ティアナ様は告らせたい~少女(一部女性含む)たちの恋愛頭脳戦~ 作:アルブレヒト・ミュンヒハウゼン
【ヴァイスフリューゲル ランドソル支部】に所属しているクウカは極度の被虐性向、いわゆるドMだ。そのため、最前列で常に攻撃を受け続けることに喜び、否、悦びを得られる。
己の体を張ることこそ至上。それでこそ
しかも相手を挑発することで攻撃を一手に引き受けることができる。多数の視線が突き刺さる感覚は筆舌に尽くしがたい。じゅるり。
糸で織り上げたバリアだの即興のステージで注目を集めるのとは訳が違う。ただ、糸を張り巡らせる動きにはしなやかさと人を魅了するメリハリがある。そして、あの踊りは可愛いしキレがあって素敵なんですよね。クウカも歌ったらいいん……う、歌うなんて恥ずかしくて無理ですぅ~!!
つまり、いくら極度の被虐性向を持っていても限度がある。
例えば、クウカがドSさんと呼び慕……従うユウキからの言葉であれば素直に聞けるが、それ以外の人間からの行き過ぎた言葉に対しては恐怖が先行する。
それに、ユウキはクウカが望むことを実際に実行したことはない。例によって言葉の少ないユウキの発言の行間を読み、クウカが妄想力を全開にすることで、クウカの被虐性向は満たされているのだ。
……ユウキ限定ファッションドMとか言わない。実際にやられることはない、という安堵から自身を追い込むことが楽しいのだ。
加えて、ユウキは決してクウカの行き過ぎた妄想を否定しない。クウカが更に妄想を重ねて、自身にいいように捉えているのもあるが、だからといって避けるような真似はしない。それどころか遊びに誘ってくれることすらある。
そのため、ユウキ以外の人間からの強気な態度や攻撃の意思などは苦手だ。
だというのに。
「……なんで『
『
ランドソルの日陰者で、エリコ、そして【トワイライトキャラバン】を知らないものはいないとさえ言われている、非常に危険なギルドだ。
何しろ、街中でも魔法をぶっ放す破壊活動、違法な医療行為に非合法な薬物の蔓延の助長、行き過ぎた自警行為や買い占め、そして日陰者だけでなく魔物すら配下とするなど、もはや犯罪予備軍がギルドの名を騙っているとしか言いようがない。
なぜギルド申請が通ったのか不思議すぎる。
その危険人物でも筆頭のやべーやつと目されるエリコはというと、同性のクウカでも見惚れるほどの驚愕の美少女だ。
長めのショートカットにされた錆色の髪はツヤがあり、きちんと手入れされているのが分かる。睫毛は長く、ぴんと上を向いている。やや伏し目がちながら目は大きい。じっと見つめられれば吸い込まれそうだ。
ちょこん、と顔の中央にある鼻は小さく、形もいい。そして、薄く笑みを浮かべている口元。リップクリームを薄く塗っているだけだというのに、妙な艶めかしさを感じる。
それらのバランスは秀逸で、絵画として描かれたかのような整った、否、整いすぎている。
魔族特有の角は額に二本あるが、右側は半ばから折れている。それもまた彼女の美貌を引き立てているのだから不思議だ。
自身の身長ほどもある馬鹿でかい戦斧を振り回しているだけあり、背筋はすらり、と伸びている。少々胸元の肌の露出は多いものの、スタイルがいいのでいやらしい感じには見えない。
胸下の大きなリボンもいいアクセントになっており、おしゃれにも気を使っていることが分かる。どことなく蠱惑を感じさせる香水も似合っている。
クウカからしても、とても魅力的な女性だと思う。
だが。
だからこそ、恐怖を覚えるのだ。
まず、整いすぎた美貌は不安を助長する。正確には不安というよりは落ち着かない。
そして、折れた角は騒動、しかも角を折られるほど過激なものに巻き込まれたことを証明している。あるいは自分で折ったのかもしれない。だとすればよけいに怖い。
急に暴力を振るわれるような怖さはないが、悪い意味で有名な人間と隣り合っているだけで怖い。これが風評というものか、となぜか他人目線の冷静な思考が働く。
何より、クウカの隣にただ黙って座っていることが怖い。しかも、クウカをクウカと認識して隣に座ったのだ。
クウカはギルドでの会議が終わったもののアルバイト先に行くには時間が早かったため、かわいい小物や髪留めなどを見て回っていた。
楽しい時間とはいえ小一時間は歩き通しだったことを思い出し、空いているベンチに腰掛けた。
休憩がてら、ダンスの邪魔にならない装飾品についてあれこれと想像を働かせながら屋台で購入した果実ジュースを飲む。なかなかいい気分転換になったと内心で笑顔を浮かべていた。
飲み終わり、もう少し時間もあるのでまた一回りするか、と顔を上げた時、エリコと目が合ったのだ。
偶然かと一度は目を逸したものの、エリコは接近してくるやわざわざ顔を覗き込んできた。そして再びクウカと視線を合わせてから薄く笑みを浮かべ、そのまま顔を動かすことなく、クウカを見据えたまま座った。
もう、怖い以外の感情が沸かない。これが蛇に睨まれた蛙とはこういうことか、と再び他人目線の冷静な思考が働く。
では逃げ……場所を移動すればいいのだが、身じろぎをしただけで視線が刺さるのを感じる。
身じろぎをすると、視界の端でエリコがぐりん、と音がしそうなほどに性急な動きで首から上をクウカに向ける。そして、色を感じさせない目でクウカの動きを諌める。その目でしばらくクウカを眺め、移動の意思がないことを確認できると顔を戻す。
これまでに三回、そんなやりとり? が続いている。身じろぎだけでこれだ。逃……移動しようと尻を上げればどうなるか分かったものではない。
(ク、クウカ、何かやっちゃいましたかぁ!?)
