偽・さよなら糸色亡月王先生   作:ポロロッカ星人

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春の早朝。
堤防で犬の散歩をしていたら、大人の玩具が落ちていました。
周囲には他に人影はない。
きっと春の風物詩な変態さんも、コロナ禍で密にならぬような時間に遊んでいたに違いない。
皆さんもコロナがおさまるまで、もう少しの間だけでもTPOを弁えましょう。




恥の多い人生を送ってきた自覚はある。

むしろ今生に限った話であっても、何か人に誇れるものなど思い付かず、他人に話すのも憚れる愚かな間違いばかり。

人格破綻している両親の間に生まれたのが間違い。

幼い頃に度胸試しに河童と相撲をして、尻子玉を抜かれる間違い。

小学生の頃に担任の先生を「お母さん」と呼んでしまったのも間違いであれば、間違って呼んだことを認めると恥ずかしかったので、そのまま先生のことを「お母さん」と呼び続けたら何故か母が学校に乗り込んできて担任と喧嘩になった間違い。

しばらくして先生が不自然に転勤になったことに、実家の圧力があったと知らなければ良かった。

精通した時に妄想した相手が義母(景兄さんの母)だったり、その事をあろうことか幼馴染みの女の子に知られた事も間違い。

幼馴染みを好きになった事も間違いだし、告白しようとあの日あの時あの場所に彼女を呼び出した事が人生最大の過ち。

彼女に操を立てると誓ったのに、別の女性にたまに性欲を掻き立てられる事も、自分が節操無しに思えて虚しくなる。

 

「やはり私は死んだ方がいいのでしょうか」

 

「はぁ……私は確かにカウンセラーですけど、生徒達のためのスクールカウンセラーなんですが」

 

私は、目の前に座る新井智恵という女性に相談していた。ショートカットの髪型に、切れ長の瞳。

女性らしい凹凸のある体。

常に冷静沈着で物静かではあるが、カウンセラーらしく相手に真摯に向き合って会話してくれる女性である。声はなんだか妹の倫とそっくりであり、未だに独身なのが信じられない美女でもある。

命兄さん経由で知り合ったので、もしかしたら兄の婚約者候補だったのかもしれない。

あぁ、兄が熟女マニアでなければ新井先生も今頃は結婚できていたやもしれず……申し訳ない。

 

「また何か変な事を考えていそうですね」

 

「あぁ、いえ……すみません」

 

「私としては、貴方が適任と思ってへ組の担任に推薦したので、簡単に死なれては困りますが」

 

「困ってくれるのですか?」

 

「多少は」

 

そう言って、傍らの机におかれたコーヒーを手に取る新井先生。

足を組み、コーヒーカップに口をつける。

それだけの動作で充分に絵になる女性に、自分が必要であると言われるのには嬉しくもあるが、何故か同時にリップサービスというか、困るには困るが代替のきかない人間ではない的なニュアンスの言葉が、本来なら後に続いていそうだとも思えた。

これは深掘りしないほうが自分の精神衛生上よろしかろう。

 

「しかし、何故私に教師を?」

 

「教員免許を持っていたからでは駄目ですか?」

 

質問に質問で返される。

睨まれているわけではないのだが、新井先生は目力が強いので、つい視線を反らしてしまう。

今はまだ、正直には話してはくれないのだろうと理解してしまった。

 

「……じゃあもうそれで」

 

ここで強く尋ねられないあたり、私はやはり気が弱い男である。

 

「糸色先生はバタフライエフェクトをご存知ですか?」

 

「蝶の羽ばたきが、大きな台風やハリケーンにとかいうあれですね」

 

日本ではバタフライ効果という呼び名の方が有名だろう。そのまま蝶々効果と直訳する場合もある。

些末な事象が切っ掛けで、やがて大きな事象が起こることだ。

 

「そうです。もしかしたら貴方が間違いだったと思う行動のなにがしかが切っ掛けで、巡りめぐって大勢の人をを助けていたかもしれませんよ? 」

 

彼女達が救いを求めていたかは別として。

 

「それは随分とあれな考えでは……でも、そうですね」

 

かなり傲慢というか、都合の良すぎる考えではあるが、私の精神は救われる。

はぐらかそうと出た話かもしれないが、私は重なりあう罪の意識が多少は軽くなった気がした。

 

「私のせいで彼女を死なせてしまった負い目が柔いだ気がします」

 

