思ってもない力強さと、耳元で囁かれるその声に、思わず――
「ぶはっ!?」
危なかった。妄想に溺れるところだった。
そうでもしなければ正気を保てないほど、恥ずかしさが完全に前に出てしまった。
だってそうだろう。
異性に耳を触らせる、なんて、もう完全に
コッコロはまだ幼いのでそういうことは教わっていないかも知れないが、エルフに限らず普段人が触れない場所を触らせる、というのは相当に関係が深くなければできない。
しかも、耳を触らせるだけの距離に入れる、ということは。
(か、体にだってすぐに触れられるってことじゃない!! だ、ダメよ、ダメダメ!!)
身も心も成熟しているサレンにとって、体の一部を異性に触らせることは単純接触で済む話ではない。もはや、確実な意図を含んだ示威行為だ。
それはサレン、そしてその相手すら縛り上げる一種の契約となりうる。部位によっては他の意味合いが強力に含まれてしまう。それくらい重要なことなのだ。
手くらいであればまだしも、耳など触らせたなどと父親に知れたら……否。
その考え方が既に後ろ向きだ。
今、サレンが欲しているのは明確さと確実性。
ユウキが耳を触れたこと、そしてサレンの想いをアキノあたりに語ってくれれば牽制どころか一気にチェックメイトだ。
ただ。
既成事実のためとはいえ、そこまで自分を安売りはしたくない。
それに、なし崩し的な関係構築など、サレンの思い描く恋愛模様からは遠く離れている。現実的なサレンだって、多少はラブロマンスっぽい流れで結ばれることを望んでいる。
商売人のような、いつもの打算を前面に出しての進め方は気楽な分、感情が入れにくい。
畜産を生業にしている人が豚に思い入れをすれば商売にならないのと同じで、割り切りで得た商品は結局割り切って扱ってしまう。
大切な幼馴染を、そんなふうに扱いたくない。もちろん、そんな気は毛頭ない。
だが、そうして手に入れた時、どこかしらで気持ちが途切れてしまうのではないか、と思ってしまう。
そう。
その心配が杞憂だと言い切るほど、サレンはユウキに入れ込めていない。
幼馴染という関連を重視するあまり、その先に進むことに慎重になっている。
だから、強く出れない。
否。
進めずとも、どこかでユウキが自分を選び、落ち着くところに落ち着くだろう、と思ってしまっているのだ。手に入れてすらいないのに、そんな願望に浸っている今が気持ちいい。そして、それを否定できない。
だから、強く出たい。
だが、できない。
恋人として、そして更にその先、自分の伴侶……将来を捧げられるほどの決定打となる思い入れがない。
否。
本気ではないのだ。
アキノのように、情熱的にはなれない、と。
マコトのように、素直にはなれない、と。
ジュンのように、秘めることはできない、と。
マホのように、妄信的にはなれない、と。
そして、ユイのように、ただひたすらに想えない、と。
そういうキャラではない、と、頭の片隅で、どこかしら冷めている自分がいる。
そのサレンが、常に突っ込む。
「本当に、ユウキでいいの?」、と。
その問いに、答えられない。
だから、サレンは選ばれたい。
ユウキを狙う数多くいる恋のライバ……彼の友人たちの中から選ばれたい。月並みだが、サレンでなくても憧れるシチュエーションだろう。
否。
分かっている。
選んでくれれば、サレンの中で納得する。踏ん切りがつく。
ただ、選ばれるための努力は怠らない。たとえ後ろ向きな心構えであっても、勝てる算段があるなら全力を尽くす。
とはいえ、スズメの耳と目を押さえた今この状況はいただけない。
……違う。
サレンが耳を触れられることを強めに拒んだことだ。なぜそれだけのことでここまで自分の気持ちと向き合わなくてはならないのか。
ユウキといると調子が狂う、と思いながら、勝つための手段を講じる。
「そういえばユウキ、あんた今日アキノさんのところでアルバイトじゃなかった?」
ユウキは固定のアルバイトとして配送業を請け負っており、それなりに頼られている。その空き時間に、荷受けやら採取やら接客やらカルミナやらをやってい……カルミナ? え、それって"やる"って言うの? まぁいいわ、とにかく、様々な仕事に就いている。
そうすると、時折名指しで仕事を依頼されることもある。カルミナがそれに該当する……のは分かるけど、え、まさか歌って踊って戦ってるわけじゃないわよね? それに、周りはみんな女の子だし、妙に距離感がおかしいというか……いやなんであたしが心配しているのよ。ママ・サレンなんて呼ばれているけど、本当の母親じゃないんだから……いいでしょ、別に母親じゃなくても気にしたって。アレよ、店子の心配しているだけ!!
悪い女と付き合っているなら殴り込みに行ってやる!!
と、ともあれ。
いろいろな仕事を任され、あるいは経験することで知見が広がっているようだ。
実業家としての視点からするとまだまだ足りないところが目立つものの、任せてもいいと思えるような場面も増えてきた。といっても、まだ雑務と運営業務の間くらいなのだが。
それでも、運営要員の絶対数が足りていない救護院において、個人的に信頼できる男手があるのはかなり大きい。
子供たちはしっかりしているとはいえ、やはり未成年。トラブルが発生したとき、いったんクッションになる人間がいるといないとでは大違いだ。スズメもいるが、やはり彼女だけでは荷が重いこともある。
その点、解決はできなくてもクッション役を担ってくれるのはありがたい。
それに、そうして稼いだお金を入れてくれる。
サレンとしては別に居候が増えても構わないのだが、コッコロが頑として譲らなかったのだ。ご迷惑をおかけしているのだから、足りないのは承知の上で受け取って欲しい、と。いくらサレンが必要ない、と言っても取り下げなかった。
頑固、というよりはよほどしっかりと親にしつけられたのだろう。ならば、とサレンも遠慮はしないことにした。
その結果、ユウキが様々なアルバイトを掛け持ちすることになったのは……たぶん気のせいだ。
えっと……話を戻させて?
