ティアナ様は告らせたい~少女(一部女性含む)たちの恋愛頭脳戦~   作:アルブレヒト・ミュンヒハウゼン

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ヒヨリは聞き出したい

「ヒヨリ、頼みたいことがあるんだ」

 【トゥインクルウィッシュ】のメンバーであり、ソルの塔の最上階を目指す仲間であるレイにそう切り出されたのは、【自警団(カォン)】で開催される料理勝負の前日のことだった。

 

「スポンサー?」

 聞き慣れない単語に、ヒヨリは小さく首を傾げる。

「今回の料理勝負に協賛してくれる個人のことだよ」

 レイから丁寧な説明を受けるが、言葉の意味はわかる。ヒヨリが疑問に思ったのは、なぜそんなものを募るのかが分からないことだ。

 というのも、ヒヨリの認識としては、

「今回【自警団(カォン)】でやるのって内輪でやる料理会、みたいなものだよね?」

 安全安心の大会のはずだ。

 対するレイは、軽く俯きながら口を開く。

「実は、ちょっと規模が大きくなって来たんだ。というのも、ペコリーヌがシャークヘッドレイ退治に向かってしまったらしくて、それに合わせて、というか見劣りしない食材を用意することになったんだ」

 シャークヘッドレイは確かエリアボスだ。物理由来の全体攻撃だけではなく、全防御力減退、魔法由来の攻撃も仕掛けてくる強敵だ。優秀な耐久役兼攻撃役(タンクアタッカー)のペコリーヌでも苦労は必至だ。

 だが、

(……ペコさんだけじゃなくて【美食殿】のみんなで狩りに行くなら大丈夫か)

 特にユウキによる全能力強化があればそこまでの苦戦はないだろう。

 なので、そっちは今のところいいとして。

「エリアボスに見合う食材って……よくわからないけどきっと高いお肉とかそんなのだよね? すっごくお金かからない?

 ……あ、そういうことか」

 自分で言って、やっと理解する。というか、そこまで説明を聞いていなかった。

 レイは苦笑しながらうなずく。

「ああ。【自警団(カォン)】が全部出す、と言っているらしいんだけど、それは悪い。何しろ、ユイが言い出したようなものだからね。

 大口は【サレンディア救護院】と【王宮騎士団(NIGHTMARE)】、それと【トゥインクルウィッシュ(うち)】が担う」

 言われた内容に、

「えっ?」

 思わず声が漏れる。

 

 忘れているかもしれないが、【トゥインクルウィッシュ】のギルドマスターはヒヨリだ。そのヒヨリに一言も相談もなく、ギルドの名前で協賛するのはいくら気心知れた仲間であっても、い、い……イカンノイヲヒョウスルヨ?

 ヒヨリが構えた遺憾砲の照準に気付いたのか、レイは慌てて首を横に振る。

「違うよ、ヒヨリ。名義はギルドだけど、実際はユイが私財を投入する。

 ……政治、ってわけじゃないけど、言い出したユイが所属するギルドが少額なのは体裁が悪い。逆に、ユイ個人が大口の協賛をしても、ギルド名を使う相手と比較されてしまうと、【トゥインクルウィッシュ(うち)】の格が落ちてしまう」

 ……ナルホド? ダイタイワカッタ。

 分かったんだけど、一応聞いておく。

「……内輪でやる料理会なのに?」

 

 ヒヨリは派閥だの政治だのは一切分からないし、たぶん今後もあまり関わらないと思っている。関係がないというよりは興味がない。そんなことより困っている人に手を差し伸べた方が世の中のためになると思う。

 もちろん、ヒヨリだってある程度は必要なことなんだとはわかる。ただ、それに囚われて物事がうまく進められないなら、そんなものはいらないじゃないか、などと思ってしまうのだ。

 ましてや、皆ほとんど顔見知りで行う料理会だ。そんなのに政治だのメンツだのを考慮しなくてはならない理由が分からない。

「私もそう思うよ……。でもね」

 再びレイが息を吐き出した、その時。

 

「甘いよッ!!」

 

 元凶の一翼であるユイが吼えた。

 その表情には普段の柔らかさはない。

 否。

 戦いの際に浮かべる、常に最善を尽くし、その結果を自身の責任と受け止める覚悟をした表情だ。

 

 ユイは後衛、しかも攻撃主体のこの世界においては稀有とも言える、癒し手を主とする魔法職だ。目の前の敵に攻撃を当てることだけに集中していればいいレイやヒヨリとは異なる。

 攻撃するのか、補助するのか、それとも回復するのか。刻々と変化していく戦況を見極め、瞬時に判断しなくてはならない。

 自分の判断が一歩間違えば、仲間は一気に危機に瀕する。

 自分の決断が一歩遅ければ、仲間が喪われてしまうかもしれないのだ。

 ユイは、それを自覚している。

 もちろん、レイやヒヨリの失策もある。いくら戦闘慣れしていても、否、慣れているから生じるミスもある。いくら格下の魔物であっても、たった一つのミスで敗北することもあり得る。

 それでも、その失敗を見込めなかったのは自分の所為だと断じ、再び生じないように徹底して対策を講じる。

 その覚悟を、レイ、そしてヒヨリも尊重している。

 だから、ユイがやる、と言い出した時にはどんなサポートでもやる、と誓ったのだ。

 

 とはいえ。

 今回のはちょっと違うよなぁ、と思う。

 ユイは基本的に柔和で優しい。つい考えなく先走ってしまうヒヨリや、出す結論が極端なレイを諌める役目を担っている所為か、常に冷静に物事を見ている。

 だが、ユウキが関わると照れまくり、冷静さを欠いて逃げを打つ。それで済めばいいのだが、時折今回のように暴走する。

 ……まぁ、ユイがやりたいと言い出したことだから尊重はする。確かに戦いだし。

 だけど料理だよね? 別に命の取り合いなんてないよね? 戦闘する時と同じ覚悟って……いる?

