ティアナ様は告らせたい~少女(一部女性含む)たちの恋愛頭脳戦~ 作:アルブレヒト・ミュンヒハウゼン
アキノ以外の皆が【
王都ランドソルの一等地にある【メルクリウス財団】のギルドハウスは広いが、メンバーにあてがわれた執務スペースは奥の方に集約されている。
質素な装いに見えて重さと硬さを備えた実用的な机と、長時間使用しても疲れにくいとされる曲線を描いた背もたれの椅子。それらがそれぞれ四つ。二つずつは隣り合い、そして互いに向き合っている。
そのうち三つには、書類や筆記用具、書籍などが載っている。机の使用者の性格が出ているようで、場所によっては乱雑であったり、整然としていたりと様々だ。ただ、ひとつは空席らしく、机の上には金貨の入った袋がでん、と置かれている。
それらの四つを見守るような位置に、他と同じ机が置かれている。ただ、椅子は黒革張りの豪華なものになっている。座り心地は良さそうだが、その風景にはそぐわないといえる。
その背後には壁があり、体を屈めることなく出入りできそうなほどの金属製の扉が埋め込まれている。そこには巨大な円形のハンドルがついていることから金庫だと窺い知れる。
それだけ巨大な金庫を必要とするほどに成功している、ということだ。
周囲の本棚には、【メルクリウス財団】の扱う商材に関する様々な分野の書籍がびっしりと詰め込まれている。
ぱっと見ただけでも、経理や財務に関する専門書だけが収められた本棚に、天候に関する専門書と河川に関する書籍、アストライア大陸の御者協会一覧、そして馬の血統一覧書などが収められた本棚。特許申請に係る書籍と出願一覧、構造力学の専門書、最新の飛空艇カタログなどが収められた本棚。武具全般を扱うカタログや各種鉄鋼メーカーの取り扱い目録、小麦の品種に関する書籍や金属の熱伝導の専門書、金属加工用旋盤のカタログ、穀物関連の取り扱い業者名簿、競売物件目録、食べ歩きのガイド誌、そして無料配布されている求人誌が整然と並んでいる本棚など。
そこだけを見たら乱読家や蒐集家の仕業かと思ってしまうような脈絡のないレパートリーだ。
ただ、これだけあってもまだ一部でしかない。それ以上の知識を必要とし、活かしているからこそランドソル中のギルドの中でも頭一つ抜きん出ることができている。
もっとも、ランドソルにおいてギルドに所属することは戸籍を得ることと同等であり、半ば義務であるため、全てのギルドが採算重視というわけではない。むしろ、採算が取れているギルドを数えた方が早い。加えて、手広く様々な事業に食い込むだけでなく、いずれにおいても業績を上げている【メルクリウス財団】が珍しい。
それはひとえに、メンバーが優秀だからだ。
ギルドメンバーの経歴は様々だ。
ギルドマスターのアキノは天然お嬢様だが、生まれついての商才が生み出す無茶振り……直感の発露はそのことごとくが様々な意味で大当たりする。
その無茶を支えるのは独自のネットワークを持つ猫獣人のタマキによる情報収集、ウィスタリア家で経理を担当していたユカリによる緻密な管理、そして戦闘も難なくこなせる実務担当のミフユによる、極めて効率を重視した行動計画があってこそだ。
彼女達は自分が持つ能力を十分に理解している。理解できているからこそ成功を収め、この広いギルドハウスを維持できている。
……とはいえ、常勝とは行かないのがビジネスだ。正直、アキノの実家、ウィスタリア家の資産や人材を借りなくてはならないほどの失敗をしたことも多々ある。
だからこそ、できることに関しては完全を目指す。常に万全を期し、取りこぼしをしないようにする。勝率を高めるための努力を怠らない。使える手はあくどい事以外であれば何でも使う。
例えば、このギルドハウスも彼女達の打てる手のひとつだ。
執務スペースを奥に押し込み、それ以外のスペースはサルーン兼ドローイングルームとして来客用に開放している。広いと言えども、流石にカントリーハウスのように専用の部屋を設えることはできなかったとはいえ、この場所こそ優位となるよう整えられた戦場、否、
広く取られたその空間は、見る者が見れば息を呑み、気後れしてしまいかねない品で溢れている。
例えば、入口近くに置かれているマントルピース調のコンソール。パッと見そこまで変わったものではないが、その表側には細かい意匠の彫刻が施されている。板材が薄く、花瓶程度しか置けないコンソールにこの手の彫刻を施すのは相応の腕が必要となるため、それなりに値が張る。
加えて、ドローイングルーム中央に鎮座している総本革張りのソファ。座り心地は言うに及ばず、肌触りの良さ、そして吸い付くような質感だけでも逸品であることが分かる。年季も入っているようで、座面には色合いの偏りが見えるも、本革のソファはこの色合こそ味わいだ。それだけでも十分だが、一番のポイントは素材だ。なんと魔物のミノタウロスの革を使用しているのだ。
~ミノタウロス~
さらなる力を得た牡牛座の魔星獣。力の限界を超えた戦斧の一撃が全てを破砕する。
それは伝説クラスの魔物を打倒できる武力と、ソファにできる胆力、そのために加工する伝手、その伝手を動かす交渉力、そして首を縦に振らない相手や異論を挟む相手を札束で殴って言うことを聞かせる経済力があることを示している。
