偽・さよなら糸色亡月王先生 作:ポロロッカ星人
途中、執筆中にお隣さんにイチャモンつけられて対応してたら、なんか保存が上手くいってなかったのか、戻ってくると2000文字くらい消えててファーってなりました。
でもなんとか書いたんだ、出来は勘弁してください。
「……二週間足らずで三人か。若いな」
「うぐっ」
兄の糸色命に話を聞くべく、私は一人、彼の営む診療所に訪れた。
医者として腕も良く、数年前までは大学病院で先進医療にも携わっていた程であるが、上司との折り合いが悪かった。
否、本人は誘惑したわけでもないらしいのだが、彼の好みの年代の女性に特に優しく接するあまりに、その女性が彼に傾倒してしまったわけだ。
問題は、その女性が理事長の奥方であった事。
兄は、怒り狂う上司に病院を追い出されたわけである。近隣の大手の病院には根回しされ、新たに雇って貰うこともできない。
しかし、医者という仕事に使命感を持っている兄は、実家の金で診療所を建て、そこの長になってしまった。
惜しむらくは、名前のせいで患者が少ないことと、両親のテコ入れのせいで、結婚適齢期の看護師ばかり雇い入れるはめになったことか。
本人は引退前でも経験豊富なベテランを、厚待遇で他の病院から引き抜きたかったらしいのだが、そこに私欲は一切無いと断言していた。
私は怪しいと思いつつも、この兄の事を信頼しているために、彼の言葉には取り敢えず頷いてみせる主義なのである。
「責めてはいない。むしろこちらとしては順調といえるな」
「……前から聞きたかったのです。何故、私があのクラスの担任に選ばれたのか。偶然ではないのでしょう?」
「……さすがに気がつくか」
ギシリ、と椅子を軋ませて、兄が軽く背を反らせるようにして伸ばすと、ポキポキと音が聞こえてきた。
どうやら疲労がたまっているようである。
眼鏡の奥、私を見やる目には憐憫の情が浮かんでいるように感じる。
「話せば長いぞ」
そのために、今日は久々に一人で行動しているのである。予想している内容だけに、生徒達に聞かれるのはまだ避けていた方が良いだろう。
まぁ、私だけが知らされていないという可能性もあるのだが……
「場所を変えるぞ」
「ここで話せないので?」
他人に聞き耳をたてられると困る内容なのか。
兄は苦笑すると、机の引き出しから煙草の箱とライターを取り出した。
「ここは禁煙でな……裏に喫煙所があるんだ。それに今日は患者も来てない。診察室に居なくとも、診療所に居さえすればいいさ」
「命兄さんって煙草吸うんですか? 見たことないので吸わないものかと……」
「あまり吸わないよ。年に数回程度だ」
その数回が今日。
煙草でも吸いながらでないと、話をするのも辛いということだろうか。
私は兄の後を追い、診療所の裏手にあるスペースへとやってきた。
そこは、簡易なベンチと灰皿のある喫煙スペースとなっていて、他にあるのは室外機のみ。他人の目も無い静かな場所だった。
煙草を咥え、ライターで火をつける。
その動作を見て初めて、彼が喫煙者であるのだと納得した。
健康にうるさい医者であっても、否、医者だからこそのストレスなどもあるのだろう。
たっぷりと吸い込んだ煙を、重い溜息のように吐き出した。
「お前が聞きたい事の目星はつくが、順をもって説明するぞ」
「……解りました」
「先に言っとくが、俺は医者だ。だがこの内容は専門分野でないことも含むし、オカルト染みたこともある。だから、これは医者としての立場だけで話をするわけじゃない。それは弁えてくれ」
「……ええ」
兄は、煙草を咥えて空を見上げた。
診療所と隣の建物との間、狭い空の中を飛行機が飛んでいる。
青空に、一筋の飛行機雲が白い線を描いていた。
「自殺未遂をしているんだ」
「……誰がですか」
「女子生徒全員だよ。お前の所の生徒さん」
それは、霧もまといもあびるも、かつて自殺しようとしたことがあるということか。
自殺未遂者が集まっているからこそ、メンタル面での危うさから旧校舎に隔離されているわけだ。
私が教師に選ばれたのは、おそらく私も自殺未遂の経験があるからだろう。
「死にたいと思っていた娘達と、学校に通いたくも死んでしまい叶わなかった霊とが出会ってしまったわけだ」
「霊……」
生きたかった霊、そこに赤木杏も含まれているのだろうか?