「ヒヨリちゃん。確かにその通りだよ。でもね」

 少しだけ表情を緩め、笑みを浮かべる。

 だが、

「騎士クンを巡る戦いは、既に始まっているんだよ」

 目は一切笑っていない。普段からユウキが関わった時になる、ぐるぐると渦を巻いた目になっている。

 見慣れているはずなのに、ぶるり、と背筋が震えたのを自覚する。前衛、しかも切り込み役としてどんな相手にも臆すること無く戦いを挑むヒヨリが、だ。

 ヒヨリの反応を気にした様子もなく、ユイは続ける。

「まずは前哨戦。騎士クンへの甲斐性が試されているの」

 ……試されてはいない。料理大会で試されるのは調理の腕だけだ。甲斐性という評価項目は存在しない。

 たぶん、ユイに今見えているのはヒヨリとは違う次元の戦いなのだろう、と勝手に補完する。そうでもしないと寒気が止まらない。

「シャークヘッドレイに対抗するとなると……肉、いや、ここは野菜……フラワーシュバリエかな?」

 

~フラワーシュバリエ~

 大輪の花に擬態する魔物。その美しさに惹かれた、不用意な獲物の前に絶望の光が花開く

 

 シャークヘッドレイ同様、エリアボスだ。

 力技で挑んでくるシャークヘッドレイとは異なり、パーティの立ち位置によって異なる攻撃を仕掛けてくる曲者だ。攻撃力はそう高くないとはいえ、もちろんソロで倒せるような生易しい相手ではないし、魔法による範囲攻撃もできる程度のヒーラーであるユイ単独で倒せるわけがない。

 それはユイも承知しているはずだ。だというのに、その名前を出す、ということは。

 ヒヨリはたどり着いてしまった事実を理解するよりも早く、奥歯がかちかち、と打ち鳴らされていることに気付く。重症だ。早く、早く暖を取らないとあたしの未来に絶望が花開くよ!!

 

 だが。

「ユイ。私とヒヨリは動けないよ」

 レイが毅然と言い放つ。

 ユイがなにか言い出さないようにと、そのまま口を動かす。

「ギルドのお金は共有財産だから出せないという話は済んだはずだよ。そしてそれはユイも同意した。そこを覆すことは出来ない。

 それと、私達は明日までにこなさなくてはならない項目が多岐に渡る。今回の料理対決に関連してくる関係各所への通達、依頼、その他諸々。

 今からギルドメンバー総出で遠征など、できないよ」

 レイさん……否、レイ様。好きにして。

 だが。

「震える拳は隠して言いたまえ、お嬢さん(フロイライン)

 分かってるって。それに私だって、魔物が食べたいわけじゃないからね。

 それじゃあ、私は食材の仕入れに行くね。二人にはいろいろ任せちゃって、本当にごめん」

「うん……気をつけてねユイちゃん」

 

 ギルドハウスを出ていくユイを見送りつつ、ヒヨリはなんとも言えない気分になっていた。それを示すように、口からは塊みたいな息が漏れ出る。

 なんだろう、このモヤモヤした感じ。

 いつもはこんな、強欲バリバリな感じではない。本来のユイちゃんはさっきの会話の最後の方みたいに優しくて穏やかで、話をするだけでこちらまで優しい気分になって満たされていく、そんな存在なのに。

 

 理不尽な設問に対し、レイが模範解答の骨子をひねり出す。

「……ユウキが絡むと人が変わるからな、ユイは」

 ヒヨリは加点対象の一言。

「しかも騎士くん、あんまり関係してこない時に限ってだよね」

 レイも続けて加点対象となる言葉を追記。

「ああ。本人不在で話を進めているから、余計に疲れるんだ……」

 最後は声が揃う。

『私(あたし)達が』

 満点解答と同時、重苦しい嘆息も出る。

 

「話を元に戻すけど、ヒヨリには協賛してくれる個人を募ってくれないかな?

 宛てがあったから、その延長で私がやろうと思っていたんだけど、その宛てだけで終わってしまいそうだから」

「宛て?」

「ああ、うん……」

 言いにくそうに言いよどむ。その反応で相手がわかった。

「いいよいいよ。そういうのはあたしの方が得意だからね。

 むしろ、レイさんにあたしがやるべき書類仕事をやってもらった方が助かると言いますか」

「ああ、任せてくれ。

 ……いや、困ったときは」

「お互いさまさま、だねっ!!」

 レイから笑みが溢れる。

 いつもの言葉がすんなりと出たことに、少しだけ本調子に戻れた気がしてほっとする。

「ありがとう、よろしく頼むよ」

「任せてよっ!!」

 そこで、レイは顔を伏せ気味にする。

「ただ、いくつか条件があって」

「条件?」

 レイは首肯する。

「ランドソルに拠点がある、【プリンセスナイト】とも、【動物苑】ともから少し距離を保っているギルドに所属している相手からの協賛を募ってほしい」

 言われた内容を整理し、一言でまとめる。

「……犯罪者?」

「違うよ!?

