ティアナ様は告らせたい~少女(一部女性含む)たちの恋愛頭脳戦~   作:アルブレヒト・ミュンヒハウゼン

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ツムギは告ら"れ"たい

 ランドソルには仕立て屋がいくつかある。

 その中で、あらゆる意味で話題に事欠かない有名な店がある。もちろん腕前の良さもあるが、一番は店主の知名度の高さだ。ランドソルでその店主の名を知らないのはマイノリティと言い切られるくらい有名だ。

 ただ、残念なことに、その仕立て屋の屋号は殆ど知られていない。なぜなら、店主の所属するギルドと店主の名前を組み合わせて呼ぶためだ。

 その店を知る人は皆、こう呼ぶ。

 【カルミナ】のツムギの店、と。

 

 その日。

 店主であるツムギは暇を持て余していた。

 いつもの強気そうな目は鳴りを潜め、目尻が完全に下がりきっている。口もだらしなく半開きになり、アイドルにあるまじき表情を浮かべている。ファンだけでなく、そもそも人に見せられる顔ではない。本当に客商売をしているのか疑うレベルだ。

 そんな顔でカウンターにだらしなく頬杖を付き、

「あ゛~~~……」

 濁点付きの声を漏らす。アイドルにあるまじき発声だが、流石によく徹る。

 それでも気にした素振りすら見せない。

 それもこれも、客が来ないためだ。

 

 まず、根本的に仕立て屋を利用する人間が少ない。

 庶民はたいてい古着で済ませてしまうか、技能のある者は自分で作ってしまう。わざわざ人を使って服を新調するのは貴族か豪商、そして羽振りのいいギルド構成員くらいなものだ。そのため、常日頃からツムギの店を訪れる客数は少ない。とはいえ、それでも日に五人前後は訪れ、素材の調達依頼や服に関連したオーダーが入り、売上につながる。

 だというのに、開店してから昼過ぎの今まで、客はゼロ。店の前を通る人はそれなりなのに、だ。

 おかげで、久しぶりに昼食を12時きっかり、しかも時間に追われること無くゆっくりと食べることができた。

 何しろ、【カルミナ】のアイドルとして活動している時は決まった時間に食事などできないし、ケータリングのサンドウィッチやフルーツなど、その場にあるものを急ぎ口に放り込むので精一杯だ。

 だからこそ、ゆったりとした食事は贅沢だ、と割り切る。

 

 次に、ツムギ自身が多忙で店を開くのが不定期であることも一因だ。

 もともと、ツムギは【カルミナ】の衣装や演出などを担う裏方として参入した。

 だが、ギルマスであるノゾミの陰ぼ……要望によって勝手にデビューさせられ、今や一定数のファンまでいる。ソロ曲まであるのだから、よほど水が合ったのだと思うことにしている。

 とはいえ、裏方としての仕事が減ったわけではない。アイドルとしての活動が活発になればなるほど、衣装や演出といった仕事が指数関数的に増えた。

 衣装の使い回しはできるが、一公演中ずっと同じ衣装というわけにはいかない。演る曲によって変える必要はもちろん、同じ曲でも演奏順や演出変更により以前とは異なる衣装にすることもある。各々ソロの楽曲もあるので、専用衣装も必要になる。

 それに、【カルミナ】の楽調の多くはアップテンポで、ダンスの振り付けも激しい。毎回のように破損箇所が発生し、都度補修が必要になる。ひと公演中に総取っ替え、という事態も過去にはあった。そのため、ライブツアーの際は全衣装のスペアを二着用意する、という周到を徹底している。

 加えて、ツムギには個別のレッスンがある。元々ソロアイドルのノゾミや、ずば抜けた歌唱力のあるチカとは異なり、ツムギは後発かつ素人だ。声の出し方すら怪しかったし、歌いながらダンスなんて見せられるものではなかった。

 だが、素質の高さ、そして生真面目で何事にも手を抜けない性格だったため、誰よりも熱心にレッスンに取り組み、他の二人と遜色のないレベルにまで届かせることができた。

 それでもまだ足りないとの自覚がある。それに、新曲があればそのための練習をしなければならないし、演出を変えればその習熟に時間が必要となる。

 その結果、ツアー前の忙しさは筆舌に尽くしがたい。そんな時に店を開く気力はない。例え開けたとしても、【カルミナ】関連の仕事にかかりきりになってしまい、依頼に着手できない。