親友にしてライバルであるアキノは、そうしてユウキを指名するひとりだ。
といっても、直接自身のギルド、【メルクリウス財団】に直接関わる仕事を任せるわけではなく、軽作業や配送業など、どちらかというと誰でもできるような仕事を頼んでいる。
これは【メルクリウス財団】の面々がユウキを舐めているのではなく、アキノによる「私だけの騎士になってくださいまし」圧力が強すぎて仕事にならず、それでも満額給金をくれるアキノに断りを入れ続けることに悩んだユウキが決断した結果だ。
あまり主張をしないユウキが断る、しかも継続しているというのだから、アキノの熱意は相当のものだ。親友の、そういうところだけは尊敬する。同時に、いつものことながらそこまで行き過ぎた行為はどうかとも思うが。
ただ、仲良くしているアキノ達に対して無下にするのはよくない、と思ったのだろう。今すぐに騎士にはなれないが、一応困っているのだから手助けは当然、という極めて合理的な結論に至ったようだ。
その結果、双方の折り合いがつく妥協案として、直接ギルド運営に関わる業務以外であれば、ということで落ち着いた。
アキノのメンツを潰さずにアキノを手伝うというユウキの機転には驚かされると同時、ユウキっぽい、と納得したことも事実だ。
自分を顧みず、手助けを優先する。
彼が記憶を失っても、この一点だけは変わらない。
サレンはそこまで詳しくないが、記憶喪失には数パターンあるらしく、その中でもユウキのような、これまで積み上げてきた人生経験や知識に欠損が生じるパターンだと、別人のようになってしまうことが多々あるという。事実、出会った当初は幼馴染だとは気付けなかった。
ただ、それ以降の積み重ねであったり、その立ち振舞から当時の面影をうかがい知ることができた。
とはいえ、それはサレンにとって、いわゆる過去のユウキを知るために生じた主観による判断だ。ユウキ自身は記憶を失う前に自分がそんな気質をしていたことなど知るよしもないだろう。記憶を失ってからサポート役を仰せつかったというコッコロにしても、記憶を失う前のユウキを知らない。だから教えようがない。
つまり、
(自分で取り戻した……?)
ふむ、と口の中でつぶやく。
可能性を追求しだすときりがないものの、いろいろと考えてしまうのは性分だ。
(完全喪失の場合は言葉だって怪しいわよね。その点、コッコロと疎通ができているのだから違う。
ということは、全て忘れているわけではない? そうだとすれば……)
戻すこともできる、ということになる。
そういえば、ランドソルの南東に突如出現した"ルナの塔"を攻略するとユウキの記憶を戻すことができる、という話を聞いたことがある。そして、これまでに何人かが向かったらしい。とはいえ、階層が多すぎてなかなかうまく行っていないようだ。
そこで、気付く。
(あたしの知っている人も知らない人も、あいつの記憶を取り戻すために頑張っているのね……)
それだけ見ると、人道的な行為に見える。
ぎり、と手に力が入る。
「いたたたたっ!!」
否。断じて否。
(あいつの記憶を取り戻す、ということは)
少々険しいと言われる目に、力が入るのを自覚する。
(あいつを年相応の男子にしたい、ってことじゃない!!)
年相応の男。それはケダモノだ。
女と見れば見境なく声を掛け、知性の欠片もない話題で気を引こうとする低能の極みだ。
※ サレン個人の意見です。
考えることはいやらしいことばかり。別にいやらしいことを全否定をするつもりはないが、そればかりで人を評価してくるというのは本当にイラつく。
社交界では滅多にいなかったので、サレンにその手の対処や免疫がないのも災いした。街を歩けば次から次へとそんな輩が湧き、その度に愛想笑いをして躱していく。
が、それを好意的と捉える哀れな知能を持つ個体もあり、非常に難儀したことに嘆息する。
「あ、ありがとうございますお嬢様、これ以上されると出てはいけないものが出そうで……」
……まぁ、サレンが女性として優れているから、と言う理由から声を掛けられていると考えると悪い気はしないが、
(そんなに隙があるように見えるのかしら?)
もし声掛けがうまくいったとして、釣り合いが取れると思っているのだろうか? やらしい目的に達することができると思っているのだろうか?
(……いえ、一定以上の勝算があるから、ってことよね?)
ふむ、と喉奥で唸る。
サレンのような王侯貴族出身の令嬢でも口説き落とせる必勝のロジックがあるとすれば、それはサレンの事業にも応用できそうな気がする。
どうやっても釣り合わない相手との商談を成功させるような、奇跡にも似た究極の一手。そんなものがあるならぜひご教示いただきたい。
問題はサレンにその類の輩から一切話を聞く気がないこと、そしてサレンをしてもそんなロジックが存在するなど一切思い浮かばないことだ。
(まぁ、ないんでしょうけどね)
胸中で苦笑する。
途中からわかっていたが、彼らに知性同様、勝算などない。ただの確率の話だ。
ガチャの提供割合を頭から信じると爆死必至なのと同様、母数を増やせば成功確率が上昇する。ただそれだけのことだ。
その母数に含まれることには業腹だが、引っかかるとより厄介になることは確実なのでこれ以上は考えないことにする。
ともあれ。
ユウキが記憶を取り戻したとして、そんな哀れな個体になるとは思わない。思わないが、今のような幼児程度の知能と情緒ではなく、年相応の知能と情緒になるとすると、少なくとも知り合いの女性を"女性"として見るようになるのは間違いない。
更に目に力が入る。
(あたし以外の女の子を女の子として認識するってこと!?)