「他人の私から言わせれば、先生の幼馴染みを殺したのは車を運転していた人間であって、先生が手をくだしたわけではないのだから、ちょっとは前向きになってもいいんですよ」

 

彼女を車で轢いた人間は逮捕されている。

赤木杏の事を忘れるわけではないが、あまりに罪の意識が重ければ、彼女の魂を現世に繋ぎ続けることとなるだろう。

 

「少なくとも、彼女には……彼女達には貴方が必要でしょうから。今のあの子達を見てあげてください」

 

「はい。あまり教師としての自信はありませんがやるだけやってみます」

 

「教師として寄り添うのが無理なら、男として寄り添ってあげてもいいんですよ?」

 

「はは、またまた御冗談を」

 

「冗談ではありませんよ。糸色家と生徒達の保護者とも話し合いは終わっています。同意の上であればどんどんどうぞ」

 

「……は?」

 

初耳である。

それではまるで、成人しても嫁の一人も決めない私に、嫁をあてがうための見合いではないか。

というか、美女が無表情で指で作った円に、別の手の人差し指を抜き差しするのはちょっとくるものがあるのでやめてほしい。

 

「ちなみに私は対象外です」

 

「……はぁ」

 

こんな時にはどういった反応をすればいいのだろうか。あとはやはりこの件にも実家が関わっていたのかと再認識した。

 

「ま、まぁ生徒達にも選ぶ権利はありますから」

 

玉虫色な言葉でお茶を濁そうとしてみる。

 

「今はそれで充分です。ただ、その時が来たら受け入れてあげてください。時に先生……2のへに長らく不登校な生徒がいるのをご存知ですか?」

 

これ以上は話を詰めても私が逃げると思ったのだろう。新井先生は話題を変えてきた。

不登校──確かに、初日である昨日の時点で欠席だったのが五名。内四名は今日も引き続き欠席のままだった。

関内太郎、小森霧、日塔奈美──そして■■■。

常月まといという少女は出席していたのだが、何故か昨日は風浦可符香を名乗っていた女子であった。

絆創膏も膝につけていたし、声も昨日と一緒。腰の形も一緒。ただ、人格が変わったかのように仕草や口調も別のものになっていたし、昨日は風邪で休んだと言い張っていた。髪型も違っていたし、髪留めもしていない。

代わりに今日は何故か委員長の木津千里という少女が風浦可符香を名乗っていた。そのまた代わりに木津さん自身は休みだと言う。

外側である肉体が木津さんなのに、中身がまるで人格が変わったかのように風浦さんだった。

赤木杏に似た仕草をする風浦可符香になって、✕形の髪留めをしていた。声は木津さんのものなのに、風浦さんの口調なのだ。

生徒の悪戯にしては度が過ぎているし、他の生徒達も彼女を風浦可符香と認識していて、あの教室の中では私こそが異端であった。

正直訳が解らなかったが、私の危機感知のセンサーが深入りすれば致命傷になると囁くために、話を合わせた。

いつかこの事も、命兄さんや新井先生から聞き出せるのだろうか。

 

「その中の小森さんは一年生の半ばから一度も登校していないのです」

 

「長いですね」

 

普通に考えれば出席日数が足りないだろうに、よく進級できたものである。

不登校よりも明らかに何か問題がありそうな生徒もいるので、特殊な事情も絡んでいるのかもしれない。

 

「放課後、家庭訪問して様子を見に行っていただけませんか?」

 

「解りました」

 

行って解決できるとも思わないが、先程思い直したばかりである。

今回ばかりは新井先生の言葉に素直に頷いた。

相談室を出て、ふと気づく。

はて、新井先生は何故に私の幼馴染みの死因を知っていたのだろうか?

彼女には、幼馴染みが死んだことは話しても、車に轢かれた事は話していないというのに……

 

「糸色先生でなければ駄目なんですよ。彼女達にとっても、貴方にとっても」

 

扉を閉めてから新井先生が何か一人言を口にしていたが、何を言っていたのかは私には聞き取れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、小森さんのお宅へと向かう。

電車にして学校の最寄り駅から一駅という距離であった。

駅から出て、踏み切りの先の住宅街にあるらしく、私は遮断機が開くのを待っていた。

カンカンカンカン───と独特の音と、赤く点滅する信号。それらを眺めていると、なんだか唐突に線路に飛び込もうとする人の気持ちも解らないでもない。

 

「危なーい!!」

 

急に背後から力強く押された私は、電車の迫るなか遮断機の向こう側へと倒れこんでしまった。

 

「ひぃ!?」

 

なんとか体を捻り、電車に接触することは免れたが、危うく死ぬところであった。

 

「死んだらどうする!?」

 

振り返ると、危ないと言いつつ私を思い切り押した風浦さん(木津さん)がいた。

彼女は全く深刻そうな様子を見せないまま、軽くごめんなさいと私に謝る。

 

「もし先生が死んじゃっても一人で逝かせません。私も一緒に逝きますよ」

 

「貴方と心中するつもりはないのですが」

 

昨日命を粗末にしてはいけないとか言ってなかっただろうか?