正直、そんな魔物の革を加工してまでソファに使用しているのはどうかと思うが、その疑念を抱かせることこそが目論見だ。
何しろ、ソファという物証があるのだ。あらゆる覚悟を決めている、と信じるに足りる。
……その覚悟もどうかと思うが、ここランドソルにはもっとやべーやつが事欠かないので気にしない。
更にもっとわかりやすいものとして、そのソファからも見える採光用の巨大な一枚ガラスだ。
それは執務スペースの隣、メンバーの休憩や簡単な打合せ、四方山話を行うためのスペースにある。緊張状態を維持したままでは効率が悪いと主張するミフユの意見を採用したその場所は、ギルドに関連するあれこれの持ち込みは厳禁となっている。鯛焼きもNGとなったことに頑強な抵抗があったものの、タマキ以外の諒解があればOKということになった。
話を戻して。
それなりに普及してきたとはいえ、それでも透明度が高いガラスは未だに高級品だ。そして、大きくなればなるほど高額になる。しかも指数関数的な上昇をするため、巨大なガラスはそれだけでも資産、否、壊れやすさを考えれば巨額の負債とも言える。
それでも尚、商談スペースに採用している理由は、単純に相手を威嚇するためだ。
そう。
商売は戦。
ビビった方が、負けなのである――
そんな、知る人が知れば萎縮どころかドン引き必至の空間にある、尻を乗せることすら憚られるようなソファの上。
「うううううううー!!」
豪奢な薔薇色の長髪を高い位置でひとつに纏めた女性、【メルクリウス財団】のギルドマスターであるアキノは、
「あうあううああああー!!」
うつ伏せになり、足をばたつかせながら、
「わあぁあん」
人目をはばかることなく慟哭していた。
それを傍目で見ているのは同じく【メルクリウス財団】のメンバーである猫獣人のタマキ、人間のミフユ、そしてエルフのユカリだ。
感情の起伏が大きめのアキノが高笑いするのは日常の一部なので慣れ切っているが、泣き声は初めてだ。そのため、どうしていいかが全く分からず、ビビってしまって誰も対応できない。
加えて、この状況を作り出してしまった遠因について関与していることもあり、声をかけにくいのだ。
アキノは激情家であり、素直で高潔だ。必要であれば敵に塩を送る、という故事を地で行く。その上で凌駕してみせる、と豪語しているのだから凄まじい。それだけの実力を持っているが故に、正面からぶつかり、雌雄を決する事を良しとしている。実力者ゆえ、策を弄する必要、そしてその思考がないのだ。
だから、搦手に非常に弱い。加えて、人の悪意にさらされることに慣れていない。
そのため、内政全般に秀でたユカリは冷静な判断を促すストッパーとして、実務に長けたミフユはあらゆる挑発をいなす護衛として、彼女の父からあてがわれた。タマキの参入は偶然に等しいが、アキノは自分に足りない部分を補える人材だと直感で理解したのだろう。
事実、人の懐に入るのは得意なタマキが馴染むのは早く、数日もすれば遠慮や謙遜、引け目を感じることもなくなり、嬉々として義ぞ……ファントムキャッ……ええと、ギゾカツに誘うまでに至った。
そのため、アキノの考えていることなど、
「まるっとお見通しなのにゃ」
タマキは顔を決め、ビシィッ、とアキノに指を向ける。
すると、その動きを予期していたかのようにぴたり、と泣き声が止む。突然のことに皆が思わずソファの上を注目するや、がば、とソファの上、赤い物体が飛び跳ねる。
そして、顔をぐしゃぐしゃにしたアキノは叫ぶ。
「み゛な゛さ゛ん゛し゛っ゛て゛ま゛し゛た゛の゛ね゛ー゛ー゛ー゛っ゛!!」
その絶叫に、
「にゃ!?」
タマキは驚き。
「な!?」
ミフユは目を見開き。
「えぇ~……」
ユカリは頭を抱える。
恐らく、タマキは理解できていない。そして、ミフユは久しぶりに聞いて、即座に翻訳は出来ていないだろう。ということは、理解できているのは自分だけだ。
アキノの叫びは非常に端的だが、そのままの意味ではない。彼女が使ったのは貴族言葉と呼ばれる、本来の意図を隠して会話をするために使う独特な言い回しだ。
その時の状況や相手の立場、人数や場の雰囲気などを考慮して使用されるため、同じ言い回しでも異なる意味合いになるという、非常に厄介な疎通手段だ。
とはいえ、慣れると端的に言外に含ませた意味を伝えられるため、貴き身分が好んで使う。というか、使っているのは貴き身分だけだ。
ウィスタリア家は貴族ではないが、商売の相手には貴族も含まれるために使える。アキノは苦手だがもちろん使える。そして、元聖騎士であり、ウィスタリア家の経理を担当していたユカリも使える。
ただ、ミフユは理解はできても使えはしないだろう。それと、タマキは庶民の出なので即座の理解はできないだろうが、アキノの真意は理解できているため、多少時間はかかっても言わんとすることは伝わるだろう。
とはいえ。
久しぶりの貴族言葉に、ユカリも一旦翻訳をしなくてはならない。
つまり、先の言葉に込められている内容としては、
「み゛な゛さ゛ん゛し゛っ゛て゛ま゛し゛た゛の゛ね゛ー゛ー゛ー゛っ゛!!」
(訳)私をのけ者にしただけでなく、黙って話を進めて、あまつさえタマキさん名義でスポンサードしていたなんて聞いてません。私のギルドマスターとしての立場をどう考えてますの、この泥棒猫!!