視線を下に向ける。
例えば、このスズメであっても女の子、と認識することになる。
そうなると、無駄に生育のいい体に布地の少ないこの格好は、年頃の男には刺激が強いのは紛れもない事実だ。
「痛い痛い痛い!!」
スズメの鋭い悲鳴を聞き、我に返る。
彼女に当たっても仕方ない。何より、まだユウキの記憶は戻っていないのだから、今から心配しても無駄だ。
ただ、その時が来た時のために即座に対応できるよう、思考は巡らせておくべきだろう。
……布地の多いメイド服、実家にないかしら?
それよりも目の前の二人だ。
……忘れていたわけではない。自分の思考に没頭していただけだ。
二人は顔を見合わせて固まっている。
「どうしましょう、主さま……」
「どうしよう、コッコロちゃん」
ホント似てるな、この二人。
何も対策を持っていない二人が顔を見合わせても事態は変わらない。
だが、言い出したサレンにはもちろん策がある。
「安心なさい。うちの馬車がこちらに向かっているわ」
サレンの言葉に、コッコロは小さく首を傾げる。
その意味を察し、慌てて付け加える。
「違うわよ。あたし、これからランドソルに用事があるの。そのための馬車よ。
ちょっと荷物は多いけど、あたしともう一人くらいなら乗れるから、乗せてあげるわ」
嘘である。
用事があること、そして荷物が多いのは本当だが、その荷物の半分はダミー。
そうすれば、座る位置は限定され、おのずと密着に近い状態となる。
二人きりの狭い車内。そして限られた着座位置。となれば肩と肩が触れ合うのも、大きく揺れた際に抱きつくような格好になるのも運動法則に則った自然な流れであり、不可抗力と言える。
つまり、これは紆余曲折の末"攻める"と決心したサレンが仕込んだ
ただし、御者の存在は無視できるものとする。
(ナレーション:青山 穣)
(いい仕事よ、ナレーション)
ただし、途中の道が荒れているらしく、本来であれば既に到着しているはずだがまだ到着していない。
この荒天は流石のサレンにも予想外だった。
だが、このまま待っていれば到着するのは事実。ならば、このまま静かに待っていればいい。
待つのは慣れている。今更、10分20分でどうこう言わない。
サレンは穏やかな気分になるよう、スズメの頭から手を離さずにいようと決意した。
だが。
サレンにとって都合のいい思惑は誰かにとっては邪魔でしかない。その逆もまた然りだ。
そして、今回。
サレンの思惑は、よりによって彼女のライバルによって邪魔されることとなる。
【メルクリウス財団】の飛空艇はこの荒天の中、空を飛んでいた。
飛空艇なのだから空を飛ぶのが当然とはいえ、わざわざ最悪のコンデションで飛ぶ必要はない。
本来であれば。
もちろん、
「この雨の中、ユウキさまにご足労いただくのですからお迎えに上がるのが当然ですわ。おーほっほっほ!!」
という、ギルドマスターであるアキノのゴリ押しもあった。
だが、意外なことにアキノはこの手のゴリ押しをあまり多用しない。突飛な思いつきはいくらでも口にするし、実際にやることも多いというのに、だ。
どうも、自ら公私混同は控えるように、と戒めているようだが、そもそもこのギルドそのものがアキノの公私混同の成れの果てのようなものだ。何を今更遠慮しているのか、とメンバー皆が思っている。決して口にはしないが。
ただ、ユウキ関連の出来事を私事と捉えていることは評価に値する、とメンバー皆が思っている。決して口にはしないが。
もっとも、他のメンバーもユウキに対しては様々な思惑があるため、例えアキノが強権を振りかざしても消極的な反論のみで終わってしまう。ユウキに仕事をお願いしているのも、どちらかというと毎週会いたい、というアキノの思惑に皆が乗っているだけだ。
そのため、今回の飛行の大義名分は『荒天下における飛空艇の性能試験および効率化を図る飛行実験』となっている。そして、発案者はミフユ、というテイになっている。
とはいえ、やると決まれば切り替えるのが【メルクリウス財団】のメンバーだ。
「確かに、雨が降った程度で機動力をが活かせなくなるのは効率が悪いわ」
といつも通り効率ちゅ……ミフユが空気を読んで言い出し、
「雨をしにょぐとなれば、傘、かしりゃ~うふふ~」
オフなので昼間から麦しゅわを堪能するユカリが酒臭い意見を飛ばし、
「……雨は嫌いにゃ」
どことなくやさぐれた雰囲気をまとうタマキは椅子の上で膝を抱えて座っている。
そんなメンバーたちの意見を受けたアキノは、
「では飛空艇を取り囲むほどの巨大なバリアーを張ればいいんですわ!!」
という、極めて脳きn……誰もが思いつくが誰もが試さなかったことを試すことにしたのだ。
ちなみにユカリは、バリアー要員としてそのまま拉致……
「嫌よ!! バリアー維持するのも大変なのに、こんな荒れた天気で揺れる飛空艇に乗ったら【乙女の危機】でしょ!?」
※本人の希望のため伏せ字を用いております。ご了承ください。
「その割に、一回自分で言ってたにゃ……ゲ」
「おぅわー!! やめてタマキさん!! 私のイメージが崩れちゃう!!」
「……先週、マコトの居酒屋の前を掃除してたにゃ。アレを知っている身としては、今更ユカリのイメージなんて」
「も゛う゛や゛め゛て゛ー゛!!」
(訳)違うの言い訳させて? その日、新しい飲み友達ができてね? いいワインをバンバン飲むもんだから気持ちよくなってつい飲みすぎたの!! あの後ちゃんと店主さんには謝罪して菓子折り持っていって受け取ってくれたからこの話はここでおしまい!!