もしくは、昨日は常月さんで今日は木津さんが演じているので知らないのか。

 

「その時は冥府で夫婦となりましょう。もしくは来世」

 

「はぁ」

 

これは遠回しに女子生徒からの告白と受け取って良いのか。

違うか。この子はその場のノリで言ってそうだ。

 

「で、何してるんですかこんな所で」

 

「ウチ、近所なんですよ。先生こそ何してんですか?」

 

「それが家庭訪問なんですよ」

 

特に隠すことでもないので説明した。

何故か風浦さんが隣を歩いてついてくるが、まさか小森さんのお宅まで同行する気だろうか?

しかし好都合でもあるのか。

小森霧のひきこもった原因が何かを私は知らない。

内容如何によっては教師の言葉よりも同級生の言葉のほうが反応がいいかもしれない。

多生の打算もあり、私は彼女の同行を許可した。

 

「ここですね」

 

「ええ、小森さんのお宅です」

 

たどり着いたのは、外観としては可もなく不可もない中流階級の家そのもの木造二階建ての一軒家。

インターフォンを鳴らせば出迎えてくれたのは、疲れた表情をした女性だった。

小森霧の母親で、話を聞くに母子家庭らしい。

母子家庭それ自体は珍しくもないし、金銭的に困っているわけではないようだが、娘がひきこもりのために精神的に追い込まれて余裕もないのだろう。

 

「先生、あの子をよろしくお願いします」

 

「はい。できる限りのことは」

 

「いっそ外に出せたらそのままあの子をもらってやってくださいな」

 

「え、いや、あの……」

 

「今でこそあんなですが器量は良いので。娘は外に出しても、アレは中に出していいんで」

 

「その手やめてください」

 

人差し指と中指の間に親指を挟んで握りこぶしを作っている小森母。

前言撤回、この人結構余裕ありそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

案内されたのは二階の奥の部屋。

母親が扉をノックするも、中に気配は感じるが無視しているようで反応がない。

ノブには鍵がついていないようだが、小森母が扉を開けると数センチしか動かない。

どうやら内側からチェーンをかけているらしい。

それも自分で追加したのか、複数のチェーンが見えた。

 

「霧、ここ開けなさい」

 

「来んなよ! 帰れよ!」

 

部屋の主が扉の隙間から顔を除かせ、こちらに向かって怒鳴ってきた。

自分の領域に侵入しようとする人間へ威嚇しているのだ。髪も長い間切っていなかったのか伸び放題で、口許以外は髪で隠れてしまっている。

 

「いい加減にしなさい!」

 

「五月蝿い!」

 

「先生も来てくださってるのよ!?」

 

「知るかバカ!」

 

「お友達の風浦さんも来てくれてるのよ!」

 

「もっと知るかバカ!」

 

これは中々の本格的なひきこもり。

しかし母親相手でも口汚く罵るあたり相当ではあるが、口が悪くとも罵倒の言葉がバカくらいしか出てこないあたり元の性格はいいのかもしれない。

親相手でも平気で「死ね」と言ってしまうとアウト判定である。

 

「どうしますかね。私もたまに趣味でひきこもりますが、ここまで本格的なひきこもりを外に出す方法が思いつきません」

 

「やだなぁ先生、そんなテレビや新聞でしか見たことのないひきこもりが身近にいるわけないじゃないですか」

 

またこの娘が何か言い出した。

 

「じゃあ、あれはひきこもりではないと?」

 

「そうです。座敷童子です」

 

座敷童子───日本の妖怪。子供の姿をしていて家に憑き、その家は座敷童子のいる間は繁栄をもたらされるとされている。反面、出ていかれるとたちまち衰退するとも言われている。

 

「あの座敷童子ですか」

 

「ええ、あの座敷童子です」

 