しかしその言い方だと、まるで彼女達がその霊に取り憑かれているかのようだ。
「取り憑いている、というと語弊があるかもしれないな。彼女達は依代なんだよ」
「依代?」
「恐山のイタコなんて有名だろう。自分の肉体を依代として、死者の想いを語る。彼女達は依代としてそれに近い……一種のシャーマンさ」
「では、あの子達の中身は死者だと……?」
私の問いに兄は自嘲ぎみに笑うと、吸い終わった煙草を灰皿にこすりつけ、二本目の煙草を口に咥える。「お前も吸うか」と差し出されたので、普段は吸わないが、彼に合わせて吸ってみる。
「別に修行を積んでたわけでもないし、彼女達は彼女達だよ。ただ、依代として死者の代わりに学生を演じることで供養になるんだと。縁兄さんの受け売りだけどな」
「縁兄さんも関わっていたのですか? しかし、縁兄さんは弁護士でしょう。このようなオカルト染みた話に関わっているとは……」
「始まりは縁兄さんだよ。兄さんは離婚を主に携わる弁護士だが、それだけじゃない。離縁を行うのも仕事なんだそうだ」
離縁───本来は婚姻関係や義親との関係を解消することだが、おそらくはこの場合、霊が成仏できるように未練を解消し、現世との縁を断ち切ってやることも指すのだろう。
糸色縁。糸色家次男にして、絶縁を宿命付けられた私の兄である。実家とも絶縁している。
子供の交が生まれた時に会って以来、もう数年は会っていない。
父に勘当されているため、実家にも近寄らぬ以上は私ともあまり顔を会わす機会も無かったのだが、命兄さんは秘かに連絡を取り合っていたようである。
「死者を弔うというのは、死者のためであると同時に、生き残った生者のためのものでもあるそうだ。実際、遺族のためだけでなく、生きることを諦めていたあの子達にとっての取り敢えずの生きる理由にはなった」
それが、命兄さんが縁兄さんの話に乗った理由。
生きている人のために、人の命を救うことを宿命付けられたと思っている命兄さんにとっては、科学的に医療で救うことを生業とする医者として相容れぬオカルト染みた話であろうと、生きる意味となるのであればと許容したのだ。
「何故助けたのか、と助けた患者に罵倒されることもあった。助けてすぐにまた自殺しようとする娘もいた。そんな子達に生きる理由が作れるのであれば、霊ってのも信じてみようと思った」
「……そうですか」
医者としての使命感から、命を助けるため全力を尽くした結果、助けた患者から罵倒されるというのは一体どんな心境だろうか。
再び深く煙を吐き出すと、兄は眉根を寄せた苦い表情で「すまない」と私に謝罪した。
それは私に説明もなく教師役をさせた事だろうか。
これまでの話から、確かに最初に説明が欲しかったが、必要な事ではあったのだろうと思う。
「説明してたらお前、絶対逃げただろ」
「まぁ、でしょうね」
「望……お前の仕事は単に教師をするだけじゃないよ。あの子達に、弔いが終わっても生きる理由を作ってやらなければならない。そうでなくても、死にたいと思わないようにしてやらなきゃならん」
「うわぁ……胃が痛い」
思っていたよりも重い使命に絶望しそうだ。
後ろ向きな思考傾向にある私が、彼女達にプラスになる教えなどできるのだろうか。
「そういう意味では、お前が女子生徒と関係を持ったのも歓迎だよ。失恋は自殺の理由にもなるが、結ばれるなら立派な生きる理由になる」
「……まぁ、そう、そうですねぇ」
「学校に通いながら恋してみたかった、なんてのも年頃の女の子の霊の未練としてはよくありそうだろ。これからもお前を求める娘が出てきてら、受け入れてやってくれるとありがたい」
「女子次第ですがね。誰もがそうなるとは限らないでしょう?」
「別に手当たり次第なんてしなくてもいいが、あと何人かは確実にそうなるさ」
兄は確信しているようだった。
そして、その確信に至る理由こそが、私が兄に聞きたかった本題でもある。
「彼女達には共通点があっただろう」
「何故、そう思うのですか?」
「お前が誰彼構わず女に手を出す奴とは思っちゃいないさ。赤木杏の面影を見たんだろ」