となる。
アキノにしては珍しく、かなり強い非難を含んだ物言いだ。その事実に、ユカリは眉を中央に寄せる。
「タマキさん名義でスポンサード」というのは先日、【
だがそれ以上に、その騒動に協賛を求められたにも関わらず、出すことが出来なかったことに対して憤っているのだ。
アキノは本当に高潔だ。そして勝敗に異論を挟まずに飲み込むことができる。
これはユカリの勝手な思い込みだが、既に参加できなかったことには諦めというか、気持ちの整理はできているのだろう。そうではなく、親友にしてライバルのサレンの応援が出来なかったことが悔しいのだ。
かつては苦手だった貴族言葉を使ったのも、貴族であるサレンに対するメッセージとしている……んじゃないかと思う。苦手なのにわざわざ使うなんて、それくらいしか理由が思い浮かばない。
(厄介な人ね)
内心で苦笑する。
まだ状況を飲み込めていないタマキが、繕うように口を開く。
「ア、アキノの言わんとしていることは分かるにゃ。アキノの意思は立派にゃ。
でも、今回はあたしの上役、【動物苑】のおえらいさんからのお願いだったにゃ。それに対してアキノが、更に言うと【メルクリウス財団】名義で協賛を出すのは絶対にダメにゃ」
言いながら、顔前で両手をクロスさせる。
そう。
今回の騒動はアキノが苦手とする搦手案件だった。しかも、タマキにも未だ全貌は分かっていないほど、様々な勢力の多様な思惑が複雑に入り組んでいる。
タマキはアキノに説明するために、勢力の整理をする。
まず人間側勢力として、【プリンセスナイト】のトップとも言える【
双方とも貴族、しかも王宮に出入りできる王侯貴族だ。
ちょっとでも問題行動をとりようものなら、あることないこと吹聴され、ランドソルにいられなくなることもあり得る。否、反逆罪で一発昇天もありうる。この二人は良識があるので考えにくいが、だからといってゼロではない。
……この時点でパワーバランスが完全におかしいことは気にしないでおく。
次に、獣人側の勢力である【動物苑】傘下の最大勢力である【
マホはそれなりに高貴な出身で、礼節はしっかりと叩き込まれている。そのため、【動物苑】の対人間勢力の窓口を担うことができるという、相応の立場の存在だ。
そして、マコトの両親が営む居酒屋はユカリの行きつけの店のひとつだ。少々荒っぽい雰囲気はあるものの、お酒に合う料理を出すと評判だ。そのため明け方、ユカリが毎回道端に落ちているのでミフユが回収しに行く。
お酒を扱うお店は昔から発言力がある。その昔ながらのお店出身なので、下手をするとランドソルではマホと同等の発言力がある。
つまり、ランドソルの獣人社会の顔役のひとりの関係者といって差し支えないのだ。長く獣人居住地区にいるが、つい最近知った。
……もうやだ。鯛焼き食べたい。
【トゥインクルウィッシュ】のメンバーであるユイは、今回の案件においてはあまり重要視していない。妹分のひとり、ヒヨリが参加しているものの、それよりも重苦しい種族問題を抱えている魔族のレイがいる。
そのため、どの勢力とも距離を置いている中立的なギルドという立ち位置にあるためだ。
そして、【メルクリウス財団】も中立を貫いているギルドのひとつだ。
これはタマキが参入したから、ではない。当初からの方針だという。
中立ということは、どの陣営からも声がかかりやすい立場だ。多少の肩入れをしたとしても、次回以降にバランスを取ればいい。
ただし、かなり繊細な調整を行わなくてはならない。それを行えるのが、ユカリとミフユだ。
ユカリはともかく、意外に思われるかも知れないがミフユは極めてバランス感覚に優れている。稼ぎの効率を重視した結果、雇用主と労働者の求めるラインを見極める必要に駆られた。その応用で、利害関係にある双方の仲立ちができるようになったのだ。
(ミフユの場合、双方がギスギスしていると効率が悪い、って理由ぽいから怖いにゃ)
本来、その手のバランスは様々な力関係から生じる。それを、効率が悪いの一言で片付けるミフユが特殊過ぎる。流石生粋の戦闘系。
……逃避しすぎにゃ。
この依頼が正規の手続きを踏んでいることも、タマキにとっては頭が痛い理由だ。
話を持ちかけてきたのが獣人側の【動物苑】。タマキを通じて【メルクリウス財団】に依頼が来ている。
飲食系の事業に関してはタマキが取り仕切っているため、窓口としては間違っていない。ただ、【メルクリウス財団】の名前を出す場合はアキノを通さなければならない。ここが一番のネックだ。
アキノ個人が出すならばそこまでの大事にはならない。問題はアキノの性格だ。
アキノは名乗る時、常に本名であるアキノ・ウィスタリアと名乗る。実家を出て、【メルクリウス財団】のギルドマスターとして活躍している今でもだ。
つまり、【メルクリウス財団】はウィスタリア家とつながりがあることをひけらかしていることになる。
(まぁ、実際につながりというか癒着というか困った時に泣きついてるにゃ)
アキノ個人が実家に助けを求めることは多々ある。そして父親はアキノに非常に甘い部分があるため、素直に応じている。といっても、あくまで父娘としての関連として、だ。
それ以上の、例えば資本を介した場合は双方で契約書を取り交わしている。そのため、きちんとお金や物資のやり取りは発生している。ただし、内容はかなりガバガバで、債務に関しても無期限だったり機材の貸与にしても一定期間経過で権利消滅したりと、家族同士のやり取りに見えてしまうが、要は体裁として契約が成り立ち、実際にモノやカネが動いていればそれでいい、という認識らしい。その辺はユカリの担当分野なのであまり突っ込まない。タマキも恩恵に預かっていることもあるので、素直に感謝している。
つまり、【メルクリウス財団】はウィスタリア家の出先機関だと思われている、ということだ。
仕事はやりやすくなるが、イメージ戦略としてはあまりいい方法ではない。
風評に関する対策をしてこなかった、というよりはアキノが気にしなかったこと、ユカリは門外漢でミフユは名声の一種だと捉えていたこともあり、この認識は概ねランドソルでは定着していると思っていい。タマキが気付くのが遅かった、というのもあるが、マイナスにはならないと放置してきた。
外的要因になってしまうが、今回のような法人としてのメンツなのか個人の因縁なのかが分かりにくい案件の話が来なかったことも大きい。
結果、これからイメージを覆すことはかなり困難であり、そうなると今後の経営計画をまるっと変更しなくてはならない。取引先もあまりいい顔をしないだろうし、何より収益が確実に落ちる。
そんなことになれば、