だからむしろ出してはいけない。ひきこもりではなく座敷童子なのだから、好む物を置いて居心地が良くして長くいついてもらわなければいけない……とのことらしい。

ひどくポジティブな考え方である。

だが、押して駄目なら引いてみろともよく言われるのであながち間違いともいえないのか。

天岩戸にお隠れになった天照大御神も、押して駄目なら引いてみろの成功例ともいえるだろう。

日本の神話で証明されている。

今でこそ内側からしかチェーンがかかっていないため、本人が出たければトイレなり風呂なりのために出ているのだろう。

それすらしないようなレベルのひきこもりもいるだろうが。

逆に本人が出たいという状況に持ち込むわけだ。

周囲の人間が声をかけるなんてことはやりつくしているだろうし、やってみる価値はあるだろう。

 

「それは?」

 

「座敷童子用のトイレ(小)です」

 

いつのまにやら風浦さんが、空の2リットルサイズのペットボトルを手にしていた。

そのボトルを扉の隙間から放り込む。

 

「それは?」

 

「ろ過装置です。これで水分に関しては自己完結できます」

 

いつのまにやら風浦さんが、漏斗とビーカーやアルコールランプなどを再び部屋の中に放り込んだ。中でビーカーの割れる音がする。「変なもん入れんな!」と小森さんが怒っていた。さもありなん。

 

「……それは?」

 

「座敷童子用のトイレ(大)とコンポスターです」

 

「どこから出してきたんですか?」

 

「企業秘密です」

 

「さすがにそれは乙女の尊厳が死ぬでしょうからやめてあげなさい」

 

「先生がそうおっしゃるなら、では次にお友達です」

 

アヒルのデザインのおまると、直方体の箱を入れようとするのを阻止する。

すると代わりに風浦さんは、次に鞄から藁人形を数体取り出して部屋に放り込んだ。

日本人なら誰もが知る丑の刻参りに使われるものである。さすがに小森さんも知っていたのだろう。部屋からは先程までの怒りと違い困惑の声が。

雲行きが怪しくなってきたのを感じたかもしれない。

 

「いつも持ち歩いているんですか? 藁人形」

 

「さあ、あとは封印するだけですよ」

 

無視された。

本当にするのかと確認する間もなく、扉が開かぬよう板を打ち付けていく風浦さん。

何故か金槌の代わりにスコップを使って釘打ちしているが、むしろ職人並に速い。

 

「そのスコップはどこから?」

 

「……ふぅ、乙女の秘密です」

 

あっという間に作業を終えた風浦さんが、額の汗を拭うと華やかな笑顔でそう答えた。

背後の扉では、出られなくなったことを悟った小森さんが、バンバンと扉を叩いて抗議している。

 

「おい、何してんだ開けろ! 勝手なことすんな! ひぃ、なんかこの藁人形動いてる!? 怖い!」

 

「あぁ、小森さんがパニックで幻覚を」

 

「あの藁人形にはヒロシ君とサナエちゃんと水木しげるの魂が入っていますから、そりゃ動きもしますよ」

 

「なんですかそれは!」

 

貴方そんなもの入れたんですか?

部屋の中で小森さんが錯乱しているのか、悲鳴と一緒に物が壊れる音が聞こえる。

さすがにこれば不味いと思い直し、扉に打ち付けていた板を外そうと試みる。

しかし私が扉を解放する前に、小森さんは中からテレビや家具を叩きつけて自力で扉を破壊した。

 

「おぉ!」

 

「さすがは座敷童子。日本を代表する妖怪のはしくれ、簡易な結界では封印できませんか」

 

「ひぃい!?」

 

心霊現象のように、まだ日も暮れていないのに急に真っ暗になる。

 

「どうか座敷童子様、お部屋へお戻りください」

 

風浦さんを中心に何処からともなく現れた蝋燭の灯りがずらりと並び、廊下を照らし出す。

たかだか数メートル程だった廊下は何処までも伸び、天井には無数の注連縄。壁一面に札がはってあり、床全てを埋め尽くす数の半透明な子供達。

子供達はそれぞれが皆、日本人形を抱いている。

半透明の子供達と、抱かれた人形。

その全ての目が小森霧を凝視していた。

 

「ほら、こんなにお友達がいっぱい」

 

恐怖が臨界点に達したのか、小森さんはその場にくずおれた。

最早悲鳴もなく、毛布で身を守るように包みながら、部屋の角でぐすぐすと泣きじゃくっている。

さすがにやりすぎである。

いつのまにか半透明の子供達や人形は消え、元の廊下に戻っていた。

 