 ほ、ほら、【美食殿】だってそのどちらにも近くないだろう!?」

「【美食殿】は完全に【プリンセスナイト】じゃない?」

「……それは言わない約束で」

 レイがヒヨリの表現力を上回る表情を浮かべて諌めるので、再び考える。

「うーん……」

 それなりに友人はいるヒヨリでも、犯罪sy……提示された条件に該当する相手となるとあまり多くない。

 例えば姉分のタマキが所属する【メルクリウス財団】はそれに該当するが、

「【メルクリウス財団】には別口から話が言っているらしいから除外していいよ」

 先を越された。

「うーん……」

 【リトルリリカル】、というギルド名が浮かんだが即座に否定する。そもそもギルドじゃないし、平均年齢九歳の子供たちにたかるのは人として間違っている。

 【ヴァイスフリューゲル ランドソル支部】は……知り合いのストーk……アユミを捕まえられるかが疑問だ。

 そこで、気付く。

「あ、そっか」

 ストーk……アユミを捕まえる、と考えるから難しいのだ。ストーキングされている方ならすぐに捕まえられる。それに、今回の条件に合致する相手を多く知っているかもしれない。

 思い立ったが吉日だ。

「じゃあレイさん、あたし行ってくるねっ」

「ひとりでもいいから、お願いするよ。

 気をつけて」

 

 コッコロの了解を得て、ストーキングされている方、つまりユウキを連れ出したヒヨリは簡単に説明する。

「明日の料理会にお金とか食材を出すのに協力してくれそうな、犯罪者のような犯罪者じゃない人を探しているんだ」

 すると、

「わかった」

 ユウキは自信満々の笑顔を浮かべてうなずく。

 ……その笑顔を否定するわけではないが、一応聞いてみる。

「ええと、騎士くん……そんな知り合いがいるの?」

 即座に返答が来る。

「いるよ」

 ええと、と前置きされ、

「ひとり、ふたり……あ、奨学金欲しいっていうから違う」

 右の指を折り曲げ始めた。ということは五人はいるということだ。え、そんなにいるの?

「イリヤはダメ……シノブは大丈夫」

 指を折り曲げたり戻したりしながら、女性名を並べ始める。

 ……後ろがなにか騒がしいけど、ここは目抜き通り。広場にも近いから、多少の喧騒はよくあることだろう。渋めの男性の声、よく通るなぁ。

「エリコは怖い」

 ……後ろで平坦な声がずっと同じテンポで同じこと言っている気がするけど、きっと気の所為。気にしたら、負け。

「ナナカは先日本買いすぎてて、ルカはお金持ってない。アンナはよく分からない。ミツキには相談したくない」

 ……後ろでテンション高めの声が聞こえたと思ったら、えげつない破砕音が聞こえる……ような気がしたけど気の所為だねっ!!

「クウカは危ない」

 …………女の子の名前言うたびに後ろでこの世のものとは思えない阿鼻叫喚の宴が開催されているんだけど、え、騎士くん狙ってる? あたしを怖がらせてるの? あたしビビらすなんて大したモン……嘘ですやめて!!

「ほ、ホントに女の子ばっかだね、騎士くん……」

 すると、ユウキは本当にきょとん、と音がしたんじゃないかと錯覚しそうなくらい、何を言われたかわからない顔を見せる。

 一呼吸の間が生じ、何を言われたのか理解できたのだろう。

 満面の笑顔を浮かべ、口を開く。

「みんなと仲良し」

 …………後ろが静かになった。

 良かった良かった。見たくはないけど。あとね、多分その言い方はちょっと危険だと思うなー含むものがない分。

「というか、そんなに該当する人いるの?」

 ユウキの親指と人差指が折り曲げられている右手を指す。

「もっといるけど」

 ……再び、後ろで騒動が起きる寸前、みたいな盛り上がりが生じているのを肌身で感じる。正直怖い。まだエリアボス(フラワーシュバリエ)に単独で挑む方が気楽かもしれない。

「……そのうちのひとりでいいよ。ほら、一番最初に思い出した人」

 レイからはひとりでも構わない、と言われているのだから、こんなのはさっさと終わらせるに限る。事故ゼロ、怪我ゼロ、効率全開と言うではないか。おもちゃ工場だけ?

「分かった」

 ユウキはあっさりと首肯し、右手を開いて今度は人差し指を横に向ける。

「この先の、獣人街の入口にいる……と思う」

 珍しいことに、先に行き先を提示してくれる。ありがたい。早く逃げ……その人に協力を取り付けて帰ろう。うん、それがいい。

 

 それと同時。

 改めて、ユウキの不安定さを実感する。

 体は大人、頭脳はお子様という見た目の不安定さもあるが、ヒヨリが今感じたのは歪さ……とは言わないかも知れないが、判断の基準がおかしい、あるいは事象によって判断がブレる、というか……自分でわからなくなった。

 ヒヨリからすると、ユウキは善悪に疎く、危機には敏いように見えるのだ。言い方が正しいかはともかくとして。

 

 ユウキは単純に、自分によくしてくれる相手が悪い人であるはずがない、という考え方を持っている。なので、買い物では高くて良くないものを掴みがちだ。そのうち道案内を頼まれて、人気のないところに連れて行かれてしまうかも知れない。