(アキノの場合、そんなことになっても「ゼロからの再出発ですわ!! さぁ行きますわよ!!」なんて、目を輝かせそうだにゃ……)
……鯛焼き食べたい。
今回の騒動は、意図せず人間対獣人の構図になってしまっていることが最も大きい問題だ。
内情はそんなギスギスしたものではなく、加えて結果もペコリーヌの一人勝ちなので、参加者が誰一人として得をしていない。ある意味やべー騒動だった。
だが、悪意を持っている者が見れば、両勢力の権力者同士の代理戦争に見えるのだ。
ユイやユウキも参加している、と言っても、それはカムフラージュだとか人間側の勝利を確実なものにするための工作だなどと言ってくるわけだ。
そんな騒動に、【動物苑】から協賛の依頼を受けたアキノが快く応じた、となれば、
(……人間側からは『裏切り者』と謗られかねないにゃ)
これまで積み上げてきた信頼が崩壊する。
……再び脳内アキノが超全力全開☆ お嬢様ストライク!! なことを叫ぶが無視する。
獣人側とは取引が増えそうだが、人口比は圧倒的だ。多少増えたところで減った分の補填にすらならない。
つまり。
今回の案件において、【メルクリウス財団】として明確な利益を得られるならともかく、アキノが望んでいる無私の協賛はできなかった。
ここでもう一つ、タマキが鯛焼き食べたい事態が発生している。
先程も触れた通り、今回の依頼は正規の手続きを経ている。依頼主は獣人社会のまとめ役である【動物苑】。そして、その窓口は猫獣人であるタマキ。
つまり、お願いの名を借りた強制執行なのだ。上役からの頼みを、下っ端のタマキには断ることができない。だからといって今の自分の上役であるアキノには回せない。
結果として、タマキが私財を投じることでなんとか収めた。もちろん、【メルクリウス財団】からの援助はないし、協賛先は勝手知ったる面々しかいないので広告効果も望めない。通称大損だ。
(……次のギゾカツ、全部あたしの懐でいいかにゃ)
そこまで思い込むほどの散財だ。
更にもう一つ鯛焼きが増える事態がある。
それはタマキ以外の協賛者である、カヤの存在だ。
喧嘩屋カヤ。揉め事に頭を突っ込み、あるいは金銭授受により物理的に解決するドラゴン族の少女だ。
喧嘩屋を掲げるだけあり相当の腕前だが、本人の性格は明るくさっぱりとしている。理不尽な暴力を振るうのではなく、きちんと筋を通して殴り合うところがあるので、「俺より強い奴に会いに行く」タイプなのだろうとタマキは見ている。
そのカヤ本人はこの際あまり関係ない。問題は彼女が所属するギルドだ。
その名は【ドラゴンズネスト】。ドラゴン族のみで構成されているという事実以外、何も知られていない。
表向きはギャング、ロンクーファミリーとしておしぼり代やみかじめ料、テキ屋のシノギなどをこなしている。冬でも半裸でナイフを舐めているような手下がいるのでお子様には見せられないが、大々的な摘発が行われていないことを見ると、必要悪のような扱いのようだ。
実際、ロンクーファミリーの縄張りの治安はそれなりに安定しているし、活気もある。いざこざも起こしていないし、脅威を感じるほどではない。
だからといって、ギャングという存在を認めるわけにはいかない。彼らが悪事を働いていなくとも、同様にギャングとして暗躍している連中はいる、という連帯責任のようなものだ。ただ、彼らが自身をギャングと認めている以上、治安を司る面々としては取り締まる名目が成り立ってしまっている。
何より、そんな連中と利害関係にある、と知れた時点で取引先との信頼は消し飛ぶ。
……再び脳内アキノがお嬢様エンドバースト!! なことを叫ぶが無視する。というかある意味本当に極大ダメージ食らって終わってしまう。
タマキが悩んでいるのはそれだけではない。
そんな危険な相手に、一体誰が声をかけたのか。そして、なぜ協賛に応じたのか。カヤ個人の考えなのか、はたまたロンクーファミリーが名義隠しに利用したのか。【ドラゴンズネスト】の思惑が関わっているのか。それとも、本当にただの偶然なのか。
ドラゴン族は一応獣人に分類されるものの、とことん数が少ないために現状三名しか確認できていない。しかも全員が【ドラゴンズネスト】関係者だ。誰かに話を聞けば必ず漏れる。
かといってロンクーファミリーに接近はしたくない。やはりギャングはギャングだ。触らぬ神に祟りなし。藪をつついて蛇を出すこともない。
だが、分からないことには対策が練れない。見事なまでのダブルバインド……あれ、違ったかにゃ? なんだったかにゃ……。
「ミフユー、鯛焼き買ってきてにゃ。100個ほど」
「……太るわよ?」
ともあれ。
タマキの金銭的犠牲もあり、今後の活動に危機を与えかねない組織や集団との接触を最小限にしつつ無理難題をこなしたのだが。
目を据わらせているアキノが、下からタマキをねめつける。
「……それでタマキさん名義、と。
それで私の気持ちが通じると思ってますの!?」
その一言は貴族言葉でないことに安堵しつつ、ミフユはその内容に小首を傾げる。
貴族言葉と気付き、必死になって翻訳していたというのに、庶民で獣人のタマキはあっさりと真意を読み取り、しかもきちんと返したようだ。情報収集が得意なだけあって、コミュニケーション能力が非常に高い。その場の雰囲気を読むことにも長けているためか、状況判断も早い。端的な情報から推測し、言いたいことをぴたりと当てることができる。
(流石ね、ファント……タマキさん)
対して、ミフユは他のメンバーと比較するとワンテンポ遅れることが多い。
弁解しておくと、鈍いわけではない。相手が動くことを許し、それを見てからでも最適な対応を施すことができるため、予備動作をほとんど用意しないのだ。
何十回と反復動作を行うことで身体に覚え込ませる。その結果、最速で最善の結果を生み出せるようになった。
逆に、それをせず予備動作や思考を用意すれば動きが鈍くなると同時、自分の考えていた最善と相手の動きに齟齬が生じた時に「なぜ」に囚われてしまうのだ。相手の頭を覗き込みでもしなければ分からないことに時間を割くことこそ無駄の極みだ。
というより、思考はユカリに任せきりにしていることもある。餅は餅屋。適材適所。脳筋言うな。
さっきの貴族言葉の翻訳は途中で諦めたが、今回は普通の会話だ。なので、ミフユなりにアキノの発言の内容を考えてみる。
アキノの、『それで私の気持ちが通じると思ってますの』という発言からは、
①協賛金を自分が出資できなかったことに対する非難
②協賛金を出すことは自分の気持ちを伝える手段だった
という、この二点を含んでいることが分かる……そうよね?