震えると動いたと見做され、また視かn……注視されてしまうので、動かないように震える。
だが、言い換えるとそれ以外には何もされないので、
(ご、ご褒美ですけれども!! じゅる……)
被虐妄想エンジンが一発でかかった。
考えてもみれば、少々陰のある美少女がクウカの一挙手一投足に気を配っているのだ。妄想以外にすることがない以上、エンジンがかかるのは当然と言える。
「隣に座る『
そして、動こうものならじっと見つめます。目の動きや手の動きは言うに及ばず、髪の毛が風で遊ばれることすら。
『私の監視から逃れられると思っていますか』、と言わんばかりに。クウカのどんな動きも見逃すまいと見張る牢番のように。
クウカという凶悪犯の動きは、ありとあらゆるものが罪となるのですぅ!!
でも、それは『
クウカの全てを我がものとしたい『
だから、常に目を離さないよう観察します。目の動きや手の動きは言うに及ばず、髪の毛が風で遊ばれることすら。
『私の記憶の中でも色褪せないように』、と言わんばかりに。クウカのどんな動きも忘却すまいと記録し続ける連続写真のように。
『
で、ですが……ぐふ、クウカは既にドSさんにより所有されています。
「横から入ってきて、急に何を言い出すかと思えば。
クウカはオレのものだ。オレの手でしか満足できないように調教してきた」
ドSさんはクウカのチョーカーを引っ張りながらの強気な言葉に対し、
「くすくす……。
そんな世迷い言をおっしゃって。クウカさんの体は私の寵愛を求めているのですよ……ほら、こんなに」
『
首に食い込む革の痛みと、柔らかくも爪が肌をこする痛痒に、思わずクウカは声が漏れそうになります……。
「声を出すな」
「いけません」
二人から静止され、クウカは口を閉ざします。
反抗によるお仕置きもいいのですが、従順にしたご褒美の方が、クウカは好みだからです。
クウカの所有権を巡る争い……その争いの中、クウカを襲う手加減のない言葉責めに蔑んだ視線……じゅるり!! そして無遠慮に伸びてくる、二人の手が、ク、クウカの体を隅々まで……た、たまりません~~~……っ!!」
大きな波が来そうになったので思わず自分の体を抱く。それで内側の高ぶりが収まるわけではないが、表に出てしまう動きはある程度制御できる。
なんとか波をやり過ごしたその時。
クウカの耳に、くすり、と軽い吐息のような笑い声が届く。
「クウカさん。お噂通り……なかなか興味深い想像をなさるのですね……」
耳をくすぐる柔らかい音色にもかかわらず、言いしれない妖しげな予感にクウカはびくり、と体を震わせる。
体を動かせばめちゃくちゃ見られることを思い出し、即座に体をこわばらせる。その前に思い切り動いたので今更だが。
だが、エリコは正面を向いていた。その横顔はまさに美少女が憂いを抱く姿そのもの。その姿と表情は同性であっても目を奪われる。
そんなエリコはやや伏し目がちのままで口を開く。
「そんなクウカさんに、ご相談があるのです……聞いていただけますかいただけますねありがとうございますお優しい方」
後半、早口どころか読点なく言い放たれた言葉に、思わず、
「よろしくないですぅ!! そ、そういうのは専門の方に」
至極まっとうなことを叫んでしまう。
何より、これ以上この人物に関わってはいけない。そう、クウカの被虐本能が訴える。
だが。
「これは私の友人の話なのですが……」
「普通に話しだした!! クウカの話聞いてくださいぃ!?」
普段は自分が聞かないくせに、至極まっとうなことを叫んでしまう。
しかも、架空の友人、つまり自分語りだ。怖い。
クウカの叫びも虚しく、
「私の友人には運命を共にすると固く
それどころか、エリコはクウカの動揺に一切動じることなく、
「初めてお会いした時は、私が不覚にも毒の瘴気でやられておりましたところを助けていただきまして……」
……隠そう? 一言目から我慢できないなんて、クウカよりダメじゃないですかぁ? 言いませんけどぉ。
これが普段ドSさんが感じているいたたまれなさか、と再び他人目線の冷静な思考が働く。ちょっとは優しく……いや、ここで敢えて少し反逆すれば、更に責められるのではぐふ、ぐふふ!!