「ユカリさん」
「いくらミフユさんの頼みでもダ……あれ、それってまさか……限定生産品の"いぬよんひき"!?
濃厚な芳香なのに柔らかい口当たり。そして喉越し爽やか。どんな料理にも合わせやすい、当代最強と謳われる麦しゅわ!!」
「これで、どうかしら?」
「行く~♪」
……麦しゅわに釣られて同乗することになった。
ただ、ユカリのユニオンバースト、"セブンスヘブン"は対魔法バリアーだ。魔法由来の放電現象や水の凝集、空気の大規模偏向であれば対応できるが、物理現象である雷や雨、風は凌げない。
ただ、雷の持つ熱が空気中に存在する魔力に反応して炎に転化することはあり得る。可燃性ガスと魔力を搭載して浮いている飛空艇に炎は大敵だ。そんな最悪の場合を考えての搭乗だ。
そこで、飛空艇には物理バリアーを構築できる人物が搭乗することになった。
それは、アイドルグループにしてギルド、【カルミナ】のマスターでありセンターを張るノゾミだ。
ちなみに、ミフユはやることがないので突発のアルバイトに向かった。
手先でマイク代わりの木の棒をくるり、と回し、
「さぁ、テンション上げていっくよ~♪」
内容とは真逆、テンション低めに宣言する。
それはそうだろう。
急遽新曲のプロモーションをブッキングされ、訝しみながらも現場に到着するや用意されていた飛空艇に有無を言わさずに押し込まれ、音響も何も存在しない甲板で、
「雨風を凌ぐ実験のために歌ってくださいます?」
と言われてテンションが上がる人間がいたら紹介してほしい。ぶん殴るから。
……アイドルにあるまじき発想だった。テヘペロ♪
一応プロだし、騙されたとはいえそれなり以上、否、ちょっとビビるくらいの報酬を貰っている。なのでごねることはしない。しないが、やはりテンションは上がらない。
何しろ、酔っぱらいのエルフの説明は要領を得ず、ノゾミが理解できた部分を端的に換言すると『飛空艇の傘役をやれ』、ということらしい。いや、いいけど……プロモーションの話どこいった? え、ホントに嘘なの?
とはいえ。
内心で留めているが、ちょっと楽しくなっているのは確かだ。
何しろ自身の
更に、物理攻撃吸収型のバリアーなので雨や風がバリアーに触れる度に物理攻撃として認識され、回復できる。つまり常にスタミナを補給することができているため、常時展開していても疲労しない。自身の
ただし、歌い続けなければ数分しか持続できな点、そして雨を凌げても飛空艇全てをカバーできていないために少しだけ甲板が濡れ、滑りやすくなっている点は少々いただけない。
だが、デビュー前はこのくらいの状況など珍しくもなかった。天井すらないステージで歌えだの、歩くだけでみしみし、と軋む床の上で踊れだの。
それに比べれば……いやそれはその当時の話。今はそういうところはプロデューサーが選ばないし、何より当時は出演料だって全然なかった。なのに今回はドン引きするくらいの金額だ。つまり文句などない。今後もお引き立てのほど、よしなに。
多少の文句はあるが、これはこれでいい訓練になっている、という側面に気付く。
まず、飛空艇なので天井はがら空き、音は抜け放題、と歌う前は思っていたが、
「♪ しゅわ しゅわ 麦しゅわ~ 麦しゅわのーむとー 気持ち 気持ち 気持ち 気ン持ちいぃ~」
奇矯なテンポの歌を歌いながら麦しゅわを飲み続ける酔っぱらいのエルフが展開している対魔法バリアーが天井代わりとなり、声が抜けにくくなっている。しかも適度に反響しているので、練習にはなる。
ということは、自分の声に魔力がこもっている、と捉えることもできる。
確かに、歌って踊るだけで対物理バリアーが生成できる、というのはなんかおかしいなぁー、とは思っていたのだ。ただ、ノゾミ自身には魔法適性はほぼないため、例えば炎や氷といった物理現象にまで顕現させることはできないし、肉体の回復能力の底上げもできない。
それこそ、声に含まれた魔力によって、ノゾミ自身の持つ能力が強化され、バリアーという形になっているのだろう。ノゾミの能力、というのもよく分かっていないので、多分その……アイドル力だ。うんそう。きっとそう。聖遺物とか錬金術とか、そんなんではない。
それと……そのテンポの曲流行ってるの? 確かユウキくんも似たようなの歌ってたと思うけど……ちょっと要チェックね。
加えて、この滑りやすい床も、ダンスのステップを見直す機会になっている。
普段のノゾミは、ステップよりも上半身の動きを重視している。動きがわかりやすいし、何より足元を気にしすぎて歌詞が飛ぶ、なんてことは許されないためだ……というのは建前で、ノゾミは体質として少々肉が付きやすい。しかも主にへそ周……下半身に。そのため、その日その日で体じゅ……動きが異なるためにパフォーマンスに差が生じてしまう。
そこで、上半身を大きく動かすことで注目させて下半身から目を逸ら……ええい、とにかくそういうことだ。
だが、この飛空艇の甲板では上半身を大きく動かすことができない。
試しに、胸前に溜めていた左手を前に伸ばし、そして少しだけ斜め上に動かしながら横に出す。
すると、その行き先には豪奢な薔薇色の後頭部がある。依頼主なのにいろいろと動き回っている、アキノの頭だ。
だが、後ろの確認といった予備動作もなく、すんなりと避けられてしまう。
そして、目を瞠るほど無駄のない動きでターンを行い、
「ノゾミさん。無茶なお願いをしている身で申し訳ないのですけど、振り付けの確認はできるだけ行わないか、最小限に留めていただけませんこと」
本当に申し訳無さそうに眉をひそめたアキノに注意される。その割に、その目には感情が薄い。なんというか、あまり関心がない様子がありありと見える。
「ご、ごめんなさいアキノさん。ちょっと……ステップだけだとイメージがつかない箇所があったので。
次から気をつけます」
すみません、と言いながら頭を下げる。
そのまま、素直に思う。
(……この人、商人だよね?)