小森霧。
常月まとい。
小節あびる。
その他にも、複数の女子に自殺未遂以外での共通する点があるという。
おそらくは風浦可符香を演じていることに関係があると思っていたのだが、兄の口から幼馴染みの名前が出てきてどきりとした。
「望は赤木杏を覚えているだろう」
「……忘れたことなどありませんよ」
「……まぁ、忘れられないよな。でも、あの後どうなったかは知らないだろう」
「あの後?」
確かに、あの後は私は塞ぎこんでしまい、彼女の葬儀の後はどうなったかを知らない。
「赤木杏は臓器提供意思表示をしていた」
「……え?」
「心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓、小腸、眼球といった、死後に移植できると一般的に言われている物に限らず、ありとあらゆる臓器が赤木杏から提供された」
小森霧には肺を。
常月まといには腎臓を。
小節あびるには角膜を。
その他にも、2のへの生徒は全員ではないものの、複数の生徒が赤木杏をドナーとする臓器移植の
「どの、他はどの生徒がそうなのですか!?」
「既にお前が気づいた子に関してはともかく、他に関しては、俺にも守秘義務というものがある」
「……そこを、そこをなんとか」
「……今日はここまでにするか」
「兄さん!?」
私は兄に詰め寄ろうとするも、彼は無言で私の背後を指差してきた。
そこには、扉からこちらを覗く看護師の姿があり、申し訳なさそうに「取り込み中すみません」と断られた。
「先生、患者さんが来られました」
「解った。すぐ行く……望、今日はここまでだ。いいな?」
「……解りました」
私には頷くしかできなかった。
■
2のへ学級出席番号17番、木津千里。
彼女はとかく几帳面であり、粘着質な性格である。
何でもきっちりとしていないと気が済まない質であり、容姿もだらしのないものを嫌い、正面から見てシンメトリーになるよう前髪も真ん中分け。
丹念に手入れをした髪を真っ直ぐストレートに伸ばしている。きりりと整えられた眉は、意思の強さを感じさせた。
同年代の女子に比べて、女性的な丸みに欠けるのがコンプレックスではあるものの、すらりとしてスタイルは良い。
「良し」
早朝、誰よりも早く登校した彼女は、机の列の乱れをきっちりと等間隔に並ぶよう整えた。
教室内の整頓された様子を見て、うっとりと満足していたところ、他の生徒が登校してきたようだ。
「あっ、委員長さん早いんですね」
扉を開けて顔を見せたのは、彼女のクラスメートである風浦可符香(P.N)であった。
トレードマークの✕の形の髪留めをして、朗らかに笑顔を浮かべて挨拶をしてくる。
その出で立ちを見て、千里は血相を変える。
「風浦さん! 貴女身嗜みって言葉知ってる!?」
「な、なんですかぁ?」
セーラー服の襟が捲れていたり、スカートのチャックが開いたままでパンツが見えていたり、靴下の裾の高さがずれて左右で違ったりと、木津にとっては女学生の身嗜みとしてあり得ないものだった。
すぐに可符香に近づくと、襟を正し、スカートのチャックを閉め、常備している靴下の滑り止めを使って左右の裾の高さをきっちりと合わせた。
見違えるように身嗜みのきちんとした可符香の様子を見て、千里は自分の仕事に満足げに頷いた。
「私、ズレてたり、揃ってなかったりするものに、すごくイライラするの」
「さすが委員長、几帳面なんですね」
几帳面、それは千里にとって最も喜ばしい誉め言葉である。
その後も、だらしない格好のものや、扉を閉めなかったり、きちんと挨拶に返事をしないものを叱りながらHRを待つのが、いつもの日常だ。
しかし、誰にでも強く叱れる千里にも、僅かではあるが苦手意識のある相手もいた。
「おはやうございます」
今日は糸色望の後を付きまとっていないのか、一人で登校してきた常月まといである。
何でも、今日は先生に大事な用があるために別行動を求められたそうな。
他の生徒がセーラー服や学ランの中、担任の教師に影響されてか、大正時代の女学生を彷彿とさせる袴を着ていた。