「では先生、あとはまかせました」

 

「あっ、ちょっと」

 

ここまで追い詰めた元凶は、小森さんが泣き出したとたんに逃げ出した。

泣いている少女を、それも原因の一端をになったような状態の少女を放置して逃げられるほど、私は図太くなれない。

最早扉もないので、そっと部屋に入ってみる。

色々と散らかってはいるが、それは先程の錯乱状態の時に扉を開けようとして散乱したものだろう。

その証拠に、ゴミの類いは落ちていない。

想定していたよりもずっと綺麗で、無臭ではないが、臭いも気になるほどのものではなかった。

 

「怖がらせてしまいましたね」

 

「ぐず、ひっく……?」

 

小森さんに目線の高さを近づけるために、隣にしゃがみこんだ。

年頃の少女の慰めかたなど知らないので、取り敢えずは幼子をあやすように頭を撫でてみる。

少なくとも触れることに対して拒絶はされてはいないようだ。

 

「貴方の新しい担任ですよ。初めまして、糸色望といいます」

 

名乗ると顔をこちらに向けてくれたが、髪が邪魔で顔は見えない。

あれだけ視界が塞がれて、小森さんからは見えているのだろうか。

 

「えっ、……あ……えっと……」

 

おそらくは他人とまともに会話するのが久しぶりなのだろう。先程の怒鳴り声や泣き声と違い、小さな口から出てきた素の声は可愛らしい声だった。

しかし久々すぎて、声の出し方が解らずにかすれてしまっている。趣味で一週間ほどひきこもっただけで、私でも声が咄嗟に出なかった覚えがある。

半年以上なら尚更だろう。

 

「こ、もり……きり……です」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

私は我の強かったり、無駄に陽気で落ち着きのない人は苦手ですが、彼女のようなおとなしい人間は好ましく感じる。自分自身が根暗な性格だからだ。

 

「なんだ。ちゃんと自己紹介できるいいこじゃないですか」

 

「わたし……いいこ?」

 

「そうですね」

 

長らく引きこもっていても、やはり根はいいこなのだ。

撫でる手を止め、隣に座る。

いきなりひきこもりの原因までは、初対面の私には話してくれないかもしれない。

むしろ、よく知らない生徒の闇の根幹を初っ端から聞き出す勇気が私にはなかった。

 

「思っていたより綺麗ですね」

 

「えっ?」

 

「私の部屋よりも綺麗なんじゃないですかね」

 

「あっ……そっち」

 

私自身あまり会話の弾む性格ではない。

ただ、普段は何をしているのか。趣味はなんなのか。犬派か猫派か。おすぎ派かピー子派か。赤いきつね派か緑のたぬき派か。茸か筍か。

そんな他愛もない会話をぽつりぽつりと続けた。

気がつけば外は暗くなっており、窓から入る月明かりと、破壊されたままの扉から入る廊下の電気しかない薄暗い状況だった。

なんとなく、前髪で隠れていてはさぞや暗いだろうと思った。

 

「失礼」

 

「あっ……」

 

一言断り、小森さんの前髪を指で開く。

そこから覗いたのは、未だに幼さが残るも二重に長い睫、すっと通った形の良い鼻、かさついた様子のない潤った唇。

そして陽にあたらないせいか染み一つない白い肌。

 

「美人だ、しかも色白」

 

つい口から出た言葉はしっかりと彼女に聞こえていたらしく、薄明かりの中でも解るくらいに頬があかくなっていた。

肌の色素が薄いとこうもはっきりと表情に出るものなのだな、と思いつつ、何かが私を惹き付けた。

後から思い返せば、容姿としては似ていないはずなのに、初めて風浦可符香に出会った時のように小森霧の中に赤木杏の面影を見たのだ。

行動に移してしまった時点で、初対面の彼女にこんなことをする気はなかったと語っても説得力はないだろう。

しかし、私の意志に反してこの手は彼女の頬に触れ

、なめらかな肌の上を滑り顎に触れ、そして彼女の華奢な細い首筋に到達した。

 

「……ん」

 