体の動かし方といい、反応といい、完全に戦士の振る舞いそのものなのだ。
歩き方からしても、床が滑ることを考慮してなのか、甲板を押し込みながら足を動かしている。これなら多少の揺れであれば問題ない。膝や腰がフリー、余計な力が入っていないので揺れが強くなっても無理やり重心を落とせば対応できる。
武器を用いる者なら誰しもができる、基本かつ必須の動きだ。肩幅や腰回りもしっかりしているだけでなく背筋も伸びていることから、相当に重量のある武器を振り回していることが窺える。
それなのに、どことなく舞踏の動きも含まれている。しかもクラシック、動きそのものからは重さを感じさせず、しかし実際にはこれ以上無く力強く、そして安定感があるという社交ダンスのステップに近い。
ひとまず頭を上げ、不思議を顔に出さないように気をつけながらバリアー維持のために再び歌い始める。
歌詞を入れずにメロディラインのみを口ずさみながら、今度は自身の学んだステップではなく、先に見たアキノのステップを真似てみる。
ぐい、と左の足先で甲板を押し込んでから小さくつま先に横方向の力を入れる。そうすれば、踵が回り、足首が回り、膝が回り、足全体が回り、腰が回り、体が回る。
右足のつま先を甲板につけ、それから足裏全体を甲板に押し付けて停止させる。
(……動きは素直だけど、遅い)
安定感はある。上体でバランスを取らなくていい分、しっかりとした回転になっている。
だが、ダンスメインの楽曲には合わせられるほどの速度がない。足から体へと動きが伝播させる必要があるため、半テンポ遅れてしまう。
この伝播を省略することはできるが、下半身で支えることができず上体が泳いでしまうため、動きにゆらぎが生じる。肉が付きやすいとはいえ、まだまだ華奢な部類に含まれるノゾミではそのゆらぎを筋肉で抑え込むことができない。
(ふむ)
小さくうなずき、鼻歌を続けながら再び回る。
「少し、変わりましたわね」
アキノがぽつり、と小さくつぶやく。
タマキは首肯しながら、アキノに合わせるように小さな声で応える。
「つま先だけじゃなく、足裏全体で回るようにしたからにゃ」
二人はノゾミを注視しているわけではない。何しろ荒れた天気の中で飛空艇を飛ばしているのだ。刻一刻と変化する空の状態を確認し、最善の操舵を行わなければならないタマキと、現在位置を確認しながら風の流れや雨の強度を操縦士に伝えなくてはならないアキノに、ノゾミの動きをじっくり見ている余裕などない。
タマキは別名義での活動で培ったどんな小さな変更点をも見逃さない着眼点が、アキノは商談において相手の雰囲気を察知する直感力がそれぞれある。
タマキは動きの違いを、アキノは考え方の変化に気付いたのだ。
「アキノの回避を見て、にゃ」
「それを即座に真似るだけでなく、応用もできますのね」
しばらく各々の仕事をこなしていたが、再びアキノが操舵席に近付いた際、ふふ、と息を漏らす。
いつものアキノの悪癖の雰囲気を感じ取ったタマキは、再び半眼を向ける。
「……何、考えているにゃ?」
アキノはタマキの方を見ず、現在位置を伝える。
「サレンディア救護院まで、距離は約二百メートル。方位はやや東に修正、ですわ。
……そんな目で見ないでくださいまし? 別に何も思いついてませんわ。ただ、素直に感心しただけですの」
「東? 了解にゃ。うーん……西に流れてたかにゃ?
…………そうだといいにゃー(棒読み)」
ひとまず、「皆でアイドルになりますわ!!」と言い出してもショックを受けないよう、心構えだけはしておく。
否。
たぶん言い出さない。言い出すならもっとひどいことだ。アキノの迷走はこの程度じゃない。
ノゾミは体を左右に細かく揺らしながら、サビの部分に入る。
「♪ 勇気の翼 ひろげて空へ」
なんとなく、今の状況に似ているな、と思う。だって今、私結構勇気入れてこの飛空艇乗ってるからね?