制服はあるものの、学校自体は私服も可としているために、別段問題があるわけではない。
勿論、婚約首輪も社会的に認められ、数年前に学校側でも認可が下りていることから問題ではない。
問題に思っているのは、彼女が担任である糸色望の
首筋に残る絞首の後を隠そうともせず、まるで他の女を牽制するかのように見せびらかしてすらいるように見える。
若く、妊娠適齢期の女性と男性が関係を持つのは、国も推奨していることであり、その社会構造に否やはない。
ただ自分はまだなのに、自分よりもいい加減に見える奴が女の幸せを噛み締めている事に僻んでいるだけである。
普段の授業中も先生の周りにいて、自分の席に座ろうともしない。それでいて、ちゃんと授業を聞くように注意しても、これがきっちりと授業内容を把握しているために質が悪い。
何を言っても暖簾に腕押し、糠に釘であった。
「おはよう」
どこか気の抜けた声で挨拶しながら教室に入ってきたのは小節あびる。
大人しい性格だが、女子生徒の中では最も背が高く、女性的な凹凸に恵まれた自己主張の激しい体型をしている。
特に胸部の膨らみは、木津のコンプレックスを大いに刺激する。
家庭内でDVにあっているという噂で、あちこちに痛々しそうな包帯やガーゼをしているが、特に親しくもないために深く聞くことを躊躇ってしまう。
しかし最近はまといと同じく、先生の
DVも改善してきたのか、新しい怪我は増えてはいないようだと木津は少しは良かったと感じてもいるが、単にバイトが減って怪我の機会が少なくなったという事をまだ知らない。
彼女はまといと違い、授業態度は模範生のため、注意すべき所がないだけに、余計に千里のコンプレックスを刺激する。
更に、教室にいないものの、空き教室に引きこもっている小森霧も先生の
引きこもるだけの理由があるのだろうと推測でき、世の中には様々な事情でトラウマを持つ者がいるため、学校に来るようになった分は改善したと言えなくもないので、そこを指摘するつもりも千里にはなかった。
しかし、理解と納得できるかは別の話である。
どのような容姿をしているのか気になった千里は、霧を一目見ようと彼女の姿を覗き見たことがある。
毛布に包まれ、体型は解らなかったが、長く艶のある綺麗な黒髪に、白磁のような肌の儚げな美人であった。
なんだそれは、と妬んだ。
一日中引きこもり、毛布に包まれているような人間が身嗜みに気を遣っているとも思えない。
勿論、髪の手入れやスキンケアなど最低限すらしているか怪しい。
なのに、自分は癖毛を直すために毎朝一時間近くかけて髪をセットしているし、就寝前にも気を遣っている自慢の髪と、霧の髪は遜色が無いように見えた。
自分を絶世の美女などと言うつもりもないし、上には上がいるだろうとも思ってはいる。
ただ、ナルシストではないが、千里とて自分の容姿を整ってはいる方だと自負しているし、将来殿方と恋仲になった時のために努力はかかしていないつもりだった。
日々を真面目に、健康にも気を遣い、礼儀正しい淑女であれと自身を戒めてきた。
そんな自分よりも、引きこもりの方が男に愛されることを知っているのだ。
霧も、あびるも、まといも女として魅力的だとは理解は出来るが、千里は自身が劣っているとは思えない。むしろ自分の方がしっかりしていると思っているだけに、その事を考えると惨めであった。
「イライラする」
世の中、きっちりはっきりしていない事が多すぎる。きっちりとしている方が良い筈なのに、いい加減な方が受け入れられたりしている事が多い。
立っているのか、倒れるのか、はっきりしない斜塔のやつ。
きちんと10時きっかりに始まらないテレビ番組。
面白いのか、面白くないのか、はっきりしない芸風の芸人。
返還されるのか、しないのか、はっきりしない北方領土。
反日だったり、用日だったり、はっきりしない隣の国。
「あーイライラする!」
そして一番イライラするのは、自分の気持ちだった。
恐らくは、自分よりも女として幸せそうな人間がいたとしても、普段ならここまで僻んだりしない。