 見せかけであっても与えられる善意に対して、素直に応えてしまうのはいいことなんだろうけど、見ている側はヒヤヒヤする。

 

 その割に怖い、とか、危ない、という感情に敏感だ。ただ、あまり実感は伴っていない。にも関わらず、言葉として表すことに抵抗を持っていないのだ。

 いい例として先の、「エリコは怖い」、「クウカは危ない」発言と、「みんなと仲良し」という言葉は正反対に位置している言葉だ。

 なのに平然と口にしているだけでなく、その言葉に意味や感情を込めていないように聞こえた。

 ……ユウキがそこまで考えずに口にしている、と言ってしまえばそこまでなのだが、ヒヨリとしては引っかかる。

 

 ユウキは言葉こそ足りないが、行動と考え方には一本の芯がある。その芯から外れるようなことはない。

 だとするなら、先の発言は、

(コッコロちゃんから教えてもらった言葉をただ使っている、のかな?)

 ユウキ自身では理解できていないものの、コッコロに教わったから使っている、とすればなんとなく納得がいく。

 

(なんか……ヤだな)

 漠然と、そう思った。

(こうやってあたしと一緒に歩いていて、楽しいと思ってくれても、それってコッコロちゃんに教えてもらった感情なのであって、騎士くんが楽しいと思っていない、ってことになるよね?)

 どこまでもコッコロがついてまわるような気がしてしまうのだ。

 ただ、自分といる時くらいは、ユウキ自身が感じたり思ったりしたことを、拙くてもいいからユウキ自身の言葉で伝えてほしい。

 それが自分のどの感情に起因するかに気付く前に。

「ここ」

 ユウキが左側を指差す。

 そこには。

 

 

 

 その日のランドソルは好天だった。

 盆地にあるランドソルはそれなりに気温が高いが、南風が緩く吹き抜け続けているため、そこまでの暑さを感じさせない。雲ひとつない空はただひたすらに青く、吸い込まれそうだ。

 こんな日は軽食を持ってヘーベ丘陵まで足を伸ばすのもいい。

 丘の中腹あたりにごろん、と寝そべり、空を眺める。

 蒸した草の匂いや、少し湿った土の匂いを胸いっぱいに吸い込み、うとうととする。

 喧嘩をしないなら、やや退屈なくらいがちょうどいい。隣にダチでもいれば最高だ。

 

 そんなことを思いつつ、カヤは屋台の店番を担当していた。

 ちなみに、カヤが自発的にやっているわけではない。【ドラゴンズネスト】のギルドマスターであるホマレがギャング団のロンクーファミリーを率いていたことから、カヤもなし崩しで所属することになった。

 そのギャング団も、常日頃から抗争をしているわけではない。そんなに抗争ばかりしていたらあっという間に【王宮騎士団(NIGHTMARE)】や【自警団(カォン)】に踏み込まれてしまう。

 とはいえ、その日のためには存続していなければならず、その存続には日銭が必要ということで、いくつかカタギじみたシノギがある。そのうちの一つがこの屋台の店番。今日、下っ端ギャングのカヤに振られたシノギだ。

 

 色褪せた赤い天幕の内側から客寄せの声を上げる。

「らっしゃーせー……」

 商売っ気のない声の通り、表情も冴えない。普段は方方に喧嘩を売っているかのように釣り上げている目が、完全に下を向いてしまっている。

 何しろ暇なのだ。

 人通りはあるものの、扱っているのがケバブサンドという、ちょっとどころではなくマイナーな食べ物のためだ。

 とはいえ、ランドソルでは珍しい味付けを求める固定客はいる。例えば、何人か殺ったような目をしたエルフの少女や、やたらと豪奢なイブニングドレスを来たおば……妙齢の女性、そしてやや離れた場所でクレープの屋台を営んでいる女性などだ。

 前二人は固定客だが、後者はご近所さん同士仲良くしよう、くらいの距離感だ。カヤもその考えに倣い、クレープ屋の売上に貢献している。もっとも、甘いものは好きなので願ったり叶ったりだ。

 

 それと、カヤ自身ガラが悪……やんちゃ入った活発な印象を振りまいているため、接客には向いていないと胸を張れる。右側は苅安色の長髪を顔横に垂らし、左側は錆色のショートカットという一見変わった髪型も、接客には向かないとは思う。気に入っているので変える気はさらさらないが。

 とはいえ、やるとなればきちんとしたものを出したい、という責任感はある。何より、ケバブサンドを作るのが意外と面白かった。自分が作った物が売れることも楽しいと思えたのも大きい。

 だから、暇な時間に耐えられないのだ。

 やはり、成果を上げたい。

 決して味は悪くないのだから、食べてほしい。

 そんな気持ちを抱えつつ、あくびを噛み殺す。

 すると、

「カヤ」

 気安く名前を呼ぶ声がする。

 このランドソルで、カヤを名で呼ぶのは数人しかいない。そして、男となるとひとりだけだ。その名を口にする。

「よ、ユウキ」

 

 喧嘩屋を営むカヤは恨まれる伝手はゴマンとある。そういう意味では顧客には事欠かないのだが、喧嘩は常に安定して生じるものではない。仕事熱心と言うよりはただ単純に戦いたいカヤとしては物足りないのだ。

 そこで、知己の中では交友関係の広いユウキに喧嘩の案件仲介を頼んでみたのだ。ダメで元々というよりは、藁を振り回していたらなにかと交換できるかな、くらいの思いつきだ。