 客としても、いつ開店しているか分からない店を贔屓にすることは少々難しい。何しろ、欲する時にやっていない可能性があるのだ。よっぽどの理由がない限りは敬遠する。

「応相談、ってことにはしてるんですけどね~……」

 だからといって相談しに来る客はごくまれ、というかいない。

 

 ただ、顧客の中には依頼内容や修繕品を、手が空いたらで構わない、との旨を記載した手紙とともに送ってくる者もいる。

 ツムギの仕立てた服のファンや常連なので、事情を知ってくれているのだ。それでも、ありがたい、というより申し訳ない、という気持ちが先走ってしまい、その結果、忙しいのにそちらの依頼を先にやってしまうこともある。

「やらなきゃいけないものがあるときほど捗るんですよね~……」

 今そんな『あるある』はいらない。欲しいのはやらなきゃいけないものの方だ。

 そして、今その手の依頼はない。ないのではなく、先日全て終えてしまった。

 ツムギの手が早いのもあるが、空き時間を見つけて少しずつ着手するようになったことが大きい。

 昔から、熱中するほど手が早くなるのは自覚していたが、独立開業してから専念できていること、そしてスキルの向上も相まってより速度が上がった。

 その結果。

「作業量二、三割増やしても、以前と同じ時間でできるようになったんですよね」

 だらしない表情だけは戻すも、頬杖はついたままつぶやく。

 

 ぶつぶつぼやいているものの、この状態をそこまで悲観はしていなかった。

 年に数回、たまにこういう日があるのだ。そして、そういう時は大抵いいことがある。まるで帳尻を合わせるかのように。

 例えば、大口なのに納期に余裕のある依頼。

 例えば、ダブついていた魔物由来の素材をふんだんに使う商品の大量発注。

 ……結局、その後は忙しくなるのだが。

 そんなことを思い出しながら、本日三回目の在庫確認に入ろうかとカウンター裏の倉庫に入った、その時だった。

 

 扉が開く音、そして来客を知らせる小さな鈴の音がツムギの耳に届く。

 急ぎ倉庫から出る。何度やっても変化しない在庫確認より、減るかもしれない接客の方が重要だ。というより流石に飽きた。

「いらっしゃいませー」

 すると、扉の前には、

「やぁ、ツムギ」

 レイ……不調法な、レイ様が立っていた。

「ええええええ!? れれれレイ様っ!? 狭いところですがどうぞ!!

 あぁもう、いらっしゃると知っていればお菓子を用意しておくのに!!」

 

 ギルド【トゥインクルウィッシュ】に所属している魔族のレイ様は、ツムギのお得意様にして恩人、そして憧れの人だ。慕うあまり、ファンクラブにも参加している。ミーハーではない。レイ様への感謝の気持ちを同志と共に分かち合うためだ。決して抜け駆けを牽制するための監視組織ではない。

 レイ様は一般人で、ツムギはアイドルなのにあべこべだ、と言う者もいるが、アイドルとて人間だ。立場など関係ない。むしろ立場を使って仲良くなれるならとっくにそうしている。何しろ、レイ様は肩書だの身分だのを気にしない、というより特別なことだと捉えていない。それはあくまで、その人を飾るものとして捉え、中身、その人となりはレイ様自身の目で見極め、見定める。そして、それに見合った付き合いをする。

 そのストイックさがまた素敵なのだ。つい強力に力説してしまい、少しだけ温度差を感じる時がある、というよりは……レイ様本人からは多少ウザがられている気もするが、そんなことを気にしてはアイドルなんてやっていられない。推しは推せる時に推す。常識だ。

 

 レイ様は指を口元に寄せ、くすり、と笑う。その仕草も素敵です。

「大丈夫。持ってきたよ」

 一瞬、何を言われたか分からない。

 ……レイ様がお茶をするために訪れただけでなく、少々長居をする気でいる?

 そう気付いた時には叫びそうになったが自制する。ステイステイ。そういうところだぞ?

