偽・さよなら糸色亡月王先生   作:ポロロッカ星人

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原作が糸色片反していることを知り、時の流れに絶望した。





春。それは出会いと別れの季節。

入学、卒業、就職、退職。様々な人生の節目が重なる時期であるものの、世間一般的にはプラスの意味で捉えられることが多い。

気候も温かくなり、色とりどりの花が咲き始める事からも心地の良い季節と言える。

しかし、一部の人々にとっては春というものはマイナスイメージでしかない場合もあるのだ。

桜の咲かなかった浪人生。内定が一つも決まっていないのに学生の身分を失うフリーター一年生。

窓際に左遷される人事異動。引っ越し先での隣人トラブル。

私自身の思い出も、幼馴染みを喪ったのは今日のよう暖かな春の陽射しを感じる日であった。

満開の桜を見ると、あの日を思い出して気持ちが沈んでいく。何故にこのような状態で仕事をしなければいけないのか?

人付き合いの苦手な私にとって、今日から始まる生徒達とのやり取りも、考えるだけで胃が痛い。

もういっそ、今死んでしまえば再び赤木杏に会えるのではないか? 前世では一人で自決できなかったが、今ならばできるのではないか?

思い立ったが吉日。

私は目の前の見事な桜で首を吊ろうと思い立ち、近くのコンビニで購入したビニール紐を用意した。手頃な枝に引っ掻けて、固定されているのを確認すると、丁度いい凹凸が噛み合ってくれている。

いざ首に紐を通して台座から飛び降りようとした所で、背後から誰かに抱きつかれた。

 

「いけません!」

「ぐぇ!?」

 

強く抱きつかれた衝撃で枝が折れたようで、地面に縺れ合うようにして倒れこんだ。

 

「あぁ、また死ねなかっ……た……」

「命を粗末にしてはいけません……あれ、男の人?」

 

倒れこむ私に被さるようにして抱きついていたのは、セーラー服を着た美少女だった。✕の形の髪留めをしており、素朴ではあるものの、薄く色づいたリップクリームを塗っていたり、仄かに甘い香りがしていたりと年相応に容姿にも手入れをしているのだろう。制服越しに感じる柔らかさから、発育も年相応の女性らしさがあった。

しかし、それらとは関係なく私はこの少女を見てぎくりと身体が硬直した。

似ているのだ───かつて死んだ、赤木杏に。

顔が似ているわけではないと思う。確かに彼女も目の前の少女も端正な顔立ちではあるが、はっきりと別人だと思えた。

なんといえばいいのか、雰囲気とでもいうべきか。

纏う空気、口調、仕草など、そういったものが一目で解るほどに出来の良すぎる物真似のようだ。

あたかも、赤木杏が生まれ変わったかのように……

 

「こんな素晴らしい春の日に自ら命を絶とうなんて。春は始まりの季節なんですよ?」

 

つい黙ってしまった私を心配してか、彼女が大袈裟に手を広げて話す。

あぁ、その仕草も言葉もまるで焼き直しのようで……気がつけば、私は無意識の内にこの少女の首に手を伸ばしていた。

 

「え?」

「……っ」

 

慌てて首に伸ばそうとした手の向きを変え、咄嗟に彼女の背に回してしまった。

どのような顔をすればいいのか……違うな。

今の自分の顔が彼女の瞳に映るのが嫌で、自分の顔も彼女の顔も見なくてもいいように、そのか細い体を力一杯抱き締めていた。

 

「い、痛いですよぉ」

「すみません」

 

戸惑ったような少女の声が聞こえるが、私に彼女を離す余裕はなかった。端から見れば事案もいいところだが、人が良いのか拒絶はされなかった。

 

「もぅ、よしよし」

 

それどころか、大人に対して子供をあやすようにぽんぽんと背中を軽く叩かれる。

そしてそっと、柔らかく抱き締め返してくれた。

あぁ、あぁ、やはり。

この娘はあの幼馴染みにそっくりだ。

私の弱く醜い心の隙間を埋めて、いつの間にか安らぎを与えてくれる。

 