次に、
③タマキ名義では自分の気持を伝えられない
ということが窺える。
ではここで、
④誰に伝えるつもりだったのか
という疑問が生じる。
先の三つを元に、この④を解き明かす。
アキノが誰かに気持ちを伝える、となると、間違いなく先の騒動の参加者や関係者だろう。
そして、この手のまだるっこしい言い回しの時は比較的親しい相手にのみ向けられる。
アキノはどんな相手にでもズバズバとものを言うように思われているが、ギルドメンバー以外の親しい間柄の相手にはあまり強い言い方をしない。それに、全部言わなくてもわかってくれると思っているようで、きちんと全てを伝えない事が多い。貴族言葉のようでややこしい。
つまり、
(あれ、これ私達向け……? あ、そうだわ。これ私達向けの発言だ)
振り出しに戻……らない。この場において、アキノはミフユ達に問いかけているのだから、この考え方は正しい。となると、この発言は先の叫びに連動している、と考えられる。
結局、翻訳はしなくてはならない。頭の中を覗けないのは面倒だ。
先の言葉を翻訳すると、
「み゛な゛さ゛ん゛し゛っ゛て゛ま゛し゛た゛の゛ね゛ー゛ー゛ー゛っ゛!!」
(訳)私に黙って話を進めた挙げ句、タマキさんがお金出してましたのね。私のメンツはどうなるのです、この脳筋フリーター!!
概ねこんな感じだろ……おい脳筋言うな。貴方だって細かいこと苦手でしょうに。
この発言があって、先の気持ち云々ならば話が通じる。結果的に依頼を反故にしてしまったことへの後悔と、その思いをミフユ達が共有してくれないことに憤っているのだ。
メンツの問題となると少々厄介だ。
今回は【メルクリウス財団】としての協賛が不可能だったのと、今後の【動物苑】との関連を考えて、タマキが私財をなげうったわけだが、
(そうよね。いくら政治的な配慮とはいえ、【メルクリウス財団】の名前を一切出さないことは問題)
顎に指を添える。
実情を鑑みるなら、今回の対応は間違っていない。
だが、内情を見れば失策だ。アキノの、もとより無尽蔵とも言える自信が多少目減りしてしまった。正確には、減ったことが問題ではなく減ったと錯覚してしまうほどのショックを受けたことが問題だ。
これは大いに反省すべき点だ。
ミフユはウィスタリア家の当主、つまりアキノの父親からアキノのことを任されている。それなのにアキノを蔑ろにし、しかも悲しませてしまうとは。
ミフユをはじめ、皆がアキノの豪胆さ、そしてトップとしての包容力に甘えていたと改めて気付かされた。
その観点から考えると、今回の騒動は転機かもしれない。早めに知れてよかった。
もちろん事業も大事だが、今後はアキノの意思をもっと尊重し、大事にしなくてはならない。
ならばまず、やらなくてはならないことをする。
目の周りが赤く腫れているアキノに向き直ると、しっかりと頭を下げる。
「ごめんなさいアキノさん。私が間違っていたわ。これからはもっと効率的に甘やかすから安心して!!」
「なんでそうなるの!?」
なぜかユカリから怒られた。
どうやらミフユは思考が妙な方向に進み、その上で効率化に走ったようだ。
ミフユは行動力だけでなく思考速度もずば抜けているが、たまに暴走することがある。しかも間違っているのにきちんと論理的に組み立てられているので厄介だ。
必ず帳尻をあわせなくてはならない経理の分野では、間違いが生じたまま進めることはできない。経理に限らず、辻褄が合わないので普通は進まないと思うのだが、ミフユやタマキなど、発想が自由な面々ではそうでもないらしい。
物事をしっかりかっちりと進めたいユカリにしてみると、さざなみが起こす、不意に生まれる揺らぎのようなその思考を少しだけ羨ましいと思ってしまう。
が、それはそれ。今は浸る時間ではない。
今のアキノに必要なのは甘やかすことではない。先の発言の真意を問いただし、場合によっては責任を持たせなくてはならない。そのための時間だ。
アキノは基本的にはしつこさがなく、さっぱりとした性格だが、とある人物たちが関わると少しだけ執着心を顕にする。
今回でいうと、そのうちの一人は先に触れたサレン。そして、騎士にしたいと切望しているユウキ。
サレンに対しては対抗の執着を、ユウキに対しては独占の執着を見せる。そのため、今回荒れている原因をきちんと探っておかなければならない。
サレンなら許す。いくらでもやりあってくれ。
ユウキは困る。公の意味での騎士なら許すが、私の意味では絶対に認めない……ではない。それこそ公私混同だ。
……落ち着いてユカリ。まだ焦る時間じゃない。まだ五時前だから開いているのは露店や屋台。
先の貴族言葉はサレンに対する思いだとすると、次の発言もサレン宛て、と考えるのが適当だろう。流れとしても概ね外れていない。
もちろん、ユウキ宛て、ということも考えられる。ただ、それでは辻褄が合わない。
現在、アキノは協賛の話の延長しかしていない。怒りの矛先はタマキに向いていることから、それは確かだ。
ただ、どうしても引っかかる。
タマキがどこからか引っ張り出してきた接待費の領収書が、なんとなくそう見えるだけで実はただ鯛焼きをタダで配り、それを経費に計上している時と同じ匂いがするのだ。
あと、ミフユが設備投資の領収書と称して自分の鎧の整備費を計上してきた時。個人の装備は設備投資にならないとあれだけ言っているのに。一点物なので備品、固定資産の勘定科目になるの。
だから、確認する。
「ねぇアキノさん。アキノさんは誰に対して気持ちを伝えたかったの?」
すると、きょとん、とした顔を見せる。ちょっとだけ目の下が赤くなっていることに、少しだけ心が痛む。
だが、即座に顔全体を赤く染め上げていく。
そして、
「も、もう。言わせないでくださいまし」
……あれェ?