 なので、普段通りに接する。

「なっ!? なにもそこまでなさらなく」

 レイ様は全てを言わせてくれなかった。

「彼がね」

 体をずらすと、その後ろにいた青年を指す。

「てもぉおぉ、騎士さん……ようこそぉ……いらっしゃいましたぁ……」

 様々な感情が入った受け答えになってしまった。反省はするが、さっきのテンションを返せ。幸せな時間を返せ。

 

 ……騎士さんと呼んでいる、ユウキという青年が嫌い、というわけではない。ただ、レイ様と『()()()()()()』過ごす時間が失われたことが悔しいだけだ。

 否。

 考え直す。

 ユウキはほとんどしゃべらない。その場でニコニコしているだけだ。たまに合いの手が入る程度で、邪魔とは思わない。いないと思ってもいい。

 それに、非常に不本意ながら、ユウキがいた方がレイ様の表情は柔らかい。時折、ツムギが見たことのない表情すら浮かべる。

 もうひとつ付け加えると。

 恐らく、レイ様はただ立ち寄り、注文なりなんなりをするだけだったのだろう。そこへ合流したユウキがお菓子を持参したことでレイ様が同意、お茶会に発展した、と考えれば……というより、むしろそうとしか思えない。

 つまり、ツムギのためにユウキが尽力した結果、となる。

(ううううぅ~~~~~っ!!)

 複雑すぎる。

 否。

 素直に感謝はする。過程は過程。結果は結果だ。

 ただし、邪魔者であることは確かだ。これはどうやっても覆らない。

 

「あ、騎士さんの席はないんでそこに突っ立っててください」

 事実だ。ここは仕立て屋のカウンターであり、お茶をするテーブルではない。それに、打ち合わせに参加する人間は多人数で訪れることを想定していないため、椅子もカウンター向こうには一脚しかない。そして、それは今からレイ様のお、お尻を支える……う、顔の奥が鉄臭い。

 つまり、何がどうあってもユウキの分はない。あ、空気ならあるんでどうぞー?

 だが。

「ツムギ。私はこの店の人間じゃないけど、それはないんじゃないか?」

 ちょっとだけ鋭さのあるレイ様の目が、少しだけ細められる。

 射抜かれている事実には興奮しか覚えないが、咎められていることに対する呵責はある。何しろ倉庫内には椅子がある。それを持ってくれば済む。

「うぅ……」

 対するユウキは、

「いいよ。レイの後ろで」

 やはり笑顔だ。本人に、邪険に扱われている自覚がない。というより、椅子が一脚しか無いことを受け入れ、そしてツムギがレイ様と話をすることを楽しみにしていると理解している。

 殊勝な心がけ……なんだけど心が痛む。いや心なんて器官は体内に存在していないから気の所為。

 それより、問題はレイ様だ。

「それはキミに悪い。ならば私も立っていよう」

 レイ様は頑k……意志が固い。こうなると頑として譲らない。筋を通さなくては聞く耳も持ってくれない。

 そして、ツムギには通す筋もなければ、折れなくてはならない理由がある。

 お腹の奥にある重苦しい塊と共に、敗北宣言を吐き出す。

「……椅子、持ってきます」

「ありがとう」

 胸の奥でぎしり、と耳障りな音が立つ。

 ……ユウキのためだけど、ユウキに満面の笑顔で言われると申し訳無さが倍加する。

 

 お茶の用意が整ったところで話を進める。

「ところで、今日はどうされたんですか?」

 レイ様からの注文があったかを思い出すが、先日納品は済ませたばかりだ。

 

 レイ様からの注文は新しいマント調のアウター。軽快な動きの邪魔にならないよう、ところどころに風の抜ける部分を入れつつ、魔物に由来する糸を使うことで抗堪性と耐腐食性能を上げている。

 ツムギが拘ったのは色だ。レイ様の杜若色の髪を邪魔しない、青藍色でまとめることに成功した。納得する色を出すための試行錯誤に二晩かかったが、それだけにいい色だと自負している。

 

 追加のオーダーかと思ったが、それならお茶の前にしている。レイ様はやることを先に済ませてから息抜きをするタイプだ。もちろん知っている。常識だ。

 では世間話をしに来たのだろうか?

 ありえない、とは言わないが、その可能性は極めて低い。

 レイ様は好んでおしゃべりに興じる性格ではない。安否確認と称してクエスト前後や【カルミナ】のツアー後に顔を見せに……ご拝顔の栄に浴することはあるが、世間話にまで発展することはまずない。

 それに、例え世間話をするとしても、その相手にツムギを選ぶとは考えにくい。レイ様の中でツムギの立ち位置はあくまで友人。用事もなく訪れるほど、優先順位は高くはない。悲しいかな、それくらいは理解している。自惚れない。胸奥が抉れるように痛いが。

 だからこそ、あえて聞いてみた。興味というより、どんな話を振るかを考えるためだ。

 