「……すみません」

「ふふ、簡単には死のうとしてはいけませんよ?」

 

どれくらいそうしていただろうか。

道端で女学生と抱き合い、あまつさえあやされる成人男性な私。誰が見ても教育者の姿ではない。

 

「ありがとうございました。少し落ち着きました」

「それは何よりです。人生つらい事もありますが、素晴らしい事もたくさんあるんですから」

 

多少の落ち着きを取り戻したように思う。

これ以上、この場で無様な姿をさらし続けるのもよくない。

笑顔は無理でも、表情を少しは取り繕えると判断した私は、彼女を解放した。

ありきたりな言葉ではあるが、にこやかに笑いながら励まされると素直に「ですね」と肯定することができた。

いつまでも座り込んだままではいけないので、立ち上がって袴についた汚れをはらう。

そこでふと、彼女の膝に少し血が滲んでいるのが見えた。おそらくは私と倒れこんだ時にでも怪我したのだろう。

 

「大丈夫ですか? 私のせいですね」

「あはは、こんなの大したことありませんよ」

「いえ、せめてこれを」

 

鞄の中に入っていた絆創膏を渡す。普段から用心しておいて良かった。

 

「ありがとうございます。それじゃ私は学校があるのでここで!」

「あっ……」

 

手を振りながら元気に駆け出す少女に、名前を聞くのを忘れていた私は後悔した。

大人の男に対して随分と物怖じしない娘だった。

私に大人としての威厳等が皆無なだけかもしれないが……やめよう、虚しくなる。

しかしあの制服は私が赴任する高校のものだったはず。また会えるだろうか。

少しだけ、これからの教師生活に楽しみができた。

この時、私は直ぐにでも再会出来るとは思ってもみなかったし、彼女が色々な意味で特別に問題のある存在だとは知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2のへ学級。私の担当することになるクラス。

男子四名女子二十七名。

圧倒的に女子が多いが、これでも比率は改善された方である。他の生徒達は新校舎なのに、何故かこの学級だけ旧校舎に隔離されている。

何でも、命兄さん曰く特別な問題を抱える生徒を集めた学級だそうだが、私に勧めてくる以上は、喧嘩に明け暮れる世紀末的な意味での問題児とかではないのだろう。

それはそれで問題の根が深そうではあるが、餅は餅屋と言うように、前世を含めて問題しかない私が適任ということか。

いや……これはむしろ毒は毒をもって制す的なやつなのでは?

しかし、深く考えてはいなかったが、高校教師の職を医者である兄が紹介してくるとは、どういう繋がりであろうか?

男の数が少ない昨今、生徒に限らず男の教師だって人数は少ない。いるとすれば、大抵は私立の学校が厚待遇で雇っていそうだが、公立の学校ではあまり聞かない。

今朝渡された学級名簿には生徒達の名前と入学時に作られた顔写真が載っている。ざっと目を通した限りでは、一目で問題児という写真の子は少ない。

いるとすれば、何か事故にでもあって怪我したように包帯を巻いた『小節あびる』と、顔写真の代わりに✕印が書かれた『風浦可符香(P.N)』という生徒。

そして、名前も顔も塗りつぶされた生徒。

一人目はまだ理解できるが、風浦さんはなんなのだろう。名簿でふざける必要は無さそうであるが、何故に写真がないのか。しかもP.Nとはペンネームとかだろうか、本名かどうかすら怪しい。

三人目に関しては、まさかお亡くなりになったのだろうか。もしくは退学で学籍が消されたのか。あまり関わらない方がよさそうだ。

木造の廊下を進むと、目的の教室に到着する。

この学級以外は、他学年も含めて全てが隣の新校舎で授業を行うため静かなものである。

唯一、人の気配のする教室である2のへからは、HR前の浮わついた生徒達の話し声が聞こえてきた。

扉を確認するも、教師を拒む黒板消しの罠などはないので、少なくとも新任の教師をいきなり虐める気風にはないらしい。

多少は安心して扉を開いた。

教師の登場に静かになる生徒達。数秒してから女子生徒を中心にひそひそとこちらを見て「男」「男だ」「男教師」「やだイケメン眼鏡」「えー、もっとマッチョじゃないとやだ」「眼鏡つけた暦」「なんで袴?」「見た目からして受け」「掘られながらアッー!て言いそう」と囁いている。