……巡り巡ってこうなっているのだから、少しは話を聞こう、という結論だった。
クウカが猛省しても、エリコの口は止まらない。
「その後、幾度も幾度も幾度も幾度も行く先々で
それは付け回しているのではなくて、と思ったが指摘しない。そんなことをすれば、『
……そう言えばクウカの身近にも、ストー……隠密性能をこれでもか、と活用しているメンバーがいたような気がする。こちらは気配すら遮断する能力持ちだが、エリコにはそんな能力があるようには思えない。何しろ、エリコからは隠しもしていない存在感と、にじみ出ている絶対の自信が常時発せられている。
クウカ自身の性格もあるとはいえ、さっきから被虐本能が悲鳴を上げているのはこのふたつの所為だ。
持ち前の耐久を活かし、とにかく戦線維持を得意とするクウカにとって、間断なく全方向放出するエリコは苦手、否、天敵だ。妄想による自己回復は備わっていても、一撃が重ければ耐えきれなくなるのは必然。そうなる前に各種サポートを他から求めたいのだが……やはりというか、エリコの発する危険なオーラによって、皆一様に距離を取っている。それに、クウカは顔見知りでもない人間に助けを求められるほどオープンな性格をしていないため、声もかけられない。
つまり助けは来ない。
なら、聞き役に徹することにする。
「……そ、それは素敵なことですね」
そう、普段通りに耐えきればいいのだ。大丈夫、耐えるのは得意中の得意だ。そのうち再びエンジンもかかる。そうすれば回復できる……のではないだろうか。望み薄だが、ゼロではない。
「ですが」
纏う空気が変わる。
今までが穏やかな南風が吹く春の日とすれば、今はあちこちから豪風が吹き荒れる極寒の地。たったの一瞬で完全に異なる世界に転移した、そんな気分だ。
そんな冷え冷えとした空気をばらまくエリコは、少しだけ声のトーンを落として続ける。
「先日、その方は私の友人を『怖い』と称したのです……」
その方、というのはよく分かっている人だ。ただ、それを本人がいるところで言ってしまうことに対しては危機感が欠如していると言わざるを得ない。
そういえば、先日クウカもユウキに危険、と評された。クウカの前を通り過ぎたので気付いていたと思う。それでも聞こえるように言い放ったのは……そういうプレイだ。事実、それだけでご飯二杯(暗喩)行けた。
……思い出した。その時暴れていた一人が、身の丈くらいの戦斧を振り回していた。街中で、人相手に戦斧を振り回すことがどれだけ常識外れかは論じるまでもない。やはり怖い、という評価は正しい。
クウカから怖い人認定されていることなど露知らず、エリコは言葉を続ける。
「そう言われ、私は膝から崩れ落ちそうになりました……」
……初めてまだ五分も立っていないのに、二度目だ。もう少し隠す努力しませんかぁ?
クウカの無言の非難に気付いたのか、
「……私の友人は好人物ですので、友人をけなされるのは私自身がけなされたと同じこと、そう思っています」
なるほど、そういうごまかし方。上手い。上手いけど、それなら一回目で欲しかった。もう遅い。
それに、自分をそこはかとなく上げていくような語り口は少々いただけない。間違えているんだから、そこは謙虚にならないと。隠す気がないならそれでもいいが。
「そこで、クウカさんにお伺いしたいのです……」
「お伺いしなくて結構ですぅ!!」
「私……の友人の愛は、なぜあの方に届かないのでしょう……」
もう隠そうとしながら隠しきれていないことは指摘しない。指摘したらダメ、というよりはエリコが素直すぎる。隠し事に向かなさすぎて、逆に可愛く感じてしまうのはどうなのだろうか。怖いのに。
「ち、ちなみに、ご友人はどんなことをされたんですかぁ?」
素直な興味だ。
……決して、同じことをユウキにして、冷たくあしらわれたいわけではない。じゅるり。
エリコは小さくうなずき、
「至ってごく普通の……ありふれた物です」
両手を胸前に出す。そして、
「手編みのマフラー、手編みのセーター、手編みの手袋、手編みのベスト、手編みの帽子、手編みの靴下、手編みのバッグ、手編みの下着……夏用の物もお渡ししましたわ」
右手は拳を作り、左手は薬指と小指を立てた状態にする。別に右手だけで良かったんじゃないか、とは言わない。仕草がなんかかわいい。怖いけど。
それより下着を……手編み? 男性向け、ですよね?
……ち、ちくちくして気持ちよくならないんでしょうかそれとも『防御』されてて大丈夫なんでしょうかじゅるり!!