意識外の行動とはいえ、私もさすがに、彼女が抵抗すればやめていただろう。

だが、初対面であるはずの男にここまで触られても、彼女は嫌がる素振りも見せない。

別に彼女が男に慣れているわけではないだろう。

この男性が極端に少ない世界では、男性遍歴のある女性はまれである。

現に彼女のそれまでの反応は、2のへの同級生達と比べても初心なものであったし、そもそもひきこもりをしていたのだから男どころか女との会話すら無かったはず。

しかし小森さんの潤んだ瞳は私を捉えたまま、嫌悪は見られない。

初めて会った男……しかも同意を得ずに首を絞めるという、前世では無理やりキスをするような乱暴を働いている男へ向けるものではない。

むしろ長年、それこそ前世から望んでいたものが目の前にあるかのようで……

 

「あ……がっ……」

 

私の両の手は、彼女の首を絞めていた。

小森霧を通して、かつての幼馴染みの首を。

一瞬、私の手に小森さんの手が触れるも、それは外そうと抵抗するものではなく、愛おしげに撫でるだけ。

苦しげに表情を歪め、酸欠で顔は青白く、それでいて瞳は恋い焦がれた雄に媚びる情欲を宿した雌のもので……

 

「い……ぃ……よ……?」

 

彼女は纏っていた毛布を床に落とすと、両手を広げて私を受け入れた。

その後は、情動に流されるまま。

 

日付が変わる頃には互いに一糸纏わぬ姿であった。

小森さんは満たされた様子で、穏やかに寝息をたてている。

情事が行われた臭いが充満していたため、窓を開けて換気する。

見事な満月が、私を嘲るように夜空に輝いていた。

あぁ、手を出してしまった。

しかも小森さんはやはり初めてだったらしく、布団に小さく染みを作った乙女だった証しを見て理解する。やっちまった……と。

あぁでもあの小森母ならば笑って許してくれるかもしれないと、さすがに報告しないわけにもいかないため一階に降りた。

あれだけしていれば、絶対に気づいていないわけがないので、逃げるという選択肢は取れない。

 

「先生、ありがとうございました」

 

私が一階に降りると、老齢の女性が待っていた。

数時間前に会った小森母はおらず、そこにいたのは祖母を名乗る女性。

傍らには、先程確かに会ったはずの小森母が写る遺影と位牌があった。

昨年亡くなっていたらしい。

では、私を小森さんの部屋まで案内してくれた女性は一体……いや、野暮な事は考えるのはやめよう。

御婆さんは虚空をみつめ、一筋の涙を流した。

 

「先生、どうか孫をお願いします」

 

これで娘も成仏できる、と泣いていた。

私は小森さんに書き置きを残して帰宅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、朝のHRに小森さんの姿はなかった。

しかし、職員室で他の先生に小森霧が久々に登校してきたと聞いた。だが、授業には出ていない。

さすがに大勢の前に出るのはまだ難しいらしく、空き教室に籠っているとのことだった。

 

「小森さん、こんにちは」

 

「あ、せんせー♡」

 

空き時間に様子を見に行くと、毛布にくるまれ、何処からか運び込んだらしい一畳の畳みに座る彼女がいた。

昨日よりも声に明るさも出ているし、他の教師と会った時も挨拶ができていたようなので、一歩前進といった所か。

ただ問題が二つ。

一つは、この日を境に旧校舎にひきこもり、下校しないようになってしまったこと。

不登校から不下校になってしまった。

そしてもう一つは……

 

「せーんせ♡」

 

彼女の華奢な首に、サイズのあっていないぶかぶかな物ではあるが、最近流行りの婚約首輪がつけられていたこと。

その首輪のおかげで、首についた指の痕が隠されている。

 

「ふふ」

 

それを時折指で触れてみせ、私は貴方のペットなのだと主張するようになった。

 

 

 

 




風浦可符香
CV木津千里

本日の欠席生徒
■■■
木津千里
小森霧
関内太郎
日塔奈美───以上五名。


生徒紹介
小森霧──ひきこもり少女。チョロインその1。
長いひきこもり生活が影響してかかなり髪が長いが、綺麗好きではあるらしく髪型がぼさぼさだったり汚れていたりという描写は特にない、むしろ綺麗なストレートである。
ひきこもりでも家事は得意で世話焼きな駄目男製造機。
背は低いが発育は良い。よく漫画カバー裏でサービスしてくれるために多くのファンを虜にした。
ひきこもり設定のため、野外が舞台の話では出番がないが、アニメでは何故か知恵先生との百合描写などが追加されて優遇されている。やっぱスタッフも好きなんよな。
中の人はアジア一の声優が「たまんねぇ」と言って鼻の下伸ばすほどの声が出せるよ。
原作では父親が出たが、こちらでは元母子家庭というか、今は祖母と二人暮らしだった。

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