偽・さよなら糸色亡月王先生   作:ポロロッカ星人

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公園の満開の桜の下、親子が仲睦まじく遊んでいるのを見ていると書きたくなりました。
後悔しかないけど人生で後悔しなかったことってあんまりない。




自分の前世を思い出したのは、幼馴染みの首を絞めている時だった。

 

「ぐっ……ぇ……」

 

普段は愛嬌のある顔立ちを苦痛に歪め、何かを絞り出すかのようなか細いかすれた声。

それでいてこちらを見つめる瞳には非難の色は無く、むしろ自分の首を絞めている雄に対しての情欲を宿しているようにも見えた。

抵抗する素振りも見せず、されるがまま。苦しげに開いた唇の隙間から唾液が垂れる。

 

「かっ……っは……」

 

彼女の顎をつたい垂れてきた雫が、首を絞めていた手に触れて我に帰った。

 

「す、すみません!!」

 

慌てて手を離すと、彼女は咳き込みながらその場に崩れ落ちるようにして床に座り込んだ。

 

「げほっ! ごほっ!……ぜぇ、ひゅー……ごほっ!」

 

急に窒息状態から解放されたために噎せて咳き込んだのだろう。

先程とは違う種の苦しみが彼女を襲う。

息を荒げ、目尻に涙を浮かべている彼女の細い首には、くっきりと自分の両の手指の跡が残されていた。危うくこの少女を殺してしまう所であった。

大丈夫だろうかと心配して謝罪し、彼女の背を擦った。

 

「うん。大丈夫……」

 

赤木杏。私の幼馴染み。

生まれた病院が同じで、誕生日も1日違い。おまけにご近所さんだったことから両親が仲良くなり、そのまま子供である私達も付き合いが長くなっていったという経緯がある。

幼い頃は男子であった私よりも腕白で男の子のようであった彼女が、第二次性徴期になり女性的な体つきになるにつれ、性格にも淑やかさが生まれてきた。周囲の人間が私達がまるで付き合っているどころか、婚約でもしているかのように扱うものだから、満更でもない私は彼女を異性として意識していたように思う。

彼女の明るさと何物にも前向きな考え方は、私に足りないものを補ってくれるようだった。

後に知った話では、当人に知らせなかっただけで中学卒業と共に婚約者とする取り決めまで両家の間であったらしいのだが、この時はまだ教えられてはいなかった。

何にせよ、私は杏がこちらに心配させまいと気丈に振る舞おうとしつつ、私を見上げる瞳に雄に媚びる雌の本能を宿しているようにも見えた。それが私の中に見えない情欲の火を灯し、じりじりと内側から焦がすようだった。

この場が衆人環視の中になければ、中学二年生という思春期の盛りの情動に身を任せて彼女を押し倒していただろう。

おそらく杏は受け入れただろうし、子作りを推奨しているこの世の中においては、非難ではなくむしろ推奨されそうではあるが、理性が、何より唐突に思い出した前世との解離から来る違和感が私を抑制させてくれた。

パチパチパチ……と拍手の音がする。

教室中央で『女子の首を絞める実習授業』の実演を指名された私達に送られたものだ。

 

「素晴らしいわ」

「あんなに絞められたのに気持ち良さそう」

 

教師が誉め、周囲の女生徒が羨ましそうに私達を見ている。

この教室には、男は私一人であった。

共学にも関わらずこの男女比。戦後から続く少子化と歪な男女比の出生率からくるものである。

何でも、男女の営みにおいて絞首行為が男児の出生率を上げるという妙な統計があるそうで、実際に成果をあげているために、義務教育で男子は女子の首の絞めかたを授業で学ぶのである。

この世界は何もかもがおかしいはずなのに、それを普通の事と認識していた自分。

何かがおかしい。おかしいが、私は無言のまま主張しようとする股間の半身を落ち着けるのが精一杯だった。

他の生徒達には気づかれなかったと思いたい。

杏は私の股間の位置を一瞥し、にこりと笑った。

おそらく気づかれたのだ。私がすました顔で、適当な事を考えつつ海綿体へ血流が送り込まれようとするのを、気合いで抑えようとしていることに気づかれたのだ。

然り気無く周囲の視線を遮る位置に移動した彼女のお陰で、私の未熟な羞恥心が暴走することは避けられた。

私は、必ずやこの娘を嫁にしようと決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前世では何者であったか。私は正直、人に誇れぬ恥さらしな人間であったと思う。世間に顔向けできぬ愚かな人生を送った。

思い返せば優しい両親に友人、器量が良いわけではないが仲の良かった幼馴染みの女の子と人間関係にも恵まれていたはず。

しかし若く愚かな私は田舎暮らしが嫌で、都会に行けば美人なお姉さまときゃっきゃっうふふと刺激的な生活ができるのだと何の根拠もなく上京した。

顔は人並みで垢抜けてもおらず、裕福なわけでもなく、巧みな話術を持っているわけでもない。当然上手くいくはずもなかった。

せめてお近づきになろうと一念発起し、桃色な映画を撮影している会社の門戸を叩けば、「女の裸が見てえのか? ならいい仕事紹介してやるよ」と連れていかれた先はヒヨコの雄雌を仕分ける作業場。