ここまで気持ちが揺さぶられるのは、相手の男性が身近な担任教師だからだろう。
相手が糸色望だからだ。
幼い頃は、明るく活発な男性が好みであった筈なのに、いつから千里は望のようなタイプに好みが変わったのかは解らない。
口を開けば、教師らしからぬネガティブな発言をよくする望は、本来であれば、千里にとって魅力的に映るそれではない。
しかし、初めて教壇に彼が立った時に、千里には電流が流れたかのような感覚がしたのだった。
一目惚れ、というものを信じてはいなかったし、何よりも初めて会ったとは思えなかった。
ただ、心臓が締め付けられるように、千里の中の何かが訴えていた。
そんな男性が、会ったばかりの可符香を抱いたという。後に抱きしめただけでセックスをしたわけではないと判明したが、その時は「平等に抱け」と迫ってしまった。
男性の腕のなかで、ぎゅっと抱き締められる事は乙女であれば何度も夢に見るシチュエーションではあるだろう。
当然、千里も初めてであったが、何度も想像していたこともあり、キス程までは心揺さぶられるものではないだろうと、多少軽く考えてもいた。
しかし、男性としては細身であっても、女性と比べて固い腕に包まれ、腰を抱き寄せるようにしてすっぽりと納まると、千里の鼓動は爆発しそうな程にドクドクと血流を速めた。
男性の平均身長よりも望の背は高く、女子平均しかない千里など、彼の顔を見ようとすれば見上げなければならない。
もし顔の位置が近ければ、勢いに任せて、彼に口づけしていたかもしれない。
衆目の中で、女子の側から初対面の男の唇を奪うなどという破廉恥な行為など、本来であれば千里がするはずもないのだが、あの時ばかりは本当にしていたかもしれないと、今になっても思う。
顔を真っ赤にし、満たされた思いで体を離す。
しかし、自分が提案してしまったために、反対もできず、その後は他の女子生徒が順々に彼に抱き締められるのを見ているという地獄の時間であった。
ほとんどの娘は、千里と同じく男慣れなどしていない。
更に相手は容姿の整った年頃の男性である。
恋の始まりを予感させる乙女の顔になっている者が複数いた。
瞳に♡が宿っている。
嫌な予感は的中し、立て続けに彼は女子生徒と肉体関係を築き、婚約者となった。
まだ学生のため、すぐには籍を入れない判断なのだろうが、少なくともやり捨てせずに婚約しているので、そこは男としての甲斐性はあるようだ。
千里としては、だからどうしたという想いである。
男の甲斐性? 大いに結構。
男と女のことなので、理解はしている。
しかし、そこに自分が含まれていないのだ。
千里は望に選ばれていない。
私と彼女達に、何の違いがあるの?───と、千里は誰に打ち明けることもなく、ここ数日悶々とした日々を過ごしていた。
もしかしたら、今日こそは自分が選ばれるかもしれないと、淡い期待を抱けば、まさかの「糸色先生は用事があるらしく休み」との連絡。
「あああぁ……」
どんどん気持ちが不安定になる。
そこへ、どこから入手したのか、千里の家族写真を手に可符香が話しかけてきた。
「これ、委員長の家族写真ですね?」
「そうだけど……えっ、何で貴女そんなもの持ってるの? ちょっ、待って」
可符香が手にする写真には、母と姉と千里、そしてもう何年も会っていない父親の四人が写っていた。
「……お父様ともお母様とも似てませんね」
「た……たしかに……ああ、不安になる!?」
新たな不安の種子を投下された千里は、未だ授業が残っているにも関わらず、学校を飛び出した。
普段であれば、このような授業をサボる真似などしなかったが、この時の彼女の心理状態は、常とは違い苛立ちと猜疑心、様々な負の感情で揺れ動いていた。
「誰が誰の子か、はっきりしてください!」
「ええ……いや、あんたは私の子だけれど……」
家に帰るなり母を問い詰めるも、真実自分の子であるとの証言だけで、結局明確な証拠は出てこなかった。
母親は、まだ授業中の筈の時間に娘が帰ってくるなりの詰問に戸惑うばかり。