というか終わらなかった。
「ハンバーグ、ミートボール」
左手を拳にする。
……なぜ続けた? 衣料品と食料品は別口で数えてほしい。
「ミートローフ、サンドウィッチ、ピラフ、リゾット、パエリア」
小指を立てて折返し、
「パスタ」
右手へと続き、
「オードブル、スープ、グラニテ、サラダ」
右手を開き、
「デザート。隠し味は愛情、ですわ」
再び親指と人差し指を折る。
いやだから、物品と感情を同じ勘定に入れないでほしい。言えないけど。
その代わりに違う言葉が口をつく。
「お、重いですぅ!!」
まず、量が多い。
相手の年齢や体格は分からないものの、たとえ大食いの人でもそんな量を一度に出されて食べ切れるはずがない。
それに、手間が掛かる料理ばかりなのでその手腕には目を瞠るとはいえ、あまりにも肉と米がかぶりすぎている。これでは栄養が偏ってしまう。自分の愛情の深さを示したかったのだろうが、こんな食生活では健康に良くない。
だが、当然、
「それなのに、あの方は……私を……危ない女だと」
聞いてくれないどころか隠す気すらない。それだけショックだったようだ。
だからこそ、
「どこに危なくない要素がありましたか!?」
はっきり言う。我慢ができないとかではない。クウカの認識とエリコの認識にはこれ以上ない隔たりが存在している。それを指摘しなければならないと決心したのだ。
それと同時、指摘さえすればこの場から離れることができるとも考えた。
認識が違う以上、話をしていてもすれ違いが生じる。その状態で進めてはお互いにとって不幸になる。
クウカはそれでも需要となるが、エリコはそうではない。
痛いのは好きだけど防御に極振りしているからであって、『
ではなく、敵意丸出しで来られるのはやはり怖い。
意を決したクウカの激白に対して、
「えぇ!? クウカさんなら私の、あの方に対する『本物の愛』を理解していただけると思いましたのに……」
これまたとんでもない買いかぶりだ。
それと同時、とんでもないワードが飛び出てきたことに戦慄が走る。
『
口にするだけでご飯三杯(暗喩)いけちゃう辱めワード。
クウカ界隈では既に絶滅危惧となっている。あのなんちゃってクノイチ、ニノンすら口にしないほどの罪深い言葉。ナムサン。
もはや、普通に生きていては到底巡り会えない。ただ、今ここで話を聞いている限りでは、エリコの界隈、つまり日陰者やそれを統率する【トワイライトキャラバン】では普通に生息しているワードのようだ。流石裏社会に通じているギルド。
もはや、『
流石のクウカも、口に出すだけで恥ずかしいものである、という認識が存在しないギルドには近寄りたくない。
(どどどどうしましょう……)
異なる世界に住む相手から伺うお話もなければ、異なる世界に住む相手にクウカからできる話もない。
(クウカは欲しがりですけど、『
そもそも。
クウカには住む世界云々以前の問題として、自分の気持ちが分からない。
確かに、ユウキに対して特別な思いを抱いている自覚はある。彼の顔を見ると少しだけ鼓動が激しくなり、微妙に落ち着かない気分になる。なんだか体温も上昇している気がするし、顔に血が昇っている自覚もある。テンションもダダ上がりして口元が緩くなるのでそれは直したい。
だが、それが恋だの愛だのという特定の感情かと問われると、なんとなく違う気がするのだ。
方向性としては間違ってないが、そこまで強くないというか、確証が持てない。
ユウキと一緒にいるのは、楽しい。楽しいというより、普段からユウキの足りない言葉を燃料に、被虐妄想エンジンを爆発させて気持ちよくなっている、が正しい。それも楽しいという感情には違いない。違いないのだが、クウカ以外の人間からは理解がされにくいだろう、ということくらいは分かる。ただ、楽しいという自覚だけで終わってしまう。
それ以上を望まなくもないものの、それはあくまでクウカの被虐性向から生じた願望であり、感情を突き詰めた先にある行動を伴った結論ではないように思う。
だから、エリコのようにストレートに人に好意を示せることが羨ましい。
だが、
頼られることに対して、悪い気はしない。ただ、クウカには荷が重すぎる。
なんと言って誤魔化せばいいか。必死になって考える。
そして。
「ええと、そ、そのご友人の気持ちは、ほ、ほ、本物の愛だと思いますぅ……!!」
……口にしてしまった。
普段なら被虐妄想エンジンが掛かるほどの屈辱的な仕打ちだ。ご飯三杯(暗喩)も辞さない覚悟だったが、何も感じない。
否。
感じるものはある。圧倒的な敗北感だ。
まさか。
まさか、19にもなって『本物の愛』だなんて言葉を口にするなんて。
「ふむ?