それからはヒヨコの仕分け、たまに色を塗り、またヒヨコの仕分け。

根気の無かった私は逃げ出したがすぐに捕まり、再び作業場に送り返された。

六度目の脱走でようやく逃げ切ることができたものの、逃げ出した先で出会った美女に格好をつけようと口先だけの嘘を重ねれば、何故か隣の国のスパイと怪しまれて公安に追われる始末。私は日本人だと声高く主張するも誰も信じてくれなかった。長い尋問を終え、解放されたが行き場も無い。

 

途方にくれ、心身共に疲弊していた私は、故郷ならば温かく迎え入れてくれるのではと淡い期待を胸に帰郷するも、実家に家族の姿は無かった。

代わりにいたのは両親や親戚の名前を語る謎の韓◯人集団。これは背のりというやつでは?と怪しんでいるとそこに現れたのはかつて幼少の頃に結婚の約束をするほどに仲の良かった幼馴染み。

「背のりじゃないよ、イメチェンだよ」と明らかに無理のある事を言う彼女は妊婦になり、両の手では抱ききれぬ程の数の子供を持った母親になっていた。自分の捨てた人生に絶望した私は自決しようとするも一人で死にきれず、同じような境遇の人間を探した。

その縁で出会った女性と傷をなめあい依存しあうような関係となり、心中を図った。

「タカヒロ」……共に海に沈み行く彼女が口にしたのは、私とは一文字もあっていない別の男の名前。

私は暗い海の底に沈みながら絶望した。

そこで記憶が途切れている。

 

かつてを思い出し、脆弱な精神を打ちのめされた私は枕を涙で塗らしつつ、昼間誓ったように今生ではきっと幼馴染みと獣のように子供を作るのだと決意し憤る半身を寝床で鎮めた。

何度か溜まった鬱憤やらなにやらを吐き出し、部屋が臭くなる頃には精神的にも落ち着いた。換気のため窓をあけつつ、賢者のように冷静になった所で現状を整理しよう。

この世界は前世と歴史や価値観など様々な事が異なっている。

戦後まもなく、ポロロッカ星人を名乗る宇宙人が地球を侵略しにきた。地球一丸となって迎え撃つことにより撃退に成功。後にも先にも世界中の国々が一つになったのはその戦争だけだろう。

日本としても太平洋戦争の敗戦国という立場からいち早く対星人戦争における同盟国として大国の仲間入りを果たし、前世以上に世界的地位を確立させている。

しかし、宇宙人が使った兵器の影響か。もしくは宇宙船を攻撃する際に大量に撃ち込まれた核の影響かは解らないが、男子の出生率が激減した。

ただでさえ若い年頃の男子は先の戦争で亡くなって数を減らしていたというのに、追い討ちの状態である。このままではいずれ人類は絶滅すると考えられ、世界中で様々な研究がなされた。

そこで発表されたのが性行為の際の絞首である。

肉体に死の危険を感じさせるストレスを与えると受精率があがり、更には男児が産まれる割合が増えるというものだった。

前世の知識からすれば眉唾物であるが、これが一定の効果を出しているために、今では世界中で首絞めが推奨されている。しかし力加減を誤れば死の危険もあるため義務教育中に男子はその加減を学ぶのである。

戦争から半世紀以上経過した今では、男女間での首絞めは接吻以上の愛の形、ディープラブの象徴でもあるとされ、婦女子の憧れとなっている。

巷に溢れる少女向けの書には顎クイ、壁ドンと呼ばれる行為に並ぶシチュエーションとして扱われている。

相手のいない女性が疑似的に自身の首を絞めて誤って死亡する事故や、子供が真似して事故に繋がる案件が年に何回か新聞の記事に載ることが問題視されてはいるようだ。だからこその昼間の授業であるのだが……

私は数少ない男子として、将来的に複数の女性と関係を持つことを国から、そして家からも義務付けられてはいるが、正妻を選ぶ権利は持っている。

そうだ。私は彼女を正妻に迎え入れたいのだ。

ここまで誰かを求めたのは、前世を含めてこれが初めてかも知れない。

私の二度の人生で初めての恋───この初恋を赤木杏に捧げよう。

今までその場の勢いで行動して良かった試しは無かったが、あれだけの女性である。期を逃して別の男に靡かれる前に、彼女の周囲に男が私だけしかいない今のうちに告白するほうが良いに違いない。

朝になり、さっそく私はなけなしの勇気を振り絞って、この町で一番美しい桜並木が眺められるベンチへと彼女を呼び出した。

春の清々しい陽光。満開の桜並木が、私達を祝福してくれているようだ。

彼女もこの後のことを理解しているのか、ほんのりと頬を桜色に染めて、じっと私の言葉を待ってくれている。

 

「赤木杏さん! 私と結婚を前提にお付き合いください!」

 