はっきりしない事にイライラが募る。
そんな千里を可符香が励ます。
「大丈夫ですよ、ご両親に似ていなくとも、人はみな神の子ですから」
「何か貴女、最近変な方向にいってない!?」
「まぁ、神と言っても八百万の神と言うくらいですから、それだけいれば誰かしらに似てるはずです」
「人の話聞いて」
可符香は妙に光る、奇妙な絵を取り出した。
そこには三白眼に太い眉、のっぺりとした黒髪に、ふっくらとした中年男性らしき人が何かに拝み、背後にはUFOとミステリーサークルに落下する隕石らしきものが描かれていた。
「ちなみに委員長が似ているのはこちら、おこぼれを司る神のバルボラ三世です」
「似てないわよ! そもそもどの辺におこぼれ要素があるのよ!?」
「え~、似てるよ」
「嫌よそんな神様」
「え~、じゃあもう私の子供ってことでどうです?」
「いや、意味わかんないわよ」
「大丈夫、私来世で神だから!」
「……駄目、何だか不安定な気持ちになってきた」
「じゃあ保健室で休むといいよ」
可符香の提案に乗り、千里は保健室で休ませて貰うことにした。
何故か保険医の常駐する新校舎の方の保健室ではなく、彼女は旧校舎の保健室を強く勧めてきた。
確かに、旧校舎側の保健室は薬等が常備されているだけで保険医はいないが、今はただベッドで休みたいだけなので、人がいない方がゆっくりできるだろうと考えた千里は素直に言うことをきいた。
「ここで休ませてもらおう」
空いているベットに横になると、考えることに疲れていたせいか、直ぐに夢の中へと旅立っていった。
カーテンで仕切られた向こう側、隣のベッドに誰かが寝ていることには気がつかなかった。
■
学校に戻ってきた私は、誰もいないのをいいことに、保健室のベッドで横になりながら、命兄さんの話を反芻していた。
まだ全ての謎が解ったわけではないが、色々と教えてもらえた。
2のへ組は自殺未遂者の集まりであること。
彼女達は、若くして亡くなった霊の現世への未練を解消するために、依代として学生生活を送り、弔う事が本当の役目であること。
私も自殺未遂者であることから、生徒達の担任役として指名されたこと。
私の使命は、生徒達の学生生活を導き、弔いを成功させ、生徒自身の生きる理由・意味を見出だしてやること。
生徒達の中に、赤木杏から臓器提供された
兄が、私の婚約者となった霧、まとい、あびるは受容者であると言っていた。
だから、容姿が似ているわけでもないのに、彼女達に赤木杏の面影を見たのか。
私が求め、また、彼女達も私を求めた。
出会って間もない私を受け入れたのは、その身に赤木杏を宿しているからかもしれない。
やはり、彼女は私を受け入れてくれていたのだ。
人の記憶というものは、本来であれば脳に宿るとされているが、その他の臓器に宿ることなどあるのだろうか、と疑問にも思った。
科学的にはあり得ないが、霊を信じるのであれば不思議なことでもない。
実際に調べてみれば、
人の細胞は一年ほどで全て入れ替わるという。
術後数年が経過していれば、他人のものだった臓器の細胞も、本人の細胞に適応して入れ替わるのではという疑問もある。
しかし、それでは何故、今も私は彼女達に面影を見て愛おしく思うのか?
あびるがいい例だ。
初めて抱いた時、あの娘は私を普段呼んでいる「先生」と、赤木杏が呼んでいた「望君」と、混ざりあうようにして呼んでいた。
あびる自身の人格と、赤木杏の人格が混じりあったかのように、支離滅裂なことを口にしていたが、あびるが知りえないことも話していた。
彼女は昔、角膜を移植手術したと言っていた。
それがきっと赤木杏の角膜。
そこには私が彼女に告白したことが焼き付いていたのだ。
もし細胞が全て入れ替わり、小節あびるのものだけとなっていれば、覚えているのはおかしい。
つまり、細胞が入れ替わる際に、あびるの細胞は赤木杏の細胞に適応し、二人が混ざった細胞になったのではないか。
「最早、それは
その理屈で言えば、受容者達は皆、赤木杏の本人であり、子供でもあり、生まれ変わりでもあるのではないか?