『本物の愛』とかおもしろワードが聞こえた気がしたが」
「いや先輩(本物)ー!! ダメですってマジ!!」
「? 何をそんな分かりやすく焦っているのかねチエル君。本物ならいいだろう」
「そーじゃねーんすよパイセン。ここでパイセン登場はマジダメなパイセン登場なんで、本来うちらがバミられてるところへこう、自然な感じでフェードインするとオーディエンステンアゲ」
「通称、大人の事情」
「そうは言うがねクロエ君? 僕とてそんな単語を聞くと青春の一ページぽくてテンアゲしてしまう。僕は欲しがりではなく、貪欲に求めていく性質なのでね。
端的に換言せず始めると、そも、愛というものが形而上的な事象である以上、そこに真偽を含めた評価を下すことはできない。形状はおろか、大きさも定かではないそれは、個人の精神世界を知り得ない僕たちには接触することも、観測することもできないのだからね。当人がただそこに在る、と信じることでしか存在を証明できない。他人が関与するならば、その点をどうにかしてクリアする必要が出てくる。それは根本的な考え方として、観測しなければ存在する可能性と存在しない可能性の両方を勘案しなければならない、ということにほかならない。では今回のように、観測することなく存在の証明ができるか、というのは……おっと、いけ好かない理系がでしゃばって来そうなことを言いそうになった。名誉ある文系の僕が口にする内容ではないね。猫は可愛いが僕もかわいい。これが真理だ。
加えて、価値観というものは時代の変遷により変化するだけでなく、いち人間のたかだか80年かそこら生きているだけだというのにコロコロと変わる。僕とて一年前には青春など存在し得ないと全否定していたが、今はクロエ君やチエル君という得難い友人を得て青春真っ只中で謳歌している。通称アオハルだ」
「かわよっ!! この十八歳児かわよっ!!」
「それは……別に……いいけどぉ~」
「あざといぞ毒ロエ君」
「あざといですね毒ロエ先輩」
「つまり、その時々に応じて変わるものを基準とできるのはその基準を設けることのできる人間、つまり本人のみで、そこに他人の介在はあり得ない。影響されることはあるだろうが、本質すら変わるほどではない。つまり僕はアオハルを求めていたことが詳らかにされたわけだ。少々恥ずかしいな。だがこういう感覚もたまにはいい。新たな着想が得られそうだ」
「パイセンMだったんか」
「MですねサイズはSなのにユニちゃんじゅうはっさい」
「……話を戻そう。いかに自分が否定しても、人間は変わっていく。自分と周りが常に同調していることなどないため、変えられてしまう、が正しいな。普遍性を求めることは間違ってはいないし、自身だけなら普遍でいることも出来なくはないだろう。だが、周りは常に動いている。この動きこそ変化だ。つまり、常に変化している周囲に対し、自分だけが全く同質であることは不可能だ。そんな中で定義した"本物"は、決めた瞬間に定義から外れ、"偽物"となる。それを是正するために再び"本物"の定義を変更するが、変更した瞬間に再び定義から外れる。本物を求めるのであれば、この定義の再定義を自身の生存中、延々と繰り返すことになるわけだ。
端的に換言すると、本物の愛などというものは存在し得ない。あるとすれば、それは勘違いと妄想が生み出した、自己満足の産物だ」
「というかしれっと結論まで出したなこの先輩(本物)ー!!」
「そうだ僕こそユニちゃん(本物)。またの名をラブ探t(むぐー)」
「だーらヤバヤバのヤバだってば!!
あーもーしゃーなし、チエル、確保!!」
「Aye, Mom!! ちぇる!!」
「うわなにをくぁwせdrftgyふじこlp;」
後ろから口を押さえられ、下級生から荷物のように持ち運ばれる
……クウカもドSさんにああして乱雑に扱われたい、ではなく。
率直に言うと、
これからクウカがエリコを慰めることを考えると手間どころの騒ぎではない。それも込みで最悪だ。
通りすがりの人の言うことだから真に受けないで欲しい。そして、怒りの矛先はそちらに向けてほしい。決して、間違ってもクウカには向けないで……じゅるり!!
当のエリコは完全に下を向いていた。
もともと陰があるため、見た目にはそう変化はない。
だが、短いながらも怖いのでつぶさに観察していたクウカにはその変化が見て取れていた。視線は地面を凝視しており、その表情は暗いを通り越して青黒くなっている。
つまり、確実に落ち込んでいる。
「……私の愛は、ニセモノ……?」
これまでは多少の取り繕いはしてきたというのに、もう隠すことすらしていない。これまで言動の端々ににじませていた自信すら霧散している。相当のショックを受けたようだ。
まずい。
これまでの言動から、突発的な行動は起こさないとは分かっている。ただ、それはあくまでエリコに冷静さと根拠のない自信がある状態でのこと。かなりのショックを受けて自信が剥離してしまった今、エリコに冷静さがあるかと問われれば、
(い、一切ないですぅ~!!)
落ち込んだ人間ほど、何をしでかすか分からない。しかも、明らかにエリコの根幹を揺るがしかねない物言いを聞き流すのではなく、素直に真に受けている。
つまり、冷静だとは思えない。
まずい。
口元を緩めている暇などない。なんとかしないと。でないと、
(ほ、ほんとにクウカが滅んじまいますぅ~!!)
だが、なんと声をかければいいのか。
呼吸をするように妄想があふれるクウカにとって、即興で物語を紡ぐのは得意だとの自負がある。事実、高評価を受け、創作活動をしてみないか、と言われたことがある。結局、相手も相当危なかったのでドSさんが追っ払ってくれた……と思う。
しっかりとは思い出せないが、そんな記憶というか体験をしたことがあったような気がする。もしかしたら思い過ごしかもしれないが、一定の年代が夢見る、そんなシチュエーションを思い描くほどには自分の物語に自信を持っている。
ただし、それはクウカ自身を鼓舞するような内容に限る。他の人、しかも現在進行系でショックを受け、立ち直りそうにない人を励ますような物語は持ち合わせていない。
……逃げようにも、背を向ければ襲われかねない。
警戒しないように少しずつ動くことを覚悟した時。
「あれ、エリコちゃん……だよね? 大丈夫?」
クウカの頭の上から声が振ってきた。
「ひぅ!?」
思わず奇妙な音が喉奥から漏れ出る。逃げようと決意したタイミングで知らない人から声がかかるなんて、クウカだから我慢できたんですよ? もっと常識的に考えてくださいぃ~!!