「♪ 煌めく時を 今手にしようよ」
明確さはないけど、今後煌めけるような気付きはあった。そして、その動きはなんとなく再現できるようになった。
「♪ 希望を胸に 進め人生 挑まずには終われない!」
その通りだ。だから、ノゾミは挑む。
ぐっ、と右足に力を込める。そしてそのまま力を込め続ける。
すると、ぐらり、と足元が揺れる。
否。
「にゃ?」
「え?」
「は?」
「うぉえ」
皆が一様に奇妙な声を上げる。いや、一番最後は違う。完全に自業自得だ。
飛空艇が揺れたのだ。ノゾミがなにかやったわけではな……え、私また太っ……違うよね!?
タマキが上を見る。
「気嚢の圧力が落ちてる感じがするにゃ……」
言葉の通り、なんだか高度が落ちているような気がする。
アキノが身を乗り出し、
「サレンディア救護院は見えてますわ。なんとかだましだまし行けませんの?」
現状報告と提案を行う。
だが、タマキは小さく首を横に振る。
「この天気じゃ風に煽られるにゃ」
事態は急に逼迫したようだ。ノゾミも焦る。とはいえ、できることなどほぼない。
それでも、アキノは少し考えるように胸下で腕を組み、
「ユカリさん、サレンさんに連絡を。
念の為、屋外退避も視野に入れるように、と」
危機管理の観点から決断を下す。
「分かったわ」
てきぱきと皆が動き出す。
そんな中、ノゾミは。
「……飛空艇が? ええ、分かったわ。それと、あたしとユウキが下から誘導するから、この通信は切らないで」
サレンは通信魔法の内容を受け、良くないと思いつつも内心で舌打ちする。
わざわざ飛空艇でここに来るか、という憤りだ。
「ユウキ、悪いけどアキノさん達がピンチなの、手伝ってくれる?」
「わかった」
何も聞かず、二つ返事で立ち上がる。こういうところは昔から変わらない。多少は聞いて欲しい気もするけど。
その代わり、
「コッコロ、あなたは子供たちを頼むわ。アキノさんとこの飛空艇が飛行不能らしくて。こっちに向かっている、ってことはここも危険になるかもしれない。
そうはならないと思うけど、逃げる準備も覚悟しておいて」
コッコロには整然と言葉を重ねる。面倒なのではなく、端的かつ明確に情報を共有するだけで動いてくれるからだ。
「承知いたしました。お任せください」
スズメは……どうしよう。
「スズメさまはわたくしが」
「ありがとう」
素早い対応に感謝しつつ、ユウキを連れて外に出る。
それと同時、少しだけ自分の思考に浸る。
アキノの動きが早い、というか掛かりすぎだ。
これは、
(……あたしへのあてつけと牽制ね)
アキノの一声で、こんな荒れた天候なのに飛空艇を飛ばし、ユウキを迎えに来た。
穿った見方なのは自覚しているが、そう捉えるとしっくりくる。
……ちなみに、自分が同じようなことを画策していることは忘れている。
あまりにも露骨すぎるだけでなく、ギルドのメンバーすら危険に晒す真似に対しても憤る。
飛空艇の構造は知っている。軽いが可燃性の機体でゴンドラを釣り上げ、可燃性の魔法の推進力で空を行く。
つまり、雨は我慢しても雷が直撃でもしたら一発で爆散するのだ。いつぞやのゴーレムとは違い、完全に無駄だ。あと通りがかりの魔法少女もいないので、空中で助けてもらうことも望めない。
それを理解していないアキノ、そしてそれを止めなかった【メルクリウス財団】のメンバーにも憤りが伝播する。
(あいつら……救護院で出すお茶はお金取るからね!!)
憤りつつ、既に何もなく終わることを考えられるくらいには冷静になれている。
つくづく、現実的だと内心で苦笑する。
もちろん、そう考える根拠はある。
アキノは強引で一度言い出したらなりふり構わずバクシン!! するが、常に相手を思いやり、無理を振り回すようなことだけはしない。最善であれば自身の破滅すら飲み込み、なんでもないと高笑いを響かせる。
そんな親友が、この程度のトラブルでどうにかなるはずがない。
そして、この程度のトラブルでサレンを危機に追い込むこともしない。
一種の盲信といえなくもないが、嘘偽りのないサレンの心境だ。
「あそこ」
手庇を作るユウキがもう片方の手で指差すのは救護院の裏手の空。雨が入らないよう眇になったサレンに見えたのは、黒い雲で埋め尽くされた空に、既に大まかな姿がわかるくらいに接近している飛空艇だった。
近い。そして落下……縁起が悪い。着陸する速度としては速い……と思う。
『サレンさん、今救護院の裏に出てきた?』
焦りを感じさせないユカリの声が脳裏に響く。
「ええ、こっちからも見えたわ」
そうだ。慌ててもしょうがない。まずは次のことを考えなくては。
風向き、飛空艇の進行方向、土地の様子、復旧のしやすさを考え、そして着陸地点にふさわしい場所を瞬時に見定める。
「そっちから見て、救護院の左側、ええと、西ね。およそ30メートル先。そっち側なら被害は最小限になるわ」
風向きは東から西。サレンは南を向いているので、左から右に風が吹いていることになる。ええいややこしい。
欲を言えば畑のない右側だが、飛空艇の浮力を考えると無理はさせられないし、万が一舵を切りそこねれば救護院の建物に突っ込むことになる。それだけは避けたい。
事実、飛空艇は風に流されているようで西側へと傾いでいる。ここから立て直すことにリソースを割くより、焦らずに着地を優先してほしいと考えた結果だ。
とはいえ、左側の畑には保存の利く芋が植わっている。たぶん食べられなくなってしまうだろう。痛手といえば痛手だが、人命には変えられない。
だが、
『……ごめんなさい、雨が強くてうまく見えないの』
ユカリの言葉からすると、まだ高度がある、ということだ。
速度が乗っていることから、見えてからそちらに向かう、では間に合わないかも知れない。
どうする?