 そんな経緯から期待はしていなかったというのに、どこでどう喧嘩なんて案件を見つけてくるかは未だにさっぱり分からないが、不思議なことに退屈しない程度には案件が入ってくる。もちろん稼ぎも増えた。

 加えて、たまにケバブサンドを買ってくれるときた。

 見た目やドラゴン族であることを気にせずに接してくれることから、カヤにとっては退屈を紛らわせてくれる以上にありがたい存在だ。

 

 普段のお礼を言おうとして、口をつぐむ。

 ユウキに連れがいたのだ。しかもカヤとは正反対の、可愛らしい猫獣人の女だ。

 途端、カヤは知らずに上がりかけていた口角を下げる。その代わり、顎を引き、目の端を釣り上げる。下から睨むようにして相手を観察する。

「……そっちは、だ」

 れだ、と言いかけて、思い出す。

 

 くるくると表情を変える、明るい印象を振りまく少女。

 ……人が困っているとすぐに手助けに走り出す考えなし。

 ()()()()()で知り合って以来、いろいろと問題を抱えている()()()にも変わりなく接してくれる、()()()()()()()()()()()()()()――

 

「春……サ、き……」

 違う。【そうだ。】

 左手の人差し指をこめかみに当て、思い出す。

「確か、ええと……ヒヨリ、だっけ? 【こっちでは初めてましてか、春咲】」

 頭の奥でカヤの、否、()()の声が響く。

「あっ、知っててくれたんだ!? そう、【トゥインクルウィッシュ】のヒヨリ!!

 初めまして、()()さん!!」

 そう言われ。

「あ、あれ?」

「ん~?」

 二人して奇妙な顔を見せ合う。

「……ヒヨリ、だよな? (ったく、誰だよハルサキって)」

「うん。ええと、カヤさん、だよねっ? (あたしさっきキドーさんって言っちゃった?)」

『えへへ?』

 二人して半笑いの顔を見せ合う。

 なんのことかわからないユウキはいつものように何も考えていないかのように、にこやかに笑ったままだ。

 

「んで、どうしたんだ? デートか?」

 カヤは笑いながら問いかける。内心では一切笑えないが。

「へへ~」

 軽く頬を赤く染めて頭をかくヒヨリを見て、ひくり、と自身の頬が痙攣するのを自覚する。いや否定しないのかよ!?

「なんてねー。今日は騎士くんに頼んで、カヤさんに会いに来ましたー」

 朗らかな笑顔に対し、反射的に握りしめた拳を叩き込みたくなるのを我慢する。

 ……初対面に際どい冗談を放つな。あいや、なんか違うような気がしなくもないけど、ひとまずその違和感は置いておいて。

「……オレに? なんで?」

 ユウキではなく、ヒヨリを見る。

 一応仕事中なので、店先で長時間立ち話をすることははばかられたのだ。ほら、ユウキは言葉が少ないから、話が長くなりそうだし。

 ヒヨリも理解しているのか、小さく笑って答える。

「明日、ちょっとした『お祭り』をやるんだけど、いくらでも構わないから、それに協賛してほしいんだ」

「……オレに? なんで?」

 再び同じことを聞いてしまう。

 くどいようだが、ヒヨリとは今日初めて出会った。その相手から、急に自分と関連しそうにない『お祭り』のために協賛……たぶんお金だろう、を出してくれ、と言われて、戸惑うのは普通じゃないだろうか。

 すると、

「ええと、いろいろあって協賛を募れる人が限られているの。そんな中で、騎士くんから推薦してもらったのがカヤさんなの」

 抱えている事情そのものはともかく、課題があることを隠すことなく伝えてくる。

 

 腕を組み、上に重ねた右手を顎に添える。

 カヤとしては、協賛してもいい。何しろユウキからのご指名だ。日頃稼がせてもらっているので、分かりやすく感謝を伝えるにはちょうどいい。

 それに、ユウキに頼られて悪い気はしない。

 だが、いろいろ、という部分が気にかかる。

 カヤ自身はあまり素行がよろしくないし、腕っぷしには自信もあるから、降りかかる火の粉は自分で振り払える。そもそも所属しているギルドがギャング活動しているのだから、今更恐れるものはない。

 ただ、そのせいでヒヨリ、そしてユウキに面倒をかけることは本意ではない。

 

 断るべきだろう、と顔を上げる。

 そこで、ヒヨリと視線が絡む。

 彼女の目は、カヤがこの件から降りようとしていることに気付いているようだ。流石近接戦闘系。相手の変化に敏い。カヤ自身も近接戦闘系なのでよく分かる。ええい厄介な。

「お願い。初めましてなのに厚かましいとは思うんだけど」

「と、は言ってもなぁ……」

 軽く頭を逸らせて、距離があることを演出する。

 だが、

「カヤさんに迷惑はかけないから」

 ヒヨリはその分、体を乗り出してくる。結果、距離は変わらずだ。

 これは相当に困っているようだ。同時、逃さないという頑なな意思を感じる。

 オレってそんなにお人好しな印象を与えるかな、と思いつつ、

「いや、むしろこっちがかけるんじゃないか? ユウキから聞いていると思うけど、オレギャングだぜ?」

 ……ユウキが言ってなかったらどうしよう?