ただ、エリコにはこの声の主と面識があるらしく、素直に顔を上げる。
「……シズルさん……ご無沙汰しておりますわ……」
この、藤紫の髪をワンレングスにまとめたこの方はシズル、というらしい。
ランドソルではありふれた女性服を着込んでいるが、その美貌は隠しきれていない。むしろ目立つ。もっと突飛な格好をした方が自然に見える、そんな印象を与える。
その姿に、クウカは見覚えがあった。確か、この先の広間でクレープの屋台を営んでいる、明るく、笑顔の素敵な店員さんだ。
そんなシズルだが、見たところ少し焦っているように見える。
目に見えて忙しげにしているわけではないのだが、どことなく後方、元来た方を気にしているように思えるのだ。なにか、のっぴきならない事態を抱えているのかもしれない。
だが、エリコはそんなシズルの様子を気にせずに言葉を作る。
「すみません……ちょっと、情けない姿を晒してしまい……」
……まぁ、まだ下向きなのでしょうがないといえばしょうがない。
対するシズルは、見た目ちょっと失礼なエリコの態度に対しても寛容だ。
「あ、病気とかそういうわけじゃないんだね。よかったよー」
ほっと胸をなでおろすような仕草を見せる。美人は何をやっても絵になる。それに優しく、心が清らかだ。
こんな清らかさを見せられて少々自分が恥ずかしく感じる。いや気持ちよくなる方ではない。洗われるという意味だ。多少気持ちいいのは否定しないが。
常に邪な欲望に駆られているクウカですら穏やかな気分になるのだ。邪悪な『
シズルは続けて、
「ちょっと急いでいるから、なんでもないならこれで失礼するね」
薄く口元に笑みを浮かべ、辞去を宣言する。どうやら、本当に時間も余裕もないようだ。それでも顔見知りに声をかけ、安否確認を怠らないとは、素晴らしい心がけだ。クウカは……見習うのはハードルが高い、と速攻で諦める。
だが、エリコはやや俯いたまま、
「シズルさんは……本物の愛を手に入れられず、苦しんだことはありますか……?」
辞去を宣言した相手に、とんでもないことを聞き始めた。
これにはクウカもたしなめようと決心する。藁にすがる思いなのは分かるが、誰彼構わず、しかもちょっと急いでいると明言している通りすがりの人に聞く内容ではない。
「本物の、愛? え、何……言ってるの?」
シズルの声に、戸惑いの色が交じる。
ほら……クウカに言われたと思うとたまりませんけど、エリコ相手では火に油ではないだろうか。
シズルは困惑を隠しもせず、薄く引きつった笑みを浮かべて口を開く。
「エリコちゃん、もう少し現実見よう?」
そうだ。言ってやれ。
クウカは初対面の美人さんが薄皮に包みつつもやんわりと、それでも明確に否定してくれることを期待した。
その期待に応えるかのように、シズルはダサい服に隠しきれないでかい胸を張り、明言する。
「お姉ちゃんにとって、弟くんとの絆こそ決して揺るがないつながり。つまり、本物の愛なんだよ!!」
(んーーーーーーーー??)
斜め上、否、直上急上昇の回答に、思わず意識が飛んだ。
そして、思考が再起動すると同時、シズルの言葉を再確認する。本物の愛云々の方ではなく、
(ききき、近親そ……う?)
全てを思う前に、顔の真ん中で鈍い、ぶつり、という音が響く。じんわり、と暖かいものが溜まっていくのを自覚する。
同時、鼻の奥で鉄の匂いを感じる。
そして、鼻から液体が流れ出る感触と、それが唇の縁にぶつかる感覚、あっさりとその堤防を突破し、滴るまで、一呼吸も必要としなかった。
「きゃあ!? 大丈夫!?」
シズルの短い悲鳴に、クウカはやっと自分が鼻血を出し、既に胸上でこぶし大のシミを作っていることに気付いた。慣れすぎている感覚と行為に、感性が鈍化していた。
「だ、大丈夫ですぅ……慣れてますのでぇ……」
言いながらもクウカは鼻をつまみ、下を向く。奇しくもエリコと同じ体勢だ。
頭頂部を見せつつ、クウカは本気で困った。
まさか、こんな清楚そうな美人さんがこの場で一番のインモラルを抱えていたとは。
だから『
クウカは今日何度目かの決心をする。
意を決し、口を開く。
「お、お急ぎだったんじゃないんですぅ?」
ここは少しでもやべーやつを減らす。そのためには体よく追っ払う。
すると、
「そうだった!! 実はさっき、幼女が女学生たちに拉致されている、って通報がされたみたいで」
……クウカの目の前でされていた。もう通報されたのか。早い。
でもあれは罪じゃないと思う。正しい行いだった。クウカはそう証言する。え、嘘言ったら拷問されちゃうんですかぁ!? じゅるり!!