「待ってアキノさん。いいかしら整理するわ。
今、アキノさんが泣いたり叫んだりしたのは、この前の【
頼む。イエスと言ってくれ。
アキノの顔が伏し目がちになるのを見て、頬がひくり、と揺れるのを自覚する。
目の下が赤いとか分からない。だって顔中赤いんだもん。
それで理解した。
ユカリは爆発する。
「ミフユさん、トリアエズナマ!!」
「落ち着いてユカ」
「1,000ルピ。五分以内ならお釣りあげる」
「任せて!! 三分よ!!」
―ランドソル某所。
猫獣人のキャルは不敵に笑う。
「あンのペコリーヌの行動範囲はあの辺り一帯。たまに獣人街にも来るけど、食べるのは決まって入口のケバブや羊の串焼き。見た目と食べごたえが正比例するタイプで足止めされる。つまり、それ以上先には魔物食は少ないか皆無。
そして、これまでの
逆に、
ふふふ……見切ったわ!!」
きょろきょろと辺りを見回しつつ、行列のできている屋台に並ぶ。
コッコロがいると自分の方が年上だからと先輩風を吹かせるものの、実は、この手の店にひとりで並んだことは数える程度しかない。
注文の仕方に少しだけ不安があるため、なるべく人が並んでいるところを選ぶ。それまでに前の人の注文を見て真似るか最悪、「さっきの人と同じで」を使うためだ。
目当ての屋台は広場の入口にあるので一等地だ。並んでいるのはかわいい猫をあしらった飴細工。食べごたえはないのでペコリーヌとの接敵もありえない。
唯一の気がかりとしては、その左隣の屋台だ。巨大な木が邪魔しており、何を扱っているか分かりにくい。しかも、その場で飴を加工しているため、甘い匂いが充満していて匂いも分からない。加えて、並ぼうとしている列の最後尾がその屋台の前まで続いている。
(大丈夫、フラグは何もない)
出掛け、ギルドの執務スペースにペコリーヌがいることは確認している。少々集中力を必要とする経費計算の作業だったから、そう簡単には終わらない。集中力が切れるとまずいので、差し入れと称してクッキーを置いてきた。コッコロには頃合いを見計らってお茶を入れてあげて、と頼んでおいた。こうすればコッコロが監視も兼ねる。
キャル相手だとサボるペコリーヌだが、意外と強情なコッコロ相手では一段落つくまでは動くまい。
つまり、キャルを阻む者は何人たりともいない。
「ふはは、勝った、勝ちましたよ『真那』さま!!」
意気揚々と最後尾に並……ぼうとしたら、青い影がキャルの前を爆走していく。
「きゃ!?」
その青い影には、声が付随していた。
「調子は『最高』!! 内ラチを『さあ行こう』!!」
思わず左にずっこける。
その走り去る背中に、思わず突っ込む。
「確かに!! 確かにそうなんだけど!!」
片頬を膨らませながらも改めて並ぼうとすると、なぜか眼前に列はなく、
「……らっしゃい」
机を隔てて店主と思しきおっさんから声をかけられる。
「……え?」
その表情を言い表すなら、藁にもすがるような思いを顔で表現している、と言われたら間違いなく顔を縦に振る。そこまで追い詰められたおっさんの顔がそこにあった。しかも、ばっちり目が合っている。
ここから、「いやー違うんすよ隣、隣に並ぼうとしてねあっはは」と言い出せる雰囲気ではなくなった。
言えるかも知れないが、残念なことに年下の子や意中の男の子がいない今のキャルに、強い言葉を作るための虚勢を張ることが出来なかった。
「頼む嬢ちゃん、ひとつ、いや、ふたつでいい、この雲飴を買ってくれないか!!」
「増えてるじゃない」
キャルは右目を眇めて、おっさんが手にしている雲飴? を見る。
「……これ、綿飴じゃないの?」
率直な感想だ。多少灰色に近い色をしている点が気になるものの、形はほぼそのままだ。
「似たようなもんだ。いや、隣の飴細工に客を取られちまって商売上がったりでな。ただ、味は保証するぜ」
キャルの手のひらくらいのサイズなので、綿飴と比較するとやや小ぶりなので、食べ歩きには適している。
悩む。
ここまで話を聞いたのだから、買うのはやぶさかではない。ひとつだけだが。
だが、獣人の本能が危機を発している。
これは、ダメだと。
断ろうと口を開きかけた、その時。
「わかった。サービスだ。お代はいらない。実は試験的に展開しているもので、ある程度はけてもらわないとならないんだ。
ただ、一言でもいいから感想を言ってくれればそれでいい。だから貰ってくれ。頼む」
タダと言われ、ますます断りづらくなった。それに、一言でいいなら簡単な話だ。
果たして。
「……わかった。もらうわ」
キャルが折れた。
どうせタダだ。お金は使っていないから、食べ終わったら目的の屋台に並べばいい。
綿飴の要領で、小さく口を開け、前歯でむしるようにして口に入れる。
「……あ、砂糖はまぶしてあるだけなのね」
口の周りがベタベタになる心配はなさそうだ。
綿飴とは異なり、口の中では溶けないようなので軽く咀嚼する。
「ふむ」
甘いが、飴ほどの甘さではない。スポンジケーキだけをそのままかじっているような、重さを感じさせない食感だ。あっという間に食べきってしまう。
それに、大きさの割にあまり食べた感じがしない。正直、物足りなさを感じる。このくらいなら子供がひとりでも食べ切れる。それに、大人も小腹を満たしたから他の屋台を覗いてみるか、という気にさせられそうだ。
味も、コンセプトも悪くはない。悪くはないが、なにか引っかかる。
彼女は知らない。
某アイドルのプロデューサーが副業として始めた、映える魔物食を扱う屋台がいくつか存在していることを。
そして、今彼女が手にしているのはイチオシ、綿飴にしか見えないエルダークラウド飴であることを。
更に、オブザーバーとして彼女のギルドマスターが関わっていることを。
もひとつついでに、今日彼女が処理しているのはギルドの経費ではなく、その企画書であったことを。
(ナレーション:青山 穣)
獣人、女性、10代半ば
「美味しくいただきましたー。わー魔物だったなんてびっくりー☆
……ぶっころすわよ!!」
ジョッキ片手のユカリの前には、ソファの上に正座したアキノがいる。
その表情はいつもの通り、口角が緩く上がった、勝ち気で自信に溢れたものだ。眉も先程とは異なり、高く上を向いている。その下にある菖蒲色の瞳からは、これから説教されるとは微塵も思っていないことが窺える。
実際、ユカリも説教する気はない。元聖職者としての義務から行う説法のようなものだ。結果として説教になるだろうが。
「アキノさん。あなたは誰ですか?」
すると、正座しながら胸を張る。でかいが揺れない。流石【カルミナ】のツムギさん。ただ、あの店の名前全然覚えられないのよね。
「私はアキノ・ウィスタリア。大陸随一の大商家ウィスタリア家の娘ですわ。
皆さん、当然ご存知よね」
「ギルドメンバーに何啖呵切ってるにゃ」
「アキノさん、昼からお酒はちょっと」
え、飲んでるの? ず~る~い~私も!!