 そのユウキが口を開く。

「カヤ名義なら大丈夫」

 相変わらず言葉は足りないが、言わんとしていることは分かった。

「うん……あ、忘れてた。個人での協賛が欲しいの。だから、カヤさん名義でなら問題ないでしょ?」

 ……こいつら似てるな、ではなく。

 

 断るための名分がなくなり、出すための名分が成り立ってしまった。

 『ギャングに所属している下っ端のカヤ』だと迷惑がかかるかもしれなかったが、『個人事業主である喧嘩屋のカヤ』であれば問題はな……喧嘩屋ってコンプライアンス大丈夫? その辺はヒヨリ達に任せるとして。

「ならいいぜ。いつもユウキには稼がせてもらっているからな。

 少ないかも知れないけど」

 ショートパンツの裏側にある小さなポケットに入っているだけの金貨をヒヨリに手渡す。

 手持ちの全額なので、今日の昼と夜の食事は……ギルドでたかることにする。

「ありがとうカヤさん!! きちんと広告作るね!!」

「うお、そんな大事にすんのかよ」

 たかだか2,000ルピ程度だ。そのくらいしか入っていない恥ずかしさもあり、逆に申し訳なく思ってしまう。

 とはいえ、支払いが発生しているのだからそれが当然、と割り切る。

 世の中とはそんなものだ。

 

 

 

 あっさりと協賛してくれる人間を得てしまった。ユウキ様々だ。相談してよかった。

 時間もまだある。もう一人くらい募ってもいいかな、などと考えていた時。

 

 ユウキがカヤに軽く手を振る。

「また紹介するよ」

「おう、頼むぜ」

 対するカヤは笑顔だ。しかも、どことなく柔らかさを感じる。

 その表情のまま、

「あ、でも、また子供の喧嘩なんて紹介するなよ?」

 拳を作った左手で、ユウキの肩を軽く叩く。

 ユウキは笑顔で受け止め、それどころかなぜかその手に触れる。

 

 ずきり、と。

 ヒヨリの胸、心臓の裏辺りに、長いなにかが突き刺さったかのような痛みが走る。

 

 カヤがあっさりと手を引いたため、それ以上の接触はなくなった。

 それでもユウキは、

「カヤ、ありがとう」

 笑みを浮かべ、感謝を伝える。

 

 その笑みが、いつもヒヨリや他の皆に向けられているものとは違うような気がして。

 再び、胸奥に痛みが走る。

 

 ユウキはその笑顔のまま、

「ばいばい」

 言葉の通りに手を振る。

 カヤは目を弓にして苦笑を返す。

「ガキかよ。

 あ、ヒヨリも、うまくやってくれよ?」

 ユウキに向けていた苦笑ではなく、勝ち気そうな笑みをよこしてくれる。その表情は、快活そうなカヤにはとても似合っていて。

 だが、ヒヨリはその笑顔をまっすぐに見ることが出来なくて。

「あ、う、うん。ありがとう、カヤさん……」

 

 どうしてもユウキの笑顔は消えてくれない。

 あの、普段とは異なる笑みが。

 

 ずっと。

 ずっと。

 ずっと。

 

 ヒヨリの脳裏から、離れない。

 

 

 

 ユウキは焦っていた。

 カヤと別れてから、ヒヨリはずっと黙ったままだ。

 女性にはそういうことがある、とペコリーヌに聞かされたことがあるとはいえ、普段の元気いっぱいなヒヨリしか見たことがないユウキにとって、物静か、というよりは落ち込んでいるように見えるのがとても不安なのだ。

 記憶喪失の自分が、またなにかやらかしてしまったのか、と思うが、原因が思いつかない。

 

 とりあえず謝る、ということも考えたが、それもそれで良くないらしい。キャルにそう教わった。

 不特定多数の女の子と仲良くするのも良くないらしい。友人と仲良くするのは良くないのか、と聞いたら、コッコロは褒めてくれるだけで、答えは教えてくれない。いずれ主さまにもわかります、と常々言われているが、一向に分からない。

 

 ヒヨリにはいつも笑顔でいてほしい。

 でも、今のユウキには彼女を笑顔にする方法が分からない。

 解らない。

 判らない。

 分からない。

 

 否。

 分かりたい。

 たった一人の女の子を笑顔にできないなんて。

 記憶喪失を理由にして、分からなくていいなんてことはない。

 もっと、皆の役に立ちたい。

 決意を新たにした、そんな時。

 

 正面から、藤紫の長髪を振り乱して走ってくる長身の女性が見える。

「おっ、

 とうと、

 くーーーーーーーーーーんっ!!」

 奇妙な区切りを入れつつ、ユウキを弟と呼ぶのはただ一人。【ラビリンス】のメンバー、シズルだ。ちなみに血縁関係はない。勝手にそう呼ばれているだけで、いろいろと世話を焼いてくれている。