……おっとよだれが。鼻と口からというのは欲張りすぎだ。
シズルはクウカの痴態に気付かずに言葉を重ねる。
「当局が動くとまずいから、今日はもう店じまい」
……んん? 当局? 何がまずいの? 思考読めないから説明して?
疑問符を浮かべるクウカには気もくれず、シズルはやはり周囲を気にしている。
「最近そういうこと多いみたいだし、エリコちゃんも気をつけてね?」
「……ええ、ありがとうございます。
ランドソルも、犯罪が増えてきましたね……怖いですわ……」
エリコは本当にそう思っているように声を震わせて応じる。
(あ、『
などと、大声で言えたらどんな責め苦に合うのだろうか。じゅる……あいや怖い。
じゃあね、と言い残してシズルは立ち去る。走るでもなく、それでも足早にこの場を離れる様子は手慣れているようにみえる。
街という公共空間において、周りの環境と異なる動きをするのは人の記憶に残りやすい。そのため、その場から早く逃げたくても、日常と同じように行動する方が逃げおおせる可能性は高くなる。
それなりの時間が経過していても犯罪者の逃亡の様子などがすらすらと口をついて出るのは、実際に犯人を認識して覚えているからではなく、その場にそぐわない行動をしていた人間が人々の記憶に残りやすく、結果として犯人だった、ということが顕著なためだ。
ただ、人の目を気にしがちなクウカだからシズルの些細な行動が目についただけで、エリコは気にもしていないようだった。やはりシズルは脛に傷持つ側の人間のようだ。あんなに穏やかで優しそうな美人さんなのに犯罪者とは……ランドソル怖い。
ドン引きするクウカに対し、
「流石ですねシズルさん……」
エリコは一定の理解を示したようだ。
(えーーー無理無理怖いですぅ!!)
「あの方との運命を疑うなど……私のすることではありませんでしたわ……」
そう言うエリコの顔には、少しだけ血の気が戻っている。多少なりとも前向きになったなら……いいのだろう、と割り切る。クウカには関係ない。ないったらない。
「そ、そうですぅ!! 愛の形は千差万別、自分なりの愛し方でいいんですぅ!!」
……違うと思っているけれども、これ以上エリコに付きまとわれるのは勘弁だ。
すると、シズルと入れ替わりにフルプレートアーマーを着込んだ兵士が三人、こちらに向かってくる。あの格好は間違いなく【
シズルがこの場を離れていてよかったと率直に思う。今日はじめまして、の相手とはいえ、顔を合わせた相手が当局にしょっぴかれるなど見たくはない。それくらいの甲斐性はクウカも持ち合わせている。
問題は隣に座り、未だ顔を伏せたままのエリコだ。クウカもまだ血が止まっていないので同じ格好だが。
さっきシズルに釘を差されていたように、きっと何かしらやらかしているに違いない。しかも当局に目をつけられるような。テロを首謀したとか、騒擾罪とか、あるいは国家転覆罪とか。あ王国だから簒奪か。どれとってもやべー。
……もし、エリコがそれらの嫌疑によって事情聴取されたら、今日はじめて出会った人のことなど知らないしわからない、と正直に言う。いくらクウカが欲しがりでも分別は持っている。国家権力はやばい。
クウカは少しだけ顔を上げ、それとなく【
どうやら団員たちは、その前にいる黒いイブニングドレスを着た女性の指示を受けて動いているようだ。とはいえ、彼らはまとまって歩いているだけのようで、誰かを探しているような素振りは見えない。
積極的に動いているのはその女性で、こちらも人を探すというよりは誰かが来るのが分かっていて、それを待ち構えているか、あるいはここに来る相手にバレない場所を探しているかのように見える。
となると、先程の未成年者略取事案の捜査ではないようだ。早すぎるとは思ったのだ。ほっと胸を撫で下ろす。
では、なんのためにこの場に来たのだろうか?