彼女達と愛し合うことは、即ち赤木杏を愛するということ。
これはきっと、あの娘が私を導いたのだ。
そして、全ての赤木杏を愛した時、産まれてくる子供を依代として、赤木杏は現世へと再び受肉するのだろう。
過去、現在、未来の全てで彼女が私を愛してくれるのだ。
「……ん?」
そこで初めて、私はカーテンで仕切られた向こう側のベッドに、誰かが寝ていることに気がついた。
保健室に誰かが入ってきていたことにすら気がつかなかった。
考えに深く没頭していたようだ。
どうやら少し魘されているのか、寝苦しそうな寝息と、もぞもぞと細かい寝返りを繰り返しているようだ。
ここは旧校舎側の保健室であり、利用するとしたら2のへの生徒しかいないので、誰だろうかと気になった。
今はまだ授業中の時間のため、サボりでもなければ体調不良だろうと推測できる。
カーテン越しのシルエットから、数少ない男子生徒ではないと思うのだが……
「……んん」
寝返りの末、カーテンを越えてこちら側に転がってきたのは、木津千里であった。
丁度伸ばしていた私の腕を枕にするようにして納まる彼女は、綺麗に整えられた眉を八の字に歪め、眉間に皺を寄せていた。
溺れる者が何かにしがみつくかのように、私の体に手足をしがみつかせてきた。
悪夢でも見ているのか、うんうんと魘されている。
むずかる赤子をあやすように、ポンポンと軽く背中を叩いてやると、スッと眉間の皺が消え去り、穏やかな寝顔に変わる。
静かに、規則正しい寝息に変わった彼女を起こさぬよう、じっとその顔を眺めた。
几帳面な性格を反映してか、真ん中分けされた前髪は、寝ている今でもしっかりと保たれていた。
整えられた眉毛に、長い睫毛。
スッと通った小鼻と、ぷるりと潤いのある唇。
パッと見ただけではあるが、髪の手入れもしっかりとしているのだろう、傷んだ様子はない。
女性的な丸みには乏しいが、スラリとした括れのある腰付きのモデル体型で、寝返りで乱れたスカートから伸びる太ももには健康的な色気があった。
生真面目な性格をしていると記憶しているので、やはりサボりではなく体調不良だろう。
彼女もおそらく受容者である。
以前に風浦さんになっていたので間違いはないと考えている。
俗に言う据膳状態であるが、どうするか。
「……ん……え?」
目を覚ました木津さんは、私と目が会うと、ベッドの上で抱き合う形であることに気がついたらしく、頬を朱に染め、口許を手で隠した。
上半身を起こして座れば、腕枕から解放された私も向き合う形で体を起こした。
「ま、まぁ、男と女のことですから、こうなってしまった以上、仕方ありません。仕方ないのです」
乱れた制服を見て、何を思ったのか。
何故か少し嬉しそうな表情で、木津さんは宣った。
「きちんとしてください」
「へ?」
「きちんと籍を入れてください。きちんと親に挨拶に来てください」
「いや、貴女唐突にどうしたんですか?」
私の返答に、不思議そうに首を傾げる木津さん。
何か勘違いをしているようだ。
「先生は私と寝たんじゃないんですか? ちゃんと責任とって婚約するのが筋でしょう。実際に先生は三人も婚約者がいるじゃないですか」
「その意見には賛成ですが、貴女とは別にまだ寝たわけじゃありませんよ?」
「……え?」
「貴女が寝返りをうってこちらに来たんですよ。それより、体調は大丈夫ですか?」
「……え?」
木津さんは、信じられないと言いたげに目を見開き私を見た。
「……え? 寝て……ない?」
「ええ」
自分の手を見て、スカートの中を確認して、おそらくは下着に乱れがないことを確認したのだろう。
確認、出来てしまったのだろう。
それが、彼女の中の何かのスイッチを押してしまったようである。
「え? 待って、そんなことってある?……私、手を出されてないの?……こんな、据膳みたいな状態で?……私ってそんなに……ええ? 嘘嘘嘘、本当に?……そこまで私って魅力無いの? 女として見てもらえないほどブスってこと? 待って、待って待って。えっ、何これ……ええ? だって先生よ? もう三人もペットにした人が、触れもしてないってどういうこと?」
「あ、あの……木津さん? 手を出さなかったのと貴女の魅力には関係は無いのでは……」
私の声は彼女には聞こえていないようだった。
先程までの、頬を染めて嬉しそうな雰囲気は鳴りを潜め、今や真っ青な顔をした木津さんは、ブルブルとまるで雪山に放り込まれたかのように震えだした。