「久しぶりだね、弟くん。ケバブ屋の子と話しているのを見て急いで来たんだよ。自分とこの屋台ほっぽりだして!!」

 そういえば、【ラビリンス】の経営しているクレープ屋の屋台はこの近くだった。カヤは甘いものが好きだったので、きっと顔見知りなのだろう。

「なのに、お姉ちゃんには顔も見せずに帰ろうとするなんて!!」

 そういうつもりはなかった。ただ、ヒヨリが気になっていて、そこまで思考が回らなかった。

 すると。

「弟くん。困っているね?」

 鼻先に指を突きつけられる。思わずのけぞると、彼女の顔が真正面に来る。

 相変わらず整った顔立ちに、優しげな笑みが乗っている。なのに言い出すことはいつも突拍子もない。

 ただ、今回は実際に困っているのだからありがたい申し出だ。

「お姉ちゃんに分からないことなんてないよ!! そしてもっとお姉ちゃんを頼っていいんだよ!!」

 だが、困っていることと相談するのはまた別の話だ。今回ばかりは、自分でなんとかしないといけない、と思うのだ。

 原因は分からないが、明らかにユウキがなにか失策をしたためにヒヨリの元気が失われたのだ。だったら、ヒヨリの元気はユウキが取り戻さなくてはならない。

「なるほどねー。うんうん。弟くんも男の子だねっ」

 ……まだ何も言っていない。ただ、通じていそうなのでちょっと怖い。

 

 それまで静観していたヒヨリがシズルをまじまじと見ながら声をかける。

「えっと……騎士くんの、お姉さんなの?

 はじめまして、あたしはヒヨリっていいます。騎士くんにはいつもお世話になっていて……その……冒険仲間です」

 最後の方の言葉が弱く、小さくなっていく。

 しかも、言葉を選ぶように細かく区切りながら、だ。

 すると、シズルは体を起こし、さっきまでユウキを指していた指を顎に添える。

 形の良い眉を少しだけ下げると、

「なるほど、ねぇ……」

 小さくつぶやく。

 そして、その格好のままで固まる。

 表情はユウキが見てもわかる程明確に困惑を描き、

「な、る、ほ、ど、ねぇ~~~……」

 唸るように絞り出した声で、先ほどと同じことを言うと、再び固まる。

 

 二呼吸くらいの間が空き、シズルが小さく息を吐き出す。

「しょうーがない、か。お姉ちゃんはユウキくんのお姉ちゃんだからね」

 そうつぶやくと、

「弟くん、ヒヨリちゃん。クレープごちそうしてあげるね」

 ユウキの手を取り、屋台へと引っ張る。

 

 熱々の円形の鉄板に、小さなお玉に掬った生地を流す。

 その上にトンボを乗せて、手首のスナップで薄く広げる。穴が開かないように、そして厚くならないように均等に、だ。この加減はそう難しいことではない。ただ、入れる具材によって厚さが異なるので、それだけは注意する。今回は薄め。

 素早く広げたおかげで、凹凸のない生地になった。これならば、裏返しても焼きムラは生じない。

 串で端の部分をつつき、鉄板から剥がしていく。ちょっと熱いが我慢して端を持ち、躊躇することなく裏返す。

 薄茶の焦げがついていることに満足しつつ、まずはチョコレートスプレーを上半分に振りかける。熱でじわり、と溶けたのを見計らって、隣の作業台にクレープ生地を移す。そこで少し冷ます。

 次はバナナ。皮を剥き、斜めに切っていく。入れる分量は半分だが、二枚焼くので一本全て使う。

 半分を少しずつずらしながら、チョコの上に並べていく。

 最後に、絞り袋に入れてある生クリームをバナナが薄く白に染まるように絞り出す。

 あとは下半分を折り乗せ、くるくると巻いて、包み紙で覆えば、

「完成♪ はいヒヨリちゃん、どうぞ?」

 巻いた部分を差し出す。

 ヒヨリは受け取るべきか悩むように手を出したり引っ込めたりする。

「ほら、弟くんの分も作らなきゃいけないんだから、早く早く」

 踏ん切りがついたのか、おずおずと手を伸ばし、受け取る。

「あ、お金……」

 動き出す前に、行動を制する。

「大丈夫。弟くんから後で、一括でもらうから」

 ……もらわないけど、そう言わないと話が進まない。

 

 同じ要領で、ユウキの分も焼く。慣れた手順なので、周りを見る余裕もある。

 ……案の定、甘いものを目の前にしているのに、ヒヨリは口をつけようともしていない。クレープを手にしたまま、所在なさげにベンチに腰掛けている。

 ユウキの分が焼けるのを待っている……とも見えるが、シズルに気を配っている様子はない。心ここにあらず、というのが丸わかりだ。全く世話が焼ける。

「ごめんねヒヨリちゃん、待たせちゃって。そろそろ弟くんの分が焼けるからね」

 名を呼ばれたためか、びくり、と体を震わせる。そして、慌てたようにシズルを見てくる。

「あ、えっと、はい、大丈夫です」

 全然話のキャッチボールになっていないことに、内心で苦笑する。本当に手間がかかる。

 

「はい、弟くん。チョコバナナクレープ。

 ヒヨリちゃんのと違って甘さ控えめだけどお姉ちゃんの愛情たっぷりだよ♪」

「ありがとう」

 親愛たっぷりの笑顔に、思わず相好が崩れる。このまま抱きしめたい衝動に駆られるが、カウンターが邪魔なので"セイクリッドバニッシュ"繰り出したい。机だけふっ飛ばして、弟くんに物理バリアー……あダメだ、物理攻撃扱いされて抱きしめられない。

 ……ではなく。

 ちらり、とヒヨリを見る。

 わざと名前を出していたので、こちらに注目していたようだ。ただ、シズルの行為そのものの真意をつかめていないようできょとん、としている。見た感じ近接戦闘系なのにちょっと鈍くないかな? まぁ、だからこの状況になっているんだと思うけれど。