「ああ。明日からちょっと遠出をするんだ。その物資の仕入れのついでに、ツムギの顔を見ていこうかな、と思ってね」

 ツムギの生命活動が止まった。

 再始動しながら脳内で何度も反芻しても意味がわからないので、こましゃくれた幼女の力を借りる。

 ……端的に換言すると、世間話に来た。

 

 血液が一気に脳に注がれ、肺の空気を絞り出すように、と指令を下す。

「きゃああああぁーっ!!!!」

「ツムギうるさい」

「流石アイドル」

 まさか、先程自分が挙げた否定意見がひっくり返されるとは。

 だが、脳が入りすぎた血液をどばどばと排出しながら、再び肺に空気を入れるよう促す。

 

 先程考えた通りだったと証明されてしまった。

 失望を得ないよう、再度の状況確認を行う。

(分かってますーレイ様が自主的に来るわけないって。

 どうせ騎士さんがお菓子もあるから行こう、とか言い出して、人のいいレイ様がしょうがないなぁ、って……)

 否。

(それでもレイ様が来てくださったことには変わりない。騎士さんのおかげ……といえなくもない、か)

 イチかゼロかで言えば、余計なものはあってもイチだ。目くじらを立てる必要はない。話題を振らず、そして振らせず、視界に入れなければいいだけの話だ。

 ……そこまですることはないか、と思い直し、改めてユウキを観察する。

 

 不思議な人だ、と素直に思う。

 レイ様はそこまで社交的ではない。

 正確には、人との間に壁を作っている。その壁の外側では社交性が高く、そつのない人物として振る舞っている。人とは一定の距離を保ち、そう簡単に気を許さない。上辺だけの人間関係を築きつつ、政治を駆使して敵味方を明確にする。

 貴族の出身で、家の方針からそうあれかし、と育てられてきた所為だ。

 内側、本来の性格は豊かな感性を持ちつつ、己を高めることに余念がない……と見せかけ、率直で激情家で意外に脇が甘い。そんなレイ様を知っていることには優越感を覚えるが、それはユウキとて同じことだ。ギギギ。

 それに、男性に対しては常にある程度の距離を置いている。どことなく苦手意識を持っているようだ、とも見て取れる。

 だというのに、ユウキに対しては構えてすらいない。自分のパーソナルスペースに入っても、嫌悪もなければ拒絶もない。むしろ受け入れている……と認めると発狂してユウキを縛りそうになるので思考を止める。

 かくいう自分も、決して嫌っているわけではない。レイ様の内側、本来の顔を引き出してくれるし、ツムギの恩人と言えばユウキも該当する。好きか嫌いかで言えば、むしろ……物理的に自縄自縛する前に思考を戻す。

 

「……で、なんで騎士さんが?」

「彼とは先程出会ってね。なんでもツムギのところに用事があると聞いて、一緒に来たんだ」

 実はユウキが仕立て屋としてツムギを訪れるのは珍しいことではない。ただ、小さなほつれなのでお金を取っていない。

 今回もどうせ修繕依頼だろう。何度目だ。もっと注意して生活してほしい。

「……騎士さんの話は後ほど伺うとして。

 レイ様、さっき仰っていたクエストって、遠出するんですか?」

 確か、【トゥインクルウィッシュ】の結成目的はランドソルの中心にそびえ立つ、ソルの塔の頂上への到達だ。そのため、近場なのでクエストも短期が主だった。なのに長期でクエストに向かう、ということはソルの塔とは関係ないと考えたのだ。

 すると、レイ様は軽く頭を振る。さらさら、と御髪が流れ……おいユウキ、避けろ。当たるな。

「クエストというか、探索だね。今回攻略中の階層はこれまでと違って、かなり大きな部屋がいくつかの階層構造になっていてね。ええと……キャットタワー、ってわかるかい? 一つの柱にいくつも小さなフロアが設置されているもの。あれが階層に乱立している感じなんだ」

 一瞬、レイ様が猫耳をつけている想像が浮かんでしまった。

 ……何その奇跡的相性(マリアージュ)。おかわわわわわわ!! もう悪魔の角はめっ!!