すると、ユウキが急に救護院へと戻り、
「これ」
手にしたランタン二つをサレンに突き出す。
それだけで理解する。
「はっ」
魔法適性は低いものの、種火くらいの規模でいいならサレンにも熾せる。
そうして作った明かりを持ち、ユウキは左側の畑の奥側へと走る。サレンはユウキを追うことはせず、手前側へと進む。
「光が二つ見える? その間であればどこでもいいわ」
細かい座標をしても、見えていなくては意味がない。
だが、こうしてわかりやすい標識を用意してやれば、
『見えるわ!! この間ならいいのね!! ありがとう!!』
操縦側のストレスも減らすことができる。
「重馬場……」
わけのわからないことを言いながら、向こう側へと走りながら水しぶきを上げるユウキの背を見て、サレンは知れず口角が上がる。
(うまいわ、ユウキ)
様々な業種のアルバイトを通じ、機転が利くようになったのだろう。そして、型どおりにやりたがるサレンを理解しているから、的確なサポートをしてくれる。
そこで、気付く。
(なぁんだ。とっくに頼りにしてるのね、あたし)
男手だから、ではない。幼馴染だから、でもない。ユウキをユウキとして認識し、頼りにしている自分に気付いたのだ。
ユウキはサレンの不足を理解し、それを補うことに専念してくれる。
もちろん、ユウキの足りない部分もある。それはサレンが支えればいい。
どちらかが一方的に、ではなく、二人が二人を支える。そうすれば、今のように何の苦労もなくうまくいく。
これからも、ずっと、二人で。
素直にそんなことを考えてしまい、
(…………やだ)
顔に熱が溜まっていることに気付く。
自覚してしまった。
ユウキを必要としている自分に。
そして、イメージできてしまったのだ。
そして、
共に、末永く隣にいることを。
今は、最初だけでいい。というか、流石に恋人、そして伴侶というのはまだ妄想の範疇だ。
それでもサレンは、
(ユウキを、手放したくない)
自身の思考を明確にした。
それでも。
それでも、頭の片隅で、どこかしら冷めている自分がいる。
そのサレンは、常に突っ込む。
「本当に、ユウキでいいの?」、と。
だが、今なら言える。
(ユウキが、好き、だから)
だから、そのサレンに言ってやる。
「ユウキがいいの」、と。
「ユウキじゃなきゃ嫌」、と。
サレンはようやく、自分の嘘偽りのない気持ちを、自覚した。
選ばれたい、とはもう思わない。
優柔不断なユウキに、この完璧でかわいい幼馴染のサレンちゃんを。
サレンが気持ちに気付く、少し前の飛空艇内。
ノゾミは、自分にできることを提案していた。
「一旦ユニオンバーストを張り直します!!」
速度が出すぎているため、このままでは地面に衝突してしまう。
可燃性物質を搭載している飛空艇だ。衝突後の運が悪ければ爆発、しなかったとしても畑を汚染することになる。
ならば、緩衝帯として自身のユニオンバーストを活用してみようと考えたのだ。
ここまで高度が下がっていれば雷に打たれる心配は減る。雨でビショビショにはなるのはしょうがないとして、飛空艇の破損を防ぐにはそれくらいしかない。
だが、問題は多い。
「……飛空艇の重さにどれくらい耐えられるかにゃ」
"ライブ・オンスペシャルステージ"は五人程度を物理攻撃から一定時間守るためのバリアーだ。巨大な敵の押しつぶしにも対応できたことはあったが、それでも一瞬、長くても瞬き一度程度だ。
対して、飛空艇は空に浮かぶものとはいえ、流石に重量はかなりのものとなる。
もちろん、考えなしで提案したわけではない。
「普段は全体に張っていますが、一点に収束できれば」
バリアーを張る対象を選ぶことはできる。つまり枚数を調整することもできる、ということだ。やったことはないが。
今回、飛空艇の設置予測地点に複数枚展開すれば、例え一枚では支えきれなくても、二枚、三枚とあればどこかで受け止めきれるのではないか。
そう考えたのだ。
すると、アキノはまっすぐにノゾミを見る。
「できますの?」
その目には、関心のない相手へ向ける目ではなく、戦うパートナーを見定めるような目だ。
だから、応える。
「やれます!! やらせてください!!」
仕切り直しとばかりに、新たな歌詞を口ずさむ。
それは自身のソロ曲。
「♪ 精一杯の想い 全部伝えたい!」
しかも最初からサビだ。自然と口をついたのは事実だが、そうでもしないと今の自分の思いを込められない、と感じたのも事実だ。
その直感を、信じる。
「♪ こんな気持ちはじめてだよ」
本来であれば一人ひとりに展開する対物理攻撃バリアーを、飛空艇の底部に集中させる。
見えないが、展開そのものはできているような気がする。
だから、
「♪ 不思議なくらい夢中になる!」
額に力を込め、展開したバリアーを一点に集めるイメージを作る。
すると、がぐん、と飛空艇が一度大きく揺れ、
「下降速度が鈍くなったにゃ」
タマキの言葉を受けるまでもなく、ノゾミ自身も実感した。
風を受ける位置が変わったのだろう。ということは、今までとは異なる場所に障害物が発生したのが原因、となる。
「うまく……いったのかな?」
成功したかはまだわからない。
だから、
「皆さん、耐衝撃態勢を!!」
アキノの叫びに、ノゾミは何をするかを理解する。