 ……しょうがない。

 クレープめがけて伸ばされた手を避け、ユウキを正面から見据える。

 なぜ意地悪するの、と言わんばかりの非難を込めた視線に、胸が締め付けられる。

 全てを投げ出し、ユウキに謝罪しながらナデナデしたいのをこらえる。そして、お姉ちゃんらしく叱る。

「弟くん、さっきカヤちゃんにお願いしてたでしょ? お礼はちゃんとした?」

「したよ」

「そうじゃなくって、カヤちゃんのところでケバブ買うとか、お金使った?」

 ユウキは、あ、と口を開ける。それもかわいい。昔から幼い感じはあったけど、『こちら』に来て加速したように思う……っと。

 諸々を含んだ苦笑が浮かぶ。

 手元にあったはちみつを、チョコバナナクレープにかける。

「じゃあ、このクレープ持っていってあげて? 弟くんのはまた焼いてあげるから」

「うん!!」

 

「♪ はちみーはちみーはっちっみー」

 ユウキが妙なテンポの歌を口ずさみながら、もと来た道を戻っていく。

 それを見送ることはできなかった。目の前にシズルが立ちはだかったからだ。

 何かとでかい彼女が目の前に立つと、なんだか居心地が悪い。

 人見知りは少ない方だと思うが、このシズルには苦手意識のようなものを持っているのを自覚する。

 なぜかを考えようとするが、その前に笑顔のシズルが声をかけてくる。

「さて、ヒヨリちゃん?

 本当はこんなこと、したくないんだけど」

 流石に無視することもできないので、小さくうなずく。いや何するの?

「弟くんが、カヤちゃんには違う笑顔を向けてること、でしょ?」

 どストレートの豪速球に、一気に鼓動が跳ね上がる。思わずまじまじとシズルを見る。心でも読まれているのだろうか?

 シズルはヒヨリの目から少しだけ視線を上にして続ける。

「心じゃなくて、耳をね。

 じゃあ、さっき弟くんが私にお礼言った時はどうだった?」

 思い出す。

 ……ヒヨリに向けられている笑顔に似ている、ような気がする。どこがどう、とはきちんと言えないものの、カヤの時とは違うことははっきりと分かる。

 シズルは眉を下げた笑みを浮かべ、頬に手を当てる。

「『向こう』ではともかく、『こちら』では仲良くしている相手が女の子ばかりで、そのうち勘違いした子が出てくるんじゃないかとお姉ちゃんはやきもきしているんだけど。

 そんな中で、カヤちゃんはどちらかというと、同性の知り合いみたいに捉えているみたい。ほら、一人称が『オレ』でしょ、あの子」

 ……まさかそんな理由だったとは。

 否。

 今日のあれこれを考えると、確かにあり得る。

 ヒヨリは目を見開く。

「そういうこと。だから、これからも弟くんと仲良くしてね?」

 元気よく首肯する。

「はい、『お義姉さん』!!」

「……あれぇ~、なんだか聞こえ方が違うよー?」

 

 

 ……ヒヨリは気付いていない。

 ユウキは、カヤには友人としての笑みを浮かべていたが、シズルに対してはヒヨリ同様の笑みを向けていたことに。

 

 

 その反面、シズルは気付いた。

 可能性としてはあるものの、ヒヨリがまだ『勘違いした子』には該当しないことを。

 

 

「ただいま。カヤ、喜んでた」

「おかえり、弟くん。じゃあ今度はお姉ちゃんを喜ばせてね?」

 ハートマークを方方に飛ばしているようなテンションで屋台の中へと入っていくシズルに対し、ヒヨリは尊敬の眼差しを向ける。

 ちょっと、否、だいぶユウキとの距離感が近いのは気になるものの、姉弟ならそのくらいなのかも、と思う。仲良きことはいいことだ。

 レイからの依頼をこなし、少額ながらも協賛を募れた事実に、ヒヨリは心からの感謝を伝える。

「ありがとう、騎士くん!!」

 

 対するユウキは、いつの間にか元気になっていたヒヨリの笑顔に嬉しくなる。何もしていないが、ヒヨリの機嫌がいいならなんの問題もない。

「どういたしまして」

 

 その笑顔は、普段ヒヨリが目にしている笑顔でありながら、ヒヨリの求める笑顔とは異なるものだった。

 ヒヨリの求める結果にほど近いがゆえに、今後の差は大きくなる。

 それに気付けた人間は――

 

 

「あの方の笑顔を独占するなんて……許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」

「……あの、泥棒猫が」

「……やっぱり釘、刺しとこうかな」

 

 

 ……なんか、たくさんいた。




登場人物

カヤ
ヒロイン。ドラゴン族。オレっ娘。右手はガントレット。あーだからタイムトラベルで変わってたんだー(今更)。
気さくというか人付き合いに苦労しない。すぐ殴るのに。意外に面倒見がよく、年下の子には優しく接している。
ユウキとつるむのは面白いし偏見もなく接してくれるとはいえ、もうちょっと気兼ねなくなりたい、と考えている。

シズル
ヒロイン。ヒューマン。お姉ちゃん。個人的には最強の立場。欠片でゲットしたので開花にはまだ遠い。
普通に大好きと伝えるだけあり、ユウキとの物理接触は最多かつ強力。抱きしめるし抱きしめられちゃう。
世話焼きのお姉ちゃんという立場から脱却し、明確な関係になりたい、と考えている。
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