 レイ様は説明を続ける。

「入るのは専用の転送術式があるから問題ない。ただ、それ以外の転送術式はランダム生成なんだ。それも、他の階層に転送されるものではなく、同じ階層の違うキャットタワーのフロアに飛ばされるものばかり。

 以前は偶然、一階に戻る転送術式を見つけられたから戻ってこれたけど、先に進むための手がかりすら得られなかった。

 そこで、腰を据えて挑戦することにしたんだ」

「それで長期、なんですね」

「実は先日挑戦したんだけど……いつも通りの準備しかしていなくて、食料が尽きてしまったんだ」

「だ、大丈夫だったんですか!?」

 大丈夫だからこの場にいるのは分かっているが、今はそういうのいらない。

「ありがとう、ツムギ。ダメだったらここにはいないよ」

 くすり、と小さく笑われる。

 やった、褒められた。そして笑顔見れた。素敵。

「水は補給できたからよかったけど、魔物も転送術式を使ってくるんだ。

 その階層の魔物は私達にしてみれば弱いものばかりで苦労はしないんだけど、連戦続きでなかなか休息できずにみんな参ってしまったよ。

 その空腹と疲労から甘いものが欲しくなってしまって。特にユイ。彼女は魔法を使うから特に糖分が必要でね。

 そんなとき、ゼラチナが転移されてきて……ペコリーヌじゃないけど、ついゼラチナがゼリーのようで美味しそう、と見えてしまったんだ」

 

 

 ―ランドソル某所。

 

「言った!! 誰かがゼラチナをゼr……あたしだー!! もぅやだ!! 今日は魔物食べない!! 誰が!! なんと言おうと!! 食べない!!」

「キャルちゃーん、コッコロちゃーん」

「くんなアホリーヌ!!」

「見てください、このクレープ。ホイップに完熟バナナ、ビターチョコに、そしてキラービーの蜜たっくさん。甘くて美味しいですよ!! 一緒に食べましょう♪

 ふわっふわのホイップと蜜が甘々ですけど、ビターチョコが味をきゅ、っと締めてくれるんです!! こりゃたまりません!! ヨダレずびっ!!」

「……一緒に食べよう、たって、あいつ既に食べてるじゃない」

「精彩を欠いたツッコミでございますね。

 さぁキャル様、どうなさいます? キラービーはれっきとした魔物でございますが、前言を撤回なさいますか?」

「……き、キラービー……の蜜は魔物じゃないわ。

 しょ、しょうがないわねぇペコリーヌ。たまには一緒に食べてあげるわよ」

「欲望に忠実ですね。お可愛いこと」

「だからそういうキャラじゃないでしょ!?」

 

 彼女は知らない。

 その中に、キラービーの幼虫のはちみつ漬けが入っていることを。

 大口で口内に収め、数回咀嚼したところで惨劇が幕開ける……。

 (ナレーション:青山 穣)

 

 

 レイ様は続ける。

「だいたい二週間位籠もることになるから、それで顔を見せておこうかな、って」

 正直、ツムギにしてみれば二週間はそう長いとは思わない。【カルミナ】で大規模、大陸を巡るレベルのツアーに参加していれば、それ以上の期間などザラだ。

 だが、主なクエストを近場やソルの塔で行っているレイ様にしてみれば、二週間であっても十分長いという感覚になるのだろう。

 

 とはいえ、自分の都合ならしょうがないと思えても、レイ様の都合で会えない期間が二週間、と考えると長く思ってしまう。

 レイ様はなんだかんだでクエスト前後にツムギの元を訪れる。恐らく命のやり取りの後、戦いとは縁遠い知り合いに会い、他愛のない話をすることで気持ちをリセットさせるためだろう、と読んでいる。

 そう多くはないレイ様の知り合いの中から選ばれている、という事実はうれしい。

 だが、不満でもある。

 

 その理論では、ツムギとは戦いの場では一緒に居られない、ということになる。

 何度か共闘したことはある。その都度、感謝の言葉をもらったこともある。だから、戦力として見られていないわけではない。

 だが、その後も何度も街中では出会うが、クエストに誘われたことはほとんどない。

 対して、

(騎士さんとは、会わないんだろうな……)

 ユウキとレイ様は訓練を共にする関係にあり、実際に何度もクエストに挑戦している。

 ツムギの推測になるが、恐らくユウキは今回の【トゥインクルウィッシュ】の探索に関わっているのだろう。

 だから、一緒にツムギの店に来たのだ。いろいろと物資を買い込む計画を立て、その合間にここに立ち寄った。

 

 全てツムギの妄想だ。

 だが、ユウキとレイ様の様子を見ていると、どうしても自分の妄想(考え)が真実なのではないかと考えてしまう。

 思いこんでしまう。

 否定できない。

 覆せない。

 だから。

 

「レイ様。二週間後、私と一緒に、ふたりきりでクエストに行きませんか?」

 

 思いが、暴走した。

 