時折意味の解らない言葉が聞こえてくるも、第一印象は概ね好意的なようだ。

 

「初めまして。担任の糸色望です」

 

教壇に立ち、黒板に名前を書きつつ自己紹介をする。

こうして見るとやはり女子生徒ばかりではあるが、三人の男子生徒がいるために、私の時よりも肩身の狭い想いはしなくともよいだろう。

 

「あ」

「今朝の……」

 

見渡すと、中央付近の席に✕形の髪留めと膝に絆創膏を張った生徒がいた。今朝の彼女だ。

 

「ここの生徒さんだったんですね」

「はい。そういう先生は先生だったんですねぇ」

 

不思議な縁もあるものだ。

かつての想い人に似た娘が私の生徒だなんて。

 

「二人とも知り合いなんですか?」

「いえ、知り合いというほどでもないのですが」

 

私達のやり取りが意味深に映ったのだろう。

一人の生徒が当然の質問をしてくるも、さてなんと答えるべきか。

 

「えっとね、今朝初めて会って……」

「会って?」

 

級友の質問に彼女が答えた。

 

「抱かれた」

「「「えええええ!?」」」

「言い方ぁ!?」

 

教室が阿鼻叫喚に包まれる。

間違ってはいないけど、語弊を招くに違いない。

 

「先生! 初対面の女の子を抱いたんですか!」

「誤解です!」

「そうなの風浦さん?」

「私の初めてだったんだけどなぁ…(男の人にぎゅってされるの

「大事なところが小声ですから! 貴女わざとですね!?」

 

風浦と呼ばれた彼女の目を見ると、顔はこちらに向けたまま半笑いで視線だけ反らされる。明らかにわざと言っていた。

聖母のような娘だと思っていたのに、なんて悪魔。

しかも風浦という姓は先ほどの名簿で見た問題児候補ではなかったか。

あぁ、でもこの感覚も久しぶりか……思えば彼女もたまにこうして私をからかってくることがあった。

だからといって唐突すぎる。

 

「抱いたんですか? 抱いてないんですか? はっきりしなさいよ!」

「抱いてません!」

「そうだよ千里ちゃん。ただ抱き締められただけだよ」

「抱いてるじゃねぇか!」

「あああああ」

 

私のなかで美しい思い出として記録されていた今朝の出来事が、こんなにもややこしくなるだなどと誰が思おうか。

世間的には仮に男があちらこちらで女性に性的に手を出していたとしても、合意の上であれば称賛されるのだが、さすがに初対面の女子生徒を抱いたというレッテルは不味い。

しかも就任初日から。

高校生といえば思春期であり、恋に恋する乙女は特に情のない肉体関係を忌避する傾向にある。

援助交際なんて、この世界では女子高校生はしないのが普通だ。忌避しないのは非処女だけだ(偏見)

それはそうだろう。男は数が少なく引く手数多であり、男というだけで選ぶ側なのだから。

むしろ性欲をもて余した女性に男子生徒が買われる方がたまに新聞に載ったりする。

まぁ、景兄さんのように誰も選ばないどころか無機物と結婚するとか言い出すおかしい人もいるから、一夫多妻といえどあぶれる女性の方が多数派である。

話を戻そう。大人になれば相手に妥協できるようにもなるが、思春期の女の子というのはある種の潔癖症でもあるのだ。素敵な恋をし、その相手に抱かれることがあこがれでありステータスなのだ。

考え、機転を利かせ、よく考えるのだ!