「ユカリさん。貴方の左手には何があるの?」
ない。
「おかわり!!」
再びミフユに1,000ルピを渡すと、満面の笑顔で出ていく。
「はい生一丁!!」
ぐびり、とあおる。キンキンに冷えているだけでなく、泡も立ちすぎず潰れすぎずと、適度でちょうどいい。走ってきたのに流石だ。ドラゴンすら屠れる戦闘能力はもうちょっと違うところで使うべきだが、こうして平和利用できることは素晴らしい。
喉を潤してから口を開く。
「……で?
しょのアキノさんはぁ~何をしたかったんですかぁ~」
答えはわかっている。わかっているが、こればかりは本人に自覚してもらわなくてはならない。
「そんなこともわからないんですの? 私は……」
途端、歯切れが悪くなる。両の眉尻が下がり、菖蒲色の瞳も半ばに閉ざされる。明確に困りました、という顔だ。
商人がそんなわかりやすい顔芸をするとは、と思われるだろうが、アキノの場合はこれが正解だ。性格上、隠そうとすれば露骨になり、余計によろしくない。だったら最初からコロコロと表情を変える。そうすれば
素直に受け取らないのが商人というものだ。だったら有効活用する。それがアキノの天賦の一端だ。
ここではあまり関係してこないのでアキノはその顔のままユカリを見、口を動かす。
「……」
だが、何も言わずに再び顔を伏せる。
そして、少しだけ眉を立てる。
「ほんと、何してるんでしょう……」
気付いたようだ。
ユカリはこっそりと酒臭い息を吐き出す。
要は、アキノの方向音痴がこんなところでも発揮されただけだった、ということだ。面倒くさいが、きちんと自覚しているかしていないかで今後の流れが決まる。
そして、実際にどうしたいかを明確にしなくてはならない。
だから、畳み掛ける。
「つまり、アキノさんはユウキくんがす、す、す、」
その先が言えず、左手を口元に持っていく。
……なかった。
ミフユがにこやかにこちらを見ているが無視する。渡したお釣りで一本買えてしまうのだからもう支払いたくない。
だから、意を決する。
「す、す、すいれっ」
「なんで『あの忍者』みたいな噛み方にゃ?」
言わないで。
「1,000ルピ頂戴!!」
効率すぎてもう露骨。
「睡蓮? 睡蓮がどうしたんですの? そういえばユカリさん開花おめでとうございます。
ユニオンバースト、睡蓮の花みたいでしたわね」
ありがとうアキノさん。好き。あ言えるわ。言ってない。思っただけ。
そのままの勢いで、続ける。
「アキノさんはユウキくんが好きなの?」
その場の空気が、分かりやすく止まった。
タマキはぱくぱく、と口を動かし。
ミフユは手を伸ばし、にこやかな笑顔のまま固まる。
そして、当のアキノはというと。
「あの……サレンさんや他の方がよく口にしてらっしゃるし、私も決して興味がないわけではないんです。
けど私、実は好き、という感情がよくわかっていないんですの」
これまたぶち上げてきた。
……これまでサレンと展開してきた甘酸っぱい空気はなんだったのか。え対抗心? すごいわー対抗心だけで出せる?