強行着陸する気だ。
「タマキさん!!」
「行くにゃ!!」
うまく行っている間に、着陸してしまえばいい。今は危険を脱することを最優先。後のことは後で考える。
とてもシンプルだ。見習おう。
バリアーは一旦出してしまえばしばらく消滅することはない。これだけの風雨なので耐久の目減りはするだろうが、これまでの経験上、全てが消滅するわけではない。
そう考え、ノゾミがひとまず甲板に尻を押し付けるように座った、その時。
突如、下から煽るような風が来た。
単純な話だ。
飛空艇ほどの大きな構造物が、これまでよりも速い速度で降下すれば、これまでよりも多くの空気を押しのけることになる。
腐っても空を飛ぶ構造物だ。いくら軽くてもその程度の機動で生じた風で煽られることはない。
問題は、急遽増強されたバリアーの存在だ。
それは耐久性に難があり、ある程度の衝撃が加わり続けると消滅してしまう。つまり、風よけが減る、ということだ。
これまで五枚で受けていた風を、急に四枚で支えなくてはならなくなる。
飛空艇の落下を五枚でギリギリ支えていたものが、四枚になればどうなるか。
その答えを、下から見ていたサレンが口にする。
「落ちるわ!!」
もう少し言葉を足すと、煽るような風を受け、船首が上に跳ね上げられた。その結果、船尾を下にして落下していく。
最下の船尾の高さはおよそ五メートル。まだ高い。
船尾から落ちるなら、飛空艇の主要部は無事だろう。とはいえ、ほぼ全損よりまし、という程度だ。サレンなら泣く。
船底に薄い黄色のバリアーのようなものが張られているのが見えていたので、それを緩衝材にするつもりだったのだろう。
だが急な降下で、これまで以上に風を受けてバランスが崩れ、ひっくり返りそうになったのだ。
だから、サレンは叫ぶ。
「バリアーを船尾に移動させて!!」
『!! そ、そうね!!』
まだ繋がっていた通信魔法から慌てた声が帰ってくる。
だが、飛空艇は再び予期しない風によって翻弄される。
船尾がつんのめり、また船底が地面と水平に近い状態になる。
「バリアーはそのま……」
サレンは、そこで言葉を失う。
眼前に、飛空艇の船底があった。
まだ余裕があると思っていたのだが、思っていたよりも落ちていたようだ。
頭の冷静な部分は、既に一つの結論を導いていた。
それ以外の部分は、その結論を支持していた。
すなわち、これから動いても間に合わない、と。
このまま船底に押しつぶされる、と。
それ以外に、何も思わなかった。
ただ、ユウキに何も言えなかったことが心残りなだけで。
だが。
今日のサレンの思惑は、ことごとくが不振に終わる。
そして、今回も、また。
「危ない!!」
ただ突っ立っているサレンを、ユウキは横から思い切り突き飛ばす。
「きゃ!?」
肩から泥の中に突っ込むことになったサレンは、その冷たさに我に返る。
その眼前には、船底ではなくユウキの背中が見えた。
それは、まるで――
その代わり、
……彼は、体の真ん中にぽっかりと穴を開け、力なく倒れ込みました。
「い……いやぁーーーッ!!!!」
サレンは、それが自身の上げた金切り声だと気付かなかった。
それだけ、急に
破壊され、煙を上げるランドソル。
見知った顔も、見知らぬ顔もボロボロで。
それでもなお、負けないと言う意志を漲らせて前だけを見ていた。
なのに、ユウキは――。
信じない、とばかりに頭を振る。
……もちろん、知らない光景だ。あのランドソルが破壊されるなんてありえない。
だが、それが現実だと
その視点も、サレンのものではない。
視線の高さは同じくらいだが、サレンは片手剣だ。視点の持ち主は、かなり刃の厚い長剣を構えていた。
そして何より、あの結末。
最も信じられない結末であり、最も信じたくない結末だ。
だが、それが現実だと
(どういう……こと?)
だが、サレンは真理の追求より、
「……ユウキ!?」
かばってくれたユウキの安否の方が重要だった。
顔を上げたその先には。
先程とは少しだけ離れた場所に、頭から泥をかぶってびしょ濡れになったユウキがへたり込んでいた。
……どうやら、飛空艇の着陸の衝撃でユウキは少し飛ばされたようだ。そして尻から着地し、そこに跳ね上がった泥が襲いかかったようだ。
ユウキに何もなかったことに対し、じわり、とサレンの頬が濡れる。
それは、雨なのか、それとも別のものなのか。
サレンには、確認する勇気がなかった。
動くこともできないサレンの眼前で、ユウキは、
「くちゅん」
小さくくしゃみを漏らした。
そして、翌日。
「コッコロちゃん……ももかん、たべたい」
「主さま、"ももかん"、とは何でございましょう?」
案の定、ユウキは風邪を引いた。
サレンは甲斐甲斐しく看病をするコッコロとその様子を見、
「……」
人知れず、とある覚悟をした。
登場人物
ノゾミ
ヒロイン。人間。アイドル。強引で人たらしなのに誰からも憎まれない。開花させたけどハロムギの方が頼れるかなぁ。
人の才能を読むことに長けており、先読みもできる策士気質がある。ただし自分の体型に関しては先読みできない。
アイドルは恋愛禁止だけどバレなきゃいいよね、バレてもファンとの"交流"ってことで許してテヘペロ♪ と考えている。