 

「フ、フリーハグ……」

「は?」

「フリーハグです。先生は愛とか世界平和とか願ってますから。皆仲良くラヴ&ピースなんです」

「……はぁ」

 

機転、利かせられなかった。

所詮自分なんてこんなもの。何が愛とか世界平和とかだ。思ってもいないことを口にしたところで、説得力など皆無の苦しい言い訳でしかない。

 

「どう考えても嘘ですが……」

「いいじゃない。偏見をもたず、どんな人とも平等に愛を育める。誰にでもできることじゃありません」

 

それまで私をからかう側にいた風浦さんが、援護してくれた。もしかしたら満足して、そろそろ事態の収拾をかけるべきと判断したのやもしれない。

 

「まぁ、本人がいいっていうなら……」

「誰とでもって事は、勿論男同士でも!」

「晴美はちょっと黙ってて」

「待って! 大事な事なの! リアルの男同士がセックs」

「寝てなさい」

 

晴美と呼ばれた生徒が急にテンションをあげてきたが、隣にいた生徒に物理的に黙らされていた。

それを行ったのは私を詰問していた風紀委員らしき生徒。

 

「先生も、平等というのであればここにいる全員ときっちりハグしてください」

「はぁ、それは今しないといけないのですか?」

「勿論です。生徒で扱いに差が出るのは感心しません。それも初日から」

「……そうですね、解りました」

 

何故か流れで、全員と抱き合うことになった。

正確には休んでいる生徒が五名いたため、それ以外の生徒とではあるが。

先ほどまで私を詰問していた生徒達も騒いではいたものの嫌悪感までは無かったようで、満更でもない様子で頬を軽く染めて抱き締めあった。

こうして腕の中に女子生徒を抱き締めると、個人差はあるもののもう子供を産める女性なのだなと理解する。

中には小学生にしか見えない娘もいたりしたが、それもまぁ、個性ということでコンプレックスを刺激しそうなことは言わないでおく。

 

「先生はもう結婚したりしているんですか?」

「いいえ、まだですよ」

 

一人の女子が私に質問する。

それに答えると、「きゃーっ!」という黄色い悲鳴があがった。

 

「先生は、もうペットはいるんですか?」

「……いませんよ」

 

一人の男子生徒、久藤准という生徒が私に質問する。

それに答えると、「きゃーっ!」という黄色い悲鳴が、眼鏡をかけた女子生徒からあがった。

ちなみに、このペットというのは犬や猫のことではなく、籍を入れずに肉体関係を結んでいる状態の男性から見た相手のことを指す隠語である。

世の中にはペットが男性な場合のおぞましい物語を記した書物も存在するらしい。

あっ、何故か寒気が……

 

「糸色かぁ、変わった姓だよね」

「久藤君が先生と結婚したら糸色准ね!」

「いや、なんで男同士で結婚すんのよ」

 

何やら背後で、カツカツと黒板に書いている音がする。

まずい、この流れは!

 

「ちょっ、待っ!」

「あぁ、絶望……絶望先生!?」

「くっつけて書くな!」

 

せっかくここまで話題にならなければ、もう言われないと思っていたのに。

横書きで『糸色』を『絶』と合体させ、『望』と合わせれば、人の名前としては印象最悪の絶望になるのだ。

このまま気がつかれないようにと思っていたのに。

あれだけ話がそれれば、読者も「あの原作の流れは無しかぁ」とか思っていたかもしれないのに。

 

「風浦さん、また貴女ですか」

「すみません。離して書きますね」

 

先ほどの抱いた抱いてないのくだりよりも随分と罪悪感を感じている顔で、黒板の左端に『糸』、右端に『色』と書く風浦さん。

 

「逆に気を使われすぎで気まずい!?」

 

あれだけやんややんやと盛り上がっていた他の生徒も、憐れむような目で私を見ている。

初対面の大勢の高校生に憐れまれることに絶望した。

 

 

 

 

 




風浦可符香(P.N)
CV常月まとい

本日の欠席生徒
■■■
小森霧
関内太郎
常月まとい
日塔奈美──以上五名

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