「ユウキさまは素敵な男性だと思いますわ。私個人の騎士になっていただきたいとは思っておりますの。そこに嘘偽りはありませんわ。ただ、それはあくまでそばにいて、私の手助けをしてほしいだけ。もちろん、パートナーとして寄り添ってほしいというのはありますけど、その、商売の延長というか、近くにいてくださるだけでいつもの倍以上頑張れるんです。
たまに近郊に出掛けたり、街でぶらついたり、というのにも憧れますし、やってみたいと思いますわ。でも、それ以上の、ええと……て、手をつないだり? そんなのはまだ望んでませんの。
ええと、つまり……今は私のそばにいてくれたらそれで十分なんですの」
わー早口長ーい。それより、
『思ったより健気ー』
男女の仲のような不確かな関係ではなく、気兼ねなく接することができる、緩くてもいいからしっかりとした関連を望んでいるようだ。
まだまだお子様、というよりはあまり人間に深入りしてこなかったためなのかもしれない。
ウィスタリア家の名前は強大だ。幼少の頃から、打算のために寄ってくる者ばかりだったのだろう。そのため、ある程度選定された人間が友人としてあてがわれたのではないだろうか。
例えば、いくらアキノがわがままを言っても笑って許すよう仕込まれていたり、アキノやウィスタリア家に対して悪いことを言わないよう教育されていたり。
あくまでユカリの予想だが、だとすれば、確かに先に提示した関連はアキノの理想であり、焦がれるものなのだろう。その先、男女という相違を理解すれば感情が絡んでくるのだが、まだそこまでは届いていない。
つまり、ウィスタリア家のご令嬢はまだまだ発展途上、ということだ。
それに、古くからの付き合いがあるというサレンが近くにいるのも関係しているのではないか、と思う。
先の関連は、何もユウキではなくサレンでもいいのだ。ただ、サレンの場合は同性であり、そしてサレンもアキノ同様、不器用で強気な部分がある。支え合うよりは張り合うことで互いを高め合える相手だと理解できているのだろう。
その点、ユウキは足りない部分が多すぎる。いくら自分が足りなくても、不足しすぎているユウキをカバーすることはできる。そして、ユウキは包容力があるのではなく、ザルすぎてなんでも受け入れてしまう。
アキノが求めているのは、自分の弱いところを認めてくれる存在で、それがユウキだった、というところか。彼の、時々突飛過ぎる発想や行動は、彼女にとっていいインスピレーションにもなっていることも無関係ではないのだろう。
「意外といえば意外にゃ。
アキノには所有癖があると思ってたにゃ。好きなものとか、気に入ったものを手元に置いておきたい、みたいな」
分かる。すごく。
「商売や事業でならありますけど、人間ではありませんわ。だってモノじゃありませんもの」
……まあ、そういう反応になるだろう。
そこでアキノはちらり、とユカリを見る。非難と自省が入り混じったその視線に、嫌な予感がする。
ユカリの狼狽に気付くことなく、視線を逸したアキノは口を開く。
「いえ……なくはないですわ。
でも、その、たまにユカリさんが読んでらっしゃる恋愛ものの雑誌に書かれているような、その……」
そして、頬のみを赤らめる。
「優しくて面倒見のいい年下の男の子に所有されたいって気持ちは流石にありませんわ」
「わ゛た゛し゛の゛し゛ゅ゛み゛ー゛っ゛!!」
(訳)違うの言い訳させて? 彼にはいつもだらしない私しか見せていないでしょ。で、そういう時に「お前は俺の物だ」って言われたいの。叱っているように見せて、実は何かあったら不安でしょうがないから強気に振る舞って独占欲出してくることがあってもいいかなぁって……いいじゃないクリスマス一緒に過ごしたんだから少しくらい夢見たってー!! 年下趣味なんじゃなくて私に優しくしてくれる彼だからいいの!!
「だ、大丈夫にゃユカリ!! ミフユはもっとひどいにゃ!!」
「ちょ!! やめてよタマキさん!! 人をアタオカみたいに!!」
「アタオカにゃ!! 重婚OKって、何をどうしたらそんな発想になるにゃ!?」
「だって独占は非効率じゃない? だったら勢いと効率で押し切れる複
【検閲】
※本作品は原作に忠実を目指しておりますが、多少ならともかく、完全な逸脱かつ18禁展開はNGとしております。ご了承ください。
アキノは顔を赤らめたまま、取り繕うに言葉を並べる。
「いえ、その、無理やりというのはアレですけど、ちょっと強引な感じは、まぁ……塩梅にもよるんですけど松竹梅でいうと」
ゆっくりと顔を上げ、口を開く。
「松ですわ」
「だよね!!」
「えー、ユウキにそれを求めるにゃ?」
「それは深刻な解釈違いだわ」
いつものようにぎゃあぎゃあ、と喚く面々を見ながら、アキノは胸の奥につかえていた重苦しいものが消えていることに気付く。
「誰かに話すだけでこんなに心が軽くなるなんて」
思えば、ギルド内でユウキについて話をしたことはなかった。そして、皆がどう思っているかも知らなかった。インモラルは少々控えてもらうとして。
長い付き合いなのに、今回が初めてのことだったとは。
「ふふっ。流石ユウキさま、ですわ」
おかげで、皆の心中を知ることができた。
アキノは緩やかに笑う。
それは、これまでとは異なり。
「皆さんのことが知れて、とても有意義でしたわ。
……ええ、とっても」
商人が利益を確定させた時にのみ浮かべる、悠然とした笑み。
それは、激情家で顔芸ができないと散々言われているアキノが、商人として取り繕うことなく作れる、唯一の表情だった。
登場人物
アキノ
ヒロイン。ヒューマン。金銭感覚おかしい系。一球50万。☆五。
見た目通りの感じ。人望が厚いというよりは多少人たらしが入っている。サレンとは良きライバル。商売も恋も。
ユウキを自分の騎士にするという野望を持つも、最近もっとわかりやすくした方がいいんじゃないか、と考え始めた。
タマキ
ヒロイン。猫獣人。またの名を義賊ファントム……ナ、ナンノコトダカサッパリニャ。
きちんと語尾を統一している本格派。ビジネスにゃんことは違うにゃ。とあるリゾートでユウキに自分とミフユとの重婚を認める。
ユウキは変わった子だが気に入っているし、女の園でだらけるのはちょっと……論理的にオトコ要るでしょ? と考えている。
ミフユ
ヒロイン。ヒューマン。フリーt……ドラゴンスレイヤー。というかFFの竜騎士。効率厨乙。
内職から戦闘、工場でのバイトリーダー、身元詐称で代走など、契約と金が払われている限り決して裏切らないパイナップルなアーミー。
ユウキを専有できないのはちょっと心残りだけど、諸々考えたらシェアした方が効率いいわね!! と考えている。
ユカリ
ヒロイン。エルフ。元聖騎士にして経理担当。頼れるけどちょっと天然入ってる隙のあるお姉さん枠。酒さえ入らなければ。初めての☆六。ただし同タイミングは他に二人いる。
常に冷静沈着、暴走しがちな他のメンバーを諭せる縁の下の力持ち。酒さえ入らなければ。
ユウキにお持ち帰られたいと考えている。