 果たして。

「え? ……う、うん。構わないよ?」

 多少引き気味なものの、あっさりと許諾をもらえた。

「でも、二週間後で大丈夫なの?」

「大丈夫です!!」

 あなたと出かけるためなので、という発言は胸中のみにする。

「そうか……ええと、何か必要な素材があるとか?」

「え、ええと……」

 ない。むしろ多少余り気味だ。レイ様のマントのように特殊な素材を用いるならともかく、通常の依頼であれば現状の在庫で対応できる。さっき二度も在庫確認をしたのだから間違いない。

 そして、レイ様のマントのような特殊な依頼はほとんどこない。

 

 詰んだ。

 

 素直に、『一緒にいたいからでっち上げました』、と言うのは流石にはばかられる。

 だが、レイ様に強い口調で問いただされてしまえば、答えざるを得なくなる。

 ……今ここでバラすか、はたまたでかけてから白状するか。

 レイ様は利己のための嘘を嫌う。そして今のツムギの嘘は完全に利己だ。どっちにしても怒られる、というか内容が内容なだけに、確実に嫌われる。

 答えに窮していると、ユウキが声を上げた。

 

「マントが欲しい」

 

 あまりにも突拍子のない発言に、思わず眉が寄るのを自覚する。

 だが、ユウキはツムギの表情を気にした様子もなく続ける。

「僕のはすぐ破れて、すぐツムギちゃんに頼まなくちゃいけない。

 だから、レイみたいなマントが欲しいんだ。急ぎじゃなくていい」

 行間を埋めなくてはならないものの、意味は分かった。しかもユウキにしては珍しく、因果が分かりやすい。そして、常日頃から修繕依頼に来る合点がいった。

「ふむ……」

 レイ様はユウキが羽織っているマントの端を手に取る。

「確かに……生地は悪くなさそうだけど、彼の動きを考えると耐久性に欠ける気がする……っと、専門家の前で聞きかじった知識をひけらかすのは良くないね」

 そう言って、照れたような笑みを浮かべる。

 ……そんな表情は初めて見た、ではなく。

「な、なるほどぉ!?」

 感動が声に出てしまい、思わず上ずってしまう。

 レイ様と同じ、という点はいただけないが、

「いいですよ。

 と、なると、いくつか素材が必要です。その採取にお付き合いいただけますか?」

 魔物由来の糸、そして染料が足りていない。渡りに船だ。

「構わないよ」

 だが、気にするところはもう一つ。今度はユウキを見る。

「騎士さん、レイ様のマントはけっこう、じゃなくてかなり高いですけど大丈夫ですか?」

 依頼に友誼は挟まない、というのがツムギの意向だ。それは例えレイ様であっても、だ。ユウキの持ち込む、ちょっとした修繕に関しては……手間ではないのと、無形での恩恵があったため、それを価値に還元した、ということにしておく。

 

 衣服ではなく戦闘用の装備となると、採寸や性能、デザインや使いみち、動きなど、個人に依存する部分が大きい。そのため、正確な値段はこれから見積もるとしても、レイ様と同等となると、素材の値段だけでもかなりの額になる。

 人を見た目で判断するのは大変申し訳無いが、年中アルバイトに精を出しているユウキに、そこまでの金額が出せるとは思えない。

 だが、本人は至ってやる気だ。

「これからお仕事する。頑張る」

 窮地を救ってもらった以上、なんとかしたいとは思うが、レイ様がいる以上は甘い顔はできない。せめて、支払いの担保とできる程度の額を出してもらいたい。

「じゃあ、ユウキくん。君には今回の探索の手伝いをしてもらおうか。

 そうだな……三日毎に追加の物資を届けてほしい。入る専用の転送術式の上に物資を置いてもらえればそれでいいよ。

 追加が必要になるようなら、ユイから連絡を入れる。それでいいかな?」

「頑張る」

「で、その前払いとして15,000ルピを支払おう」

 ここランドソルの相場は、一食でだいたい1,000ルピ。少々、というかかなり多い。

 思わず口を開きかけたが、レイ様がウインクをして制する。……惚れてまうやろ?