「先生に選んで貰えないなら、私って何? 今までの努力って何? あんなに頑張ったのに……やっぱり魅力無いんだ……誰よりもきっちりしてきたのに……所詮ブスなんだ……寒い……痛い……嫌だ。嫌だやだやだまた……あぁ、聞こえない。心臓の音が、鼓動が聞こえてこない……寒い……気持ち悪いよ……」
俯き、前髪で表情が隠れてしまった彼女は、寒さを堪えるように自身を抱き締めると、ガチガチと歯を鳴らしながら、ぶつぶつと呟いている。
次第に体の震えは大きくなり、今やベッドまでもがガタガタと震えていた。
「ああぁあぁあぁああ!?……ひぃ、うっ……さむい……わたしは……あれ?……わたしってなに?」
あれだけきっちりと真ん中分けされていた前髪も、真っ直ぐに伸びていた髪も、彼女の今の不安定さを象徴するように乱れていく。
このままでは不味いと感じた。
このような時、どのようにすれば正解なのかは、正しいことかは私には解りかねる。
私に出来ることは、彼女を愛してやること。
それしかないのである。
「木津さん……いえ、千里!」
「さむいさむいさむ……あっ……」
私は彼女の顎を上向かせると、その顔を覗き込んだ。目の焦点が合わず、瞳孔が開きかけていた。
顔は青を通り越して土気色であり、あと少しで死にそうであった。
血色のよかった唇も、青紫色に変色してしまっていて……私は接吻した。
開いた唇から、彼女の口内へと体温を分け与えるかのように舌をねじ込み、唾液を送る。
「……っ!?」
寒さからカチカチと歯を鳴らせていた所に、無理に舌を捩じ込んだせいで、舌先を少し噛まれてしまった。つい、痛みで舌を引っ込めてしまったが、再度彼女の口腔内へと侵入を試みる。
「ん……ふっ……」
「……んん……ふぅ……」
震える彼女の腰に腕を回し、抱き寄せる。
徐々に震えが治まってきた。
「……んぅ、んちゅ……はっ!?」
「んぐっ!?」
血色が戻ってくると共に、私と接吻していることに気がついた彼女は正気を取り戻したようだ。
しかし、その際に驚いたのか、私の下唇を噛まれてしまった。
鋭い一瞬の痛みの後に、口のなかに鉄の味がした。
どうやら少し切れてしまったようだ。
「せ、先生……」
「大丈夫、大丈夫です。貴女はちゃんと魅力的ですよ」
先程までと違い生気を取り戻した彼女には、現状への戸惑いと、初めてのキスへの羞恥、求められたという歓喜、傷つけてしまったという罪悪感が見てとれた。
しかし、私への嫌悪感は見られない。
どうやら正しいかはともかく、危ない所は脱したらしかった。
「千里、貴女を愛してもいいですか?」
「……はい」
私は、下唇から流れた血を小指で掬い、紅を塗るようにして千里の唇に紅い線を引く。
「綺麗ですよ、千里」
「先生……」
恋する乙女の表情になった千里の顔は、元々が美人であったが、より一層美しく見えた。
雄の求めに雌が応じたならば、するべくことはただ一つ。
私の両手は、彼女の細い首筋を捕らえ、ゆっくりと締め上げた。
「あは♡……ぐっ、ぎっ……あっ♡……」
「美しい……」
彼女の瞳には、私だけが映っている。
私の瞳にも、彼女だけが映っている。
これこそが愛。
やがて、千里の顔と、かつての杏の顔とが同化する。
「愛していますよ」
その言葉は、木津千里へと贈る言葉であり、即ち、赤木杏への言葉でもあった。
言葉に応えるように、彼女の細腕が私の背中に回され、愛おしそうに抱き締めてくる。
彼女の心臓の鼓動がドクドクと激しく脈打っているのが解る。
あぁ、そこにいたのですね……
「ぜ、んぜ……あい、じっ……」
私と彼女は再び、接吻を交わした。
風浦可符香
CV大浦可奈子
本日の欠席
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大浦可奈子
関内太郎
日塔奈美───以上四名
生徒紹介
木津千里───几帳面・粘着質少女。
何でもきっちりしていないと気が済まない神経質な少女だったが、徐々に猟奇的な面が出始め、絶望少女の中でも嫉妬深く、何度も他者を殺害する描写がある。でもギャグ漫画なので次週で何事もなく復活しているので問題なし。
よくオチに使われる(オチてないけど)
スコップの使い手で戦闘力は高く、その強さを見込まれて鬼武者かなんかの世界で武将になる。
気合いで第三の目を開くことから、三只眼吽迦羅の生き残りではないかと作者は考えている。
きっと違う。
カラオケはまぁ、上手くもなく、下手でもない点数らしいが、中の人は滅茶苦茶歌上手いよ。絵も上手いよ。美人さんだよ。なんで声優選んだんだろってくらい芸達者。でも演技の幅も広いし、役者として凄いから合ってたんだろうね。