普段、クウカはそのようなことに興味を示す性格はしていないが、この出来事だけはどうにも気にかかる。
【
しかも、普段見たことのない豪華な衣装の女性が団員を顎で使っている。その女性はそれなりに肌を露出しているのに日焼けをしていない。ということは、普段はこんな場所に出てこなくてもいいような相当地位の高い人なのだろう。
【
クウカは軽く震える。
クウカは別に犯罪もしていないし、後ろめたいものはない。被虐性向? 誇っている。
それでも、わかりやすい権力者を目の当たりにすると、自分が一切関与していないと分かっていても居心地が悪い。根っからの小市民だと実感する。
当然、今動くと目立つので動けない。
小さく萎縮するクウカを気にも留めず、【
鎧姿の三人は目立つので、クウカから見て正面右手側、お店とお店の隙間や道端に置かれた荷物の影に隠れた。観察しなくてはならないためか、兜が目立つ。
……普通の格好で来れば、あるいはその場で鎧を脱げばいいのに、と他人目線の冷静な思考が働く。
ドレス姿の女性は……いない。
否。
頭の高い位置でまとめていた髪をほどき、大小様々な大きさの花でできたコサージュをつけている。しかもいつの間にか、黒のドレス姿ではなく空色のワンピース姿になっている。菜の花色の髪の色とのコントラストが鮮やかだ。
見事な変装に、思わずクウカも内心で称賛の声を上げる。
ただ、どうしても違和感がある。
庶民にはない気品と、何人たりとも追随を許さない強気の美貌が、庶民が歩き回る通りにはむしろ明確な異物になってしまっている。しかも、見ただけで分かるほどに上質の素材を使っているため、庶民が袖を通せる代物ではないことがすぐに分かってしまう。
つまり、街に馴染んでいないのだ。まだ先のドレス姿の方が良かった。
あるいは、先程の格好では都合が悪いために着替えたのかもしれない。
となると、観察対象はそんな相手と常日頃から顔を合わせることのできるような、偉い人なのかもしれない。
……余計に動きにくくなった。
クウカの出血は止まったものの、隣のエリコは未だに俯いたままだ。流石に放っておくわけにもいかない。
それに、偉い人がこの通りを通るとすれば、確実にクウカ達の前を通る。つまり、隠れたり変装したりしている【
否。
視線の先に俯いた女性がいれば、先のシズルのように、気にかける者は少なからずいるだろう。それが『
……被虐妄想エンジンが
何より、拘束されればユウキに会えなくなる。それだけは嫌だ。
素直にそう思えたことに、クウカは少しだけ嬉しく思う。まだ、ユウキに対する思いを明確にできているわけではない。それでも、ユウキに会えないことは嫌だと率直に思えたことは大きなことなのではないかと思えたのだ。
そこで、気付く。
なぜ怖い思いをしてまでエリコの相談……ではなく、話し相手になっていたかを。
エリコは怖いが、運命の相手とやらに対する想いは重いが確かだ。その話を聞くことで、クウカの中にあるユウキへの思いをもっと、明瞭なものにしたかったのだ。
その意味で、エリコには感謝しかない。未だに怖いけど。
まだしっかりとしてはいないが、少なくともユウキを好ましく思っていることは再確認できた。
今はまだ、それでもいい。
クウカ以外にも女の子の知り合いが多いのはモヤモヤするが、それもクウカにとってはご褒美だ。
要は、最後にユウキがどうするか、なのだから。
なんとなくすっきりした気分になったクウカは、改めてこの場を離れる算段をつける。
(さて……どうしましょう?)
まず、エリコには感謝を伝える。今日はありがとう的な言葉を告げれば、なんとなく解散の雰囲気にできる。
そこで腰を上げればいい。
これなら自然な流れで、怪しまれることもない。
そこまで考え、実行に移すべくエリコの方へと向き直る。
すると、突然エリコが立ち上がる。
なんの脈絡もなかったため、
「ぴゃ!?」
思わず奇妙な声を上げてしまう。
恐る恐るエリコを見上げると、
「今度は違う泥棒猫……ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイッ!!」
先程の覇気を失った抜け殻のような姿が嘘だったかのように、精力漲る状態になっている。それだけではなく、明らかに殺気立っている。それなのに表情にはほとんど変化がない。代わりというわけではないが、一定のテンポで同じ言葉を紡いでいる。
それはまるで、相手を呪い殺すために唱えられる呪詛のようだ。
その絶好調な様子のまま、エリコは隣のクウカに目もくれず、ゆっくりと歩き出す。
その足取りは確かで、まるで巨人が歩いているかのような、ずしん、と重苦しい音が聞こえてきそうなくらいにしっかりと一歩、また一歩と地面を踏みしめている。
……先程まで顔を俯かせて『本物の愛』がどうとか、なんて言っていた人物とは思えない。
対照的に、クウカは自然な感じを装いつつ、そっと体を元に戻して顔を伏せる。
大丈夫、鼻をつまんでいるので人相はしっかりと見えないはず。ええと、血。鼻血がまだ止まらないので下を向いています他意はありませぇん!!
結局、エリコはクウカを振り回すだけ振り回してあっさりと立ち去った。クウカ自身の気付きはあったとはいえ、それ以外の諸々で面倒を見させられていたクウカの努力は完全に水の泡だといえる。
その事実に、ぶるぶると震えるクウカは小さな声で絶叫する。
「た、たまりません~~~……っ!!」
……その日、クウカはご飯五杯(暗喩)お代わりした。
登場人物
クウカ
ヒロイン。ヒューマン。ドM。辱めを受ける妄想だけでご飯三杯いけちゃう。でも純情。存外かわいいところがある。
ユウキをドSさんと呼び、衆人環視の中で【イヤーン】を望むという、どう考えてもソシャゲの発想じゃねぇだろ大丈夫か、という18禁思考を持つ。
ドSさんから奴隷宣言してほしいですぅ!! と考えている。
エリコ
ヒロイン。魔族。服装は少々際どく、おっかないオーラ出してるが極めて常識人。なのにユウキが絡むと狂人。くすくす。
とにかく料理がうまい。面倒見が良くて優しく、しっかりしている良妻賢母系。なのにユウキが絡むと狂人(二度目)。
ユウキは私の運命の人なのだから結ばれて、否、(物理的に)