未だ中学二年生の身分で、結婚を前提にするのは重いと感じられるだろうかと一晩悩んだ。

しかし、彼女が受け入れてくれれば離れる気は無かったので、やはりこれが嘘偽り無い私の本心だ。

朝の散歩をしていたお年寄りが、桜の樹にとまる雀が、犬が温かく見守る中。

 

「ぎっ!」

「…………え?」

 

彼女は私への返事を口にしようとしたが、唐突に車が視界の左から右へと彼女を押し流すように消し去った。減速することなく車は遠ざかっていく。大きな衝突音の後に、小さく鈍い音が聞こえた。

それは、風に舞う桜の花弁のように軽々と飛ばされた赤木杏が、地面へと墜落した音だった。

まるで人形使いが操ることを放棄したマリオネットのように、間接が曲がってはいけない方向に曲がっている。

不自然に首が捻れた彼女の双眸には、私の恋い焦がれたあの光が宿っていない。

 

「あぁ、ああぁ……ああああああああああ!?」

 

一目で理解した。即死だ。

私は、彼女が告白に何と答えようとしていたのかを永久に知ることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの出来事から数年が過ぎた。

絶望した私は何もかもに嫌気がさし、部屋に閉じ籠ろうとするも周囲がそれを許さない。

貴重な男手。しかも実家は元禄から続く名家であり、衆議院議員である父には息子の最終学歴が中学だなどと認められなかったらしい。

受験した覚えもない高校に放り込まれた私は、流されるままに惰性な日々を過ごした。

無駄に肥大した自我だけはあるものの、さしたる主張もない私に左翼ゲリラの大人達が近寄ってきては耳障りの良い言葉を投げ掛け、流されるままに活動していた。気がつけば大学に上がる頃には周囲の学生達と共に火炎瓶を手にしていた。

さぞ私達は操りやすかっただろう。気持ちの沈んだ若者に、世界を改変するだの、君の使命だの、真の平和だのなんだのと、気持ちを高揚させる言葉を投げ掛ける。

父への反発もあったのだろう。見事に引っ掛かった私は、受け売りで中身のない言葉を口にしながら

暴れる操り人形になっていた。

しかし、平等なる世界を掲げる大人達が、自分達の利権のために動いていただけだと知った時、操り糸が切れた。

深く考えなくとも良かった日々は終わり、虚無感が私を襲った。私の事を扱いやすい財布や女学生を集める客寄せパンダとでも思っていた大人達は憤慨したが、私は最早何かをするきにもなれず。

運動をやめようとする私に逆上し、襲いかかる左翼ゲリラ。このまま殺されるのもありかと考えていたが、幼くも剣の達人であった妹の倫が刀の錆びにしていた。

実家の鯉達が、特別な餌で丸々と太っていくのを見て色々と察した私は、実家の闇に絶望した。きっと長男の縁兄さんはこの闇の部分に反発して絶縁したのだろう。

 

「ふふ、情けないお兄様。かわいい」

 

震える私を見下ろして、幼い異母兄妹である倫が恍惚とした表情を見せる。

年の離れた妹に手を汚させてしまったことへの申し訳なさ。人を手にかけて気にしていない猟奇性への恐怖。

 

「あんな馬鹿な事をしていたのは、家への反発ですか? それともこれが時田の言っていた思春期というやつかしら。もしくは……あぁ、あの女をまだ忘れられずに癇癪でも起こしていたのですね」

 

つい数年前まで子供向けのアニメに影響されて、「ケツだけ星人」の真似をしてはしたないと怒られていた妹が、未だ齡10かそこらの娘がこちらの内面を見透かして嘲笑してくることに、何よりも恐怖した。

 

「おいたわしやお兄様」

 

その場から逃げ出したくて、私は実家を飛び出した。

頼れるようなまともな友人の一人もいなかった私は、身内で唯一の常識人である命兄さんを頼ることにした。

私達は全員が異母兄弟だが、命兄さんは私と瓜二つといって良い程には容姿が似ている。にも関わらず、私とは比べ物にならないくらいの善性の人間で、人柄も良い。人の命を救うという使命感のもと本当に医者になったほど。兄と比較すれば所詮四男の私など出涸らしのようなものと認識している。

きっと閉経した女性でなければ性的対象として見られない性癖が無ければ、この兄が糸色家の跡取りに指名されていたに違いない。

この面倒な弟を、兄は快く迎え入れ、大学に通う間の面倒を見てくれた。今でも私は他でもないこの兄には頭が上がらない。

 

「お前、教師をしてみないか」

 

大学を卒業する時期になるも、社会に出るのを恐れて何ら就職活動をしていなかった私に、兄が提案してきた。

確かに特に深い考えもなく教員免許は取得しているが、別段教育者になるような志も持っていなかった。誰かを教え育むことなど自分には不向きであろうことは明らかであった。

しかし、私はこの兄には取り敢えず従うべしと決めていたので、渋々頷いたのだった。

この選択が私の運命を変えた。

 




あ~あ、可愛い妹に首を絞められたい。
妹いないけど。
同士のみんな、来世に期待しよう。

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