 レイ様はメモをユウキに渡しながら続ける。

「この金額は【トゥインクルウィッシュ】三人、三日分の食費も込み。というかごめん、今の私の手持ちで出せる分なんだ。

 そして、君には物資の買い出しもしてもらう。その物資を当日、私達が出かけるタイミングで届けてほしい。

 二回目以降の分は君が建て替えておいてほしい。私が帰ってきたら物資分と残りの賃金を支払おう。

 後払い分は60,000ルピ。探索が延長した場合はその分少し上乗せして支払う。それでいいかな?」

「うん」

 要は、体のいい人足ということだ。

 だが、こうすれば最小限の荷物だけで済むし、三日毎に新しい食材が入手できるということは、干し肉と固くなったパンばかりではなく、レパートリーも豊富になる。長期の冒険で不足しがちになる野菜や甘いものを摂取できる。これはかなり大きい。

「採取のタイミングは私の都合になるから、マントの制作にはもう少し時間をもらうことになる。その分も加味して、君が支払う私への雇用費は無料。この条件でどうかな?」

 ……悪くはない、と思う。額としては多少大きく感じるが、【トゥインクルウィッシュ】メンバーの食費が含まれていること、そしてツムギの扱う商品、特にレイ様と同様のマントとなれば妥当より少々足りない、というくらいだ。不足分はユウキに働いてもらう、ということになる。

 ただ、レイ様の負担が大きい気はする。本人が言いだしたことなので、何かしらの考えはあるのだろう。

 ユウキはにこやかに頷く。

「うん、それでいい」

「入り口の転移術式や詳細は当日現地で伝えるから、明日の朝八時に【トゥインクルウィッシュ】のギルドハウスに物資を持って来てくれる?」

「分かった。ありがとう、レイ」

 それだけ言うと、ユウキはあっさりと席を立ち、そのまま店から出ていく。話を終えたらさっさと帰るあたりはレイ様に似ているな、と考えてしまい反省する。

 レイ様はユウキが店から出るのを見届けると、これまで見せたことのない、何かを企んでいるかのような笑みを浮かべる。

 それは小さな角のある魔族のレイ様にぴったりな、魅力にあふれる笑みだ。やっぱ猫じゃないわ。悪魔の角だわ。

「さて。

 物資購入の時間がなくなったから、もう少しだけお邪魔してもいいかな?」

 そんな顔を見せられ、ツムギに断る理由などない。

 世間話だけでなく、年頃の女の子同士で交わすような他愛もないおしゃべりを堪能した。

 

 その日は結局、レイ様達以外の客は来なかった。

 それでも、ツムギにとっては帳尻の合う日となった。

 

 

 約束の二週間後。

 日が昇る前からスタンバイしているツムギの鼻息は荒い。単に片方しか鼻が機能していないだけだ。もう片方にティッシュが突っ込んであるのは……乙女的にはNo案件だ。

 行動計画はきちんと立ててある。各関係機関への通知も済んでいる。準備万端だ。

 行き先はパラス高原。旅程は一日。

 そこに住まうエルダーホーンのたてがみ、ロックフラワーの皮、ウッドソウルの樹皮、そしてスタンプの樹皮が今回の採集品だ。

 それらを紡いだり、煮出したりすることで素材とする。あとはユウキの要望に応じてサイズやデザインを決めればいい。

 そこまでの用意は済んでいる。あとは相手が来るだけだ。

 

 だが。

「あ゛~~~……」

 濁点付きの声を漏らす。今回はカウンターに突っ伏しているので、声は徹らない。

 待てど暮らせど、レイ様が来ないのだ。ついでに客も来ない。

 連絡は……と思ったものの、ツムギは通信魔法を使えないし、レイ様も仲間のユイを通じてしか使えない。

 そのため、待つしかない。

 

 とはいえ。

 既に昼前だ。流石に待ちくたびれてきた。レイ様とお出かけ(クエスト)ができる、と息巻いていた分、待っていることそのものがストレスとなっていた。

「う~~ん……」

 貧乏ゆすりで、カウンターがかたかた、と小さな音を立てる。

 悩む。

「う~~~ん……」

 カウンターを叩く指が、徐々に早くなる。

「う~~~~ん……」

 決めた。

 今日はずっと、レイ様を待つ。客は追い返す。

 そう思った、その時だった。

 

 扉が開く音、そして来客を知らせる小さな鈴の音がツムギの耳に届く。

 がばり、と顔を上げる。同時、鼻ティッシュは抜き取る。

 そこには、やや深刻そうな表情を浮かべた、

「騎士、さん……?」

 今回の依頼主が立っていた。

 

 疑問を思う前に、ユウキが口を開く。

「レイから、伝言。

 『少し長引きそうなんだ。約束の件、すまないけど待ってもらえないか?』」

 ……別に口調まで真似てほしいわけではないのだが。似てないし。

 ただ、ユウキが来たことで予想はできた。

「やっぱり……そんなことじゃないかと思ってました」

 

 当然、ショックだ。

 レイ様の参加しているクエストは【カルミナ】の活動のように、期間がきちんと定まっているわけではない。それに、ソルの塔の攻略はギルドの結成目的にも掲げられた、最重要項目だ。そう簡単に切り上げることはできないだろう。

 それでも、約束は守ってもらいたかった、という思いはある。

 あるいは、分かった段階で一報が欲しかった。

 この一報が分かった段階のものだとしたら、どれだけ粘るつもりなのだろう……と、そこまで考えて、唐突にレイ様の思惑に思い至った。

 

 推測ベースだが、恐らく今回のクエストは二週間ではなく、当初からかなりの長丁場を予定していたのだろう。

 そのため、二週間前のあの日、その旨を伝えに来た。

 ユウキと出会ったのは本当に偶然だったのだろう。ただ、彼からマントの話を事前に聞いていたため、わざと期間を短く言って、稼がせる算段をつけた。

 ユウキに託した先の伝言も、最初から想定していたタイミングだった、と考えればなんとなく納得がいく。

 それと、ユウキが帰ってからのお茶会も、ツムギのための埋め合わせも込み、と考えれば、

(ああもう。レイ様は騎士さんにも私にも甘い!!)

 これ以上感情が発露しないよう、苦笑するしかないではないか。

 

「まったく、仕方のない人ですね」

 思わず、息が漏れる。

「レイ様のお願いならちゃんと答えますよ、()()()()()()

 そして、彼の耳元に口を寄せ、つぶやく。

 

「『はい、喜んで』って」

 

 言ってしまってから、気付く。状況だけを見ればユウキに対してなんだろうと許す、と答えたようになってしまっていることに。

 ツムギの中で、主語はレイ様だ。だが、記憶喪失ゆえに思考が少々幼いユウキには主語が誰なのか、明確にわかっていないかもしれない。

 その見かけの事実と軽挙妄動に、顔が熱を持つのを自覚する。

 対するユウキは普段の通り、緊張感のない笑みを浮かべ、

「赤くなったツムギちゃん、かわいい」

 いつも通り、脈絡のない発言だ。ただ、照れくさく感じている時に、そんな不意打ち過ぎる言葉を言われては、

「そういうことは言わなくていいんです!! もうっ!!」

 思わず怒鳴らざるを得ない。

 声を出したせいか、力が抜けたことを自覚する。ユウキにあたっても仕方ない。たぶん理解していない。

 ひとまず、先の反省を込めて、明瞭な言葉を選んで伝える。

「あー……騎士さん、レイ様には『待ちます』って、きちんと伝えてくださいね」

「うん、大丈夫」

 それだけ言うと、これまで同様あっさりと店を後にする。まるで、これまでの出来事を何も気にしていないように。

 

 ユウキを見送り、ツムギは少しだけ笑みをこぼす。

「ああもう、レイ様は人使いが荒いというかなんというか……」

 ユウキに対してのみ、レイ様は少し無茶なことをする。その理由は、ツムギにも分かっている。レイ様同様、自分も()()()だからだ。

「かわいい、か……」

 店主とはいえ、ツムギはこれでも年頃の女の子だ。率直な褒め言葉に、悪い気はしない。

 再び顔に熱がこもりつつあることに対して、

「……ああもう」

 先と同じことをつぶやく。

 

 ひとまず。

 レイ様の無事を祈りつつ、次会った時にはユウキにメッセンジャーをさせるのは失敗だと伝えることにする。




登場人物

ツムギ
ヒロイン。ヒューマン。アイドル。レイの追っかけ。14歳とは思えぬ発育。好き。
いろいろとユウキに助けられるも素直にお礼が言えない。アレか、14歳はツンデレって設定があるのか?
レイ様を取られるくらいなら私が付き合っちゃえば万事丸く収まる、というアグレッシブな略奪愛を考えている。

レイ
ヒロイン。魔族。ユウキとは浅からぬ縁。クールでお嬢様だがたまにお茶目。そこがいい。
ユイの気持ちを応援したいのはやまやまだが、自分に新しい世界を教えてくれたユウキに並々ならぬ思いがある。
いや、私は彼に特別な思いなんてないよ、でも彼が私を特別に思っているならやぶさかでもない、と考えて……あれ一番標題に近くね?
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